(第305話)【古代史なんて勉強しなくていい理由、私が思うこと】ELCAFLORA Mitsukoのトキジク日記

皆様こんにちはエルカフローラみつ子の 時じ日記ですえっと今日は35話でしょう かさてですね今日のご紹介からですまたね まず1番最初ジパングのバッグが 出来上がってきましたこれは原画からあの お選びいただいてお作りいたしました ジパングですかっこいいです初めてバック になりますしたでこれがねずっと前に ちょっとお話ししたようにも思うんです けどこれ通称この状態でなんかこう マジシャンみたいな人がバっと両手を広げ てるかのような感じの絵になってるんです が感じですねそんな感じでこれがねま えっとね裏にこうやって反対向けると鳥に なるというどこがどう鳥になるのかはそれ はは見える方にはそう見えるし見えない方 には見えないかもしれませんけどこれが ジパング裏に返せば鳥になるという最近 ちょっとね鳥が新たな鳥騒動はどんどん 進化しながら進んでいるかのように私には 思えます面白いですね色々ねでそれとあの 新作バッグ今のこれお客様のなんです けどちょっとねあの喉の調子がなんか ちょっと変な感じ風ってほどじゃないんだ けど少し喉変なのでお聞き苦してればすい ませんお許しくださいはいそしてこちらが クノッソス できました初めてこれもバッグになりまし たこれめちゃくちゃ可愛いでしょであの 自分ではそう思ってるんですけどこれは 作ってみて良かったですね クノッソスあのこの絵については随分前に だいぶお話はしているのでもうあまりね 詳しいことは今日は言わないですけど例の ねクレタ島に発生したあのえミノア文明か なあの時の1番拠点となったクノッソス 宮殿あそこのあの壁画などをちょっと参考 にこれはさせていただいた絵となっており ますこれはね すごい気に入ってます私これ可愛いわもう 自が自賛の嵐ですエルカフローラねいつも なんです けどこれは誰が持ってくれるかなすごい 楽しみです ね誰も持たなかったら私が持とうかなって 思ってるぐらいこめっちゃ可愛いですねね さあ そしてもう1つですね今日ご はちょっとですねお 洋服こちらですあ失礼しまし たこれがえことほぎのロングタイプにし ましただいぶロングにしておりますがえ コートシングルコートですねこれはねあの 身長が結構終わりのお客様のためにだいぶ 普段のものよりも竹を長くお作りいたし

ましただけ長くするとすごく迫力が出ます めちゃくちゃかっこいいコートとなりまし たさてねお越しくださるのがまたとても 楽しみなものが増えておりますエルカ フローラですえさてですね前回とそまその 前からの続きで前回はあのアについてねお 話をしていたえ味好高彦さんがこ主だった というそういうお話をしていましてでそこ に頂いているコメント欄また盛り上がって ますねずい分盛り上がってくれてて本当に ありがとうございますでま実際直接お越し くださるリアルなお客様方っていうのは あのほとんどそんなにね歴史めちゃくちゃ そのコメント欄の方々のようにお詳しい方 ほとんどいらっしゃらないですなかなか まずいらっしゃらないですなのであの みんなあのおっしゃるのは全然わかりませ んてそうおっしゃるんですねなのでま今日 もねちょっと緩いお話になるかなと思うん ですけど あの詳しくなくていいんです全然関係ない んですこれはもうもう本当マニアな世界の 趣味だと思っていただいて結構ですのでな のに動画をずっとご覧くださってる方が いらっしゃるっていうの本当ありがたいん ですけれどもあのずっと前に何度かはお 話ししたと思うんですが古代師歴史の中で も特に古代使に関してはそんなにねあの 知らなきゃいけないとか勉強するべきだと か知るべきだとかっていう風潮が ま数年ぐらい前から割とね出てきてはいる んですけどあの知らねばならないなんて こと一切ないと私は思っていますのでそれ は特に知らなきゃいけないと思って一生 懸命勉強していろんな情報って今溢れ返る すぎているので情報取りすぎてもう余計 わけわからなくなって混乱するかそれとも あこれだって言ってあのもう自分の中に スコンと入ってしまったものがあの ちょっと違うあの何かのその思想を 引っ張っていく的なねそういったその糸の が含んでいるものが大いにありますので その危険性がすごくあると思ってるんです ねですからその無理にあの古代師は詳しく ね知識をあの増やす必要はない とごめんなさいないとと思ってますあの 大事なのはそこじゃないのでですからご 安心くださいごめんなさい本当ちょっと なんか喉だけがね少し変なんですねあのま 皆様お気をつけくださいね気温のね差が すごく激しいですからねそんな感じであの 日常のエルカフローラではお客様とお越し くださった方はま直接お話できるので いろんなこととお話しながらなんですけど もあのやっぱりあのすごく本質的なことを

しっかりともう元々蓄積していてそれがお 分かりの方が詳しい歴史をいっぱい 掘り下げて知った場合には判断の仕様が あると思うんですねだけどそうではない あの歴史って全然わかんないもう教科書の 歴史が好きじゃなくってもう授業のあの 歴史がもう大嫌いでそれっきり歴史が嫌い になっちゃったっていう方がほとんどだと 思いますからそのところにいきなり いっぱい古代師の知識を詰め込もうって 言ったってもう本当に意味わからないこと になります で特に近年思うのは あのこのね古代ブームちょっとどっか変 じゃないですかって私思ってるところもな にしもあらずでして変っていうのはあの別 にいいんですよ楽しいから面白いから いろんな説がいっぱい出てきててそして いろんなことをおっしゃる方いろんなこと 発信される方がいっぱい出てきてて面白い んですけどただこれどっかあの気をつけ ないとおかしなことになりかねませんか ねって思ってるところもちょっとありまし てそれの1番顕著な例が私は実実は合せだ と思ってるんですよあれね急にアのことが 浮上してきてみんな泡のことをあの話し するように一気になってますよねこれも あのいいんですこれも面白いからすごく 面白いって思ってるのでそれはそれでいい んだけどあのその判断をどうしたらいいの かが分からないままにそれを聞いていると 危ないなっていうところも泣きにしもあら ずというまこれアだけに限らずなんです あの山大国論争もそうですどこが山大国 だったかひこはどこにいたのかとかあれに してもそうなんですけどあれ仕掛けられて ますよね 絶対誰かがそれ仕掛けてませんって私は 思ってますじゃ何のためにそんなこと 仕掛けるのかって言ったらまあ多くの他の ことに関してとまるまを同じだと思ってる んですけどやっぱり分断させるこれは1番 大きなその仕掛ける側の理由としてはそれ は大きいんじゃないのかなってあの分断 作戦っていっぱいあちこち各いろんな分野 でその仕掛けがあると思って見ているので この高古学の世界でいっぱいうわっと出て くるものっていうのもその辺はよく気を つけてあの聞いている方ががいいんじゃ ないのかなと私は自分にそう言い聞かせ ながら見ておりますま別にだってねどこが 先だろうがあんまり関係ないじゃないです か本当はね関係ないというかそれ何がどう 影響するのってそれってそのうんとその屋 屋自慢じゃないですか地域起こしとかそう

いうことに現実的には経済が絡んでいって あの関係したりもするんでしょうけどもま それだけじゃなくて人々のそのあの アイデンティティにすごく深く繋がって いくことだからこそより危険もあると思っ てますでま今回ねあのまその前回の動画 からですけど味すきたひこがこ主であれば なんか納得いく部分もあると申しており ましたがちょっと途中時間がもうどんどん 過ぎてたので途中でもうやめてたんです けどあの概要欄には書いておりましたが 淡路島ににおける事代主のお祭りのされ方 あのあ概要欄にはそれ書いてなかったかな あのあそこから岩と神龍神社えっと愛が岩 と神龍神社のことを概要欄に書いてました あの洞窟の中に親しが作られていて海後真 正面海なんですけど鳥の向こうは海です そしてその向こうは桂木さんていう神社が あるんですね東海が相ですでそこの竜は ずっとそのカに戻って神様の忘れ物を取っ てきたのにもうその時には帰ってきた時に はいなくなっていた神様をじっと待ってる 竜がそこに住んでいるというそういう神社 でなんでカの神が故郷に忘れ物を取ってき てくれと言ったそして帰ってきたらい なかったこの物語の示唆するとろって何な んだろうってって見つけた時にはそう思っ ていたのが今回のその足す高彦さんの泡に 渡ったというこの一見を知ってなるほどと 思ったわけです淡路島を渡って泡へ行った 西出の方たちその話をだあのその話とこの 竜の話が私の中ではもうめちゃくちゃ がちっとあのダブってというかもうわこれ のことかとそんな風に思えてならないわけ ですねでもう1つもうま泡に帰る時って 大体淡路島をほぼ必ず通りますが時間の 余裕のある時には下道を通るんですねそし たらね特に東 海岸東はねもうことごとくこし主なんです よこれがずっと前から私はこのこし主ルー トって呼んでるんですけどね昔からねこの 琴代主ルートは一体どういう意味のルート なんだとずっと思ってましたでただ単純に 大和から近い淡路島阿から近い淡路島で琴 主が生き生きしたルートなのかなとかま 単純にそう思ってましたま実際そうなん でしょうけどそして神社として今でもお 祭りされているあのエスさんですよね主 さんこれはあのっぱり漁師さんたちが放 する神様としては絶対どこへ行っても たくさんあのお祭りされてますから海辺の 街へ行くと特にねなのでそれとま同じく やっぱりあの量の安全とそしてあの豊かさ を願うその進行としてのごのさんでもある わけですよただ今回のこの味好たいこさん

含むあの西出雲の方たちが移動していった ルートっていうのがそうがやっぱり東海岸 だったのかなとそんな気がしたわけですね ということでした腑に落ちたって言いまし たのはあとそれからですね安に帰ってから あのま育神社ってま昔お話したことあるん ですけどあの琴主が生まれたって言われる 地元ではそういうことになっている神社 あそこがま実際にそこで生まれたのが どなたなのか分かりませんけども鈴孝彦 さんご本人が本当に雨まで行ったのかそれ ともそのご子孫たちだったかっていうこと はさておきその関係性のある方がその一体 に拠点を置いていたそしてあの土木工事の あの辺りやってると思うので絶対にそこの あの中心になっていた人たちがいるとそれ が西系だったのではないかとそんな風に 思えてならないですねであもう1つ 思い出したのは あの山の中をぐーっとうねうね行って バーっと開けるちょうどあの朝立彦神社と 育神社が神社神社同士で見えるようになっ てるってよみさん書いてくださってました よねそれ気がつきませんでした今度 ちょっと確認してみますねでそれとあの その一体からあそこあの沼と書いてぬえと 言うんですけど あのぬからあの勝浦川の上流え西を眺める ともう真正面によみさん書かれてましたも 綺麗な神波さんが見えますあれは地元の 方々は私も含めて風山と呼んでいますもう 子供の頃から馴染みのある山ででよみさん 書かれてます通りあそこ船つきばったん じゃないかっていうすごく重要なポイント としてあの山があるんじゃないかっていう 風に書れてましたがおそらく私もそう思っ てますでずっと前から私は井神社とその 火山との関係をずっと気にしていたんです よどちらかというとあの朝立彦神社よりも でなんでかって言うとあの春山の山頂の奥 の方に行ったことないんですけど古い祭祀 の後が神社のようなものの後があるらしく あのもうの持ち主さんで道案内して いただかないといけないような道なき道だ そうなんですがまた機械がねそんなところ に行ってみる機会があったらいいなって 思ってますであそこはちょうどあの2戦3 戦合流地点というかま2戦合流して1つの 大きな勝浦側がそこから流れ出すんですが あの勝浦川上流はやじやじって言ってあの 私はやの地と呼んでるんですけど あの剣さん系のね山々がずっと繋がって いる方が勝浦がはずっと上流へ続きます そしてあの重山っていうあの三角水の山を 起点にしてちょっとそあのもう1戦綺麗な

川が達川と書いて立川と地元の人は呼び ますその立川とが両方がこう流れ込む場所 とてもエネルギーポイントだろうとあそこ 思いますよくあそこでね子供の頃はね 川遊びというか水着になって泳いでました 泳げないんですけどね私あの溺れたことが あるので怖くてトラウマで泳げなくなっ ちゃってでもあの水辺が好きで特にあの 場所好きですそういうところは好きでよく 水遊びに行ってます中学生ぐらいの頃まで あの辺でよく遊んでましたねでもう1つ ついでに言うとその田川の方にぐずと奥奥 行くと岩船神社があるんですよまこれも またね機会があればと思っている場所では ありますっていうことでまこの私の故郷の 話はもうこの辺にしておいてさてですか その東じゃなくて西出雲が阿房へ行ってこ 白主となったでここがそのコメントにも 書いてくださってましたけどま元々考えて みればその大和行った本家本元出雲の 方たち西も東もね元々は東と西で二王星で やってたわけですよで大和へ行って いきなり大王として立ったのがあの串方 じゃなくて村さんを立てたっていうところ からちょっとだからあの今までともう サイクルが変わってしまったんですねそこ に雨が入った女腹の子孫が入ったという ことででそこでガンと大きく時代が変貌し てしまったんです大和ではところが西出雲 の方々にとってはあの八ほさんの長男ん ですよね長男だったかなえなんなえ次男か 長男かちょっと忘れましたけどねあのタ しみの氾濫っていうところ前回お話いたし ましたが結局あれは反乱と書かれたけど 本来ならば次の王はと思ってど当然なん ですよねでそしてあの東と西の出雲同士で やってた頃ならばそれで問題なかったわけ ですがそういうわけにはいかなくなって しまったそういう時代が来てしまっていた ということだろうと思いますそして破れて あの泡へ行ったで私が思うのはま皆様 いろんなコメントを詳しいこと書いて くださってるのであのご興味おありの方は ねどんどんコメント欄開いてみて いただけるとあの詳しくね楽しめるかなと 思うんですけどあの今この話は私がこう 思うというお話を今させていただくんです がアではどう ももう1つの出雲があったんだなっていう 気がしてなりません今となってはそんな気 がしていますあの西出雲の本体があ大和に 一旦来た西出雲の本体が泡へ渡ったんです よでそこであのひまさん書いてくださって ますように元々ひみをずっとあの立ててい た縄文系と混じったそこに向こ入りをした

出があるわけですねでところがアでは いろんな融合が前から私そう思ってるん ですけどもう結構早いうちにいろんな融合 がいっぱいなされていてなので単純なあの もう1つの出雲という形にはならなかった でそれがあの長国と阿国ということにな 別れてたっていう話しましたがどうもあの 長国の方が西系なんじゃないかとやっぱり 思いますで八ホさんを祀るヤホ神社があり ますしねでほとんど事代主を祭る神社なの にあそこは八ほさんヤホ神社 なんですねというあのそういうところも 考えてみると長国っていうのが西出雲が 渡っていったその本体的なものがそっちに あったんじゃないかとそしてうの姫美の ところに向こ入りしたあのそれが本件なの か文系なのか分からないですけど結構 たくさんの人が渡っていってるだろうと 思うのでそこにまたあのちょっと後になっ て物がまた入ってくるわけじゃないですか ねそういうこと考えるともう1つのカラー を変えたいもが四国には起こった起きたと いうことを私は感じてい ますでそしてもう1つの面白い今日お話し しようと思ったのがホですねホがねもう私 ちょっとここ数日まいろんなことやり ながらなのでそんなに色々勉強できてない んです けどのね威力の強さにはすごく私はあの ちょっとあの関心というかま見直して るっていうよりもなんだろう単純な 裏切り者ま裏切り者って言ってもあのこれ はどの種族でもそうなんですあのし出雲族 の中でもそれがいっぱい起きてその時代が 変換していってるっていうのがあるのでホ さんだけがそうというわけではないんです けど すごくね動きが分かりやすくて めちゃくちゃ分かりやすくて面白いので 1番やっぱりこうあのちょっとこう はっきりそれを説明しちゃっていいもの かって思わず戸惑ってしまうぐらい分かり やすいのがほけなんですよねでその話をし たいんですがちょっと参考のためにこれね 人徳や若たる大きという伝承本の中でも 藤林のあのこちらの中にホについて書かれ たものがえっとね端末付録についており ましてねお持ちの方はねいいんですがお 持ちでない方もいらっしゃるのでちょっと ここだけねご紹介させてください今日はえ 姿勢出雲布について前回あの布出雲の布を 書いたのはホだったんですっていうお話 いたしましたねあそこのことをどんな風に あの出雲の西え東出雲の方は書かれている かということの参考にあのしていただけれ

ばと思いますえ女腹の気い保の命の子孫 保育広島がこの広島という方はちょうど 危機が書かれた頃のあのあのもう8世紀 奈良時代の方ですでこの広島さんがこの本 を書いたこれは奈良政府に提出された不で はなく勝手に作り出雲国内に配った書物で あったで西出雲大ゴド家を憎んでいたホ 広島はゴド家を感度おと書いた王家をお家 と書くということで変だと思われたで出家 を名乗るのを許されていないのに国造家に なったホは勝手に出雲おと書いたで西出雲 王家は昔からがゴドと呼ばれ元々はゴド あの何々号の号里という字の号ですねで ゴト家の字であったというつまり出雲国 不時に書かれていた感度やえカドおという 名は国造家が作った骨折であったことと なるで豪頭家の本拠地は最初はえ飯石軍 ミヤ号 ですねこれは今雲南市水屋町となってます ここにありそこの屋敷の後が水屋神社で この最新は8代目大町八王になったでゴト はそこで南から来る敵に備えて大きな屋敷 を作り兵士を集めていたそして水屋の屋敷 と棺の丘で南からの街道を挟み敵の侵入を 防ぐため見張っていたというそのの方には 高い丘がありそこにゴトの墓が複数作られ 古代には先祖の霊が敵の侵入を防ぐという 考えがあったのでそれが継の丘に墓が作ら れた理由であったで奈良時代に中央から 国事が発見され国造という役職がなくなる ことが懸念された国造家は新たに神社を 立てて神主になることを富家とゴト家に 希望してきたでそして気代謝これは現出雲 代謝のことですねこの気代謝が立てられる こととなり富家は費用を出しそして神社と 神主の住居の土地も提供した用意したこれ は富家が用意したそしてゴド家は山を多く 所有していたので良い材木を神川に流し 運び社を立てたそのため以後はゴトが 気づき代謝の大工の領になるというそう いう習慣ができていたまた当時西雲大家で は水屋神社が1番重要な神社であったが 国造家の希望により八北王の心霊を気づき 代謝に前座することとなったまた縁結びの 神である西の神の心霊も祭った気づき代謝 ができてからはそちらに参拝に行く人が 多くなりみ神社の方はさびれてしまったね 韓国時代には大国主を使させた須のを祀る ことになりなったとオートリーに示したま この辺ちょっとねスノに関してはいろんな あの説ありますのであの異論をねお今感じ られた方たくさんいらっしゃると思います そのお気持ちは分かりますすのっていう 意味はいっぱいいろんな意味であの解釈し ていいと思っているので私もその辺は

ちょっと流しといてくださいねで治になる と先官主が自分の祖先を祀るようになり その後大国主のえ機種機種これ牌ですね 大国主の牌や縁結びの神さの神のその牌も 取り去ってしまったとのことですこれがま 端末付録として書かれてい ますえちなみにこの国造家っていうのが でき始めたのが要はそのず古いんです本当 はこの国造系が力をなくしすことになって いったのがちょうど7の時代国事が派遣さ れたことによるものですでこの時の出雲の 酷似として行ったのがイベの帯び どっちでしょうね読み方がどっちかわかん ないですけどイベのオフトさんあの方がね どうもひりさんも書かれてましたけど 随分随分活躍って言っていいのかなああ なるほどあの奈良の都においてこの広島 さん保保の広島さんがイムかごを早場する ことになったのもどうもこれインベの さんのあの差し金じゃないかと私も思って ますしどこかにも書かれていたと思うん ですよでこれは伝承版の中ではその中との 力を懸念してそれをあのある建成するため に出雲の国造家に神事を都にわざわざあの やってこさせてその掃除させたっていう ようなそんなことも書かれていたと思い ますちょっとまだ改めて確かめてないん ですけどねでその国造家っていうその保 さんていうのもえ前回の動画じゃなくて 前回の動画のコメントの中にひまさん書か れてましたように あのがに破れた時に当然1番の司令官で あった出雲国にいるあの物系のトネ家トネ 家じゃないトネさんの秋上家が本来なら 国造になるところだったんですなりかけて たんですねところがそれを思いっきり阻止 してあのアピールしてプレゼンして国造と いうあの地位を獲得したのが保だったん ですよでそのモアピールモアタックに負け てあの物のべもあの時育冥王でしたけれど も国造をま育冥王のその後ぐらいかもしれ ないけどあの時代です3世紀の時代ですね もうホフさんがそれまではあの実はその 使用人だったというそういう地位から いきなり司令官という国造権になったと いうすごい大出世をあのやってのけたわけ ですだけどその国造家がもう力弱まっ ちゃってどうなるかわからない要はあの前 にもこの話したと思うんですけどもう1回 言いますとそのあの就職活動ですねあの要 はもう仕事がなくなっちゃうやばいとなの でカの死にならなきゃってことですで 気づき代謝を立てた立ててもらったんです 出雲にっていうことがことの真相らしい ですこれは電本によるとですただいつも

申しますようにこれも1つの説としてお 聞きくださいということですねただこれ だけ見るとホむちゃくちゃあのちょっと すごいんだけどちょっとあのおよいって 感じに思いがちなんですがホイさんのこの バイタリティって前から私も思うんです けど本当にすごくあの生きていく力を持っ てるあのそのうの流れているお家なんだ なっていうすごい力を持ってる家なんだ そして祭祀の力これは重力でもありますよ ねでこれちょっと私ついさっきコメント欄 で見たばっかりなんですけどあのホの古代 岩倉祭祀場が6個にあるんですかそれも 知らなかったすごいなすごい興味持ちまし たねホってあの実は私たちがっってる以上 にものすごい役割を担っているわけですよ ま思ってる以上にというかこれ私が思っ てる以上にという意味で皆様と私を同じに しちゃいけないんですけれどもねでま結局 のところ前回動画の1番最後の方でお話し しましたようにあれっていうことを見つけ ちゃったわけですよもうあの串方の息子 さんしかもゴト西出雲と東出雲のもあの 王家同士の息子さんたい勝さんのお嫁さん がホの姫なんですよ様姫さんそしてなんと その生まれたのがたすでしょこれそして そのずっと後にたつさんとかカケのそが出 てくるわけですよもうこうなったらこう なったらもうあのあの全然もうだって何 言っててもおかしくないわけですでつ こないだねあのちょっと前にお越し くださった関東のお客様から頂いた メッセージの中に変えられてからあの東京 のあの亀え亀戸天神社っていうのがあるん ですねあそこが面白いご信じやって るっていうので教えてくださってあの すごく楽しかったっていうメッセージいい たんですけどそこのご最新が天神社です からもちろんあの菅原道さんですがその方 の祖先心が飲みのすねそしてその飲みの すねのさらにそうは雨の保となってい るっていうことをそのお客様からも教えて いただきましたで普通だったらいやいや ちょっと待ってよってなるんですけどいや でも違うのよもうこれもあなるほどそうよ ねって思わざるを得ないんていうかさそう いうことなんですよねっていう雨のホが飲 の少の祖先にであるということになってて もこれ間違いじゃないことになるんですよ 大きな意味 でねっていうことはカケだって完全にカケ 完全に祖先にホの血が混じってるあのカケ だけじゃないですけれどもでしょこれは もうあのほけ云々でああだこうだってあの あんまり私なんて言うんだろう

その日本の歴史だけじゃなくま海外から 比べると日本はすごく緩いですけど いろんな裏切り行為もあったりいろんな その生き延びるためのいろんなね出来事が あったにしてもまだ緩いとは言ってもその 中でもなかなかすごいたくましさだって 思っていた保さんのそのご加っていうのが 日本においてどれだけ大きな力を果たして いたかっていうことがなんかじわじわ 思い知ってししまうなっていうそんな気が しているここ数日間なんですねこれは次に 出雲に行って出雲大社にお参りする時には ちょっと気持ちが少し前に比べると気持ち は新たにご三振雨のホさんお祭りされて いる神社にもお参りしたくなってきました 私はねそんな感じでま今日はね初宿に行ま ちょっと緩くのつもりでしたけど緩かった でしょうかどうでしょう緩くって言い ながら緩くないねってよく言われるので そんな感じでねあの続けておりますでま あの寒い日がまだこれからもねあの今年 弾頭とはいえ寒いです皆様もお風などお気 をつけになってくださいねではではまた よろしくお願いします失礼します

前回の続きとします。
304話の最後に、伝承本の系図からホヒ家サマナ姫が武甕槌の母上であることを知ったとお話しました。

これまで、天ホヒ家が勝手に書いたと勘違いしていた祖神が天穗日である説。
これが実は本当のことであったこと、大きな意味合いで、を含むです。

この系図のサマナ姫の信憑性はとても高いだろうと感じますのは、前回動画のコメントにも書いていただきましたように、凡ゆる方面から見張っておかないとホヒ家が何をするかわからないという、出雲王家の人々がホヒ家を牽制することを主に目的としたらしい財筋と言う結社を作ったほど。

出来ることなら書きたくなかったのではないだろうか。
しかし事実をそのまま書くとのスタンスで書かれた伝承の日本史です。

こうなればもう武甕雷も鴨家も太田家も長髄彦らもみんな祖神が天穗日と言っても間違いないことになります。

うそ替え神事と言う面白いご神事をする亀戸天神社のご祭神に、菅原道真、野見宿禰、その更に祖神は天穗日となっていると関東のお客さまから教えていただきました。
少し前であれば、あり得ない!!
と言うところ、今となれば、、です。

これほどに私たち日本人の祖先たちは早くから見事に融合を果たし、長い年月を経た結果の日本人を形成している。
祖神を誰だと言っているか。

強調したい祖先を選んでいるだけにすぎないという訳ですね(^^)

昨今のブームも古くからある論争も、それがもたらすものが何なのかを眺めてみながら古代史いろいろ説を楽しんでいきたいな、と思っています。

皆さまいつも楽しんでくださいましてありがとうございます😊

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4件のコメント

  1. 興味深い話でした!
    西出雲の主王大巳貴命八千矛の息子が味耜高彦根命が次世代の事代主なら辻褄が合いますね!

  2. 古代史が好きで自分なりに価値観を確立して仮説を積み上げて楽しむのなら誰にも迷惑をかける事はありません。
    ただ流行に流され誰かに与えられたものを勉強するというのは、お金儲けや分断工作の餌食になるかもしれませんね。
    それにしても天穂日命が野見宿禰や菅原道真の祖先というのは凄い一族ですね。

  3. 新たな鳥の話ではないですが、
    西から渡来した渡り鳥の方々は自ら鳥さん名を名乗る様になったのではないでしょうか?三足烏は元々シナの神話に出てくる太陽に住む鳥の事ですし、鴨🦆氏は一見すると、出雲東王家の様ですが、前回のお話のように西から渡来したホヒさんの姫👸の血がクシヒカタの息子に混じって、武甕雷命が生まれ、賀茂建角身命にも続いているし。
    また、出雲では神は鳥の姿で海を渡ってくるという言い伝えがある。と言われる方がおられるらしいけど、多分それも渡来人が自負達の先祖を神としたかった自画自賛の作り話だろうと思います。でもその神が鳥姿伝説による結果、鴨も烏も同じ一族?それが鳥さん名多しの理由なの鴨🦆(^◇^)

  4. ホヒ一族は、
    物語で言ったら、
    ストーリーを豊かにする
    欠かせないキャラクターでしょうね。

    日本の物語であれば、
    敵役ながら、
    一定のファンがつくような
    癖の強い役がありますが、
    そんな感じです。

    ですが、ただそれだけではなく、
    わたしとしては、
    武甕槌がホヒを暗示するとなると、
    藤原に続くであろうと
    こちらが気になります。

    西出雲王家の沈黙は、
    藤原と暗黙の了解の上で、
    何か伏せてあるような
    気がしていたのですが、
    そこにもし、
    ホヒ家が絡んでくるとしたら、
    凄いことになって来そうです。

    こんなことを
    毎回、書き続けておきながら、
    わたしも
    歴史の真相を…
    などとは全く思っておらず、
    謎解きを夢中になって
    遊んでいるだけです。

    つぶやいてみたものに
    打ち返して下さり、
    更に大きなヒントを
    毎回毎回、落としてくださるのだから、
    たまらなく楽しいのです。

    個人的な遊びに過ぎないですが、
    他の人がどう思われても、
    全くそれぞれ自由だと思います。

    歴史なんて、
    本当に知らなくても
    全然大丈夫だと思います。

    ホヒさんについて、
    いつもなんでっと思っていたのは、
    徐福みたいに逃げ出さずに、
    どうして出雲に居続けたのかな…と。

    なんか、凄いこだわりがあるような
    感じがしたのですね。

    徐福の身の軽さと対照的で、
    面白いんです。

    まあ、人それぞれ
    役割があるということでしょうね。

    鴨族にホヒさんの血統が
    ちゃんと入っているのは、
    全然納得ですが、
    野見宿禰はどうなんでしょう?!

    ヤマト政権であれば、
    村雲を大王にしている事自体、
    あの事件は既に、
    解決済みだったことになりますが、
    出雲王家ではどうだったでしょう。

    王家にホヒ家を迎えるには、
    もう少し、時間が要った気がします。

    國造になり、
    宮司家になり、
    時代の変化とともに、
    旧王家とホヒ家は
    親族となってゆくのも
    また、面白いストーリーですが、
    出雲王国が健在なうちに、
    ホヒ家が富家の親族として
    迎えられたとは
    考えづらいです。

    郷戸家にはもしかして
    事件以前に入っていたかも
    知れませんけれど。

    野見宿禰が
    王家の滅亡を目の前にしたとき、
    敵と呼応して
    滅亡に追いやったのが、
    ホヒ家だとしたら、
    天穂日命の子孫と言われるのは
    とても皮肉ではありますが、

    正史や公に言われていることの
    裏事情を発見してゆくのは
    楽しいことです。

    ただの趣味ですが…😆

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