【維新戦役忠魂碑】「鳥羽伏見の戦で防長軍48名葬られ本碑が建立」東福寺境内(2025年5月13日)
慶応4(1868)年正月に勃発した鳥羽伏見の戦で,長州藩および支藩の兵(防長軍)は東福寺に陣を張り,伏見・淀方面に出張し会津藩を主力とする幕府軍と交戦した。この時の戦死者48名は東福寺山内に葬られ,五十回忌にあたる大正6年に本碑が建立された。碑文撰者は長州藩奇兵隊に所属し鳥羽伏見戦で戦った三浦梧楼(1846~1926)。
本碑より東の山上,仲恭天皇九条陵の西隣に48名の墓地(招魂場)があり,本碑はその神道碑というべきものである。
碑のかたわらに「防長忠魂碑」(西面)「墓地ハ此坂上約二丁」(北面)と記す石標が立つ。
参照:京都市
⇒https://www2.city.kyoto.lg.jp/somu/rekishi/fm/ishibumi/html/hi171.html
1件のコメント
忠魂碑はもう法律で慰霊塔に建て直さなくてわ行けないそうです。
建て直してくださいよ。