【VISION the TOYAMA】フリーアナウンサー 松井康真さん(2024年2月22日放送)
[音楽] ビジョンザ [音楽] 富山様々な分野で活躍する人の素顔に迫り つつ富山への思い未来のビジョンを伺う コーナービジョンザ富山今日のゲストは年 町身元テレビ朝アナウンサーで現在は フリーで活動中の松井安さんですどうぞ よろしくお願いいたしますよろしくお願い いたしますはいお久しぶりですという言い 方をしてもいいんでしょうかねお久しぶり ですよねただ次前回いつでしたかというの はちょっとはっきり覚えてはいないです けどねそう前回まこの番組でということに なると去年の8月そうですね松井さんがま 趣味の息を超えてもすごい中である プラモデルのコレクション店をねふさイで 開催された時にま電話で出演してください よという私の無理を聞いていただきはい 電話のリポートプラスなんとそばには石坂 浩司さんもおられ風前その日が石坂さんが 南町に来てらっしゃる時でで聞いた時間帯 だとちょうど体験で木彫りのスプーンを 作ってる時間だねその音の時間はとで一応 石坂さんにこれこれれこういうのあるん ですけどどうですかて言て本来はうんさん クラスになるとプロダクションとか マネージャーさんとか色々許可取りがある んですけどおいよと言ってえその場で 決まってしまったというでしたね途中で 電話変わって私え本物の石坂浩司さんです すかていうそんなやり取りもありましね テレビにあなんかおどっきりみたいな企画 ありますけれどまさにご本人でうんはい はいまそんな出演もしていただいたりま 今回も富山でちょくちょくお仕事をして いらっしゃるま東京と富山との2拠点活 にてらっののタイミングだったのでじゃ 今度はKNBラジオのスタジオに来て くださいということで来ていただきました 憧れのKNB本当ですか本当ですよえこれ 私あの高校時代に人生の最高目標はKNB のアナウンサーになるんだはいあら倉田 さんに憧れ相本さんに憧れあで絶対なりた いって思ってだから大学に行ってアンサ 試験を受けるのはもうそこから始まって からあそうですかその時KNBの募集は なかったんですかねえっとですね話せば 長いんですけれど今日15分しかないです からねないですね あの7年間なかったんですようんちょうど そういう時だ相本さんの後だからどんなに 優秀でもどんなに下手でも募集がないから あらだからその年にあるかないかははい ギャンブルなんですよギャンブルというか
運ですよねたまたまのタイミングでうん ましては富山テレビさんなんかもっとなく てあ当時はそうだったかもしれませんね そうですよねだからKNBのアナウンサー とにかくなるためにということでま大学の 学中にアナウンス学校も通ってで富山弁バ 出しだから受からないと思って休学ま自主 留年して1年ダブって3年生を2回やって そうやらないとダメだと思ってはい職が アナンス学校帰ってる時にKNB今年募集 しますって出ちゃったんですよあつまり私 2回目の3年生やってる時なので目の前ク ですもしかしてそこで留年をされなければ ま受ける資格があったんですがあら要は4 年生にならない取っちゃったので卒業絶対 できないのでうんあらで目の前真っ暗です ねだからKNBを物理的にもう7年に1回 だったのでうんでたまたま受かった人は 全く私の同じアナンススクールの同輩と 言いますかが受かれたんですけどはいうん でそれからもう目の前真っ暗だけどでもま 何があるかわからないしと言って4年生に なってい ええまずのはいえあのセミナーみたいな ものがあありますねアナウンスセミナー そうですそれを受けていきなりテレビ朝日 でまいわゆる青互いの泣いてるというに なっちゃったのではいわあ素晴らしいえて いうだってテレビ朝日見たことないです からねあの時富山県民はね知らない曲です テレビ朝日は見ないですもねうんで大学 生活もテレビようやく買って見てるよ場 からうちの番組は何を見てますかとか言わ れてもえっとえっとみたいなよく受かり ましたねですねでそんな感じでテレビ朝日 に決まったのはいいんだけれど富山県に 一切映らない1番入っちゃいけない曲に うんうんあらじゃあご両親はうちの息子 アウさんになったんだけれども富山で 見れんがいねっていうそんな生優しいもの ではなくてテレビ朝日に決まったって電話 した瞬間に母親の大生何だったと思います はいはいおめでとうではないってことです ね あんたあんた帰ってこんが てううんとお母様せこ長なんですからあ そっか私も帰ってくるために富山県で就職 するために富山で就職するに1番やりたい のはアナウンサーだてあの小学校からアサ やってたので校内放送でもアやって放送 委員長もやってみたいなことやってたので だからまとにかくなるようになるしかない と思ってテレビ朝日にま泣て10月にした んですけど実談があってそのはい月後 ぐらいですかねKNBが2年連続採用試験
をやっ たもう本当ですかもう戻れないですよ僕は もういやでもま冷静に考えてテレビ朝日ね 受かっていらっしゃるからまKはないなと 思いますけどはいその順番が逆だったらね そうですこう私の上司だったり先輩だっ たりする可能性はあったわけですから同期 とま同期と同期が実はKBに入ってそれ こそその後僕何度もKさんにもお邪たうん ました残ながら今その2人はいらっしゃら ないですけどかなり早い別のねところに 行かれたり別の仕事にねなれたぐら先輩 ですからですあここまでお伝えしたところ でそうなんです松井さんは私の高校の高尾 高校の3学年先輩2学年じゃなくて3学年 か3学年になるんですねうんで先輩でで 東京工業大学といういわゆるの になれはなアなーだっというアナウンスを 指すたの間では噂されておりましたがで今 おっしゃったようにねえテレビ朝日入社さ れてそれ以降は私は東京で学生時代を 過ごしているので松井さんがまいろんな 番組で活躍しておられる先輩として見て おりましたはいはいであのミュージック ステーションとかニュースステーションと かね看板番組を担当しておれでしたからね そうなんですよねはいもうもびっくり点 でしたうんねだって普段はまアナウンサー 目指しておられたとはいえそういう理系の 工業大学そうですねだから男性だから野球 実況だと思ってたのでそれがいきなり 華やかな世界ま野球地も華やかですけれど でも芸能人のまさか歌番組で田森さんと こんばんはたですこんばんは松井です今日 はヒ二の皆さんです初登場ドームズカムの 皆さんですってやってその代ですよねです うわあでまそういうお仕事を経てで報道 記者としてもね活躍されて特にあの 2011年のえ1月にちょうど記者になっ ておられたその年の3月にえ311という えっとね実はね記者になったのは後なん ですよアナウンサー時代ですねにも既に そういう勉強をそうですねあのそのところ 25年も経ってましたので私デスクをやれ と言われましてアナウンスの私も同じ立場 ですねはいってたんですけどうん現場の 仕事がねないだけれどどうしてもっていう ことになってなった瞬間にじゃあしょうが ない自分をシフトできるなと思ったのでで 25年間番組にずっとついてたんですけど 初めて自分の好きなことができると思った のでで原発問題が原発時がもしきたらどう なるかということを自分で取材しようと 思ってあでアナウンサー時代に自分で企画 書を出してでそういうことをやったていう
ことですねうんはい東日本大震災が起きる 前にご自身が関心のあるそういうえ原発の ことなどを勉強し始めていたらま3月11 日にあの大地震が起きたっていうことでで その後は私やっぱり松井さんがその原子力 発電原発について詳しいま記者の立場で 解説をされたりとかそういったあの活動は やっぱり拝見していたのでは先輩だけどね 同じアナンサのこの仲間だけどわすごい なっていうその取材に基づいてしっかりと こう解説してる姿を見てこれは見習いたい なと思った記憶がありますねわね本当に1 月ぐらいから集中的に東京電力に通って 最初はものすごい警戒されたんですよ テレビ朝日朝日の名のつく人が何か取材し たいというのは揚げ足取ろうと思ってるん じゃないかみたいなでテレビカメラもあり ません勉強なんです入れてくださいって 言ってま何度かようやく交渉して入れて 入れてもらってというか候補の方にあって でそれからいろんな何回か取材をして 打ち解けてというかでそれで柏崎原発に 乗り込んでいったりうんったりとかでか所 村の燃料サイクルシステムに青森のそこに 3月10日と11日に行って私青森の6 か所村で被災してるんですよ震度7にはあ たまたまそのタイミングでたまたまですね だからなんで私みたいな人間がこんな タイミングでこんなことをなってんだろう と思ってまなんとか飛んで帰ってて朝日 ですねその時点でやっぱり2ヶ月集中して 原発のことについて取材と人脈もあったの でまそこからんらっと生活が変わっま 当たり前ですけどねという感じでしたね うんまそんなミュージックステーションの 華やかなものからえ報道番組そして報道 記者としてのま解説もできる ジャーナリストとしてのね活動もしながら そしてもう人生もういろんなことがあるの で語り尽くせないので一気に飛びます けれどもまこの去年の春にえテレ朝の生活 を終えられてそうですね60歳の誕生日を 迎えたのでえ丁年でやめましたね 年38年の3月生まれなのでちょうど60 あの誕生日好きの月末が一応丁寧なんです はいじゃちょうど3月末ま一応素敵な会社 なんで継続はもちろんあるんですけれど あのやりたいことがあるのでありがとう ございましたやめますとはいやめましたで 今は東京でのお仕事そしてまご実家のある 南都の稲にもオフィースを構えられて色々 お仕事を両方やってらですはいどうですか この2拠点生活というか2拠点仕事とと いうのはいやあのめちゃめちゃ充実して ますね楽しくてしょうがないですねこれは
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てみたら稲町の人を相手にもちろんしてた んですそうじゃないですト市や高岡市や 金沢から噂を聞きつけて集まってくるん です皆さんそうなんですだから普段南町で 見たことないおしゃれな人たちが言っちゃ 怒られるんですけど若い女の子とかが来て はいええって思う人たが今持ちにいんです ねはいだそれを私ここで放送局にいながら 知らない情報が多くて今松井さんから教え てもらってるっていうのもあれですけど そういう地元のことも色々調べられて肌で 感じてあこれはここで仕事をするのもいい なっていう風に仕事というよりも彼らのと 一緒にま手伝い手伝いというのはね逃げ道 になっちゃうんですよあと言ってどまん中 に入っちゃうと30代40代ですごい プロジェクトが今動いてるのにとこに60 歳が来ちゃううんうん絶対相手は嫌だと 思うま嫌とは言われませんけれどまそこの 兼ね合い難しいですけどま手伝というかま サポートというか支援というかそういう形 でちょっとわっそう僕のネットワークで 何か取材とか受けたらもう稲町はこうです 例えば今日のラジオまさにそうですそう あの南町は本当にあのただ交通のアクセス が悪いんですうんうんあの公共アクセスが ないのでかそうですただ富山県民はね車 社会なので何の問題まくすっといけるん ですけからとかあるいは世界からとか日本 からの人たが新幹線で富山行くまではすっ と来るんですけどその後稲町に行けないん ですようん新高岡までもすっと来られるん ですけどその後のですね公共交通機関を どうするかというところですねでもある 程度そういうところだからこそ知る人と 知るでうんあの静かな門前町水船地という 本当にいいお寺がありまして彫刻が見事 ですああ本当そうですよねあのイ行くと木 の音がねいんとから聞こえてきたりとか その通りですいい待ですよねいやあなんか もう市役所の報課長どころかもっとなんか あの中枢にすぐにでもれそうとんでもない それはもう地元の人たちがずっと気づいて きたものがあるわけですからうんでもそれ をねさんのフィルターを通していろんな とこに伝えるってこともそれはね大事な役 かあのそれこそさっきちょっと出た石坂 浩司さんをお迎えしたのも僕は地元の街が こうでこうでこうですよて聞たらうん ものすごい興味を示されて松井君行きたい と言って奥様と一緒にいらっしゃったん ですああこれは嬉しいそれで良さを知って また口コミで広がってねそうですあの時 帰り富山駅までお送りして富山駅の改札で ありがとうございますったら来年また来
るって言われたんですよえ 嬉しいそうですか良かったああでもそう やって松井さんが学生時代から思い描いて いた故郷富山でま働きたいっていうの多分 富山のためになることをしたいって気持ち もどこかにあったのが今こうやって60で 丁寧を迎えられてある意味形は違えども そこ同じ思いがなんか貫いてるっていう 感じしますよねもうとにかく今まだ第2 人生スタートで動き始めた感じです今は 人脈作りという言葉がいいのか分からない んですけどこうやってKBさんに入れて もらってこんなねラジオに出るなんてまあ 素敵といや嬉しいですねでもこういう こちらとしてもねそういういろんなことを 知ってる人がまた富山のことを伝え富山の 若い人たちをまた後押ししてっていうのが ね松井さんはもちろんですしそういう人が もっといっぱい動いてあの活発にこう動き があるっていうのがまみんな求めてること なんじゃないイ町っていう街は昔から 木彫りの彫刻なんですけど全国からそう いう義姉を集まってくる街なのであの あえてよそもって言葉を使って全然構わ なくてよそもがたくさん入ってきて 作り上げてきたうんです歴史的にそういう 場所だったはいだから今も全然変わらない ですよってよそからいらっしゃった方 どうぞだからあの木彫の弟子の方もイ町の お父さんが木だから私も木しって方は実は かなり少なくてうんいろんなとこから いらっしゃるんですよやりたいという思い を持ってね集まってきておられますもんね はい松井さんもう1時間番組作れるぐらい の勢いなんですけどそろそろお時間が 近づいてまりましたのでまあの最近では あの野半島自身の後実際にこう現地ではい されたりとかジャーナリストとしての活動 も続けておられますしこれね実は取材では なくてこれは実は完全なボランティアで はい人に頼んでボランティア団体の仲間の メンバーとして入ったので取材ではないん ですけどまその行く過程でスマホで写真も ちょっと撮らせてもらったりラティをし ながらお話を聞いたっていうことですね はいまそれをまたねいろんなテレビの番組 などでもね発信しておられますけどまこれ からやりたいことま今スタートしたばかり なのでたくさん終わりだと思いますがこれ からやっていきたいことそしてま富山への 思いも最後に語っていただければと思い ますあの富山県の方はなんですかね自信が ないというかいいものがあるのに分かっ てらっしゃるないっていうのが稲町に環状 寺公園高原って昔行ったんですけどそこに
上がってそっから見た風景3挙村の風景は もうもうひっくり返るぐらい素敵なんです けれど地元の人はなんけこんなもんいつも 見とんないでそううんこれは大変ですよと はいまそれこそ石坂さんな他の方もうん これは何とえここただで入れるのだから ただなんで駐車場もただなんですよ稲町の 人はここ車で5分で上がれるところにそれ があるだから当たり前だと皆さん思ってる ことが実はとても素敵なものがいっぱい あるのでもっと皆さん自信を持ってはい やってほしいなそれを私たちがより気づき を何かうまく間に入ってそして全国の人 たちにはいうざっとたくさん来てもらって も困るのでああそうですねそれを理解でき て感じられる人たちが こう思いを持ってなくそしてまた リピーターになっていた口コミで広がるの が目的で何かのわっとやってわっとてきて うわっと来てふわっとなくなるのは全く 求めていないのでうんうんまそんなお 手伝いがとはいじゃあまた是非このKNB ラジオにもお越しいただいてま先輩後輩 トーク今日はちょっと固めのお話になり ました今度は脱線オケえあの読んでい いただければあいつでもきますのでまた ぜひ来ていただけれ はいなんか60どうしようかなそういう 同じ世代の方にとってもあこうやって思い を持ってやってる方がいるんだっていうの は勇気にもなるしあ俺もやってみよう私も やってみようて方もたくさんおられると 思うのでそういった意味も込めてまたぜひ ぜひあの番組にお越しいただければと思い ますよろしくお願いしますありがとう ございました今日のゲストは元テレビ朝日 アナウンサーでえご出身の松井安さんでし たありがとうございまし た
政治・経済・文化・スポーツ・教育・福祉など、ジャンルを問わず、富山で活躍する「旬の人物」をゲストに迎え、その活動のヴィジョンをうかがうインタビューコーナー。
地域に根差した富山ならではの構想が、どんな未来を描いていくのか。富山にこだわり、世界と未来へのメッセージをラジオから伝えます。
※役職等は放送時のものです
KNBラジオ『でるラジ』
毎週木曜日 13時15分ごろ放送
▼「でるラジ」HP
https://www.knb.ne.jp/bangumi/derad/
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