51日目 ピリカ湖から熊石町へ(No.79 1970年 55000円日本一周自転車旅行)
10月2日天気が相変らず良くない。今にも雨の降りそうな天気だ。しかし、これ以上橋の下で寝ているのも苦痛で出発することにした。北桧山より江差までは坂道と悪路が続く。江差まで後30km手前で、急に空が暗くなって霰が降って来た。軒先で雨宿りをしていると家の人に推められ「お茶でも飲んでいけ」と言われてお茶を頂いた。お茶を頂いた後に「泊まっていけ」と言われた。
天候はすぐれないし、道は悪いし冷たい雨の中で寝場所を捜すのも無理だと思い好意を受けることにした。郵便局勤務の方で夫婦とお婆さんの3人暮らしで、子供さんはこの地区には高校が無くて
函館に行かれているそうだ。そんなことをアルバムに書いてあった。郵便局と言えば1970年の旅の
37年後に今話題の備蓄米の小泉農林水産大臣のお父さんの総理大臣小泉純一郎政権によって2007年に郵便局の民営化が開始されています。1970年当時はコンビニも無くお金は郵便通帳から必要に応じて郵便局で出金した。現代はATMもそうだが○○PAYとかスマホ決済とか仮想通貨まで出てきて多種多様で印鑑の代わりがパスワードなのか複雑怪奇だ、、昔は実に入出金もシンプルだった。
1970年の高卒の給料は?とAIに聞いてみた。1970年の高卒の初任給は約36,100円だったようです。
この時代は高度経済成長期の真っ只中で、賃金も着実に上昇していました。例えば、1965年の高卒初任給は21,600円だったので、5年間で約1.7倍に増えています。この頃の日本は、家電製品の普及や自動車産業の発展が進み、経済が大きく成長していました。とのAIの回答だが1970年当時の高卒の初任給36,100円を20日で割ると1日働いても約1800円位程度の賃金だったようだ。
旅費は55000円とアルバムに書いているので卒業して2,3年働いて6万円程貯めたお金で約3か月の旅をしたようだ。今ならば広島から北海道胃の稚内でも片道運賃だけでも5万円はかかりそうだ、、
10月2日はピカリ湖より爾志郡熊石町まで進んでいる。
音楽はyoutube オーデオライブラリのCats Searching for the Truth です。
なんでも動画 久常