【鹿児島藩招魂碑】「即宗院が島津氏久の菩提寺であるためここに建てられた」東福寺境内、偃月橋(2025年5月13日)

即宗院に向かう本坊の南側に旧鹿児島藩士招魂碑が建つ。これは即宗院の山上に鹿児島藩招魂碑があることを示している。即宗院は、東福寺の塔頭寺院で、西郷隆盛と深い関わりがある。
西郷隆盛公と僧月照(京都清水寺の勤皇僧)は、王政復古を志し、新撰組や幕府の追っ手を逃れこの即宗院の採薪亭で幕府転覆の策をめぐらした。西郷隆盛公はその後の苦難を乗り越え、鳥羽伏見の戦い(慶応5年)から勝ち進み勝利を手中にした。戦いの戦死者524霊を弔うためこの即宗院で斎戒沐浴し碑文を書きしたため、明治2年に「東征戦亡の碑」を建立した。

庫裡の奥、偃月橋の手前に「旧鹿児島藩士招魂碑」が建てられている。即宗院が6代藩主・島津氏久の菩提寺であるため通り道のここに建てられた。慶応4年(1868)の鳥羽伏見の戦いでは、長州藩が東福寺に布陣しました。

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