モトクロスでチャンピオン目指す横澤拓夢選手(岩手・矢巾町出身) 2024岩手の昇り龍 (24/01/05 21:00)

2024岩手の登り龍矢幅町出身でモト クロスのプロライダー横澤巧選手です去年 国内最高峰のレースで総合2位になるなど 勢いを加速させてい ますアクセル全開で飛び出すジャンプに 土煙を立て華麗に回るコーナーリ一瞬の 判断が敗を分け一瞬の油断で命を失うこと もあるモトクロス ですこのスリル満点なモータースポーツに 挑み続けるのが矢場町出身のモトクロス プロライダー横澤巧選手 です横澤選手は去年国内最高峰のレース 全日本モトクロス選手権250ccの クラスに 出場全部で9戦あるうち第5戦北海道大会 で5年ぶり2回目の優勝を果たすと続く第 6戦も 優勝最終戦まで年間チャンピオンの可能性 を残していましたが一歩及ばず総合成績は 2日本人では最高成績を収めまし た本当にこれが自分なのかなって思う ぐらいなんかこう自分がイメージしてた 理想の走りにだんだん近づけてるような気 がしてこのままあの 成長していきたいなって いうモトクロスを始めたのは5歳の 時現在産院議員でかつてモトクロス ライダーだった父高さんと2歳上の兄俊一 さんの影響だったと言い ます初めて見た時に僕もすごいなと思った んですけどそれ以上にお兄ちゃんがやりた いって言ってでま2人セットみたいな感じ だったんで気づいたら僕も乗ってたって 感じです [音楽] 高さんは大を乗り越えてチェアスキー選手 になり14年前パラリンピックの日本代表 に出発の際には当時小学生だった横沢選手 もエールを送っていまし た頑張ってほしいっていう気持ちとあと 楽しんで欲しいっていう気持ちで応援し たを 横選手は中学3年生の時に能を開させます 全国大会で優勝すると2年後には高校生 ながらプロライダーとして全日本 モトクロス選手権に戦しまし たメカニックを担当するのは兄さん ですの時怪我をしてしまったのきっかけに を支える側に回り兄弟で世界一を目指して い ますであんまり要望しなくてもま大体 タイヤだったりとかも自分の好きなタイヤ がついてたりとかあそうすね あのそうだねなんかあんまりそこまで言葉 で買わさなくてもあまりあのこれけといた

これこれやっといたよみたいなあオケ オッケーオッケー全部全部オッケーみたい な感じ です最初お願いします俊一さんは矢幅町の 議員をしていて時には仕事に行く前の朝3 時からメンテナンスをすることもありまし たエンジンの中まで もう0から100まで見ててまなんで自分 もなんだろう安心してあのレースに望め るっていうか 一さんが整備したバイクだからこ 柔くパンを発揮することがでまし たでそしてもう1つ好調の大きな要因が あり ますやっぱ疲れて辛いとこう練習も辛いと 思うんですけど疲れなくなってきたんで 練習もやっぱ楽しくなってきてあもう もっとバイク乗りたいなっ て盛岡市のパーソナルスタジオに昨から 通い始め体のケアや食事の改そうそう 専的な指導を受けてきましたその回あって か おい体の使え方がうまくなんかこう一致 するとふわって上がる感じ がなんかこう力じゃねえなみたいまそう いう の結構バイクに換算し てる 効率的な体の動かし方を覚え体感も鍛え られたほ栄養に気を使うようになってから 疲労がたまりにくくなったと言い ますもっと若い時期だったらなんか同じ こと言われててもこピンとこなかったりと かいや食事とか関係ないでしょみたいな ケアとかいらないでしょみたいなっって なっちゃってたと思うんですけど今はもう 本当に勝ちたいっていう気持ちがもう過去 1すごくてそれだったらもうんでもるい何 でもやりたいっていう時にここに出会えた の で最高のシーズンを送った横沢選手新たな シーズンに向けさらにレベルアップしよう と現在は海外のトップレベルの選手たちの 技を貪欲に吸収してい ます最後に今年にかける思いをしめて もらいまし たはいチャンピオンです昨年2位で本当に 悔しい思いをしたのでもう絶対 チャンピオンなってあの岩手にあのいい ニュースを届けられるように僕が絶対 チャンピオンになり ます

新春企画「2024岩手の昇り龍」1月5日は岩手県矢巾町出身でモトクロスのプロライダー横澤拓夢選手です。
2023年、国内最高峰のレースで総合2位になるなど勢いを加速させています。

アクセル全開で飛び出すジャンプに土煙を立て華麗に回るコーナリング。
一瞬の判断が勝敗を分け、一瞬の油断で命を失うこともあるモトクロスです。

このスリル満点なモータースポーツに挑み続けるのが矢巾町出身のモトクロスプロライダー横澤拓夢選手(25)です。

横澤選手は2023年、国内最高峰のレース全日本モトクロス選手権250CCのクラスに出場。
全部で9戦あるうち第5戦北海道大会で5年ぶり2回目の優勝を果たすと…続く第6戦も優勝。
最終戦まで年間チャンピオンの可能性を残していましたが、一歩及ばず総合成績は2位。
日本人では最高成績を収めました。

横澤拓夢選手
「本当にこれが自分なのかと思うくらい自分がイメージしていた理想の走りに段々近づけているような気がして、このまま成長していきたい」

モトクロスを始めたのは5歳のとき。
現在、参院議員でかつてモトクロスライダーだった父・高徳さんと、2歳上の兄・俊一さんの影響だったと言います。

横澤拓夢選手
「(モトクロスを)初めて見たときに僕もすごいと思ったんが、それ以上に兄が『やりたい』と言って2人セットみたいな感じだったので気付いたら僕もやっていた」

高徳さんは大けがを乗り越えてチェアスキー選手になり、14年前パラリンピックの日本代表に。
出発の際には当時小学生だった横澤選手もエールを送っていました。

横澤拓夢選手(当時12歳)
「頑張ってほしいという気持ちと楽しんでほしいという気持ちで応援したい」

不屈の精神を持つ父の姿を見ながら努力を続け、横澤選手は中学3年生のときに才能を開花させます。
全国大会で優勝すると、2年後には高校生ながらプロライダーとして全日本モトクロス選手権に参戦しました。

メカニックを担当するのは兄の俊一さんです。
20歳のとき、けがをしてしまったのをきっかけに弟を支える側に回り、兄弟で世界一を目指しています。

横澤拓夢選手
「あまり要望をしなくても大体タイヤも自分の好きなタイヤがついてる」

兄 俊一さん
「あんまり言葉で交わさなくても、これ付けといた、これやっといたよ」

横澤拓夢選手
「ああOK全部OKみたいな感じ」

俊一さんは矢巾町の議員をしていて、時には仕事に行く前の朝3時からメンテナンスをすることもありました。

横澤拓夢選手
「エンジンの中までゼロから100まで見てくれて安心してレースに臨める」

俊一さんが整備したバイクだからこそ昨シーズン最高のパフォーマンスを発揮することができました。

そしてもう一つ、好調の大きな要因があります。

横澤拓夢選手
「やっぱり疲れてつらいと練習もつらいと思うが練習も楽しくなってきてもっとバイク乗りたい」

盛岡市のパーソナルスタジオに2022年から通い始め、体のケアや食事の改善、トレーニングの専門的な指導を受けてきました。
その甲斐あってか…

横澤拓夢選手
「体の使い方がうまく一致するとふわっと上がるというか力じゃないなと、そういうのが結構バイクに生かされている」

効率的な体の動かし方を覚え体幹も鍛えられたほか、栄養に気を遣うようになってから疲労がたまりにくくなったと言います。

横澤拓夢選手
「もっと若い時期だったら同じこと言われてもピンとこなかったり、『食事とか関係ない』『ケアとかいらない』となっていたと思うが、今は本当に勝ちたいという気持ちが過去で一番すごくて、何でもやるという何でもやりたい時にここに出会えた」

最高のシーズンを送った横澤選手。
新たなシーズンに向け、さらにレベルアップしようと現在は海外のトップレベルの選手たちの技をどん欲に吸収しています。

最後に2024年にかける思いをしたためてもらいました。

横澤拓夢選手
「昨年2位で本当に悔しい思いをしたので絶対チャンピオンになって岩手に良いニュースを届けられるように、僕が絶対チャンピオンになります」

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