2024.3.24 主日礼拝「道をひらかれる神④ 勝利に至る道」ヘブル人への手紙 4章7〜9節 池田恵賜 主任牧師 本郷台キリスト教会
おはようございます 今日は棕櫚の聖日 今日からキリストの十字架と そこに向かって歩まれた最後の一週間を覚える ホーリーウィークに入ります 主がささげて下さった犠牲と 愛の大きさを覚えて 礼拝をささげてまいりましょう 御言葉です まことに彼は私たちの病を負い 私たちの痛みを担った それなのに私たちは思った 彼は神に罰せられ 打たれ 苦しめられたのだと しかし 彼を砕いて病を負わせる事は 主の御心であった 彼が自分の命を代償のささげ物とするなら 末長く子孫を見る事ができ 主の御心は 彼によって成し遂げられる 皆さん おはようございます 2024年3月24日 本郷台キリスト教会 主日礼拝です 今日も共に 主を心から礼拝してまいりましょう 教会からお知らせをさせて頂きます 今日は棕櫚の聖日です 今週から受難週 ホリーウィークが始まります 来週第2礼拝で金ジングク まどか夫妻の 石巻オアシス教会への派遣式と按手式を行います 皆さんご参加下さい 4月7日から日曜の事務室対応時間を 朝8時から午後3時までとさせて頂きます ご協力をお願い致します 報告は以上になります 続けて讃美をささげましょう キリストは今の悪の時代から 私たちを救い出す為に 私たちの罪の為に ご自分を与えて下さいました 私たちの父である神の御心に従ったのです 主がささげて下さった犠牲によって 救われている恵みと豊かさを覚え さらに主の御業が前進する事に期待して 讃美をささげてまいりましょう ハレルヤ 愛する主よ 感謝致します あなたがこの地上に来て下さって その使命を果たす為に過ごされた 最後の一週間 あなたの人生のクライマックス 私たちはあなたと心を合わせて 歩みたいと思います
まず この聖日 主があなたご自身の宮に入って下さった事を覚えて 私たちも今 あなたの神殿となった私たちの心に あなたをお迎え致します どうかこの礼拝を通して あなたが王である事を 私を救いに来て下さった救い主である事を 知る事ができますように お一人お一人が主を心にお迎えする事が できますようにお願い致します この礼拝を通して 一人一人に主が出会って下さい イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン イエス様が教えて下さった祈り 主の祈りを神様の前に告白致しましょう 神様の恵みに感謝して 献金の時を持ちたいと思います 初めにひと言代表して お祈りを致します 愛する主よ 感謝致します 今 私たちはあなたの恵みの中生かされ 礼拝をささげています その為に支払われた 大きな大きな犠牲の代価 その事を覚えて私たちに 与えられたものの中から一部ではありますが あなたへの感謝を込めて おささげしようとしています お一人お一人の手を聖め ささげ物を豊かに祝福し あなたの御用の為に お用い下さい ささげられるお一人お一人に 神様からの豊かな祝福と報いが与えられますように お願い致します 一人の感謝に合わせて 私たちの救い主イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン 今日は3月の誕生者洗礼者の 祝福の祈りの時を持ちたいと思います まず初めに こちらの映像をご覧下さい おめでとうございます 3月に誕生日を迎えられる方々 3月に洗礼を受けられた方々 お立ち頂けますか 祝福のお祈りを致します ハレルヤ 愛する天のお父様 感謝いたします このようにして3月に誕生日を迎えられた方々 霊の誕生日洗礼を受けられた方々を ありがとうございます この一年間あなたが守り導いて 今日この日を迎える事ができました
ありがとうございます どうかこれから始まります 新しい一年も 神様の祝福から祝福 栄光から栄光への歩みを 与えて下さいますように これらの方々を 神様の祝福の基として下さって これらの方々を通してこの年 神の祝福が 神の救いが周りの方々に 拡げられていきますようにお願い致します あらゆる災いからも主がお守り下さい 健康を支えて下さい 感謝してイエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン おめでとうございます 皆さんと共に 祈る時を持ちたいと思います それぞれが心に抱いてる祈り願いを 神様の前に祈っていきましょう 共に礼拝をささげる兄姉の祝福を覚えて ひと時とりなしの祈りの時とも致しましょう ハレルヤ 愛する主よ 感謝致します 今 私たちはそれぞれの言葉で あなたの御前に祈りをささげました 神様がその祈りの一つ一つに耳を傾け 祈りに応えて下さる事をありがとうございます 私たちは今週 ホーリーウィークを迎えております イエス様が十字架に向かわれた 最後の一週間 どれほどの想いを以て あなたはこの時を過ごされたでしょうか 私の 全人類の罪を目の前に置き その全てを飲み干し 神の前に立って下さいました 我が神 我が神 どうして私をお見捨てになったのですか 私が裁きの座に立った時に 叫ばなければいけなかった その叫びをあなたは 身代わりとなって叫んで下さり その裁きを受けきって下さいました どれほどの愛を以て 私は愛されているのでしょうか 神様 あなたは今も私たちを責めずに 両手を広げて待っていて下さる事を 感謝致します その神様の愛に信頼して その神様の愛に頼って これからの人生を 歩んでいく事ができるように 主よ 今日も あなたに信頼する事を教えて下さい
あなたを主として生きる それがどういう事なのかを 教えて下さいますように 主よ 感謝致します 今も苦しみ困難の中にある人々を 覚えて下さい 能登の被災地にいる方々 また世界各地で災害が頻発していますが 被災されたお一人お一人に神様の憐れみの御手が 豊かに差し伸べられますように 戦争の為に苦しんでる人たちもいます イスラエルとハマス ウクライナとロシア どうか主よ 憐れんで下さって 悲惨な戦争が一日も早く 終息していきますようにお願い致します 情勢の不安定な国々や地域に 住んでる方々がいます どうか主よ あなたが覚えて下さって 理不尽に命が奪われるような事が ありませんように 彼らの命を今日も支えて下さい 北朝鮮に拉致されています 横田めぐみ姉と拉致被害者の方々を 今日も覚えて下さい 早紀江さんが生きてる間に めぐみさんが帰国する事ができるように 神様 どうか あなたの奇跡の御業をここでも 為して下さいますようにお願い致します 貧困や飢餓の為に 食べ物がなくて苦しんでる方々がいます どうかお一人お一人の内に 今日生きる為に必要な糧が 備えられますように お願い致します 石巻オアシス教会の礼拝 牡鹿半島での宣教 全世界各地で持たれている 主の御名による礼拝を祝福して下さい 今日もこの礼拝をオンラインを通して ささげておられる方々がいます その礼拝の場にあなたがいて下さり その場所を聖別して下さり そこから祝福が拡がっていきますように お願い致します 今 御言葉に耳を傾けようとしてます 私たち一人一人の内に あなたが御手を触れて下さって 御言葉を正しく理解し 御言葉を実行する者へと変えて下さい
主よ お語り下さい しもべは聴きます 感謝してイエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン 今日も御言葉に目を留めていきたい と思います ここまで三週に渡って 道を開かれる神をテーマに 聖書から見てきました 一週目は命へ至る道と題して 神様はエデンの園において 人が罪の世界で 永遠に生きる事がないように 命の木への道を閉ざされた事 そして再臨の時に イエスキリストの十字架を信じた者たちに 命の木への道を開いて下さる事を見ました 二週目は祝福に至る道という事で 神様は創造の時に 私たちの存在そのものを祝福して下さった事 その祝福を受け取る為に 私たちは罪と決別する必要がある事 祝福が増え拡がる為に 神の御言葉に信頼して 立ち続ける必要がある事を確認しました 三週目は救いに至る道で イエスキリストが私たちに代わって 死と裁きの道を通って下さって 救いの道を開いて下さった事 神様は私たちを御言葉と聖霊によって 今導いて下さる事 私たちは信仰と柔らかい心を以て 神に従うべき事を見ました 今日は四週目です 勝利に至る道について見ていきましょう まず 勝利という事を考えてみましょう 人生の勝ち組 負け組 という言葉がありますが 皆さんは自分のここまでの人生に 勝ち負けをつけるとしたら 勝っていると思いますか それとも負けているでしょうか あなたの考える勝ち負けの基準は 何でしょうか 最終的にどのような人生を送ったら 私は勝利したと言えるのでしょうか クリスチャンの勝利の基準は きっと世の中の人々の基準とは違うと思うのですが 私たちは何と勝負しているのでしょうか 第1ヨハネ5章4節5節を 見てみましょう この御言葉によると クリスチャンは世と勝負している事がわかります ここで言う世とは 神に反抗してくるあらゆる力の事です
その大本はサタンです 私たちの戦いは人間を神から引き離そうとする サタンとの戦いです ではなぜサタンは 人を神から引き離そうとするのでしょう サタンは人間を愛して 自分のものにしようとしているのでしょうか そうではありません サタンは人間の事を何とも思っていません それなのに なぜ 人間を誘惑するのでしょう それは人間が神と引き離されて やがて滅びてしまう事を 神がとても悲しむという事を サタンはよく知っているからです 神を憎むサタンは 神の深い愛の対象である人間を神から奪う事によって 神を苦しめ 神に勝利しようと企んでいるのです これは逆の見方をすれば 私たちはそれほどまでに神に愛されている という事ではないでしょうか サタンとの戦いに勝利する為に 必要なのは信仰です 神のひとり子であるイエスキリストが 私の罪の為に死んで 三日後に よみがえって下さったと信じる信仰です この事を特に イエス様が十字架への道を歩まれた今週 ホーリーウィークに覚えたいと思います 信仰が勝利に至る道の秘訣ですが 信仰という事を 私たちはこの三週間見てきました 今日は安息という視点から 勝利について考えてみたいと思います この世に勝利した者は安息を得ます ヘブル人への手紙の著者は エジプトからカナンに向かうイスラエル人の旅路を 安息に至る旅と捉えています その安息はまだ完全に達成された訳ではない と語るのです ヘブル4章7節から9節を 読んでみましょう ここでヘブル人への手紙の著者は 詩篇95篇で 神がダビデに語られた言葉を引用して 論理を展開して行きます もしヨシュアの時代に与えられた安息が 完全で完結したものであったのなら ダビデに対して 今日もし御声を聞くなら と語る事はないというのです つまり 詩篇95篇が語られたという事は 神の与えようとしている安息はまだ残っていて その安息に入るように 神は今も 私たちを招いているというのです
ここで言及されている安息とは 天地創造の七日目に神が休まれた時の安息です 先ほど読んだヘブル人の手紙の箇所を 少し遡って読んでみましょう ヘブル4章4から7節です 神は七日目に創造の全てを完成させ 御手の業を終えて この日を聖なるものとされました これが安息日の起源です その後 モーセを通して授けた十戒の中で 安息日を覚えてこれを聖なるものとせよ と神は語り 安息日を人が守るべき掟としたのです では ユダヤ人にとって 安息日はどのような意味があるのでしょうか ヘブル語で安息日はシャバットと言い やめるという意味があります ですからユダヤ人は安息日に あらゆる労働を禁止しました 特にバビロン捕囚以降は 再び神の裁きを受ける事がないように 厳しい律法が定められました 律法学者たちは何が労働に当たるのかを検討し 39の禁止項目を作りました さらに一項目ずつに39の細則を作り 合計1521の安息日にしてはいけないリスト を作り上げたのです ユダヤ人がどれほど忠実に 安息日を守っていたのかがわかる エピソードが残っています 紀元前4世紀と2世紀にユダヤは 安息日に敵に攻め込まれます 多くの死者を出し敗北しています 彼らは安息日という事で ほとんど抵抗せずに殺されていきました さすがにそれでは国が滅んでしまう と彼らは律法に新たな解釈を加え 敵が攻め込んできた場合 防戦する事は労働にならないとしたのです しかし 紀元前64年に ローマ軍によってエルサレムが包囲された時 一部のユダヤ人は徹底交戦を呼びかけ 神殿に籠城します ローマ軍は ユダヤ人の律法をよく研究していました 安息日に神殿前の渓谷を 土砂で埋めていく事したんです ローマ軍は土砂を運んでいるだけで 戦いを仕掛けている訳ではないので ユダヤ人は彼らに対して何もできずに 最終的に谷が土砂で埋められた時 ローマ軍が一気に神殿に侵入し ユダヤ人は敗北しました
自分たちを守る為に定められたはずの 安息日によって ユダヤ人は滅ぼされてしまう という危機に何度も直面したのです 現代のクリスチャンも 安息日の問題に直面します 一番顕著なのは部活動の問題です 私の世代のクリスチャンホームは 特に牧師家庭の子供は 部活をやるなら日曜日に活動のない部活にしなさい と言われていました それが嫌で教会から離れた という人の話もよく聞きます 幸い 私の家庭は あまり厳しく言われませんでした 日曜日に試合がある場合は 祈って送り出してくれました ですから 私もユース牧師になった時に 教会の若者たちに 日曜日に試合がある場合は 試合会場を礼拝の場としなさい 祈って送り出すから神様の栄光を顕してきなさい と伝えて送り出していました ある子は午後からの伝動集会に 試合に負けて早く終わったから と言って 部員全員を連れてきた事もありました 普段どれだけ部活の中で証となって 仲間の信頼を勝ち取っていたのか がわかり 嬉しく思いました 私たちは主日に教会で奉仕する事で 安息日を守っていると思うかもしれませんが ひょっとすると奉仕で いっぱいいっぱいになって 心から神様を追い出している なんて事があるかもしれません それでは いくら教会にいても 安息日を守っているとは言えません さて ここで 安息日に何をしてよくて 何をしてはいけないのか を考える為に 二つの御言葉を見てみましょう 初めにヘブル4章10節です 神ご自身が休まれたように 私たちも安息に入ったら休むのです という御言葉です もう一つの御言葉も見てみましょう ヨハネ5章17節です これはイエス様が安息日に 38年間病気だった人を癒された時に 語られた言葉です 父なる神様は 今に至るまで働いておられる
だから 私も安息日に働くのだ というのです いったい 安息日に働くのが良いのか 休むのが良いのか どちらでしょう もう一つ安息日を理解するのに 外せない御言葉があります マルコ2章27節28節です イエス様の言葉です ここには安息日について 二つの事が書かれています 一つは 安息日は人の為に設けられたという事 もう一つは イエスキリストが安息日の主であるという事です まず 安息日は人の為に設けられた という事を考えてみましょう 安息日で大切な事は シャバットというヘブル語からもわかるように 自分のしている事をやめる事です 仕事や勉強などで働かせてきた頭や体を 一旦止めるのです 一旦全ての事をやめるのは 心を神様に向ける為です この点で 安息日が夕方から始まる事に意味があります 天地創造の時 神様は一日を定め 夕があり朝があったとしました まず夕方から始まるのです 夕方から夜は休む時間です ここで体も休めますが 心も休ませるんです 心を休ませるには 神との交わりが必要です 私たちの心に安らぎを与えて下さるのは 神様だからです 夕方から夜にかけてまず 神様と共に時間を過ごして 心も体も休めて 朝を迎えます 新しい朝にはその日一日の仕事を 神様は備えて下さっています 心も体も整えられて 私たちは神が遣わされる場所で 神の栄光を顕すのです 一日の働きをを終えて 夕方になると 新しい一日の始まりに また心と体を休ませます マタイ6章34節です このように一日のサイクルの中で神を覚え 神の下で安息を得る事から始めるのです 一週間の内の一日を 安息日として神を覚え 神の臨在に満たされる為に 過ごす事によって
私たちの中で神様を 正しい位置に戻す事ができます それはちょうど 扇子の要のようなものです それがある事によって 全てが一つにまとまるのです 安息日に自分のしている事をやめて 心を神様に支配して頂く事で 自分を祝福して下さるのが 誰なのかを 確認する事が大切です そうでないと 私たちはいとも簡単に 神様をそっちのけにして 自分を人生の主として 自分が王となって 物事を進めようとしてしまいます もう一つ 安息日を理解するのに大切なのが イエスキリストが安息日の主である事を 覚える事です 自分のしている事を一旦やめる というのは難しい事です 特に責任のある仕事をしているなら なおさらです もし それによって この仕事がうまくいかなかったら どうなるのかと不安になります それでも 安息日を聖なるものにしなさい と命じられているのは 自分が神の前に何者であるのか を知る為です イザヤ41章14節には このように書かれています 神様はあえてイスラエルを 虫けらのヤコブと呼んでいます それは私という存在は 本当にちっぽけな存在で 何者でもない事を知らせる為です しかし そんな小さな存在でも 神の前に忘れられてはおらず 神は目を留めて助けて下さる事を 教えているのです 私を愛し助けて下さる神様がいて 私がいるのであって その逆ではありません 安息日は主のものであって 私たち人間の為に設けられたんです 安息日は人のものではありません 自分の好き勝手に 過ごす日ではありません それは神のもの その日は神のものです 安息日を聖なる日とするとは その日一日神を覚え 神の臨在に満たされて過ごす日とする という事です
私たちが安息日を聖なる日とする時 神様が他の全てにおいても 責任を持って下さいます マタイ6章33節に このように約束されています イスラエルには このような格言があるそうです ユダヤ人が安息日を守ってきたのではない 安息日がユダヤ人を守ってきたのだ 日曜日に礼拝して そこで得た力で 残りの6日間を過ごすのではなく 安息日を聖なる日とし 神の臨在に満たされる事で 7日間 いつでも どこでも 主は共にいて下さり たとえ 試練に会おうとも 主は必ず私を勝利へと導いて下さる との確信を以て 歩めるようになるのです この主にあって 私たちが真の安息を得るまで 勝利の歩みをしていく事が できるように願います お祈りを致します 愛する天のお父様 感謝致します この世との戦いが続く 人生ではありますが あなたは 安息日を覚えて これを聖なる人日としなさいと 私たちが勝利に至る道に進む為に 大切な事を教えて下さいました そうです 安息日がなければ 私たちはは救われた とは言っても なお自分を主とし 自分の願い 欲望 計画を中心に置いて 歩んでしまう者です でも主よ そうではない 私は人間であって あなたが神です 私は失敗するが 間違いを犯すが 神は聖く正しいお方 愛と憐れみに富んだお方 私を愛し 私を救い出して下さるお方 神を創造主として 私を愛し導いて下さる私の人生の主として 正しい位置に置く時に その他全ての事が整ってきます 私たちは特に問題の中にある時 あれやこれやと いろんな事に頭を使い悩ませます でも 主よ
あなたは問題のさらに上にいて 全てをその御手で治めておられるお方です 私たちの助けは 天地を造られた主から来ます その事を覚える事ができますように どんな中にあっても 私たちは神の御手で憩う事ができます あなたが私を 愛して下さっているからです 神様 そのような平安を以て この地上の歩みを送る事ができるように 主よ 今日も 安息日を聖なるものとします 私たちを導いて下さい イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン ご起立下さい 共に応答讃美をささげましょう 頌栄を以て主を讃美致します 主イエスを信じなさい そうすれば あなたも あなたの家族も救われます主よ あなたの御言葉の約束が今御前に集いました お一人お一人のご家庭の上に この年成就致しますように 仰ぎ願わくば イエスキリストの恵み 父なる神の愛 聖霊の親しき交わりが 我ら一同の上に 限りなくあらん事を アーメン それでは主の約束の御言葉を握って ここから遣わされていきましょう 以上で礼拝を終わります 感謝します
◆本日は・・・◆
主日礼拝です。
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