山水郷チャンネル #95 前川雄一さん・前川亜希子さん(有限会社まゑむき/デザイナー)#95news 前川雄一さん・前川亜希子さん(有限会社まゑむき/デザイナー)
はい皆さんこんばんは三水号チャンネルの 時間になりましたえ今日新年あの1発目と いうことであの2024年もどうぞ よろしくお願いいたしますはいあとあの えっと石川県のの半島自身あの本当に被害 に遭われた皆様心よりお見舞申し上げます えサス号チャンネル奥野党のあの萩のご 夫妻にあの奥野党からですねあの以前2回 かなえ出ていただいてるんですけども2人 ともあのご無事だということであのはい こちらでご報告させていただきたいと思い ますはい本年もあの何事もなくあの穏やか に過ごせればいいと思っておりますので よろしくお願いいたしますはいはいそして 本日はですね95回の配信になっており ますえグッドデザイン丸のがお届けする 三水号チャンネルでございますえ日本 デザイン進行会の川口ですえこの プログラムはですね自然の恵み豊かな地域 である山水後にねざした暮らしをされて いるクリエイターの皆様の物語を伺い いたしまして私たち自身の生き方やこれ からの社会を考えていこうという プログラムになっておりますえそれでは ホストの2人をご紹介いたしますまずえ こちら日本列島回復論の著者で日本総合 研究所エクスパートの井武和さんですはい 井上ですこんばんはよろしくよろしくお 願いしますはいそしても1方東京芸術大学 教授でデザイン評論家の藤崎慶一郎さん ですあ藤崎ですよろしくお願いしますお 願いいたしますはいそして本日のゲストは ですね静岡と東京2拠点で活動されて いらっしゃいます有限会社前向き代表で ナーの前川一さんと同じく前向き デザイナーの前川明子さんをお2人を ゲストにお迎えしておりますよろしくお 願いいたしますお願いしますはいじゃあ あのちょっとご夫妻なんですけども私の方 からそれぞれプロフィールを簡単にご紹介 させていただきますえまず前川由一さん ですえ1979年三重県伊勢市のお生まれ ですCM製作会社広告のデザイン プロダクションインタラクティブ クリエイティブカンパニーを経て2014 年に独立されましたえ3年間フリーの デザイナーとしてご活躍後2015年より 福祉と遊ぶをテーマに明子さんとデザイン ユニットユマラボとして活動を開始されて いますえそしてえ舞川明子さんですえ 1978年茨城県のお生まれえ明星大学の 生活芸術学科え染色先行をご卒業されまし て2001年にテスタテキスタイル デザイナーとして繊維メーカーのアパレル ブランドアネトモネットを立ち上げ7年間
ブランドディレクターをお務めになられた 後グラフィックデザインの制作会社に職 並行して障害者アートを使った商品の開発 やプロモーションイベント福祉施設の ブランディングえ講座運営などに携わられ まして2013年に独立2015年からは ゆさんと共にデザインユニットモラブを 立ち上げ活動されていらっしゃいますでお 2人は2016年のくれに静岡県の山村に 秋を購入されましてま茶畑を譲り受け お茶作りを開始2017年3月に有限会社 前向きを設立されて現在は東京と静岡の2 拠点でデザインで社会課題と楽しく 向き合う活動を続けられていらっしゃい ますということで今日色々お話を確認する 形になると思うんですけどもはいえ よろしくお願いいたしますよろしくお願い しますであれ藤崎さんがですねえリニュー でお2人に会いされたのかなあミュートに なってます藤崎 さん藤崎さんミュートになって ます去年のあのリビューであのであのに 行った時に今年ねあ今年じゃ去年か秋に うんとまお店を2人出されていましてで あのお茶を買ってきたんですけれどもでま あのお茶を作ってらっしゃるこう ブランディングされてるってい話だけかな と思いきやま本当にこう多彩な活動をされ てて今日はあの多分おそらくこう情報量 ものすごく多いんで僕らあんまり喋らない 方がいいかもしれないなという風に思って なんでまずはあのその多彩な活動まず福祉 の活動をされてるということでまその あたりの話からあのお話をいただいてで 後半お茶の話も島田でのお茶の話もこうし ていただきたいなと思ってますのでどうぞ よろしくお願いしますはいはい早速でお話 いただくので皆様聞き逃しないようにあと Q&Aとチャット開けてますのでご質問と かあれば随時そちらにはいあの書き込み くださいえ9からは30分間ズーム限定で アフタートークを行いますはいそれでは よろしくお願いしますということではい 資料共有をじゃお願いいたし ます崎さんはいはいよろしくお願いします お願いしますお願いし ますはいえ私たちあの有限会社前向きと いう野望でえデザイナーとして活動をして いますまグラフィックデザインを中心にえ 仕事をしてるんですがまその中ででま福祉 と遊ぶユーモラボと三尊と遊ぶサマラボと いう2つのプロジェクトをま軸にちょっと 楽しくえ毎日を過ごしておりますでこの 今回お話しするにあたって色々ちょっと 整理してみたんですがえそれぞれの
プロジェクトに紐付いてるものが多すぎて 整理がなかなかできないというえ事実に 行き当たりまして今日はまあの取り止めも なくお話しすることになっちゃうんですが それを是非井上さんと崎さんと口さんに まとめていただけたらなと 思って思いますよろしくお願いしますお 願いします僕はとしてもこのえっと横断的 にえっとプロジェクトをお話する機会 初めてだったりするのでちょっと楽しみに しておりますよろしくお願いしますお願い しますでちょっと自系列にもまとめては見 たんですがそれにしてもあんまりすっきり はしてないというでまあの2人結婚からま 始まりのえっと会社立ち上げる事前にラボ として活動を始めたりとかそれと同平行で いろんなことが起きてる中で動いてる プロジェクトで今までそれぞれの プロジェクトでお話する機会をいただい たり発表する機会はあったんですけどそれ を横断的にっていうのはちょっと今回 初めてなのでちょっとあの温かく見守って もらいつついければなと思ってますで はさんお願いしますはいじゃまずあの福士 と遊ぶのユモラゴの方のえご紹介したいと 思いますえ私たちあのゆモボという名前で え前が一前が明子のデザインユニットとし て活動してますえ福祉と遊ぶをテーマにま デザイナーでしかも夫婦でやって るっていうことのこの2つの視点でえ社会 と福祉の楽しく新しい関係を探っていこう と考えていますでま活動の気づきの中の1 つにま健常者と障害者の違いなんかよりも ま男と女の違いの方がよっぽど大きいよ ねっていうのが私たちが今までやってきた 活動の中で1番あのまとえたこう気づきで ありますでユーモラボのあの ステートメントとして福祉を真ん中に 考えると社会はもっとしくなるというのを 掲げてえ一応活動してますえま福祉って いうのはえ人間の幸福人の幸福という意味 なですがあの社会的自虐者に対するこうま ケアのシステムだけではなくてみんなの 幸福を考えることで元社会って楽しくなる んじゃないかっていうことをえここにおい てえデザインと福祉というの考えながら 活動していますで元々ユモラボはなぜでき たかというとま2007年にえ障害のある 人のアート活動を支援しているあのエブル アートカンパニーさんという団体との 出会いをきっかけにえ障害を持つ方たちの アートにえ触れましてまとても感動して心 を打れましたでそことのあのま一緒に共同 し活動していく中でえ2009年からえ 福祉施設の商品とかまエブラカンパニーの
作家さんのえ商品あえっと絵を使ったえ 商品作りなどをえ紹介するポップアップ ショップでモラという名前でえ全国の商業 施設で展開してい ますでユっていう名前は造語なんですけど もえヒューマン人とユーモはおかしさ面白 さみたいなものを組み合わせた造語でま あの人間的な面白さがえみんなにこう 伝わるといいなという意味を込めてえ考え た言葉になりますであの私たちそのユモラ を何年か続けていたんですがまあの色々 やりたいことも別にできてきたのでそこに またラボラトリーま研究していく色々と こう考えていくっていうことも含めてえ ラボラトリーを送っ続けたユーモラボと いうユニットとしてま独立したという形に なりますこれが2015年からになります でユーモラボとしての活動は主に5つあり ましてえ1つ目がまえ福祉施設とか福祉 施設の商品のブランディングをしています 2つ目がえまユラブのオリジナル商品の 開発もしておりますで3つ目それらを持っ てまイベントへの出展をしたりとか ワークショップなどをしたりしています あとはあのまブラットカンパニーさんとの あのお仕事の中でま障害者アートを使った ま企業さんとのコラボ商品などのデザイン をしておりますあとはまこういうユモボで やってきた活動とかそういうものをま セミナーとかに呼んでいただいて講習をし たりとかま自分たちで展示とかのイベント の企画をしたりでもしてい ますはいはいでその中の1つの プロジェクトま1番メインでやっている ペーパーというプロジェクトについてえ ちょっとお話したいと思い ますうんえのぞみペーパーっていうのは あの全国から寄付で頂いてる紙パック牛乳 パックとかまフル新聞などの紙を原料にえ 福祉施設で手付きで作られるリサイクル ペーパーと言っていますま1枚好きで空い ているのでとてもゆらぎがあって柔らかな ふわふわとした輪郭線があって厚みもあっ てあのすごく柔らかい手触りあの持って いるだけでちょっと幸せな気分になるよう な紙を作っていてえカパ印刷とかの相性も 抜群なのでえ印刷会社さんにもよく使って いただいていますこんな風にこうちょっと ふわっとした質感であの本当に紙をすいた そのまんまの状態で耳と呼ばれるこう端の 部分があるのであの1つ1つ全部形が違っ ていますでこうのみペーパーフの帯をつけ てえ販売をしていますでのぞみペーパーが できることっていうのがままず原料を 変えること基本が牛乳パックのえ原料のな
んですがそれを例えばさっき言った新聞紙 に変えたりとかまいろんな紙からまた紙に 戻すことができるので最近アップサイクル の事例として色々増えていますえ2つ目が え染めたり混ぜたりということでえ例えば コーヒーの出がらしでえ紙の原料牛乳 パックを染めたりあとはまあと何がワイン を絞りかすとか焼酎の絞りかすとかそう いういろんなものを混ぜることでえっと また紙面白い風の紙を作ったりもできます であのフォーム形を変えるということで えっと肩を作って紙すきをすることであの 耳がついたまま形を整えることができます え例えば丸を作るのにしてもえ丸い形に 切り抜くのではなくて丸い形に突き上げる のでえ全部に耳がついているしそれぞれ ちょっとずつこう歪んだりして形が変わっ てくるってうのでとても個性のある紙に なってき ます今あののぞみペーパーとして一応 メインでえっと展開してるのがのぞみ ペーパーミルク牛乳パックでできたものと のぞみペーパーニュース新聞紙からできた ものでのぞみペーパーコーヒーてえっと コーヒーの出がらしで牛乳パックを染めた ものの3種類になっていますでえサイズ バリエーションとしても1番大きいサイズ がキク板からえ本当に小さいあのドッグ た組みたいなサイズのものまでえ色々の型 を取り揃えておりますしえ一応型を作れば いろんな形ががとですですはいでえっと これあの南宮県のさん陸区長にあるのぞみ 福祉作業所というところで始まった プロジェクトなんですがえそこで作ってる 上付きの様子などをこうブックレットにし てえこうして見せるようにしていますで こうして見せることであの紙の裏にある ストーリーっていうのをお客様に伝える ことができるのでまただ単に手すきの紙 ですよっていうリサイクルペーパーです よっていう売り方ではなくてどのような 背景でえっと作られた髪かっていうのを きちんと伝えながらえ販売とか紹介をする ようにしています一応展開今までの展開と してえ武夫さん武夫ペーパーシさんのでえ あの大阪のデザインそのumaaさん原田 さんにお声がけいただきましてえ竹夫さん の廃番になった紙をまた望みペーパーとし てえ着き直すというプロジェクトをやり ましたでまその時に結構いろんな紙どんな 紙でも紙になるんだなっていうことが 分かってえ今度仙台田端宮城県の仙台夕で 使われた七夕飾りをまたえっと紙に戻して えすごいカラフルな色々の紙を作ったりし ていますでこれを作ることでまた
プロダクト化して例えば内輪だったり茶 だったりま紙名刺の紙としてえっと販売 し直すことができるでこれもあの宮城県の 石巻でやってるリボンアート フェスティバルというえアートイベントで 使われていたパンフレットであのイベント が終わってしまったらやっぱり パンフレットも捨てられてしまうんです けどそれをまた紙に戻してのみペーパーと して突きなしてそれにえのみ福祉作業所の あの利用者さんが書いたアートをえ印刷し てポストカードとしてまたリボンアト フェスティバルの中で販売していただくと いうなこうどんどんまめっていくような 仕組みも作られまし た同じようにあのえ京都大丸さんでもえお 客様へのインビテーションセルの インビテーションをまた持ってきて いただいてえお店でシュレッターにかけて でそのままそれを施設に送っていただいて また紙に敷き直してそれをプロダクト化 するっていうのをえ昨年から2年間続けて プロダクトしたものをもう1回会場でお客 様にノベルティとして返すって プロジェクトですね循環型のプロジェク トっていうのをやらしてもらいますはいで こっからはちょっとはいえまあのいろんな 紙から紙をできるよってことでまいろんな えオファーをいだいていろんな紙も作って きたんですけどやっぱりもう紙として販売 する時にお客さんがどうやって使ったらい か分からないっていう方も結構 いらっしゃいましてで私たちあのカパ印刷 にすごく向いてるので名刺とかぜひ作って くださいって言うんですけどなかなかカパ 印刷屋さんとの接点が持てないっていう ことも方もいらっしゃるのでえっと自宅で 簡単にカパ印刷突破印刷ができるえレター プレスキットというのを開発してえ販売も してい ますであとはあの紙もえ基本的にはま永品 というかきれ割と綺麗にすかれたものを 販売していましたが結構施設の方でもあの 目が厳しくなっていってこうB品がとても 増えてきてしまったせっかく空いたのにB 品として弾いて私たちの手元まで届かない ものってのが結構あったのででそれを何か 使えないかっていうので紙としてはすごく 可愛い構成的で可愛い紙なのできちんと こう分類してそれをワイルドという形で えっと販売してみようということであの 名前をつけて販売してみましたそうすとね あのオリジナルの普通の髪よりもたくさん 売れましむしろ売れましてあのワイルドは ないのかって言われるけどそんな狙って
作れませんっていうのをこうこれむっちゃ いいよねうんやっぱりこうなんか魅力が あると皆さんねあの買ってくださるんです けどなんか施設の人はやっぱ綺麗な髪をお 客様に届けなきゃみたいな気持ちがやっぱ 強くてプロ意識がとても強いんであの なかなかそことの調整が面白いなと思って ますはいこんな感じでのぞみペーパー色々 展開をしてるんですがえそれを作ってる のぞみペーパーファクトリーのご紹介をし たいと思いますえのぞみペーパーファクト リっていうのはま今ご紹介した手の再生子 のぞみペーパーのま生産とあとアート活動 を行っておいます福祉作業所でえま私たち デザインとユーモラボによるえ社会と福祉 の新し楽しく新しい環境を探っている共同 者でありますあの東日本大資産をきかに 宮城県の南産陸長ののぞみ福祉作業所さん でえこのプロジェクトは誕生しましたえ やっぱり震災の時からずっと支援でいいて いるそういう感謝の気持ちっていうのを また商品に変えてえま人から人へ思届ける お手伝いができることをえ楽しみに日々 笑顔の中で活動政策をしていますこなね皆 さんすごく一生懸命お仕事をされています はいはいであのこののぞみペーパー ファクトリーの仕組みというのがええ 例えばま福祉施設から私たちがオファーを 受けてデザイナーとして入っているという わけではなくてえのぞみ福祉作業所ま 要するに福祉施設施設とデザイナーがえ 共同で運営しているものになります やっぱりあの福祉施設っていうのはあの 利用者さんを見ることがメインの仕事に なるのでえなかなか物を作って販売すると いうところに対しての意識っていうのは 向けづらいしまそこが本域でないのでそこ に注力することで利用者さんへのあのケア が遅かになってしまうということは やっぱりちょっと本末伝統なことになって しまうだけどやっぱり作ったものを社会に 届けていきたいということもあって私たち はその企画販売の部分消費者目線の部分と してえ入ってえこののぞみペーパー ファクトリーての分明しています逆にあの のぞみ福祉作業者はま生産する紙を生産 するだけではなくてま福祉の現場の面白い こともう利用者さんの魅力だったりとか とても面白いことをえ私たちに フィードバックしてもらってそれを私たち はあのお客様に伝えてえ福祉と社会をつげ ていくような仕組みできたらいいなと思っ てます はいでははいていうえっとのぞみペーパー のぞみペーパーファクトリーをやってきて
たんですがその延長で今ちょっと新しい 動きというのをちょっと紹介をさせて いただきたいなと思ってますそれがこの オープンファクトリーという えっとのぞみ福祉作業所がえっと地域に 福祉を開くためのイベントというづで えっと今年のあ去年去年の2月と9月に 開催したイベントです福祉作業所って なかなかその地域の人が入ってこれるよう な施設っていうのはまあれでまあの全国的 に面白い施設いくつか僕ら知ってるところ は出てるんですけど多くはまだえっと 閉ざされてるところが多かったりとか えっと社会からこう守るっていう認識が また強い施設が多かったりするのでそこを ちょっと変えていきたいなと思ってやって いますでえっとのぞみさんは生活介護事業 所というえっとえっとくことは別に推奨さ れていないし福祉施設はい施設ですねなん ですけど震災きっかけに神好きっていう 仕事を得られたことであのまマイナスの 部分を補ってもらうケアだけではなくて 自分たちができることを応援してもらえる 支援っていうところにえっとを気づけ たっていうのがあったのでその部分を あえてワークウェイを揃えることでえっと 働く私たちはあえて働くしこれは権利とし て働くんだっていうのを見てもらうような イベントとしてやってますえその枠へのお めとしてでもありますでスローガンも作り ましたスローガンはホプ望みを つながれイベント当日の様子を少し共有し ますみんなお揃いのユニフォームまお揃い ってもあの5種類くらいのパターンがあっ てそれを自分で好きなパターン選びながら あの好きなところに印刷をしながら作った ものですアトリエを紹介したりえっと廊下 にえっと作品を展示するアート店をやっ たりこれお母さんたちが自分たちの子供た の写真撮ったりしてますねえっとそこに 地域の人たちを呼び込むであの普段やって たえっとなかなか地域内外下すると家族に もその先ほど紹介したような紙の プロジェクトでやってるものって知られて なかったりするのでまいい機会だと思って こいうとこで紹介させてもらいましたで 実際に上すもえっと体験してもらったりで お母さんたちも巻き込んでお母さんたちの 親の会さんからえっとフルマトン汁をして もらってですね地域の人たちも含めて みんなあの食べてもらうということもやり ましたでそれでおあのとじにお願いしたん だけどいやお腹それだけで好きちゃでしょ て言っておにぎりはお母さんたちがもう 勝手にやり始めてくれていてそのおにぎり
も配ってみんなお腹いっぱいになってもら うっていうもう腹いっぱいでもお代わりし てくれるっていう状況でしたでそこに えっとメンバーの人たちは日常生活するっ てのが結構えっと僕らに大事にしてやって もらったことでえっと通常通りのえっと 活動をえっと作業する人もいれば休憩した たりする人もいるしでそれを支援してる人 たちもいるっていう状況の景色はなるべく そのまま見えるような状況も作りつつお 昼ご飯もなんか裏で食べた方がいいのって 話もあったけどいやいやいつも通りでいい よって話でえっと食べてるところもみんな で見てもらうでそこに会長が必要な人は 解除ついたりするみたいな状況もえっと オープンにしながらでもマーケットをする ことでなんかお祭りっぽくなってお客さん はそこに紛れ込むっていう結構なんかま カオスな空間なんですけどそういう景色を 作りましたえっと一緒にこうコラボ アイテムを作らせてもらってる東北 スタンダードマーケットさていうところが あってその方たちに来ていただいたりで 地元で人気のパン屋さんをお呼びし たりあとは東京からもあのデカフェの ブランドを連れてきてえっと施設あの あんまりデカフェとかも普段南さにく知ら ない人たちもデカフってなんだみたいな こと言いながらあの楽しんで飲んでくれ たりとかあとはなんか多くのこう再会普段 まなかなかコロナのこともあったりであの なかなか会えてなかったのが久しぶりに この場で会えてお母さんとその先生がする みたいな景色だったりとかあの理事長も ちょっと登場して一緒に応援してくれたり だとか家族の人たちとか昔お世話になった 人が来てくれたりでまそこに紛れてユラボ も販売をきっちりとさせてもらう中でこう いう商品はこの人たちのちが作ってくれ てるんですよっていうところを一気に見る ような場を作りましたガチャガチャも作っ たりしてますねでグッズもロゴ グッズワークウェアも受注販売をしたりで 実際にもシルですれる感じでメンバーも これ今自分たちで吸ったりもできるように なってるのでそういうところも実際見て もらうようにそしてそして そしてメインコンテンツがえっとその マーケマルシェ会場にえっとスタジオ セットを組んでですねえっとファッション フォトシューティングとのをやりました 撮った写真はプロジェクターでみんなに そのまま共有してますで撮った写真が こんな 感じ普段結構えっとコミュニケーション僕
個人でも難しいメンバーもカメラの前だと 自然に動いたり表情作ったりポーズ作った りっていうのがいたりそのメンバーたちの 表情を見てあの気分が上がったお母さん たちも一緒に入ってくれて撮影会になる やっぱ親子ならではの距離感だったりとか 似てるところの面白さだったりとかって いうのが色々出るすごくいい撮影になりで これをまたみんなが見る中で本当に なかなか空気感っていうのが難しいんです けど会場の中は本当にあかいムードになっ てうんあなんかこういうたかっただなって のすごい感じたていうイベントがあったて いうのがえっとモラゴの紹介ですはい以上 ですはい苦労様でございます すいあのまずちょっと聞きたいんです けれどもお二方は福士から始まったわけ ですかどどうしてこ福士のこと始めること になったわけです か元々は全然福と関係ないあのデザインの 仕事していたんですけどそのエブラ カンパニーに私たちの大学の後輩が入って ましてはいでそのエブラカンパニーさんが えっとパルコさんでちょっとポップアップ のショップをやりたいんだけどなんか 手伝ってっていうオファーが来てまその時 私た商品作ったりとかまロゴ作ったり グラフィックしたりっていうのやっていた のでまなんかできるだろうみたいな感じで ちょっとアイされたっていうま知ってる デザイナーが近くにいなかったっていう ところで来たのは本当にとこと思いますね ででもま大体まロゴ作ってなんかおしまい みたいなイベント終わったらおしまい みたいな形なりかねないんですけどもそっ からどうしてその福の巻た巻き込まれたと いうか巻き込まれたのか巻き込んだのかつ なんかそういうとこは結構ありますね なんかでも1個作る時に結構思い入れて 作ったりはするのでその思いの中でもっと こうできるんじゃないかみたいなところで 引っ張らり引っ張られみたいなとことは あるなっていうところでまでもイベントが とにかくえっと継続的にあったっていうの もあってその夕村ってイベント自体が えっと毎年えっと20102008 年あの年表ちょっと見せてもらいますかね 作ったょでもこの年表のところちょっと カットしたんですよねあのねまあでも 大丈夫はい年表ここですね有村は2015 年から 始まり2899年あ9年ぐらいですこです ねここから始まって2015年ぐらいまで 続いてプロジェクトではいこの期間ずっと 毎年やっていましたで僕独りさん広告なん
ですけどその前に広告の仕事とかしてる 時期だったのでまその広告の時間の合間 塗ってロゴ作ったり打ち合わせした りっていうまプライベートワークとして わったのが入り口ですねであっこさんの方 がその時まだ動きやすいポジションにいた のであの僕がえっとロゴ作ったりメイン ビジュアル作ったりっていうところで あっこさんがえっと会場のディレクション したりえっと商品開発を一緒に企画したり みたいなところでえっと入っていったって いう中で役割分担しながら最初始まった 感じでしたでのぞみ福祉作業所と出会うっ てのがまこれ震災のちょうど翌年なんです かねそうですねこれはどういうきっかけな んですかこの上に書いてある太陽 プロジェクトというえっと被災地の福祉 作業所の仕事の復興をするってい プロジェクトでであこさんがその2011 年の最初のプロにはアサイしててで翌年の 2012年のプロジェクトでのみさんと 会ったっていうのがえっと流れですねうん ふんふんでそのもうあの2年2014年に 南三力10日間滞在ってまだだから出会っ た頃はのぞみ福祉作業所と何かやろうって 形ではなかったわけなんですねそのそう ですねまえっとあくまでもその エブルアートカンパニーさんっていう中間 支援組織の人たちをきっかけにえっとそこ がサブになりつつデザイナーの1人として えっとデザインを提供するっていう立場 だったんですけどうんま僕がでもこのね 最初の1発目の企画の時に商品企画では なくてブランド企画をぶつけるっていう あのよく若のいたりみたいなことをやって ましてですねあでその若のイタリを長尻 合わせしながら3年間過ごしつつそれが 実ったのがその2015年っていう感じ ですね うんで紙作り始めるわけです作りはもうね のぞみさんはこの2011年から始めて ましたすでに あ作ってたけれどもそれをブランド化した のがのぞみペーパーファクトリーって ブランドした化したのが2015年って ことそういうことですそういうことです そういうことですそういうことですそれが ちょうどユーモラボお2人がこ福祉のあの 福祉をメインにしてこう仕事をするユラを 立ち上げたタイミングと一緒だったって いうことなんですねこれが当時作ってた はがきですねこれはあはあははこれをどし かでもこの江っていうその障害者の人たが えっとえ絵はスタッフが書いたやつを メンバーがなんかえっとクリアクリア
ファイルを切り抜いたやつにこう ステンシルで一色1色つつけるし紙もなん か色紙混ぜたりしながらカラフルにして みたいなのをやってて5万50000円で 売ってるっていうこれにデザイン入れて これより被災地支援でその障害者施設を 応援したいって人たちが買ってるものに横 からデザイナー車で出てきて何かしても どうにもならないなっていうのが正直な僕 の感想ではいで紙自体を売り続けれるし そのそもそもこんなえっと牛乳パックって 買えないじゃないですかあ買えるんです けど実際にえっと仕入れとして買ったら割 合わないじゃないですかあははだから支援 されてるからこそ続けられるしこの人たち 応援されなくなったら仕事さえなくなる 仕事してるんだなって思気づいた時にうん そこを逆に僕は超面白いなと思ってな下1 支援っっていうのでの支援ではなくてこの 人たちが作った商品がちゃんと社会 にとって必要なものを提供し続けられれば えっとその人たちを応援するっていうこと でもう1回ユニパック送ってくれるから 仕事が続くっていうなんかそこの巡る感じ がもし作れたらすげえ面白いっていうのが 僕の中でこう最初にこうわってなっちゃっ てあのそういう体のエネルギーもありでで それでそういう提案させてもらったっての が本当最初の最初ですでデザインをやる ぐらいじゃどうにもならないってどういう 意味ですかなんかグラフィックとかをけて もそうもう えっと例えばこの絵がえっとちょっと綺麗 なうんうんうんコンボになろうがうんあの そういうことではないっていうなんか確信 の部分がえっと僕らが外から入っていって プラスアルファってのはなかなか難しい なっていうのが僕の当時のま僕のスキルも あったんだと思いますけどまで今でも 難しいだと思いますねうんうんうんえそれ それであの牛乳パックはどこから結局だ から仕入れることにしてそのま回すことが が面白かったのがうんのえっと復興支援で えっとボランティアさんとかが南三陸に 入りそのま受け入れ先とかそういう中で こう振られる中で福祉作業所に来てでまあ なんかメンバーたちと会ってでなんかま こんな大変な状況でってみんな涙してで 施設の人たちはそれを元気にして返すって いう仕事をしてたって施設の人たちは言っ てたんですけど笑ってボランティア笑って 帰ってもらえるように僕たちは頑張って ましたみたいなことを言ってたんですけど ていう時期ででそれ帰ってった人たちが 全国から応援するよってて牛乳パック送り
続けてくれてるって場所だったんですよあ 送り続けたへえうんでそれの支援は今も まだ続いててこないだ行った時もえっと 愛知の方から車でえっと牛乳バック途中で 色々回収しながらBANをあのワン ボックス見もうパンパンになるところまで 牛乳パック積んだ人がまた置きに来てくれ たりとかそういう関係がずっと続いて るっていうバックボンが何よりも面白いの かなと思ってますうんうんふんふんふんだ からそれでだからグラフィックをやるだけ ではなくてだから仕組みそのものを 変えようと思ったってこと変えれると思っ てなかったけどなんかわかんないんです 本当にその当時うんま僕も広告の1 デザイナーでしかもあの代理店とかでなて 制作会社の方だったのでうん基本的には絵 を作る方の人だったけど絵を作ることだけ ではどうにもならないなっていうのが最初 のなんか直感でうんうんでもなんかしたい けどっていうモヤモヤの中でま白い髪だけ でも売れるんじゃないかって言ってみたり とかなんっましたなるほどなるほどで結局 だからハロ開拓したわけですよねこれね ハロそうでもね僕最初にちょっとやったの この辺のちょっと反開拓じゃなくて売で 最初で も最初これうんあの多分その中間支援団体 との合間でこれまたあの夫婦の話も出て くるんですけどうんあのタオルをあっこ さんにそのもう中間支僕がよくわかんない こと言ってるからあっこさんに振って タルにしてで僕からはえっとそこにこの モアの形をしたタグをつけるっていうのを やってもらったっていうのが本当に1番 最初のそのプロジェクトで生まれた商品 ですねうんえタオルっていうはあのえっと 被災一支援で企業さんからお金をいただい まご寄付いただいてあの福祉施設で商品を 作ってそれを販売した売上は福祉施設に 全部入るみたいなま取り組みが結構当時 色々あったんですけどそれの1つとして あのじゃあ施設で作る商品何にしよう かっていうのでこのモアイモアイはあの 南三陸にはイースターとかちりから送られ たモあるんですけど全然似ても似つかない もですけどあのそれをあの利用者の人たち に書いてもらってでその中で選ばれたモを 柄にしてあの商品を作るっていうのをま ちょっとま別軸で進めていてうんうんでま あの紙に関してはこっちでもなんか ごちゃごちゃ言ってるからあの早く進め たいのこっちっていう感じで私の方に タオルの話が来てうんタオルはま別で進め てたっていう感じうんだけどま絶対
噛みつけろっていう話でカードがつい たっていうだから僕が当時やってたのは 福祉施すると負荷でしかなくてうんあの絵 だけ書けばお金が入ってくる仕掛け作って もらってるのにそこに仕事作られてるって 状況でもあったっていうのが今振り返って こういう話をするまで話す恥ずかしくなる ところではあるんですけどまでもそれがで その時に当時えっとカッパ印刷をも当時も 組み合わせていてまそのあこれをあの紙 ですねこれ手はいはいはいでこの形に紙を つけるって技術を当時開発してるんですよ もうすごすぎて誰にもついてこれてなかっ たんですけどこれもちょっとそういう えっと支援の事情部を作ってくれる人がい てその人との兼ね合いの中で生まれてで 当時仙台で眠ってたカパさんと 組み合わせることでえっと印刷してもらえ るっていうので作ったんですけどあくまで でも髪あのタオルを買ってもらう時に つつけるタグとそこにあくまでもあなた たちの商品はこうだしっていうので当時も なんかえっと施設の人も手紙書いたり僕し ててですねその手紙にもなんかそのこれは グリコなんだっていうような感じのことを 言っててうんえお客さんはおまけを目当て に買うけどあなたたちの商品はあくまでも あお客さんはあくまでもおまけを目当てに タオルを買うけれどもあなたたちの商品は この紙で人を元気にするんだて1粒で走ら せるんだみたいな話うんながやってました うんうん うんでこれが紙の商品になってくわけです ねだから望みペーそうですねそうですね そうですねそれでそれが翌年にメッセージ カードにこういうあの形をさにちょっと紙 で売れるようにしてみたりとかって徐々に しながらあのあの進んできたっていうのが 過去の流れでありますはい ふであの福士っていうことに福祉を遊ぶと かっていう風な形でこうだからお仕事の メインがもう福祉になっていったのは何か こうきだけじゃないけれども初めだから そんな福のことて考えてなかったわけです よねこうこのあでものメインにあのな今 実際にあのなってなくてですねうんあの1 つのえっとそれぞれがデザイナーとしても 仕事してたりもするしはいその中の2人で やってるプロジェクトの1個目の プロジェクトとして生まれたのはユラボっ ていうものだったのでうんうんでそれも 中間支援の人でやってるとあくまでも やっぱデザイナーなって埋まれちゃったり するから自分たちで名前立てて自分たちも 動けるようにしてくことでできることが
あるんじゃないかっていうのを独立さする タイミングで色々考えてえっと立ち上げ たっていう感じなのでこれがどうなって くるかっていうのはなないしこれでお金 立つめのもそもそもないしそもそもま独り した時点でデザイナーとして立っていける か1人立ちできるかとかも分からない状態 で立ってたのでうんでなんかどうしたか わかんないから色々できることやろうって したこんな感じ ですむっちゃ覚悟というか勇気いるじゃ ないですかなんか勇気がないから勇気って かだてもう海に落ちたら泳ぐしかないじゃ ないですかでそれで右て左買でやってたら 一さんそれでいいかもしんないけどあこ さんどうだったんですよなんか確かにそう です私今でもあのラボまさラボもですけど あの仕事じゃと思ってるのではあうん趣味 だと思ってるのでうんうんあのそれが遊ぶ でもあるですねそうあの仕事にしたくない んですよあんまりこれで稼がなきゃ生きて いけないとかって考えたくないので あくまで楽しくできるものとしてあの潤い としてユラブを置いてういとしてはいうん いいねその意識は僕よりあこさんのが強い んですよねへえあのなんか福士に対する 考えこない打ち合せの時にちょっと福にす する考え方を少しこうおっしゃってたよう な気がするんですけどもなんだろう福祉 っていう幸せのそうですGoogleで 検索するとごますこれ置いてない気がする 捨てちゃった気がするあのうん Googleで検索するとえっと福士って 調べると幸せっていう幸福って出てくるっ ていものでそれを見た時にえっと弱者の ための言葉ではなくその内容を見ると やっぱりこうえっと健常者が幸せでそう じゃない人たちを補うことで何あの的な 期間が補うことで共通の幸せを作るみたい な言い方をしてるんですけど幸せ幸福で そんなとこねえよって思ったっていうのが 最初のきっかけではありそこを一緒に探す 時にまず障害を持った人たちとやることで この人たちが幸せな景色を作れたらえっと 全員が幸せになれるってみんなが思えるん じゃないかなと思ったっていうのが口では ありますねうん うんだから仕事じゃないんですねなんかお 2人の幸せ探しというか って言ったなんかちょっと軽いかもしん ないですけどまでも全体そんな感じですね そうですねはい うんなんかあの先ほどあのなんだのあの オープンファクトリーイベントで あの写真撮ってたすごくいい写真だと思い
ますけれどあいい写真だなと思ったんです けれどもあれがあのお2人がだから考え てる福祉のこう光景なんですかこう福そう です結構これは僕の中ではあこと うん あのなんて言うのだろうなそれぞれが それぞれらしくのままでなんか無理せず 繋がれたりとかうんあの多様な人たちが 同じ空間の中でっていう感じはすごい出て たしうん なんかうんと僕が福士と出会った時に 面白いなと思ったのが えっと支援っていう仕事が人が人を見る 仕事じゃないですかでなんか物づくりして てもえっとその仕事ができないっていう 行為をえっと会社だと人の責任になるんあ そのえっとデザインあその仕事をしてる 本人になるんですけど福施設だとその仕事 が良くなかったっていうのを支援員が考え て仕事の渡し方を変えたりとか角度を変え たりとか伝え方を書いたりしながらやって くんですよねうんなんかそういうところも すごい面白いなと思うしこれは社会にとっ て必要だなってすごい感じたのでなんか それをでもなんか言語化して言葉だけ伝え てもなかなか見えないしっていうところが なんかこの場でしかもまた親子の関係の中 でそこでやってることだったりとかで理想 はともかくお母さんだからつい子供に強く 当たっちゃうところだったりとか含め なんか人間らしい部分として見えてる ところがすごくいいしなんかお腹いっぱい になったら幸せになれるとかも含めてそう いう感情はあるなっていうのがすごい なんかいろんな角度でなんかぎゅっと 詰まっれたんじゃないかなっていうのを あの自分ながらは感じではいましたそっか なんかこういうこう福祉の施設はまこう 高齢者の施設なんかも含めてなかなかこう 外に開くっていうのがこう課題になって ますよねうんで例えばあのエブルアート 言えばたんぽぽの家とかだってまあで たんぽぽの家がねあの別の組織でグッド ジョブセンターとか作っててあそこは かなりこうカフェがあったりとかこう ショップがあったりそれで障害者の方が こうあの働いてる働いてるってかま オブジェみたいなのお土産物を作ってる とこがこうあの買見れたりとかできるんだ けれどもこのオープンファクトリーがの こうユニークなこうオープンの仕方っての はどういうところがありますかなんかこう 今までにないというか他にないというかま そグッドジョップもその通常の業務風景 見せてるっていうのは一緒かなと思うい
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福祉の中でえっとフりを取った出代なでは なくで直接飛び込むっていうの最初の経験 だったんですけど10日間南三力にさせて もらうでそのの中で施設の人たちと一緒に 触れてえっとメンバースタッフ法人の人 たちみたいな感じともみんなと話をするっ ていう回をもらったんですけど1番最初に その施設長に言われて僕も同じ質問をし ちゃっててどうあの障害持た人接すれば いいですかて時にいやいや普通でいいよ あの人間なんだからさやなことあったらや だって言えばいいしあて言われてはってし たのがやっぱきっかけだからなんかまず そのその対当感ってなかなかなかったし それは自分の中のだったなっていうのは すごい感じたりはしたのでうんそれを アドバイス的にどっちたかちょっと整理は できないですけどうんなんか学びにくって 感じが結大事な気がしますむしろ一緒です よね多分他のクライアントさんとの仕事の やり方とも多分一緒だと思うでその人話し たりその人を知ることうんうんふんふん ふんふんふん僕のクラワクじゃないっての も大きいかもしれないですけどねそういう 意味ではあのライアンワークでえっとお金 をもらってやってるわけではなくて共同 プロジェクトとして一緒に話の中で 見つかったもの課題だったりとか面白かっ たことをプロダクトにするみたいな形で 物づくりはしてきてはいるの でそれはなんか他の仕事でもそういういつ も共同プロジェクライアントワークって いうよりはあのクライアントも共同 プロジェクトって姿勢で常にこうお仕事 振ったりはされてるんですかなでもやれ てる人はやってれてるかもしれないですよ ねでもうんあのデザイナーさんでもあの 有名な方々は 私たちやれたりやれなかったりしてます うんそのせいで僕てみたりねあの相手次第 ではいはいそのだから構造としてその クライアントワークじゃなくて対等な パートナーとしてやってるってこともそう だけれどもやっぱりどこかで福祉と言うと えっとま上じゃないけどこちらから上から 下を見るみたいな目線になっちゃいがち だったところに気づいてえっとなんか むしろ学び学びななやるみたいな姿勢に なったなってたってことですよねこれそう まそうですね本当に教えられることが 多かったっのは正直なんでですねそうです ねこれはでも実際に僕そ他のアイも知り たいぐらいです本当にグラフィックか なんかこの結果として結局こうやって グラフィックするだけじゃ売れないって
ことに思ったけどそれがだからどどうやっ たら売れるようになったってことになるん ですかこれ えっと丁寧に売れるところ していったんで例えばかあの紙を結構宿泊 してですね最初はこう牛乳パックと酒 パックはなんか品質が違うんだみたいな話 をしてるから実際にすき分けてもらって うんうんこえっとカパ位置のイベントに 持って行って紙とか印刷に興味ある人たち に両方並べたどっちの紙がいいかって選ん でもらったりとかうんうんうんなんかそう いうところから始めたけどそんな小さな差 よりもうちょっと大きなところが大事でで うんあのコーヒーで染めた紙を作った時に コーヒーイベントに出てですねうんうん そうしたらあのコーヒーを目がけてきたお 客さんがこの紙を見てわあ可愛いってなん かバックグラウンド一切話さしない状態で 可愛いって言ってくれて手に取って触って わーってやってるのを見てあなんか違う 可能性もあるなって感じたりとかうんうん なんかそういうとにかくまあ1個1個経験 しながら修正していったっていう状況では あると思います うんはいじゃあちょっとあの次の話に 行こうかなと思うんですけれどもお茶のお 話を島でさまはいお願いします行きます はいさラボはい前川明子のデザイナー夫婦 が2016年に静岡県島田市の笹という 人口350人ほどの小さな山村に茶畑に 囲まれた一軒の秋を譲り受けました家を 所有するということから始まった楽しい 生き方と働き方の実験ですで静岡県 の島田市この真ん中ら辺の大井川っていう のが流れてるんですけど3つの金屋島田 川根というエリアの中の1番山のエリア 川根の大井川の支流さ川沿いにあるこの 部分がさというま本当に山深いエリアでは ありますはいでサラボのきっかけがえっと ありまして誕生のきっかけ1つずつ紹介さ せていただきますまず山岳民族の暮らしに 惹かれるま僕がなんですけどそれが ちょっとタの赤族の村に2014年に えっと竹で高岡式の家を建てようていう イベントタイム者修業ツアーっていうのを えっと友人がやってましてそこに参加した のがきっかけでえ山岳民族の暮らし生きる 力知恵に感動して えっとのがまず結構でこれがえっとあの これ便利ですねタイムライン的には えっとどこだっけ僕のタイム写タイム車 ここですねちょっとあの独立の時なんです よで僕はあの最後の独立あのちょっと デザインもやめてもいいかなみたいなやめ
方あのやめる感じだったんでなんか色々 これからどうやって行きてこうかなって いう時期だったのでその時に南三陸東日 滞在あったりタイムあったりみたいな感じ でまこれからどういってこうもうイト デザイナーもやめてもいいなって思ってる ぐらいの時期だったんでその時になんか えっとこのタイのナと出会ってですね なんかタイの族の人たタの赤とこれ長く なるやばい山岳通民族タの山岳小民族で このナを腰にぶら下げてそれで山を 切り開いてでそれで酒で家立てたり周りの 資源を食べて生きてたんですけどでその 行ける豚をこの豚もこの中で閉めるし家も これで立てるしみたいなそれを腰に1本 あればみたいな道具でなんかとり とりあえずこれ1本あったら僕生きて いける気がするなってちょっと思えた ところがなんか僕の中での1個入り口でま それはだからそれが何なんだってのがその 通は分からないまま始まってますでそれと 同じ都にえっと島田とお茶のきっかけと いうので常ホ団ていう えっと元富士急に行ってえっと藤山とか 先立たとかを立ち上げたえっと エンターテイメントプロデューサーが えっと楽天行って地域のことに触れその後 独立ってとこ立ち上げてでまいろんな えっと追書がやってるんですけどその人 たちと声かかって一緒にやらせてもらった のがこの島田市のシティプロモーション ロゴです島田市旅茶計画っていうえっとお 茶とま緑茶かという名前でま緑にすること みたいなことであの死のあのテーマカラー みたいなものを作りつつまなんか応援でき て参加できて自分たちのやをPRできる みたいなことができるようになるといい なってプロジェクトを立ち上げましたで それがえっと地球上でも緑茶を愛する街 っていうコンセプトをあの掲げあのこのま 愛するっていうことに関してはこう誰も 否定できないっていうのを武器にえっと そのコンセプトで2024年から現在も 進行中ですちんどん屋みたいのは何なんだ これこれ あの島田市ってあの記載がいっぱいあって 大記載の大の1つのは島田大帯祭り帯祭り へえのまあの東海道のあの殿様行列何行列 ってうんでしたっけを再現してるんです けど花花嫁花嫁さんの帯を食ったのにあ そうだ ええこのこういうこういうのをつけたあの 下ふしなんですけど男性大やっこと言わ れる男性が選ばれしい人たちがあの街を すごい行列で練りて
いうとかそういうのをお茶をあと島田曲げ ってあのこういうあはいはい文金高島田の 島田が島田ですあそっかそっかその島田か はいはいそうですですでその街づくり みたいなことをやってますでその時に えっとお茶でプロデュースあの地域を 盛り上げるって中でま日常にあったお茶を あの軸に持ってたんですけどそれがやっぱ お茶って分かりづらいなっての第一印象で それを分かりやすくしたってのは最初に やったことでコンセプトティっていうので えっとお茶を朝と深むすで火を入れるので 味が変わるまお茶って何がじゃ違うんです かみたいな話をお茶屋さんとガンガンした 時にえっと結局色々混ぜながら作るんだ けどそもそもそういうもので味が変わって くるんだよって話があったのでそれをまず 分けてじゃあ飲めるようにするしその それぞれに向けてのお茶として紹介して もらえればえっと買う側としては選び やすいのでって話でえっとこのフレームを 作ってそこにいろんなお茶屋さんが入って 振り分けてくっていうことをやりました やってます素晴らしいこれが延長でえっと 2020年に市内にカで大井川という商業 施設を作ってここもお茶の施設っていうの で作ったんですけどえっとさらにさっきの の4つのやつをさらにえっと4ビットから 16ビットになるあののでえっとJA 大井川さんとそのお茶もやっぱりなんか 島田金屋川根っていうエリアごとに それぞれの茶あの農業の組合長がいてそこ の中でまたお茶がっぱ作られてっていうの でかなりカオスな状況だったのでそれを えっと1つのフレームに合わせて作って もらうっていうのをやったりしいますで それを実際にシャバーになって えっとテーマパーク的な感じでえっと蒸さ れてえっと火を入れられて乾かされて みたいなことを実際に験ようにしてでその 後4つのこの端っこを飲み比べてもらって ですね好みはこの辺かなっていうのを軸に さらに茶柱と呼ばれるこの16本の柱のな ところでハッシュタッグでいろんな情報 入れててそこを見ながら実際に自分のやつ を選んでもらうで最後はあのボトルで 入れるみたいなことをやるような施設を やったりもしています面白いはいなんでで こういうことする中でお茶を勉強していっ たっていうのが背景としてありますうんで あともう1個えっと3異文化を受けれる 土上ワビサビレッジさっというのが 2011年よりあの峠家の道川小三さんと その娘さんの渡さんを中心にえっと地域に えっと海外のアーティストを呼んで穴が
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ていうところでちょっと急ぎますささ ぐらしがていうハッシュタグでインスタで も出してるんですけどえっとまこれも きっかけやぱコロナのタイミングにえっと 僕らロックダンガンロンパ がもうなんか歩くたびにいろんなものが目 に飛び込んできてですねでそれがもう えっと1週間すると景色変わっててあの花 急に咲いてるとかなんか前あのつぼみだっ たのが急に開いてるみたいな感じだったり とかあそこの花がもうないとかなんかなん そういういろんな気づきとかがあってです ねこの時間がとにかくま楽しかったって いうのがあってでその時期にやっぱずっと 村の中にいるのでえっと水源うち沢の水な んですけどその水源掃除に手あの一緒に 行けたりとかそういうことしてるうちに あの神社の掃除したり写真には入ってない ですけどあの組でお葬式の番でたたって 知らないおじさんの掃除金で玄関で 受け付けしたりとかですねなんかそういう 村らしいものに入れてもらう中で結構 仲良くなっていってで20121年に キッチンの回収をしてで下をどに戻したん ですよどだったらしいものをどじゃない ものにしてたところもう回どに戻してそう すカもうカの上に板置いてガスコン置いて た家だったんですけどそこがカ使え るっていうので復活させてでそこでどまで の食事会をやり出して ね域の人たちが気に入ってくれてですねま よくたまり場になっていろんな人が来たら そこもでこういうのまたFacebook とかであげてるとあの美味しそう楽しそ うって言ってみんなが来てくれてそれを 茶畑に連れてくみたいなでそれもまお茶の やつもやっぱ昔はやっぱ結構や厳しかった らしいんですけどそこにも素人でも僕らが 僕らでできるからできるよって突っ込ん でくみたいなことでどんどん混ぜてく みたいなこととして今活動してますで もちろんま来た人たちにはえっと美味しい もの食べてもらったり自然た遊んでもらっ たりみたいなことも一緒にしながらそう いうエンタメ込みでやってますで昨年 2023年の新知の時期には僕の両親と あっこさんの両親とそのなんかその両親の えっと兄弟とか僕の兄弟風の子供たちとか とあと地域の人たちおじいちゃんおばあ ちゃんたちのもうレジェンドクラスの人 たちだったりえっと街の方にに出て行って お茶積実は島出しだけどやったことない みたいな人たが来たりとか市役所でお茶の プロモーションしてるけど えっと実実はお茶積みしたことないみたい
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地帯のそのなんか斜面ばっかりだし1つの も小さいのでそういうことができないん ですよなのでだから真っ先にそういう ところから多分なくなってくんだろうなっ ていうぐらいの景色だけどでもやっぱその 斜面があってえっと標高くてんでえっと段 差があるからの方が美味しかったりするの でだからそれはもったいないなと思ったん ですよねうんふんふんうんえでちょっと あれ言ってたあの量の件でいくと100g 100本ぐらいっていうのが1つの1年分 で僕らが定めてる単位がえっとチコ場さに あるチコ場が生ハで60kmを1回で回せ るって機会でうんうんうんうんそうすると 大体えっと最終的に10kmぐらいのあの 112kmうんうん下手すると14kg 行くんですけどま最最低でも10kg取れ るっていうお茶ができるのでその100g で計算すると18本っていう計算ですうん 収益どんだけ出るんですか収益がえっと今 僕らが売ってるお茶がえっと100g 1000円で売ってるのでうん 5万5000円のやつが10万1000円 になるしであと師匠クラスのやつは今 あの22万ぐらいにはなるんでうんその辺 はその頑張り具合とこだわり具合と師匠 クラスっていうとなんかやっぱ師匠は やっぱ美味しいお茶を作れるいや師匠をね 師匠安くしようとしてるの僕らが高くあげ ましたあなたそこにいたら僕らがいつまで もいり場所ないからてあげあげましたふ料 とかあのこだわりはすごいあるので手も かかってる私たちより全然手がかかってる のでその分をちゃんとあの乗せて売できる といいなって行品なんでねそうあの好みの 味がの味もかったりするのでうんふんふん ふんふ僕らのはワイルドよりかなと思い ますしでもなんかやっぱ旨みはやっぱ肥料 をちゃんと乗っけた方が入るとかま細かい テクニックもあるんでなんかそれを入り口 に入ってもらいながらえっと自分ごみの方 に仕上げることもできるしであと 5万5000円っってえっとこれ分かり やすく計算したんですけどえっと1回給水 に入れてお茶入れると3Gから5Gなん ですよだから多く見積もって5Gとして それを1年間えっと1人での 飲む飲める量がうん5人分だ5人で1人 1万1000円ずつ出し合えば1年1年1 年中1日1回の休所を入れれるのが 1万1000で買えると思ったら めちゃくちゃ安くないですかっていううん うん売り込みを今あのイベントでやって ますだから原価で買えるってことだよねお 茶そうですねなんでまあとはその人件費と
交通費入ってないんで結局そこをどう取 られるかそれを旅行と取れるかとかうんと いえばそれはもうアトラクションになるし で海外でえっとエクスペリエンスで何か 体験しようとするとそれに数万円払うこと 考えたらよっぽど安くできるしみたいなま 価値をどう捉えるかだと思うんですけど 可能性はあるんじゃないかなって思ってる んでよくこの番組をご覧の皆 [笑い] 様ここ にみな感じのところであります うんどどう申し込めばいいんですあの インスタからDMだければ詳細をお送りし ますので僕がいる時に来てもらえればあの 茶畑も案内しますしはいはいまは何で調べ たらいいですかインスタは空で検索して いただいて出ると思いますうんこれでも なんかすごい面白いねやっぱでもそのサマ ラボとユーモラボを両方やってることに よってこう なんかモードは一緒なんですかユラボやっ てる時もササマラボやってるあそうですな から南三陸にいる時がユラボで静岡にいる とぐらいのだから結構スイッチがやっぱ 現場にいる方が入るは入りますねもちろん あの今オンラインでやりとらできるので 南三陸の仕事だったりとか上付きのえっと 中発注の依頼だったりとかの コミュニケーションは常にさ様からは電話 でオンラインで撮ってるんですけどうん やっぱこっちの気分的なスイッチやっぱ 現場に行って人と話してる時にアイデアを 思いついてこれできるねやりたいねって なってっていうのがあるのでやっぱ定期的 に動きながらて感じにはなってはいますね なんかこの2つをやってることによる相場 効果ってあるんですかなんかこ自分た えっとありますうんえっとサボじゃなくて 1個面白いのがえっとあの角で大い川 立ち上げた時にづいて面白かったのが えっと角で大井川のメインがJ大川さんな んですけどはいはいJさんもえっと基本的 にはえっとお客様にお尻向けるあれです けど農さんの方見てるんですよあそういう 意味そうだからそれがえっとやっぱ福祉 施設でそういう施設の人たちで利用者さん 見てる人たちが社会に繋ぐためにって コミュニケーション取ってた目線での アドバイスとか意見が結構あの分かり やすく伝わったりとかしあああこれはなん かやっててよかったなって思った人ですね そうかそうかり向けてる組織って本当多い もんねそう考えてみるとねうんうんデザイ ナーってそこにね役に立ちますね本当にね
うんうんそっ かんあお2人ってあのなんですか結局に2 拠点やってるんですかずっとさに いらっしゃるんですか2拠点2拠点です 東京に家と事務所今これ新宿の事務所に いるんですけどはい東京の高尾の方に自宅 があって新宿に事務所があってでさにはい どのぐらいの割合いでこう あのさには行かれてるんですかこう月にる ぐらいとかそうらね半分痛いんですけど 最近その例えば東北に行ったりとか ちょっとのところで呼ばれて出張行ったり とかすることが多いので東京静岡別のとこ で33ぐらいがまでも31/3から半分の ところ行ったり来たりしてる感じではあり ますけどねお茶の時期は結構がっつりたま にいるんですけどなんかあのあのなんだ えっと高尾から島田行きにくいじゃない ですかどうして高尾からだと剣動できるん ですよあ車で移動するからかあそうずっと 車ですはい東北も車ですうー点2拠点が いいんですかもうささにこう行っちゃおう とかこうあのずっともう暮らそうとかそう いう形ではないやっぱ新宿に事務所あ るって大きいですかうんどうなんだろうな ま行けるうちは行こうかつってやってるん ですけどうんもその辺もなんかあの あんまり決めてないんですけどなんか やっぱりちょっとでも外の視点持つって 大事かなっていうのはなんか感じてはいて うんがっつりやっぱ両足でついちゃうこと でできないことだったりとかま自己紹介 ちょっと無責任って入れたりするのも やっぱ両方でがっつり構えちゃうと あんまり僕が機能しなかっああなんかでも そのバランス感がすごいいいよねやっぱ 舞川さんあのご夫婦でやってるってことは どうどういう風に意味があるんですかや なんか言はまあの2人で最初からユニット 組んでるんですけどそれ以外の仕事例えば 常夏歩兵団とかってる仕事はバラバラで やりたかったんですけどなんかまとめられ て前側けっていう形で私たちオファーを 受けるようにて 最なんかあんまり別に夫婦でやる必要ない その男も多分あのあこさんがいてくれない とちょっとなんかあった時にっていう リスク会議でしクリスクマネジメントと あこさんがいるからあのこっちがダだっ たらこっちこっちがダメだったらこっち みたいな感じでまあなんとかなるかな なんかこのでもチームワークのいい感じが とってもいいですよねやっぱりねそう言っ ていただけたらありがたく思いますさんが ガガガガガて走るタイプみたいだからこう
お話聞いててもねえでもはまると走るん ですけどはまられと全動かないんですよね 僕そんな感じですだからそういう時はあこ さんが動いてくれたりとか結構僕がも文字 る時はあこさんが大体切り開いてくれてで 切り開いておきながらしない間にいなく なってるから僕が引きを受けてるとかは 結構あるんですようなんからその辺も なんかどっちが前ってわれではないんです けどうんなんかあの頼まれると断れない 感じですもんね悠一さんの方はねうん そんなこともないの私の方がそうかもしれ ないそうなんだ僕は断らないけどうんあの 一生懸命考えようとすするけど向こうが やっぱりいいですて言われる パターンんでデザイナーやめようと思って たんですか2014年にいや最後がま ちょっとオープンの話でするかどうかです けどあのインタティブ系の会社でまなんか こうエンターテイメントをあの えっとパソコンテレビ画面にこうみんなで スマホで参加してみたいなところの会社 だったんですけどあああここなんか ドーパミン的な喜びみたいなところの刺激 でなんかそことなんか直接なんか喜びと 栄養がセットじゃないみたいなものに 対する違和感だったりとかそこに対して僕 がなんか僕なりの意見を言うとそれが全部 邪魔してるしかブレーキをかけてるみたい にしかならなくなってでなんかで特にま その前が広告でデザインででも広告も広告 もあんまりなんか こう思ってに出ないっていうとあれだけど なるべく綺麗で個性をなくすような感じで 存在感ないようなデザインが好きだな みたいな時期だった時にそそういう感性 いったんでうん あの存在意義があんまないしデザイナー 向いてないなってその時思ったんですよね うんでやめてじゃあデザインなくてもいい しっていうので当時貯めたお金が数 100万あったやつを1年間とりあえず それがあるから生きてきるからあの働か なくていいって話をわこさんにしてうん ししなって言われた1年がそのパイ行っ たりうんあのあの南三陸に日間行ったり みたいな年ででもなんか営業活動も一切し てなくてけどなんかた仕事は断らないって してたらまデザインの話がやっぱ多くは なってきてうんで残るものが残ったなって 感じなんですね今でもその無理やり ドーパミン出すようなデザインにけがさし てまそれ1回やめようとしてまこうやって またあのデザインの仕事やってる中で なんかデザインに対するこう捉え直し
みたいのはあったんですかそう味はなんか ドラえっとドーパミンまもちろんゼロでは ないうんなとは思ってはいるしそこの出し 方と楽しみ方も分かってはきたんですけど やっぱもうちょっとなんかあの安心だっ たりとか繋がりだったりと かみたいなものもえっとをどちらかと ちょっと大事にしたいなと思ってはいて うんなんかやっぱま広告にいたのもそうだ しなんか自分が関わったことによってこう ボリュームが上がったことがいい方向がい 悪くい方向かみたいなことに対しては やっぱりこうなんか責任はあの端っこでも 感じてはいてですねうんうんうんその辺を だからちょっと自分なりにまっすぐ嘘つか ずにいい場所を探し続けてたら今に至る ところはあります今はそんなにこう嘘つか ずにこう生きていけてる感じなんですねあ 全くうんそうするとそれは売上は伴うきと そういう話じゃ ないあの本当にでもそうねなんでもそれで も生きてきてるんだなってところがああの なんか広告的なここでは紹介しないような 広告的な仕事とかもやってはないんですか なんかほぼほぼもう今最近はほぼほぼ今 ないんですけどやりたいんですから是非お 願いし ますなんかなんか あの最近はあの中学校の同級あ小学校の 同級生たまたま再開したら会社やってる ところのブランディングで入ったりとか へえとのつりの緊張にはなってるので仕事 仕事っていうのはあでも来年あ今期か今年 ちょっと1個ロゴの案件はブランディング 的なロゴの案件はえっと角でを見た人から もらったりはしてるってのはあるんです けどあほとそんな感じでうんでもなんかね 好きなことにもやり切れてるから結構仕事 は割り切れるじゃないですけどうん明確に なんか一時期あんまりうまくいってない時 はそのえっとクライアントワークと自分の 画を出すのとそこで表現とのバランスが 結構取れない時期はあっうんうんうんで 福士にそう最初の福士のアートのやつで 結構 えっといいなと思ったとこの1つがなんか こう僕らあの明星大学っていう学校の芸術 学部で生活芸術学部ってところの中であの 2つ先行できる学部学校でうんでえっと あこさんがえっと先熟危いで僕が彫刻と グラフィックだったけどグラフィック首に なって彫刻みたいな感じで最彫刻なんです けどうんみたいなえっと学校で何の話取っ てた けう何の話取ってたっけ明星大学の話の前
はだからんで星が 出で表現とバランスが色々合ってきたって いう話だ表現とバランスが表現表現となん だ画といやクライアントワークと プライベートワークのそうそうそう ありがとうございますなんかそのえっと経 大学であのいたのでなんかそのえっと自己 表現をしなきゃいけないないけないんじゃ ないかなってところすごい結構うんうん あのあ考えてるし感じてたしだったのが なんかその障害持った人の表現を見てなん か素直にそれができてる人たちを見た時に なんか無理に出すことで違うなってすごい 思ったしそ人たちがそういう表現があるん だったらその表現と僕ができることって いうことは1つあるなって思ったのは結構 入り口としてあるななていうちょっと 思い出した無理に出す表現となんだろう 自然にやってる表現って何が違うんですか うんといやでもな無にやる表現っっていう のはやっぱ表現になってなくてうんだから なんかえっとクライアントワークで素直に 考えるとこうなんだろうけどでもなんか ちょっとそこだと普通だし面白くないから なんかしてやらなきゃいけないっていうの がえっとその文脈としてえっと目的に対し てではなくてそこに無理やり自分がの ノイズを入れなきゃいけないかなと思っ てる時期もんやっぱうんうん期的に若い頃 ですけどねもちろんあったんでその辺を なるべくなくそうとしてるのが多分その えっとインタラクティブ時の自分の タイミングでむしろ0にしたいのに出せっ て言われるけど出す方向に行きたくない みたいな感じの時期だったりみたいなのは あったかもしれないですねで障害者の方の その表現活動っていうのはなん だろう見られることを前提とした表現なん ですかそれともあそれはでも様々ですよ 本当になんか僕が最初に出会ったやつは 本当にノートになんかああいのあに対して 自分が知ってる言葉とそれに対する絵を 書いてるっていうののなんかも1冊 まるまるのノートをなんか息子が1週間 ぐらい部屋にこもって出てこなくて出てき たらそのノートを持って出てきたうん ごけどそういう話の中で見してもらった ノートがそういうノートでなんかそういう ものを見た時になんかもう文字とかももう あま自閉傾向の子だったのでも全部こう フントみたいうんになっててうんうん なんかそういうのを見た時にうんなんか わあってなったなったんですよねまなんか そんなにうく言葉にはできない部分なん ですけど
うんで今後こうお2人はこのどどういう風 な活動していこうとうまね2速のわらじ みたいな形で今日はちょっとお話聞いたん ですけどもこれなんかこう統合していこう としてるのか うんって意味では然とちょっと繋がってき 出したなと思ってる先に本日の話いただい たんではあはああの頑張って整理したって いうのもあの自分たちのためにもねなんか いい機会だなと思っていい機会いただいた なと思って整理してみたっていうのはあっ てでそのタの話とかもまさか繋がってくる と思ってたのなくてうんうんのが繋がって きたりしてるのでまあんまり今までも考え ずっていうあれだけど考えてはいるんです けどなんかこう計画立てずにやってきてる 部分が多かったの でノリでここまで来ちゃっ来ちゃっては いるうんうんけどちょっとやっぱ責任を 感じ出してるとか例えば福祉施設の案件に してもさの案件にしてもうん1回手を出し たらあんまり後に引けないっていうかうん 今僕らが施設から手を引いちゃったりと 例えば事故でなんかあっちゃったりとかし た場合にその後どうなるのかってところが 絵かけてないままうん動いてるところが あるのでうんそこら辺も同時に考えなきゃ かなみたいなそういうところはなんかあり ますねうんうんうんうんでもあのなん だろうなそうま長く続けていくと責任 みたいなの起こってきてっていうまそう いうのもあると思いますがうんとなんかお 2人のこう活動をこう見てるとなんかこう 風景みたいなものとかこう見たいものと こうずっとなんかこう追い求めてる感じが こうするんですけれどもなんかこう具体的 にこんなビジョンでって形のビジョンを こうあの具体的に実現しようっていうより もなんかこうないろんな出会いの中であ これ見たい風景だったんだってこうなんか 見つけ出していくっていうそこになんか すごい喜びを感じられてるのかなっていう だから両方ともなんかこうユマラバもこう サマラバもなんかこうなんか風景見たいが ためになんか一生懸命なんかお2人で活動 されてるみたいなそんな感じがするんです けれどもなんか具体ってなそうその風景と テーマで2人とも話したんですけどやっぱ なんか具体的にまあの例えばTフィールド ギルドではサバさ様の茶だの風景を残すっ て言ってるんだけどなんか例えば今回の スライドで綺麗な茶だの写真を流し続けて これが見せたい景色ですってことでは全然 ないなって思ってうんうんなんかやっぱり それをきっかけに集まる人たちだったりと
かその人たちとどんなことが起きるかな だったりとかそれを聞いて喜んでくれる村 の人のあの姿だったりとかうんなんかそう 人と人の間にはなんかあるしそれはなんか 僕らだけじゃないからこそ僕らだけじゃ 決められないなっていうのもやっぱうん あるなっていうのはありますねあそっか あのねあのオープンファクトリーの障害者 の方々がこうニコニコしながらご飯食べて たりとかこうしてるのとねさまラボで みんなでご飯食べてるあの風景それからお 坊さんと外国人あそうですねあれやっぱ 重なりますよねなんかねうんそういう意味 だとねあのファクトリーのあの風景も僕が 撮った写真でもないんですようんうんあれ はカメラマンの子が撮ってくれてるから 彼女が見てる景色なんだけど彼女が見てる 景色の中に僕が見たかった景色が映って るってことを作れたことがすごいなって僕 は自分でも思っててはいなんかそこが やっぱ嬉しかったしだからこそちょっと その景色が自分の目だけじゃないとこか見 てことで自信持てたしみたいなのはあり ますねなんかいいですねいやだからなんか そこに人がいるのがすごくいいなと思って てなんかあのよく茶畑のあの生前として 綺麗な茶畑の写真ってあるじゃないですか あれはなんかあの要するに機械でがあと 生産性の論理でこうやってきてああいう風 な風景になってるのでなんか江戸時代の 茶畑とかと多分違うんだろうなと思ってい てうんだなんかあの生産性の論理でこう 突き詰めた風景って人がいない風景なん ですよねうんだけどそこになんか人がいる 風景を取り戻そうとされてる感じそれは 福祉の場でもやっぱりなんて言うのかな こうま外に対してこう表情を向けてなかっ た人たちが外と対等にこう触れ合うような 風景を作ってるとかなんかそそこがやっぱ いいいいですよねこううんすごあうんうん アバアバみたいなところはある気はします ねうんでもなんかさはさで地域に入れば 入るほど葬式とかに立つようになると だんだんしがらみが色々出てくるからこれ からなんか責任が結構大変になってきます ねそうなんか茶畑も結局今えっとやめ ちゃう茶畑は僕らが引き継ぐっていうけど じゃあ僕らがどこまで引き継げるんだって いうところの限界値もあるからなんかその 辺も含めて考えてかなきゃだしであと やっぱ本当に高齢化が進んでて今7080 がコアの人たちなので10年20年後だっ たらもう景色が全然変わるだろうなって いうのもあるしでその今70ならギリギリ 今なら自分の元気でやめれるけども10年
後の自分だったやめられないよみたいな人 もいたりとかっていうのをリアルに話し てくと出てくるとですねやっぱちょっと うんここで関わって言うのは簡単だけど じゃあっていうところはやっちょっと色々 考えるところはありつつでもなんかそんな ことば言ってられないしっていうところを 楽しめる人たちを今集めようとしてて うんまなんかま結局だから走り続けてる わけですよね責任は感じながらもま とにかく走り続けることが大事みたいな うんそんな感じが しますねなんかねなんかでもヒントは タイトの繋がりにありそうな気もしますね なんかあのうんなんか日本の行動に産業化 されてきたやり方よりもなんかタでやって たようなことっていうのを日本がもう1回 こう学んで取り入れていくと意外と人口が 少ない中でもできたりとかそういう仕組み が出てくんじゃないかなとかうんうん思っ たりとかお茶もねなんかあのすごく今の 生産体系じゃないあのあそうの族のお茶と と日本の緑茶を比べて話はねそれも結構 時間かかると思うんですけど面白いのる うんだすごいそこに多分なんか面白いと思 なんか野溢れるお茶が作れるとかねなんか 野手を溢れるお茶作ってるんですよ今家族 の人たちうんうんでその族のお茶と今緑茶 を比べるって中で今色々お茶作りを今探っ ててあの発酵をちょっと組み合わせて自然 の力を活かすお茶と緑茶ってやっぱこう 工芸的なんですよね人間の人為的なもので できる美術美術工芸品の結構最高みたいな 作り方してたりするのでなんかそれがでも 守れなくなってきてると結構なんか美術 工芸界と近になって中でちょっともう ちょっとプリミティブなお茶との距離感の 測り方ってあるんじゃないかなみたいな ことはちょっと考えながら今うんそうね うんなんかかタは結構通ってるんですか まだえっと7回8回ぐらいしか行ってない んですけどえっと去年も1月に久しぶりに コロナ2年間行けなかった後で行けた感じ うんうんですねうんじゃあタにまだまだ ヒントがありそうですね本当にうんそう ですねであっちが今もうあの子供たちが今 wi-fi繋がってYouTube見 まくったりしてるんで多分こっからガラン て一気に急速スピードで変わり出すと思う し今新しく行き出した村もえっと電気通っ てないんだけどえっとソーラーがある からって言ってえっと今繋がるようになっ ててあみなところが始めてたりするのでで もトイレは昔ながらの水で手おけでみたい な結ハイブリッドな状況になってきてる
からその辺がちょっと面白いかなと思い ますねう面白いですよねYouTube インスタでストーリーあげたりしてます もん暮らしを通 [笑い] にそろそろ時間がはいありがとうござい ますてましなんか打ち合わせの時はねあの もう情報量多すぎてこれもう大変なことに なんじゃないかなと思ったら今日は非常に よくまとまった本当ですまったさ珍しい ぐらいなんかタイムスケジュールも ちゃんと守りなからいですはい相当あき子 さんが介入してくれたんだなという感じが でも昨日すごい準備万端にねしていただい てまた今日もさらに準備していただいて やっぱすませありがとうございます ありがとうございますはいじゃあちょっと ここで本編はえ21時終了ということで ここまでにさせていただいてでZOOMで あのご覧の方限定で30分間フタトーク やりたいと思いますのでまYouTube で今ご覧になってる方ZOOMの方で直し て是非ご覧くださいでえっとサス5 チャンネル次回の配信はまだ配信日は未定 なんですけどもこ藤崎さんご紹介いただい た太田さんはもうご紹介してもいいの でしょうかまだしない方がいいかなまだ あれかなあそうですかあのあのOkは もらってんですけれどもまあの非常に 面白い方をはいと思いますんではいあの こう期待ということではいまたお知らせ させていただきたいと思いますので なるべく早くスケジュール決めるようにし ます今年ははいよろしくお願いいたします 回やってきましはいはいそれではえっと アフタートークで皆さんお会いしましょう ありがとうございましたありがとうござい ますいまします
山水郷チャンネルは、日本の各地でデザインに携わる人とつながり、地域から新しい日本のナラティブを生み出すためのデザインを考える配信プログラムです。
今回のゲストは東京と静岡の2拠点で活動する前川雄一さんと前川亜希子さん。東日本大震災をきっかけに「福祉とあそぶ」をテーマとしたデザインユニットHUMORABOとして活動される一方、静岡県島田市の笹間という350人ほどの山村ではじめた「SASAMARABO」というプロジェクトでは「山村とあそぶ」をテーマに、茶畑の活用をスタートされています。”デザインで社会課題と楽しく向き合う” 活動をされているお二人にお話をうかがいます!
山水郷チャンネル #95 前川雄一・前川亜希子(有限会社まゑむき/デザイナー)
日時:2024年1月10日(水) 19:30-21:00 + ZOOM限定アフタートーク
配信: ZOOM ウェビナー & YoutubeLive / 視聴無料
◉山水郷チャンネル ZOOMウェビナー登録(すでにご登録いただいている方は不要です)
https://zoom.us/webinar/register/WN_jY7N1I2SQOe1I4PQ2j1pHQ
ゲスト:
前川雄一(まえがわ ゆういち)有限会社まゑむき 代表/デザイナー
前川亜希子(まえがわ あきこ)有限会社まゑむき/デザイナー
HUMORABO / https://www.humorabo.com/
山ノ端ト空(さゝまラボ)/ https://sasamarabo.square.site/
前川雄一氏:
1979年 三重県伊勢市生まれ。CM制作会社 / 広告のデザインプロダクション( グラフィックデザイン ) / インタラクティブ・クリエイティブ・カンパニー( WEBデザイン )を経て2014年独立。3年間フリーのデザイナーとして活動し、2017年3月、 有限会社まゑむきを設立。(会社は父親がはじめて立ち上げた有限会社をリノベーションして活用。)
2016年の暮れ、静岡県の山村に茶畑の真ん中にある空き家を購入しコロナ禍を機に放棄されようとした茶畑を譲り受けお茶づくりもはじめる。現在は東京と静岡の二拠点で、トコナツ歩兵団の一員として地域づくりにデザインで参加したり、福祉とあそぶ「HUMORABO(ユーモラボ)」、山村とあそぶ「さゝまラボ」など、デザインで社会課題と楽しく向き合う無責任な活動を続けている。
前川亜希子氏:
1978年 茨城県生まれ。明星大学生活芸術学科染織専攻卒業。2001年にテキスタイルデザイナーとして繊維メーカーのアパレルブランド「anetmonet」を立ち上げる。7年間ブランドディレクターを務めた後、グラフィックデザインの制作会社に転職。並行して障害者アートを使った商品の開発やプロモーションイベント、福祉施設のブランディング、講座運営などに携わり、2013年に独立。2015年よりデザインユニットHUMORABOとして活動。「福祉とあそぶ」をテーマに、福祉と社会のより良い関係づくりを探っている。現在は静岡と東京の二拠点で生活し、デザイナーと茶農家の二足のわらじで活動中。
ホスト:
井上 岳一
山水郷ディレクター/株式会社日本総合研究所 創発戦略センター エクスパート/武蔵野美術大学 客員研究員
東京大学農学部卒業。Yale大学修士(経済学)。林野庁、CassinaIXCを経て現職。「人口減少時代を生き抜く地域社会のデザイン」をミッションに、官民双方の水先案内人としてインキュベーション活動に従事。内閣府規制改革会議専門委員。南相馬市復興アドバイザー。
「山水郷」の復権を説いた『日本列島回復論―この国で生き続けるために―』(新潮選書)を2019年10月に上梓。
藤崎圭一郎
デザイン評論家 / 編集者・東京藝術大学 教授
1963年生まれ。『デザインの現場』編集長を務めた後に、フリーランスとしてデザインに関する記事の執筆、雑誌・書籍の編集に携わる。
主な著書に広告デザイン会社ドラフトの仕事を取材した『デザインするな』。雑誌『AXIS』にて生命科学を中心にサイエンスや工学の研究の現場を取材する「Sci Tech File」を連載中。
2010年より東京藝術大学美術学部デザイン科准教授、2016年より同大学教授。