太宰治 ( だざい おさむ ) 『懶惰の歌留多』 #聴く文学 #文豪シリーズ #kikubungaku #きくよむ文学

懶惰の歌留多 太宰治 私の数ある悪徳の中で最も顕著 の悪徳は怠惰である これはもう疑いをいれない よほどのものである こと怠惰に関してだけは私はほん ものである まさかそれを自慢しているわけ ではない ほとほと自分でも呆れている 私のこれは最大欠陥である たしかに恥ずべき欠陥である 怠惰ほどいろいろ言い抜けのできる 悪徳も少い 臥竜 おれは考えることをしている ひるあんどん 面壁九年 さらに想を練り案を構え 雌伏 賢者のまさに動かんとするや必ず 愚色あり 熟慮 潔癖 凝り性 おれの苦しさわからんかね 仙脱 無慾 世が世ならなあ 沈黙は金 塵事うるさく 隅の親石 機未だ熟さず 出る杭うたれる 寝ていて転ぶうれいなし 無縫天衣 桃李言わざれども 絶望 豚に真珠 一朝事あらば ことあげせぬ国 ばかばかしくって 大器晩成 自矜自愛 のこりものには福が来る なんぞ彼等の思い無げなる 死後の名声 つまり高級なんだね 千両役者だからね 晴耕雨読 三度固辞して動かず 鴎はあれは唖の鳥です 天を相手にせよ

ジッドはお金持なんだろう すべてのらくら者の言い抜けである 私は実際恥かしい 苦しさもへったくれもない なぜ書かないのか 実は少しからだの工合いおかしい のでしてなどとせっぱつまって 伏目がちにあわれっぽく告白した りなどするのだが一日にバット 五十本以上も吸い尽くして酒のむ となると一升くらい平気でやって そのあとお茶漬を三杯もかきこん でそんな病人あるものか 要するに怠惰なのである いつまでもこんな工合いでは私は とうてい見込みのない人間である そうきめて了うのは私もつらい のであるがもうこれ以上私たち 自身を甘やかしてはいけない 苦しさだの高邁だの純潔だの素直 だのもうそんなこと聞きたくない 書け 落語でも一口噺でもいい 書かないのは例外なく怠惰である おろかなおろかな盲信である 人は自分以上の仕事もできない し自分以下の仕事もできない 働かないものには権利がない 人間失格あたりまえのことである そう思ってしかめつらをして机 のまえに坐るのであるがさて何もしない 頬杖ついてぼんやりしている 別段深遠のことがらを考えている わけではない なまけ者の空想ほどばかばかしく 途方もないものはない 悪事千里というがなまけ者の空想 もまたちょろちょろ止めどなく 流れ走る 何を考えているのか この男はいま旅行に就いて考えて いる 汽車の旅行は退屈だ 飛行機がいい 動揺がひどいだろう 飛行機の中で煙草を吸えるかしら ゴルフパンツはいて葡萄たべながら 飛行機に乗っていると恰好がいい だろうな 葡萄はあれは種を出すものなの かしら種のまま呑みこむものなの かしら 葡萄の正しい食べかたを知りたい などと考えていることまるでおそろ

しくとりとめがない あわててがらっと机の引き出し をあけくしゃくしゃ引き出しの中 を掻きまわしておもむろに一箇 の耳かきを取り出し大げさに顔 をしかめ耳の掃除をはじめる その竹の耳かきの一端にはふさ ふさした兎の白い毛が附いていて 男はその毛で自分の耳の中をくすぐり 目を細める 耳の掃除が終る なんということもない それからまた机の引き出しをくしゃ くしゃかきまわす 感冒除けの黒いマスクを見つけた そいつを素早くさっと顔にかけて 屹っと眉毛を挙げ眼をぎょろっと 光らせて左右を見まわす なんということもない マスクをはずして引き出しに収 めぴたと引き出しをしめる また頬杖 とうもろこしはあれは下品な食べ ものだ あれの正式の食べかたはどういう のかしら 一本のとうもろこしに食いついている 姿はハアモニカを懸命に吹き鳴ら しているようである などとばかなことをふと考える どんなにひどいニヒルにでも最後まで 附きまとうものは食べものである らしい しかもこの男は味覚を知らない 味よりも方法が問題であるらしい めんどうくさい食べものには見 向きもしない さんまなぞ食べてみればあれは おいしいものかも知れないがこの 男はそれをきらう とげがあるからである いったいに魚肉をきらう様である 味覚の故ではなくしてとげを抜く のが面倒くさいのである たいへん高価なものだそうである が鮎の塩焼など一向に喜ばない 申しわけみたいにちょっと箸で つついてみたりなどしてそれっきり 振りむきもしない 玉子焼を好む とげがないからである 豆腐を好む やはり食べるのになんの手数も いらないからである

飲みものを好む 牛乳 スウプ 葛湯 うまいもまずいもない ただ摂取するのに面倒がないから である そう言えばこの男はどうやら暑い 寒いを知らないようである 夏どんなに暑くても団扇の類を 用いない めんどうくさいからである ひとからきょうはずいぶんお暑 うございますねと言われて団扇 をさし出されああそうかきょう は暑いのかとはじめて気が附き 大いにあわてて団扇を取りあげ 涼しげの顔してばさばさやって みるのであるがすぐに厭きて来て 手を休めぼんやり膝の上でその 団扇をいじくりまわしているような 仕末である 寒さも知らないのではなかろうか 誰かほかのひとでも火鉢に炭を ついで呉れないことには一日火 のない火鉢を抱いてじっとしている 動くものではない ひとから注意されないうちは晩 秋初冬厳寒平気な顔して夏の白い シャツを黙って着ている 私は腕をのばし机のわきの本棚 から或る日本の作家の短篇集を 取出し口をヘの字型に結んだ 何か顕微鏡的な研究でもはじめる ようにものものしく気取って一 頁一頁ゆっくりペエジを繰って いった この作家はいまは巨匠といわれている 変な文章ではあるが読み易いの で私はこのような心のうつろな 時には取り出して読んでみるの である 好きなのであろう もっともらしい顔して読んでいって 突然げらげら笑い出した この男の笑い声には特色が在る 馬の笑いに似ている 私は呆れたのである その作家自身ともおぼしき主人公 がふんべつ顔して風呂敷持って 湖畔の別荘からまちへ夕食のおかず を買いに出かけるところが書かれて いたのであるがいかにもその主人公 のさまがいそいそしていて私には

情なく笑ってしまった いい年をして立派な男が女房に 言いつけられて風呂敷持っていそ いそ町へねぎ買いに出かけるとは これはあまりにひどすぎる 怠け者にちがいない こんな生活はいかん なんにもしないでうろうろして 女房も見かねて夕食の買い物を たのむ よくあることだ たのまれてうんねぎを五銭だね と首肯しばかなやつ帯をしめ直 して何か自分がいささかでも役に立つ ことがうれしくいそいそ風呂敷 もって買い物に出かける 情ない情ない 眉ふとく鬚の剃り跡青き立派な 男じゃないか 私は多少狼狽してその本を閉じ そっと本棚へ返してそれからまた なんということもない 頬杖ついてうっそりしている 怠けものは陸の動物にたとえれば まず歳とった病犬であろう なりもふりもかまわず四足をなげ 出しうす赤い腹をひくひく動かし ながら日向に一日じっとしている ひとがその傍を通っても吠える どころか薄目をあけてうっとり 見送りまた眼をつぶる みっともないものである きたならしい 海の動物にたとえればなまこで あろうか なまこはたまらない いやらしい ひとでであろうか べっとり岩にへばりついてときどき そろっと指を動かしてそうして ひとでは何も考えていない ああたまらないたまらない 私は猛然と立ち上る おどろくことは無い 御不浄へ行って来たのである 期待に添わざることおびただしい 立ったままちょっと思案しそれから のそのそ隣りの部屋へはいって いって おい何か用がないかね 隣室では家の者が縫いものをしている はいございます顔もあげずにそう 答えてこの鏝を焼いて置いて下さい あそうか

鏝を受けとり大きな男がまた机 のまえに坐ってかたわらの火鉢 の灰の中にぐいとその鏝をさし 込むのである さし込んで何か大役をしすました 者の如く落ちつきはらって煙草 を吸っている これでは何もかの風呂敷持って ねぎ買いに行く姿と異るところ がない もっと悪い つくづく呆れ憎み自分自身を殺した くさえなってええッとやけくそ になって書き出した文字がなんと 懶惰の歌留多 ぽつりぽつり考え考えしながら 書いてゆく所存と見える い生くることにも心せき感ずる ことも急がるる ヴィナスは海の泡から生れて西 風に導かれ波のまにまにサイプラス の島の浦曲に漂着した 四肢は気品よく細長くしっとり と重くて乳白色の皮膚のところ どころすなわち耳朶すなわち頬 すなわち掌の裡一様に薄い薔薇 色に染っていて小さい顔はかぐ ようほどに清浄であった からだじゅうからレモンの匂い に似た高い香気が発していた ヴィナスのこの美しさに魅せられた 神々たちはこのひとこそは愛と 美の女神であると言ってあがめ たて心ひそかに怪しからぬ望を さえいだいたのである ヴィナスが白鳥に曳かせた二輪車 に乗り森や果樹園のなかを駈け めぐって遊んでいると怪しから ぬ望を持った数十人の神々たち は二輪車の濛々たる車塵を浴び ながら汗を拭き拭きそのあとを 追いまわした 遊び疲れたヴィナスが森の奥の 奥の冷い泉で汗ばんだ四肢をこっそり 洗っているとあちらの樹間にまた ついそこの草の茂みのかげに神々 たちのいやらしい眼が光っていた ヴィナスは考えた こんなに毎日うるさい思いをする よりはいっそ誰かにこのからだ をぶち投げてあげようか これときめた一人の男のひとに このからだを投げてやってしま おうか ヴィナスは決意した

一月一日の朝まだき神々の御父 ジュピタア様の宮殿へおまいり の途中で逢った三人目の男のひと を私の生涯の夫ときめよう ああジュピタア様おたのみ申します よい夫をおさずけ下さいますように 元旦 ま白き被布を頭からひきかぶり 飛ぶようにして家を出た 森の小路で一人目の男のひとに 逢った 見るからにむさくるしい毛むく じゃらの神であった 森の出口の白樺の下で二人目の 男のひとに逢った ヴィナスの脚ははたと止って動 かなんだ 男りんりんたる美丈夫であった のである 朝霧の中を腕組みしてヴィナス の顔を見もせずにゆったりと歩いて いった ああこの人だ三人目はこの人だ 二人目は二人目はこの白樺そう 叫んでますらおの広いみ胸に身を 投げた 与えられた運命の風のまにまに 身を任せそうして大事の一点で ひらっと身をかわしてより高い 運命を創る 宿命と一点の人為的なる技術 ヴィナスの結婚は仕合せであった ますらおこそはジュピタア様の 御曹子雷電の征服者ヴァルカン その人であった キュウピッドという愛くるしい 子をさえなした 諸君が二十世紀の都会の街路で このようなうらないを暮靄ひとめ 避けつつひそかに試みる場合必ず しも律儀に三人目のひとを選ばず ともよい 時に依っては電柱をポストを街路樹 をそれぞれ一人に数え上げるが よい キュウピッドの生れることは保証 の限りでないけれどもヴァルカン 氏を得ることは確かである 私を信じなさい ろ牢屋は暗い 暗いばかりか冬寒く夏暑く臭く 百万の蚊群 たまったものでない 牢屋は之は避けなければいけない けれどもときどき思うのである

が修身斉家治国平天下の順序には 固くこだわる必要はない 身いまだ修らず一家もとより斉 わざるに治国平天下を考えなければ ならぬ場合も有るのである むしろ順序を逆にしてみると爽快 である 平天下治国斉家修身 いい気持だ 私は河上肇博士の人柄を好きである は母よ子のために怒れ いいえ私には信じられない 悪いのはあなただ この子は情のふかい子でした この子はいつでも弱いものをか ばいました この子は私の子です おおよし お泣きでない こうしてお母さんが来たからには もう指一本ふれさせまい に憎まれて憎まれて強くなる たまにはまともな小説を書けよ おまえこのごろやっと世間の評判 もよくなって来たのにまたこんな ぐうたらないろは歌留多なんて こまるじゃないか 世間の人はおまえはまだ病気が なおらないのではないかとまた 疑い出すかも知れないよ 私のいい友人たちはそう言って 心配してくれるかも知れないが それはもう心配しなくていいの だ 私はまだ老人でない このごろそれに気がついた なんのことはないすべてこれから である 未熟である 文章ひとつ考え考えしながら書 いている まだまだ自分のことで一ぱいである 怒り悲しみ笑い身悶えして一日 一日を送っている始末である やはり三十一歳は三十一歳だけ のことしかないのである それに気がついたのである あたりまえのことであるが私は これを有り難い発見だと思っている 戦争と平和やカラマゾフ兄弟は まだまだ私には書けないのである それはもうはっきり明言できる のである 絶対に書けない 気持だけは行きとどいていても

それを持ちこたえる力量がない のである けれども私はそんなに悲しんでは いない 私は長生きをしてみるつもりである やってみるつもりである この覚悟もこのごろやっとついた 私は文学を好きである その点はよほどのものである これを茶化してはいけない 好きでなければやれるものではない 信仰少しずつそいつがわかって 来るのだ 大きな男がふんべつ顔していろは歌 留多などを作っている図はまるで 弁慶が手まりついて遊んでいる 図か仁王様が千代紙折っている 図かモオゼがパチンコで雀をねら っている図ぐらいにすこぶる珍 なものに見えるだろうと思う それは知っている けれどもそれでいいと思っている 芸術とはそんなものだ 大まじめである 見ることのできる者は見るがよい もちろん私はこんな形式のもの ばかり書いて満足しているもの ではない こんなややこしい形式は私自身 も骨が折れていやだ 既成の小説の作法もちゃんと抜 からずマスタアしている筈である 現にこの小説の中にも随所にずる く採用して在る 私も商人なのだからそのへんは 心得ている 所謂おとなしい小説もこれから は書くのである どうもこんなこと書きながらみ っともなく顔がほてって来て仕様 がない でもこれも私のいい友人たちを 安心させるためにどうしても書いて 置きたく思うのである 純粋を追うて窒息するよりは私は 濁っても大きくなりたいのである いまはそう思っている なんのことはない一言で言える 負けたくないのである この作品が健康か不健康かそれは 読者がきめてくれるだろうと思う がこの作品は決してぐうたらでは 無い ぐうたらどころか私は一生懸命

である こんな小説をいま発表するのは 私にとって不利益かも知れない けれども三十一歳は三十一歳なり にいろいろ冒険してみるのがほんとう だと思っている 戦争と平和は私にはまだ書けない 私はこれからも様々に迷うだろう くるしむだろう 波は荒いのである その点は自惚れていない 充分小心なほどに用心している つもりである この作品の形式も情感も結局三十 一歳のそれを一歩も出ていない に違いない けれども私はそれに自信を持たな ければいけない 三十一歳は三十一歳みたいに書く より他に仕方が無い それが一ばんいいのだと思っている 書きながらへんに悲しくなって 来た こんなことを書いていけなかった のかも知れない けれども胸がわくわくしてどうしても 書かずにいられなかったのだ このごろは全く用心して用心して 薄氷を渡る気持で生活している のである ずいぶんひどくやっつけられた から でももういい 私はやってみる まだ少しふらふらだがそのうち 丈夫に育つだろう 嘘をつかない生活は決してたお れることは無いと私はまずそれを 信じなければいけない さてむかしの話を一つしよう 不仕合せであると思った ひとみな私をまだまだ仕合せな ほうだよと評した 私は気弱くそうともそうともと 首肯した なにが不足であがくのだろう好き 好んで苦しみを買っているのだ 人生の生活のディレッタント運 がよすぎて恐縮していやがるあんな たちの女があるよ苦労性と言って ね陰口だけを気にしている あるいはまた佳人薄命懐玉有罪 など言って私をしていたく赤面 させ狼狽させて私に大酒のませる

悪戯者まで出て来た けれども某夜君は不幸な男だね と普通の音声で言って平気でいた 人佐藤春夫である 私はぱっと行くてがひらけた実感 に打たれほんとにそう思いますか と問いただした 私はうすく微笑んでいたような 気がする うん不幸だとやはり気易く首肯 した もう一人文藝春秋社のほの暗い 応接室でmsさん きみとしんじゅうするくらいに きみを好いてくれるようなそんな 編輯者でも出て来ぬかぎりきみは 不幸な作家だと一語ずつ区切って はっきり言った そのようにきっぱり打ち明けて 呉れるsさんの痩躯に満ちた決意 のほどを私は尊いことに思った 多くの場合私はただ苦笑を以て 報いられていたのである 多くの人々にとって私はなんだか うるさいただ生意気な存在であった けれども私はみんなを畏怖して それからみんなをすこしでもそう して一時間でも永く楽しませ自信 を持たせ大笑いさせたくそのことを のみ念じていた 私は盗賊のふりをした 乞食の真似をさえして見せた 心の奥の一隅にまことの盗賊を 抱き乞食の実感を宿し懊悩転輾 の日夜を送っている弱い貧しい 人の子は私の素振りの陰に罪の 兄貴を発見してひそかに安堵生きる ことへの自負心を持って呉れる にちがいないと信じていた ばかなことを考えていたものである たちまち私は蹴落された 審判の秋 私はにくしみの対象に変化していた 或る重要な一線に於いて私は明 確におろそかであった 怠惰であった 一線やぶれて決河の勢私は生れ 落ちるとからの極悪人よと指摘 された 弱い貧しい人の子の怨嗟嘲罵の 焔はかつての罪の兄貴の耳朶を 焼いた あちちちちと可笑しい悲鳴挙げて 右往左往炉縁に寄ればどんぐり

の爆発水瓶の水のもうとすれば 蟹の鋏びっくり仰天尻餅つけば おしりの下には熊蜂の巣こはかな わずと庭へ飛び出たら屋根から ごろごろ臼のお見舞いかの猿蟹 合戦猿への刑罰そのままの八方 ふさがり息もたえだえ魔窟の一 室にころがり込んだ あの夜のことを私は忘れぬ 死のうと思っていた しかたが無いのである 酔いどれてマントも脱がずにぶった おれて やいむかしの名妓というものは 女は傍で笑っていた どんな奴にでもなんでもなく身をまかせ たんだ 水みたいにのれんみたいにそのまま 身をまかせるんだ そうしてモナリザみたいに少し 唇ゆがめて静かにしているとお客 は狂っちゃうんだ田地田畑売り はらうんだ いいかいそこんところは大事だぞ むかしから名妓とうたわれている ひとはみんなそうだった むやみに指輪なんかねだっちゃ いけないんだ いつまでもだまって足りなそう にしているんだ 芸は売ってもからだは売らぬなんて 操を固くしている人はそこは女 だやっぱりからだをまかせると それっきりお客がつかずどうした って名妓にはなれないんだひどい 話である サタンの美学名妓論の一端とでも 言うのか めちゃ苦茶のこと吐鳴り散らして 眠りこけた ふと眼をさますと部屋はまっくら 頭をもたげると枕もとに真白い 角封筒が一通きちんと置かれて あった なぜかしらどきッとした 光るほどに純白の封筒である キチンと置かれていた 手を伸ばして拾いとろうとすると むなしく畳をひっ掻いた はッと思った 月かげなのだ その魔窟の部屋のカアテンのすきま から月光がしのびこんで私の枕 もとに真四角の月かげを落していた

のだ 凝然とした 私は月から手紙をもらった 言いしれぬ恐怖であった いたたまらずがばと跳ね起きカ アテンひらいて窓を押し開け月 を見たのである 月は他人の顔をしていた 何か言いかけようとして私はは っと息をのんでしまった 月はそれでも知らんふりである 酷冷厳徹どだい人間なんて問題 にしていない けたがちがう 私は醜く立ちつくし苦笑でもなかった 含羞でもなかったそんな生やさしい ものではなかった 唸った そのまま小さいきりぎりすに成り たかった 甘ったれていやがる 自然の中に小さく生きて行くこと の孤独峻厳を知りました かみなりに家を焼かれて瓜の花 そのはきだめの瓜の花一輪を強く 大事に育てて行こうと思いました ほ蛍の光窓の雪 清窓浄机われこそ秀才と書物ひらいて 端座してもああその窓のそと号外 の鈴の音が通るよ それでも私たちは勉強していな ければいけないのだ 聞けよ金魚もただ飼い放ちある だけでは月余の命たもたずと へ兵を送りてかなしかり 戦地へ行く兵隊さんを見送って 泣いてはいけないかしら どうしても涙が出て出てだめなんだ おゆるし下さい ととてもこの世はみな地獄 不忍の池と或る夜ふと口をついて 出てそれからおや可笑しな名詞 だなと気附いた これにはきっとこんな由来があった のだ それにちがいない たしかな年代はわからぬ 江戸の旗本の家に冠若太郎という 十七歳の少年がいた さくらの花びらのように美しい 少年であった 竹馬の友に由良小次郎という十八 歳の少年武士があった これは三日月のように美しい少年 であった

冬の曇日愛馬の手綱の握りかた に就いてその作法に就いて二人の あいだに意見の相違が生じ争論 の末一方の少年のにやりという 片頬の薄笑いがもう一方の少年 を激怒させた 切る よろしい ゆるさぬ決闘の約束をしてしまった その約束の日由良氏は家を出よう として冷雨びしょびしょ 内へひきかえして傘さして出かけ た 申し合せたところは上野の山である 途中傘なくしてまちの家の軒下に 雨宿りしている冠氏の姿を認めた 冠氏は薄紅の山茶花の如く寒しげ に肩を小さく窄め困惑の有様であった おいと由良氏は声を掛けた 冠氏はきょろとして由良氏を見つけ にっと笑った 由良氏もすこし頬を染めた 行こう うむ冷雨の中をふたり並んで歩 いた 一つの傘にふたり頭を寄せて歩いて いた そうしてさだめの地点に行きついた 用意は できている すなわち刀を抜いて向き合って ふたり同時にぷっと噴き出した 切り結んで冠氏が負けた 由良氏は冠氏の息の根を止めたの である 刀の血を上野の池で洗って清めた 遺恨は遺恨だ 武士の意地 約束は曲げられぬ その日より人呼んで不忍の池 味気ない世の中である ち畜生のかなしさ むかしの築城の大家は城の設計 にあたってその城の廃墟になった ときの姿を最も顧慮して図をひ いた 廃墟になってからぐんと姿がよくなる ように設計して置くのである むかしの花火つくりの名人は打ち あげられて玉が空中でぽんと割れる あの音に最も苦心を払った 花火は聞くもの 陶器は掌に載せたときの重さが 一ばん大事である 古来名工と言われるほどの人は

皆この重さについて最も苦慮した などともっともらしい顔して家の 者たちに教えてやると家の者たち は感心して聞いている なにみなでたらめなのだ そんなばからしいことなんの本 にだって書かれてはいない また言う こいしくばたずね来て見よいずみ なるしのだの森のうらみくずの葉 これは誰でも知っている 牝の狐の作った歌である うらみくずの葉というところやっぱり 畜生のあさましい恋情がこもって いてはかなく悲しいのである 底の底に何か凄いこの世のもの でない恐ろしさが感じられるの である むかし江戸深川の旗本の妻女が 若くして死んだ 女児ひとりをのこしていった 一夜夫の枕もとに現われて歌を 詠んだ 闇の夜のにおい山路たどりゆき かな哭く声に消えまよいけり におい山路は冥土に在る山の名前 かも知れない かなは女児の名であろう 消えまよいけりはいかにも若い 女の幽霊らしくあわれではない か いまひとつこれも妖怪の作った 歌であるが事情はつまびらかでない 意味もはっきりしないのだがや はりこの世のものでない凄惨さが 感じられるのである それはこんな歌である わぎもこをいとおし見れば青鷺 や言の葉なきをうらみざらまし そうして白状すればみんな私の フィクションである フィクションの動機はそれは作者 の愛情である 私はそう信じている サタニズムではない り竜宮さまは海の底 老憊の肉体を抱き見果てぬ夢を 追い荒涼の磯をさまようもの白髪 の浦島太郎はやはりこの世にう ようよ居る かなぶんぶんをバットの箱にい れてその虫のあがく足音かさか さというのを聞きながら目を細 めてこれは私のオルゴオルだなんて ずいぶん悲惨なことである

古くはドイツ廃帝 またはエチオピア皇帝 きのうの夕刊に依るとスペイン 大統領アサーニア氏もとうとう 辞職してしまった もっともこれらの人たちは案外 のんきに自適しているのかも知 れない 桜の園を売り払ってもなあに山野 には桜の名所がたくさん在るそいつ を皆わがものと思って眺めてた のしむのさとそこは豪傑たちさっぱり しているかも知れない けれども私はときどき思うこと がある 宋美齢はいったいどうするだろう ぬ沼の狐火 北国の夏の夜はゆかた一枚では 肌寒い感じである 当時私は十八歳高等学校の一年生 であった 暑中休暇にふるさとの邑へかえ って邑のはずれのお稲荷の沼に 毎夜毎夜五つ六つの狐火が燃える という噂を聞いた 月の無い夜私は自転車に提灯をつけて 狐火を見に出かけた 幅一尺か五寸くらいの心細い野 道を夏草の露を避けながらゆらゆら 自転車に乗っていった みちみちきりぎりすの声うるさく ほたるもばら撒かれたようにたくさん 光っていた お稲荷の鳥居をくぐりうるしの 並木路を走り抜け私は無意味や たらに自転車の鈴を鳴らした 沼の岸に行きついて自転車の前輪 がずぶずぶぬかった 私は自転車から降りてほっと小さい 溜息 狐火を見た 沼の対岸一つ二つ三つの赤いまるい 火がゆらゆら並んでうかんでいた 私は自転車をひきずりながら沼 の岸づたいに歩いていった 周囲十丁くらいの小さい沼である 近寄ってみると五人の老爺がむ しろをひいて酒盛をしていた 狐火は沼の岸の柳の枝にぶらさげ た三個の燈籠であった 運動会の日の丸の燈籠である 老爺たちは私の顔を覚えていて みんな手を拍って笑って私を歓迎 した

私はその五人のうちの二人の老 爺を知っていた ひとりは米屋で破産ひとりは汚い 女をおめかけに持って痴呆になり ともにふるさとの笑いものであった 沼の水を渡って来る風はとても 臭い 五人のもの毎夜ここに集い句会 をひらいているというのである 私の自転車の提灯の火を見てさて は狐火と魂消しましたぞなどと 相かえり見て言ってまたひとし きり笑いさざめくのである 私は冷いにごり酒を二三杯のま されそうしてかれらの句という ものをいくつか見せつけられた のである いずれもひどく下手くそであった すすきのかげのされこうべなど という句もあった 私はそのまま自転車に乗って家 へかえった 明月や座に美しき顔もなし芭蕉 もひどいことを言ったものだ る流転輪廻 ここには或る帝大教授の身の上 を書こうと思ったのであるがそれが なかなかむずかしい その教授はつい二三日まえに起訴 された 左傾思想ということになっている けれどもこの教授は五六年まえ 私たち学生のころ自ら学生の左 傾思想の善導者を以て任じていた 筈である そうしてそのころの教授の善導 の言論もやはり今日の起訴の理由 の一つとして挙げられている そのへんがなかなかむずかしい のである もう四五日余裕があれば私もいろいろ と思案し工夫をこらしてこれを なんとか一つの物語にまとめあげ てお目にかけるのだがきょうは すでに三月二日である この雑誌は三月十日前後に発売 されるらしいのだからきょうあたり はそれこそぎりぎりの締切日なので あろう 私はきょうはどんなことがあっても この原稿を印刷所へとどけなければ いけない そう約束したのである こんな苦しい思いをするのもつまり

は日常の怠惰の故である こんなことではたしかにいけない 覚悟ばかりはたいへんでも今まで みたいに怠けていたんじゃろく な小説家になれない を姥捨山のみねの松風 もって自戒とすべし もういちどこんな醜態を繰りかえ したらそれこそはもう姥捨山だ 懶惰の歌留多 文字どおりこれは懶惰の歌留多 になってしまった はじめからそのつもりではなかった のかいいえもうそんな嘘は吐き ません わわれ山にむかいて眼を挙ぐ か下民しいたげ易く上天あざむき 難し よ夜の次には朝が来る

字幕あり/字幕を表示させてお聴きください。
声:青山流星
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太宰治 ( だざい おさむ ) 1909年〈明治42年〉6月19日 – 1948年〈昭和23年〉6月13日
“私は田舎のいわゆる金持ちと云われる家に生れました。たくさんの兄や姉がありまして、その末ッ子として、まず何不自由なく育ちました。”『わが半生を語る』太宰治 より

『懶惰の歌留多』

▼プレイリスト『女生徒 ( じょせいと ) 』 太宰治 初掲載:1939年4月 文學界

人物、時代背景
坂口安吾の死:1955年〈昭和30年〉2月17日
田中英光の死:1949年〈昭和24年〉11月3日
太宰治の死:1948年〈昭和23年〉6月13日
織田作之助の死:1947年〈昭和22年〉1月10日
芥川龍之介の死:1927年〈昭和2年〉7月24日

▼きくよむ文学チャンネル
https://www.youtube.com/@kikubungaku

▼プレイリスト『ある遊郭での出来事 ー公娼存廃論者への参考資料としての実例ー 1 大泥棒の客』若杉鳥子 ( わかすぎ とりこ )

▼村山槐多 『悪魔の舌』

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#聴く文学 #文豪シリーズ
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『猫町 ( ねこまち ) 』 萩原朔太郎 ( はぎわらさくたろう )

『詩人の死ぬや悲し』 萩原朔太郎 ( はぎわらさくたろう )

萩原朔太郎 『秋と漫歩』

『芥川の原稿』 昭和29年 室生犀星 ( むろう さいせい )

『我が愛する詩人の伝記 ー 高村光太郎 ー』1958年(昭和33年)室生犀星 ( むろう さいせい )

芥川龍之介 ( あくたがわ りゅうのすけ ) 『 魔術 』 1920 年 大正 9 年

『青い絨毯』 坂口安吾 ( さかぐちあんご )

『安吾巷談 ( あんごこうだん ) 麻薬・自殺・宗教』 坂口安吾 ( さかぐちあんご )

『愛撫』 梶井基次郎 ( かじいもとじろう )

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