【戦争・平和】原一男監督が大ヒット映画の裏側を語る『ゆきゆきて、神軍』上映後トーク

知り得ることのなかったはずの戦争の話 っていうのが気づいたら明らかになって ちゃっうん戦後っていうのはもう戦争と 関係ないかつたらそうじゃなくて戦後の 社会のあり方の中に戦争から引きずってる というあの生き方って言います価値観が まだ生きてるんだよっていうことも きちんと描こうという意図がありましたの でね私の中で私は新しい宗教を作ろうと 思いますんですで今の世の中間違っている もちろん天皇が収める今の日本国のあの国 のあは間違ってるとねキリストも間違っ てる釈さも間違ってる奥崎さんは宗教を 作りたいでもその宗教の教師様は自分が なりたいわけだからね神様になりたかった 男なんですよこの人 は法律でて俺の車を爆発するなり逮捕する なりいう時代に勝手にして ください奥崎健造は天皇博のために隊を 実行する体であります無知無理無責任の シンボルである天皇博しに対して4個の パチンコ玉を発射いたしまして2名の判事 と8名の賢二の顔に便と唾をかけて 思いきりいしまし た様の1人んじゃないか天と同じだ ロボットと同じだ私何の方法で ねし [音楽] て邪魔になったんですね皆さんで顎がじら ないですこの回ってるカメラを見た人が なんて解釈するか何がやしいんだ様 ちょっとごめんなさいね銭儲けと命がど大 なんだあなた引き引かなかったの引けへ 腰水は悪いと思うわは嘘ついてるとしか 思いませんねご長の銃が用意されてですね 腰どの位置に行ったかあしたどだ貴様来 こちらあそこ行ったその霊がそのれると 思うのか貴様え俺 が だなぜあなたは3人で殺したんじゃないか のこと [音楽] 僕なんて今の映画見ててもなんかもう時代 も違うから奥崎さんと安全な距離を取って 見てるわけじゃないですかもう絶対にこう スクリーンから出てきて罵倒されることも ないですしのゼロのゼロ資金距離から退治 した人間からするとだいぶキグとかあっ はいじゃないかなだいぶところじゃない ですよ私精神おかしくしましたもんあそう ですか本当に本当にそうですよあのね むっちゃくちゃですよ言うことやることが それでね1番何が大変かって言うとあの だんだんだんだん付き合えてこれ長くなっ てくると思ったことを口に出すようになる じゃないですかで奥崎さんから何度も言わ れたことはねあのなんちゅうかあのねあの 崎さんの言葉が借れるとあの奥崎さんが あの例えば天皇誕生日に何か行動を 起こそうとするとあの地元の兵庫兵庫市の 警察が担当らしいんですよだから情報を 取るために刑事が奥崎さんのうちを訪ねて うろうろしてて情報を取るために奥崎さん に話しかけたりするんですよその時に刑事 は奥崎さんに挨拶をするわけですよねはい その時にね奥崎先生って言ってるんですっ てうん分かりますうんそれがあってね原 さんは私のことを先生とおっしゃいません ねつゅうんです よでね先生っていう風に私が言うっていう ことは先生と弟子という関係になるので 弟子である私は奥崎さんのこということを 何でも聞かなきゃいけなくなるじゃない ですか先生と弟子という関係になればだ からそうなっちゃ絶対にあの良くないので でいでもてあの固くに先生という言葉を 言わなかったんですよ奥崎さんは先生と 言って欲しい人なんですよねで面白いん ですけれども刑事がね自分のことを先生と いうにはねあの刑事の人たちは私のことを 本当に心から尊敬してるからあの人たちは 先生と言うんですよってで原さんはそれで も私のこと先生とおっしゃいませんねつっ て私にしのなんていうか反感がだんだん だんだん敵になってくるんですようん 分かります皆さんこれねあの奥崎さんと1 年半ぐらいです実際に行動してたの1年半 の中でだんだん私に対する像がね増えてく んですよだから奥崎さんの表情が険しく なってくはずだけど皆さん今見ててそう 感じました私らはねあのあ奥崎さんの表情 がだんだん厳しくなるなってってました もんその理由は今言った先生と言いと私が 要するに親あの子供の喧嘩でどっちが対象 なのかっていうみたいなもんですよ言って みりゃねだけど私は先生と言わないもんだ からだんだんだんだん私のことに対して なんでこいつは俺のこと尊敬してないの かってことで要するに憎しみを持つように なってその奥崎さんと私とのこの葛藤 がすごかったんですよ本当に疲れました 一点の曇りもなく奥崎さんは全員自分はが 正義ですよねもうどんど人と退治してても 僕はこう正義があるんだけど君はっていう 感じですもんねはいはいはいその通りです つまりこう監督とまあのこう撮影の対象と いう関係性でも僕は正義だから君は何を やってるんだみたいなそういう話ですか やっぱりそうはいあのねあの映画を作る時 っていうのはねもう最初からなんですが ラストシーン映画って必ずラストシーンっ てあるでしょラストシーンはどういう ラストシーンになるのかつまりそのこう なるだろうというラストシーンの1つの イメージがあるんですよそのラストシに 向かって物語を作ってくんですね途中に ずっと分かりますねで奥崎さんとあの映画 を作る作りましょうつって最初の頃ですよ まだ平和な関係だた時に奥崎さんえ先々 奥崎さんどういう風に え生き方としてあのどういう風に生きて 行かれる行くんだという風に考え てらっしゃいますかって聞いたことあるん ですよそしたら奥崎さんは私は新しい宗教 を作ろうと思いまんですよおお分かります 宗教で今の世の中間違っているもちろん 天皇が納める今の日本国のあの国のあは 間違ってるとねキリストも間違ってる お釈迦さも間違ってる池田大作も間違って 池田大作とそのねあのキルスと一緒にする のかと思いながら聞いてましたけどその葉 が出てきたん出てきたんですそのあの マホメットも違うみんな違うとでだから あの本当に神様が人民のために民衆が幸せ に生きていける戦争なんかやりあの起ら ない平和な国を自分は作と思いますとそれ は神様があのなんか神様が民衆に対してね ま政治をやるというかそういう神様の国を 作りたいと思うんですよそういう宗教を 作りたいとで宗教を作って自分はその神様 になりたいわけだからうん分かります奥崎 さんの理屈神側に回りたいですねうん奥崎 さんは宗教を作りたいでもその宗教の教師 様は自分がなりたいわけだからね神様に なりたかった男なんですよこのはだから あの映画の最初の方にだから聞いたんです よあ奥崎さんあの宗教お作りにな るってことはあのなんてゅうの神殿が必要 でしょ神様を祭るねで奥崎さにとっての 神殿ってどういうイメージですかて聞いた ことがあるんですよで奥崎さんの神殿って のはこれが面白いですよね刑務所にいた でしょ刑務所っていうのは囚人たちを 見張るために真ん中に監守党があって放射 場に囚人島があるんですって私言ったこと なんからそんなおしくないんですが分かり ますよね監視するためにで奥崎さんの神殿 は監視とみたいに真ん中に神殿があって なぜかその放射場になんか民衆たちが 暮らしてんだかなんかよくわかんないんだ けどそういうイメージだっつんですよそれ で原さんえ神殿のイメージをぜひ原さんに 理解して欲しくてですねあの是非あの講師 書に見学に行きましょうて言い出すんです よで実際に行くじゃないですか映画の中で だからそれは見学させてもらいたいという ことで行くわけですあれ神殿のイメージを 求めていくんですよところがところがあの 私たちその約束なんか取らないですね奥崎 さんのことだからそれで行くでしょうで 神戸の郊外にあるんですよ皇書がねで坂が あるね坂の上にあの敷地があってそこに 講書が作ってあるんですれで私は映画を 作る人間だからね奥崎さんがねあの神殿の イメージを求めて神戸皇室書にあの来まし たっていう物語を作る必要上奥崎さんの車 がね坂の坂道を登ってきてねで皇書の中に 入って見学さしてくださいっていう生殺を 取るためにですよ奥崎さんにそのの高一緒 の入り口で奥崎さんにちょっと待って ください私カメラを坂の上に立てて奥崎 さんの車が坂の下から上に上がってくるの を取りたいんですって奥崎さんに言ってね でカメラを用意しますからちょっと待って ください奥崎さんがははははて待ってくれ で私たちの車はパーっと上に上がって車 から3脚を立てようとしたその瞬間に公の 中から警備がドドドドド 何てんだよだからはいあの今ね奥崎さんて いう人があの中を見学してほしいという ことをお願いしに来たんですよだから車が ここに来るところ撮影したいんですって 素直に説明するわけですそしたらばその KVの連中がそれは許可を取ってからし なさいって言うんですよえあのその許可を ね取るためにこの絵を取りたいんですで違 んですよ許可を取るために取りたいんです だそれを取りたいんだったら許可を取って からにしろえだからその許可をもう押し 問答で結局ダメだつって出されちゃって外 に待ってたんですしょうがないよねそして しょうがないからじゃあ奥崎さんが1人で 私行ってきますからって言ってでしばらく 待っててそしたら奥崎さんの私らもう敷地 の外で出されたんで坂の上から奥崎さんの 車がずっとゆっくり降りてくるんですよね 映画の中見られたばっかりだから分かる でしょゆっくり降りてきてれで奥崎さんの 車が降りてきたんで撮影しますよねそして 奥崎さんの車置いてきましたそれでさあ 奥崎さんどどどうするんかなと思いながら カメラ回しててそしたら突如奥崎さんが 警備のレチのところでカあの車を止めて 怒鳴り出すじゃないですかお前らなんだ 人間ロボットみたいなつらしてるじゃない か天皇広い人と同じじゃないかって途中 怒り出すでしょあれなんでこの人怒鳴るん だて分からないです私でも怒鳴ってるから これは取らなきゃいけないと思ってカ回す じゃないですかそしたら奥田さんカメラが 回るのをチラチラとこ見ながら見てました 見てうんねますますねお前 ら1人も人間のつらしてないじゃない かって調子に乗って怒鳴りあげてで しばらく続くじゃないですかでも警備の 連中あの一言も言わないよね黙ってこで まあまあああいうその展開が大体10分 ちょっとですよ続いてもうもう奥崎さんが ね車バンバンと叩きながらあの毒づいてん のがもうこれまでかもうこれでいいかと 思いながらもう静かになったんでああと 思って車あのカメラも止めて で外へ敷地の外へ出てで奥崎さんにすませ んあのねなんかあの見学をさしてくださ いって言った話はどうなったかを聞かない といけないじゃないですかそれで奥崎さん すませちょっと道路の向こうで インタビューさせてくださいねつって渡っ てカメラを肩に担いでさあ奥崎さんどう でしたかって聞こうとしたその前に奥崎 さんの方からカメラに向かって何と言った と思います原さん今の私の演技いかでした か言ったんですよ分かります皆さん今の 演技はどうでしたかって初めてですよ崎 さんの口から演技って言葉が出たのはあえ あれ演技なのかって意味がわからないん ですよ分かりますあれだけ怒れだけ怒れて 演技だったって言われてどういう風に理解 すれいいかわかんないですよそれでえっと 思って黙って聞いてたらあのあれ演技だっ ていうからねもう私も相た口がてって演技 立つんですよでもね今これ談風に喋って ますけどね奥崎さんに言う演技ってのは実 は深い意味があるんだってことをこの映画 私は今日までもう40年近く経ちますけど 40年間考え続けて奥崎さんの言葉があの 発した演技というのはとても大きな意味が ありますその話を展開すると1時間が かかりますよどうしましょうえ本当です マジに奥崎さんは神軍平等兵って言ってる でしょ新軍っていうのはさっき説明しまし たけども奥崎さんの言う人民を幸せにして くれる平和な国その平和な国を納めてるの は神様ですよね漠然とした神様ねその神様 の国を作るためにそこはあのあの天皇の 軍隊の兵士だからね発想としてどうしても 引きずられるんでしょうけどそれ天皇の 軍隊のことをて皇軍って言うじゃないです か奥崎さんは神様の国を作る軍隊の平等兵 っていうのがなんかちょっとおかしいじゃ ないですかあの軍隊って階級があるの奥崎 さんは神様の国だから階級なんかあっちゃ いけないと思うから平等兵新軍平等兵って 名乗るんですよずっと分かりますねだから 神軍平等兵っていう言葉が持ってる意味 っていうのは奥崎さんのつまり空想 イメージ理想なんですよ分かりますね理想 を演じてるわけ でしょここはドキュメンタリーの本筋とも 言える難しい問題ですけど分かるでしょう 理想演じてですよね神様の国を作る自分は 神軍平等兵なんだってだからあの映画の中 でいろんな人会いいきますけど全部自分は 神軍平等兵として行動してるわけですよ うんということが私に理解できるのに40 年かかりましたからねこれこの理論がうん 考え方として奥崎さんのイメージの中では あくまでもそういう神様の国平和な国権力 なんて権力者なんていない国っていうのが 理想でそのための行動をしてるというのが この映画のストーリーていう風になります うんうん見ててその辺でなんかこう ちょっとと止ま見方が分からなくな るっていうところはあるなとね僕も思い ましたええあのちょっとストーリーの ちょっと追いたいんですけどこう新軍兵と して奥崎がこうま各家を訪ねていくじゃ ないですかで当時って多分戦後36年とか ですかそうですそうそうそうそうそうだ からこう戦争に対する考え方がはいま それぞれ 奥崎のようにも怒りの中のその戦争のまだ カチにいる人もまもしかしたらいるかも しれないけどもう忘れたいんだていう人と かうんですよね自分の中で消化してこう前 を向きたいんだっていう人とかまいろんな こう向き合い方してる中ではい相当招か ざる客だと思うんですよその奥崎さんと原 監督の方がこうカメラ構えてはいでもなん か見てると意外となんかみんな新種的に 対応してくれてるようなこう見え方がする んですけどそれはなんでなのかなと思って そんなこともないですかあのはいいくつか 問題点があると思うんですがあの奥崎さん の舞台は独立平36連体って1300名の 舞台だったんですってで独立公平36連体 ってのはどういう仕事かって言うとドカの 舞台みたいなもんですよねジャングルに 先乗りしてあの戦争ってやって武器とか 食料とかいろんなものを運び込まなきゃ いけないじゃないですかそのために ジャングルを切り開いて道路を作って橋を 作ってという要するにドカの舞台ですよ 奥崎さんの舞台っていうのは要はうんうん それでえそういう舞台なんだけどもええ 日本に生きて帰ってきた人が先生が終わっ た後ねえっと100名ぐらいですって つまり1200名ぐらいは死んじゃっ たって話なんだけどもえそん中で奥崎さん はま生きて帰ったんですけど えっとそれであのまずこの映画を作ろうと した時にどういうストーリーにしよう かって私考えたんですよねそれであの奥崎 さん奥崎さんでこういう映画にしてほしい という自分なりの酵素があったんですけど それは無視してっていうか私なりに とりあえず戦争に関する何か映画になる ようなエピソードを探してみようと思って あの映画に出てくる人1人を実際にさあの 訪ね歩いて直接会ってあの色々話を聞いた んですよで映画を作るっていうことは言わ なくて奥崎さんって人知ってますかって いうぐらいの軽いノりで色々話しかけてえ ま聞き出そうとしたんですが皆さんねね別 にそのなんて言うんでしょうか私はやばい 人間が来たから余計なこと言わないって いうのそういう危機感なんて全くなくて 割ともポンポンポンポン実はね戦地であの なんちゅうかあの敵前逃亡とかそういう ことがあったんだよっていうみんな結構 言ってくれてたんですようんそれであそう か戦場ではあの人肉事件もあったんだって 言てあのことも言う人がいたんですようん うんそれであそうか人事件とか敵前逃亡と いう事件はそれを奥崎さん追ってくとね これは映画のストーリーとしては行けるか なと思って帰ってたんですよあの帰ってき たって奥崎さんのとこに報告しに行ったん ですよで奥崎さんにあ行ってきましたとで 奥崎さんあの奥崎さんにあの本当のこと私 が色々聞いてこういうことがあったって いうことは言わないでおきますとでそれは 大変申し訳ないだけどもあの何があった かっていうことを奥崎さんが直接尋ねて いって聞いてくださいとえで始めて奥崎 さんがその事実を知るという風に取った方 が映画的には面白くなりますのでねって 説明して奥崎さんに頼んだんですよで奥崎 さんが非常になんかどうでもいいような 返事なんですよああああそうですかまそこ まで言うならしょうがないかってなもんで 一緒に行動してくれることになったんです が実はで奥崎さんは奥崎さんのコスは全然 別のとこにあったんですこれを最初に説明 しておきますで奥崎さんは戦後36年目に して映画を作るとで戦争に関する ストーリーを描いても誰も見てくれません よって言ってたんですよ私にうんだから私 が元戦友たちを尋ねていろんな話を聞いて きてそこで何があったか知らないけども そんな話はどうでもいいとそれよりも奥崎 さんは何をやりたかったかって言うとね これがねあれですよあの後からお前はそう かなと思うんだけど実際のね事件を起こし たがってたんですようんいくつかねあの いつつ6つ具体的に言ってきたんですが 奥崎さんの方からね1つだけ1つ2つ言い ますけどね1つはね奥崎さんから朝6時に 電話勝っててね原さんぜひ原さんに取って いただきたいんですがはは何でしょう かで原さんねあの時の文部大臣がその日 ある日の1日どういう風な行動で スケジュールがねあので動くかっていうの 調べてくださいっつうんですあああの何を なさるおつもりでしょうかって聞いたら あのねあの1日の行動が分かってるわけだ から奥崎さんがその大臣の こう立ち回る先に行ってうんうんその大臣 の車に自分の車をぶつけてあります是非原 さんにその場面を取っていただきたいうん うん分かりますだ事件にはなりますわねだ けど事件を起こすてことはそういう事件を 起こした人は逮捕されますわねうんそれ 逮捕されりゃまた取れなくなりますよねせ あの裁判が始まるとで何を考えてんだろう この人分かってんのかしらと思ったけど そう言うんですよとにかくうんほれでで私 が奥崎さん説得するんです私はそれ取り たいんだけどってで話を聞きながら ははははて私もまあのいいですねって言わ すぐ奥崎さんは明日でもやりかれない人 でしょああいう性格だからで反対するとね すごい勢いで私に対して怒るんですあ原 さんには原さんは何にも理解されてません ねって怒られるんですよ苦痛ですよあの さんとなられるとだから黙ってくしかない んですよで1時間半大体喋ると疲れて じゃあだいいですって黙って電話切るん ですよで1時間半のあの奥崎さんの話聞く の靴でね本当に靴でで黙っててま諦めるの 待つしかないんですよねで諦めるでしょ そしてで1ヶ月ぐらい経つとねまた電話が あって原さんぜひ原さんにお願いがあるん ですがはあつって5つか6つぐらい いろんなこと言ってたんですもう1つだけ あの紹介しますとね安国神社って8月15 日サレがあるでしょはいれでね奥崎さんが ね是原さんに取っていただきたいって言っ てきたのはね私も皇軍の兵士だ都合がいい 時に神軍になったり皇軍になったりするん だけど皇軍の兵士だった私だからね安国 神社のサレの時にその中まで入れるっつん ですよ花束持って入れに来たって言えば うんうんうんほれで大きな花束を用意して ね奥崎さんはですよドスを仕込むんだやっ て花束の中に分かりますねそれでされをあ ヤク神社の1番奥のサレの本殿まで行くっ つうんですよねで本殿まで行って本殿に 行ったら花束の中からドスを抜いて切り かかるってどっかで見たイメージ思 思い出すでしょ薬剤映画東映の検査みたい なうんまそういう話でえ話の筋何話したか わけわかんなくなりましたけど何でしたっ けじゃちょっと僕あのその筋ストリーだ あの えっと奥崎さんがあの戦争を追うのは あんま乗り気じゃなくて事件を起したとで そうはいつまりあのまさ映画の冒頭の方で こうま伊勢子さんえ島本子さんでしたっけ はいあの子さん子さん訪ねていったりとか はいはいはいお墓の前であの飯合を炊い たりとかっていうのは僕さ最初見た時は あの辺のシーンっていうのは非常にこう なんか戦争に対して思い入れがあってこう もう本当に手を合わせてるなって思ってた んですけど実は嘘ですあ乗り気じゃない嘘 です嘘ですっていうのはね実はね皆さんに 裏話から全部しちゃいますけどね奥崎さ んって人本当不思議な人っていうかあのね あの映画の中でしんみりと墓参りしてはい はいはいあのを炊いてあのこう黙ってこう うっすら涙が出てるんだか出てないんだか ねシーンがあってしんみりしたいいシーン に見えるでしょうんあれを私奥崎さんが 演技とは言言えませ言いませんと言い ながら半分演技ですよあれはうんなぜそう 言うかと言うと実はねああいう風にその 戦友の墓参りに行って飯合で当時あの皆 さんの上で苦しんでてうんくからね半で ご飯を炊いてあの専用に備え るっていうのは理解できますよねうんそれ であの撮影がありました問題はその後です よね次の戦友のお墓に訪ねていった時に そこで起きたことをお話しすればなるほど と皆さん思われると思いますがこういう ことがあったんです私たち貧乏でしょで ロケに行く車にですね電気釜とあの米を 積んどくんですよそれで地方にロケに行く 時に友達のうちに止めてくれって交渉して 止めてもらうんですよそれで夜のうちに米 を解いで電気我慢にスイッチを入れて 明け方ご飯が炊けるようにしとくんですよ それで朝出発する時にご飯が炊けてるんで そのカをあのロケ車車に乗っけるでしょで ロに行くんですよで昼昼になりますわね さあ昼になりました皆食事にしましょうっ ていうもんで私たちはお金がないもんだ から路上に止めてあの電気釜のご飯を食う というようなロケ体制だったんですねで話 戻しますがあの戦友のお墓参りの2回目の 時にね奥崎さんが私たちにですよ原さんお 願いがありますは何ですかご飯を貸し くださいつ んどうするかつったらね私たちの電気釜の ご飯を飯合に入れてねでするんですよ 分かるねで私はあきに取られてね戦友のの お墓参りてもう少し心を込めてお墓参り するのはのが常識っていうか通年じゃない ですかそれを私たちの炊いたご飯をね借り てねお墓参りてそれでいいのかでお墓参り 終わったらね原さんご飯お返ししますって ご飯返して くれるだからねどう思います皆さんで奥崎 さん証人でしょ商人だからねそういう発想 は非常にリアルなんですよね要するに時間 がもったいないからってもう炊き上がった ご飯を入れちゃえば時間は短縮できるじゃ ないですかその短縮した時間で他を回れば いいっていうそういう考え方があ非常に なんか商人をやってるとそういうリアルな 考え方になるのかなと思ってそういう非常 にリアリストっていう面があるなと思った んで今ねあの墓前のシーンがあのあれは 真実だろうって思うのはちょっと問題あ りってそういう意味でお答えしたんですよ でもだんだん乗ってきてる感じもあります よねそのそれあのえっとたくさんの瀬能 さんから順番にこう瀬尾さんかな順番に こう自宅訪ねていくうちにもただ聞き がかりましたか あの招待長分隊長さんのところにいた時に ねあのあの分隊長さんあの映画の撮り方 っていうのは奥崎さんと奥崎さんがあの なん相手を攻めてる攻めてる奥崎さん責め られてる相手の人ってこっちを取って こっちを取ってっていうこれはカット バックて呼ぶんですよで映画的にはこっち を取ってこっちを取ってっていう風な撮り 方をしますで見た人はお分かりでしょうが ねあ奥崎さんを取ってる時はもちろん奥崎 さんあ俺にカメラが向いてるからつ思て バー一気に自分のあの自論を喋るでしょで カメラが相手に向く時てあるじゃないその 時はねしらけた顔してんですよへえそれで 早く自分の方にカメラが向かないかての 待ってんですよだからちらちらっとカメラ 見てんの映ってたでしょ皆 さん ねそういうとこがあるんですよだから乗っ てきたってのはそういう意味で乗ってきて んです早く自分をカメラを向けてくれって のあもう演技する自分が心地よくなっそう ですあこれだから主人公だからね奥 ヒーローだからヒーロかこよ取ってほしい と思ってるわです からそれでクもこうどんどんどんどん真相 に近づいていっちゃうていうこといやそれ がまた1つ裏話があり裏話の連続なんです からねあのね真相って言いますけど実はね 私は奥崎さんにねあのあの元の兵士たちが え敵前逃亡とかあの人力事件とかっていう みんな自分たちが体験したってことを掴ん でるんですよそのことを奥崎さんに言わ なかったじゃないですかで撮影に入って いくわけです最初奥崎さん乗り気じゃ なかっただけど1番最初に島根県の山奥の ところ行きますよねはいあの人は実は 1300名いるえ独立公営36連体と同じ 部隊なんだけども同じ部隊の中でも大体が あって代替の中に中体があって中体の下に あの正体があって正体の下にさらに分隊 って分かりてです軍隊ってうんうんうん あのプラトーンって昔映画ありましたけど プラトーンって小さな単位ですねグループ うんでだからタあの分隊が別れてると奥崎 さんのこと知らない人もいるんですよはい で最初の島根の人は奥崎さんのこと知ら なかった人ですよねだから同じ舞台だ からって言われてもあのなんか戦友という 感覚を持ってない人ですよでも一応同じ 舞台だっつんでああいう対応をして最初は 穏やかに話をしてたんだけども途中であ崎 さんがカーっとなってあの殴りかかった りっていう風に展開になるでしょうんで あんな風にあの展開になるんだけども あのそれでちょっと話があの先に話が飛び ますけどもあのその2回目に行くじゃない ですかあの人のうちなんかそうすると2回 目の時なんかものすごく奥崎さんに対して 定長じゃないですかはい分かりますよね ものすごく長になってなんであんなに長に なったのかっていうとあの奥崎さんが 殴りかかった後奥崎っていうのは何者なん だっていうことを昔の戦友同士連絡が 取り合って奥崎さんが実は天皇一家に 向かって天皇パチンコおった人ってのそう いうやつなんだよってことを知ってる人も いるからそういう人から聞くわけですよね ああそういうやつだったのかって初めて 知るわけですよあの瀬尾さんて人はそれで そういうやつががまた来たわけですよね 向こうから言わせれゃその変に抵抗すると また暴力座たてか殴りかかったりしかね ないじゃないですか奥崎さんはだから無難 に定長にあの下に出てれば問題がなん ちゅうかあの起きずにひたすらなんか無難 にことが過ぎてればいいっていうことが あって下手に出てて大人しになってんです あれうんだから何のことはないですよ奥崎 さんいうのは本質的にはあの自分は正しい 暴力なら暴力を古い続けますって言います よねカメラうんはっきり言えばねもうあれ ですよ奥崎さんの考え方っていうのは テロリストですうん本当にあのそれはもう リアルでそう言っていいと思うんですよだ からテロリストだから間違ってるという風 には続かないんですけどテロリストには テロリストな論理があると思うのでそこは やっぱり聞かなきゃいけないんですけど 明らかにしかテロリストだなっていう風に 私なんか思ってますでそのテロリストて いうことを皆さん周りがみ知ってて要する に関わると面倒なことになるっていううん ほとんどにしがそう思うんです あれねだからみんなね奥崎さんがあの訪ね てきても知ってる人はもう最初からあの なんちゅうかあの足適当にあえばいいって いう風に態度を取るんですようんでそれが まああのなんつゅうかこの映画の中の奥崎 さんのま本筋っていうかでもねでも やっぱり映画1本映画ずっとこう描かれて 奥崎さん見れば奥崎さんなりのやっぱり 誠実さとか真実とあの真実である面とか あの正義という面もあったりするじゃない ですかだからなかなかあの1人の人間を 理解するってうのはなかなか難しいなと 思いますけれども両面ありますもんね奥崎 さんのテロリストであるっていう部分と なんかちょっとこの人おかしいよねって 思わず思ってしまう面もあれば正義だよな 正論だよなと思う部分もあればいろんな 多角的な面を持ってる奥崎さんだから なんかあの30年経ってもこうやって情熱 込めて奥崎さんて人は喋っても飽きないん ですよねあの両面っっていう意味ではその 一方の面ではあのドキュメンタリーとして その画期的な手法でうんこう取ってる対象 がこう勝手に演じめてはいでそしてなんか こうそれが非常に面白いことになんか展開 していくっていう面のこうゆきて神軍の すごい評価とはいあとこうなんかもう1個 の面で言うとそれがなんか知り得ることの なかったはずの戦争の話っていうのが 気づいたらこうなんかあの明らかになって ちゃっていう奥のエネルギーに語らて決め た人たがこうなね始めるとうんでなんか ドキュメンタリーの方のこう評価もそうな んですけどそちらのその裏面っていうか こう戦争のなんかこうそうです明らかに なった部分のこの映画の評価みたいなのて いうのは監督どうなんですかあのねあの私 この映画を撮る前に戦争の話をあの ストーリーの骨格にね据えようと思った時 にもう1つ取るべきだなと思ったのはあの 元の兵士たていうのは実はねあのあの長男 は戦争に取られないんですって家を継が なきゃいけないからでほとんどが次男で すってみんな戦争に取られたの地は家を 継がなくていいからねそれで生きて帰った 人はさてもう長男が家をついてるから自分 の居がないじゃないですかだからみんな 用しに行くんですってだからみんなせが 変わるのはそのせいだよってうんねでそう いうその家を継いで容子には用紙に入って 自分の空にやっぱり生活を作っていくじゃ ないですか皆さんねうんでそういう意味で あの日本の社会の中で引き生きて帰った人 たちが日本の社会にこう潜り込んでいって あの平和な予想で生きていくっていう人 たちがまだこの時代まだまだたくさんいた わけじゃないですあっちこちにそういう 日本の戦後社会のなんて言いますがあり よううんでその人たちはも戦争のことに ついて喋らないなならばみん割りことし てるからねという意識があるからでし喋り たくないっていうのは喋るなっていうこと を維新伝心で同じ舞台の人たち同士で 言い合ってるらしいんですよどうもうん うんうんだから奥崎さんが訪ねてきてボカ ボカっと殴ったって話なんかすぐパーっと 戦友同士伝わるんですよだそういう日本の 戦後というものの戦後の中の家族という ことをも明らかにするべきだってつまり 戦争という時間と戦後っていうのはもう 戦争と関係ないかつたらそうじゃなくて そういうせ戦後の社会のあり方の中に戦争 から引きずってるというあの生き方って 言います価値観がまだ生きてるんだよって いうこともきちんと描こうという意図が ありましたのでね私の中にでだからそう いう風にこの笑顔を見てあの見る人が見れ ばそこはちゃんと理解してくれてるって いう風になるんじゃないでしょうかなんか 僕は38歳なんですけれどもま僕のおじい ちゃんたちはまギリギリそのかなり若い段 あの兵士としてま戦争に行ったぐらいの年 なんですよでま僕からするとこうなんか 興味があって一時期こう戦争の映画とか本 とか読んでた時期が結構あったんですけど この映画を見た時になんか僕が学んできた つもりだった戦争っていうのはなんか語 るってい風語らないとって思って語ること を決めた人たちのなんか歴史みたいなもの をうんこう学んできたんだなとでなんか その語るって決めた人のうんこう後ろには 多分何十倍とかもしかした何百倍とかって いう人の語らないとか語れないっていう人 のなんかこう後ろがあるんだなっていうの をこう気づいた時になんかこう語るって 決めた人のその思いみたいなことは やっぱりこう学んでいかなきゃいけない 戦後何年になっても学んでいかなきゃいけ ないなと思った思うんですけどらないって 決めた人のあの特に山田さんの苦虫 噛み殺したような感じでこう話すような その業とかをええなんか感じていく方が ですよねなんかこう戦争のなんかこう重要 性みたいな学んでいくことも重要なんだ けどこうあの表情から感じていくみたいな そういうのってすごい重要だなって僕は ちょっと思ったりしてこの映画の中であの 山座さんが一番なんて言うんでしょうかね あの理想なっていうか1番正しいていうか 庶民と人の生き方としては1番全頭だって いう風に私の思って奥崎さんと全くあの なんか並び比べてですね的対象的ないい人 奥崎さん悪い人ってになっちゃうんだけど あのあの2人が対決シなんてのはもう最高 のシーンだていう風に思ってますけどあの 山田さんみたいにあの自分であの川で魚 取りに行ったりとか本当にあの洋服の野菜 やってるんでしあるですねでそういうその 暮らしをしながら息子を大学にやりえ何人 もの子供を育てあげたっていうその生活者 としてのあの普通の庶民の生き方としては 1番なんて言うんでしょうかねあの誠実な 生き方の典型っていう感じは私たちも持っ てましたからねうんだからあのいい意味で あの戦争にあった悲劇なんかの語っても しょうがないっていうのはあのあの山田 さんの場合は納得うん のはあ例えば生なんかでもねあの女の人感 して殺したとかいう話今ポツポツと明らか になってるじゃないですかでそういうこと を今語ると自分が追求されるのが嫌だから 黙って死んでいこうっていう人が多い中で ねそれでもたまたま喋ってもいいよって いう人がいて映画になったりしますけどね うんうんでこの映画はまあなんて言います かその山田さんと奥崎さんの生き方を退避 することによってねなんか戦後というもの が持ってる価値観って何だったんだろう かっていうことを問い返すというのが狙い ではあったんですよねたくさんの方が出て いる中でうん山田さんだけなんかちょっと こう本当に徹底的にこうなんか考え抜かれ た感の言葉がポツポツと出てくるなてそう うん奥崎さんなんていうのはそのあなたが 悪いことやったんだからあなたが天罰が 下っているっていうこう理論でこうバーっ と言うんですけど山さんがちっちゃい声で みんなうん会者なんだよとかはいあとは あの場所になった時になんかどんな行いで もしちゃうんだよ人間っていうのはって いうようなことていうのはなんかこう奥崎 さんの思想よりかもう2段も3段も深い ところでこう何度も何度も自問自として それでも語らないって決めた人なんだなっ て思ってでそれを殴って語らせ るっていうことのなんか聞いて申し訳な いっていう気持ちもちょっと僕は生まれて くるんですけどでも聞けた貴重さっていう のもなんか同時にあってなんかすごい山 さんに関してはそうですねなんか変な感情 なんか申し訳なさとなんかすいませんみ すいませんっていう感じとありがとう ございますっていう感じとなんかこう いろんな感覚がこうなんかありざってます はい はいいや本当山田さんはなんか庶民の生き 方としてはねうんあのなんか1つの典型 って言いますかね誠実な生き方としては 山田さんの生き方あのすごいなとただただ そう思うだけでもねあれなんですよあの今 おっしゃったように奥崎さんはあの殴る ケルをして山田さんがあの奥崎さんの粘り に結局押し負けたわけでしょうんそれで いや実はこんなことがあってってことを とうとう喋るじゃないですかはいそれでも あのその撮影が終わって山田さんの喋り だけじゃちょっとあのよくわからないかも しれないと思ったんで奥崎さん抜きでうん 私だけたちだけで山田さんを訪ねたんです よでもう1度そのね人肉人の肉を食った ような話をもうちょっと丁寧に聞きたいん でつったらもうきっぱりうん断られました もんうんもう絶対語らないって うんその辺はあの覚悟というか腹の括り方 ってのはすごいなと思ってしょうがないな と思って開けられましたけどねだって山田 さんが語らなかったらうんその 多くのそのお父さんが亡くなったり お兄さんが亡くなったり子供が亡くなっ たりした人たちはうん戦士と思ってこう手 合わせることができるんですもんねでも 山田さんが語っちゃったらねそれ選手じゃ なかったんだていうような風でこうどこ 向いて手合わせていいかがなんかそこが もう曲がっちゃうからだから語れないって いうようななんかそこまでなんかこう山田 さんのなんか思いみたいなことがこう見る とねこう伝わってきてはいなんか何とも 言えない気分になっちゃうんですね山田 さんに思いをはせちゃうそうですそうです ね うんうんため出ますね重たいですねあの 奥崎さんのあの山田さんとの対決のシーン はえっと朝の8時ぐらいから始まってえ 夕方4時ぐらいまでですよあれうん8時間 だ冬もものすごい回りましたうんそれ で山さんね崎さん結局言葉あの蹴飛ばし たってことで入院されますけども入院救急 者来ますけどねあれ8時間もの間よくも まあ山田さんも奥崎さんもまうんねえ 睨み合いながらあれ8時間ですよあれうん すごいなと思ってねもうあれですか就勝し てとかは合ってないんですかだから刑務所 これはまた時間が取りますけどねあの裁判 をしてる時にねもう私のとこ手紙が来てね 原さん是非お願いがありますまたお願いが あり ます原さんに是非パート2を作ってほしい んですって手紙が3通か4通来ましたもん はいはいはいでだからあの返事をすると どんどん深めにはまるんでから無視する しかないなと思って一切返事はしません でした本人見てるんですかこの映画はあの ねあの事件を起こしでしょで広島地方裁判 所で裁判があるんですよはいで奥崎さんは あの裁判が行われてる時に自分が正しい ことをしたしてるということを証明する 映画があると是非そのその証明する映画を 証拠として取り上げて欲しいっていう風に 裁判長に直訴するんですよはいで裁判長が 認めるんですよはいで法廷でこの映画が 上映されたんですよああああだから私たち はね裁判所からぜひ上用して欲しいって ことがあったんであのフィルムをフィルム を持っていったのかなで広島あの地方裁判 所で法廷の中で上映されたもんだ奥崎さん はその時にこの映画を見てるわけですあの ちょっとだんだん最後の方の質問になっ てくんですけどまこの映画を撮る時に戦後 36年のみんなのこのそれぞれの姿勢 みたいなものをこう取ってみたかった みたいなこともうんおっしゃってた はいま言ってしまったらもうみんな死ん じゃってそうですねもうねはいどんどん なくなっていってるまそのはさとか悲しさ とかこう涙とかそういうようなこう戦争の 映画っていうのはこう次々ま一応出てくる こと出てくるんですけどうんうんうんここ までなんか生々しさとかまそういうのは こううんあのもたらしさみたいのがこう なくなってねなんか純粋に原監督はこの今 のま戦後80年ぐらいってこうどうどう 感じるのかな当時のあのあの人たちをと 退治してきた人間として今ってどうやって 見えるのかなっていうちょっと難しい質問 なんですけどうんあのねあのこれも映画が できて40年そろそろね40年経をする でしょで公開当時はまああのなんでこんな 映画が大ヒットするのかっていうぐらいに 伝説になってるぐらいヒットしたて言われ てうんはいだミシだから本当足しことない んですけどねあの劇に比べと正しいことは ないでもまドキュメンタリーとしては大 ヒットという風に言われてるとその時にの 観客の反応っていうのはね奥崎の気持ち まだよくわかるっていう層がまだ半分 ぐらいうんうんでも奥崎の考え方は間違っ てるとね戦争という大きな暴力に対して 奥崎は暴力を使ってあのあの暴力は間違っ てるという人と半々ぐらいうんで今やで 若い人がが映画館にあの駆けつけてその 若い連中がこの映画を見てみんな面白く あるということが週刊誌の記事になった ぐらいあの話題になったんですよねで若い 人はこの映画を見た時にあのねある主奥崎 さんをヒーローとして見たような気配を 感じるんですよねうんつまり警官に対して 言いたいこと言いあげてなんかすごい かっこいいっていう風にそれであの劇場の 中であの笑いがが出るんですってうんで私 も立ち合ったことありますけどねで若い人 がこれを見た時にねああそうか笑うしかな いっていうか笑うってことは馬鹿にして 笑うんじゃなくて笑う笑笑えるためには 映画の中にかり入り込んでいって何かを 感じないとあの笑うってことはで成り立た ないはずなんですけどこの映画を見て笑 うってことは入り込むんだけども入り込め ない何かっていうことに対してそういう なんてか自分をこう取りつくような時に 笑うしかないねっていう風になるでしょ 人間の感情ってうんでその笑いが起き たってことが1つのあの当時あの問題に なったちゅかま話題話題になるんですけど 今これを再するとね若い人がそれなりに 来るんですようんで今これを上映してね この映画を見て笑いってまず起きないん ですようんみんな深刻な顔してねか終わっ てもなんかね 反応が違います当時とうんでなんでこんな に違うのかっつっ たら言いよがないんじゃないですかねあの 初めて初見でこの映画を見た若い人って いうのはうんうんどう理解をして受け入れ ていいかわからないっていうかあの映画の 中の世界に入り込んでわからないやって 言うんじゃなくてもう入り込みよもなくて もう見終わって本当にため息しかつきよう がないっていうようなそういう反応なん だろうなっていう風に感じますうんだから この映画はもうあの見るあの観客の層がね 世代交代してますけどねもう世代交代し てるその若い人にやっぱりどんどん見て 見せていくいう努力をしないといけないな と思ってますけどねうんそういうあの若い あの反応人たちの反応見てるとあ時代が 変わったんだなってうんでこの映画を批判 するのはしてもいいと思いますよで奥崎 さんておかしい人じゃないかと奥崎さんの 考えて避難してもいいと思いますけども ただなんかどうしていいかわからないて いう反応がどうなんだろうなと思ってでど で若い人にとってはどうしてもいどうして いいかわからないっていうのが正直なん でしょうけどうんでもなんとかやっぱり 考えてなんか若い人がなんとかしてくれ ないと世が変わらないですもんねどう考え てもうんそういう意味でとにかくあの見せ 続けるってことをやらないといけないなっ ていう気持ちはあるんですよね私の中には ねうんあのなんちゅうかやっぱり若い人に とっては昔の戦争を知る良しもないないね ないし今またね権力者の連中が戦争やるか もしれないという状況に気なさい状況に なっているんだけどもそのことに対しても 敏感には反応してるっていうのは見えない じゃないですかどう見ても我々から見た時 にねだから本当になんか割と深刻な シリアスな問題があるなと思ってそういう 戸惑いとか本当に知らない知らなかったん だなってことを知ってもらわないと困ると いうかそっからしか始まらないっていうか そういうなんちゅうか生きるとは何かと いうよなことも含めてねなんか若い人に 問題定期をしてんであの生き方として考え てもらうっていうようなことしか言いよう がないんですよね映画の作り手としては うんだから非常にそのはい今でもこの映画 を見る価値はあるんだよね皆さん見て くださいよっって言ってますけどね僕も 全然笑いませんでした最初見でもあの今池 のシネマテークで流してた時は笑ってる 年配の人もいるんですよま何回か見てる から笑えるのかもしれないです僕全然笑え そうです見ててもう自分がこう認識できる というか消化できる半中を超えて映画の 情報量が超えてくるからもうずっとあの なんかモヤモヤモヤモヤしながらまでも その後にこう監督がこうシネマ塾って言っ てこの解説をま今みたいにしてくれるんで だんだんだんだんこう自分のこう腑に 落とせるところまでこうあのこの映画が 消化できるようになってくるんですけど うんでもなんか思いますねなんかこう やっぱり今戦争あちこちで怒っちゃってん でなんか僕恥ずかしながらあのあんまり 戦争っても起きないんじゃないかって ちょっと思ってたところがあって思ってた ところがあるでというのはですねま起きる とは起きるかもしれないと思いながらも なんかテクノロジーがこう発展してなんか サイバー攻撃とかドローンとかなんかね そういうのがあってね人権とかそういう 言葉が盛にこう言われるようになってで こう核の傘でこうお互い成し合ってる状況 で戦争なんてこう起きないんじゃないかと 思ったら結局起きたらやってることてええ ねこうブチでは逆虐殺してレプがねこう来 てそうですねガザではね病院にミサイル 打ち込まれてるわけで結局やってる内容 っても80年前の戦争みたいなことてもう 起きないんじゃないかってこうどこかで ふとふってこうなんか思ってたのってあ 全然こうなんか人間ってこうテクノロジー は成長するんだけどね人間ってこうそん そんなほどなんか成長してなくて人権人権 って言っててもなんかなっていうなんか こう何にもできないこうなんかねねていう そのこの世の中でなんかこの映が言葉に できないけど流したかったんですよでも 本当になんか監督に来ていただいてま いろんな話をこうしていただいてまとても ね楽しかったですあの最後にまお寺ま別ん ですけどお寺っていう場所でこう映画と あのトークしていただいてこういかがだっ たでしょうかいやさっきもちょっと言い ましたけど個人的にお話しましたけどあの お寺さんの持ってる空間あの行動って呼び ます本道本道はいあの空間って本当にあ いい空間だなと思ったんですよで私たち 何かあのイベントやる時にねイベントを やるための場所探して結構苦労するんです よ上映をして人を集めて映画の勉強しよう ねて呼びかけてシンポジウムやろうとする 時もあの場所探して大体高いんですよね 場所台ってでそういうことで日々あの 苦しんでるもんですからそういう私からお 寺さんを見た時にああこの本道っていい なってでさっきも言いましたけど私住職に なると思ったことあるんですよね住職に なって地方のお寺さんでもう住職さんがい なくなってお寺さんがもう使われなくなっ たってそういうお寺さんの住職になれば そういうお寺さんが自由に使えるとうんで ということはあの本道が自由に使えるんだ からその空間を利用して上映会をやる あるいは文化的なイベントをそこを使って どんどんいろんなあの文化的なイベント やってもらうっていうか人々が交流する 空間として使えるじゃんて思ったんですよ そのためには私が住職になってえお寺さん をどっか預からしてもらうってことはあり だよなと思って通信教育を1年間受けよう と思ったんだけど元があの大なもんだから 続かなくて授業払ったんですよ1年分あ そうなんですか一戦も1回も抗議を受け なくて断念になっちゃってだからお寺さん の空間っていうのはそういう場所として あのあの映画だけをやりたいって言ってる んじゃなくていろんな文化的なことをやっ てる市民のグループってたくさんあるんで そういうその文化のグループがより集まっ ていろんなことが話せるしねあのそういう 場所としてはなんかもっと生かして欲しい のになっていうようにお寺さん全国で何千 ってあるんでしょうその空間がただね住職 の人がお説するだけじゃもったいないうん も思ってますからそういう意味じゃここは すごいなとこういう風に映画も上位して いただいてんであこれはすごくいいなと 思ってだから今日は非常に私あいいとこで いい場所をあの上映していただいてんだな と思ってすごく心があのあかいんですよね 今日ははいいつもサムサとしたとこで話し てましたが今日はなぜかあったかくてはい ありがとうございますまたねあの新作の 映画とかのこともあると思いますので是非 別院ではいみんで話せる機会を作れたらと 思いますのでまたよろしくお願いします はいこちらよろしくお願いしますえ今日は ありがとうございましたどうも皆さん ありがとうございました

この動画は、2024年3月16日に開講された「人生講座」を編集したものです。

【プロフィール】
原一男(はらかずお)1945年6月、山口県宇部市生まれ。東京綜合写真専門学校中退後、介助職員を経て69年銀座ニコンサロンにて写真展『ばかにすンな』を開催、72年小林佐智子と共に疾走プロダクションを設立し『さようならCP』で監督デビュー。87年『ゆきゆきて、神軍』が大ヒット、日本映画監督協会新人賞、ベルリン映画祭カリガリ賞、パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリなどを受賞。94年小説家・井上光晴の虚実に迫る『全身小説家』を発表。キネマ旬報ベストテン日本映画第一位、毎日映画コンクール毎日日本映画大賞を受賞。18年『ニッポン国VS泉南石綿村』完成、釜山国際映画祭メセナ賞(最優秀ドキュメンタリー賞)などを受賞、19年ニューヨーク近代美術館(MOMA)にて全作品が上映された。2020年、20年の歳月をかけた『水俣曼荼羅』三部構成372分が完成、全国で公開される。2023年、釜山国際映画祭ドキュメンタリー映画部門の審査員。現在は、遺言3部作の製作、国内外の上映会で講演を行っている。

インタビュー・対談:加藤大樹(瀬戸市・順慶寺住職)

動画編集:石原樹
企画:真宗大谷派名古屋別院

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27件のコメント

  1. ミニシアターで「神軍」を見てから37年…ずっと忘れられない映画でした。まさか今、監督から撮影裏話を聞けるとは…。年齢を重ねた今、山田氏の気持ちが、わかりますね。

  2. なるほどね。
    単なる目立ちたがり屋だとお見受けした。
    別に彼にとって戦争の話など切っ掛けにすぎず、
    自尊感情を満たせればそれでいいという感じだろう。
    相手から話を引き出し戦争の真実を知りたければ、
    もっと良い接し方があるはずなのだが、
    そもそも彼の目的はそこにないのである。
    はっきり言おう。
    尾崎は単なる自己中でナルシストなおっさんなだけであると。

  3. 非常に気になってしまうのが…
    何故この左側の人は人前に出るのに手入れのしていないつま先部分がハゲまくった革靴を履いているのだろう、と。
    結構革靴ってその人の本性?みたいなものが出ますからね。
    こんなにダラしない靴で人前でトークショーに出ても気にしないのはどうかと。
    これだけハゲていても、靴クリームでもちゃんと塗ればある程度は見栄えは変わるのに。

  4. 「ゆきゆきて神軍」を久しぶりに見終えて、誰かとこの映画について話したいけれど見てよとは誘いにくい😅そんな時にこの動画を見て少しホッとしました。ありがとうございます❤お寺の使い方としても素晴らしいですね

  5. 東別院における『ゆきゆきて、神軍』上映・原一男監督トークショー。尊い催しです。神戸拘置所における奥崎謙三の叱声が「演技」だった。勉強になりました。

  6. この『バッテリー屋ケンちゃん』が活躍した時代は令和の世と異なり、既存マスコミは大手新聞社も含め政府『御用機関』の様相が強かった。驚くなかれ、政府擁護と『お上』意識が裁判所判事にまで徹底され、現在の様に左側向きの判決を連発するなど考えられない事だった。選挙では保守対革新の二大構図で、勿論TVも司会者が政府アンチでなく、自民党もあたふたせず堂々としていた。故 奥崎氏が起こしたパチンコ事件も今なら、年単位の実刑は喰らいますまい。
    さて映画だが34年前に私は観た。言い知れぬ迫力が有り、凄い映画だと当時思った。事実を求め執拗に相手を追い続け、目的の為なら手段を選ばぬ行動には恐怖と賛同と言うアンビバレンツを感じる程だった。ただ最後は元上官でなく、その息子を怪我させたのは間違いだった。元上官が現れるまで『奥崎氏の正義』は撃ってはならなかったと思った。撃つ相手が元上官でなかったから、正義にはなり得なかった。賛同者であり追求の随行者である神主おばちゃんも同意見だろう。
    時代は変わり、久々にダウンロードデータで映画を観たが、もう私は当映画を懐かしさを含めた芸術作品として観ている事に気が付いた。時代の流れは強く大きく、社会と人の価値観までも変容させてしまった。
    令和の世も昭和から大きく『変質』してしまった。誰のせいなのかと、強く感じてしまう。海外勢力のロビー活動や資金提供、ハニートラップで絡め取り従わせる方法は『陰謀論』では決して無く、日常的な日本潰しと感じる毎日なのだ。

  7. 「奥崎謙三」と言う人はある意味「パラノイア」だと思いますけど、「ヤマザキ 天皇を撃て」の時は26歳でニューギニアに亡くなった長男の叔父とその息子への想いを話していた寡婦だった祖母の想いがダブった事がありました。

  8. 法衣とワイシャツネクタイという組み合わせおかしい。なんでこういう中途半端なことするのか。

  9. 映画ももちろん素晴らしいですが併せて著作「ヤマザキ天皇を撃て」を読まれる事を強くお勧めします。手に入りにくい本ですが地元の図書館にはありました。奇人で興味本位で捉えられる事が多い人物ですが行動に理由があることがわかります。

  10. 自分の思想は絶対だという感覚の奥崎氏のような人が最近は多い。
    そして少しの事でも思想に反する人を攻撃するのも同じ。
    ネット世界だけだけど。
    もう何十年も前だけど戦争は人を狂わせるんだなと思ったのを思い出した。
    しかし、いまでも奥崎氏のような人がいるのだというのはこの社会も戦争みたいなものなのかも。

  11. 環境のために、独学するしかなかった、奥崎謙三や永山則夫のように、不本意な埋もれたままで生涯を終えた人材の数々を思う。そして、奥崎や永山の近くにいた、、伴走者たちのご苦労の深さも。

  12. 許可をとる為に動画を取るという言い分は通らないwww誰が聞いても通らないwww誤魔化せるとでも思って流のが可愛いwww

  13. 「わかります?」って何回言うかね。
    今平が忌避したネタをもらって40年余り。まだ飯食えるとは思わなかった。

  14. 多分、35年位前にレンタルビデオで観たが、胸糞の悪い映画だった。それは、「真の基地外とはこういうものなのか」というショックが大きかったからだと思う。
    戦記物を読むのが好きだったので、ニューギニアの戦線などは餓死者が多かった事は知っていたが、捕虜や同胞を喰っていたという事はこの映画で初めて知った。
    奥崎は生来の基地外なのか、戦争の飢餓が奥崎を基地外にさせたのか、どちらかは分からない。
    素朴な疑問として、あんな店でバッテリーを買う客が居たのか?それで喰えていたのか?奥方は旦那をどう捉えていたのか?知りたい事はまだまだある。
    若い人は日本とアメリカが戦争をしていた事を知らない者も多い。今日本が戦争になれば「日本を守る」ではなく「逃げる」と言い切る。
    若者からすると、この映画の内容自体が「はぁ?」という感じなのでは。

  15. アメリカの映画監督マイケル・ムーア氏はこの映画を見て、衝撃を受けたそうです。後にアメリカ社会に関するドキュメンタリーを作っていますが、あの突撃取材のやり方はこの映画から学んでいると思います。
     もしマイケルムーアが今のアメリカや日本を描くとしたらどのように描くだろうか。

  16. 少年時(中学一年の秋)、当時地元にただ一軒残っていた映画館の、饐えた臭いの漂う客席に一人座って観た。戦友の墓前にて飯盒飯を炊いて供える場面が特に好きです。
    自分にとっては最も衝撃的な、おそらく最も影響を受けた日本映画です。

  17. 原一男は

    松本清張の「遠い接近」と

    野間 宏の「真空地帯」を読んで戦争の実相に関してよく勉強するべきだった。

    戦争に関する知識がほとんどなく映画を作ってしまったとは実に情けない。

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