🍀物質はサイクルしている---物質の輪廻転生

はい今回も精神エネルギーから朗読いたし ます物質はサイクルしている物質の輪廻 天勝地球上に植物動物が生息するように なってから数多年間の長い間に渡り公害は 発生していないところが人間が科学文明を 得たわずかな100年のに地球は非常に 汚染されこのまま進めば数十年をへずして 動植物が生存困難な状態となるのではない だろうか科学力の少なかった100年前 までは地球上の全ての物質が輪廻転生する ように循環していた例えば燃料について 考えてみても昔は山へ焚き取りに行った おぎのおじいさんのように山から木を 切り出してそれを燃やしていた木は燃える ことによって炭素と水素と酸素になり水素 と酸素は水となり炭素は地上に戻って輪廻 サイクルしていたそれが現在はサイクルし ない燃料石油の使用によって主持の汚染 物質を空気中に放出している肥料にしても 昔は我々人間を含む動物の糞尿を畑に それを栄養として食料品が生産されそれを 動物たちが職としてまた糞尿を作るこの ように循環していたために自然界は バランスを保ち続けてきたそれが50年 ぐらい前から科学肥料の生産25年ぐらい 前からは合成洗剤の開発によって国民の 全てが汚染に協力することになった選択も 昔と言っても27年以前は天然の動植物を 材料とした石鹸が用いられていたが昭和 28年から石油を材料とした合成洗剤が 市販され現在はほとんどこれが使用されて いる え石鹸のカスは自然のサイクルの中で除去 されるが合成洗剤の火は下水に流した後 分解されないまま川海へ注ぎ込まれる そして林産は身分解のまま毎年10数万ト も沿岸の懐中に流入するために水が不栄養 状態となり動植物プランクトンが異常に 発生して海は立ちまち産気状態となり魚を 殺すことになる下水処理を行っても洗剤中 の主成分を完全に分解することは不可能で あり特にさ はすいません林産円は2次3時の処理を 用して大変な費用がかかる海水に流れ込ん だ合成洗剤は魚類の体内に入りそれを食料 とした人間には何らかの害があっても当然 のことであろう今こそ合成洗剤の製造及び 使用を考え直す必要があるのではない だろう か自動車にしろ合成剤に 一般社会人の悪意なき行為がそのまま人類 及び地球上の生物を滅亡させる方向に動い ているのである世の指導者はまず科学技術 の開発において公害をもたらすものを規制 しどれほど便利でも利用価値が高くても

生物の存続を危くするようなものは全て 廃止すべきである私たちの子供の頃はどこ の海においても水浴びと塩ひりが楽しめた 50年前の海を知っているものにとって 現在の海とは何であろうか心なき人々の 悪意なき行為によって汚れきってしまった 以外の何者でも ない地球上に生物が出現して以来の30 数多年間は天然の法則に従って全てが輪廻 転してき た生命を持ったものが死んだ後はそれが元 の地へ帰りそして次の新しい命の源となる 空気中の炭酸ガスも植物の同化作用で酸素 として生まれ変わり動物はそれを命の元と し て生きてきた空気水そして地球上の物質は 輪廻テシの形によってぐるぐると循環して いつまでも無限の生命を保ってきた人間も 肉体は50年または80年間の仕様により 老子となって死亡し土に戻り消滅していく が肉体を支配した生命体は未来英語に 生き残り次の肉体に宿るものと考え られるもしも生きている間だけが人間の 全部であれば精神腫瘍とか全校を積む必要 はないのではないか死後の世界そして来世 の自分のために現世の修行が必要なのでは ない か物質の輪廻天章と同じく人間の生命体も 輪廻転生していくものと考えた時次の自分 が数百年後に地球に生まれた時自分の住む 地球を確保するためにも自分の手によって 地球の汚染を食い止めなくてはならないの で あるはいいかがでしたでしょうか今回は ここまでですありがとうございまし た

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※『精神エネルギー/政木和三』(1987年 旺文社) 第2章 地球と人間の科学より.

地球上に植物、動物が棲息するようになってから数億年間の永い間にわたり、公害は発生していない。
ところが人間が科学文明を得たわずかな100年の間に地球は非常に汚染され、このまま進めば数十年を経ずして動植物が生存困難な状態となるのではないだろうか。

科学力の少なかった100年前までは、地球上のすべての物質が輪廻転生するように循環していた。たとえば燃料について考えてみても、昔は、山へ薪とりに行ったおとぎ話のおじいさんのように、山から木を切り出してそれを燃やしていた。木は燃えることによって炭素と水素と酸素になり、水素と酸素は水となり、炭素は地上に戻って輪廻(サイクル)していた。

それが現在はサイクルしない燃料、石油の使用によって、種々の汚染物質を空気中に放出している。肥料にしても昔はわれわれ人間を含む動物の糞尿を畑に撒布し、それを栄養として食料品が生産され、それを動物たちが食としてまた糞尿を作る。このように循環していたために、自然界はバランスを保ち続けてきた。それが50年ぐらい前から化学肥料の生産、25年ぐらい前からは合成洗剤の開発によって、国民のすべてが汚染に協力することになった。

洗濯も、昔(と言っても昭和27年以前)は、天然の動植物油を材料とした石鹸が用いられていたが、昭和28年から石油を材料とした合成洗剤が市販され、現在はほとんどこれが使用されている。石鹸のカスは自然のサイクルの中で除去されるが、合成洗剤のカスは下水に流したあと、分解されないまま川や海へ注ぎ込まれる。そしてリン酸は未分解のまま毎年十数万トンも沿岸の海中に流入するために、水が富栄養状態となり、動植物プランクトンが異常に発生して、海はたちまち酸欠状態となり、魚を殺すことになる。

下水処理を行っても、洗剤中の主成分を完全に分解することは不可能であり、特にリン酸塩は2次、3次の処理を要して大変な費用がかかる。
海水に流れ込んだ合成洗剤は、魚類の体内に入り、それを食料とした人間にはなんらかの害があっても当然のことであろう。

今こそ、合成洗剤の製造および使用を、考え直す必要があるのではないだろうか。自動車にしろ、合成洗剤にしろ、一般社会人の悪意なき行為が、そのまま人類および地球上の生物を滅亡させる方向に動いているのである。
世の指導者は、まず科学技術の開発において、公害をもたらすものを規制し、どれほど便利でも、利用価値が高くても、生物の存続を危うくするようなものはすべて廃止すべきである。

私たちの子供のころは、どこの海においても水浴びと潮干狩りが楽しめた。50年前の海を知っているものにとって、現在の海とは何であろうか。心なき人々の悪意なき行為によって、汚れきってしまった以外の何ものでもない。

地球上に生物が出現して以来の三十数億年間は、天然の法則に従って、すべてが輪廻転生してきた。生命を持ったものが死んだ後は、それが元の地へ還り、そして、つぎの新しい生命の源となる。空気中の炭酸ガスも、植物の同化作用で酸素として生まれ変わり、動物はそれを生命の源として生きてきた。

空気、水、そして地球上の物質は、輪廻転生の形によって、グルグルと循環していつまでも無限の生命を保ってきた。人間も肉体は50年または80年間の使用により老衰となって死亡し、土に戻り消滅してゆくが、肉体を支配した生命体は、未来永劫に生き残り、つぎの肉体に宿るものと考えられる。

もしも、生きている間だけが人間の全部であれば、精神修養とか、善行を積む必要はないのではないか。
死後の自分、そして来世の自分のために、現世の修行が必要なのではないか。
物質の輪廻転生と同じく、人間の生命体も輪廻転生してゆくものと考えたとき、つぎの自分が数百年後に地球に生まれたとき、自分の住む地球を確保するためにも、自分の手によって地球の汚染を食い止めなくてはならないのである。

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