【地名が証拠】消えた密林の痕跡を追え!交野市自然巡回路をさんぽ。 #5

交野市自然巡回路をさんぽ。
かつて1980年代に整備された、交野をぐるり一周散策できるコース、交野市自然巡回路を散策します。
前回の続きで、交野久御山線から巡路に沿って歩きます。

=====================================================
【情報提供】
交野市botさん
<X(旧Twitter)> https://x.com/katanocitybot
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
【地図】
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1V9Jhu9FiGK0EUHPfAl5K4-iW_J5dvpE&usp=sharing
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
【案内看板】
今回:3本
総計:10本
=====================================================

相変わらず中川沿いを進みます。
左には農地が広がります。

前回の動画もそうでしたが、この道沿いは畑が点在します。
右にも農地が広がります。

空が広くてのどかです。
ここで歩道が途切れます。

この道は道幅の割に交通量が多いです。
道路に緑色の線などを引き、歩行者が安心できる工夫があってもいいかもしれません。

川より左の地域は昔、「西森ノ木」と呼ばれていました。
なお、この先線路を越えると「東森ノ木」となります。

この一帯が昔は荒れ地で、森のように木々が生えていたため名付けられたと考えられています。

ちなみに今回は通りませんが、この先、川の近くにある石仏を「門の木地蔵」と呼びます。
これは「森ノ木」が「門の木」に変化して名付けられました。

案内看板に従い直進します。
中川ともここでお別れです。

この先まっすぐ道が延びます。
案内看板はありませんが、ここを右へ進みます。

もしかすると、この交差点にも昔は案内看板があったのかもしれません。
案内がないと少し不安ですが、交差点の左側を見ると、ちゃんと案内看板があります。

色あせてはいますが、印刷がはげることなく残っています。

自転車は近年ブームでもあり、今も多くの看板が残っているので、少し看板を増やすだけで比較的安価に交野の名物として整備できそうな気がします。

この道は一方通行ですが、自転車は逆走も可能です。

このあたりは「千原」という地域でした。
「茅原」と書かれていたりもして、昔は中川の氾濫原でした。

多くの茅が生い茂っていたことが名前の由来とされています。
湿地だったため、星田で一番早く水田になったと言われています。

地名から各地域の過去を知れるのも、交野の面白いところだと思います。

ここに星田市民センターがあります。
現在は閉鎖しています。

この先まだまだ続きますが、今回はここまでにします。

少しでもありのままの交野を感じていただくために、あえて編集は施していません。
本当に散歩をしている気持ちで見ていただけると幸いです。

チャンネル登録よろしくお願いします。
http://www.youtube.com/channel/UCK7GbRXUjFGjxdX0ts7E3FQ?sub_confirmation=1

#交野 #自然巡回路 #交野市

Share.
Leave A Reply