【神奈川県】箱根を2泊3日でめぐる旅
ナッシュトップクラスの人気メニューチリ ハンバーグステーキです。これ行っていい のかわかんないですけど、マスバーガー みたいな美味しさなんですね。それからね 、ここら辺の謎の付け合わせの味付けが 絶妙で深みがあって美味しいんすよ 。東京駅6時21分発。朝1番の新大阪 行きひ号631号に乗り込みました。 朝日が刺してくる車内で私は今日相当早起きをしましたので若干寝不足気味です。追加の睡眠を取ることにしました。自由席車内はガラガラでした。テーブルを取り出してぐっすり。これが一番よく眠れますね。寝過ごしたら大変です。この列車はひ号です。小田原を出ますと次は豊橋に [音楽] え。過ごしたら豊橋に連れて行かれます。大丈夫です。ちゃんと起きることができました。右手に箱根の山波が早速見えています。 あの山の間に路線バスや登山電車、そして 高級ホテルやら何やら色々揃っているわけ ですね。すごい場所だと思います。ここ 小田原はまだ箱根町に入ってはいませんが 、箱根の玄関として古くから知られている 場所です。どれぐらい古くからというと 多分400年ぐらいじゃないですかね 。ここから乗り換えますのは小田急箱根 登山線。有名な箱根登山電車は朝早い時間 であればガラガラで本来の魅力を味わう ことができると思います。またここからは 今回はwe版を購入しましたが箱根フリー パスを利用して旅行します。持ってると 大体の場合お得になることが多いです。 そしてもう1つ箱根の地形についてもご 案内したいと思います。これが小田原方面 から見た箱根の山の地形です。箱根は くぼんだ山となっています。成立ちを簡単 にご案内させていただきますと、元は 富士山のような形をしていたようですが、 火山でしたので噴火しました。そして マグマが溜まっていたところが空洞になり 、ボコりと完没して比較的平が山の真ん中 にできました。これがカルデラですね。 そしてこのカルデラの部分は比較的平坦だ ということで過ごしやすい環境が整ってい ました。ですから標を生かした秘書地とし てまた地熱を生かした温泉地としても使い やすい年として観光地として反映すること になったわけです。もう1度地図をご覧 いただくと、確かに元々は富士山のような 形をしていた山がへこんだのかなという ような形に見えます。この箱根の山には2 の谷が通っています。最も有名なのは早川 で、もう1つ川というのもありますが、 この早川とスモ川に沿ったところが箱根の 観光コースとなっている主要な谷筋です。 2つの川が合流するのは箱根湯本駅付近で こここそまさに箱根の玄関口となっていて 今からここへ向かうということになるわけ ですね 。小田原駅を出発した電車は左手に小田原 場を見ながら行きます。今朝が早すぎて やっていませんが、遠用していれば是非 とも寄っていきたい素晴らしい場所です。 箱根は昔から東西の交通の幼少となってい て、山を超えて関東に入るその最初の 入り口のところに軍事拠点の小田原城を 設けられていました。使っている電車は 東京で走っているのと同じようなタイプ ですが、箱根湯本まではすぐに到着します 。Googleマapで路線図を見てみる となるほどドーナツの内側に入っていく ようにして山の真ん中へこれから連車で 向かうのだと分かります。ここで進んでき た小田原市街方向へ。後ろ方向を振り返っ てみると朝日が立ちのりめく相模湾が見え ます。この相模に今早川が注いでいる光景 も見られこれを逆向きに遡るようにして今 箱根の奥の奥の方へと目指して進んでいる のだということも実感できます 。こうして箱根の正面玄関 から画面の右奥に見えています。箱根湯本 駅からさらにこの先の険しい山を目指して 進んでいくんですね。朝の早い時間に来る と大変いいです。人はほとんどいませんし 、朝特有の鋭い光によって町の眺めもいつ もとはさらに違って見えます。箱根の街 役場がこれですね。こここそ箱根の町が 1番外に向かって切り開かれているところ 。お隣には大きなガラス窓、箱根で日本屈 の名門ホテルとして営業している藤谷 ホテルの湯本の建物です 。朝の鋭い光が差し込む箱根湯本駅に到着 しました 。通常ですと箱根湯本駅は観光客で大混雑 しているのですが、まだ朝の7時を少し 回ったところでガラガラです。ここから さらに山奥へ入っていく登山電車に 乗り換えをしますが、乗ってるお客さんは 山で仕事をしている通勤の人たちぐらいで 観光客はほとんどいませんでした。この日 は日曜日です。あと1時間ぐらい後にやっ てくると大混雑するのではないでしょうか 。箱根登山電車の混雑は本当にすごく機に は東京の通勤電車を上回るような大混雑を 見ることもあります 。この電車の男し終私は朝1 番の新幹線でやってきましたので、まだ観光客がいない時間にほぼ貸し切りで楽しむことができるんですね。それではまた現在値がどのような地形であるかを Google を使ってご案内したいと思います。この辺りちょうど早川が流れ下ってきていて非常に急な区間です。現在地箱根湯本駅から登山電車は早川の警谷を遡るようにして途中何度も進む向きを変えるようにしながら過酷な道をなんとか登り宮の下という駅まで今回は乗車します。 いや、本当に素晴らしい。全然お客さんが乗ってないじゃないですか。 こんな空いてんの初めて乗りましたね。この電車はアレグラ号という最新型で窓が巨大です。席は選び放題。 2 時間後には立ち客で反対の窓の景色を見るのも難しい状態になるのではないでしょうか。早置は 3 問の得と言いますが、早置で5000 ぐらいは特してると思いますね。お来ました。ここから先の登り坂が急です。 この箱根湯本から先は 全国でも最も急だと言われる上り80% ミルの急行バイク間を進みます。 明らかに普通の電車とは見える景色が違い、よく上から電車が落っこちてしまわないものだという気になります。安全の対策は 2030 に行われていますので心配する必要はありません。 [音楽] このアレグラ号は窓が大きいので様です。 こんな景色も楽しめるんですね。面白い。お 足元にご注意ください。お出口は左側です。 [音楽] 明治時代に作った古い鉄橋の上を渡ります。元々は JR 東海道線で使っていたものをここへ持ってきたみたいですね。下は国道 1号。 箱根駅伝でもよく知られる道が右手にあり ます 。電車は時寄りトンネルを通りますが、石 で作られている大変古いもので、ここに 鉄道を建設するのはものすごく大変だった みたいです 。あ、トンネルの上部分はレガ作りになっ ていますね。相当昔のものを使い続けて いると分かります 。極めて急な登り坂を進んできますと、 右手からも線路が合流してきました有名な 箱根登山電車のスイッチバックです 。この先線路が終点となり、あそこで 行き止まり、この後は進行方向を逆向きに 切り替えて進んでいきます 。あまりにもこの辺りの地形がうわ、本当 に厳しいですね。これが東京から1時間と かで来られるというのは本当に日本って すごい国だなと思います が眼下に緑色の鉄橋があれさっき渡った 鉄橋ですね。さっきあそこから来たのかと いうのを見るのも楽しい。空いている時間 なので景色見放題です。混んでいるとここ まで自由には行動できないですからね。 やっぱり朝1番に来てよかった 。進行方向切り替え 。逆向きに動き始めました。 もう山の奥から小田原へ降りていくバスもいますね。お、あの下の鉄橋のところ反対方向の電車が 次は大 いかに箱根が過酷な地形であるか分かります。そこに電車が通ってしまうというのだからすごい。次の大平台でもまた進行方向切り替えのスイッチバック。こういったことを何度か繰り返さなければ急な坂道を登ることができません。 [音楽] いや、これ混んでる時はね、なかなかあ、 早くスイッチバック終わんないかなみたい な感じになるんですよね。ずっと車内で 立ってる状態 で牛満員の状態ではい、ではここで進行 方向を切り替えますのでとかなるとうん、 ちょっときつい早く降りたいな、早く 下ろくれみたいな気持になることもあるの ですが、やっぱり早朝に来るというのは 最高ですね。次に上大平台信号場に着きま 止まってるのも見られます。これはもう 戦争する前からずっと使ってるすごく古い 電車でよくまだ使えているものだと思い ますが、そういう古い電車も普通に走って います。ここでまた進行方向逆転の スイッチバック。これが最後になりますか ね。今この右側から来たわけですね。え、 今度は 逆向き箱根駅伝などで有名なコースかと 思います。グねぐ回っている国道1号の上 を崖に沿うようにして進んでいきます。 次の停車駅が私が最初に降りようと思って いる宮の下駅ですが、その宮の下へ着こう とするぐらいのところで国道1号を鈴に なって走っていく車とまた同じく鳴りに なって走る3両編成の登山電車の景色を 両方見ることができ箱根らしいと思います 。自分が乗っている電車がどのように走っ ているか、そして他の観光の人たちはどう やって車で走ってるのかというのを見 ながら行けるというのは楽しいですね。 右左へ電車は急カーブを打ち回るようにし て走り、右にも左にも自分が乗っている 電車の姿が見えます 。誰もいない時だからこそ大きな窓を いっぱいに使っ て好きなだけ景色を見ることができるん ですね 。朝早い時間の箱根登山電車に乗ると混ん でいる時間のそうだな、まあ3倍か5倍 ぐらいは面白いと思いましたね。 沈の古い橋の上を渡り、間もなく目的地の 下に着きます 。宮の下駅はここに神社が昔からあったの で、そのお宮の下ということから宮の下だ そうです 。乗ってきた最新型電車のアレ倉号が列を なして山を登っていきます 。あの電車は本当に素晴らしい。窓が あんなに大きく取ってくれて山を登って いく姿も普通ではないですね。あんな 遡れるな。あれを対象時代からやってん ですよね。ここ宮の下は天下の名門藤谷 ホテルの最寄り駅です。藤谷ホテルまでは 駅前の急な坂を下りながら進み徒歩7分 ほどです。それほど遠くはないし道が全部 フラットですからタクシーを呼べば来て くれるんじゃないですかね。駅前もこんな 山奥なのに充実してます。さすが箱根。 ちょうどここに足湯をくれ始める時間かな 。足湯カフェがありますからね。駅前通り を下ると国道1号があります。小回巡り さんがちょうど出発の準備。パトカーが2 台も止まっています。駐在町じゃなくて 交番なんですね 。こんなすごい山奥なのに大型バスも ひっきりなしに通り、いろんなものが充実 しているのが箱根の特徴。すごいすごい朝 の7時代からこんなにバスが小田原へ通勤 の人もいっぱい乗りますもんね 。早くも目的地は見えています。箱根の 宮殿藤谷ホテルです。7時50分頃に藤谷 ホテルに到着しました。藤谷ホテルは本当 にすごいホテルで創業は明治11年ですね 。まだ日本にホテルというものがほぼ存在 しなかった時代から営業を続けている日本 屈の新世ホテルです。1番古いのが日光 金屋ホテル明治6年ですから、ま、 おそらく2番目に古いホテルということに なるでしょう。またいわゆるリゾート ホテルとしては滞在先でゆっくりすること を出したホテルとしてはここが日本で1番 古いようです。明治初年というのは日本は まだ非常に貧しかった時代で海外からやっ てくる人たちの方が圧倒的にお金を持って いました。だからお金を持っている いわゆるインバンドから高いお金を払って もらってゆっくりと過ごしてもらってお金 を稼ぎ日本経済に貢献するという考えから 外国人向けのホテルとして営業されてきた 歴史も持ちます。ということで英語の看板 が目立つわけですね 。欧米にやってきたような回転扉。日本で あんまり見ませんが、海外ではこういう 回転扉を多く見ます。室内の保温効果を 高めるためですね。建物も明治時代当時の ものですが、とてつもなくいいものが使わ れておりを利欲整備されているので、今で も同じように使うことができるようです。 気になる宿泊ですが、2025年3月時点 では1あたり6万円からという価格になっ てるみたいですね。2人で止まった場合に は1人当たり3万円ずつということになり そうです。 私はクロークに荷物を預けて、まずロビー あたりを見てみました。ロビーも非常に 広く、1つ1つの間取りが大きく、そして 光が多く入り込むように巨大なガラスが 取り付けられています。明治初年から ほとんどその姿は変わっていないでしょう 。当時は電力事情も今ほど良くなかった から外の明りを飛び込むことが大事。あと は日光玉をする人たちが海外の人では多い ですよね。ということで、寒い場合もある 箱根では日光ができるように大きなガラス を設けて、そこに日差しが入り込むように このような場所を作ったのだろうと思い ました。掃除機の音えも優雅に聞こえます 。また、あ、これ暖房装置ですね。欧米に 行くとこういう暖房装置があるんですよね 。どうしても古い日本の木造というのは 寒くなってしまいがちなのですが、藤谷 ホテルは欧米式の温かいちゃんとした暖房 を取り付けているので、古い木造科学で ありながらかなりきちんとした暖房が整っ ているように感じられます。滞在中寒いと 感じることはありませんでした。明治時代 とかの建物で寒いと感じることがないのは 結構貴重です。おひな様の飾りもあります ね。藤ジホテルは明治時代の本管の建物も 素晴らしいのですが、もう1つ名物として 知られる建物があり、それがこの 色取り取りの花店です。昭和専前機比較的 日本が華やかだった時代に建てられたもの で、藤谷ホテルで1番豪華な菊の間もこの 中にあります 。私も一度菊の間に止まったことがあるの で、当時の写真を映像をご覧いただければ と思いますが、このような空間でした。1 泊20万円ちょっとかかったと思います。 ベッドルームとリビングルームが木の扉に よって2つ分開けられており 、巨大な彫刻作品の中にいるようでしたね 。天井の1枚1枚の彫刻も見事。この部屋 も素晴らしかったですが、特に素晴らしい と感じたのは窓の外の景色で、藤谷ホテル の中で1番良い景色を見ることができまし た 。明治11年に作られた本館を眺め下ろす ことのできる展望台のような場所に部屋は ありました。日本が貧しかった時から今の 時代まで海外のお客さんからの裕福なお金 を受け取るためにここで経営を続けてきた んですね。というようなことも振り返らせ ていただきましたが、今回は正直そんなに 予算がありませんので、今回はね、なんで 朝早くに藤屋ホテルにやってきたのかと 言いますと、連絡ツールを通りまして一旦 外へ出まして、今回は朝ご飯だけ食べに来 たんですね。実は藤谷ホテルでは朝ご飯 だけ食べる、宿泊しなくても食事だけ いただくということもできます。その食事 会場も素晴らしく、メインダイニングは 日本の誇りを全て反映したような折り上げ 式の天井となっており、90年以上前の もの。天井の高さは6mほどあるようです 。これは以前に大伺いしたい時に撮影した もので、今回はこのメインダイニング ルームではなく、もう1つ藤谷ホテルが 持っている建物がありますので、そこを 訪れたいと思います。メインダイニング ルームがある建物、このカラフルな建物 ですが、これを出まし て車が並んでいるところを少し進み、目の 前は国道1号です 。この国道1号を信号で渡って反対側の ところに別管のような建物があります。 看板が出ています。9定キ装 。元々は昭和天皇もお使いになったご用が 戦後払い下げとなりまして、現在は藤谷 ホテルの食事場所になっているのです 。宮下ご定は1895年日戦争集結の都市 に皇室の秘書地として立てられた歴史を 持ちます 。敷地に入るとまず大きな植込みが目立ち ますが、元々この植込みは存在せず1面 大きな砂利敷だったようです。運動上の ような使われ方をしていたらしく、若い時 の昭和天皇がお使いになっていた時には ここで朝そして日中の稽古をして体を鍛え ていたという話です 。入り口の横にはメニューが出ていますが 、もちろん英語での案内が充実 。かなり品数もありそうです。金額は 4900円。 扉を開けるとすぐに係りの方が迎えに来て くれます 。天窓から光が差し込んできます。室内を 明るく保つ工夫です。豪華जीव乱という よりも実用的で、しかし1つ1つは極めて 上等に作られている建物だという印象を 受けました。そして私が案内された席は なんとちょうど窓際庭園のすぐ近くの ところ であとはメニューが1種類ですから座って いれば持ってきてくださるというわけ で待っているとか係りの方が私のネクタイ の後ろ側が大きくずれていたようでさりげ なく直してくれました。ドレスコードは スマートカジュアルです 。メニューはすりおろしリンゴジュース からスタート。温かいお茶と一緒に持って きてくれました。しかし本当にいい席にし てくれましたね。窓の際のところが たまたま開いていたので朝の光を美しく 受ける庭園を見ることができます。窓の ガラスが縦長でちょうど庭園の木々の高さ と合わせて作ってあるようですね。この木 も美しい見え方になるように入念な先定が 行われているのでしょう。 この贅沢な景色を眺めながら贅沢な建物の中で贅沢な食をいただきならばむしろ氷的というよりも安いとさえ思えてきます。 [音楽] 私は和食は最近あまり食べません。なぜならば味付けが濃くて塩分の取り過ぎが心配になってしまうのですがこの藤谷ホテルの朝ごはの和食は味薄めで作ってくれていたので毎日でも食べられそうでした。 こんな朝ご飯を毎日喋られたらなという 気持ちになり、贅沢な体験だと思いました 。メニューは地元さんのものが多く揃え られており、神奈川県の名産シラス。すぐ この山の下のところで作り、簡単に持って くることができる小田原のカまぼ。この 地域周辺の材料で作ったという肉豆腐。 さらに直家性のぬか漬け 。素晴らしい食べ物をたくさん揃えて もらい、100点満点の体験をさせて いただきました。採点をするのも おがましいですかね 。このキカの庭園にはもちろんお客さんも 歩いて入っていくことができます。 静かに楽しみたいですね。これが昔は 極めて身分の高い人しか入ることのなかっ たご用定の景色。明治時代から昭和初期に かけては皇族の方々への予算が非常に多く かけられていたそうですが終戦に随分 変わったみたいですね。西越がみんな餌を 求めてやってきています。恋は長息気だ そうですからもしかしたらここがご用だっ た時代を知ってる恋もまだ生きてますかね 。さすがに無理かな。庭を歩いていると何 名かの視聴者の方に声をかけられました。 あ、スーツさんの動画を参考にしこれ旅行 に行ったんですよ。お声がけいただきまし た。ありがとうございます。次回の参考に していただけるようにと、また箱根の動画 をこのように作らせていただいている次第 です。名乗り惜しいですが、そろそろ出発 しましょう。まだ箱根の旅は始まった ばっかりですからね。あ、こんなあります ね。右なんとかこの昔の道案内ですね。何 と書いてあるのかあまり読めませんでした が、藤谷ホテルが明治自体に立てたもので はないかと思います。そう、藤谷ホテルは 実は箱根の交通の幼少のまさに目の前に 位置しています。道案内が充実。国道1号 線っていうのは実は藤谷ホテルが作ったん ですねという歴史があります 。ここでまた地図をご覧いただきたいと 思います。今回は小田原から登山電車に 乗って箱根湯本を経て今宮の下までやって きています。で、ここ宮の下から先に続く 道としては谷筋にそうにして進むものと 静岡県方面まで抜ける国道1号の2つが あります。ここからは赤い丸をつけている ところ足の子のほり方面を目がけて国道1 号を進んでいこうと思います。ということ で、もう一度先ほどのクロークによってお 願いしていた荷物をもう1度返して いただきました。お世話になりました 。藤谷ホテルの前からバスに乗ろうと思い ます。ホテル前というバス停があります。 昔箱根にホテルといえば藤谷ホテルしか なかったのでここがホテル前という名前な んじゃないですかね。今では箱根に数え きれないほどのホテルがありますがホテル といえばやはりここなんだなと思わせる バス停の名前でした。さあここから山を 超えていく国道1号を走るバスはうん混ん でますね。 そういうもんですね。もう朝ご飯を食べて すっかり観光の人たちが動き回る時間に なりましたのでバスは混雑していて席は 空いていませんでした。ま、立つことは まだ十分できるような感じでした。ただ 国道1号は右へ左へ曲がりくねる道となっ ており、ここバスはなかなかの高速で走行 します。安全上問題がないからですね、 後ろの車の迷惑にもなってしまうので、 それなりの速さで走らなければいけません 。ということで、運転士さんの ドライビングテクニックもなかなかの見所 となりますが、ま、 結構乗っているのは大変かもしれませんね 。右左へ体が揺られるようにしながらの それなりの長い時間の乗車です。ま、これ だけ山道をぐんぐん進んでいくバスに一生 懸命しがみつけようにして立つという体験 もなかなかできないので、そういう アトラクションだと思えば楽しいと思い ますね 。しかしかわいそうだなと思ったのは途中 バスは小谷などのホテル街を走行しバス 停手停で待ってるお客さんがそれなりにい たのですがもうバスはその時点で満員に なってしまっていたので待ってる人たちに アナウンスでこのバスは満員になりました のでご乗車いただけませんのをご利用 ください。アナウンスしてバスが通過して しまったということでした。そこで行列を していたお客さんたちは皆絶望したような 顔をしていましたがお休みの日の箱根では 現状そうしたこともあります 。ここまで海に面した小田原を出発し、 登山電車で早川の流れを遡るようにして宮 の下の藤谷ホテルへ。そしてさらにバスを 乗り換えてやってきましたが、いよいよ当 を超えて足の子のほとり、元箱根でバスは 向かうようになります。この辺りの景色は ちょうど江戸時代の浮道53次のうち箱根 にも描かれていて、大宮の行列が降りて いくようなところまさにバスは同じように してか駆けおります。ただ映像を取るのは 混雑がすごくて無理でした。すごい混雑 だった。しかし、ま、こんなもんだと思っ て、あらかじめ覚悟の上で乗り込めば 大したことはないですよ。優雅がなバスの 旅と思っていたら大混雑のバスが来たって いうんじゃ思い出も壊れてしまうかもしれ ませんが、今日は日曜日空手で箱根行けば そりゃどこかしらで大混雑に遭遇するのも 納得かと思います。ともかくやってきまし た元箱根。ここが元々の箱根の中心部と いうことで元箱根なんでしょうね。いや、 懐かしい。東京から大阪まで自転車で行っ た時、ここを走ってすごく楽しかったです ね 。ついにやってきました。早川の流れの源 と言えるでしょう。足の子 。湖を渡る有覧線が2つ同時にやってき ました。お互いに火を散らしているかどう かは分かりませんがライバル会社ですね。 奥に見えているのは箱根海賊線です。感線 のような姿をしていますが、煙を吹いて いることからお分かりいただけるように 張る機能は飾りでもちろんエンジンで運行 しています。手前側は元々西武鉄道が運行 していたもので、今では富士急行別の会社 に譲渡されましたが、これも湖を渡る有覧 線です。ま、正直箱根快速線の方がだいぶ 人気があるのですが、白い船風という名前 のこの船も最近新しくリニューアル デビューしたというので興味があり、乗っ てみることにしました。この有覧線に乗る とどこへ行けるのかということなんですが 、現在地元箱根港からこの船はまず箱根園 というプリンスホテルとかがある西武鉄道 のリゾート開発の拠点まで行きます。その 後折り返すようにして箱根石という別の 場所へ行った後もう1度循環ループで元 箱根へ戻ってくる。これの繰り返しです。 今回はこれに石口まで乗ってみようと思い ます [音楽] 。この空風は元々昭和の時代に作られた 古い船のようですが、これを鉄道デザイン で知られる川西先生という人が リニューアルして、仙台もだいぶ清潔感が あり、また大きな窓からの景色が楽しめ ます。そして第一にお客さんがあまり乗っ ていないので、今日日曜日でああちこちが 混んでいるのですが、この船にはそれほど 人が乗っていないので、非常にゆったりと 足の眺めを楽しむことができます。海賊線 はなかなかお客さんが多いので、こう はいかないでしょう 。またオープンデッキ以外も窓を開ける ことができます。これが楽しいですね [音楽] 。素晴らしい。誰もいないところから たった1人で大と5対面。大と大人気です からね。記念撮影の行列ができてるのを 見るのが楽しい。1人ずつ順番を譲り合っ て少々時間がかかります。ああ、なんか 来る旅に行列が長くなってるな。いい写真 いっぱい撮れたかな?ま、そんなにどう しようもなく待たされるということもない と思います 。ここには箱根神社という早川の流れの源 になる昔からの大きなお宮があって、その 麓元に箱根で最初の町が開かれました。右 奥の方に町が見えます。元箱根がそれです 。高い山がいくつもあって足の子の眺め、 その奥にある富士山の景色を眺めたいと いうことで高級ホテルも連っている 素晴らしい景色だと思います。止まらなく ても豪華ホテルが止ま並んでいるのを見る だけでも素晴らしいですね [音楽] 。こうして有覧線は足の北の方へ進みます 。前方には富士山も見えるようになってき ました。この日は富士山が曇っていました 。しかしこれは負け惜しみというつもりは ないのですが、富士山がそれほど見えなく てもあるということが感じられれば箱根で は十分だろうと思いました。足の子から 見える富士山は全体を遠くまで見渡すこと ができるというよりは、ま、添え物背景の 1つとして感じられるというところですか ね。それよりこの右手側の山の方を見て おきたいです。駒あるいは上山箱根の 真ん中にある1番大きな山です。箱根は 先ほどお伝えしたように火山の噴火によっ てマグマの部分が完没してできたような 地形だという風にお伝えしました。ただ 実際には何度も噴火などを繰り返してこの ような形になっています。くぼんだ後も さらに噴火をしましてくぼんだ後にもう 1度大きな山ができました。これが内り山 と呼ばれていますかね。箱根の真ん中に ある1番高い山です。そして山が崩れる などして水が咳き止められて足の子という 大きな湖ができたという流れになります。 今そこを船で渡っています。右手には箱根 の真ん中にそびえる内り山があの山の上へ 登ったら多分素晴らしい景色なのだろうと 思いますが今関機ということですかね。 ロープ ウェを運行してくれてるだけでも今回は ありがたいです。この船の2階デッキへ 上がってみますとお客さんの多くは2階の 方へ来ていました。 周り一周大きな窓ガラスでまた靴を脱いで 楽しめるような場所がありお子さんにも 大人気です。いい眺めですね。普通に 眺めるより綺麗だな。 窓枠があることによって景色の長めが良く なります 。向こうには箱根海賊線 がすれ違い様にこちらに大砲を一発打って ライバル会社の船は沈めてやる考えている ところのように見えるかもしれませんが、 確か最近箱根海賊線には大砲がついてない んですよね。大砲がついてるってのは あくまで戦いの象徴なので、そういった ことはやめましょうっていうデザイナー さんの移行もあるようです。またこの船の 外部デッキへ出ますと、これ本物、本物な のか植物が。この船にこうした植物の空間 があるのは知ってたんですが、これ僕人口 のやつなのかなと思ってたん。そうじゃ なくて、まさかの本物でしたね。ここは海 じゃないから塩分も心配もいらないし、 育てることができるんだな。今は冬場です からね。ちょっと枯み。またシ下ゴロに 青アとしてくるでしょう 。次は欠かさず行きたいな。ここ箱れ園が 小田急伝鉄と箱根で競合していた西武鉄道 のリゾート開発の拠点だそうですね。ここ は小田急のライバル会社の施設がずらり 並んでいるところでプリンスホテルなども あります。中でもあの建物ななんて言う なんかね、俺温泉説らしいんですよ。明日 天気が悪いので明日は室内メインにする 予定です。もう1 回来てみようかな。りまし プリンスホテルに行かれる方が大勢降りて行きました。プリンスホテルに行くための船として使うにも便利ですよね。西武鉄道から全力の還元が行われています。太縁の方を目向けてみますと馬が後半へ連れ出されているのが目につきました。おそらく場体験などをやっているのだろうと思いますが休憩の時間かな。 [音楽] 馬もほとりを歩いて楽しそうに見えます。 またこのほとりには足がしげっているのが 見えましたが、そうか足の子と言えば やっぱり足の湖ということなんですかね。 これが本来の足の子の姿を一部とめたもの なのかもしれないと思いました。また次は 期待ですね。箱根園。ちょうどその リゾート市箱根園の横を通過する小田急の 箱根海賊線があります。当然ながらあの 海賊線は箱根には止まりません。 ライバル会社ですからね。ライバル会社の 拠点にわざわざ乗り入れることはないと いうことでどうですか?次は海賊線に乗っ てみてください。偽接権ばかりに通過して いきます 。ブランコが3つ吊り下げられています。 こういった楽しめるような仕掛けがこの船 にも多く配置されるようになりました 。また内では簡単な飲み物や食べ物などの 販売も行われています。そろそろ次の目的 地箱根石に着きます。正直今回石まで上戦 しましたが、船に乗らずに歩いていった方 が早く到着できるほどです。ここで左手を 見ますと、箱根の石書がよく復言されてい ます。石書とは今でいうパスポートの チェックを行うような場所で江戸時代に 東海道の旅人を取り締まっていました。 この辺りの地形と合わせて理解すると箱根 の石晶はかなり楽しめると思います。この 箱根の山には早川とスモ川の2つの川が あって、この川沿いは比較的平坦なので 歩きやすいです。そこで江戸から京都行く 人たちはまず小田原の町を出てこんな感じ で最短距離で川になるべく沿うようにして 箱根の山を超えていました。そして石書は この足のほりの辺りにありました。なぜ 石書がこの辺りに置かれていたのかという のも理由がありそうです。拡大してみます とこんな感じになっています。この赤い線 が昔の東海道で石晶はこういう場所にあり ました。もう通れる場所がここしかないの で非常に見張りやすい場所にあります。 この辺りに石書を支える大きな町を作る ことも可能です。そして元々あった神社の 方の町を元箱根と呼び石を作るにあたって 新しく開かれた町は今では箱根町と呼ばれ ています 。ということで江戸時代のセクションが よく復されている箱根町に到着しました。 今私が立っている場所が東京都大阪を結ぶ 東海道。これまっすぐ行きますとあっちの 方が江戸ということですね。で、こっちが 京都大阪方面です。私も自転車で通った ことがあります。確かに見てみるとこの 辺りは今でも地形が結構厳しくこの車が 通る道などもちょっと見通しがきついです ね。なるほど。江戸バックがここに石晶を 置いたという理由も分かります。山が ギリギリのところまで迫ってきている 見通しの悪い道です 。だから、ま、ここに石晶を作れば歩ける 場所はここしかないから通る人の状況を 確認しやすかったわけですね [音楽] 。今では箱根の石晶を見学する場合には 400円を支払いすると確か400円だっ たと思います。通行手型というのを発行し てくれます。これが入場件ということです ね。ここで江戸時体の人が取り調べを受け ていました。うーん。あ、これが君の通行 手方ね。はい。はい。ああ、なるほど。 大丈夫ですね。はい。オッケー。行って よし。ということをやっていたでしょう 。この石書で是非とも見ておきたい場所 は展望台があります 。石をみんな上まで頑張って登っています 。この石段は途中から江戸時代の当時の ものが使われているようで高いところに 遠方を見渡すようなやのような場所も組ま れています。江戸時代からあの展望台は 存在していたそうです。当番所と言うん ですね。当然ながら景色を楽しむために 作られた場所ではなくこの石晶を迂して船 で石晶破りをしようとする人を見張るため の場所だったようです。悪いやはいないか 船で足の子を渡ろうとするやはあいっぱい いるいる。今では石書など排出されて 私たちも自由に足の子の上を渡れるように なりましたので、大きな海賊線も小さな船 も釣りの船も大量に足の子の上へ浮かんで います。江戸時代にはこんなことをやっ たら多分捕まって資材になってしまったん じゃないですかね。ということですっかり 時代も変わったものだと思いますがこれが 足のこらしい眺めの1つではないでしょう か。江戸時体の人と同じようにして 通りがかる船を見張ってみるというのも 良い箱根の思い出になりそうです。しかし すごいですね。あの有ラ線に並ぶ人たちは とんでもない数の石晶破りこうなって しまっては江戸幕府崩壊。ま、崩壊した から今こういう観光ができるわけですね 。では石晶を通り抜けていきましょう。 やっぱりせっかくの石書ですから、入って きた方向とは逆向きへ東京方面へとその まま通り抜けることにしました 。徳川イ家康の時代からずっと使われて いる古い道。石書の脇には古い杉の木が1 本経っていて江戸時代当時のものだろうと 思います。色々な旅人を眺めてきただろう と思います 。ああ、通行手方落としてきた。え、もう こっから先行けないじゃん。絶望に 打ちしがれているような旅人も多く見てき たであろう杉の木です。ここを引き続き 東京方面に進んでみましょう 。こうして石晶を東京方面に通り過ぎます と今度は昔ながらの看板が恩市箱根公園と あります。音市ってのは何かと申しますと 、これ天皇陛下からの無料サービスですね 。ここで地図を見てみますと、石のある 箱根町と神社のある元箱根港の間のところ 湖に突きれたみ先のようにして恩箱根公園 があります。元々この場所には箱根理球と いう巨大な宮殿が存在しました。しかも 宮殿は2つあったそうで今でもその後地を 見学できます 。名時代の初め頃国家予算のかなりの割合 を使って建設したという箱根球は日本の夏 の景品感だったようです 。まず、後地の公園へ進んでいくと上みが 見事ですね。無料で見学できる場所だとは 思えない完璧な整備がされています。1つ 1つが凡クラス。また公園の道の両脇の ところにはなるほど。これは絶滅種になっ ているやつだと思いますね。貴重なコケが ずらりと植えられています。今でも力球の 後地としてその拡張にわないような立派な 整備を受けています。ここからはもちろん 足の眺めをよく見ることができます。反対 の方を見てみますと、最高級の植込みの奥 に昔ここに存在していた洋風の宮電を イメージした小さな建物があります。2階 へ上がりデッキから景色を見下ろしてみれ ばおそらく明治時代に天皇陛下や海外から の用人が見ていたのとほぼ同じ景色を見る ことができます。おそらくこれが最も 素晴らしい足の子の眺めでしょう。手前の よく整備された木々と奥に霞む富士山と南 から受ける真っさな光を帯びた。これが 海外からの用人を日本がモてなすために 用意した景色だったのですね 。当時日本間と西洋間2つの豪華な建物が ここ箱根に置かれたそうですが、なぜ こんなものが箱根に作られたのでしょうか ?これは私の考えですが、おそらくこう いうことです。当時日本の玄関口は横浜 でした。海外からの用人が着いた場合は 横浜から鉄道に乗って東京へ行くことに なりますが、夏場は暑いという問題があり ました。そこで夏の場合は横浜に到着した 海外の貧客は西へ向かい小田原箱根へ送ら れてそこでモテなしを受ける。そうすると 涼しく快適に楽しんでもらうことができる という理屈だったのでしょう。実際箱根 理球は早々たるメンバーが明治から対象に かけて訪れてすごかったようですが、訪れ た人たちの日付を見ると皆夏の間となって いました。冬は逆に寒いからこの場所へ 来る必要はなく、冷房がまだなかった時代 、海外からやってきた貧客をモてなすため に天然の冷房がある場所としてこの場所が 選ばれたのでしょう。後の時代に冷房が 普及するようになるともはや箱根に宮電を 作らなくても良いということで壊れて しまった後は再建されなかったのだろうと 思います。西洋間の横に日本間を持した ような豪華なあま屋があり、ここは土足 禁止となっているのでお弁当を持ってきて ここで素晴らしい景色を見ながら座って 物思いに吹けるというのにも良い場所 だろうと思います。冷房というものが普及 して非処地というのも多少衰退する傾向に あったのかもしれませんね。 それでは元来た道を戻ってまた公園の外へ 。このコケについてさっき調べましたが これは神奈川県内で絶滅気種になっている んだそうですね。そんな貴重な壁一面 に電統に傘をかせるような松の枝1つとっ ても 素晴らしい素晴らしい体験になりました。 公園。さてこの後はここまでのコースは次 のようなものでした。まず小田原を箱根 登山線で出発。途中乗り換えつつ宮の下で 降りてホテルで朝ご飯。そこからはバスで 国道1号行き元箱根港で降りて有覧線に 乗り継ぎました。箱根園を途中見ながら 箱根石晶後で降り周辺の陸球後地の公園 などを見ました。ここからは歩いてまた元 箱根に向かい元箱根からは有覧線に乗って 反対側へ渡り小じを目指したいと思います 。ということで歩いて移動です。 歩いても10分ぐらいですしね。歩くのが 楽しいですよ。 箱根の杉並木昔ながらの未装の歩道を使っ て10分ほど歩いていくことができます。 これを歩いていけば東京です。植えられて いる杉の木の1つ1つの太さが下手違い 。相当昔から植え続けているんでしょうね 。昔江戸時代の旅人がまさにここ通った 東海道のその道を今から10分ほど歩いて いくわけですが東海道の旅人見てた杉じゃ ないですかね。 一方少し道を渡れば光差し込み明るい古半 になっていて、この辺りには船がたくさん 軽流されていますね。そこが温泉公園です がちょうど公園がみ先のような形になって いて、ここが1番波が穏やかなんですね。 天気が荒れても船がざわざ流されたりする 心配がないということで渓流場所になって いるみたいです 。2両編成だな、あの船は。回していくと エンジン1個で足りるから効率良さそう ですね。またこちらの方は街場の出張所だ そうなんですが、なぜ湖の上に立ててある んだ。土地が足りないからですかね。元々 は石晶が置かれるような歩くスペースの 少ないところですから。僕が今いる場所も 多分海の上に突き出して建設してくれた 場所で元々は存在しない土地でしょう。お 、なんかこっち見てんのがいるな。あ、僕 がカメラを向けたら見なくなった。また見 ましたね。前に目があります。犬と目を 合わせると健康にいいらしいですよ。他の 人の犬とも目を合わせましょう。ほなくし て元箱根箱根海賊線乗り場に着きましたが すごい行列になっています。場合によって は乗りきれないということもあり得ると 案内がありました。また上級として ファーストクラスというのを用意している ということが案内されていました。あ、 そんなものあったのか。箱根パスを持って いる人は追加料金円を支払えば ファーストクラスにランクアップできる とります。 すいません。あの、ファーストクラスの上乗券いいただきたいんですが、 満員で乗れないということがあっては困るので、ファーストクラスに格上げすることにしました。ファーストのお客さんから順番に 3 場で案内されます。私が乗る船はJR 九州の鉄道デザインで有名な東岡さんがデザインした 1 番新しいやつですね。クイーン足の号です。祈りを捧げる天使の像が一番前に備え付けられています。 ファーストクラスは2 回石方部分となっていて、無料ドリンクサービスもあります。お茶ですね。 これが特別センの内装 座席は広め。かなり空間にはゆりがあります。まだこんな女王様が座るようの椅子みたいなのもありました。記念撮影用かなと思ったんですが、この後おじさんが座っていました。普通に客席ですからね。 一方ファーストクロスでない方も結果的にはお客さんは全員乗り切ることができていたようです。これが一般センツですね。こちらの方が確かに少し乾燥な。 ま、これもこれでいい雰囲気ですが 、これにて元箱根を出航しまして湖の反対 側行、小尻地区に向かいます 。この船は先ほど乗った別会社のものと 比べるとお客さんが多いというのがまず1 番の特徴ですが、他には窓が小さめである ということも特徴かと思います。額を狙っ ているようでデザイナーのエジさんは窓を 小さくするのが好きみたいですね。 小さな窓から学物縁のようにして外の景色を見てくださいっていうのが基本の趣旨だそうです。先ほどとは違った見た目になっています。 25分です。 ただま結局みんなあんまり窓を額縁として使わず窓に減へりつく人が多いってのが現状であるんですけどね。 [音楽] 無料ドリンクサービスの緑茶をもらってきました。水出し緑茶。その横には箱根チーズなんとか行列のできるチーズケーキ屋さんのケーキを行列なしで販売していました。そこで買ってみました。 ちょ、行列はね、ハードルが時間かかるん で、なかなかハードルが高いんですけれど も、行列なしで行列のチーズケーキ食べ られるならいいかなと思って、380円 ぐらいだと思います。味は美味しかった ですね。見た目通りの美味しさでした。親 、右手に何やらな建物があれは ライバル会社西武鉄道が開発してる箱根園 の高級ホテルや高級スーパー戦闘軍ですね 。そう、箱根には高級スーパー戦闘があり ますね。あれはなんか魔法の建物みたいな のが色々並んでますが、あれが箱根の プリンスホテルだそうです。いつか行って みたいっすね。こちの向こうにある プリンスホテルは素晴らしい。もちろん 箱根海賊線は西ー武グループの敵。敵とき ていいのかな?ま、敵みたいな ライバル会社ですのでこの箱根の西武の リゾート地区を右手に見ながら通過します 。外部デッキももちろん設置されています 。ここはファーストクラクスのお客さん 専用価格となっていて広さんにはゆりが あります。お左手あれはふら水門という やつですね。足のこの本当の水の出口 。橋の子は小田原まで続く早川の原流と なっていると言いましたが、実はそうでは なく本当は静岡県に水が流されています。 江戸時代以来の構造なんですよね。本来で あれば足の子からの水はこう早川に続いて 小田原へ行くのですが実は江戸時代の工事 によって足の子の水はこっちの方に静岡県 側に抜かれるようになっています。基本的 には早川には足の子の水は流れません 。足の子の1番来た当大に着きました。 の代というのは小田級グループが考えた名前らしく、本当の地名は小尻というそうです。湖の終点ということですかね。 向こうに小尻の街もちらりほらりと見えています。あちにはライバル会社の有覧線も発着しています。小田急の海賊線はお客さんで賑わっています。さらに湖の中には阪神旅行をしているおじさんたちが若ぎ釣りですかね。 [音楽] 足のこの名物となっています。私もこの後食べます。この当原台からはそのまま箱根ロープウェイが出ており、フリーパスで乗ることができます。これに乗ると素晴らしい 景色。富士山も見えるし、また大枠煮の上を通過するようない乗り物んですが来到着しとそのまま乗り換ると船からの乗り換えのさんで行列が長いので私はすぐには乗り換えでした。歩いていって尻の街へやってきました。徒歩 5分かからないぐらいです。 昔ながらの看板が出ていますね。この辺り にはいくつかのお店が並んでいます 。お食事どころ、釣り船、上野、朝ドレ、 若崎定食。いいですね。ここが網元として 魚院を営んでいるそうでして、町長に健上 した歴史もあると言います。さっきの箱根 神社の鳥を作った時の記念行事の一環で長 に若さぎを持っていったのだそうですね。 元々は足の子に若さげいなかったけれども 、ここに初見ヶ浦にいるやつを持ってきた のだということが書いてあります。食べる ものがなかったからここで養殖して人々に 食べるものと産業をもたらそうとそういう 考えもあったのかもしれませんね 。座席に案内してもらうと一面に足の子が 広がる素晴らしい客席になっていました。 箱根の海賊線が発着している3橋が遠くに 見えます。出していただいた若さぎ定食は これで本当に美味しかったですね。お魚を 丸ごと1匹いるものですが、癖がなく悪い ところが何も見つからないという多美しさ 、それが大事ですよね 。おそばもセットになっていました。なぜ かなりこのセットメニューには量があり ました 。レモンをかけます。レモンをかけて元々 非常にさっぱりとしていたのがさらに さっぱりしました。若サぎのフライトは こんなに美味しいのかと驚きました 。ポテトチップスを食べるようにどんどん 1つ食べるとまた次が食べたくなっていっ て最後まで終わってしまうとことで気づい たら全部なくなっていましたね。塩を少し 多めにつけてご飯と合わせて食べるのも 良かったです。やっぱソースが合うかな。 正直なんかエビフライより美味しいと思い ましたね。ま、エビフライも美味しいん ですけれども方向性は違いますが。それ からまたセットになっていた。おお、なん かすごいグダクさの謎のと言ったら失礼か もしれませんが、初めて見るタイプの スープがあり、これが癖になるほど 美味しかったですね。若サぎってあのああ いう美味しい食べ物だとは知らなかった ですね。僕食べたことほとんどないんじゃ ないかな。食べてみての感想はスーパー シモって感じですね。 僕シモはそんなものすごい好きって感じ じゃないんですけど、若サぎはいくらでも 食べたくなっちゃうぐらいだったな。癖が ないからですかね。ロープも空いてきた みたいです。でももう1個行きたいとこ できちゃったんだよな。ここ当代はかなり 色々な乗り物が来ていてロープ上有覧線も ありますが箱根湯本駅行きのぐるっと戦国 を回っていくバスも運行しています。他に ね新宿行きとか羽田空港行きのバスもある とかいうことなんですけれども、このバス に乗りましてちょっと戦国の方を見に行っ てみようかなと思います。どういった移動 するのかまた地図でご確認いただいた方が 興味深いでしょう。現在地は当台ちょうど 湖の終わり際のところですが、ここから ロープウェイに乗って箱根の山の1番 真ん中の厳しいところを超えていって しまうということもできます。もしくは 渓谷の流れに沿うようにしてバスに乗って 山を降りていくという行き方もあります。 ま、どちらでもいいわけなんですけれども 、どっちかと言ったらロープウェイの方が 面白いでしょう。ただバスで行くとこの 戦国原っていう、ま、色々美術館とか ホテルゴルフ場そしてス木高原などがある ところを楽しめますのでまずは戦国の方へ 寄ってみようと思いました。代から数分 やってきました。高原と書いてあります。 戦国高原でおりました。おお、これが有名 な戦国のス木ですね 。日本を代表する観光地だと思いますが、 ここもこの場所には何度か来たことがあり ますが、スキが全部枯れて冬の景色を見る のは実は今回が初めてでした。思ったより 相当いいな。北海道とかでもこういう鈴キ が枯れてる景色見ましたけど。いや、 北海道でもなかなかここまでの規模は見 なかったですよ。斜面ね。一体的ですよね 。でもこれ素晴らしい景色ですが、考えて みるとなんか変だなと思ってね。なんで こんなものが山にあるんですかね。 あんまり山に鈴木が生えてる景色って見 ないじゃないですか。大体この辺りに1本 足りても木が生えてない。いや、1本だけ なんかある。なんか1本だけあるみたい ですけれども、基本的には木が生えてい ないですし、一方そこら辺から突然 向こう側も全部木じゃないですか。あと こんな広大なあのただスキだけが履いてる 空間が存在するとこと自体ちょっと変です よね。だってまちょっとこんなこと言っ たらね、情緒も減ったくりもないなと思わ れてしまうかもしれませんけれどもこんな もの全部こう仮取ってしまってでここに 別装置をね、こう立てれば売れるとかです ね。なんここにこうホテルを作ってとか そういう考えはずです。空中写真とかで見 てもおかしいんですよね。周りはもう住宅 あるいはゴルフ城とかま、美術館とか色々 山もねありますけれどもその中でこの一角 だけ不自然にスきの草減があります。これ 何なのかなと思って調べたんですが結果 これはね、昔かや吹きの屋根にみんな住ん でたじゃないですか。その屋根の材料とし て育てられていたものらしいです。また この景色は間もなく身めになります。今3 月2日なんですけれどもこれ書いてあり ますね。毎年行われるヒレにより総減環境 を維持しています。ということで、え、 今度3月の7日にはこれが全て焼き払わ れるそうです。だから3月7日のお昼 ちょい前ぐらいに来ればこのスズスキ全部 火が付いて燃え裂かる様子を楽しめそう ですね。風が強い日だと豪華になるよう ですよ。なんかね、コンクリートが たくさんある。東京に住んでるとこういう 景色を見た時にあ、自然が多くて癒される なという気持ちになりそうなんですが、 この中に自然なんてほとんどないんじゃ ないかな。ま、それがね、面白いところな んですけれども、これはつまりかや吹き 屋根を作るために人意的に植えられたもの で、さらに裏には杉が、ま、日本の山には 非常に多く杉が見られるんですけれども、 日本に元々多く杉が生えていたわけでは なくて、成長が早いから、ま、特に戦争が 終わった後ですね、住宅南の時代になんと か木材を多く増やさなければと杉を山の 写面に多く植えたという歴史があるそう です。あといいな。の 国道バスが行き両脇が全部ススキの腹っぱ という 光景全部人間が作り上げたものなんですね 。次は公園管理運転さすごいかっこよかっ たな。帝国ホテルで働いてた方ですか? みたいな接客も親切だったな。運転も丁寧 だった。バスも便数がありますし、フリー パスですからなんか乗れば乗るほど特です ね。やって来ました。ビジターセンター です。ここで箱根の地形をしろ。箱根の 魅力は結局のところ全ては地形に由来し ますからね。なんだこの車?これ除雪用の やつですね。そう、実は明日も雪予報が まだ3月に入ってもなお出ておりまして、 こういうのが必要になること多いんだな 。このビジターセンターでは大きな窓から 箱根の山の中央部にそびえる内輪山を 眺めることもできます。た私が1番見 たかったのはこのビジターセンターの中に ある大きな模型です。箱根の山がどのよう な形になっているか。真ん中をくり抜かれ たような大きなくぼみのカルレラの形を 立体的に見ることができます。小田原方面 から早川とスモ川の2つが作ったVジの谷 の形を遡るようにしてみると美しいと思い ました。そして自分は今この大きなくぼみ の中であっちへ行ってみたりこっちへ行っ てみたりしながら観光を楽しんでいるのだ ということに満足できました 。特にこの右手の辺りを見ると宮の下と いう文字が目につきますがこの辺が明治 時代に藤谷ホテルなどを作って1番最初に 開発が進められてきたところですよね。 比較的標が高い場所にありながら平坦な 地形が多いのでゴルフ場や観光施設ホテル などが多く作られているのがこの辺りの 特徴だと分かります。 という右手方向の早川の流れと左手方向に もう1つの谷があります。こちらはまだ 言っていませんが、江戸時代の人々が京都 や大阪を目指して歩いていた旧東海道が 通っていった道です。こちらも旅の最後に 是非とも訪れてみたいと思っています。 右手側はこんな感じのルートで明治時代に 藤谷ホテルの協力もあり国道1号が建設さ れました。今でも同じように国道1号が 通っています 。視点を変えてぐるりと見ても真ん中の 部分に1つ山が浮かび上がるようにして 立っていて、周りがみんなくり抜かれた ような鍋の形のような箱根の山の魅力 。自分がどこを旅行してるのかっていうの を分かりながら旅ができると面白いですよ ね。これから先箱根の真ん中にあるこの 駒畑とか上山とか色々つっている辺りの 一体をロープウェイで超えていこうと思い ます。ここ小尻からビジターセンターの 近くを通り抜けていくロープウェイに乗る わけですね 。うまくここにも模型で配置してくれてい ます。真ん中の山を超えて反対へ回ってみ ましょう。この先は1番の名称大枠になり ます 。ビジターセンターから歩いて5分ほどで ロープウェリバへ戻ってきました。 ロープウェは1分感覚で出ており、これは 世界で1番頻繁に運行されるロープウェイ らしいです。確かにものすごい感覚で運行 されています。またこのロップの特徴とし ては2本砂が渡されていてロープウェは2 つの腕でそれを掴んでいるということです 。通常は1本のものを使うことが多いの ですが風が強く吹いても安定的に運行 できるよう2本のロープを渡しています 。ご覧の通り確かに普通のロープウェとは 違うなと分かります。これでも風が吹いて しまって運休してしまうということもあり ます。その場合は山を超えることはでき ませんが、グるりと回り込んでいく路線 バスなどを使うことになるわけですね 。このロープ上に乗っていると富士山が 見えることも多いのですが、この日は見え ませんでした。途中には駅という場所が あり、近くに温泉施設や旅館などがあり ます 。これを超えるといよいよ右手前方に大枠 の湯煙が見えるようになってきました 。箱根は勝山なのだと1番認識させて くれる場所で 、元々は王地獄と呼ばれていたそうです。 実際植物がほとんど生えないような地獄の ような環境となっているわけですね。眼か を見ると西武鉄道が建設した観光用の道路 が通っています。箱根の発展のために上に ライバル会社のロープを建設することも 許可したという椅があります。遠を見ると ゴルフ場がたくさんありました。日本でも 最も歴史があるゴルフ場エリアの一体です 。 藤谷ホテルがやっている戦国ゴルフという のもあの辺にあるんですね 。大枠田には景色の見所として有名ですが 、火山ガスがあまりにもたくさん出ていて 、最近では一般の人が立ちができない場所 が多くなっています。ですから景色をパッ と眺めて、おお、これはすごいと思って すぐ次へ行ってしまうというのでも大丈夫 。今回滞在時間はあまり長く取らないこと にしていました。山肌がほとんど現れて しまっています。植物が制ないんですね。 ちょうど夕方の時間になり、箱根8時の 音楽が流れました。お土産屋さんにも人が どんどん入ってき、黒卵を購入しています 。建物に逃げろ。何か噴火あるいは火算 ガスの大量の噴質があった時には速やかに 逃げなければいけないということで避難用 の設備なども設置されている大枠に ありがたい恩恵も受け取ることができます 。ここは大きく湧谷ということで実際大量 の温泉が湧いています。大枠煮で取れた 温泉はそのまま配管を伝って下の方にある 街へを送られています。またあちこちから 噴気が上がっていますが、昔はあの噴気の 近くまで歩いて寄ることができましたよね 。僕もちっちゃい時に見に行った記憶が あります。そして大枠谷という通り巨大な 谷を2本のロープを渡しながらロープ上が 下より立ちのぼる霧の間を縫うようにして お互いにすれ違う様も大変見事です。 世界中探してもこれほど忙しくロープ ウェイが運行されている場所はないわけ ですから日本の観光文化もさすがだと思い ました。1つ悔むところとしては実は事前 予約によって大枠煮の噴気の近くの方へ ガイド付きツアで立ちるということも できるのですが、今回は満員で予約でき なかったということです。ま、箱根には いっぱい来られますからね。次以降の 楽しみを取っておくぐらいでもちょうど いいかもしれません 。それでは私たちの番になりロープ上は 大枠を下りますが、あら、一気に雲が来て しまいました。せっかく大枠の上をまたの 1番素晴らしい景色のところで雲が来て しまったとはタイミングが悪いと思いまし たがこの辺りの雲は次々風に吹き飛ばされ ていくのであっという間に視界は透明に なりました。雲が山を巡り霧が大悪を 閉ざす方景箱根らしいだと思いました 。 他人を一股ぎに行くロープウェイ。展望台からよりもここが 1 番景色の見所だと思いますね。ガに温泉の組み上げている塔がいくつか経っています。 あそこからお湯を組み上げて山の下にあるゴラなどの温泉地へ配るのだということです。この山の斜面を乗り越えると木の数が増えてきます。つまりこの辺りから先は火山ガスの影響比較的受けにくいのでしょうね。 画面の左下辺りにはサーキットのような 場所がありますが、あれは何かと調べると 昔スケート場があったようでその名残りだ そうです。前方に住宅のようなもの立っ てるのが見えますが、あの辺り一体が ゴーラで元々は箱根登山鉄道が高号 高級別荘として開発してきたという歴史を 持ちます 。ほどなくして総運山駅に到着です。ここ から先はケーブルカーに乗り換え、総運の 名前は関東地方に最強の武将として君臨し た戦国時代の北条総運から取っているそう です。総運山とされる山はこの ロープウェイの右手側後方ぐらいのところ にあり、大枠にとはまた別の活発な火山 活動を行っている地域だそうです。つまり この辺でもまたたくさんの温泉が取れる 場所が大枠とは別にもう1箇所あるのです ね。終点の総運山に到着しました。駅は 最近新しくなりました。前は確かここに 足湯があったと思うんですけどね。足湯 撤去されたのかな ?ここから小田原へ向けて早川が流れて いく険しい谷筋が見えます 。そう、確かね、ここに足があったと思う 。夕方になったから撤去されたとそういう ことじゃないですよね。入る人はあまりい なかったのでやり方を変えたのかもしれ ません。さあ、ここからはケーブルカーに 乗り換えです 。ケーブルカーの出発まで少し間があった ので総運山駅で降りてみました。ここから 見上げるともう1つさっきの大枠とは別の 何やら肌が露出しているような山があり ます。ま、露出しているということは植物 が生えられないということで、すなわち 火山ガスが発生しているということであり 近寄るのは危ないかもしれませんが温泉が あそこからも取れるはずです。で、あそこ から取れる温泉とそれからこの向こうに あるさっき渡ってきた大枠から取れる温泉 、2系統の温泉があるそうでこの辺りは ど々温泉あまり沸かないらしいんですね。 それを温泉を組み上げて下の方に流して ですね、この先に降りていくケーブルカー の右手側はそこから下ろしてきたもの。え 、そして山の向こうの大枠からやってきた ものはケーブルカーを挟んでこの向こうの 方の旅館に配当されているということです 。合ってるかちょっとわかんないです。 もしかしたら間違ってるかもしれないです が、そういう話聞きました。ちなみに今回 はスマートフォンチケットを使って乗って いるわけですが、その方が紙の切ッ符に なくしにくいと思ったので使っているん ですけれども、1度買った切ッ符はどう やったらもう1度表示できるのか。まず 箱根パスと検索して出てきたサイトの右上 のとこに使うとあるのでこれを押しそう すると今あなたが使っているチケットは これですねと出るのでこの利用中のボタン を押すとこれでバスの係りの方にお見せ するあるいは改札にピッてQRコードを タッチするものをですね、表示することが できます。で、これが画面がずっと チラチラチャラと動いていたり、あるいは このQRコードが時間によって、え、向効 になって新しいものを取得しなければいけ ないという仕組みになっているので、こう した仕組みを使って不正乗車を防止する わけですね。ただちょっと仕組みが複雑 ですからね。スマートフォンの操作に慣れ てない方はあまりネットのチケットはつか ない方がいいかもしれません。紙の切ッ符 も売ってますから 。あと20分で5時になりますのでだいぶ 乗り場空いています。これが空いている 乗り場の光景なのかという気もします がいぶ空いていると思います。ケーブルカ を巻き上げるロープま、ケーブル かま車両力強い巻き上げきで上へ 引っ張り上げているところです。東日本で は1番古く日本全体で見ても2番目に古い という元々スイスから技術を受け取って 建設された箱根のケープが登ってきました 。なんなら巻き上げ機もここに見えます。 これでぐるぐる持ち上げてるわけですね。 もしもケーブルが切れたら大変なことに なりますが、絶対切れないぐらいのとてつ もない力を持っているそうです 。必要量の5倍とか10倍ぐらいの強さが あるらしいですね。ドアが開くと座席は 争奪線になります。キャリーバックの人も います。僕もその中の1人慎重に停車する 方も降りていく必要がありますね 。あ、今ホームドアもついてんのか。 [音楽] 駅のホームでも車内でも箱根8 人の音楽がなりまくり。 これから先車内放送でも何度も繰り返して案内をしますが ケーブルカーの駅がくつか連続します。は上 早速お隣の駅上駅に到着しました。 面白いのはこの駅には右側にも左側にも両方にホームがあるということです。そしてテーブルカーを境にして右側の町と左側の町が分断されているので 右側に行きたい人は右側のドアから降り、左側に行きたい人は左側のドアから降りなければいけません。間違えた側から降りると線路の反対に渡る方法がなく面倒なことになります。この辺りで 1 番最初にケーブルが建設されて後から街が作られていったという経緯があるんですね。 だから線路の両側を渡るものがあまりこの 辺にはないんですね。この辺りの歴史も 面白いので明日また見に行きたいと思い ます。次の中原駅もまた右側にも左側にも プラプラットフォームがありますが例に よってどちらから降りるかによってどちら の町へ行けるかが100%決まってしまう 難しいところですね。とったような駅が 次々連続します。ちなみにこの ケーブルカーは対正時代に建設されました 。ゴ、ゴ羅、終点です。 箱根湯本このゴラという地区は比較的 土地が耐えられ別走地などとして開発するにはちょうどいい場所だったので、その別荘地へのアクセスとしてケーブルカーを建設したそうですね。街を作るために先に鉄道を引いたのだそうです。向こうには確かナチスドイツの大使館が戦争中に阻してきた当時の建物が残っています。予感として営業しています。 またのご待ちいたします。 という景色を見ながらゴーラ駅に到着しました。ここゴラはケーブルカーと箱根登山電車の乗り換え駅となっていまして、お客さんの大勢がそのまま電車に乗り継ぎとなります。 箱根湯本からやってきた登山電車は3 両編成。ありがたいですね。 昔は登山電車2 両だったんですが、あまりにも混雑して待たないと電車に乗れないぐらいだったので 3両に増やしてくれたそうです。 ただ3 両以上に増やすことはできないそうですね。ゴールデンウィークとかに乗る時は覚悟した方がいいかもしれません。私は早めに車内に入っておいたので 4 人が駆けボックスシートの窓側に座ることができました。 進行方向の逆向きの方が景色がいいと思います。 なぜならば山を降りてくる登山電車の様子を見ることができるかです。急な坂道をずっとカーブしながら下っています。 京しい山道において登山電車は絶対に暴走事故を起こさないようになんと 4 種類ものブレーキを搭載しているそうです。 山降りる方が大事なんですね。本日の宿泊エリアでありますの下よりも少し山の登ったところ小脇谷に到着しました。また現在地がどのような場所かご案内したいと思います。 [音楽] 今日は小田原から箱根登山電車で湯本を経 て宮の下まで登り、藤谷ホテルで朝ご飯を 食べるところからスタートしました。ここ からもう1駅登山電車で登ったところ、 この辺に小木ダ駅があります。宮の下は 明治時代に藤谷ホテルやご用などが建設さ れた歴史がありますが、ここ小明田にも 同じような頃に建設された昔からの歴史 あるリゾート地です。登山電車の駅は大昔 のものを使い続けていて、レトロという よりもびっくりするほど古いです。お、 ラッキー。ちょうどバスが来た。ま、バス の運行本数多いからね。あそこの踏切りを 回ってくるんで、今ゆっくり歩いても 間に合うでしょ。そこバですから 。バスよりも早く先にやってくることが できました。バス乗らなくても今日の宿泊 先には歩いても行けるんですが、せっかく 来たんだからフリーパスもあるし乗っ てこう。バスも随分きましたね。今日の朝 も一度乗りました。国道1号線を走るバス です。朝乗った時にはもうお客さんが込み すぎて神社に行く人が多すぎてとても座る という感じではありませんでしたが夕方に なってくればゆったり景色を楽しむことも できます。1号線の曲がりくねる景色。 ただそんなに長くは乗りません。本日宿泊 するのは小園です。小園よりもユネさんの 名前の方が有名ですよね。このユネさの 別管のような建物がありまして、それが ここです。到着しました。三川有館。元々 は箱根湯ネさんとかの系列さ関係なかった と思いますが、現在は、ま、買収されて 同じ系列になったということなのかな。 明治時代から営業している歴史のある旅館 です。そもそもここ国道1号線は箱根の 観光開発のために今のようなルート取りを しているので一号線沿箱根登山鉄道の沿線 には歴史ある旅館やホテルが多いという ことなんですね。要はいくら箱根の山が 素晴らしくても道がなければ鉄道がなけれ ば観光なんかとてもできませんのでまず この道を作ってその道の両脇に明治時代に 旅館とかホテルとか作っていったという ことでしょう。旅館も気になるけど ちょっとこれを見てから行きたいな。何 やら書いてあります。この土地の歴史です ね。え、地元小地獄とえ、呼ばれ、ただ 一面の原やまないような場所であったのを 、え、明治16年に買収したと書いてあり ます。買収。そして土地の開発に努力し、 あるいは小地獄この辺りの地獄の噴気を 使って噴気より温泉を得ると書いてあり ますね 。ロカから煙が上がる景色は昔も今も同じ かな 。 素晴らしいカラハフの日本風の建築に英語 の看板が立てられています。昔箱根を 外国人の人が生きして海外からのお金を 獲得するための国策の中心にあったという ことですかね 。今でも同じように役割を発揮してくれて いると思います 。三河は藤谷ホテルが開業してから5年後 に当たります。明治16年より営業して いるそうで夕方の時間になると品のある 明りが大きな窓ラスから漏れて本当に 美しい建物だと思いました 。入り口はこちらから。ガラスも大きい。 この部分はおそらく対象時代の建物だと 思います。関東大震災や増築などを経て 最初に開用した時とは建物の形が違って いるようです 。大きな非常口がいいですね。あれを見る と旅館にやってきたという気持ちになり ますね 。天井の木材の失が見事ですね 。入ってすぐのところにあるラウンジで チェックインの手続きを行うことになって います。またここにも大きなガラス窓が昔 からこんなに大きなガラスを使ってたん ですね。贅沢ですよね。おお、ガラスがい ます。対象時代頃のものをずっと使い続け ているのだろうと思います 。このラウンジも天井を見上げてみると おそらくし食いなどを使っているのだろう と思います が日本の昔ながらの旅館でよく見る内装と いうよりは洋風建築のような雰囲気ですよ ね。それこそフランスとかねイギリスとか アメリカとかに行くとこういう天井はあり ますが和を設中の雰囲気で海外のお客さん にも対応しているような印象を受けます。 ただの和風旅館じゃないという感じがし ますね。日本の観光産業を霊名期から遠用 している旅館。つまり外国人対応も意識し ている旅館なのだろうと思いました。対応 してくれた外国人のスタッフの方もお茶を 出してくれて大変親切でした 。私が通していただいたのはどうも明治 時代の建物らしいですね。実はこの辺は 明治時代でしてとりの方がおっしゃってい ました。という、こういう風な区画、1つ 1つの室来がまた豪華で、足元には丁寧に 切りカブがうわ、これもすごい立派な 切りカブは私の部屋の入り口のところに 段差を用意しています。ということで木材 の1つ1つが美しいのですが、私が宿泊さ せていただく部屋は本館の入り口に入って すぐぐらいのところです 。部屋は二好きになっていて、また海外の お客さんも大変多く止まるのでベッド式で 失られてあります。天井の木目もまた見事 だと僕は思います。あまり吉が分からない のが残念ですが。ベッドが2つ。 さらにここの部分の木もまたこれはどう いう木なんですかね。面白い形をした木材 を用意してここに作り上げたようですが、 この奥に今がありの小さなスイートルーム ということになるわけですね [音楽] 。大人2名で宿泊した場合2色付きで大体 6万円ぐらい。今回は私1名で4 ぐらいで泊まらせていただきました。 私が利用しているのはこの本和室ツインバスなしという部屋ですが、え、これはね、大人 2 名で宿泊すると、え、5万6100 円からとかなってますね。大体1人3 ちょっとぐらいかかることが多いみたいです。これはあれですね、ここにこう持てるところがあるので、この外が窓になってるはずですが。そう、そう、そう、そう、そう。これ上に開けられるやつですね。 今日はもう暗いですが、明日の朝外が 明るくなるのが楽しみですね 。夕食は解石料理です。会場が良かった ですね。比較的新しい建物だと思いますが 、を多く配置していて、個室のような感覚 でいただくことができました。海外からの お客さんが非常に多かったみたいですね。 なんとなくそういう雰囲気がありました。 印象的だったのはナプキンがあることです 。やっぱり明治時代から外国人を相手にし ていたので、ちょっと西洋風なあれがあり ますよね。また富時ミネラルウォーターを 注文しました。これは日本最古のミネラル ウォーターだったと思います。帝国ホテル とか藤谷ホテルでもあるんじゃないかな。 昔からやっているホテルではよく出ます。 蛤ぐ海のものも山のものも揃う箱根国道1 号沿いですからもしかしたら同じ国道1号 で繋がっているクアナの蛤ぐりかもしれ ませんね 。ま、それだったらクアナの蛤ぐと書くか な。ふっくらしていって美味しい。そして この工具とあるのは先ほど足の子で見た 若サぎですね。さっき食べてあ、美味しい 。これ好きだなと思った食べ物を夕食で別 の食べ方にいただけるとは嬉しいです。 こちらも箱根の名物。お刺身も並びます。 箱根は海のすぐ際のところにある山です から新鮮なお魚も簡単に手に入る土地柄 です。マグロ、あとはこにゃとか言えば この辺が箱根の名物ですね。手前の サーモンみたいな鮭ケみたいなやつもこれ 鮭ケではなくて箱根の山の辺りで栽培し てるどっかこの辺で作っているやつだと 聞きました。次念所も箱根のものだったと 思います 。 さらに色々な種類の鹿などのジビエ肉も 取り合わされた甘酒鍋ですねと書かれてい ます。鍋料理身川や特性米工甘酒 [音楽] 鍋うん。やっぱり箱根といえばトの力を 与えてくれる甘酒。これが入ったお鍋が ふつふツと沸いています 。まずはこれをそのままいただくべきです よね。何も入れずにどんな味がするのかな 。お、しっかり山酒の味がしました。結構 美味しそうな味です。ご飯も一緒に出して いただきました。早めに持ってきて いただいていいですか?するとなんと今日 は料理長からのサービスです。え、そんな ことがあるのか。なんか一品サービスにし ては豪華じゃないか。お室も素晴らしい 状態で持ってきてくれました。冷めては もったいないので順番は少し入れ替え ながらサービスして持ってきていただいた ウナギなどいただきましたが本当にウナぎ 専門店で出てくるようなウナギでしたよ。 ま、このレベルの旅館になるとそうですよ ね。色々食べるのが忙しいです がさ、三岳きごぼですね。こういうのを こう鍋にドっさりと入れて好みの加減で いただきます。と言っても火の入りにくい ごぼなどはあらかじめ簡単に火を入れて くれているので非常に作りやすく気が効い ていると思います 。上に甘酒のお米が乗るようにして いただきます 。美味しいなあ。明日の力を分け与えて くれるような甘味が優しい味でした。そう 、甘いってのが大事なんですよね。箱根は 険しい山ですから、周りには体力が必要。 山のあちこちから集めた美味しい肉を少し ずつ取っていただきます。さらに柚豆 胡椒ョなど甘酒にうまく組み合うような 調味料もたくさん備えられていました。 白菜もあらかじめ火を入れてくれているの で少し温めればもうそれで大丈夫ですね。 本当に気が効いていますね。どうも ありがとうございます 。お米の工につけた鯛イなどおまけの品も 頂いてデザートの写真を撮り忘れてしまい ましたが全て美味しくいただきました 。いい体験をさせていただきました。明日 は雨の予定です 。おはようございます。2日目は雨です。 これは分かっていましたが、でも思った よりも降ってるみたいですね。ま、山です から雨も多そうだ。7時から朝食です。 早めに予約しました。これ壁に予備輪が 付いてます。今はもう使えないと思うん ですが、昔高級なホテルとかね、高級な 列車とかに乗るこういう予輪がついていて 、押すと係りの方が来てくれたみたいです 。今はうん、押したいけど押してきちゃっ たら悪いから押すのやめとこう 。建物全体から雨の音が反響して聞こえ ます。2階が展示室になってる。そうで 、うわ、天井低いな。 玄関の上へ出てきました。雨に水が伝って 1箇所に集められ流れる様が綺麗ですね 。玄関の真上は創業者の人が生活する場所 として使っていたみたいです 。あ、玄関の上はこんなガラスバレになっ てるんですね。これでこう光を中に入れる ための工夫なんでしょう。 続いてはお風呂場です。お風呂場も2つ ありまして、1つは使っているもので、 もう1つは使っていない古い方です。古い 方であれば使っていないので、つまり中を 撮影しても大丈夫ですね 。天井の空気の吹き抜けのところが見事 ですね。今これを作ろうってなかなか同じ ものを作るのは難しいみたいですよ 。ま、古びとは言いますが、むしろなんか どんどん使って使わしてくれないかなって いうようないい雰囲気のところで、しかも なんならお湯などシャワー装置なども更新 されていて、今も出ているので凍結帽子な のかな?水は出っぱなしになっていますの で使えるんだと思いますが、一応今は提供 してないのかな?ま、ちょっとここだけ 寒いんですよね。ま、やっぱ昔の建物です し、ここは暖房とか今はつけてないみたい ですから、この旅館は暖房を徹底してる みたいで、寒くないのがありがたいな 。また私の部屋からの景色はこんな感じ でしたが、ちょうど見える景色は国道1号 線です 。右手が大阪、左手が東京。バスが行くと その後追いかけるようにして車が続きます 。朝ご飯は和食または朝食から選択する ことができ、私は養殖を選択しました。 アメリカンブレックファって感じでしたね 。昔から海外のお客さんを多く受け入れて きた箱根三川や旅館だからこそ海外の人に 会うような様式のサービスを提供する力量 も高いのだろうと思います。パンも海外で はも超高級ホテルのような味がしましたね 。洗濯も非常に多い。しかも地元の3物を 多く取り入れているようです。今日は雪方 だったので雪なら傘はいらんなと思ったん ですけど実際には雨でした。旅館の方に傘 を貸していただきました。ちょっと体が 濡れたままだと旅の安全に差し使えます からね。で、さらに旅館の方にお願いして 、すいません。長靴をお借りできないです か?従業員用の長靴を貸していただきまし た。従業員の皆様ありがとうございます。 今回は昨日がすっきりとした晴れで、今日 は雨ということで春と雨の箱根を両方 楽しみたいなとこの日程にしたのですが、 いいですね。早速1号線に水が滝のように 流れています。これぞ箱根の景色だ。箱根 ってのはこういう風に雨が降るとそこら中 が滝になってしまうようですね。この奥に 魅力的な滝があります。これ旅館の前にね 、謎の石段があるんですよ。これはどうも 明治時代頃に整備したものらしいです。 ここから始まる道を千筋の滝通りという そうです。左右を行きう1号線。基本的に 三河旅館にチェックインする人は大昔から この1号線よりチェックインということ ですがこの石団は近くにある素晴らしい 名所千筋の滝へのお散歩コースとして作っ たようですね。なんだこりゃ こダニポ置き小きダニポンポ置き場って 書いてあったのかな。おそらく万が一火災 などが発生した時の消化設備が格納されて いたのだと思います。もうほとんどの字が なくなってしまっていますが、右から左へ 書いてあったのだということは分かります ね。相当昔のものなんでしょう。で、この 後道が右手に折れるんですが、こっから筒 の滝通りは右側です。これが明治時代に 頑張って作った道路だと 。いよいよここからは舗装もなくなった。 長靴を借りてきてよかった。 斜面から水の染み出るようにしてコケに いくものもの滝がすなわち筋の滝が流れて いるということですね 。しかも今日は気温が低くまた湿度は高い ということで脱毛が立ちっているのが見え ますね。温泉の土ではないと思うのですが 、 昨日まで関東地方では長らく雨が降ってい ませんでしたが、今日は久々の雨です。 ですから水の量もこの間までよりは多く なってるんじゃないですかね 。あ、今日は幅いっぱいに水が一番橋の ところまで流れ落ちています。日によって はおそらく血筋の滝のこの筋も風が増え たり減ったりするのだろうと思います。 解説書きに明治時代の写真が飾れてますね 。あ、これが明治時代。ま、今とあまり 変わらないように見えます。だから本当に 自然のものなんですね。お隣は僕が今 止まってる三川旅館の明治時代の写真です ね。ま、これを見ると玄関は今と創業当時 とでは随分形が違っているみたいですね。 確かに小事と当時は呼ばれていたという ことですが、交量とした景色で何も周りに は生えていなかったことが分かります。 その後一旦部屋に戻り服を乾かすなどし ましたが、またすぐ出発です。そういえば これ食べていなかったな。お菓子箱根36 紅茶ロイヤルミルクティーランド愚者 すなわちこれ白い恋人のロイヤルミルク ティー味ってことかな?あ、この器はなく すごそうですね。 それではチェックアウト。チェックアウト はまたラウンジで無料送迎バスがあるそう なのでそれの到着を待ちます。あ、そんな のがあったなら昨日も使えばよかったかも ね。雨はだいぶ強いのでお土産用の輪さを 売ってました。購入しておきました。無料 総明バスはこんな感じで確か20分感隔 だったかと思うんですけれども朝の時間は 結構頻繁に運行してくれています。この 周辺の箱根小園ユネッサなどと回りながら ゴ来まで無料で送ってくれるもので便利 ですね。雨でも特に困りませんでした 。作りにゴー来駅にやってきました。豪華 な駅舎。ここは小田原からやってくる箱根 登山線の終点です。よく名前を聞くゴー駅 ですが、ゴーラとは一体何なのか理解して からこの辺りを見てみるとより楽しめると 思います。僕もあまりゴーラが何のかよく 分からなかったので、昨日じっくり地図を 見てみました。すると興味深いことに 気づいたのですが、ここから先ケーブル カーが続いてますよね。のケーブルカーの 左側の道の区画は割と5番の目と言います か、こう直線的で生前としているのに対し てケーブルカーの右側の方は、ま、そうで もないちょっとごちゃごちゃしていると いう印象です。これ右と左で全然違う らしいんですね。ゴラは明治対象時代から 上流階級の別走値として開発されてきた 歴史があるそうです。ま、すなわち庶民の 来るところではなかったという時代もあっ たみたいですね。この辺りが一体がみんな 上流階級の人たちのための施設だった らしいですよ。 そもそもこの箱根登山鉄道自体も今でこそうちはだいぶ安くなっていますが、最初ゴーラが開かれた当時は今で言ったらね、うんち 1万2 万円ぐらい片道でしたらしいですよ。ケーブルカー 10時ケーブルカーに1 駅乗ってその一般庶民が全く近寄えることができなかった時代のゴラを忍びたいと思います。雨が強いので戦闘車まで人がこ空いています。 [音楽] 最近気がついたのですが、この箱根登山ケープルカーからの景色は意外に面白いということが分かりました。 進行方向の左側を見ると駐車場がたくさんあります。しかし元々ここは山の斜面だったわけですから一生懸命山の斜面を切り開いてこのような兵置を作ったということになります。なぜそのようなことをしたのでしょうか? ゴーからわずかに1 駅お隣の公園下駅で降りました。 この公園下駅も右側で降りるか左側に 降りるかによって町のどこへ行くかが 変わってしまいます。この辺りの航空写真 を上から見てみるとやはりケーブルカーの 左側は割と生前とした区画整備がされてい て右側はそうでもないということが分かり ます。元々は左側にしか町が存在しなかっ たということです。そしてこの左側にあっ た町というのは箱根登山鉄道が開発した 高級別走地であったということです 。の下を総運山から送られてきたと思わ れる温泉が流れ雪りを上げています。今日 は寒くいい景色です。駅からすぐのところ にゴラ公園の下手側の入り口があります。 入院にはお金がかかりますが、箱根フリー パスを持っていれば無料で入ることができ ます。今でも箱根登山鉄道が経営してるん ですね 。この公園個が元々一般の庶民の人には ほとんど縁がなかったというこの地域上流 階級専用エリアの中心地だったそうですね 。豪華な作りですね。やっぱり大きな石を どうやってここまで持ってきたんでしょう ?ちょっと大きすぎないか?特に中心に ある噴水が見所で今から100年ほど前 ですよね。その時代から基本的に変わって いないそうです。当時としては最先端で 上流階級の人たちの間では流行だったそう ですよ。あとこの奥に上ってるひまぎね。 ひも戦前のなんか記念食事とかでこれよく 見られるんですよね。上流階級の人たちの 間でひまぎも流行っていったんでしょう。 あと上流階級、上流階級って言んですけど 、どういう人が住んでたのかっての調べた んですけど、えっとね、福沢行の別荘が 確かここにあったのかなとかですね。ま、 ゴラ観光協会によると、え、三井物の創者 増田孝志、藤山ライター、僕んに藤山 ライターのなんかありがたいお言葉みたい の書いて文があるんですけど、結構貴重な ものかもしれないんですが、え、三井銀行 とか東芝とかの、え、王子すごいね、もう 日本を代表する大会社の社長を歴した人物 とかですね。え、あとは三菱のトップです ね。岩崎。え、これなんて読むんかな。他 にも有名な斎藤地とかですね。そういう人 たちがいて、お互いにここでお休みの日と かに過ごしてお互いにおしりをして、あは あ、最近の相場はどこで、あ、斎藤先生は 次はそういう作品をおかけになるんですか ?みたいなことを当時一部の限られた人 たちが会話楽しんでいたのでしょう。その 中でもやはりトップ中のトップといえば この方会員の宮、えっと何人新脳だったか な?え、会員の宮、琴人新電荷のオタクも この辺にあったそうで、なんなら今もあり ます。そして行くことができます。ゴ羅 公園から急な下り坂を進んで少々ここに 電車に注意とある踏切りを渡った向こう ですね 。この先が元々宮様のオタクであって、今 でも箱根を代表する有名な旅館。 素晴らしい体験ができるそうですね。 ゴ羅壇となっています。ここもまた旧室 財産の払い下げの時に豪華な予感を 生み出した場所なんですね。そしてあそこ でお昼ご飯をいただこうと思います。あれ が当時使われていた宮様のご邸宅別荘と いうことですね 。箱根を代表する豪華旅館ゴ羅団の敷地の 中に会員の宮と新脳電荷の小さなお屋敷が 大切に残されています。親切な係りの方の 案内を受けて中に入ると早速ご本人の競像 が置かれているのを見ました。軍服を着て います。戦争直前まで陸軍のトップだった 人ですね。入り口から中に入るとま昭和 戦前期ぐらいの流行を反映したRという 感じですが、そこまで豪華乱という感じで もなく軍人らしい内装だと思いました。 豪華好きないように意識してたんでしょう ね。肝心のお料理ですが、こんなに 素晴らしいのかというぐらいにびっくりし ました。何でも世界的な評価も受けている そうで毎月メニューが変わり季節を反映し 、箱根の食べ物を多く取り入れてくれて いるのだということです。これは工を使っ たものですね。お刺身も添えられている ものの1つ1つまで美味しく、例えば わさびなどが良かったです。この箱根の すぐ南にはわさびの名産地もあります。 美味しいお魚も取れます 。食事を出してくれた係りの方は全員 びっくりするほど親切で、あ、お1人のお 客様も大勢いらっしゃってますから、 どうぞお構いなく電話口でも優しくして くれました。私は今回新電荷の心行きを 見習って1番安いカではないコースを選ん だのですが、ま、ゴーラからしたら ちょっともうちょっといいメニュー頼んで くれてもいいのにっていうところかもしれ ませんが、この素晴らしいメニューを頂い て8470円です。今日は外が寒い雨の日 ですから一生懸命出歩いてもできることは 知れているので少し奮発して最高の建物の 中から本物の箱根のサービスを楽しみ、 落ちる雨を眺める1日にするのも良いと 思いました。あちこちに覆かれている菊の ご将が入ったちょうど品がここが箱根の中 でも飛び切り素晴らしい場所でまさに箱根 の文化を築づき上げてきた根源的な本当の 箱根なのだということを感じさせます 。元は宮様しか立ち入ることができなかっ た特別な場所を、最高級の料理を楽しみ ながら8500円程度の金額で1名からで も予約を受け付けてくれるというのは大変 ご理的なサービスのように思われまして、 むしろ安い金額でこれほど楽しませて もらって恐縮するという気持ちまで湧いて きました。2階の部屋なども入れるところ は自由に見て回ることができます 。数々のちょうど品を見ながらこの建物が 元々皇族型の本当の別荘として使われてい た当時の様子を想像してみることもでき ました。なぜこの建物が今私たちのような 庶民でも訪れられるようになったのかと 言えば、それは戦争が終わった後に多くの 皇族型がその身分を追われて一般の人に 降りなければいけなかったからですね。 戦争が終わった後にGHの指導で皇族型の 多くが一般人にその身分を変えなければ いけなくなり、生活していくことが困難に なったので、持っている別荘などの もしくはお屋敷などの低宅を売却しなけれ ばいけなくなったというのはよく知られて いることで、この敷地も元々はけだった もの。今ではゴ羅壇の敷地として買い取ら れています。このまま連絡通路を進むと ゴー羅山のロビーの辺りまで続きました。 すごい通路ですね。もうこの先はもっと すごい。 これがゴ羅団か。この先は宿泊客以外は 立ち入り禁止となっています 。いつか止まった時にまた見てみましょう かね。こういう場所だったのか 。親切な皆さんにお礼を言ってどうも ありがとうございました。外へ出ると雲が ちょうどこの辺りまでやってきていました 。標が600mぐらいあるのかな。かなり 高く。今雲が流れ込んできていてその中を 歩いているような状態です。 踏切り1つ取って もなんだかあやかでいいですね。登山電車 が今からやってくると思います 。雲の中を行く電車だ。それなりにお客 さんが乗っていますね。この日は天気が 悪くまた平日ということで空いていました 。ゴ羅の別装置の斜面を大型バスが降りて きます。ゴー羅には先ほどのけの別定以外 にも元々の三菱の人のなんか別荘とかです ね、色々そういう当時の建物が残っていて 、今でも旅館などとして止まれるような ものが結構残っているようなので、また 勉強して訪れてみたいです 。またこの雨ということで実は先ほど駅に 荷物を預けていたのですがそれを取り出し ましてここからはもう1度ケーブルカーに 乗り次の目的地を目指そうと思います。 では 今回箱根フリーパスを持っているので1 日目は晴れを楽しむ箱根の旅そして2 日目は雨を楽しむ箱根の旅ということで分けて 1日目と2 日目の工程を立てています。だから1 日目と2 日目でちょっと移動が多めなんですけれどもやっぱり晴と雨でねどうやって楽しむかっていうのはちょっと区別して考えた方がいいと思うんですよね。 雨降ってる時に足のこの景色を見ようとか、雨降ってる時に富士山を見ようってのは無理じゃないですか? 昨日来た道を逆向きにたどり、総雲山駅にやってきて、ここからはロープ上に乗り換え。相音山から今日は雲の中の大枠煮を超えてみましょう。で、すぐに乗り換えちゃうと多分みんな乗り換えのお客さんの混雑に巻き込まれるのでこのプラレルを発見しました。こういうの見ていくといいでしょ。ちょ、これめちゃくちゃ早いな。 こういうプラレラなんかしらのね、 悪ふざけが含まれてることが多いんです けど、なんかやっぱありますよね。線路脇 にイノシシク。え、これはイノシだ。なん かジビエの狩がされたってことなのかな? みんな倒れています。でもクジラもいるん ですよね。クジは悪の乗りだろうな。横に は銀色に光る足のもありますね。箱根海賊 線もいるな。海賊線の隣の。これ、これ 自衛隊ですよね 。海賊線が自衛隊に攻撃を仕掛けてると いうことかな。自衛隊の方はビビクトとも しないでしょうね。至るところにどっかで 見たようなネタが折り混ぜられてるんだよ ね。これ作った人楽しかったろうな。 乗り換えの関係でもう1度大枠に登ります 。お、ちょうど103番のロープ ウェやってきましたね 。この103番のロープウェイはちょうど 今日は雨で足元皆さんの泥とかがつい ちゃってるんですけども、こんな感じ シースルーになっています。周りの香港人 たちも気がついてうわ、これはすごい言っ ていましたが、景色はご覧の通り全く見え ません。ま、僕は昨日のうちに大枠の景色 を一度見てしまったから別に全く何も見え ない霧の中もこれはこれで面白いのですが 、やっぱり晴れている時と雨の降っている 時で箱根の見える景色の違うものですよね 。でもこういう天気の時に大枠に行くのも 意外に面白かったりし ます [音楽] 。ご覧の通り、大枠には横殴りの雨が みぞれ、変わろうとしています 。ここからワロープエを使ってまた昨日の ように当年台足のほりまで降りていくと いうのが定石ですが、ま、もう昨日1度 通った場所ですからね。違う道行った方が 面白いんじゃないですか。ここからは 小田急のライバル会社西武鉄道系伊豆箱根 バスに乗って小じ油士箱根園へ向かい ましょう 。お、また晴れてきましたね。この一瞬の ことだと思いますが、800円を支払い すれば事前予約であの辺を観察できるそう ですよ。万が一の噴火が発生した時には あの建物の中に逃げ込むんですね。 2015年ぐらいまではまだ火山活動も 落ち着いていたようなんですが、ここ最近 火山ガスなども量が増えてきたようで、 この辺にあった木は一時期は生えることが できたけれども結局また山の機嫌が変わっ たので皆死んでしまったということなん ですね。 わやまさに草も生えぬ地獄に1 番よく見えるようになったじゃないですか。 [音楽] 来た来た来た来た。白いにライオンのマーク。あ、小田原行きか。僕が乗りたいのは小田原行きじゃなくて箱根行きなんですよね。あ、そうそうそう。来た、来た、来た。ここセーブスの運行の途中なんでね。 [拍手] 大枠谷から乗り込んだこの西武のバスが すごいですよ。運行ルートが。まず小田原 駅を出発して国道1号箱根湯本さらにその 上宮の下まで進んだ後小谷あたりを駆けり さらにゴラを迂回して大枠の上にも登った 後また一旦降りて昨日若サぎを食べた小尻 の有ラ線乗り場のところに寄った後さらに 足の子に沿うようにして南かし最終的には 西武のリゾート地の箱根園まで行って しまいます。 全部乗ったらどれぐらい時間かかるんのかな?え、まあでも小田原駅 12時55 [音楽] 分に出て終点まで全区間乗って1時間と 15分かな。 ま、これだけ長い距離で運行するというのはなかなか難しくのバスは今回 18分ほど遅れてやってしました。 あまり時刻表当てにならないかもしれませんね。ま、長い距離の運転はちょっと難しいからね。バスの場合。 お客そしてその終点の1 個手前にある流城ここで降ります。昨日有覧線から見つけた場所だ。竜宮殿ね。風は強そうですが、ま、室内ですから関係ないすね。これが西武の本気地か。すごく立派だ。やってきました。竜宮殿。 日本有数の豪華スーパー戦闘と呼ぶべきで はないですかね 。入ると高い天井、さらに2階部分まで 巨大な吹き抜けが形成されています。この 建物は元々足のご飯にあったものではなく 、戦争前の時代に浜の湖の近くで超豪華 ホテルとして建設され、日本有数の人気を 集めていたという歴史があるそうです。 すごい。例によってごく一部の上流階級の ような人たちしか来ることはできなかった のでしょう 。今は浜中のほとりではなく足の子に移設 され、目の前を生きう線の様々しい光景を 見ながらこちらは温かく快適に過ごすこと ができています 。壁にはこのホテルの歴史が書かれてい ました。元々はホテルだったのですが、 浜中に超高級ホテルとして建設され、外観 は平等員報道を持していて、当時から馬車 による送迎が有名だったそうですね。やっ てくるお客さんには全員送迎の馬車を出し ていたということで、これに乗りたいと いうお客さんが多かったみたいです。また 室内は全部洋室ということで、これも当時 としてはかなりすごかったと思います。 平等員に鳳王道らしい作りは今でもきの 隙間から見ることができます。雨が降って いる時は特に見え方が素晴らしいと思い ます 。温泉はこの左手奥の方に続いています。 ただ中を紹介することはできませんが感想 としましては雨が降っていたので割と普通 な感じでしたね。ですが晴れていれば目の 前の足の子が美しそうです。あと宇宙の窓 を全部取り外して反露天風呂になってる ところが面白かったですね。そのお風呂 から横へさらに進みますと、これはお食事 場所となっていて、今はお昼ご飯の提供が 行われていないので場所は閉鎖されてい ますが、足の子の皆も霧が撫でるように なってきて、素晴らしい景色を楽しむこと ができました。そしてこのお食事会場は こんな感じですね。和風の通路の奥にお客 さんが座るとガラス越しに、大きな ガラス越しに、大きな窓越に外の景色を 楽しめるようになっているというなんとも よくできた作りだと思います。またお 昼ご飯の営業をしてる時に来てみたいです ね。私が先ほど言った反露六天ブ呂はあの 左奥の建物です。あんな感じの和風の建物 になっていますが、窓ガラスが取り外され ているというのが面白いです。お昼ご飯の メニューは3時まで提供されてるこうした ものがありますが、なんか良さそうですよ ね。オリジナリティを感じられるフジの鳥 濃厚カルボナー。美味しそうですね。こう いうのも色々と充実しています。あとは 客室で貸切りで食べるという選択もあり、 それを使うと昔客室として提供されていた 場所を利用しながら足の子を眺めながら ここで休憩して豪華な食事というプランも あるそうでそれを是非ともまた体験してみ たいですね。今回はあくまで竜宮殿の簡単 な体験という感じでしたが無料送迎バスの 時間になりましたのでこれに乗りまして元 箱根送ってもらいます。この無料尊営バス は周辺にある西武鉄道系のリゾート地を1 つに連絡しています。龍よりバスに乗って まずは元箱根。そしてバスに乗り換えて これまで全く行っていなかった箱根の1番 南側のエリアチャなどが並んでいるところ を通り、昔の江戸時代の道をたどるように しながら小田原へ帰ろうと今のところでは 考えています。実際には予定変更したの ですが無料総迎バスからの景色はうわ、 すごい。3月になっても箱根はまだまだ雪 が地上で雨が降るような天気だと箱根では 雪になるみたいですね。 ちなみにプリンスホテルに宿泊した人は 高速バス車両で小田原駅までの無料草原を 利用することもできるそうです。相当充実 しています 。到着しました元根。ここからはバスの 時間を待つのがもったいないと思ったので タクシーを手配させてもらいました。 タクシーで1500円ぐらい乗り。先ほど 地図でご覧いただいた天酒茶屋まで行って そこで一服をして帰ろうと考えました。 帰り道は雪が降ってどんどん白くなってい ます 。あえて天崎茶への少し手前旧街道石畳 バス停で下ろしてもらいました。空を 見上げると雲は山を巡り霧は谷を閉ざして いる箱根らしい景色を見ることができまし た。この自動車が通る道の横に一面石が 敷き詰められ急行となっている古い道も 残っています。これこそがかつての江戸。 そして京都大阪を結んでいた東海道の江戸 時代の人たちが歩いた道ですね 。江戸時代までは日本を代表する重要感染 道路でしたが、現在は国道1号線に人々の 流れが動いたので、この辺りは時玉路線 バスが通るぐらいであまり観光地の賑いと いう不勢はありません。 地図でご覧いただきますと、かつては旧 東海道がスモ川という谷に沿うようにして 箱根の南側の谷を行くようになっていまし た。しかし明治時代に藤谷ホテルをはめと したリゾート開発が北側で行われるように なって国道1号線は北を大きく迂しながら 足の子を目指すルートに変えられました。 そして古いルートは廃たれ、新しい国道1 号の方には数多くのリゾート施設などが 立ち並び現在に至るという経緯があります 。 この辺りでは明治以降のリゾート開発とは 全く別の昔ながらの箱根の姿が今でも大切 に残されています。雨酒チャイヤに到着し ました。かつてはここに4件ほどの雨酒 チャイヤが並んでいたということですが、 今でもたった1件だけ江戸時代から営業を 続けているお店があり、お店の方は私の 動画も見てくださっているそうで行く度に 親切にしてくださいます。今回も挨拶をし て、箱根の旅の最後の思い出にここで雨酒 をいっぱい飲んで帰ることにしました 。いかにも昔ながらの建物ですね。入り口 は生じ木の扉の昔はこうだったんだろうな ということを全て思わせます。床はどまと なっています 。私は甘酒と言いましたが実際には甘酒 らしいです。おそらく昔からそう呼ばれて いたんでしょうね。熱々なので少し冷まし てからいただきたいと思います。お箸と 漬け物もついています 。味も大変いいのですが、正直な感想を 言うと前に来た時よりも物足りないなあと 感じました。なぜならばここまでタクシー とかバスでやってきて甘酒を飲んでいくと いうのは本来の使い方ではないからですね 。私が最後に本来の使い方をしたのは 2020年ですが、東京から自転車でここ までやってきて、箱根の急な坂を登り ながら京都を目指しているという時、疲り 切った状態でこのお店の中に来て食べた あの時が1番美味しかったです。このチや は東京からずっとやってきた場合、箱根の 山の上りが1番急になる最大の南を超えた すぐのところに位置しています。疲れきっ た体をなんとか引きずって進んでくると ああ、ここにチャイヤがあった。 ありがたい。転がるようにして店の中に 入り、体にエネルギーを与えてくれるお 餅ちや甘酒などをカロリーを体に投入し、 そして体力を回復させる。そもそも江戸 時代からやっているチャイヤというのは そうした自分の疲れきった体を癒してなん とかのその先へ足を進めるためのガソリン スタンドのような場所だったんですね。だ から疲れきっていないと本来の味は楽しめ ないというわけです。そこで急遽日程を1 日追加しました。明日は箱根の隣町静岡県 の三島をスタートし、江戸時代の旧東海道 を歩いて登って箱根の山を越え、箱根湯元 と小田原方面まで抜け、そして東京へ 帰ろうと思います。体を徹底的に疲れさせ 、途中にいくつかある素晴らしい茶店に よって体力を回復しながらなんとか頑張る という体験をしてみたいと思ったのです。 つまり江戸時代のカフェ巡りをするという ことですね。なお、本日の宿泊先はその 途中にあるちょうどいい立地、箱根の宿場 に位置しております。箱根をホテルとし ました 。山を降りるつもりがまた山の上へ登って きてしまいました。足の子のほりにある 箱根ホテルは大昔からの歴史のあるホテル です。1923年から歴史を持っています 。藤谷ホテルレイクビューアックス藤 ホテル&リゾートと書かれています。元々 あった江戸時代からの旅館を買収して藤谷 ホテルが豪華ホテルを作ったというのが 歴史の始まりですね。藤谷ホテルチェーン と書かれて消された後もあります。 1923年に4回建ての超豪華な建物を 完成させたようですが、なんとこの建物は すぐ発生した関東大震災によってわずか2 ヶ月で怪人に騎してしまったということ です。燃えはしなかったのかな。ともかく 使えなくなってしまったようです。その後 も何度も地震などの災害で箱根ホテルは 被害を受けていて、現在ではもう古さでは なく、むしろ新しさで攻めるという方向に したみたいですね。前的なデザインの高級 ホテルとなっていますが、今回は比較的 安く止まることができ、食事機で1泊 3万円ちょっとでした。1名で止まっても 2名で止まってもこの金額です。そんなに 安いのかとびっくりしました。帯が展示さ れていますね。昔藤谷ホテル関係で使って たのかな?子供たちが東海道線の3等車 普通車ですね。窓から紙テープみたいな ものを持って入ってきますとやっています 。下にはあのなんか旅行カバが昔の人が 旅行する時に持っていたカですね。昔高級 ホテルに止まるとこういうシールを鞄に 貼るというのが当たり前だったのですがあ 、なるほど。自社の関連のやつが多く見 られますね。藤谷ホテル、箱根ホテルなど 高級のホテルに止まったということですね 。右側には日光と書かれています。実は 藤谷ホテルは日光の金屋ホテルと親戚なの で多分親戚のものをここに貼ってるん だろうと解説には書いてありました。相当 お金持ちですね、この人は。私の部屋は2 階でした 。フロントと2階はそのまま吹き抜けで 繋がっていて、窓ガラスで大きな吹き抜け を見ながら進む面白い通路となっています 。1番安い部屋を選びました。212号室 です。湖が真正面になる景色ではないよう ですが、横にちょっと見えると解説があり ました。あ、大きい。これで食事付きで 1人1万5000円なの箱根のリッチで、 え、ちょっと僕安く止まりすぎたかもしれ ませんね。また夕食はこういうコース料理 みたいなのを出すレストランしかないのか なと思ったんですけど。あ、こういうのも あったのか。喫茶いるメインがメニューが ありますけれども、ま、高級ホテルのね やつなんでちょっといいお値段がします けれどもでも3000円とか2000円台 で食べられるメニューもあるみたいだな 。ルームサービスはどんなのがあるかな? 楽しみにしていました。焼きカレーかっこ 野菜 。はい、ということでカさども注文して しまいました。すごい豪華な夕飯になった 。おお 、やっぱり高級なホテルで食べる高い ルームサービスで食べるものは違うね。 なんかこういうホテルのルームサービスっ て高いですけど、でも高いなりに相応な ものを出してくれる。なんかぼったくりと かね。うちは高級ホテルですから何を 食べるにも値段が高いのは当然でみたいな そういう感じではないんですよね。このを 浅く会えて丁寧に刻み込まれたキャベツと 見たこともないような薄い頃も大きな油み がそれほど多くはない。うん。柔らかそう なカツはすごい 。このキャベツ僕あんま詳しくないんです 。なんかねの味がするんですよ。なんか 辛しとかそういうマスタード的な味なのか なと思ったんだけど和風みたいな味がする 。やっぱりさすが藤屋ホテルだ。これを見 てカサ道を食べてるって言ったらみんな 行転するでしょうね 。最終日は素晴らしい天気になりました。 まだ運行を始めていない箱根海賊線が朝の 鋭い光に照らされて湖は大変鮮やかになっ ています。このホテルは左右非対象の形に なっていて、客室から足の子がなるべく 見えるようにと配慮して作ってくれている みたいですね 。また1回にはラウンジもあって、時間帯 によってドリンクバーとかが飲み放題に なるウェルカムドリンクなども整備されて いるということです。私はこの後朝食なの で今回はそれはいただきませんでしたが外 に出て足の子のほとりを歩いてみましょう 。大きなドアがあります [音楽] 。これが湖のほとりの藤谷ホテルですね 。右手にはまた小田急のライバル会社の この間も挑戦した箱根優先がやはり営業を 始めていないので休んでいる姿が見られ ました。今日は風も今のところ弱いので面 が [音楽] なだらか宮殿に来たようなしかしそれほど 大きすぎない落ち着いた感じのリゾート ホテルの外から朝食会場へ向かいました。 朝食会場も豪華な天井の作りになってい ます。朝ご飯はメインメニューを1種類 選ぶ方式になっていて、名の花とごまの オム列が売りだということでしたね。その メインメニューの他に簡単なバイキング コーナーがあり、これを取ってくるという 仕組みになります。あまり味付けが強すぎ ず上品なものになっていました。藤谷 ホテルと同じようなものも並んでいた みたいです。コンスープもいただきました 。メインはおすすめであったなの花の オム列にしました。なの花の爽やかな苦み がオム裂にぴったりでしたね。他のところ でも作ってもいいんじゃないかなという メニューでした 。穏やかな朝を過ごすことができそうです が、しかし今日は最終日近辺にそろそろ 出発したいと思います 。8時にホテルをチェックアウトした後、 まず今日の旅のスタート地点の三島へ 向かう必要がありますが、まだこの時間 バスが運行していないので、バスではなく 自転車で行きます。これが素晴らしい体験 になりますよ。これはシェアサイクル、 ハローサイクリングです。アプリを インストールしておくと利用できます 。ロック解除。さあ、これに乗りまして、 今から箱根町より三島の町まで16kmに 渡る自転車の旅です。ここから先走って いく国道一号線はほとんどが下り続きと なっていて、ペダルを回すこともなく延遠 と下り続ける爽快な体験ができるはずです 。 まずスタートしてしばらくの間は箱根 外輪山を登るため登りで頑張って混む必要 があります。ただ電動アシスト自転車から それほど苦労はしません。また自動車用に 道もよく整備されているのであまりきつく ありません。実は途中でバッテリーが かなり少なくなってしまってほとんど自力 でこぐような状態になってしまったのです がまあでも登りはそれほど長くなかったの でなんとかなりました。橋の峠近くから 見ることができます。富士山の白が加わっ て彩色りが豊かです 。あっという間に箱根峠に到着しました。 これで神奈川県箱根町は終わりとなります 。スーツチャンネルでこれまで何度も見て きた景色だと思いますが 、やっぱりあ、ここが箱根の1番多くか 見るたびに楽しくなる場所ですね。前方に その峠地点が見え、あの向こうは静岡県 です。ここは日本を代表する感染道路国道 一号線となっていて横へ並行する高速など もないので大型車もたくさん通ります。気 をつけて進むべきところですね。ま、この 先もうちょっと行ったところには歩道が出 てきます。ご覧の通り今箱根町、箱根 ホテルのところから1号線で外輪山の上へ やってきました。ここが箱根峠。ここから は一気に1号線を下り続けて三島まで行く 贅沢で超爽快な体験ができます。こんな 贅沢なことをシェアサイクルでやって しまっていいのかと驚きます。さあ、来 ました。この先15kmに渡って急な 下り坂が連続すると告知が出ています。 ペダルを回すこともなく自転車はぐんぐん 進み想像できる上で最高の総快感です 。私はバイクの免許を持っていませんが バイクに乗ってるみたいですね。信号も 途中まず止まることはありません 。今回急に思いつきでこうした撮影を始め たので、撮影用の機材など何も持ってきて いなかったのですが、服のポケットに スマートフォンを差し込んで縦向きで撮影 してみると意外にそれらしい映像を取る ことができました 。しかも今回は都合のいいことにシェア サイクルですから、通常であれば自転車で 山から降りてきた場合には反対に自転車で 登らなければいけないはずですが、今回 そういうことはしなくていいんですね。 三島まで降りたらそのまま三島に返却して それで終了です。こんなことをしてしまっ てシェアサイクルの会社は果たして利益が 出るのか。本当は箱根の街の中で自転車に 乗って欲しいと思っているはずなのに山 から下られてしまってそれで通常の時間で はもしかしたらサービスの割が合わないの ではないかということも心配にはなりまし たがこれでシェアサイクルとは本当に 楽しいものだ利用者が思ってくれてその後 使ってくれるということにつながればま それはそれでありかもしれません都合の いい解釈をしてみました。ずっと下って いるとまた素晴らしい景色が見られました 。伊半島から相模湾。そしてこれから降り ていく三島その先の沼津の町です。天気が 良ければ静岡方面まで見えると思います。 この素晴らしい景色を背後に。右左の連続 カーブを登る自動車の姿も有です 。あまりにも素晴らしい体験。箱根から 三島まではおよそ1時間かかりました。 最後は前を行くバスを道案内の頼りとして 進み三島の宿場三島大社前に到着です 。この三島大社が三島の町の古くからの 中心部と言っていいでしょうね。三島の町 についてもご案内いたしますとウナぎが 有名。昔から川を遡るウナぎが名物として 出されていて、箱根声を無事に果たした人 がお祝合いをする場所としても知られてい ました。町の中には川が流れていてそう いったところを尋ねるのも楽しい場所です 。 この三島前のところにまた都合よくハロー サイクリングの返却場所がありますので山 から下ろしてしまいました。自転車を返却 完了 。ボタンを長押しするか、もしくはアプリ で操作をして返却します。利用料金は わずかに1200円。これで1200円で いいなんてね 。ここで江戸時体のȘ海道53の三島塾の 様子を見てみますと、このように東海道を 加を持って歩いている人が描かれています が、今でも景色は大して変わらずご覧の 通りですね。前を取るものが自動車に 変わったぐらいです。そしてこの三島大者 も浮おいに描かれるぐらいですから絶対に 寄っていくべき場所で東海地方でも随の社 を誇る神社と言われており、 昔からここを通る東海道の人が交通安全を 祈っていたようです。私も祈りたいと思い ます。毛がなくこの先箱根を超えていく ことができますように昔の人と同じ気持ち で行きましょう 。そして1番の目的はお祈りを済ませた後 ここに三島大謝名物福太郎持ちというのが 販売されているのですがスーツ旅行 チャンネルでこのお店は5回ぐらいすでに 登場してると思いますがここによることが 大事ですね 。 ここでお餅ちとお茶のセットが1つ250 円で販売されています。安いので今回は2 [音楽] つ注文してしまいました。なぜならばこれから先山を超えるための体力が必要だからですね。車にガソリンを詰めるのと全く同じです。持ちは消化吸収がすぐでエネルギーをたくさん供給してくれ。アンコもエネルギーの塊り。 そしてお茶は渋みでを美味しくたくさん 食べられるというだけでなくカフェインが 豊富に含まれていますのでよし今から山を 登って頑張るぞ。体を古い立たせるのにも 大変良い効果を発揮します。リポミダンB とかレッドブルとか色々売られてます。 エナジードドリンクってのありますが多分 江戸時代の茶ってエナジードドリンク みたいなもんだったんじゃないかなと私は 個人的に思います。 出発前に餅ちお茶を口にしておくかどうかで、これから先の落差加減が全然違います。 また出発前にこんなものも見つけました。祟タリー石と書かれています。元々は東海道の道の上にこれが置いてあったそうなんですが、自動車を通す道を作るにあたって撤去されて三島大の中に置かれるようになったそうです。東海道の旅人たちはこれを交通安全のご利役があると信じて祈っていたようですね。 私も同じようにやっておこうと思います。 昔の人はそうやってたんだ 。お宮の前の通りを見ると江戸時代の宿町 の街並がそのまま残っています。忙しく 往来する。道の左右にはきっちりと住宅お 店が並んでいます。箱根を超えて1番最初 に着く重要な宿。昔から体操を賑わってい たんですね。が本当に歩いてる。びっくり しました。それではこれより箱根8のうち 半分。4里すなわち16kmに渡ります。 箱根の石書のある箱根までの上りの旅の 始まりです。 頑張りますよ。前方にもう山が見えてます ね。あの山の上行くんですね。進みますと 早速タバコ屋肥料店と書かれていました。 タバコ屋と言いますがタバコは売ってい ないみたいです。これ江戸時代の名残り でしょうね。タバコ屋というのはあくまで 何を売ってるかではなく店の野本当は肥料 店なんですね。その先進みますと大バ川を 渡ります。この川を渡ると西島の宿場町は 終わりということで古から町の教会になっ ていたようでいよいよここからが町を離れ て山を登るのだというところになります。 これからは富士山を左手に見ながらの 楽しいハイキングです 。早速進みますと、ここまで歩いていた道 が急に右に大きくカーブするようなところ へ出ました。は自動車の時代になってから 車を通しやすくするために新しく作った道 ですね。元々はこれ精子街画で見て いただくと分かりやすいのですが、元々 江戸時代の道はこちら側にしか存在してい なかったはずです。ですが自動車の時代に なって多分ここ560年ぐらいだと思い ますがこっち側にじゃあ車でビュンと行っ てこっちを通った方が車は運転しやすい ですよね。後から別の道が作られたんです ね。 ちょうどこの道の別れ目のところに小さな 親代のような建物がありますが、多分あの 建物はもうちょっと元はこっちの方にあっ たんでしょうね。でも今の自動車道を作る にあたってカーブを作らなければいけない から多分ここにあった建物を少し奥へ移し たんじゃないですかというのが色々見て いくと楽しい道ですよ 。お横穴だ。暴空号か、もしくは昔冷蔵庫 か何かとして使ってたんじゃないでしょう か。 ちょうど旧東海道と東海道本線の線路が 交差する場所がありました。この踏切りの 名前が旧東海道踏切りです。東海道本線は ここを海の方へ抜けていきます。南を ぐるりと回って箱根の南側熱海を迂する ようにして進みます。なぜならば山が険し すぎて超えることができないからです。 同様に北側を透明高速道路が回っています がこれも山が険しすぎて直接は超えられ ないので北側を回っているということに なります。しかし私が通る東海道はこの山 の最短距離を行くんですね。結局は人間の 足が1番坂道に強いということだそうです 。踏切りを渡ったところにはちょうど箱根 8里の日本遺産の展示が紹介がありまして 、ここに地図を出てるのを見ますと、紫色 のこれこそが江戸時代の人がそして今でも たどることができる旧東海道の道乗りです ね。さっき自転車で降りてきた国道1号の 道を見てみますと、ぐるぐると周りを迂快 するようにして走っていて、実はあの一号 線さえも人間が歩いていた道と比べると だいぶ遠回りをしながら緩やかな坂を作る ように進んでいるということが分かります 。つまり今から行くところこそ が1番険しくしかし歩いていくならば1番 早いということですね。あ、ちょうど なんか東海道の旅人みたいな人が歩いてる 。頭に傘をかぶって日けにしてるんですね 。 あの人も箱根声の人なんでしょう。東海道 の道連れの人の後ろに立って歩いていると ここから足元が石がゴロゴロ転がるような 場所になりました。石畳ですね 。箱根の山越はとにかく大変だったので 少しでも歩きやすいように特に雨が降った 時でもいいようにと江戸時代から道にこう したものを並べる工事をしていたそうです 。人も馬も全て大変なところでした。残り バックは1680年に竹を敷いてあった ものから石に変えたと書いてあります。 その道を抜けますと、次は5本という名前 のところへ出ますが、松は今でもあります 。街道を保護するため徳川家康の時代だっ たと思いますが、道の両脇に松や杉などの 木を植えて根を貼らせてしっかりとそれを 保護しようという考えなようです。当時の 予想を再現するために見事な松波が整備さ れ、この松などは江戸時代当時からあった ものじゃないでしょうか 。今はその旧街道は車の通る道となってい て、歩くには危ないのですが、横に例に よって石畳がまた整備されていますね。 江戸時体箱根は日本で1番よく石畳の整備 された素晴らしい最後峰の道だったそう です。昔の人はこういう風なところを歩い ていたんですね。っていうのが箱根の あちこちで散々流される歌。箱根りの最後 に聞こえてきます。かくこそありか王子の もののふ。それ自令最終日 。そしていよいよ来ましたよ。急海道の 本番だ。江戸時代の道はこっちですね。 ここから先はもう車が通ることもできない し、道の幅も昔と変わってないんじゃない かな。ここからがいよいよ本当の南所だと いうことで、これ誰かが多分ね、置いてっ たやつだと思います。杖だ 。僕がもらっていこう。ここからはこれが あった方がいいね 。これから先の道は名前がついています。 薄転。南所には大体なんとか坂と名前が つきがちですね。ここも石畳で整備されて います。これがなかったら雨が降った時に はもうぐちゃぐちゃでとても歩きたくない ような道になりますよ。これあってよかっ たな 。積んでいたら竹ありまして、竹からね、 こういいやつが倒れてきましたので、ここ からはこれも持っていきます。両手にあっ た方がいいからね 。ここからはまた少し急な上りだ。 すれ違った海外の観光客の方から声をかけ られました。頑張って 。お互いに頑張って安全に投原を超え ましょう。僕は箱根小田原へ。反対の方は 三島へ向かってるのかな ?この道は大木坂と言ったんだね 。きつい道には全部名前がついてます 。右に小さな小学校があるんですが、この 小学校は坂小学校というそうですよ。次の 小さいのはしれ坂 。いい眺めの楽しめる富士山の名所でした 。時折り神殿と名前がついた街が出てき ます。これがつまり江戸時代に新しく田ぼ を開発しようということで作ってきた町な んですね。それがうまくいっていたのか どうか分かりませんが、その神殿の町を 過ぎるとまたシ道と分岐して 旧東海道は急な登り坂に変わりました。 こんな感じで静岡県内のよくあるパターン として比較的土地が平坦なところには住宅 が並んでおり、住宅が並んでいるところが 終わると急な南に差しかかるということで 南所もしくは住宅地の中をお互い交互に 行く感じでした。だから結構飽きなかった ですね。今登ってるところは小雨飯坂と 言いまして静岡県内の箱根山登山ではこれ が1番急な登り道でした。だんだんきつく なってきました。きついなと感じながら 登っているところの様子は、ま、こんな 感じの様子で登りましたよと参考までにお 見せしたいと思います。でもきついのも 楽しいですね。それを楽しむためにやって ますから。この小雨飯坂の名前の由来は 急行勾配で背におった米も人の汗や蒸気で 蒸されてついには小雨飯しのようになって しまうからつまり背中でご飯が炊けて しまうぐらいに暑くなる坂だということ ですね。一生懸命坂の平らになるところ まで登り切りますと確かに背中は熱くなり ました。 驚いたことにあまり意識していなかったの ですが、ちょうどこの坂を登り切った ところで水を全部飲み干してしまいました 。なるほど。確かに背中もだいぶ汗が 溜まってきていて、一旦服を脱ぎ換気を 行いました。背中でお米が炊ける 小雨飯し坂というのは今の時代にも通用 するのだと思いました 。小雨坂の区間も終わり。この先は少し 平坦が並んでますからね。 この少し平坦なところ、右手に見所がある と書いてあります。旧東海道はこの先ま 真っすぐなのですが、右側にも矢印が出て いて一流があるとのことです。これがそう ですね、土を上に盛り上げて丸いお山の ような人工的な塚を作っています 。およそ4kmごとに設置されたもので、 昔運賃の計算などに使っていたものです。 本来は改良の両側にあるはずなのですが、 反対側は畑になっているので、もう一塚は 解体されてなくなっていました。片側だけ でも残っているのはかなり珍しいです 。その畑区間が終わりますと、またすぐ 見所があります。左手前方に何か途端など で囲ったような祠がありますが、江戸時代 から使われている道なので、道沿いには 色々昔から受け継がれているものが多く あり、4時間以上登り坂は歩きましたが 意外に飽きないんですよね、これは。同人 が置かれてるみたいですね。ただ4つあり ますが、1番左側のものをなぜか人工的に 破壊したような跡があります。どういう 歴史があるんでしょうね。また他に罵島 観音、牛頭観音というものが祭祀られてい ますが、江戸時代にこの登り降りのきつい 道を牛合う間が荷物を持って手伝って運ん でくれたので、それらの根の気持ちから こういったものを設置しているそうです。 他にも案内の看板が充実していて、え、 1999年頃まではこの辺りはこんな感じ ボロボロの道だったようですが、道路に ツもった土などを下ろしてみるとこうした 石畳が出動したので、昔ながらの後方で もう一度石畳を作り直し、今はこのような 姿になっているとのことでした。ちょうど 私が生まれたぐらいの年代に石畳を復言し たようです 。この石畳の坂が落ち着きますと名所へ出 ました [音楽] 。さあ、1段なくしたところで三島スカイ ウォークに着きました観光客の方が平日で もどんどん入ってます。あの富士山を前に 日本の1番ですかね、400mの釣り橋の 上から眺めようという場所です。まさか その目の前に江戸時代の石畳みがそのまま 保存されて残ってたとはね。そういう場所 だったら知りませんでした。どうしようか な。ちょっと寄っていきたいけど。いや、 飲み物とそれからトイレがダメだった。 飲み物買ってトイレを借りていきましょう ね。これ持っていくのか。駐車場に駐車し た方がいいかな、これ。 ここトイレ超豪華ですね。みんなこれも 押したのに僕のこと全員2度見してました が、ま、それが普通なのかなと思います。 飲み物の補給も完了。さらに三島コロケを 購入しました。石畳の道もまだまだ頑張れ そうですね。12時質過ぎに三島スカイ ウォークを出発しました。ちなみに三島 大社を出発したのが10時過ぎですので ここまで2時間ほどかかっています。 ペースで言えば1時間に4kmのペースで 進んでいるので登り坂としては悪くない 進行度合です。頑張って歩いてますからね 。 また道も階段など割とよくセーブしてくれ ていて、膝を守るためにも杖が役立って くれています 。特にこの竹の杖は節がついてるので持ち やすいというのがありがたいです。この先 前方旧東海道が橋のようにして現在の国道 1号をまたぐ区間があり、後方に富士山が 見えて素晴らしい眺めだと思いました。昔 はここは一面の山だったんですよね。それ を切り崩して作ってしまったのでしょう。 この先、いよいよ昼を暮らき、次の波木の 中を歩き抜けるようになりました。徳川 幕府は道の両脇に松の木など何かガ路城を 植えて道を保護するよう指示していたよう です。基本的には松だったようですが、 箱根など標が高かったり、何か特殊な条件 の場所では別の種類の木を植えていて、 この場所では過ぎだったようです。え、 どうしても大体こんな感じの景色だったの ではないかと思います。ま、今ほど木は たくさんなかったかな。少し景色の開けた 山中後に着きました。西日本から関東方面 へ攻撃をしようとするとこの山を絶対に 超えなければいけないということでここは 軍事上の拠点として戦国時代には重視され ていたそうです。小田原を拠点に関東で 圧倒的な力を持っていた北条家のお城とし てここに山中城が気づかれていたと言い ます。う、見事な彫刻。ちょっとここに 立てかけていいのかわかんないですけど 多分これお賽銭箱ですよね。おかげ様って 書いてそういうことですよね。コインが 入るようになった。おすごい。 ありがたい気持ちになる金の音が聞こえて きました。すごいギミックだね。勇が横に 書いてあります。この地を山中神殿と呼ぶ そうですが、ここに昔巡礼姿の旅人が 止まったおり、急に亡くなってしまったの で、その死ぬ間に私をお地蔵様としてまっ てくれたらば、後でこの通る人たちの そして村の人の健康を守ってあげますよと いう風に言い残したということで言う通り にやってまた縁日に小麦ま獣というのを 作ってそれをこう周りに渡してみたらば 体操良かったので有名になり一般のま、 東海道の旅人にも売られるようになった。 そしてここへのお賽銭とよく入れた小麦 まじの利益と1年間のここの集落のもうお 金が全部賄かえてしまうほどに儲かったの だということですね。ま、多分なんです けど、ここで当時江戸時代に売っていた その小麦饅じという名物の売上を高める ための作り話だったんじゃないかな。 今度はとある方のお墓がありますね。 幼い物もあります。ちょっとね、この言葉 はね、読み上げるとYouTubeの広告 が剥がされてしまうかもしれない。昔は、 ま、別に大丈夫だったんですけど、今は 差別用語とされている言葉なので、 ちょっとこうお名前はあのとくりとくさん なのかな。まあでも読んで大丈夫かな。 箱根のは悪物の代表のように言われてい ます。柄の悪い人たちが多かったという話 はよく聞きますね。しかしもし雲之助がい なかったら箱根の様を登れない弱い女性や 病院はどうしたのでしょう?思い荷物は誰 が運んだのでしょう?というようなことで 大切な役割りを担っていた人たちでもあり まして、このと得という人は、え、元々 剣術の至難役だったけれども、その後、ま 、色々あったので、え、箱根のに移転して きたということらしいです。で、すごく 色々雲の地位向場のために活躍をしたと いうことでお酒が今でも備えられています 。その助のお墓は箱根山に登っている最中 では珍しくしばらく平坦な区間が続く ところで気分を落ち着けて歩くことが できるのでもしかするとそうしたことから あの場所にお墓を作ったのかもしれないと 思いました。そこには細い杉の木が たくさん植えられていました。伐している みたいですね。昔はこの辺り木が少なかっ たと思うのでたくさん食林して今のような 姿になったみたいです 。時折り国道1号に並行するようにして 歩きます。お、いよいよ山の上の方が見え てきました 。ここで旧東海道は国道1号横断歩道で 渡ります。ただなかなか横断歩道は歩行車 優先といえ止まってくれる車は多くあり ません。ここは見通しもあまり良くないし 後ろからも早い車が来るのでまそれは 仕方ないんじゃないかなというのが1歩行 者としての意見です 。これを過ぎますと旧東海道は、え、なん か人の玄関先に入るような感じになって ますけど、看板が立ってるので確かにここ で間違いないみたいです。あら、これ行動 なんですかね?もしかしたら指導としてね 、通してくださってるのかもしれません。 随分道幅がこの辺りだけは狭くなってい ました。さあ、いよいよ峠が近づいてき ました。あそこに富士箱根ランドドって 建物があるんですけど、確か峠はあそこ までは高くないはずだ。なんかこんな仮説 トイレありますねえ。トイレに行きたい人 はこれ使っていいってことなのかな?なん と親切ないや、分からん。違うかも。三島 大社からスタートしてだいぶ来ました。 もうここが峠ですからね。いよいよ箱根峠 が近づいてくると左手は杉の波き、右手側 には箱根竹ですかね。竹ま笹の仲間が植え られています。この箱根竹というのは石畳 が整備されるよりも前にたくさん伐採して 道の上に敷き詰めなんとか滑り止めとして 使っていたようです。 昭和10年頃まで箱根で栽培されていたと 言います。左手には年物石が置かれてい ます。看板によると昔ここで雪倒れた人を 伴うためにこうしたように保護されている のだという話です 。偽話が色々あるので歩いていても なかなか飽きることはなりません [音楽] 。三島スカイウォークでトイレに行って コロッケ飲み物を買って以来ほとんど 立ち止まってはいませんのでだいぶ体も 疲れてきましたがこの先の峠で体を休めて また体力をプラスに転じられるだろうと 期待しています。だから頑張れるわけです ね。この先の峠屋でお昼ご飯です 。トが近づいてきたところでいくつもの 置き物がここには明治天皇が景色を見たと いう場所もあるそうでそれにちなんで他に もカブト石ここにこんなカブトみたいな形 の石があり豊秀義がこれにカブトを置いた こともある云々とか右手には徳川優徳と 書かれています。徳川吉宗がこの辺を 通りがかった時におばあさんが馬をとても よく世話していてそれは素晴らしいお金を あげようということがやったので暴れん坊 将軍のことをしんで置いているんですね。 他にもこれは一立かな。土を盛り立てた ものなど色々この辺りには名所がありまし た。現在地は接対ジャヤです。石書までは あと歩いて1時間はかからないようですね 。だいぶ近くなってきました 。この超接対帯ジャイアと呼びバス停。ま 、降りる人はいないと思うんですが、え、 接対と言ってもビジネスのなんかこう、 ああ、こうあなたこう取引して欲しいから こう僕はこそしてあげますみたいなそう いうのではないみたいですね。貧しい人を お寺が助けてあげたという歴史があるよう です 。最後は1970年までやっていたみたい ですね。貧しい人のためというよりもこの 辺でこう働いてる人にさあ、どうぞどう ぞってやってあげてるということなのかな 。そう、1970年までそんなことやって たんですか。 そしてその接対ジャイヤの後は今でもここ に残っているとあ、なるほど。あれが最後 に接対をしていた時代のイドか何かですか ね 。あ、そして2019年のあの武蔵小杉の タワーマンションが水没した時の台風かな 。あの台風の影響で未だに接対から先は旧 街道が通行止めだそうです。ま、歩道が ありますからね。 静岡県区間残す最後の1kmほど峠までの ところは車道の横を行くことになりました 。ま、十分楽しみましたからね 。最後は結局自動車道を迂することになり ましたが、それも私は悪くないと思ってい ます。国道1号を大きな荷物を後ろに連結 して登り降りするトレーラーの姿を見る とああ、昔から箱根の山を大きな荷物を 持ってテクニックを発揮して登り降りして いる人の存在というのは変わらないものだ と思わされるからです 。いよいよ雪も増えてきました。そして来 た都半車線終わり。箱根の外輪山の上に 上がってきたということですね。まあトに 着いたと言っていいでしょう。ここで是非 とも行きたかったお店がありました。峠 です。 杖は入り口のところに置いておい て箱の峠屋に入転しました。 寒さを柔らげるストーブが置かれています 。また換気装置がたくさんあるのが目に つきます 。このお店は峠屋とは言いますがメニュー を見てみると茶とは全然違います。 ホルモンやカルビ焼肉などを売りにしてい ます。茶はありますが、お茶と書いてある のはそれぐらいです。でもいいんですよね 。いらっしゃいませ。お疲れ様。本日の メニューです 。チャイヤというのはそもそも改道を行く 人たちの疲れを癒すものであり、昔の茶や の姿を浮などで見てみますと、このような 感じ。長い旅の間、ちょっとここで腰を 落としてお茶を飲み、甘いものやお餅ち など力をつけられるようなものを食べて、 この先の道も頑張って歩いていこうという のが元々の茶店の役割です。現在人々の食 の思考は随分変わったと思います。アこや お餅ち、もしかしたらお茶も人々の旅の 一般的な食べ物ではなくなっているかも しれません。ではこの焼肉定食はどう でしょうか?長い峠の1号線を運転し、 ちょっと疲れたここでおろう。あるいは 長い街道を登ってきて、ああ、クタクタだ 。ここで一休みという時にこれを食べたら 旅の人は元気が出るでしょうね。メニュー は昔と変わりましたが、茶やのリオは昔と 全く変わっていないのだろうと思いました 。 ちなみにこのお店は国道1号線に自動車の 通行が活発にあった、今から70年ほど前 より遠用している死偽だ。そうです。 昔からトラックドライバーの人たちとか ドライブの遊びの人たちとか疲れを癒し 続けてるんでしょうね 。それでは静岡県側の箱根36もそろそろ 終わりです。右手に除雪基地がありますね 。ここから先がいよいよ県境 。先ほどは自転車でなんなく超えましたが 歩いてくると三島から4時間以上かかり ました 。箱根峠の上まで再び戻ってきました。 やっぱりこれが1 番の箱根での楽しい体験だな。さあ、それでは東業を超えまして神奈川県箱根町へ。で、箱根町へ入る江戸時代の旧東海道の道は残っておりまして、これを行けばいいらしいんです。これ江戸時代の道を克服して使ってるらしいんですよ。なんですけれども、これね、これゴルフ場になってんですよね。で、指導にゴルフ 場関係者利用 者以外の侵入年並びに停定車お断りします。ゴルフはやってないからな。 [音楽] 横に作られた新しい道を行くしかないです ね。ちょ、怖いんだよな、ここ。さっきも ここ自転車で通ったので、ま、それほど 怖くはありませんが、この辺り歩道が ちょっと少ない場所があるんですよね 。ロソ体が広めなので、ま、これが歩道 みたいなもんではありますが 、ここからは右手側も広くなるので内側 歩きましょう。お、雪がまだ残ってますね 。一応この緑色なところが歩行車の方歩い てください。どうぞという場所で足跡も ついています。旧街道を歩く人は毎日いる でしょうね。さてここ で右手側は高速道路の入り口なので渡り ました。ま、実際にはこの先のところから 渡っても良かったみたいです が右手側侵入禁止になってますよね。 間違えて高速の箱根単パ区の方に入って いくと大変なことになります 。また右手は高速から出てきた車がビュっ と曲がって出てくるようなところですから 、一時停止の足マークが付いてますね。 そうですね、ここで一時停止。大丈夫そう ですね。速やかに行きましょう 。またここも道のど真ん中を歩くような 感じの場所がありますが、ま、なんとか 安全に抜けることができまして 、これはきつい 。下りの方がね、やっぱり昔から大変だっ たみたいですよ。膝に来るって江戸時代の 人も言ってたみたいです。 昔はほとんど木が生えてなかったみたい ですね。江戸時代ってのはほとんど木が山 になかったらしいんですけれども、当時は 交量たる峠でした。今はうとしてええ、 相当じゃないか。 昔の人こんなところ行ってたんすね 。ここからはこの竹の棒が大変役に立ち ました。つまり降りていく時に杖として 使い膝への負担を避け、また太もの前の 筋肉もなるべく使わないようにして疲れず に降りていくことに大変威力を発揮しまし た。この箱根の外輪山から下っていく ところの負担を少しでも減らすために なるべく早いうから手頃な棒を用意して おこうと思っていたのですが、見事にこれ はこをしたというわけです。この辺りには いくつも名前付きの坂が連続します。と いうか、ほぼ全区区間にわたって坂の名前 がついています 。そそもなぜ私が今回杖を使ってこの山を 降りようと考えていたのかというと、これ は江戸時代の何か誰かが書いた書物を前に 読んだんですけれども、箱根の山は登るの が大変だと思っていたら降りる時に膝が 笑ってしまってそれが1番きつかったと いう風説を読んだので、あ、それならば こうした名前つきの坂が連続するような 急古バイク区間に入る前に杖を手に入れて おいた方がいいなと考えていたのでした。 つまり400年前のアドバイスを参考にし て杖を手に入れておこうと思ったわけです が実際に400年前のアドバイスは有でし たね。昼名を砕き杉の波き、左右には 箱根竹が並び、次々いろんな名前の坂が 続きます 。いかにも何所ならだということが分かり ます。歴史の道は大切に本されていて、上 を通る国道1号でしょうか。道路の下を 抜けるようにして整備されていました。 しかしそろそろ坂は終わりのようです 。ほお。そしてついに目の前にこれほど 厳しい坂ばかりかと思ったけれども明るく 開ける場所があって家並が並んでいますね 。ここには仏像が並べられな網田物なむ 完全音菩薩色々書かれていますが、つまり ここから先の厳しい山を超えていく人よ。 どうぞご事で会ってくれ。もしくはこの先 の厳しいところで亡くなってしまった方々 はどうかお上土へ行けますようにといった ことを願いながら立てたものがこんなに たくさんあるんですね。つまりここで南所 は逆に言うと終わったということですね。 着きました。箱根の宿場航空写真で見て みると確かにここから道の両脇にきっちり と細長い住宅が並んでいることが分かり ます。江戸時代の宿場町の街並の特徴です ね。道の両脇に細長い建物がそしてこれ から入っていく箱根の照明は箱根となって います。つまり、ま、箱根というのはもう この前液のことを箱根と言いますけれども 、その中でも箱根として名前がついている 場所はここ江戸時代からの名残りですね。 宿町の名残りで、今でもここが箱根町。 箱根なんだ。ここで明治時代に撮影された 貴重な箱根塾の写真をご覧いただきたいと 思います。明治の写真とはいえ江戸時代と あまり変わっていないと思います。場所で 言うと今は箱根町校ですね。ここが温泉 公園。ここが石晶跡。西武の有覧線はここ から出て、箱根海賊線はここから出る でしょう。私が今立っているのはこの辺り ということになると思います。景色は今も あまり変わっていないような気がしました 。 すなわち海国道1号の両脇に家がずらりと 並ぶ光景です。もう一度昔の写真をご覧 いただきますと、この宿場の後地の横辺 ありたいのですが、この場所には昨日宿泊 した箱根ホテルの元となる旅館がありまし た。元はやという旅館だったようで、明治 時代になって外国人観光客が来ると、 ホテルと英語の看板などもつけていたよう ですが、この屋が藤谷ホテルに買収され、 現在に至る箱根ホテルとなったそうです。 私は実は朝この箱根ホテルを チェックアウトした後、荷物を預けてい ました。ここで番号札を渡して、ここから はキャリーバックを背負いながら当を 降りる必要があります 。あ、朝はここに自転車1台しかなかった んですが、誰かが下ろしたので2台に増え てますね。またこれに乗って小田原まで ダウンヒルを楽しむのもいいなと思いまし たが、ちょっと迷惑すぎるかなと思って、 それはやめることにしました。そういう こともできちゃうんですけどね。ここに 駐輪場のような場所に掛を置いておきます 。でも車寄せが邪魔だと思ったので、少し 車の支障にならないようにずらしておく ことにしました 。これで荷物をいただきます。背負える リュックサックを使っています。背負える キャリーバックか。ここからは荷物が増え たのでだいぶきつくなりましたがまだ 頑張れます。下り道ですしね 。さあ、いよいよここで左に曲がって石晶 後。今石周辺はお土産物屋さん、もしくは 飲食店などが並んでいます。ただ夜になる と早く閉まってしまうんですよね。この 箱根町は昔からあまり観光するものがない ということで、ま、結構課題だったよう ですが、箱根の石書ができたので見所が 増えました。この左手のところで入場券を 売っていますが、今回は買いません。私は 見学者ではなく、あくまで通行人なので 入場券は払わずにそのまま通り抜け、今で は通行手型もいらず、そのまま石晶反対側 、江戸、東京側へ出ていきました 。やはり通り抜けてこその箱根の石書です ね。通り抜けられて楽しいです。抜けてき たところを振り返ります。昔だったら あそこで通行手型を提出するのに行列して 前に入り砲とか出女とかそういう人がい たらもっと時間がかかってああ気がくれ ちゃうよ。もう今日は無理かな思っていた かもしれませんが大丈夫。一瞬で通過する ことができました。その後日本の夏の宮殿 が置かれていたという箱根音公園の横を 通り過ぎ 旧東海道の昔の杉並木の中を行きます。旅 の1日目に見た光景はこうして他の地域と 繋がっているのですね 。この辺りのスキンは特によく保存されて い てミキの1本1本も太く江戸時代頃から あるのだとよくわかります。またここで ちょうど気の光が指して私の歩いている姿 を投映しました。ここでは杖の必要はない ので手に下げて歩いていましたが江戸時代 の人もこんな感じだったのだろうと。 まるで昔の人がそこに歩いている幻を見る ような姿でした。あまり自分の姿を写真に 撮りたいとは思わないんですけど、江戸 時代の人の姿だと思って見ながら行けば 楽しいですね 。この杉並の区間はしばらく続きます 。またこの先箱根神社の入口のところまで やってきますと江戸時代からの旧東海道は この鳥井をくぐるのかと思えばそうでは なくここで右へそれ。まっすぐ行くと箱根 神社への山道ということでそれぞれ別の 役割の道なんですね。だからここから先に 行くと元箱根の町ということになりますが 東海道はそこには行きません。なるほど。 だからあそこに鳥井があるのかとよく 分かりました。いよいよ神奈川県が大切に 保存している箱根旧道の看板が出る地区へ やってきました 。ここから先当を超えて雨酒茶屋から スモ川の渓谷あたりに至る まで最後の南関の区間が続きます。そして 1番不勢を感じられるところでもあるかな 。足の子を後ろに見て出発 。さあここから先急な上りが続きますよ。 ここは1度歩いたことがあるので分かり ます。ここから先までは急です。後ろに 荷物を背負っているということもあって ひっくり返ってしまうのではないかという 坂でした。自分が一生懸命坂を登っている 様子がやはり江戸時代の人もこうやって 苦労して杖をつきながら登っていたの だろうと思わせられそれが旅の1番の励み になりました。有名な東海道53次の浮が ありますが、この浮で大名行列が坂を登っ ているこの場所こそがまさに今私が歩いて いるところでその場所は全く同じだと思い ます。昔の人はここをこういう風にして いっていたんですね。箱根で1番思うべき 感想が自然と出てきそうですね。そして 再び箱根の山の縁の上へ外輪山の上へ 上がってきました。これで2度目の峠声。 ここから先はあと山を下るだけです。あの 先のところに見えていますね。あそこで 登りはもうしばらく終わり。ここからは ほとんど降りるだけということになる でしょう。ここでもう1度ストレッチを 行い、膝や桃の前側の筋肉を伸ばしておき ましょう。登るよりも降りる方が大変とは よく言ったもので本当にそうだと思いまし た。私が個人的に思うことですが箱根で 1番楽しいことは結局は石畳の上を慎重に 踏みしめながら歩いていくこの一歩一歩で はないかと思います。なぜかと言うと、 箱根の色々なところへ行って8の岩ね 踏み鳴らす。あ、昔の人はこうだったん ですねという箱根りの歌を箱根の色々な ところで流しているからです。もちろん 箱根には明治心以来、日本の上流階級の人 や海外のお金持ちの人たちが作り上げた 観光産業の最も引いてたものがあって、 まとまったお金を用意してこれを楽しむと いうのも本当に素晴らしい体験になります 。ですが、そうした上流階級向けのもの だけではなく、箱根の本質的な旅の楽しみ というのはこうして今でも素晴らしい状態 で残っていて、しかも誰でも楽しむことが できる平等に用意されているのだというの が私の好きなところでもあります 。どのような様子で山を降りてきているの か再現映像を取ってみました。このように 長い棒を杖のようにして使いながら大変 そうに見えますがそれほど疲れません。昔 の人もこうやって歩いていたんですね。各 こそありしか王子のモのフということです ね。この先では自動車道と交差車の行き すぎる様を少し眺めてみました。すると どの車も急カーブの手前で赤いブレーキ ランプをつけて慎重に速度を落としながら 降りていく様子が分かりました。昔の人が 杖をついたりして慎重にブレーキをかけ ながらこの石畳を歩いている光景と重なり 、昔も今もあまり変わっていないし今は昔 の延長上に過ぎないのだということを理解 しました。またいくつもの登ってくる車が 連続したので道のへ待っていました 。江戸時代の金交代の行列を行きすぎるの を待って。 じゃあもうみんな行ったから大丈夫だ。昔 の人のような気持ちになりました。行列が 途切れたところで渡ります。ここで渡り ますと、ありがたい看板が見えてきました 。雨酒茶屋です。雨酒茶屋というのは著名 町の名前のことで、この先には天酒茶やと いう地区があります。もう少しそこまで 頑張れば甘酒が飲めてこの疲れた体を癒す ことができます。そこまでは 頑張ろうという気持ちに昔の人もなってい たでしょう 。1シルベというのもまた私たちに目標の 目安を教えてくれてそれだけで体を 振い立たせることができるものです。 きっと昔の人もあちこちに置かれている 道渋を見てあと何里よしじゃあそこまでは 頑張ろう。自分の体を振い立たせていたの だろうと思い起こしました 。さあ、いよいよこの先に駐車場が見えて きました。甘酒茶屋に到着です。昨日も 一度訪れましたが、もう1度やってくる ことにしました。 昨日飲んだ甘酒とは味が違って感じられる でしょう。今回はまだまだ歩けますけれど さすがに疲れてきました。 昔ながらのかや吹き屋根中も江戸時代風ま 昨日行ったんでね中がどのようになって いるかということは分かります 。この雨酒茶屋は観光地として大変有名。 海外からの方も大勢来ていてバスでやって くる方も車で来る方もいました。ま、それ もいいことなんですけれども、やっぱり僕 が今多分この店で1番美味しく甘酒が 飲めるんじゃないかな。記念写真を撮って いる人もいたので僕も真似して撮ってみ ました。こんな感じでクタクタのやれた ような顔をしています。やっぱりここで 記念写真を撮るなら明るく笑顔でという よりはああ、疲れたという感じの顔で取る んぞ。1番それっぽいんじゃないかなと 思います。疲れてなくて雨酒茶屋に 立ちおろうとは昔の人は思わなかった でしょうからね。お金がもったいないです から。 お店に入ってまた甘酒などを注文しました 。そして今度私はここへバスではなく歩い てやってきたわけですが、するとこうした ものがあると教えてもらいました。東方 観光記念ご方明。すなわち昔から街道を 歩く人たちに力を分け与いてきたという 浜酒茶の歴史を文じて歩いてやってきた人 にはそれを記念するに本人が良ければ書い てもらうということなんですね。いきます 。ありがとうございます。 道中安全お守りのお札もいただきました。 これから先のところで崖から落ちたり何か病気になってしまったりしまわないように安全の祈りの札も 添えてくれています。今回は磯持ちも合わせて注文しました。スーツチャンネルの動画を見てくる方が大変多いそうで動画を見た方はね、みんなあの僕が前食べたウ食ぐいもちを食べるとおっしゃってましたね。どちらもおすすめです。漬け物も添えられています。 温かい山酒生姜が効いていたと思います。 もう疲れて飲むとね、もうどうやって飲ん でも美味しいんですけれども、体を癒して くれるような味に早り全然違いますね。命 の液体という感じがします 。お店の外には雨酒ジャについての紹介が ありました。箱根地域には9箇所雨酒の街 が存在していたということですね。そして ここには元々4件の雨酒を売る店があった とあります。たくさん甘酒を売る店があっ たんですね。チャイヤというものがカフェ ではなくガソリンスタンドだったのだと いうことがよくわかります 。そしてこの雨酒茶屋周辺は元々旧東海道 が1番まっすぐに箱根の山を見舞い抜けて 超えていく道として整備されていましたが 明治時代になると藤谷ホテルそれから小園 周辺の開発などが進んで国道1号という ものが作られてこの辺りが廃たれたという 歴史も昨日お伝えした通りです 。明治心以来の困難な時代も乗り越えて、 今に人々の疲れを癒す体験を提供している 天茶屋。もう1度訪れて昨日とは全く違っ た感想を得ることができました 。そして今回もうここで歩きの旅は終わり にしていいかなと思いました。本来であれ ばこの先小田原までまだまだ歩き続けて いきたいところですが、私にも明日の予定 があります。体力はここで十分回復できた のだけれども、 塩分もたっぷり蓄えてある漬け物。これも また体に電界質を蓄えてくれて一層元気 いっぱいになるのですが、今ここで蓄えた 体力は明日以降に使いたいと思います。 なぜならば私にも仕事があるからです。 箱根を訪れる観光客のほとんど全員に翌日 以降の仕事があると思います 。今の天酒茶屋でする体験は箱根のト声の 体力をつけることではないかもしれません が、休暇というのはそもそもそういうもん ですよね。ここで駅を養ってまた明日以降 東京での仕事に役立ってることにします 。箱根での素晴らしい3日間の休暇になり ました。ま、最もこれもあんたの仕事 でしょうと言われば、ま、その通りでは あるんですけれども色々な仕事が僕にも ありますので明日からも頑張りたいと思い ます。帰りはこの登山バスに乗って出発。 出が出発し後ろを振り向くと甘酒茶の他に も4件建物が並んでいて公衆トイレなども 昔風の作りとなっておりここに4件の甘酒 を売る店があったということを再現してい ます 。これから先乗りました登山バスはすごい 道を走るようになります。右左のカーブが 連続する区間です。スピードもなかなか 出るので正直時間は短いかもしれませんが この辺りでの乗り心地のハードさはあの 有名な日光色を上回っていると思います。 出ました。これより1.2kmの間7 曲がり。確か江戸時代からこの7曲がりと いう名前は存在したんじゃなかったかと 思いますが 、あまりにも標高差が急なのでこのところ で右左へ7回ぐらい折れ曲がるようにして 走るということです 。ここで箱根登山バスは30kmの速度 制限に従いながらも猛烈な速度で運転する ように山をかけります。しっかり捕まって いる必要があります。私は今回1番前の 運転士さんのハンドルさきの見事さを見学 できるところにじん取りましたが、ここは 1番前なので遠伸力が1番きつくかかる ところですよね。本当に全力で握ってい ないともしかすると椅子から振り落とさ れるかもしれないとさえ思うほどです。 自信のない方は後ろの方にお座りになった 方がよろしいと思います。ここで現在地を 確認させていただきたいと思います。今回 は箱根峠を超えて足のの周りを回り、こう やって甘酒茶合によって今曲がりのところ から川沿いにある旗宿の町へ降りようとし ています。つまり天酒茶やというのは最大 の南所であるこの7曲がりのところを超え た先のところにあってああ疲れたという人 に栄養を供給できる非常に合理的な場所に 立していたんですね。この7曲がりを私も 歩いたり自転車でこいだりしたことがあっ て非常に大変でしたがバスに乗って 通り抜けるというのもなかなかにハード です。もはやこの乗り心地は乗り物用酔い とかそういうのを圧倒しているような気が します。ま、横には万が一ブレーキが故障 した時に突っ込むための緊急避難所があり ますね。運転さんのハンドルさきが愚か、 ブレーキ扱いなども見事で、おそらく ほとんど乗り物良いというのはないと思い ますが、でも横字というのがすごいですね 。ディズニーランドでもなかなか体験でき ないアトラクション。遠くには小田原市街 に出ていく箱根の谷が見えました 。ですが、その厳しい区間も間もなく 終わりです。次は旗塾。 貸木坂がりのきついところを通り抜けてき ました 。これを過ぎますと箱根の山があまりにも 険しいということで途中の休憩地点として 栄えた旗塾の宿場町の景色が見えます 。この部分も運転士さんとしては南所な はずです。江戸時代以来栄えている昔 ながらの街並は道も広げることができて おらずそこを遅れないように安全に運転し ていかなければいけません。 [音楽] この後 はいよいよスモ川にそうにして進みました 。観光エリアとして明治を開発された早川 の南にある箱根のもう1つの谷です 。バ星の名前にもス雲川が出てきました。 この川に沿って昔人々は東京へ、大阪へ、 京都へ移動していたんですね。この川が 切り開いてくれた比較的平坦な土地に沿う ようにしてバスは箱根本へ向かいます。と 思ったら運転士さんが無線機でナリアの 通信を始め止まりました。何が起こったの かと思えば向いからやってくる路線バスト のすれ違いを行うためにお互いに無線で 通信をしてあらかじめ広い場所へ止まって おくという高度なテクニックを発揮してい ました。そうでないとこれから先また道の 狭いところがありお互いにすれ違いができ ないということですね。なるほど。確かに そうだと思いました 。この凄まじい道を前方のスポーツカーも 苦労しながら運転しているようですが登山 バスが追いついてしまっています。 スポーツカーより早く走る箱根の登山バス のドライビングテクニック [音楽] 。登山バスの運転士さんのテクニックは 圧倒的でその代わり少し接客が怖そうな人 も多いのですがそれも含めて昔から変わっ ていない箱根の重向きだと思いました。 バスは素晴らしい速やかさで滑らかに3 枚橋に到達し、時間通りに箱根湯本駅に 到着しました。いつまでもこの感じで運行 し続けて欲しいですね 。時間通りにバスがやってきてくれたので 、ここからは登山特急のロマンスカー新宿 行きに乗り換えます 。小田急線に直通するロマンスカーには 色々な種類がありますが、今日16時46 分発の箱根28号は看板車両のGSE車両 が運用されていました 。オレンジ色1色。前方には展望席が付い ています 。箱根の旅は終わりました。いい3日間に なりました。また来たいと思いました。 明日も来たいぐらいです。まだまだ箱根を 全部見切ることはできていません。この 小さな山の周りには一体どれほどの見所が あるのだろうかと思いました 。今回急に日程を変更しましたので ロマンスカーの展望席を予約することは できませんでしたがでも実はいい席が空い てるんですよね。最後尾車両の一般席の 1番後ろ。ここに座り座席を反回転させる と展望のすぐ後ろに座ることができます。 この場所はあまり狙われていないのでご覧 の通り当日でも切符を変えるということは 珍しくありません。またこのロマンスカー GS車両は最前列でなくても外の景色を よく見られるように設計されていて、 大きな窓越に過ぎ去る箱根の谷の景色を見 ながらじゃあこれで予行も終わったねと いう気持ちになれます。ロマンスカの展望 席は最前列の方が人気なのですが、箱根 から帰る時に関しては1番後ろに乗った方 が旅の要因を最後まで残しながら山を 降りることができいいと思います。3 日間自分はあの山で散々楽しみ尽くしたのだということを思いながら宿 彩かの流れが小田原の町へ出るように ロマンスカも穏やかに新宿までの帰りのたの始まりです。 ご視聴ありがとうございました。スーツ旅行チャンネルを旅の参考にしてくださる方も多いということで今回は私なりに正面から箱根の魅力をお伝えしたつもりですがうまくできておりましたら幸いです。 [音楽] 最後に湯本駅で購入したお土産をご覧 いただきたいと思います。これは先ほど 登山バスで速やかに駆け抜けた道が狭かっ たところ旗塾で作られている寄石財工です 。昔から山が豊富で木材資源が手に入り やすかった箱根ではこうして木を組み上げ て色々な入れ物を作ったりして東海道の 旅人に売るという商売が盛でした。今でも 行われています。おかしいですね。 3000円ぐらいちょっといい値段がし ました。ま、そういうもんですよね 。 これは会社経費で買ったものではないので自分の家で大切に保管しておきたいと思います。 電車は小田原駅から小田急線に入りましてスピードも上がりました。あと 1時間ほどで新宿に着きます。 私のお隣にもこの後お客さんが乗ってくるということなのでそろそろ動画の撮影も終わりにしておきたいと思います。 最後になりますが、これまで箱根の あちこちで聞き、また動画BGMでも使用 しました箱根8の曲の歌詞をこれまで紹介 しておりませんでしたのでご案内しこれで 終わりとしたいと思います。1番は昔の 箱根、2番は今の箱根です。 [音楽] ナッシュトップクラスの人気メニューチリ ハンバーグステーキです。これ行っていい のかわかんないですけど、マスバーガー みたいな美味しさなんですね。それからね 、ここら辺の謎の付け合わせの味付けが 絶妙で深みがあって美味しいんすよ。
【スーツチャンネル経由でナッシュ初回お申込みの方、総額5000円オフ!】
https://nosh.jp/lp/influencer/suits?utm_source=Youtuber&utm_medium=PR&utm_campaign=suits2&utm_content=202204_175&utm_term=suitscollabo
上記URLから、ナッシュの全セットを初回購入時に2,000円オフ、2~4回目購入時に1,000円オフの総額5,000円オフでご購入いただけます。
健康に配慮された冷凍宅配食ナッシュは、食事を用意する手間もなく楽です。私、スーツも案件関係なく2020年から利用しており、心からお勧めです!
※本クーポン施策はナッシュを購入したことがない方にのみ適用されます。
※「総額5,000円オフクーポン」の有効期限は、初回購入日から12週間です。
※動画内のメニューや情報は制作時のもので更新の可能性があることをご了承ください。
質問回答動画はこちら
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
00:00:00 東海道新幹線
00:02:38 箱根登山線
00:11:40 富士屋ホテル
00:16:26 朝食(菊華壮)
00:25:02 箱根遊船 SORAKAZE
00:32:17 箱根関所
00:36:03 恩賜箱根公園
00:41:07 箱根海賊船
00:46:12 昼食(うえ乃)
00:48:50 仙石原
00:54:21 箱根ロープウェイ
01:01:43 箱根登山ケーブルカー
01:08:45 三河屋旅館
01:15:44 二日目
01:24:41 強羅
01:36:34 龍宮殿
01:42:02 甘酒茶屋
01:44:37 箱根ホテル
01:48:27 3日目
01:51:01 国道1号線(箱根→三島)
01:54:05 三島
01:57:44 旧東海道
02:17:38 峠茶屋
02:33:07 甘酒茶屋
02:37:17 箱根登山バス
02:42:00 小田急ロマンスカー
スーツ旅行チャンネルでは旅行記、ホテル、旅館のレビューなどを掲載しています。皆さんの楽しい旅行の参考になればと思っております。
気軽に視聴できる短い動画を扱うチャンネルはこちら
▶スーツ / Suit Channnel→https://bit.ly/3dzDc5i
ホテルを中心に紹介するチャンネル
▶スーツホテル→https://bit.ly/40wXEMb
うるさいナレーションを排除した車窓チャンネルも試験的に運用しておりますので、宜しければご覧ください。
▶スーツ車窓チャンネル→https://bit.ly/3k0ZKit
〈連絡先・SNS〉
□Twitter→https://twitter.com/usiuna7991
□Instagram→https://www.instagram.com/suit_ryoko_channel/
□事務方の連絡先→https://kanko.inc/contact/
取材依頼や案件なども募集しておりますので、お気軽にお問い合わせください。ただ、私宛に連絡しても見逃す可能性が高いので、事務方の連絡先までお願いします。
※贈り物や差し入れに関しましては、現在受け付けておりません。
【広告募集中です】
各チャンネルにて、広告を募集しております。
私が知らなくても全国には行くべき場所、体験すべきことや商品がたくさんあると思いますので、ぜひPR手段として検討してください。
ご予算に合わせて各種プランを用意いたしました。詳しくは下記ウェブページをご覧ください。
□会社サイト→https://kanko.inc/about
〈アフィリエイト欄〉
■Amazon→https://amzn.to/2WDfxLf
■楽天トラベル→https://bit.ly/3dIR1PS
このリンクを介して買い物をして頂きますと、私の懐に売上の一定割合が入ります。しかし悩ましいのは、協力頂いた皆さんには何の見返りもないということです。せめて皆さんから頂いた額を見て、視聴者への感謝の気持ちを忘れぬようにします。
※情報の正確性について
多くの動画に複数の誤った情報が盛り込まれています。そして大抵、視聴者から訂正いただいています。こちらではそのような有益な情報が判別しやすいようハートマークをつけています。
#スーツ旅行
#旅行
46件のコメント
【スーツチャンネル経由でナッシュ初回お申込みの方、総額5000円オフ!】
https://nosh.jp/lp/influencer/suits?utm_source=Youtuber&utm_medium=PR&utm_campaign=suits2&utm_content=202204_175&utm_term=suitscollabo
上記URLから、ナッシュの全セットを初回購入時に2,000円オフ、2~4回目購入時に1,000円オフの総額5,000円オフでご購入いただけます。
健康に配慮された冷凍宅配食ナッシュは、食事を用意する手間もなく楽です。私、スーツも案件関係なく2020年から利用しており、心からお勧めです!
※本クーポン施策はナッシュを購入したことがない方にのみ適用されます。
※「総額5,000円オフクーポン」の有効期限は、初回購入日から12週間です。
※動画内のメニューや情報は制作時のもので更新の可能性があることをご了承ください。
質問回答動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=gDlxZ_K5Bvo
2:21:25「挟石坂」旧東海道復路(日本橋行き)でここを降りる時はすごく怖かったので、私は地面にお尻を着きながら一段ずつ下がっていきました。
いつかは自分の目でもう1度見てみたいな~と思っていたところを紹介してくれて本当にありがとうございます。
でもやっぱり行って怖さを再確認してみたい・・・かな。
日程変更よかったです。旧東海道をスーツさんの影響で私も歩きました。懐かしい気分で楽しみました
宮ノ下のホテルで働いてました。懐かしいです。
箱根は行ってみたいけど、人多そうだしなーと思ってましたが、箱根八里を歩くだけでも見どころが多そうで、ぜひ疲れた体で甘酒茶屋に行ってみたいなと思いました。
自転車で行く東海道の動画での甘酒茶屋の場面はとても印象的でしたので、またスーツさんが甘酒茶屋を訪れているところを見れて嬉しいです😊
2:02:47 昨日、小田原から箱根八里を歩いたのですが、元箱根に至る直前の権現坂のあたりで、おそらくですが、まさにこの杖を拾いました(解説板に立てかけてあり、形状が非常によく似ていた)。臼転坂まで使用したので、同じものであればもとに戻ったことになりますね。もしかしたら、箱根の道のりを何往復もしているのかもしれません。
でた!自転車で峠を下る😂👏あっぱれ
箱根に行きたくなりました😊
老後の楽しみにと思いますが、歩けるかな〜😂
それにしても、歩いての箱根路。スーツさんだから出来ることですね〜
素晴らしい😊
最近ちょっと広告の数が多すぎます。コンテンツとしては面白いですが、かなり印象が悪いです。
アレグラ号ってアレルギー性鼻炎に効きそう。www
アレグラ号ってネーミングライツかと思ったら違うんですね
一般的には「おおわくだに」「こわくだに」なのに、なぜ駅名は「こわきだに」なんだろう?
2月に 、 お風呂とビュッフェ券を買ったので箱根のホテル に従姉妹と行ってきました 。ホテルの外観も 、すごく綺麗でビュッフェもお風呂も最高でした …… 。 やっぱり 、旅行してるときは至福の一時ですね 。
早雲山の足湯って今無くなっちゃったの?
ナレーション?上手くなってるよな〜
三河屋旅館懐かしい
コロナになる前に少しだけ働いていました
当時は創業家の会社が運営していましたがコロナ前からすでに財政が厳しかったようでおそらくコロナ禍を乗り切れずに倒産
前から付き合いのあった小涌園が買い取り、現在は小涌園の系列になっています
3日目のチャプター旧中山道じゃなくて東海道じゃない?
予定外の一日延長が面白すぎました!まさに『思い立ったが吉日』みたいな。
いつか行きたいですねぇ
スーツ氏の語りがまたよくて、憧れの旅度がさらにあがります😊
スーツさんの動画BGMなくて、自然の音が心地よい
3月に箱根の旧東海道を歩きました。この動画で街道以外にも魅力があることがわかったのでまた行ってみようと思います
箱根は高い温泉ホテルに泊まって、海賊船に乗って、ロープウェイを楽しむという旅は今まで何回行ったが、やはり元の東海道を沿って旅行するのは最高に面白い
次回は今回の動画を参考にして旅行したいです
最近スーツさんの動画ハマって毎日見てます!笑
こう言う探検的な動画、男心をくすぐって、めちゃくちゃ好きです!😊
これからもっと動画見漁って行きます!👍
甲州街道とかも
昔は歩いてたんですよね(当たり前ですけど)
箱根登山電車は、アレグラ号っていうのもあるんですが、アレグラ号の中でも、3000型と、3100型というのがあるんですよ。車内は、3100型の方が、広いですよ。
54:25 1分間隔だと桜木町のYOKOHAMA AIR CABINよりゴンドラの頻度は低くないですか?
芦ノ湖海賊船に乗った時に湖側から見た箱根ホテルが素敵で、一度泊まってみたいと思っています。
昔の動画の甘酒茶屋の紫蘇ジュース懐かしい
置いて行かれた竹杖は今いずこ・・・
1:15:51 雨など降るもをかし…
箱根の下には黒き月があるんだよ👀
スーツってめちゃくちゃポジティブだよな
ユーモアのあるナレーションがだいすきすぎる
体力オバケすぎるww
この日程は普通に強い
こちらを拝見して菊華荘の朝食を予約しました。早朝から動いて混雑する午後はホテルでゆっくすることにします
👏✨自転車と徒歩で⛰️箱根峠を越えるなんて流石スーツ君😂
少し見るつもりが、最後まで見てしまった笑
箱根の甘酒茶屋さんの甘酒、最高に美味しいんですよね
モスバーガーみたいな美味しさ、、、、、、
箱根も良いですよね✨
芦ノ湖や箱根神社
美術館巡りも良かったです!
富士屋ホテルさんは何回かお世話になりましたが
メインダイニングルーム・ザ・フジヤや
旧御用邸 菊華荘で和食を頂きましたpapaのお友達達と
夜はディナー🍷🌙✨の後
バー・ヴィクトリアへ美酒を片手にムード溢れる粋な夜を楽しみました
是非楽しんでくださいね
韓国からです。これから 一緒懸命応援したいと思っております。説明がとても分かりやすく、近いうちに箱根へ行ってきます。
強羅花壇で宿泊している様子も見たいです よろしくお願いします
楽しみに小倉優香お姉さん奥さん❤と行きたい。
近々、箱根に行くので以前見たおさらいとして、試聴しました。より一層箱根行きが楽しみになりました。
早朝にも、ウロウロとあちこち回りたいのですが、最近では熊が心配です。
素晴らしい動画を有りがとうございます。又箱根に行きたくなりました。😊
強羅に親父の会社の保養所があったのでよく行ってました。また行きたいです。
楽しかった!