大石ケイジの中国スケッチ㊳雲南の春 大理・麗江
仲間の新聞「八期通信」に同期の上山絢子さんからの寄稿「玉龍雪山」を読んで雲南行きは決まったと言ってよい。
抜粋紹介しましょう
・・・・・訪れたのが玉龍雪山だった。雪をかぶった連峰が空から見ると龍の形をしている。前人未踏の最高峰は5994m。中腹の雲杉坪(3400m)までリフトで上がり近々と雪山を見た時,素晴らしさに息を呑んだ。そして、「私はこの山に呼ばれたのかもしれない」と思った。 街は五十年前の鹿児島を思い出すような感じで荷車をひいた驢馬や自転車・豚の親子と同じ道を観光バスは走った。・・・・・・・・
〇ナシ族の伝統的な音楽を、古代の象形文字や神様の絵を施した内装の会場にて鑑賞できる。演奏は老トンパガヤクの角を持ってお経を唱えてのち、厳かに始まります。琵琶や低胡琴や、古代ペルシャの楽器、モンゴル族の弦楽器・蘇古篤(そくど)などを用い、独特の雰囲気をかもしだす。
僕と兄はガイドの小姐がなにやら、老トンパの親戚とかで、それこそ一番前の席で見させてもらった。右から二番目の楽師が亡き父・実るさんに似ていて、兄と「アレッこんな所に生まれ変わったんだろうか」と笑いながら語ることだった。 兄はいたく気に入った様子だった。僕は少し眠たかったけど、何しろ。一番前だったので楽師等と目が合うことしばしばで、我慢していた。目の保養になりそうな可愛い小姐の出番はなく殆どが年配だったことも原因してたかも知れない。
〇大理から麗江へはバスで行った。約3時間ぐらいだったか。こちらの田園風景と殆ど代わりがない。標高3000メートル近くだろう。桜島の3倍の高さと思うと驚く。
〇もっとも、麗江の街の歴史が、木造家屋と石畳で成り立っている。その昔、麗江を支配していた、木?と言う名前の人が、自分の名前が「木」だから街を城壁で囲むと「困」になってしまうので城壁も造らなかったらしい、それから考えると建物も木造を推奨したのかもしれない。ともかく、麗江の街が何故かしら、しっとり落ち着いて居心地がよいのは、木造家屋・石畳・綺麗な水があふれるように流れている水路・暖かい気候・そのハーモニーが絶妙に旅人を和ませてくれるからではないか。