丸尾多重子さん②「自分の老いを受け入れる」―加古川市人権学習初級講座「人権ひろば(オンライン)」―
でしこういう風にあの痛いっていうのは 良くないですよねだから緩和ケアこれを母 から教わりましたそれで母が亡くなって2 年後でしたかねあのすぐ上の兄が大学出た 時からずっと創通ま今双極性障害って言う んですか相とうつを繰り返すんだったん ですねそしたらその大学出た時に見て もらった 大学病院のお医者さんはうつの時はしんど そうだからこれは薬を与えましょうでも そうの時は本人あんなに楽しそうだから ほっとけばいいみたいな言われ方したん ですねそうかなお医者さんがおっしゃる からと思ってたんですけど兄が なくなるちょっと前にかかった神戸市西区 の精神科の者さんはおっしゃいましたそう もうつも出方は真逆ですもううつの時はは 光も嫌だし人と話するのも嫌ところが層の 時っていうのはもうものすごく快活に喋り まくるんですねそれでその医者さんが おしいました98%の方がほとんどお金の 問題をそうの時に抱えてしまうていうこと であのそれをそれまで知らなかったもん ですからいろんな精神科やら精神病院それ から診療内科いうのができたばっかりで そこも行きましたけどけど結局もうどこも 帰りのお土産が大変薬が山のように いただけるんですねでその頃無知だったの でお医者さんから出される薬はみんないい ものだと思って本人を楽にさしてくれるん だと思って兄ちゃん飲んでねって薬を いっぱいあんな薬を飲ましてましたそれで 兄 は層とうつを繰り返しながら ちょうどそうの時だったんでしょうかね私 が毎日あのもう精神病院から出て からラジオの実家でクラスには父と ちょっと関係が良くないのであの逆瀬川 っていうところにアパート借りてそこに 住んでもらってて毎日通って晩御飯の用意 をしてたんですねそしたらあし何の話から かちょっと居酒みたいなのがあった時に兄 がいきなり包丁を胸に突き当てたんですね であ兄ちゃん私殺してくれてもいいよその 代わりあのちょっともう父がボケてました のでね父ちゃんの面倒見てくれるんだっ たらいいよって言ったら兄が悔しかったん でしょうねあの包丁を床に投げつけました そしたら床にピンと刺さったんですねそれ で兄 は中高大とあのサッカーししてましたので 足がすごいでそのアパートのトイレのドア をガーンと悔しくて蹴ったらドア壊れまし た兄の足は壊れてませんでしたそれで その事件があって2日後か3日後に兄
は自死をしましたそれでその自子っていう のも あの毎日のように行ってたそのアパートで あパジャマ来たまま兄がなんか前の庭 みたいなところに立ってるなと思ったん ですけど気がつけ ばこっちからいくら話しかけても返事が ないからおかしいなと思ってよく見ると兄 がぶら下がってたんです軒下にだからそれ はすごいショックだったんですけど あそううつを繰り返す人は結局そうの時に 自分がしたことをうつになった時にすごく 責めるとそれで実施される方が多いと思う んですけどねまそう兄をが自分の命をかけ てあの私に教えてくれたのは薬にもっと 敏感になって欲しいっていうことだったん ですね私はもう絶対にそのお医者さんの 処方される薬は本人を楽にするものやと 思ってたんですけど逆だったんですねで その母と兄を見送った後 ややこしい父ちゃんが残ってますその中島 っていうとこで育った父ちゃんはその父親 の借金を抱えて大阪にあのデジ暴行に行っ たそうですで今この会場若い方ばっかりや からデボはご存知ないかと思うんですけど もうとにかくデジさで入るとま食事がまず もう嫉妬すぎるそれそれから朝から夜中 までその京都や大阪や神戸を自転車で 走り回っていろんなことを覚えたん でしょうね戦争も2回行って無人帰ってき ましたで父は事業も起こしたんですけど 2度大きな失敗をしましたま赤髪を貼られ たんですけどもその父 が93の時でしたね あのなんか朝赤い顔してるなと思ったら 39°ほど熱が出てたんですねそれで慌て てそれこそ救急者お願いして病院にあの 連れてってほしい病院にあの連れてって もらいましたそしたらあのそこで言われた のはレトゲ取ってみると両肺が真っ白だと 五円性肺炎がっていうことなんですねであ ご縁してそれで肺炎になったんだっていう ことでその主人のお医者さんに呼ばれて 言われたのがもしこのまんまあのお家で 生活を続けるんならあの色という方を胃に ま穴を開けてそれでそこにあのく で栄養も薬も入れれる喉を通さないって いうことですねでそういう方法いろって いう方法があるって言われましたそれでま 父に聞いても分からないなるので私が独断 でお願いしますっていうことで異にして もらったらそこの看護師さんがおっしゃっ たのは口を通らなくても口の中を綺麗に 航空ケアをすることが大事っっていうこと でそれも看護さに習ってガーズでこういう
風に拭き取ってっていうのを習いました それで1月の寒い日に雪がちらちらして ましたけどあの自分のうちのナジオって いうところに戻ったんですけどねそしたら すぐ訪問看護師さんが来てくださいました もう父の介護が始まる2年ほど前にあの 介護保険が始まったんですねそれであの 訪問看護師さんも来てくださるようになっ てその法官さんにお願いすると あのすぐ来てくださってそれで病院でもし ていただきましたけど熱いタオルで正式 きれに体を吹いてくださってそれで気持ち 良さそうな顔をしてましたで 翌日父を見ると生をしてないんですねだ からたった一晩ですけどうちに帰ってその まんま旅立ちましたで3人を見送って見る となんかふけになって力が抜けてしまい ましたで父の介護の時に巡り合ったのが 社長がやってらっしゃる家族会だったん ですねで同じ介護してる人たち家族が都場 だったんですけどあのすごくそこへ行く ことが楽しみで今日着てくれてる仲間あと 3人もそこで知り合いましたそれでその 家族会っていうのは すごく情報も得られるし感情のトロが できるしすごくいいなと思ってラジオから 1時間半かけていつも通ってたんですけど それは月に1回しかないんですねだから その時にああのこういう場所があれば介護 してる人が煮つまらなくて感情のトロが できて今の情報が得られたらいいなと思っ ていつか集い場を作りたいと思ったんです それで あの父の介護中に介護のことが本当に 分かってないので2級ヘルパーの勉強に 行って撮りましたそれで1級ヘルパーを あの また父が旅立ってから行くことになりまし たそれであの すごくそこで出会ったの が最後の実習だったんですけどねその実習 っていうのが2級ヘルパーの時は あのお食事会場もまだ免許も出ないから いうことで直接させていただけなかったし お風呂会でも外にお風呂から出られた方に あのドライヤーで神かかしたりあの パジャマなんかを着ていただくっていう ことだったんですけど一級ヘルパーの場合 は食事解除もできましたしそれからあのお 風呂の解除が明日機械浴やけどその入浴 解除があるから濡れてもいい服装で来て くださいって言われてあの脱以上で待って たんですねそしたらことことことこと音が するからあ隣が食堂だから食堂の配電者か なって思うとなんか一緒にね耳をしますと
おばあちゃんの鳴き声がどんどん近づいて きたんですん何かなと思ったらその脱以上 に入ってこられたおばあちゃん ストレッチャーの上に寝かされてそれで 落ちないように輪っかをかまされてそれで 何されてるか多分認知症状があって分から れなかったんでしょうね怖かったと思い ますすごい泣いて入りました大泣きにしっ て来られたおばあちゃんにごめんなさい 言いながら服脱いでいただいてそれで 浴そうに行きますとね機械浴って聞いてた んですけどそこに魚屋さんが立ってはるん ですゴムが入ってねビニールの前かけして で手にあのブルーのホースを持って貼った んですそのいでたちは魚屋さんでょお風呂 やったらシャワーがあるはずなのにその ブルー のそこのホスからお湯をいきなりおばあ ちゃんに泣き叫ぶおばあちゃんにかけはっ たんですねその時にあの大人しいまる ちゃん頭の線が2本ほど切れた音がしまし たそれでおばあちゃんなんか分からんまま にそのお湯かけられてそれで機械欲って いうのはねあこんなもんかと思ったのは 1人浴があるんですけどその横に ストレッチーつなげる とボタン1つでウィンと上上がってボタン でまた横移動それでお湯につるっていう ずっとばあちゃん泣いて入りましたああ私 は この2級ヘルパーの時は知らなかった こんな状態で気持ちのいいお風呂である わけないしと思ってもうその頭の線が2本 から5本ぐらい消えましたね泣きながら ラジオのうちに帰っ言ってそうや私の できることはやっぱり集い場を作ろうと 思ったんですね集える場それで あの2004年でしたっけあのついを作っ たんですけどもその1つ大事なのはご飯 やっぱり介護してる人は本人のためには 一生懸命作るんですけど自分のためには あの なかなか作れないからどうしても本人の 残したものを食べるっていうことになると 大体がふにゃふにゃしたものとかすっと 飲み込めるようなものが多かったですだ からちゃんと噛んでないんですよねで介護 者はそれするとイライラがもっと募るん ですよねだから あの介護してる人たちが介護職もそうです けどもイライラを積もらせないためには ちゃんとご飯をあのバランスのいい食事を しないといけないちゃんと噛んでっていう のであの食事をしてもらうことが大事って いうので
あのまずつい場はご飯それからご飯の時間 来れない方お茶のみに来てくださいます けど大体お昼から4時ぐらいまで開けて ますそれであの月1回のその家族会って すごい助かったしたんですけどやっぱり 毎日ないとおかしい思って最初の頃は 365日やってたんですけどもちょっと それでは体が持たないことで最近は土日 祭日は休ませていただいてあの月曜から 金曜は毎日させていただいてますそれで 本当にありがたいことにこの20年 いろんな方が来てくださったんですけどね やっぱり皆さんおっしゃるのはその車椅に なったり自症状があると普通のツアーで 旅行には行きにくいで家族さんがもしその ツアーに連れて行かれてももう家族が ヘロヘロになるっておっしゃるんですねだ からうちはあのお出かけたいいうことで 20年前から北海道9会それから東北の 震災の時にはお伊勢さんお伊勢さん行って それから沖縄へ行って海外も行きたい言わ れるのでね何しろフランス生まれですから フランスと思ったんですけど長い時間あの 飛行機に乗らないかちょっとそれは本人に とってきついかなっていうので食べ物が 美味しくて人証も似ててなんとなく あの町にある看板なんかも読みやすいと いうので外国台湾に4回行きましたそれ から4年前でしたかね韓国に行ってそれ からあのコロナ騒ぎで全然お出かけて行け なくなったんですけどまあとにかくあの 本人さん家族はもちろん喜ばれるんです けど本人さんのあのいろんな変化に家族 さんがびっくりされます あの今日来てくださってるあの西村早さん のご主人はねもう最後の方ですりつぶした ものしか喉通らなかったんですけどその 台湾って聞いたら途端にも行きたいいう ことで台湾参加してくださったんですそし たら短い距離でけどもあの機内食が出るん ですねそしたらあのご主人が機内食の セットの中のパッとレタスを見つけられて いきなりで手掴みでしりしりしりしり 美味しそうに貯められたんですで奥さんは もうドロドロにしたもしかだやと思ってた のでちっちゃなすり鉢とすりこぎ持ってき てらしたんですけどね結局はあの機内食の 肉じゃがもご飯も普通普通に召し上がり ましたで夜の宴会になるとあの春巻きを1 本ペロリそれからスペアリブには かぶりつきはるしあのあやっぱり心が動い たら体も動くんやなっていうことで本当に あの奥さんもびっくりされるぐらいの食欲 でした普通に食べられましたで旅行から 帰られてあのどうなったって聞きました
やっぱり元の木編ですりつぶしたものを 食べてらしみたいですけどでもそういうの も旅立たれる方が家族に残していかれる 思い出や思うんですねそのついとお出かけ たいとそれからもう1つ私大事なのは やっぱり家族介護する人介護職もここが 勉強しないといけないと思って学びたいっ ていうのをさせていただきましたで いろんな講師をお招きしてそれであの勉強 会なんですね大体月1回っていうのを毎月 のようにさせていただきましてそれで あのまその そう1年の総括が介護学会っていうのさせ ていただいたのは美義春樹さんていうのは 私介護中に介護のこと分からないので彼の 追っかけをしてる時にあのオム外し学会と いうのをされたんですねそれで外し学会 うんでもなんか抜けてるなと思って介護と 医療とご近所が繋がらないといけない まくらないといけないっていうのであの 介護学会それもあの最初は学ぶ会だったん ですけど面白くないやっぱり楽しく愉快 にっていうことで学会の学と会話そういう 地をつけてそれで私が知たかったのは家族 の声をみんな聞いてほしいっていうこと だったので最初の時からその家族に 参加してもらって登壇してもらって家族の 思いとかを聞いてもらう介護職の方もね 忙しいからなかなか家族の話は聞けてない それでその介護学会をやらせていただいて 実はもう20年このついさせていただいて あの支えてくださってるこの今日来てくれ てる仲間たちもみんな高齢になりました それで私後種で手術を受けたんですけどだ から始めるのは怒りとか勢いがあれば思い があればできるんですけどやめ時が難しい と思いますそれであの20年になりますし あのこのさやからと思ってあの介護学会も ファイナルを12月の23日にさせて いただくことになりました元に資料がある かと思いますがあのよろしかったら是非 12月の23日なんです津さちゃんの ホームページにアップしてますのでそこ からお申し込みいただいたらいいかと思い ますので是非あの今日来てくれてる あの永遠の乙たちて言ってたんですけどね この3 人私の命を助けてくれた仲間なんですけど この人たちにもかかっていただこう思って ちょっと西宮では過激団というので有名な んですけどもそう特地が達しな年取りなん ですけどあのファイナルで色々喋って もらおうと思いますのであの吉本まで行か なくてもあの楠本ぐらいかなと思いますの で是非お笑いに来てください12月23日
なんでそんなややこしい時にすんねんて 思いますけど是非お待ちしております それでその老後っていうのを考えた時に皆 さん老後どうしてらっしゃいますか言っ たらうんお金ためんね子供に迷惑かけたく ないから
#人権 #高齢者 #人権文化センター #人権ひろば #ライトン
・NPO法人つどい場さくらちゃん理事長 丸尾多重子さんによる講演を期間限定で公開します。(3/18~5/7)
・動画の複製及び二次利用は固く禁じます。
【講師紹介】
丸尾 多重子(まるお たえこ)。大阪市生まれ。高校を卒業後、4年間の商社勤務の後調理師免許を取得。10代の頃より、脳軟化症で自宅で這い回る祖母(父の母)を介護する母をサポートした。その後、東京にて15年間「食」関係のあらゆる仕事に従事。帰阪した翌年から家族の介護が始まり、「阪神淡路大震災」をはさみ、10年間で母・兄・父を在宅で看取る。半年後に「1級ヘルパー講座」で実習中、実習先の特別養護老人ホームで入浴介助の方法に疑問を持ち、翌日から不動産屋を廻って、20件目で見つけたマンションを借りて2004年より介護者や介護職だけでなく、医療従事者や行政職の方など様々な立場の人たちが集う「つどい場さくらちゃん」をスタート。2007年にはNPO法人を取得し、現在も理事長として介護者の不安を軽減し、認知症の知識や地域での取組などについて実践に沿ったアドバイスを行う等、活躍している。著書には「まじくる介護・つどい場さくらちゃん」「ばあちゃん介護施設をまちがえたらもっとボケるで!」「心がすっと軽くなる ボケた家族の愛し方」などがある。
丸尾多重子さん① https://youtu.be/LTf5g_yfDjc
丸尾多重子さん② https://youtu.be/LTf5g_yfDjc
丸尾多重子さん③ https://youtu.be/fVH57rKHuAA
丸尾多重子さん④ https://youtu.be/HD6Bl30KZ8M
丸尾多重子さん⑤ https://youtu.be/2jkfXrBLHY0