【1998年】車両が15cmまで押し潰され…救助隊も長年苦しむことになったドイツ鉄道史上最悪の高速列車ICE事故「エシェデ鉄道事故」【ゆっくり解説】
ドイツ北西部のニーダー作戦州にある 小さな町へでこの町でドイツ最大の 鉄道会社ドイツ鉄道が運行する高速列車 ICEが突如として脱線列車はまるで アコーディオンのように折り重なり犠牲者 と重継承者とも200名以上に登った連邦 鉄道局はすぐさま自己原因の調査を開始 その結果ドイツ鉄道の信じられない安全 体制が明らかになったということで今回は ドイツ鉄同士で最悪の鉄道事故であり当時 世界で起きた高速鉄道事故でも最も死者が 多かった事故エシで鉄道事故を解説して いくぜ1998年6月3日午前5時47分 乗客280名以上乗務員六名を載せた ICE884号はミヘンから850km 離れたハンブルグへと移動を開始そもそも ICEって何なのドイツ鉄道の旅客車両の 中で最上位のもので日本で言うところの新 幹線のイメージに近いただ新幹線と大きく 違う点もある例えば日本の新幹線は動力 分散方式と言って車両何台かに列車を 動かす動力装置が備わっているそれに対し ICEは動力集中方式が採用されており 戦闘車両型多の車両を引っ張る形になって いるんだまたICEは高速列車であるもの のそのまま在来線にも入ることができる ようになっている日本とは全然違うねただ のほど詳しく説明するがこの構造が第3次 を引き起こす原因の1つとなってしまう なお設備の面でも新幹線と大きく異なるぞ 例えばテレビ付きの座席や個室などがあっ たり日本ではすでに廃止された食堂車も あるため車窓を眺めながらゆったりと食事 を楽しむことができるんだ旅行にも仕事に も良さそう実際にこの最高時速280km で走るICEによってドイツ国内の移動 時間を大幅に短縮できたこともあり飛行機 よりもICを使用する人はどんどんと増え ていったぞだがそんなドイツが世界に誇る 列車があのような悲劇を生むとは誰もが 思ってもいなかっただろう一体なんで あんな状態に事故当日ICE884号は 順調に走り続け途中の駅でお客さんを どんどんと乗せていったそんな乗客の中に は奥さんと6歳の息子と一緒に家族旅行に 行く男性Aの姿が彼らは戦闘車両である1 号車の個室を利用しておりこの先の旅の ことを思い描きながら会話をしていたまた 5号車にはハンブルグの捕地に向かう女性 B後方の12号車には個室で仕事をする 男性Cなど多くの乗客たちがそれぞれ ICEを存分に利用していたことだろう ふむふむそして出発から約5時間が経過し た午前10時56分あと40分ほどで終点 のハンブルグに着するタイミングでAの耳
に突然大きな音が飛び込んできた瞬間なん とAの奥さんと息子が座っている席の間の 床からいきなり巨大な金属編が突き出して きたんだえ え何それ怖すぎるAたちも一体何が起きた のか理解できなかっただろうだがとにかく 危険なことに間違いないためAは急いで ここから出ようと家族に伝え急いで個室を 出ることになおこ時5号車にいたBやたの 乗客たちにもこのものすごい音は聞こえて おり一体何が起きたんだとざわついていた しかしこの音はすぐ収まり列車も何事も なかったかのように走り続けたので だんだんと5号車にいた乗客は落ち着きを 取り戻していったぞ床から金属が突き出し てきたのに列車を止めてないのああこの時 Aは急いで別の車両に車掌を探しに行き このありえない状況と緊急停止する胸を 伝えたのだがが車掌はAに対し乗務規定が あるので確認してからじゃないと止められ ないですねと返答したんだ確かに車掌さん の立場からしたら間違っていないんだろう けどそこでAは自分たちの個室の様子を 見せようと車掌と共に1号車に戻り始めた のだが途中急激に列車が横にガタガタと 揺れ始めたこれはもうグダグダ言わずに 停車させないとえもそう思い改めて車掌に 訴えたのだがそれでも車掌は緊急停止は できません確認が先ですと言ったという マニュアルを守り通す感じかそしてAと 車掌が1号車に入りAが座っていた席を 見せようとしたその瞬間ICE884号は 時速200kmというスピードを出した 状態で脱線さらにその先にある立橋の下を 動力者など難量化が通過していったがが その直後立橋からわずか20mしか離れて いない線路沿いの家に住む女性Dは ドカーンという合音を耳にしたこれを聞い たDの旦那さんは飛行機が墜落したに違い ないと叫んだそこでDがすぐさま窓の外を 見てみたところそこには目を疑うような 光景が広がっていたまさかそうICEがD の家の裏庭に突っ込み冒頭に伝えたような 状態で存在していたんだマジでギリギリ じゃんそうなんだしかし効果不岡Dの家は ガラスが1枚割れただけで済んだというだ がICE自体はぐしゃぐしゃになっており 急いで救助活動が必要な状況だったぞ ちなみにどれくらいで救助隊の人たちは 到着したのそれがなんと事故から2分後に はすでに最初の救急車が到着したんだ めちゃくちゃ早い何か特殊な理由でもあっ たのかなこれだけ迅速に駆けつけられた 理由はエシェデ駅の駅員がなぜかICEを 引っ張る戦闘の動力者単体が駅を通り過ぎ
たのを目撃し何か重大なことが起きている のではと考えすぐに通報していたからだっ た動力者が単体でそして事故発生から6分 後にはエシェデのレスキュー隊も到着その 後60km離れた場所にあるハノーファー の救助隊やドイツ軍などから合計1200 名にも及ぶ人員が導入されこのドイツ市場 最悪の鉄道事故に立ち向かうことになった なおドイツではこの事故が起きた時の クライシスマネジメントとして行政の携帯 電話使用が優先されるような仕組みがあり 事故発生後わずか17分で式系統が1本か さらに事故が起きた場所の軍長に葬式権が あり政府に指示を仰ぐ必要もないという ふむふむ他にも救急ヘリが事故現場にやっ てきて負傷者を搬送する体制が整ってい たり自己現場の上空直径5km高さ 660m以内の空域の報道蹴りの侵入は 禁止され人命救助活動が最優先されるよう になっているなんかすごい整備されている ねだが一方で実際に活動に当たった救助 隊員たちは瓦礫の山化した列車を見た時 衝撃を隠せなかったという実際にある1人 の隊員はあまりの状況にまともに考える ことができなかったと当時のことを 振り返っており現場に駆けつけたある警官 いは8つの車両が折れ曲がって重なり合い 車両1つ分の範囲に収まるほどでした しかも5m上にあった橋も崩壊してしまい 一部の車両が押し潰されていたんですと 証言をしているえ橋も落ちてたのあこの 画像の下の方を見てもらうと分かるのだが 橋が崩れて車両の上から破壊されているの が見て取れるぞなお300Tもある橋に 潰された車両は高さ15cmにまで圧縮さ れていた155cmiPhoneの縦の長 さと同じくらいって考えるともはや原型が ないんじゃちなみにAさんやBさんは無事 だったの1号車にいAたち家族と車掌は 奇跡的に継承で済み自力で歩いて現場から 離れることができたぞだがその他の車両の 多くは被害が甚大で大勢の乗客は急場待つ しかない状態だったしかもこの当時の ICEの窓はかなり割れにくいように設計 されていたため救助体が窓ガラスを破壊 しようとしても簡単に割ることがきずに 救助活動は難行したなおこの時5号車にい たBは車内に取り残され足に怪我を追って いる状態だったにも関わらずアドレナリン が過剰に分泌されていたからか痛みを感じ ていなかったというそれはつまり体が自動 的に防御反応を出すほどにひどいってこと だよねだろうなまた12号車の個室で仕事 をしていたCもこの時車両の中に閉じ込め られてしまっていたぞあそういえばCさん
いたね彼のの足は動かず体には激痛が走り しわの恐怖に襲われていたそして自分の 子供時代奥さんや子供たちとの思い出など 彼の人生がまるで映画のようにフラッシュ バックしていたというそうまとって本当に 見るんだそんなしは現実に戻ってきてから 助けてくれと懸命に叫び続けたのだが誰 からも反応がないまま1時間が過ぎようと していたそんなに絶望の縁に立たされてい ただったが突如誰かいるんですかあなたの 名前はという声が聞こえてきたぞ救助隊の 人かないやこの質問を投げかけたのは現場 に駆けつけていた警官のいだったいはCの 名前を尋ねた後大丈夫全てうまくいきます 必ず助け出しますとCを励ますと同時に 救助隊に生存者がいる胸を急いで伝えただ が救助隊が列車の屋根を機械で切断する間 あまりにも激痛が走ってCは苦しむことに そのため残骸の隙間から鎮痛剤が渡され彼 がそれを飲んだところCは一時的に呼吸が 止まりそのまま気を失ったんだ副作用か そしてCが次に気づいた時は病院だったの だが彼の体は合計で6回の手術さらに集中 治療室で約1ヶ月を過ごすことになるほど かなり危険な状態だったぞでもなんとか 生存できたんだねああしかし一方でどれ だけの乗客が列車に乗っていたかが不明 だったこともあり救助隊は中夜問わず生存 者の捜索を続けたそれってつまり亡くなっ ている人もどれだけいるか分からないって ことじゃそういうことになるそのため板を 探し出すための死体創作権も投入される ことになったり一部の遺体は地中4mの深 さに埋もれてしまっていたという情報も あるぞまた事故当日の夜線路の定期点検を 行っていた2人の鉄道作業員の代わり果て た姿も発見された巻き添えかその後も48 時間にわって必死の捜索活動が行われた ものの最終的に事故から3日後の朝6時 40分頃ついに救助活動が打ち切られる ことになお見つかった遺体の損傷は非常に 激しくバラバラになったりVの特定さえ 困難なものが多く捜索が打ち切られた段階 で身元が特定できたのはわずか19名に とまった飛行機みたいに名簿があるわけ じゃないからかでもそんな状態からどう やって特定するのこの事故では120人も の法医学専門家チームが組まれ数週間かけ てパーツを分類していき亡くなった人の 身元の特定に当たったんだ一体どんな状態 だったのか想像するだけでも恐ろしいね このような光景を見た救助隊員たちには 事故の生産な現場の様子が強くノりに刻ま れたことにより約400名もの人がが PTSDになり長年に渡って悩まされる
ことになった1も人が実際にある救助隊員 は列車の部品に押し潰されている女性がい て彼女が伸ばした手の先には子供がいたん ですその光景がずっと私の頭から離れませ んと語っている最終的にこの事故では子供 12名を含む101名が死亡重継勝者 105名にも及ぶドイツ史上最悪の高速 列車事故になったなお亡くなった人たちは ほぼ即死だったと考えられているまたこの 事故は助かった人たちにも大きな傷跡を 残しており6名の子供は親をなくして孤児 となり40名が社会復帰が不可能なほどの 重症を追ったというううどうしてこんな ことにここからは自己原因を紐解いて いこう事故後すぐに調査団が原因救命に 乗り出したところ立の上に車が止まって おりそれが落下して線路の上に落ちました という目撃情報を得たぞそしてこの証言を 裏付けるように列車の撤去作業中鉄道作業 員が使用していた車がペチャンコに潰れた 状態で発見されたしかし戦闘の動力者には 車と衝突したような後は残っていなかった んだつまり違うとああそのためこの車は橋 が暴落したと同時に線路に落ちたと考え られたぞじゃあ脱線の原因は一体何だった んだろう事故発生翌日の6月4日調査団 たちはすでにある手がかりを見つけていた 何それは事故現場の約6kmも手前の線路 についていた傷ださらに事故現場から 大きく破損した1つの車輪が見つかった ことでこの傷の正体と脱線の原因が 解き明かされていくことになる車輪が壊れ てたのああこのようにある車輪のリムが 外れていたんだリム車に例えるとホイール の外側にああるこの金属星の円の部分が リムになるぞそしてこのリムがあることに よって走っている車輪全体の形状を保つ ことができるんだああなるほどでもなんで その円形の部品があんな一直線みたいに なってたのその理由を説明するためにまず ICEの車輪の構造を簡単に説明すると ICEで採用されていた車輪は男性車輪と いうものだった何それこれはリシと呼ば れるホイールとリムの間に柔らかいゴムを 挟んでいる車輪のことだただICEが運行 を開始した1991年この時は日本や フランスの高速鉄道と同じようにモノ ブロック構造というホイールとリムが 合わさった一体中三で作られる車輪が採用 されていただがこの一体中三型車輪を使用 したことでICEはある問題にぶつかる ことになったんだどんなそれは騒音と振動 が非常に激しくなりこれらが客者に ダイレクトに伝わってしまたことだった ここで再度ICEに食堂車が備わっていた
ことを思い出して欲しいのだが振動がこの 食道車に伝わってしまうとどのようなこと が起きてしまうだろうお皿がテーブルから 落ちたりグラスに入ったお水やお酒が溢れ そうだねまさにその通りだそしてもちろん そのような状態であればいくらスピードが あっても快適とは言えないためドイツ鉄道 はどうにかしてこの振動などの問題を 取り除きICEの評判を落とさないように しなければいけなかったそこでゴムを入れ たタイヤにしたってことかああ運行開始 からわずか2ヶ月足らずでドイツ鉄道は 男性車輪に変更することを決定そしてゴム が入ることにより振動は吸収され一体中三 型の車輪よりも快適性が増したわけだなが しかしこれが仇となってしまうまず大前提 として車輪には重量のある車体が上から のしかかっているため地面に向けて大きな 力がかかる そのため車輪は本のわずかながら楕円上に たんでしまうんだフラフープを縦にして上 から力をかける感じかそして男性車輪の 場合まさにリムはフラフープのような中心 部分は空白でホイールにリムをはめ込む形 になっているさらにこの2つの間には 20mmのゴムが入っていることから仮に 一体中三型と比べてホイールの大きさが 同じでもリムの直径を少し大きくする必要 性があるぞふむふむそのため車体の重さを 同じように受けてもリムがむ影響は増えて しまうことは想像できるだろうすると走行 すればするほどリムを構成する金属に疲労 が積み重なり結果としてリムの内側から 少しずつ亀裂が生じ最終的に破断したって ことだねそうだそして割れたリムはAたち の床下から車内に勢いよく突き出してきた さらにこのリムは車両の下にも突き出た 状態で走行し続けていたため事故現場から 6kmも離れた地点で線路に傷がついてい たというわけだそういうことだったんだね じゃあ車輪からリムが外れたことが脱線の 原因だったってことかな実はそう単純な話 では終わらない調査団たちは次に立教の 200m手前で線路が損傷していることを 発見しここでICEが脱線したと結論付け たなんでそっちでここで冒頭の方で説明し たICEが新幹線と違う特徴を思い出して 欲しいその中の1つにICEは高速列車で ありながらそのまま在来線に入れるという ものがあっただろそういえばそうだったね そしてこの立橋の200m手前の場所は まさにその高速鉄道の線路である本線と 通常の列車が走行する在来線が交わる場所 だったそのため列車の進路を切り替える ための点滴機が2つ存在するんだまたこの
切り替えポイントには五輪気場という脱線 防止用の補助レールが通常のレールより 内側に設置されているがしかしこの 切り替えポイントではなぜか補助レールの 一部が完全に線路上から消えていたんだえ そして調査を続けていくとこの行方不明に なったレールがとんでもない場所から ものすごい状態で発見されることになった ぞ一体どこからそれはなんと1号車だった 1号車って床下からリムが突き出た車両だ よねああその突き出した場所から数メト ほど離れた車内でこの補助レールが床した だけでなく天井にまで穴を開けて 突き刺さっていたんだえ ええなんでそんなことになってるのここで 先ほどのリムが関わってくるというのも 列車はリムが線路を吸っている状態で時速 200kmというスピードで走行していた そして1つ目の切り替えポイントに入る時 この線路を吸っていたリムが補助レールの 下に引かかりそのまま長い補助レールを 持ち上げてしまったことで補助レールが1 号車に思いっきり突き刺さったんだ なるほどさらにこの時の衝撃で一瞬1号車 の車両が持ち上がったことでICEは脱線 その後今度は2つ目の切り替えポイントで またしても悲劇が起きてしまう一体次は何 なのなんと1号車が脱線したことで車輪が 切り替えポイントに触れてしまったんだ そのため動力者と1号車はそのままICが 高速で走る線路を直進したものの2号車 以降は在来線側に右折するような進路に 切り替わってしまった地獄へのピタゴラ スイッチそして1号車の脱線と2号車以降 の在来戦突入により1号車以降のスピード が減速することになったため動力者と1号 車の連結は引きちぎられてしまったぞだ からエシで駅で駅員さんが動力者だけが 過ぎ去っていったのを目撃していたのか そうだそしてものすごいスピードで右折 することになった2号車は多少右側に振ら れるような動きをしながらもなんとかその まま立橋の下を超えることができただが3 号車はこの右への勢いを止めることはでき ず2号車以上に大きく触れて線路右側に 押し出されてしまい線路から2m離れた 立橋の支柱に激突してしまったんだ重量 ある物体が時速200kmで突っ込んで くるんだからさすがに支柱が破壊される わけだねその後4号車は橋が崩れる前に なんとか通過するがそのまま近くの木に 突っ込む形にしかし5号車の後方とその次 の食堂車は暴落してきた300Tの橋に 潰されてしまったBさんって確か5号車 だったよねそう思うと生存したのは急死に
一生すぎるなお15cmにまで潰され ペチャンコになったのは食堂車でその後に 続く車両は時速200kmで瓦礫の山に 次々と突っ込み悪してしまったわけだな ただこれほどまで悲惨な事故ではあったが まだこれでも運が良かったという見方も あるんだどういうことというのも本来で あればICE884号はこの切り替え ポイント付近で対抗列車として別のICE とすれ違うはずだっただがこの時884号 は1分遅延をしており対抗列車は2分早く 運行をしていたんだじゃあもし両方が帝国 通りに走っていたらすれ違うICEにも 被害が出ていた可能性があったのかどちら にしても今回の事故は車輪の破損脱線 ポイント切り替え立教といった1つ1つの 偶然が積み重なった不運な事故だったと いうことだねいや実はそうではない えそもそもこの事故が起きたきっかけは 一体どこにあったと霊夢は思うかそれは シリが金属疲労を起こしたことじゃないだ よなだがそう考えるとここである疑問が 浮かぶ何金属疲労は長い年月をかけて進行 していくものなのでドイツ鉄道の定期検査 で見つかるはずなんだそして同じような 疑問を抱いた調査団はドイツ鉄道にこの問 をぶつけたところ会社からあり得ないよう な返答が飛んできたまさか検査をして なかったいや検査はしていたぞ実際に ドイツ鉄道では金属疲労を発見するために 長音パ単勝機器も導入されていたんだ じゃあありえない返答っていうのは何だっ たのそれはこの危機があるにも関わらず ドイツ鉄道の整備士たちが手持ちのネオン 感を使ってちゃんと目視で検査をしていた というものだったはなぜ目視検査という 大きな傷しか見つけることができない方法 を取ったのかこの理由は長音パ単勝機器が 度々故障しておりその取得したデータが 信用できないからだったなお1994年に はすでにこの危機は使用されていなかった というじゃあ昔から危ない可能性があった のかなお事故が起きる1週間前別の検査に よってすでに車輪の血管は発見されており さらに言うと2ヶ月前の4月から1号車の 車輪と車両で異常な振動と騒音があること を車掌や乗務員は8回も報告していたんだ えじゃあ会社は知ってたってことああだが ドイツ鉄道は列車を取りやめるほど深刻な 問題ではないと考えていたまたそもそも論 なのだがICEで使用されていた車輪は 1997年に時速24kmで走る路面電車 ですら金属疲労によって亀裂が入っている ことが報告されていたそれなら高速列車は 絶対無理でしょしかもこの路面電車を運行
していた会社は男性車輪で金属疲労が生じ ましたと他の鉄道会社に伝えておりそこに はもちろんドイツ鉄道も含まれていただが これに対しドイツ鉄道は私たちには今まで そんなこととは起きていないから問題ない といいこの連絡に耳を貸すことがなかった んだ安全体制だけでなく危機管理まで ガバガバちなみに事故後に車輪はちゃんと 交換されたのかなもちろん男性車輪は不 採用となり全て一体中三型車輪に交換と なったこの車輪で問題となっていた騒音や 振動については新しいサスペンションを 開発して対応また車輪の交換サイクルの 短縮やレールにも振動軽減対策が施された ぞふむふむ他にも救助南向にさせた原因の 1つである窓も列車に備え付けのハンマー で割れるものに変更されたり新しい線路を 建設する際のガイドラインや検査体制の 見直しもされていったなお事故現場では 新しい立教も再建されたぞそれ大丈夫なの もちろん今回の事故を受け対策が施されて おり支柱がないタイプの橋になっている 支柱内分の耐久性が気になる違った形で 崩壊しないことを信じるしかないけどそう いえば鉄道会社や関係者の責任追求は もちろんされたんだよねこの事故で検察側 は業務上過失致死材と過失障害の罪で ドイツ鉄道の整備死に名と車輪製造会社の 社員一名を起訴この裁判は戦後ドイツ最大 の裁判となりかなりの論争が巻き起こった というだが54日間における心理の結果 裁判所は罰金と引き換えに訴訟の打ち切り を案したえそのため最終的な結論として この3名は無罪検察側と弁護側が和解で 合意することになり3名それぞれに約 11万円の支払いが命じられたんだいや なんか軽すぎないこれにはドイツの法律面 が関わっているらしく悪意であることが 証明できない場合は無罪判決となり和金 などが支払われて終了することがしばしば あるらしいマジかもしドイツの法律につい て詳しい人がいたらこの辺りの話を コメントで教えてくれると嬉しいぜお願い しますちなみにICEを運行していた ドイツ鉄道にはどういう判決が下されたの 当然ながら被害にあった人たちや遺族の人 たちが立証したいのは先ほどの3名よりも ドイツ鉄道の罪だっただろうだが残念 ながらドイツでは法人を裁判にはかける ことはできないんだということはそう結果 として最終的な責任の所在が完全に明らか にされることはない状態となったぞな一を 補足として伝えておくと事故の直後に ドイツ鉄道は遺族に対して最初の慰謝料の 支払いをしただがその金額は亡くなった
1一名につき2本円で約230万NHほど でこれにはさすがに怒りだけでなく朝昇を 買ったというそりゃそうだよ最低でもゼロ が1つ足りないでしょただその後にドイツ 鉄道は被害者や遺族に合計で29億円の 金銭を支払ったとは言われているしかし この事故で辛い思いをした人々が何よりも 許せなかったのはドイツ鉄道が法的な側面 を懸念し15年にも渡り謝罪を行わなかっ たことだろうそんなにああだが事故後に ドイツ鉄道のトップが2回交代しある人物 が社長に就任してから数年が経過した頃 この社長は全人の社長たちとは異なり公式 にこの事故について謝罪をしたなお事故 当時に社長を務めて人物も今にして思えば 当時の自分の行動は間違っていたとある インタビューで語っている後からだったら 何とでも言えると思ってしまう私がいるよ そう思うのも無理はないだろう実際にこの 事故で兄をなくしたある男性は私は今でも 兄が生きていた時に撮影した映像を見るん ですなぜならこれが唯一エで殺される前の 動いている兄の姿を確認することができる からですという言葉と合わせ事故は防げた はずだという胸を話しているちなみに12 号車に乗っていて警察官言に発見され6回 の手術を乗り越えて生存したCは左半神が 麻痺働けなくなり不安と戦い続けていると いうCさんまた現場に最初に到着した救助 隊のある男性はちまみれのジャケットを 洗うことも捨てることもできず自宅の庭に 吊したままその洋服に再び袖を通すことも していないそうだ亡くなった人や事故に あった方だけではなく関わった全ての人に 大きな傷を残したという意味でもドイツ 史上最悪の鉄道事故と言えるんだねせめて 慰霊日の周りに植えられた101本の桜の 木が少しでもみんなの心を癒してくれる ことを願おうさて今回はこの辺で終了 しようと思うご視聴ありがとうございまし た
1998年、あまりにも悲惨すぎる列車事故が発生。
この事故はなぜ起きたのか?そして暴かれたあり得ない原因とは…
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25件のコメント
ドイツは企業の過失に対する罪が余りにも軽すぎるので、法律が問題視されているが賄賂で法案はことごとく握りつぶされ、企業優先主義、金儲け優先主義は改まらない。ドイツ人はカネが絡むと人格が変わるし、大企業ほど人を騙して大金をせしめる奴らと一般人には滅茶苦茶嫌われてる。変に持ち上げようとしないでそういうリスクの有る国だと覚えておくと良いと思う。
直接的には弾性車輪が抱える構造上の問題なのだが超音波探傷装置の故障で検査の信頼性に疑問があるのにそれを放置していたなんてお話にならない。運輸安全の意識が低すぎたとしか思えない。因みにこの事故後に導入された空気ばねだが日本では新幹線0系電車以前から在来線の特急列車(一部急行型気動車)では標準装備である。
車体への振動の問題は、車輪自体ではなく、車体との繫ぎ目や、サスペンションで解決するべきだよね。。。 ฅ^•ω•^ฅ 何で車輪???
車輪の強度を落とさずに、サスペンションの仕組み等を見直せば、こんな事故は起こらなかっただろうね… コレはタラレバ話ではなく、当たり前の事だと思うんだけど…
尼崎…
この事故で思う事は、開業以来大きな事故も起こさずに、運行している日本の新幹線の安全性だな。
日々安全の為に作業してくれている、JRの関係者に感謝します。
まず、異常があったときに車掌がなぜ運転手に停車するように言わないのか疑問が残る。日本ではありえない。
Nゲージのモデラーですが、当時モデルショップの人とこの車両のモデルを手に取りながら、日本の新幹線や仏のTGVでは車輪の構造が違うので信じられないと語り合った。事故後、ドイツ鉄道DB-AGはこのICE-1(便宜上-1)は車輪を鋳造一体型に交換の為、全車工場入り。代用に同じく集中動力方式の改良型のICE-2を2本連結で国内の幹線で対応(短編成型の為)。残りの列車は機関車+客車で国内、スイス等隣国への直通列車を対応という形を取った。結果、廃車が決まっていた名車103型電気機関車の寿命が少し延びた。この機関車かつての西ドイツ国内のTEE「ラインゴルト」を牽引した機関車で私達モデラーの目を逆に惹かせた。因みにICEはその後-3,4まである。
スペインでもレンフェの高速列車の脱線事故がありましたね。事故の瞬間の動画は公開されていてそれを見てショック受けましたよ。サンチャゴ・デ・コンポステラというキリスト教巡礼で有名なところで起きてしまったこともあってね . . . 👃 よければゆっくり解説でお願いします。
ドイツはホントだめだよね
なんであー駄目なんだか
近年の製品はホント落ちたの多いし
指摘すると切れるし
ドイツって真面目と言われるけど、「クソ」真面目なんですよね。
だから商店なんかでお客が後一人でも5時になったら閉店するわけよ。規則だからと言って…。
走行状態に異常があるなら止めないといけないけど、規則だから止めなかったというのはドイツらしい。
イケイケどんどんで新大阪まで「のぞみ34号」を走らせてJR東海に引き渡したJR西とはまた違う闇の深さがあるよね。
なんだかんだ言っても日本の新幹線が世界一。名ばかりの高速鉄道はレールをあけろ!
ゴルゴ13で弾性車輪の話があったことを思い出した。『歪んだ車輪』。そこに出てくる車両を作ったのがドイツというお話。
多少不便でコストが上がっても在来線には乗り入れない。踏切、合流は無い。
この割り切りが新幹線の安全を生み出したって事か。
ホント、犠牲者が出ないと安全対策が取られないのが悲しいね。
最初、床下から金属棒が出てきたのに何故急停止しないか、と思ったが、1号車の異常音の報告を8回も握りつぶした、と聞いてさもありなんと思ってしまったよ。
安全意識の欠如がこの事故を生んでしまったんだな。
24:25 で触れられている振動対策されたレールの、振動吸収部材は日本製です。
刑事は無罪でもいい(諸外国の航空事故と同じ)適切に事故原因解明し対処策確定のために。 ただ民事はきちんと賠償しないと大けがして将来不安というのはまずいだろう。
「ドイツの高速鉄道は世界一ィィィ」っておごりがあったのかも
6:54
この辺はドイツ羨ましい
被災地域の報道ヘリとか撃ち落されても仕方ないんじゃなかろうか・・・
海外でもこんなのあるんやね!!
日本の福知山に似てるのかな!
まずこんな高速列車に弾性車輪など使う発想が信じられない。
wheelとタイヤが別Partsになった車輪はかつて主流だった。これはタイヤ部分がすり減ったらそこだけ変えると言うことで低コストを狙ったものだったが自動車のタイヤとは違う致命的な欠点があった。
自動車のドラムブレーキはwheelの内側からブレーキドラムを押し当てるが鉄道の車輪の場合ブレーキはタイヤの外側、レールに接してる面(踏面)にブレーキシュー(自動車でいうブレーキドラム)を押し当てる。 するとどうなるか?摩擦によって当然熱を持つ。
嘗ての別Partsだった時代、タイヤの内径はwheelの外径より僅かに小さくしてありタイヤを熱膨張させて内径を大きくしてからwheelにはめていた(焼き嵌め車輪)。冷めれば密着する。然しそのタイヤが熱を持つと?当然膨張するからホイールとの接合が緩くなる。この現象をタイヤ弛緩と呼んだがこれが発生すると最悪タイヤとwheelが外れ列車の脱線・転覆事故になりかねない。スピードの遅いSL時代ならまだしも高速列車やブレーキの使用頻度の高い急坂のある路線や大都市圏の電車区間では不利となる。そこで現在は一体圧延車輪が主流でタイヤ式のものはSLぐらいにしか残っていない。イベント用にちょこっとだけ走るSLならまだ何とかなるが…
当時の報道で割れた車輪の写真を見て[鉄]仲間共々驚いたものだった。
車輪の耐久性もさることながら保線の精度はどうだったのだろう?そして不思議なのは…連結器切れて列車分離したなら当然制御回路なども断線するだろうしまたブレーキの配管が切れれば自動的に非常ブレーキがかかる筈で先頭車も停まらなければ不自然なのだが…?運転台の計器に異常を知らせる表示は無かったのだろうか?その辺が解せぬ…
尼崎線の脱線事故で先頭車両がマンションのガレージに突っ込んで潰れてたけど、新快速のフルスピードであれだけの大惨事になったんやから、200キロなら橋桁壊れるのは当たり前か。新幹線の台車亀裂事故とか、トンネルの破片が剥がれた事故とかあったけど、それでも死者が出てへんのは日本の新幹線の技術はさすがやな。てか、ドイツの技術者何してんのやろ?世界屈指の技術立国のはずやろ。やってること三菱のリコール隠しと一緒やん
結局大きな事故が起きないと変わらないんだよな。
それは日本でも同じだけど、危機意識は日本のほうがあるのかな。。
日本は新幹線は安全ですが、在来線は時折重大事故を引き起こしますよね
この事件の話を聞いて、107名の死者を出した福知山線脱線事故を思い出しました
高速鉄道とはいえ、ドイツ、フランスは高速鉄道専用軌道ではないです。
なので踏切もあります。
「確認が先」では無く「停車してから確認」なのだけどな・・・