キャパシティビルディング講座2023「実践者との対話~共同体から生まれる芸術と表現。その実験/実践から学ぶ~」【オンライン公開講座】
今野/本日はアーツカウンシル東京の 東京芸術文化相談サポートセンター アートノト主催 アーツアカデミー2023 芸術文化創造活動の担い手のための キャパシティビルディング講座 オンライン公開講座にご参加いただき 誠にありがとうございます 主催の アーツカウンシル東京 活動支援部 相談サポート課の今野と申します よろしくお願いいたします 東京都とアーツカウンシル東京は アーティストなどの持続的な活動をサポートし 新たな活動につなげていく 東京芸術文化相談サポートセンター アートノトを総合オープンいたしました オンラインを中心に 相談窓口や情報提供 スクールの3つの機能により アーティストや芸術文化の様々な担い手の皆様を 相互的にサポートしたく 取り組んでおります 芸術文化創造活動の担い手のための キャパシティビルディング講座は アーツカンシル東京のアーツアカデミーという 人材育成事業の枠組みの中で 2018年に始まったプログラムです 創造環境の課題解決や 新たな価値創造 また目標達成のための道筋に必要な思考力や 様々なスキルを多面的に磨くための多様な プログラムをゼミ形式で展開してきました 今年度 2023年度からは 東京芸術文化相談サポートセンターの事業として 実施することになりまして さらに幅広い 様々なキャリアや 活動形態の皆様にご活用いただけるように 一部の講座をオンライン型で開講いたしました 本日はその オンライン講座の第2回目です 実践者との対話 共同体から生まれる芸術と表現 その実験/実践から学ぶ と題し ゲスト講師に小川希さんを お招きしての講座となります 講座を始めるにあたり 運営をお願いしている 特定非営利活動法人 舞台芸術制作者オープンネットワーク (ON-PAM)の
臼田さんより注意事項などを お伝えいただきます 臼田さんよろしくお願いします 臼田/はい ON-PAMの臼田よりご案内いたします 本講座では画面内に手話通訳が表示されます また UDトークを用いた日本語字幕は チャットに記載された リンク先にアクセスいただき ブラウザ上でご覧ください また講座内容のスライドも表示されます スライドと手話通訳者の画面サイズは 受講される方ご自身で画面の枠を 左右に移動することでご調整いただけます 質疑応答時間は 本講座対話型ゼミ受講生も 画面に参加いたします 一般視聴者の皆様は ウェビナーのQ&A機能で ぜひ質問をお寄せください 講師・ファシリテーターが読み上げ 順番に回答いたします お申込み時にお寄せいただいた ご質問についても 講座内または質疑応答の時間で 回答いたしますが 時間の関係上 全てお答えできない 場合がありますので ご了承ください 本講座及び質疑応答の内容は 個人情報の特定がなされないよう 編集のうえ 後日活用させていただく 可能性がございます あらかじめご了承ください 事前許可のない限り 本講座の録画・スクリーンショット等の 保存・転用はご遠慮ください 本日の講座はアーカイブでの 公開を予定しております 視聴リンクは 後日 お申し込みいただいた メールアドレス宛にお送りします なお アーカイブ動画は レクチャー部分のみの予定です 質疑応答部分は含まれません
操作上のお困りの点や質問等は ご案内に記載のメールアドレスか お電話にてご連絡ください 今後の運営の参考にさせていただきたく 受講後のアンケートにご協力をお願いいたします 本日は 次のような流れで講座を行います 本日の講座のレジュメは チャット欄のリンクから ダウンロードしてご覧いただけます 休憩は 講座の合間に一度入ります 先ほども申し上げましたが 講座の後半の質疑応答の時間は 本講座 対話型ゼミ受講生も画面に参加いたします 一般視聴者の皆様は ウェビナーのQ&A機能で ぜひ質問をお寄せください 講座は9時頃 終了を予定しています では 本日の講師とファシリテーターを ご紹介いたします Art Center Ongoing代表の小川希先生です 1976年 東京都生まれ 2008年1月に 東京 吉祥寺に 芸術複合施設Art Center Ongoingを 設立されました 2021年から2022年には 文化庁新進芸術家海外研修制度にて ウィーンに滞在されました また 中央線高円寺駅から 国分寺駅周辺を舞台に展開する 地域密着型アートプロジェクト TERATOTERAディレクター レター/アート/プロジェクト 「とどく」ディレクター 茨城県県北芸術村推進事業 交流型アートプロジェクトキュレーター さらに 社会的包摂文化芸術創造発信拠点 形成プロジェクト
ENOYES(ウエノイエス) ARTS TIME PROJECT ディレクター など 多くのプロジェクトを 手掛けていらっしゃいます そして 本講座では プロジェクトコーディネーター 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 特任教授の若林朋子さんと 認定NPO法人STスポット横浜 理事長の小川智紀さんに 対話型ゼミと同様に 本日もファシリテーターを担っていただきます また 手話通訳は 石川ありすさん 長谷川美紀さんに務めていただいております UDトークの日本語字幕は 特定非営利活動法人 シアターアクセシビリティネットワーク (TA-net)の皆様に ご協力いただいております なお 本講座の全体運営は 特定非営利活動法人 舞台芸術制作者オープンネットワーク (ON-PAM)が 務めております UDトークのQRコードはこちらです チャットにもURLがございますので ご確認ください それではファシリテーターの若林さん小川さんに おわたしいたします どうぞよろしくお願いします 若林/はい 改めまして皆さんこんばんは ファシリテーターを務めます 若林と申します 小川智紀/皆さんこんばんは小川智紀です 若林/本日 講師の小川さんと ファシリテーターの小川さんが いらっしゃいますので 小川希さん 小川智紀さんなんですけれども 小川智紀さん 今日のお題はですね 実践者との対話ということで 共同体から生まれる芸術と表現 その実験/実践から学ぶ とタイトルがついていて
先ほど小川智紀さん レジュメを見ながら共同体かぁと つぶやいていましたが 小川智紀/共同体ね あれですよ 共同体 小川希さんが活動されているところって 吉祥寺じゃないですか 吉祥寺というのが まあ変なところなんですよね 路線が2つ重なっていて なんか溜まっているような感じがあって 若林/何が溜まっているんですか 小川智紀/シンガーの高田渡 的なものですよ 若林/どういうことだ 小川智紀/なんか古いことは 飲み屋の「いせや」って いつもみんな 高田渡は飲んでいるところを 発見されたりしていて ああいう古いゲージの地層と コンテンポラリーなものが そこで融合しているのか あそこに溜まるんですよね ちょうど二股になっているから 若林/なるほど なるほど 小川智紀/古本屋の よみた屋 というところがあって 古いものと 新しいものが融合しているような面白い場所で たぶん小川希さんも そういうのをイメージされながら 吉祥寺の中で やってこられたんじゃないかな そういう話聞けるんじゃないかなと 思っているんですけど 若林/そういう融合の場所で作られてきた 共同体はいったい なんだろうというところを 今日たくさんのお写真を 用意していただいているんですよね 私も ちらっと拝見しましたが どんなお話になるのかと 楽しみにしておりますが それでは せっかくいらしていただいているので 早速バトンタッチをしようかなと思います 小川希さん どうぞよろしくお願いします
本日はお忙しい中ありがとうございます 小川希/よろしくお願いします 小川です 若林/どうぞお願いいたします 小川希/今 吉祥寺の自分のスペースを 紹介していただいたんですけど 今日は自分のスペースの話に いきなり入るんじゃなくて それにまでに続くというか その前段階のところから話せればなと思っていて そういう歴史というふうに おこがましいんですけど もう少し大きい流れで話せればと思います はい もういいのかな 若林/はい よろしくお願いします 小川希/まず僕のスペース Art Center Ongoingというんですけど Ongoingというのは 現在進行形という意味のある言葉で もともとですね 僕スペースを建てる前に Ongoingという名前のプロジェクトを やっていたんですね それが2000年代初頭からやっていて どういうものだったかというと 簡単に言えば 一般公募の展覧会みたいなものを主催して それを5年間続けてやっていたんですね もともと僕は 武蔵野美術大学というところで 制作もしていたんですけど その後に東京大学の大学院に進んで 大学院に入ってから Ongoingのプロジェクトを 始めることになったんですけど なんでそれを始めたかというのがあって 当時ですね 90年代後半が その美術大学で学んでいた時代で 2000年に卒業だったのかな どういう時代だったかというと 何か発表したいというふうに思ったら 10万とか20万払って 1週間 貸しギャラリーを借りて 発表するか もしくは公募展みたいなものに 応募して運良く展示できて すごいたくさんの中で
チラッと展示できるとか そういうような時代で あまりこう 社会と接続している 感じを持てなかった というのがあって 大学自体も 自分の学部の友達が 何やっているかぐらいはわかるけど 学部が違えば 全然そのつながりもなかったりとか ましてや他の大学とのつながりも一切ないし そういう閉じられたところだけで成立する アートみたいなのに すごく疑問があったというか 例えば 貸しギャラリーで 10万・20万で1週間やったとしても 来るのはその友達と家族とか だけみたいなのがあって そういうのがすごく不毛だなと ずっと学生時代思っていて 大学院に進んで もう少し表現というものが 社会につながるようなことができないかな というふうに思って もう20年以上前の話ですけど その頃は今みたいに アートと社会とか アートが何かコミュニティに みたいなことは そんなに声高に 言われていない時代で もっとマニアックなものだったというか そういう状況をどうにか変えることが できないかと思っていて それで大学院に進んで 誰かに任せるんじゃなくて自分自身 自分たちでなにか そういう状況を変えていくことが できないかなという思いがあって そのあとに Ongoingという プロジェクトを始めたんですね どういうものだったかというと 公募展なんですけど 2つテーマを掲げてここに書いてあるんですけど 表現が特別なものじゃなくて もっと普通の人々にとって 身近にふれられる場を提供するというのと 作家自身が誰かの価値で動くんじゃなくて 自分たち自身で 自分たちの価値を 考えていくみたいな
2つの方向性のプロジェクトを やりたいと思って始めたのが Ongoingというものだったんですね どういうふうな特徴があったかというと 僕1976年生まれなんですけど まずはその同世代の人たちが どういうことを考えているか ということを知った上で 何か社会に対して アクセスしていくことが必要なんじゃないか というふうに思って 今ではもう70年代生まれは おじさんおばさんだけど 当時はみんな若かったというか 2000年代初頭なので みんなまだ 大学出たばっかりとか 出てから10年以内みたいな作家が ちょうど70年生まれだったんですよ それで その唯一の条件として 70年代生まれであること というのを掲げて それ以外は ジャンルとか経験とか 一切不問で どうやって作家を選んだかというと 有名なキュレーターを呼んでくるとか プロデューサーとか ディレクターとか 審査員を雇うとかではなくて 一人ひとりが 他の応募作家に対して プレゼンテーションをして プレゼンテーションした上で 自分が面白いと思った人に投票して 一人10票を与えられいて 得票数順で 票数が多かった人が展示できる というシステムでやっていたんですね 会場は廃校とか 営業中の飲食店を使って やることになるんですけど それを毎年1回やっていて 5回結局やることになるんですけど はじめは2002年の4月に 今もう ここなくなっちゃったけど 廃校になった六本木三河台中学校というのが 六本木の交差点から歩いて30秒ぐらいのところにあって
要は自分は コネクションとか 大きい大学が後ろ盾にあるとか そういうのも一切なかったから 場所をどこでやったらいいかなと考えたときに そういう小さい貸しギャラリーとかでやっても 全く何にも意味ないから ある程度の広さがあって 一般の人たちに見てもらえる場所とか どういうところがあるかなと考えたら 当時都心は どんどん少子化で 廃校がどんどん増えていった時代で ちょうど廃校だったらある程度の広さもあるし しかも行政が管理しているから お金もそんなに かからないんじゃないかというふうに思って それで片っ端から23区の役所に電話して こういう展覧会をやりたいんだけど 貸してもらったりできますかね みたいな電話をしたところ 唯一港区だけ 今までそういった使い方をしたことないけど まだどういうふうな使い方をするか 方針ができてないから 短い期間だったらいいよという話になって 2002年の4月13日から17日 4日間だけだったんですけど 借りられることになって これ展示風景ですけど 教室を一作家一教室みたいな感じで 立体作家もいれば 映像作家もいたりとか 廊下に展示する作家もいたり これシャイニングという映画の 双子の女の子の幽霊を 立体化している作家がいたりとか 家庭科室で 食べられる彫刻を作って それを食べられるようにしたりとか シンポジウムも開いたりとか トークも開いたりとか このあたりは 全部自分たちで どこか運営の誰か プロを雇うとかじゃなくて どういうふうにやったら より自分たちの表現みたいなのが 一般の人たちにハードルがなく
響くことができるかをいろいろ考えて ただ展示するだけじゃなくて シンポジウムをやったりとか ゲストトークをやったりとか ツアーをやったりとか カフェやったりとか こういうのもなんか おそらく普通に厳密にやったら 保健所を通してとかになって ダメだったんだろうけど 4日間ぐらいだから勢いで 自分たちがやりたいと思うことを全部やって こういうの手作りで全部やったんですよね お金をどうしたかというと カタログを自分たちで これも手作りで 例えばテキスタイルの作家が1人いたので その作家が安い布を トマトというお店知っていますかね 布の安いお店があったりするんだけど そこで買ってきて シルクスクリーンできる作家が ハンコを作ったりとか そういうこう みんなで出来る知恵とか テクニックを絞って まずバックを作って 中はどうなったかというと 無印良品の透明のファイルを買って それに参加作家が 見開きも 自分の経歴と あと小さいマルチプルというか 例えば絵描きだったら 小さいドローイングが入っていたりとか 映像作家だったら 当時はDVDじゃなくて CD-Rだったけど CD-Rに映像が入っていたりとか そういう複製できるものとか 小さく持って帰れるものを その経歴と一緒に 右側のページでは 小さい作品が入っているみたいにやって これを180部作って そしたらこれが好評で 全部完売して それで運営資金が作れた みたいな感じでやったんですよね 何よりも大きかったのが
ただやっても しょうがないと思ったから 社会に対してどうアクセスするか という思いの中で プレスとかメディアにも 働きかけようという思いがあって 当時はまだインターネットが そんなに普及していなかったから プレスリリースの書き方とかも全然知らないし そういうフォーマットがネットに落ちているとか そういう時代じゃなかったから 全部想像で こういうのが送られてきたら 面白いと思ってくれるんじゃないか みたいなことを想像して それでプレスリリースも ひな型もない状態で作って それを新聞とかラジオとか雑誌とかにばらまいて そしたら初日に 朝日新聞が取材に来てくれて ここに載っているんですけど これが全国版の社会面 テレビ欄の裏のところに これが載って これを見た人が 展示に来てくれて ひっきりなしに4日間ずっと 常に観客の人がいる状況だったんですよ それまでその10万・20万払って 10人も来ないみたいなのから急に やはりこういう 何か自分たちで考えて働きかけて そしたらこれだけ反応があるんだ というのは すごく驚きで こういう僕のアート人生が 始まってしまうんですけど 大きな間違いとしては 別に作品を見に来ていたかというと怪しくて アートの廃校というタイトルで 朝日新聞に出ていたから 要は無料で廃校に入れると思った 人たちが来ていた というのも たぶん多々いたと思うんだけど いずれにせよ ビギナーズラックじゃないですけど 思ってもいなかったような反応で ものすごいたくさんの人が 自分たちの表現に触れてくれた みたいなのがあって これが始まりなんですけど それからの次の年も 1回で終わったら意味ないと思っていたから 次はどういうことやろう
同じ事やってもしょうがないという思いがあって 次は飲食店 普通の営業中の飲食店を使って そこを会場にしてやろうという アイデアが思いついて 1か月間 2003年の4月の春の1ヶ月間 吉祥寺の周辺の11店舗を会場にして 展覧会をやったんですね この時も1軒1軒 2003年4月スタートだったから 前の年の秋ぐらいから お店1軒1軒すごく回って こういう企画あるんだけど やらせてもらえないかというのを たぶん60件か70件ぐらい回って ようやく11店舗 協力してくれるところを見つけて それで1ヶ月間展示をすることになって この時は他の回と少し違ったんですけど それまでは作家同士がプレゼンをして 投票して というシステムだったんですけど この会だけ唯一 店長さんが作家を決めるという展覧会で 自分のお店だったら こういう作家だったらいいよというので そういう展覧会だったんですけど ただ展示をすることだけが目的じゃなかったから 作家同士のネットワークを作るというのが すごく大きい目的の1つだったから プレゼンテーション会というのは普通にやって プレゼンしても 別に展示には つながらないんだけど 作家が他の作家のことを知るというために やったりしていて あとは実行委員会を応募者の中で作って カタログ製作だったり デザイン作業だったり そういうのを作業分担して 展覧会を作り上げていく みたいなことを やっていたんですよね これは実際の展示風景ですけど 普段はなんてことない普通のバーに 作品がバッてあったりとか
カフェのトイレに立体作品が 展示されていたりとか 大きい 空間全部を使う インスタレーション作品があったり そういう感じで 1ヶ月間だけ普段のお店が 展示会場になるみたいな展覧会だったんですね 1箇所インフォメーションセンターみたいな 自分たちで別で空間を借りて そこでインフォメーションの場所を作ったりとか この時もカタログを作って販売をしたり あとは井の頭公園というのが 吉祥寺にあるんですけど そこでアドバルーンをあげて その元でチラシを配ったりとか まあ速攻警察が来て 下ろされましたけど こういうのをやったりとか この時もプレスにいろいろ送って 新聞でこう取り上げてくれて 新聞とか雑誌とかに載せてもらってある程度 反響もあって人も来たんですけど ただですね この2回目の時がめちゃくちゃ大変で 何が大変だったかというと 僕がこのプロジェクトをやるにあたって 東大の院生の同級生でチームを作って 事務局と称した 作家でなくて 7~8人のチームをまず作って その上で 作家の募集をしていたんですけど 始まると 通常営業だから 例えばモニターが1個ついていないとか 少し作品がずれているとか そういうので毎回 店長さんが すごい怖い電話が かかってくるみたいな 状況があって すごいストレスフルな 1ヶ月間を過ごすことになったんですけど それでもう 運営チームだった同級生たちは みんな いやになっちゃって こんな学業を もうみんなエリートだから 東大のね
こんなことやらなくて 自分の専門の道に行く人たちばかりで こんなのやってられない というふうになったんですけど それで みんな辞めるんですよ ほぼ全員やめて ただ僕自身は 一過性の祭りをやる みたいなことを考えていなくて 若かったというのもあるけれど 本気で社会とアートをつなげるみたいな 熱い想いがめちゃくちゃあって それで絶対やめない というふうに決めて それで1人になっても続ける みたいな感じで続けて その次の時も 会場探しも1人でやって 今度は だんだんこれぐらいになると 場所も見つからなくなってきて ただここ 朝日中学校 演劇の人たちはみんな知っていると思いますけど この場所が使えることになって ここでまたやる ということになるんですけど 僕ね この時ね 東大行って 修士1年2年とか 何にも勉強もせず ひたすら この展覧会を作り上げ 博士にならないといけない ならないといけないというか 上に行くというのも この展覧会を続けるために行く みたいなのがあって 一応修士論文とかも おまけで認めてもらって 上にも行けたんですけど もうひたすら展覧会を作っていたんですよ 何の勉強もせずに そういうのをずっと続けて 3回目の場所も このように見つけて このときもプレゼン会みたいにやったりとか このときは また別の1つのテーマを作って
1万円展という副題がついていたんですけど 表現と貨幣価値について考えるみたいな 毎回その ちょっとした副題とか サブテーマがあって この時は1万円展といって 普通の展示プラス それに付随した1万円で 購入できる作品を作ってください というお題で作家たちは応募して それをプレゼンして選ばれる というものだったんですけど 実際に売れる作家もいれば 売れない作家もいれば という感じだったんですけどね 展示自体は1回目と同じように廊下使ったり 教室使ったり 映像があったり 絵画も立体もあったり いろんな作品が並んでいて トークをやったり ドキュメントビデオを作ったりとか ツアーをやったり カフェをやったり この辺は いろいろ1回目 2回目 3回目で 培ってきたアイディアを 踏襲する形で続けて カタログもだんだんこれぐらいになると プロのデザイナーが そのチームの中 チームというか 作家の中に デザイナーもいたりするから そういう作家に頼んだり 手作り感がちょっとずつ なくなっていく なんとなく それっぽくなっていく みたいな感じがあって 4回目になって いよいよ東京ではもう場所がない 廃校とかは 全部NPOとかNGOとか 地域の人たちに 全てもう使われていて パッと展覧会をさせてもらえるような 場所がもうない というのがあって どうしようかと思って ちょうどこの頃横浜にBankART というのができて
BankART Studio NYKというのがあって 今はもうここもなくなっちゃって そこにプレゼンをしに行ったら じゃあやってみていいよ というふうになって この時は「よんで みて みて」という 全ての展示作家たちが 自分の作品について解説する文章と 自分が選んだ他の2人について その2人の作品について文章を書くという 今度は文字と表現みたいなことを サブテーマとして展覧会をやって ここ 行った方は懐かしい感じがするでしょうけど 倉庫を改造した白い空間で展覧会をして パフォーマンスがあったりとか 丹羽くんって今 ウィーンで頑張っていますけど いろいろOngoingのこの時代で 当時は無名だったけど 今すごく頑張っている人 いっぱい いますけど そういう展示をして これもみんな同世代の人の作家たちが 受付をやったりとか チラシを配ったりとか こういうのは全部 作家と共同でやっていたんですけど オープニングがあったりとか パフォーマンスやったりとか トークあったり ツアーやったりとか ここら辺はもう定番みたいになっていって いよいよ 大学の博士 終わりの5年目になって というのもあったし 同じことをずっと続けても ある程度 こういう規模の展覧会を どうやったら作れるかというのが 5年もやるとだんだんもう分かってきて 例えば助成金の取り方とか 例えば広報のやり方とか 作家をどう集めるかとか そういうのがもう こなれてきて それを続けることもできたんですけど
同じことやってもしょうがないな というのがあったから 一応5回で終わりにしようというので この時は対話というのをメインテーマにした 展覧会だったんですけど 作家同士が対話するという 淺井君とかね今すっかり有名になりましたけど 淺井君とかも出していたりとか右は 右は和田さんってヨコトリとかにも 出している作家だったり みんな今も 第一線で頑張ってる人たちが 当時は無名で参加していたけど 展示があって トークがあって ツアーがあってとか こういうのは1つの型みたいになって やっていたんですけど 最後のシンポジウムがあって その最終日のシンポジウムの時に お客さんから Ongoingもう5回で 終わると聞いたんですけど この後どうするんですか というふうに質問が出たんですよ その時に 次はArt Centerを作ります というふうに口走って もう一歩も引けない状態に また自分を追い込み それでArt Center Ongoingに つながっていくんですけど そのプロジェクトの時のOngoingから Art Center Ongoingへ というふうに変化していって そもそも2008年から Art Center Ongoingはやっているんですけど そもそもアートセンターというものが 当時はそんなに一般的な言葉ではなくて もちろんアート関係者の人は 当然知っていたと思いますけど
僕はなんでArt Center Ongoingという 名前にしたかというか Art Center Ongoingにすると ずっと決めていたんですけど それはなぜかというと 兄がベルギーで当時絵を描いていて ベルギーのアントワープというところの 王立大学で油絵を描いていたんですよ それが90年半ばぐらいから 2000年代半ばぐらい 10年間ぐらい兄はヨーロッパにいたんですけど その間に僕 高校3年生ぐらいで 武蔵野美術大学の4年間 毎年バイトして お金貯めて ユーレイルパスというのが当時あって 今もあるのかな 6万とか7万ぐらいで 1ヶ月間の電車乗り放題というパスがあって それは西ヨーロッパだったら どこでも行けて どの新幹線でも乗れるというやつだったんですよ ご存知だと思いますけど それをまずバイトで貯めて 兄がアントワープにいたから まずそこに兄を訪ねて行って そこからバックパックで貧乏旅行で ひたすらヨーロッパ中を ユーレイルパスを持って 野宿とかもよくしていました 本当に貧乏旅行だけど ヨーロッパ中を回るというのを よくやっていたんですね あとは大学入ったら 大学って春休みすごい長いから その2月3月って あと飛行機代も安いし 当時はね そういうバックパックで ユーレイルパスを握り ヨーロッパ中を回る ということを3~4年やっていたのかな その時に 大体どこの街に行っても アートセンターというものがあって 当時は僕あまり分かっていなかったけど アートセンターというところに行くと もちろんギャラリーがあり カフェがあり
週末になると 演劇とか音楽のライブがあったり そのカフェには地元の おじいちゃん おばあちゃんが コーヒーを飲んでいる横で 地元の若い美大生が ビールを飲んで芸術談義をしていて 文字通りアートが中心になって 人々が集っている という状況があって それを若き日に見て こんなに豊かなものが どうして日本にはないんだろうと ずっと思っていたんですよ いつかアートセンターを ないなら自分で作ればいいやと思って アートセンターを作るというのが 自分の夢としてあって 高校3年生くらいからの それで先ほど話した プロジェクト時代のOngoingの飲み会になると 必ずいつも言っていて いつか自分はアートセンターを作る ということを ひたすら言っていたんですよね 同世代の作家たちに これ 今見せている ICAというロンドンにある アートセンターだったり 右はベルギーにある 映画に特化したアートセンターだったんですけど こういうところ行くと 先ほど言ったように ギャラリーもあれば カフェもあれば すごい安い値段で名画が見られたりとか ワークショップをやって 子供もいれば そのおじいちゃん おばあちゃんも 普通にカフェに来ていたりとか こういうものへの憧れが めちゃくちゃあって 憧れというか なんで ないんだろうなと 思っていたんですよ 日本で 日本にあったら絶対行くのになと思って ないなら自分で作るしかないな というのがあって それでOngoingのプロジェクト自体の
一番最後に どうするんですか と言われた時に アートセンターを作る と言っちゃったんですよね 実際に これが今の僕のスペースです 吉祥寺から歩いて10分くらいの場所にあって 2008年にオープンしたから 16年ぐらい経ったのかな 当時借りたときは 1階が潰れた喫茶店で 2階にスナックのママが住んでいたのが その人がちょうど出ていって ちょうど空き家になっていて それで いろいろ運命的にというか 西荻窪から吉祥寺ぐらいで 作りたいなというふうに思っていて いろいろ不動産屋回っていく中でここを見つけて 運命的なものを感じ ここならできるかもと思って それで大家に交渉して 自分は 芸術の みんなが集まれる 集えるアートセンターみたいな ものを作りたくて 普通はあまり内装を いじれないんですけど いろいろプレゼンをして 一緒に展覧会を作り上げてきた仲間の中に 映像関係で働いている奴もいたから そいつにビフォーアフターみたいな CGの完璧な映像を作ってもらって このボロボロの場所が こんなに素晴らしくなります みたいなのを作ってもらったりとかして それで大家さん あとは 高かったから この金は払えないなというので 具体的に話すと 28万だったんですよ 28万は無理だなと思って 大家さんに お金儲けのためじゃなく 文化のための場所だから もう少しは安くならないかみたいな話とか CGで作ったやつを見せたりして そしたら 6万まけてくれたんですよ それでも高いけど 22万になってこれならいけるかなと思って 始めるわけなんですけど
ここを こう歩いて10分 よかったら皆さん来てください もちろんリノベーションするための 業者に払うお金とかもないけど いつかやる やるやると ずっと言っていたから とうとう本当にやるんだ みたいになって 5年間もプロジェクトやって 毎回工房でやって 毎回その なんというんですかね 僕はディレクターみたいな感じでもないし 一作家としても参加していたから 毎回もうドロドロになるまで 飲んでいたりとかしてたから みんなすごい仲良くって そいつらが本当にやるんだねというので みんなリノベーションとかも 手伝ってくれるとなって 1人一級建築の資格を持っている奴もいたから そいつがまず図面を全部引いてくれて やり方も指示してくれて あとは作家だから道具もあるし だいたいみんな できるんですよ 全部でね たぶん100人くらい 延べで100人ぐらいが 3ヶ月間入れ替わり立ち替わりで みんな無償で手伝ってくれて それでリノベーション 全部自分たちでやって 唯一 水道とガスだけ業者で あとは全部自分でやったんですよ 僕図書館で 電気配線の勉強とかもして 電気も本当は やっちゃいけないんだけど 資格ないと そんな試験受けている暇もないし 全て自分で勉強して 配線も全て自分でやったんですよ それでね リノベも終わり これ1回 一昨年ぐらいに もう1回 きれいにしているけど 当時のちょっと違うけど これが今ギャラリーで もともとね
6畳と4畳半みたいなのと キッチンとお風呂があった 2階に人が住んでいたんですけど 全部壁抜いて 天井も抜いて ギリギリ構造計算してもらって 崩れないギリギリまで 柱とかもすべて抜いて こういう空間を作って 綺麗な感じですけど 梁が見えて こういう場所なんですけど 1階がカフェになっていて 2階がギャラリースペースで 3階が ここも手作りで 屋上を作って 屋上で夏は野菜を育て その野菜を1階で出したりしていますけど そもそもね とはいっても こういう物件借りてリノベーションして 材料買って 1階のキッチンとかも 全部買って入れたりとか ものすごい金かかるんですよ どうやったかというと 僕もいつか作ると決めていたから 大学の5年間 奨学金をずっともらっていたのを 一切手つけなくて 貯めていたんですよね 東大は1年間に 1回10万くれるから 120万たまるんですよ 僕実家だったから バイトもしていたから 学費は東大だから 当時60万くらいだったから 学費は自分のバイト代で払えたりとか 家賃は実家でかからないし お昼もお弁当作っていたりとかしたから その奨学金を一切手つけず5年間貯め続け 600万円になっていたんですよ それを全部つぎ込んで それで これをやったんですよね でもそれ 本当は怒られるけど これも怒られちゃうかもしれないけど 奨学金ってそういうのに 使っちゃいけないと思うけど とにかく そういう夢があった
というか いつか絶対やる というふうに決めていたから その貯金に一切手をつけずにやったんですよね でね 500万ぐらい使ったのかな そのオープンのために それで初めて 私設の プライベートのアートセンター というのをを作るわけですよ ここでも大きな間違いがあって 僕がそのヨーロッパで夢見ていた アートセンターは 全部行政がやっていたんですよね 個人でやっているところなんて 1個もないのに そんなのちょっと考えればわかるものなのに ないなら自分でやるしかないと思って やったんですよね やったというか始めて こういう場所を作って もう あらゆる人から 絶対すぐ潰れると 全員から言われて でも作家たちは まあ潰れても楽しそうだから いいんじゃないみたいな感じで とにかく作るのは手伝うよみたいな 唯一父親だけが信じてくれた というのがあって お前が好きなようにやって 信じるようにやりなさい みたいな感じで 唯一父親だけは信じてくれてたけど 全ての人は 一瞬で潰れると思っていた こんなの みんなそう思いますよ 要はその行政の後ろ盾もなく どこかのでかい金持ちが バックにいるとかでもなく どうやってこれ回しているんだ という話なんですけど これ1階 基本的には飲食だけなんですよ めっちゃ美味しそうな これは今 キッチンのめっちゃ プロフェッショナルな人がいるから その人が作っているけど 当時は僕全部やっていたんですよ オープンした当時は
朝起きてパン焼いて カレーとか仕込んで 全部料理 自分で仕込んで 2階の展覧会も すべて 貸しギャラリーじゃないから 全て企画でやっているから 尋常でないというか 頭おかしい感じですけど普通に そのものすごいパワーと情熱で たぶん やっていたんだけど 僕ね しかも2008年に ここオープンした 2008年の1月にオープンしているんですけど 2008年2月に長女が生まれているんですよ だからそういうのもあって プライベートとかも全て 何もボロボロな感じで やっていましたけど とにかくその思いだけで始め その お金作る コマーシャルギャラリーみたいなことは 全然興味なかったというか もっとその実験的な 表現ができる場所って 東京に当時なかったんですよ 有名な人で美術館でやるとか そういうもう 売れている人が自由にやるみたいなことは 当然あったけど 若い奴らが自分の好きなことを 何の制約もなくできる場所って ほぼゼロだったんですよ そういう場所が必要だと思って そのプロジェクトを終え このアートセンターを作り という 流れになっていくんですけど だから何が言いたいかというと 2階でやる作家たちというのは 一切金にならないんですよね こういう なんと言うんですか インスタレーションみたいなのとか パフォーマンスとか そういう映像作品とか 一切その 綺麗な絵とか 買いやすい写真とか 小さい彫刻とか そういうの皆無なんですね
ただそういうのではない 面白い作家たちって いっぱいいる というのがあって その5年間もいろいろ プロジェクトをやっていたから そういうネットワークもすでに できていて ただここをオープンした時から 70年代生まれという枠は 全部取っ払って 上もいれば下もいれば いろんな世代が使える場所 という感じでスタートして その5年間ずっと金を貯めていたこととか そのプロジェクトをやっていた時に ずっとプレゼンテーションをやって お互いが知るということを やっていたこととか なんとなく全てはここのために というのもあったんですよね まずはネットワークを作ることがないと こんな場所を作ってもすぐ潰れる 貸しギャラリーだったら もしかしたら軌道に乗る ところもあるかもしれないけど 貸しギャラリーではないし こういうパフォーマンティブなところとか インスタレーションとか 映像とか そういうお金にならない表現で 実験的なことをやる場所というので それをいきなりやったとしても すぐ潰れるというのはあったけれど 僕は まずは ネットワークを作るということが 一番重要なことなんだというのは なんとなく直感的に思っていたというか それでプロジェクトをやってネットワークを作り それでスペースを作って そうしたら こういう場所が東京にはなかったから 1番初めに立ち上げた時は 5年間のある程度の ネットワークがあったんですけど それ以上に こういうのができたというので 口コミですごい広がっていって 変な場所が吉祥寺にできたよというので 若い作家たちが めちゃくちゃ来てくれるようになったんですよ 学生も含め それで やらせてくださいとか
こいつ面白いですよみたいな感じで それまであったネットワークの 今は 何十倍二十倍のネットワークがありますけど そういう感じで 作家が作家を呼ぶみたいな 場所のハブみたいになっていって それでもう めっちゃ忙しいけど 常に人が来て というような場所になっていくんですけど 1個言い忘れたのが まずね 初めは1ヶ月間でやったんですよ 1ヶ月間で1展示 というので そしたら 速攻潰れそうになって なぜかというと 1週目は人来るんですよ オープニングパーティーで 最後の週も終わるからと 駆け込みに来るんだけど 2週目 3週目 誰も来ないというのがあって それで みるみるうちに 100万だけ残っていた貯金も なくなっていき みんなに言われていた通り 半年もたないで終わるのか みたいなふうに思っていて それを もう無理 2~3週目 人来ないんだよね みたいな話を 飲みの場で 愚痴みたいな感じで 作家で話していたら そしたら2週間でやればいいじゃん というふうに 誰かが言って 2週間かと思って それやってみる価値あるなと思って 2週間にしたんですよ 2週間の展示 どういうことかというと 4月の1週目 まず展覧会やって オープニングパーティーあるじゃないですか 2週目にトークショーがあって 最後だから またそこでも人が来て
3週目に間髪入れずに 次の展示が始まるんですよ 月曜 火曜しか Ongoingって 休みないから 水曜日から展示始まって 日曜日で1週目終わって その次の水曜日から展示始まって その日曜日で終わるんですよ 終わって 次の展示が また月曜火曜 搬入搬出 重なってやって 始まるという だから 年間で22~23本の展覧会をやっているんですよ しかもそれを貸しギャラリーでなくやって 僕が知る限り いろいろ海外回りましたけど そんな頭の ちょっとねじが外れている 感じの場所って 1個もない なぜそういう場所を そんな訳わからないこと やっているのって言われると 東京でやるには 東京でこんなことやるには そうじゃないと潰れちゃうというか ただ それを もう10何年間やっているから 想像していただけばわかると思うんですけど 尋常じゃない 回転というか ノンストップなんですよ ノンストップでやっていて そうでないと 潰れちゃうというのもあるけど もう1ついいことがあって そのペースでやってるから 次から次へと違う作家が入ってくるというか それで今まで自分の知らなかった作家たちと 出会えるチャンスみたいなのが すごいあるんですね だから違う世代とも出会えるし 違うジャンルだったりとか 自分が今まで知っていた コミュニティと違う アーティストたちが来るというのがあって それが始めの1~2年の その友達の助言から聞いて 2週間にしてから
少しだけ黒字になるようになって これ潰れないかもみたいになって それを1年目に しかも 僕がずっといるから ひたすらみんな飲みに来るんですよ それで黒字になっていき あとは これ大木さんね これ淺井くん まだねこのドローイング 日本で彼は初めてやったのは Ongoingだったりするし いろいろ 志村くんとかね いろんな作家が いろいろこう 村田さんという人が パフォーマンスやっていたりとか これ飯川雄大くんって この前ヨコトリとかも出たけど そういう作家が これ何かというと 2階に四角い箱みたいなのが あるじゃないですか あれが YouTubeで あとで皆さん Ongoing 飯川 とやれば出てくるけど 中のお客さんが壁とかを押すと これがグーンって出てくるという作品で これもだから すごく危ないんですけど こういう作品があったりとか 基本的に これ冨井さんとかね すごくいい作家たちですけど 売れない作家たちみたいなのも すごく多かったりとかして これ毛利悠子さんね ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の 今度の代表ですけども こういうビッグネームも まだ そんなビッグネームじゃなかった頃に いろいろ やっていたりとかして なぜなら やはり こういう場所が なかったからなんですよね
そういう いろんな作家が 口コミで どんどん広がっていく というか 集まってきて それをひたすらやり続け それで潰れていないという もしかしたらこの授業 何の役にも立たないかもしれない というか 同じようなこと どうやったらできますか よく聞かれるんです 若者たちから それはまあ 頑張るしかない みたいなことしか言えないけど とにかくもうずっとやり続けているというか でもそれのおかげで いろんな作家たちが集まってきて というような場所だったりとかして あとはビジュアルアートだけじゃなくて 音楽ライブとか コンテンポラリーダンスとか そういうのも やっているんですね あとはパフォーマンスをやったりとか 何が言いたいかというと 僕が学生の頃に思い描いていた 総合的な場所 ビジュアルだけでなくて 総合的な文化の場所というのを ひたすらインディペンデントで どこかの行政の力を借りず ひたすらやっているというような場所で 時には結婚式をやったりとか 作家のね 結婚式やったり あとはゲストを呼ぶというのもよくやっていて 例えば 宮台真司さん 社会学者の宮台さんとか 西 加奈子さんとか ビジュアルアーティストだけでなく 作家が ぜひこの人とお話ししてみたい という人がいたら 僕がその人に 誰でも落とせる手紙の書き方みたいなので 誰でも落とせないけど だいたい来てくれる すごい確率で来てくれる書き方で書いて
それは内緒ですけど どうやって書くかは 基本的にお金もそんなにないから だいたいお車代しか出せないけど そういうビッグネームが それでも来てくれたりして これもなんで来てくれるかというと 大きい企業でもなく 大学でもなく 行政でもなく こんなことやっている場所ってないから だから来てくれるんだと思うんですよね そこから大きい金を取ってやろうとも思わないし アートセンターと言っているからには ビジュアルアートだけでなく 他のあらゆる文化の人たちと つながれるような場所にしたいというのもあって 敢えて違うジャンルの人を呼んで トークをやったりとか こういう時は 例えば西加奈子さんの大ファンが来て 全然若い作家の事なんて興味ないけど 来たら見ざるを得なくなるし そこで興味を持ってくれたりとか 実際西加奈子さんは自分の小説で 描写でOngoing これ確実にOngoingというのが 小説の中に出てきたりとかもしましたけど こういうトークに来てくれて 逆にその人たちにも何か インスピレーションみたいなのを与えている ということも起きているのかもしれないですけど こう評論家の人とか 詩人の吉増さんが来てくれたりとか 茂木さんも来たことがありましたね あと川上未映子さんとか 有名人めっちゃ来てくれるんですよ 1番笑えたのは菅直人が来たときがあって これは 大木裕之さんという映像作家が 菅直人映画というのを当時撮っていて 全然知り合いでもないのに それで菅直人呼んでよとか言っていて この時も呼んで SPがOngoingの前までついてきて 中に入ってこなかったけど 菅さんだけが入ってきて 当時の首相で 原発事故があって 辞めて退任して 1~2年目ぐらいで来たのかな その時の話 当時の話とかを聞いて この時はパンパンに人が来てましたけど あとはレジデンスも
2013年からやっていて これは 僕が めちゃくちゃ忙しすぎて 当時はいろいろ海外とか すごいたくさん行けていたのが もうどこにも行けなくなっちゃった というのがあったから 行けないなら呼ぶしかないなと思って 海外の人をだいたい 年間5人か6人呼んで 2ヶ月間滞在してもらって 最後に展示するという プログラムもやっていて これを2013年に始めてからは 一気にインターナショナル色が 強くなっていって 逆にこちらからも Ongoingからも 日本の若い作家を海外に送るとか エクスチェンジプログラムとかも よくやるようになったりとかして だから Ongoingなんて 別にそんな誰も知らないけれど むしろ海外の人のほうが 知っているかもしれないですね 東京にこういうスペースがあるというのは レジデンスもやっていたりとか こういうインディペンデントな場所というのを 海外だったら普通だったりもするけど なかなかそれは東京にはないから 逆に知名度はあるかもしれないですね レジデンスもやってるし 今ちょうど実は募集していて 日本の作家さんも応募できるから もし興味あったら ホームページから見てもらえたら こういう活動もやっていたりとか あとは2016年からOngoing Collectiveという 作家とかキュレーターとか コーディネーターの集団 みたいなのもやっていたりとか これはコレクティブとして 展覧会に 奥能登に呼ばれて出たり あとラジオをやったり あと子供のスクールをやったり そういうのも やっていたりします そろそろ終わりにしますけど 初め 2週間にしてから
少しだけ うまくいくようになったって 言ったじゃないですか 1年目~2年目はそれで ずっと僕はカフェに立って ひたすら飲むみたいなので 黒字になってたんだけど それぐらいからね 外の仕事も すごく増えていって それこそたぶん噂を聞きつけてくれて アーツカンシル 当時は アートポイント計画だったかな そのディレクターの方とかが 興味を持ってくれて 君のやっていることを 東京都の街中でやってみる気はないか みたいなことのお誘いを受けて それでTERATOTERAという 先ほども少し紹介していただいたんですけど 中央線の高円寺 吉祥寺 国分寺って 10個の間 10個ある駅の間に 寺がつくところが3つあって それをつなぐというので TERATOTERAという プロジェクトを立ち上げて それは2010年から2020年まで やっていたんですけど そういう 外の仕事も増えていき そうすると僕がいなくなるわけですよ そのスペースに そうするとみんなが 飲みにも 飲まなくなるから それはイコール どんどん さらに赤字が増えていく という感じになるんですけど 潰れるかというところを どうしているかというと 基本的には 外の仕事の黒字を 中の赤字に回すというのを もう十何年やっているんですよね だからまあ もちつもたれつというか もちろんOngoingがあるから 外の仕事も来るけど Ongoing自体では黒字にならないから 外の仕事で利益を作り
Ongoingの赤字を補填するという ただその代わり 外の仕事は 雇われている仕事が多かったりするから すごく社会的ですけど Ongoingについては基本的に 誰も何も言えない というかすごく自由なんですよ 治外法権というか もちろんその法律を犯すとか 誰かを傷つけるとか 一切ないですけど 基本的にどういう表現でもOKというふうに 僕がOKというならOK というのでやっているから自由なんです だからその自由を担保しつつ 外の仕事をして しかも その外の仕事をする時には 全部アートの仕事だから Ongoingに集まってくるやつらを 紹介もできるし Ongoingでは全然お金にならなくても 外の仕事の時は ちゃんとギャラが出たりとか 制作費が出たり そういうのがあったりするから それはすごくいいサイクルになっている というか そういうので 回していたりするというのが ずっと続いていますね TERATOTERAって 今少し話したから せっかくだから 映像があるので 東京都が作ってくれた映像で どういう感じかというのも 見せられるかなと思うので 流していただければと思うんですけど ちょうど1時間 <太鼓を叩く音> <笛や太鼓など 和楽器の鳴る音> <♪> <♪> <♪> <♪> <拍手・和楽器の音続く> 小川希/日常の生活のなかでアートに 偶然出会うみたいな そういうのは すごくできたらいいなと思って やっていますけど <テンポの良い笛の音色>
<♪> <掛け声に合わせ笛の音 盛り上がる> <♪> <♪> <♪> <♪> <大きな和太鼓の音色 加わる> <♪> <♪> <♪> <♪> 参加者/13・14・15・・・ <♪> 参加者/16・15・14・・・ 参加者/すごい不思議な感じです 足を合わせる <♪> 参加者/重い?大丈夫ですか <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <切腹ピストルズの口上> <切腹ピストルズの口上> <和楽器の音色> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> 山本/さっきより大きめですか 小さめですか 参加者/さっきより少し大きい 山本/こんな感じだ 見てないので わからないですけど <スクリーン上の男性の声> 男性/それを外に出すようにして・・・ <和楽器の音色> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <爆発音> <飛行音と同時にビートボックス>
<裏で和楽器の音色 鳴りつづける> 小川希/アーティストが政治的で・・・ 参加者/これ自体が・・・ <和楽器の音色> 参加者/沖縄では・・・ <和楽器の音色> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <♪> <演奏終わり 賑わう声> 小川希/そんな感じですかね 前半 日本編でしょ 若林/前半 日本編 小川希/なので こんな感じで 日本編は終わります 若林/ありがとうございます たっぷりそして時間ぴったりに お話しいただきましたが ファシリテーターの小川智紀さんに 一言何か感想いただこうかな 突然ですが いかがでしょう 小川智紀/ずっとやり続けている ということですね うまくやるには どうしたらいいですかとか 裏技があるように 同い年なんですよね 若林/そうですね 小川智紀/そうするとね うまくやる方法とか いろいろ聞かれたりするんですけど それはたぶん ないんだろうなというか 辞めないというんですかね やるんですという 馬鹿にされてもやるんです それは というような感じが いいなぁと思いましたね 粘り強いというのと また違うのかなぁ なんなんだろうなぁ 若林/それをすごく強く感じて 質問をよく受けるという話をして どうやったらうまくいくんですか みたいなね
でも結局 続けないと続かないんだ ということがすごくよく見えてきて でも 続けるために 実はいろいろやはり 例えば 場所を開いていったり それから 作家さんと どんどんコンタクトしていくことで うまくそれが回って 情報をひらくことで 新しい情報がついてきたりとか 作家さんをつないでいくことで 新しい作家さんの情報が さらに入ってくるとか そういう循環ができて 続けている中で できているんだなぁ という感じがいたしました 小川智紀/自分の身を切らないで ネットワーク ネットワークという人多すぎ 若林/そうね そうね 小川智紀/お前いなくて ネットワークできるわけないだろうと思うね 若林/ほんとそうですね ネットワーク 自分のね 自分の持っているものを全部出して それで作っていった ネットワークという感じがしますね 小川智紀/料理ができない 若林/料理だね あと アートセンターというのを 小川希さんが別の言葉に 置き換えて言ってくれてたんですね 総合的な文化の場所 というふうに言ってくださっていて これが印象的だなと思います アートセンターって一体何? と 皆違うことを思っているんだけど 小川希さんは総合的な文化の場所ということで ずっとイメージされてきたんだなぁ ということがわかりました ありがとうございます 前半編も盛りだくさんでしたが 小川智紀/少し休憩しましょうかね 若林/後半もありますので きっちり10分休憩とりましょうか 今私の手元で19時43分ですので
10分間 19時53分に再開したいと思います では視聴いただいている皆さんも ここからは しばらくお休みください 小川さん 前半ありがとうございました 小川希/ありがとうございました 若林/それでは休憩終了いたしまして 後半を再開したいと思います 前半は日本国内の 小川希さんのこれまでのご活動を 非常に丁寧に時系列で お話しいただきました 後半は 小川さんは 実は海外でも様々な経験をされていて 本当に驚くほど多くの国 多くの都市に行かれているんですね そこで何を見聞きされて 今の活動にそれが どのようにつながっているのか 共同体というタイトルもありますが 共同体以外にも対話ということとか アートセンターということについても お話を伺っていきましょう それでは小川希さん どうぞ 後半もよろしくお願いします 小川希/はい よろしくお願いします 今日は 海外のお話も ということだったので、 僕は先ほど 2013年からレジデンスを始めた と話したんですけど それで 行けなくなったから 呼んだという話をしたと思うんですけど やはり行きたいという気持ちが すごく募っていき それでちょうどですね 2016年に 2015年か 2015年に 国際交流基金のアジアセンター というので助成があって それで3ヶ月間 東南アジア行けるというのが出たから それを応募したら 運よく受かって それで 2016年の頭 1月から4月までの3ヶ月間
東南アジアをリサーチで 行けることになったんですけど そもそもなぜ 東南アジアだったか というところなんですけど 黄金町という 横浜にある アートの なんていうんですかね 街があって エリアがあって そこでシンポジウムがあって 呼ばれた時に 東南アジアから 5つぐらいの都市から フィリピンと インドネシアと タイと ベトナムとかだったかな そこからスペースの代表者が来ていて アートスペースの そのシンポジウムで話をしていたら、どうやら どうやらOngoingみたいな場所が 東南アジアには大量にある ということが分かり 要はインディペンデントで やっている場所がいっぱいある という話を聞いて その人たちどうやってやっているのかなと すごく知りたくて 自分は本当に死にそうに 何かやっているけど その人たちは どうやってやってるんだろうと すごい知りたいと思って それで国際交流基金に応募したら 運よく受かって それで 行けることになったんですけど これもまた頭のネジが 外れている感じなんですけど 3ヶ月間で全部で 83カ所行くことになるんですけど 結果論 そもそもは その国際交流基金に応募した時は フィリピンとタイとインドネシアと マレーシアとベトナムしか 知り合いがいなかったから その5つの場所の 5つのスペースに行くというので 応募したんですね そこで いろいろ勉強してきます みたいな感じで応募したところ
せっかく来たんだったら あそこも行ったらみたいな感じで まずフィリピンのマニアに 降り立ったんですけど そうしたらもうそれが 芋づる式じゃないですけど あそこ行ったらあそこも あそこも みたいな感じで どんどんそれが広がっていって 最終的に83カ所なんですけど 9カ国になって どういうことかというと 国際交流基金は 最初にアプライした時のものしか お金出さないんですよ だから 5カ国5スペースに行くためだけの 交通費とか滞在費しか 出ないんだけど 滞在費じゃないな 日当が出てたから 交通費しか出ないんだけど せっかく来ているからと思って 全部自腹で回ると決めて そしたら最終的に この83カ所になっていったんですけど これも想像するとわかるんですけど 3ヶ月で83カ所って ほぼ毎日どこか行ってるんですよ ずっと回って そこでインタビューとか撮影をして 最終的にそれを東京都が 僕がブログにまとめたやつを 本にしてくれたんですけど これはたぶんPDFで落とせるんですよね 興味あったらあれですけど それで回っていくことになって 今日は共同体という 言葉が出てたから その人たちがどういうふうに スペースを回しているかみたいなことを やはりそれぞれ場所が違って それぞれのやり方があるから いくつかピックアップして お話できたらなと思っていて まずはマニラの 98B COLLABoratoryというところが 一番初めに僕 ここに降り立ったんですけど 2012年設立で ファウンダーがこの6人ぐらいで ファウンダーって作った人たちですね 現在は10人ぐらいで
マニラでどういうこと やっているかというと 展覧会とかアートプロジェクトの 企画をやっていたりとか レジデンスをやっていたり 海外に来るとか アーティストやアート関係者の アテンドをやったり トークをやったり プレゼンテーションをやったり ワークショップとかをやっていて これ結構東南アジアの 典型的な形なんですけど 要は行政からお金降りないんですよ 東南アジアって だから どうやってやるかというと チームを作ってコレクティブを作って その時僕 初めてコレクティブって 名前も聞いたんですけど コレクティブを作って それぞれで自分たちの持っている知識とか 技術とかをシェアして それで場所を維持する ということをやっていて 彼らは建物の2階に事務所があって そこで教室やったりとか たまに1ヶ月に1回 この建物の1階が倉庫になっていて そこでフリーマーケットを企画して そのブース代を徴収して お金を作ったりとか レジデンスはどうやっているかというと レジデンス施設を持っているとかではなく 大抵誰かのメンバーの部屋が 今月1部屋空いてるよ みたいなのがあれば そこに泊まらせてもらったりとか そういう感じで 自分たちの資源をシェアして それでなんとかサバイブしているので こういうやり方があるんだと驚きで コレクティブという概念自体も 今では日本も流行ったから 言葉として なんとなく みんな想像つくかもしれないですけど 東南アジアの典型的な こういうスペース運営だったりとか プロジェクトの運営みたいなのは そういうみんなでシェアして みんなで何かをやるみたいなことがあって その人たちが先ほど言ったように せっかく来ているなら
こことここも行ったら みたいな感じで どんどんそれが広がっていって ここも面白かったんですけど ここはNeo-Angonoという アンゴノという街の アーティストとかミュージシャンとか 詩人とかライター 演劇 映画 批評家たちと ファウンダーで書いているんですど 現在のメンバー70人 70人もいるんですよ すごいめちゃくちゃ多くて どういうことかというと このイメージだったら 小さい事務所借りて みんなでシェアしてみたいな感じだけど ここはそうではなくて 街全部がコレクティブなんですよ 街全部にいるアーティストとか 詩人とかミュージシャンが コレクティブメンバーで 何やっているかというと 年に1回のお祭りを みんなで企画して アートのお祭りをやるという コレクティブで だから 事務所とかもないけど 1人のメンバーがやっている レストランとかが事務所になっていて そこで集まって みんな話したり そういうところにも連れていってもらったり これはインドネシアの KUNCI Cultural Studies Centerという これもコレクティブですけど ここは何が面白いかというと 10人ぐらいのメンバーがいて レジデンスとかトークとか シンポジウムとかライブラリとか リサーチをやっているんですけど 何が面白いかって 僕がいたときアーティストが1人もいなくて みんなリサーチャー 研究者だけなんですよ キュレーターか研究者しかいなくて そういう なんていうんですかね ものをつくる人たちだけが
コレクティブをやっているわけでなく 研究する人とか キュレーションする人たちも こういうチームを作って 場所を運営している というのがあったりとか ここもまた さらにすごかったのが ここに僕 泊めてもらっていたんですけど インドネシアって 図書館とか そんなになくて その代わりに こういう私設図書館というか メンバーたちが持っている自分の本を 無償で借りられるように 図書ルームを作っていて そこにジョグジャカルタという インドネシアの街ですけど 自由に人が入ってこれて インターネットも自由にできて 今もそうかわかんないけど 24時間鍵かかっていないんですよ 入口 その知識をシェアする 無償でシェアする みんなで自由に それにアクセスできて という場所で これも結構ショッキングだった 自分のものとか それでお金儲けするとか そういうのでは ないんですよね 自分が持っているものを できるだけ多くの人たちが みんなで使う というようなイメージがあって ここも世界中からキュレーターとか 研究者がここに泊まりに来て 最後に自分の研究の発表をするとか 僕もトークで話してくれと言われて 話したりもしましたけど ジョグジャカルタは特に そういうコレクティブが めちゃくちゃ多い街で ここもすごくショッキングというか インプレストというか すごく衝撃を受けたところでしたね ruangrupa これは もう皆さんご存知の 前回のドクメンタの アートディレクションみたいなのを
やっていた人たちですけど ここも やはりものすごくて ビビったんですけど アクティビティ ギャラリー レジデンスショップ カフェ ラジオ局 アートフェスティバルの企画運営 企業とのコラボレーション 子供向けワークショップなど もっとあったけど すごい いろんなことをやっていて しかも40人ぐらいメンバーがいて どうやっているの みたいな話で 日本だと 例えばボスがいて そのボスがお金を取ってきて その元でみんな NPOとかで雇われていてみたいな 想像がつくけど そういうのが ないんですよ ヒエラルキーがなくて それぞれが自分の得意な部分をやって それで1つの共同体というか コレクティブを作っていて ものすごい規模が大きくて こういうの どうやっているのと聞いて 出てくる回答というのが オーガニックだよ みたいな感じしか 出てこなくて 返事がね オーガニックってなんだよ みたいな話で なんか 有機野菜じゃねえぞという話 日本だとそれぐらいしか イメージがつかないけど でも 向こうの人は ここだけでなくて オーガニック オーガニックって 言うんですよ どういうふうにやっているの とか どういう関係性なの とか
オーガニックで みたいな その3ヶ月間 いろんな場所を旅していて 最後のほうにようやく かっつりくる日本語が 見つけたのは 適当という日本語だったんですよ 適当だよと言っていて その適当というのは いい加減の適当でなくて いい塩梅のほうの適当なんですよ だからルールを作ったり ヒエラルキーを作ったりするんでなくて いい感じにお互いが お互いを理解して どこかで落とし込むということが 適当にできるんですよね それは すごくビビった これは 東南アジアすげえなと思って もう1つ オーガニック 適当というのが どこで醸造されるか いきなりは できないじゃないですか 知らない人と どうやって そういう関係性が成り立つのかなと思ったら そこにちょうど出ているんだけど ウイニングイレブンという サッカーゲームを みんなタバコ 超吸って コーヒーガンガン飲みながら やっている部屋があって ruangrupaって まあ ruangrupaだけでなくて こういう 大体みんなね 何もしなくて ぐだぐだ時間と その場所をシェアするというのが 絶対やっているんですよ 何も生産性のない ゲームをやって タバコ吸ってコーヒー飲んでるだけという その時間がめちゃくちゃ重要で そこでオーガニックというものが 育てられている 関係性が そこで醸造されていく
こういうの東京では絶対できない 東京 みんな 3分遅れると キレられるじゃないですか そういうのが許されない 日本は東京だけでなくても やはりすごい みんな忙しいし なぜなら みんな そんなに裕福でないし アート関係の人とかって みんな グダグダできなかったりして でも こういうね 何もしないけど そこで シェアしている時間みたいな それがないとオーガニックってできない と思いましたけど そういうのがあるからこそ オーガニックな関係性みたいな組織作りができて それが ヨーロッパでも 逆に前回はドクメンタで 誰かがトップでどうこうでなくて みんなで何かをシェアして というのをやってましたけど 僕はドクメントとか選ばれる ずいぶん前に ここに行っていて だからすごいショッキングでしたね いっぱいあるから パパッとやりますけど あまり時間もないもんね 30分 20分ね パパっとやりますけど ここも面白かったけど The land foundationって 知っている人は知っているかもしれないけど KaminとRirkrit Tiravanija すごい有名なカレーを提供する人ですけど その人たちが作った タイのチェンマイというところにあるスペースで アクティビティが笑える 農業 瞑想 アートと書いてあって どういうことって感じなんですけど
ここ行くと まず 場所がどこにあるかは ネットとかに 出ていないんですよ メールで管理している人にメールすると ここって教えてくれて それをスクーターで2人乗りとかで行って The land foundationって 看板があるんですけど そこを辿っていくとあって 何があるかというと 特に何もなくて 田んぼがあって Rirkritとかの知り合いの建築家が 建てた建物が 田んぼにの周りに いくつかあって 何ここ と言って 自由に泊まって瞑想していいよと言われて 何日泊まってもいいし 1日でもいいし 1カ月でもいいし 1年でもいいし こちらは何も提供しないけど 好きな建物を選んで そこで瞑想をして 風を感じたり 風景を見たりとかして という場所だったりする でもこういう場所もあって まあ 考えられない 日本だと考えられない これでリゾート地で いくら金払って ということでなくて こういう場を無償で提供してくれるんですよ これもRirkritやKaminが 世界的な有名な作家だから 彼らがここの維持費を 自分たちのアートで作ったお金から 出しているんだと思いますけど こういう場所もあって もう本当に 行き詰まったら ここに行って瞑想する みたいな人もいるみたいですね あとはNew Zeroは ミャンマーのヤンゴンにあって
今はもう ミャンマーの軍事政権になって 閉じられちゃいました たぶんもう ないと思う 右下に映っているおじちゃんが Aye Koというペインターで その人が絵を売ったお金で この場所を維持していて 全部無償で 子供たちに絵を教えたりとか レジデンススペースがあったりとか ここもライブラリーがあって ビデオとか本とかもあったり ここも全部私設の場所で ここの場合はAye Koが国際的な人で アーティストで その人がすべてお金を出して 無償でやっているという場所でしたね こういう場所もあって ここも今はなくなっていると聞いたから すごく寂しいですけど まあこういう いろいろ ここはクアラルンプールの場所ですけど ここは音楽系の人たちでしたね だから ビジュアルだけでなくて 音楽系のコレクティブもあったりとか ここはライブとかバーとかで お金作っているようにしていて レジデンスもあったりしましたけど ここは ベトナムの フエというところの Le Brothersという 双子のやっているスペースで ここは この2人がお金を作って ギャラリーとかを 学生で 自由に展示させたりとか レジデンスをやって 海外の作家が滞在できたたりとか そういう場所でしたね ここは Sa Sa Artは カンボジアのプノンペンにあって 彼らは ここはホワイトビルディングって
左上の なんと言うんですか スラムみたいな場所に 結構貧しい人たちが いっぱい住んでいるところの 一室に自分たちのスペースを持っていて ここでレジデンスをやって カンボジアはポル・ポト派が 虐殺した歴史があって もともとは なぜホワイトビルディングという 名前かというと もともと真っ白い建物で 知識人とかアーティストばかりが 住んでいる場所だったんだけど そういう虐殺があって 大量虐殺 ジェノサイドがあって そのあとに こういう荒れ果てた場所に なったんだけど 結構象徴的な場所で この地域を知る人にとっては 真っ白だったところが こういう場所になっている その歴史を忘れないために そのアーティスト3人が 当時の写真と 今の写真みたいなのを 同時に飾っている部屋があったりとか そこにもう1室 レジデンスがあって そこに海外の作家が滞在して ギャラリーがないんですけど ギャラリーないのと言ったら ギャラリーなんて 別にいらないんだよと言って どうしてと言って ここがギャラリーだからと言って この建物全体で 例えばサウンドアーティストが屋上で 音の展示パフォーマンスをやったりとか 映像作家が1階のカフェで 映像作品上映したりとか それで そこに住んでいる子どもたちとか 住民とかが みんな見に来たりとか ここも そのファウンダーの3人が 結構頭のいい人たち 頭のいいというか 海外で勉強したりしていて 翻訳とか通訳とかでお金を作って
学校も 自分たちで作って そこに無償で学ばせて とか そういうのをやっている場所でしたね ここも地域とすごくつながっていて 残念ながら この建物も 今はもう全部壊されちゃって もうないと 言っていましたけど でもアジア編で アジアのキーワードとして 僕が行って学んだ キーワードとしては この5つのキーワードがあって 1つはコミニティーという 1人でやっているんじゃなくて あとは 先ほど言ったオーガニックという 関係性の作り方 あと ネットワークというのは 先ほど 全部で83箇所 行ったと言ったんですけど ほとんどが全部つながっていたりするんですよ みんながそれぞれ行ってるわけでなくて Facebookでつながっていて 今だったらInstagramかもしれない そのネットワークというのも すごいと思ったりとか あと インディペンデントであること 行政とかでなくて 自分たちで成り立っていて シェアというやり方があって シェアをして インディペンデントでやるという 東南アジアで僕がすごく学んだこと これを見てから帰ってきて Ongoing collectiveというのを 作ることになるんですけど でも すごいなと思って 日本でやろうとしたらできないというのがあって 先ほども言ったように やはり みんな忙しいし 先ほど言っていた コーヒー飲んでタバコ吸って ゲームやるみたいな時間は 誰も取れないんですよ
でも その年なりの そういうコレクティブとか 年なりの 東京という場所なりの シェアの仕方もできるんじゃないかなと まだ諦めずにやっていますけど この2016年の旅では そういう西欧欧米のやり方 日本がずっとやってきたやり方 というものとは違う もしかしたら昔の日本には あったのかもしれないけど そういうのではない やり方みたいなのを 学んで帰ってきた感じでしたね 次 ヨーロッパ編 これは一昨年かな 一昨年僕 文化庁で 1年間 オーストリアのウィーンに 1年滞在していたんですね それで なぜウィーンだったかというと ウィーンにはオフスペースという名前で それもアーティストラン インディペンデントのスペースが 100個近くあるというのを聞いて でもオフスペースは何か どうしてオフスペースかというと 基本的に閉まっていて オープニングパーティーの時は オープンするけど あと アポイントメント制で 行きたいという時だけ 開けてくれる だから基本はオフというスペースが 100個ぐらいあると言って それを調査しに行ったんですけど これ僕ね ほとんど 延々に自炊していたけど なぜかというと コロナで 全部自炊で こんな写真いらないんですけど まず行った瞬間に ロックダウンになって スーパーと自分の住んでいる部屋しか 行き来しちゃいけないというから ずっと料理していたんだけど 料理してひたすら酒飲んでいたんですけど
まあ ちょっとしたら それが開けて いろいろ まあ 飯の写真はいいんですけど いろいろ回れるようになって オーストリアのウィーンって アーティスト天国みたいなところで ムモックって これ現代美術館ですけど 現代美術館もあれば、 secessionという これは 世界初のアーティストランスペース と言われている場所があって こういうところで こういうのがもう 延々にあるんですよ ここはMAKというところで 現代アートから古典から あらゆる傑作が常に見られる 街中にそういうのがずっとある という状況で アーティストには この時は ちょうどコロナで アーティストであるということが証明できたら 月にいくらと言っていたかな 確か20何万 みんなもらえて コロナじゃない時よりも儲かっている みたいな状況があったりとか あとは 公共の文化施設というのも すごく充実していて クリムトがあったり ベーコンがあったり 現代 近代 古典 すべて揃っている それをしかも 行政が めちゃくちゃバックアップしていて 若い作家たちとか オフスペースって なぜ そんなにいっぱいあるかというと 国とウィーンという街と ディストリクトという その一角 その3つから助成金が取れて だいたいね いくらぐらいしたかな
300~400万もらえるんですよ それを5人ぐらい それもチーム作ってやっていたんだけど 東南アジアのやり方と全く違って 要は全部行政の金で 全然潤沢にできて それを職業に 職業というか 自分で他にも職業を持っているけど スペース運営に関しては 全部行政のお金で賄えるぐらいで しかも賄えるどころか 海外からも作家を呼んで そこで自分の場所で発表させたりとか そういう勢いなんですよ アートフェアもあったりとか これオフスペースの1つですけど pinaという ここはキュレーターと若い作家が 2人でやっていたけど 小さいスペースだけど そういう潤沢な予算のもと 展示をずっとやっている場所があって 東南アジアの時は 結構バラエティ豊かで 例えば瞑想と農業とか 先ほど言っていたような それぞれ行くところ 行くところで 色があったんだけど いろいろウィーンで見ていく中で だいたい一緒なんですよ だいたい一緒というか なぜ一緒かというと 要は行政からお金が出ているから そんなにガツガツしなくていいというか 自由にできるし 余裕なんですよね ただその時に僕は 東南アジアのやり方とか 自分自身のやり方を知っているから めちゃくちゃぬるいなと思って これはあまり 自分はどっちかと言ったら 東南アジア派だなというふうに 思っていたんですけど 今日の話のまとめに 少しかかりますけど やはりヨーロッパいいねという話をして これだけ潤沢にお金が出て 日本とは大違いだよという話を よくしていたんだけど みんなが口を揃えて言うのは 自分たちで急に この状況になったわけではないんだ
ということを全員 言うんですよ 前の人たちが戦って戦って戦って 今この状況があるという話を 全員言うんですよね それはやはり すごい衝撃を受けた 例えば日本だったら 僕が今日 帰りに酔っ払って 階段から落ちて死んだら Ongoingが潰れるじゃないですか それはなぜならば 僕しかやっていないから だけど ヨーロッパの人たちって めちゃくちゃ時間をかけて 次の世代のためにやっているんですよ 次の世代のために戦っていて 助成金とかも 前の人たちが戦わないと そんなことありえなかった 今日 価値のリレーという話だから 話していますけど それがやはり すごいな というふうに思ったんですよ 僕がいくら1人で めちゃくちゃ頑張って Ongoingというのを やっているということを プライドを持って 自負して偉そうに言っても それはあまり 意味ないなというふうに思った ヨーロッパの旅行をしている時に そうでなくて やはり次の世代が 何か文化的なことをやりたいと言ったときに 次の世代が 僕と同じような無茶苦茶なことを しない限りできないというのは やはり おかしいと思って 行政へのお金をもらっているから かっこ悪いなではなくて 今のこの 自由なことをやれている 状況を作ってきた人たちっていうのは その人だけでなく 何代にもわたって作ってきている ということが 日本にはなさすぎると思ったんです 日本にはなさすぎるというか
自分もやってきていないというのは 反省として すごくあって それで帰ってきて 考え方がヨーロッパでめっちゃ変わって 今まではすべて自分の企画 自分がいいと思った作家をやって それが自負だったんですよ だけどそうではなくて 誰か いろんな人たちが Ongoingを使うということをしないと 結局 1代で終わる それは今までの日本の悪しき伝統を 伝説のとか あそこはもう一瞬だけ あの人がいたからとか そういうことでは結局 何も文化なんて 文化的な状況とかは作れないであろう というふうに思って それで 帰ってきてから 若い人とか 若くなくてもいいんですけど 海外の人で 日本で今 滞在していて 外国籍の人で 日本人と結婚したアーティストとか そういう人に企画をやってもらったりとか 流行りのダイバーシティを 使いたいわけじゃないんですけど とにかく僕が1人でやるんではなくて 例えば若い人 例えば自分より年配の人 例えば外国の人とか 僕はやっぱりどうしても ホモ層というか 男ばかりになっちゃう みたいなことをやめて 女性のキュレーターというか 女性の若いキュレーターに任せるとか そういうのをすごい意識的にやって すごい変えたんですよね もう1つは 帰ってきてから 若い人のコンペというのを始めていて 大学生だけしか応募できない そのコンペで僕は 審査員はやらないんですけど 他の作家たちに審査員を任して それで選ばれた人には 僕のほうで制作費を出して
僕の場所で自由に展示やっていい というのをやっていたりとか あともう1つはね 例外アートスペースというウェブサイトがあって それも僕がやってると言うと 嫌だから匿名でやっているんですけど あとでgoogleを見てみれば わかると思うけど 僕みたいなインディペンデントでやっている スペースのインデックスを作って googleマップと すごい単純なんですけど 名前とウェブサイトと googleマップと 住所か それが載っているだけ それもどこかで見てくると すぐ出てきますけど 例外って エクセプトの例外ですね 例外アートスペースというサイトを作っていて それもインディペンデントの人たちが つながって 1人でやっているんじゃなくて つながりそれが歴史になっていくこととか そういうことをやらないといけないな という学びがあった だから行政と 僕はひたすら インディペンデントというのを 売りでやってきましたけど そうでなくて そういう部分 文化として次に残すという時 やはりどうやったって 行政と一緒に組むということは 必要になってくるし その時の視点として インディペンデントな活動 インディペンデントな文化の活動というのを どうやったら次に残せるかは 行政と組んでやるとか そういうことをやらないといけないな というふうに 年取ったのかなと思うけど 次のことを考えるというふうなことは すごい変わりましたね だから東南アジアで学んだことと ヨーロッパで学んだことは 両方ともすごく 僕の血肉になっているというか 今の考え方を形成しているものに その都度 その都度なっていった というのがあって
だいたい今日のお話は終わり 若林/ここからまとめに入っていきたい 小川智紀/まとめに入らなきゃいけないのだけど 僕ねまとめが下手だからね なんか あれなんですね 戦わなきゃいけないでしょう ロビー活動も含めた話になるんですけど 例えば今日のテーマで言うと 共同体というのが いろんなところにあって 特に 海外の共同体のあり方をご覧になった 希さんが見てきて 吉祥寺で実践されようとしていることは すごくなるほどなぁと思ったんですね 若い人たちが持っている共同体 共同体の話って 共同体の中である力関係 権力の話があったりするじゃないですか 権力の話を突き詰めていくと これは政治の話になるんだと思うんですよ なぜ日本では政治の話がしにくいんだろうか それは自民党とか 都民ファーストの会とか そういう話をしたいわけではないんですよ そこは政治と自分たちがやっているところと 政治ってどこか 密接に絡まっているよねという話が 例えば行政が金出したりすると これも行政のお金だったりすると思うんですが なんとなく僕 喋りづらいなという感じが したりするんですよね もっと東南アジア あるいは諸外国では そういう話もフランクに できるようなものなんですかね それとも僕は配慮しすぎなんですかね どうなんですかね 小川希/ヨーロッパの例で 東南アジアは そもそも 行政のお金入っていないから あれなんですけど ヨーロッパの例で言えば 先ほど 潤沢な助成金があると言ったじゃないですか 採択されたら 内容に関しては 一切何も言わないらしいですよ 行政批判とか 国の批判とか そういうような表現があったとしても 一切口出さないと言っていました
それも おそらく 勝ち取ってきたものなんだと思いますね それは すごいなと思いました 日本は絶対ありえないなって 若林/ありえないですね ソフト検閲とか それが転じて自主規制になる まだ忖度みたいなのが いっぱいありますけど そのあたりの状況も どうやって変えていくか ということなんですかね 小川さん 小川智紀/どこから始めればいいんですかね それは 要は 怒るとか コミュニティつくるのでも大変なのかな 今みんなで集まって 何かをしようって 忙しいんですかね なんで忙しいんだろう みんな 僕は忙しくないんだけどなあ なんで忙しいんだと思います 他の国に比べて みんな アーティストは 小川希/貧乏だからだと思います お金がなさすぎる というのがあるんじゃないですかね なおかつ生活費が高い 東南アジアはみんな貧乏でも 生活費がめちゃくちゃ安いから 別に死なないんですよ 下手したら死ぬじゃないですか 東京とか 若林/うん このまま いっちゃうとね 小川希/だから やはり みんなそういう ゆっくり 時間をシェアするみたいなことが できないんだと思いますね 小川智紀/貧乏なのは 売れていない自分が悪いんですか 小川希/どうなんですかね そうは思わないですけどね そもそも資本主義という枠で もちろん生きているから ある程度お金は
作らないといけないんだろうけど ある程度というのが できないような構造なんじゃないですかね これぐらいでいいや というのが なかなかできなくて すごい働かないといけないとか ちょっと働いて 例えば 週に2日だけ働ければ 何とかやっていける みたいな状況が生まれない それは経済の話ですよね おそらく日本の経済が やはりすごく関係している話ですよね 若林/そうですね 経済構造とかね まあでも 少し 何が次の世代に 仕組みを残していけるのかなと 考えたりした時に 経済構造そのものを変えたり 何か急に変化させるのは 難しいなと思ったんですけど 昨日 助成金の設計を考えていて そこでできることは 少しあるなと思ったんですね 例えば助成金ひとつ取っても ものすごい煩雑な手続きを踏んで 助成金を申請しなきゃいけないし 助成をする側も ものすごく細かく規則を定めて 不要な時間を費やして 人件費も時間も費やしているような気もする でも そういうところを 信頼というものを間に置いて 少しずつアート界の 在り様を変えていくことは 変えることにはお金がかからないから そういうようなことで 少しアート側と それから 制作を作ったりする側で できることを 例えば規則を少し減らしてみる 信じるような仕組みづくりに 変えてみるということだけで どうしてもやはり 資本主義の構造に乗らないから 助成金は必要だとすれば その助成金の在り様を変えるということでも 少し状況は変えていって
オーガニックに 無駄にゲームをして ちょっと考えたりする時間を作るとか 未来に何十年かかけて そういうふうに時間の在り様を変えていく みたいなことはできるのかなと思って 話はずれちゃうんですけど 林業を取材したことがあって 林業の方々って 200年後を見ているんですよね 自分たちで収穫じゃなくて なんていうの 木を伐採して 自分たちで利益化しようとしていなくて 次の次の世代が それを木材にして お金にできるように考えて 設計するみたいなことがあるので 少し林業的にね 考えていけるといいのかな なんていうのも 今日の小川希さんの話を聞いていて思ったし 小川智紀さんの最後の問いかけを聞いても 私の中でもいろいろ考えさせられました では名残惜しや なんですが 最後 小川智紀さん 磨く時間ということで ラップアップなんですけれども 何か言い残したことはありますか 小川智紀/この施設と言っていいのかな ルールを足していくのって結構簡単なんですよね 今文化施設とかって もうルールが100ぐらいあるわけですよ 世の中はそれを奨励していて なにか団体を作ったりすると 規則がお宅のところはありますか というのを 100とか200とか出すんですよね こういう馬鹿げたことをやっていて 世の中良くなるのか 確かにAさんがやったとき Aさんが窓口でいる時と Bさんがやっている時が 違っちゃまずいだろう という言い方はそうなんだけど 本当にそうかとも思うんですよね ルールを減らしていく知恵 というのってあるんですかね 若林/最後それを 小川希さんに ご意見を伺って締めていきましょうかね 小川智紀/そうしちゃいけなかったんだ すみません
若林/いいんですよ いいんですよ こういうところがね オーガニックで良いと思いますが いかがでしょう 小川希/ルールを減らす知恵ですか なんだろうなぁ でも やはり 先ほど仰っていましたけど 信じて この人だからというのは すごい必要なんじゃないですかね このルールを こういうのに沿って こういうプロジェクトにお金出しますでなくて この人にお金出すというので そういうのないじゃないですか あまり そういうのは 1つの方法だと思いますけどね あとは 場所に対して出すというのはないから だいたいプロジェクトベースだったりするから そうではなくて この場所をとにかく いいことやっているから この場所に5年間出すとか そういうのがあってもいいと思いますけどね 若林/そうですね 新しい文化の状況づくりというのは これからも考え続けていけたらなと そんなこともいろいろ 考えさせてくださる 小川希さんのレクチャーでございました 本日はありがとうございました 全員/ありがとうございます 若林/それから私から 手話通訳の方と 文字支援の方にも ずっと見続けていましたが たくさんのお仕事ありがとうございました ではここで 事務局の今野さんに バトンをお戻ししたいと思います 今野さんよろしくお願いします 今野/はい 2人の小川さんと若林さん 本当に長い間 とても熱い対話を ありがとうございました また 今回ご聴講していただいた皆さんも お付き合いいただき ありがとうございました
今回キャパシティ・ビルディング講座は6年目で 公開講座も初の試みを行っていますが コンセプトとしても実践者の対話という回を 設けたのが今回初めてでした 打ち合わせのときから 小川希さんと これまでの実践とか いろいろな関心事とか 改めて聞いてみたいなと思っていたことを 全部棚卸ししていただけたような気がして 私も大きな示唆をいただいたと思っています 受講してくださった皆さまにとっても とても良いヒントや示唆をいただけたなら よかったなと思っています 若林さんの林業のお話とか 小川智紀さんのルールを減らしていくことの話も 続編をまた聞いてみたいなと思いました 感想を足してしまいましたが 今後の運営の参考と させていただきたいと思いますので 受講の皆さま ぜひ 講座のアンケートへのご協力を よろしくお願いいたします 本日のアーカイブ動画は 編集に4週間ほど いただきまして 準備が整いましたら 視聴リンクを ご登録のメールアドレスに お送りさせていただきます 動画は(一部)公開講座のものに関しては アートノト ウェブサイトにも 掲載予定をしております 次回のキャパシティビルディング講座 オンライン公開講座は 来年1月10日 水曜日の 同じ時刻から行います こちらが最終回となりますが ゲストにアーツカウンシル東京の機構長の 青柳正規を迎えます お申込みに関しては 12月の中旬頃に開始いたしますので ぜひウェブサイトなどを チェックしていただければと思います そのほか アートノトでは ほかにも 様々な講座を 開講しております スケジュールや詳細などは チャット欄にご案内の ウェブページをご参照いただき
ご活用 ご参加いただければと思います それでは 本日 大変長い間 どうも ありがとうございました また次回 別の講座でも キャパシティビルディング講座でも お会いできればと思います どうも ありがとうございました これで終了いたします
アーツアカデミー2023 芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座
【オンライン公開講座】#2「実践者との対話~共同体から生まれる芸術と表現。その実験/実践から学ぶ~」
2023年11月15日(水)実施
配信終了日:2024年3月29日(金)17時
詳細:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/61187/
<全体レジュメ>
以下のGoogleドライブよりダウンロードできます。
ダウンロード終了日:2024年3月29日(金)17時
https://drive.google.com/file/d/154UYzm0cPli5dYikVCKwk-2XkvMy3_5i/view?usp=drive_link
<他、講座内でお話のあった資料について>
◉映像資料
TERATOTERA祭り2017(ショートバージョン)
◉【新装改訂版】 東南アジアリサーチ紀行―東南アジア9カ国・83カ所のアートスペースを巡る
https://tarl.jp/archive/southeastasiaresearchtrip_new/
<アンケート>
今後の講座運営の参考にさせていただくため、アンケートにご協力をお願いいたします。
https://forms.gle/dK4Eqz161RsVSh2NA