【廃墟巡り】下田にある軍事機密だったカリウム鉱山を見に行く #廃墟探索 #静岡 #街歩き #伊豆

[音楽] はい、どうも天野と申します。伊豆の下田 にやってまいりました。今日はここから ちょっと謎の多い鉱山を見に行きます。 以前下田城美術館の廃墟に行ったことが ありましたが、実はあの前の道をもう少し 登ったところに鉱山の跡があるんですよ。 しかもそこどうやら戦治中の日本軍の指示 で作られた鬼密事業の鉱山だったらしいん ですよね。そんなの見に行くしかないじゃ ないですか。ということでそのなぞめいた 鉱山跡を探しに行きましょう。 さてやってまいりました。根姿山。この 辺りのはずなんですけど、ちょっと入り口 が分からないですね。山の上の採掘場と 麓元を結ぶケーブルカーの跡があって、 そこを登るとたどり着けるらしいんです けど、あまり正確な場所が分からないん ですよね。 あ、ここですね。 分かりますか?し身の向こうに何か壁面の ようなものが見えますよね。これは確実に 人工的な斜面です。右側には線路を守る ための石垣きまで組まれていて、非常に 立派な作りをしています。やはり軍が手導 して作った施設は伊達建てじゃありません ね。まあ、その守りたかったはずのレール がすでに失われているというのはちょっと 残念ですが、とりあえず鉱山に向けて登っ ていきましょう。 さて、先術の通りレールはすでに失われて しまっていますが、式は今でもしっかり 残っています。鉄は貴重な資源なので、 こういうアクセスしやすい場所に配線が できるとさっさと剥がされて売られて しまうことがほとんどです。特にこの場所 は戦後ほどなくして平山しているので 物資不足の施想も相まってなおさら鉄が 売れやすかったのでしょう。しかし式は そこまでする価値がないのでこうして残さ れるんですね。 かつて道があったことを語る証人がレールではなく石であるというのはなんだかちょっと複雑な気持ちになりますね。それにしてもカーの坂だっただけあって本当にシャドがきついです。めちゃくちゃ息が上がります。山登りでここまで息が上がるのは本当に久しぶりですよ。異常に体が軽い友人を追いかけながら山を登った時のことを思い出しました。 [音楽] [音楽] さて、ようやく終点が見えてきましたね。 動画ではだいぶカットしてしまいましたが 、実はここまで来る道乗りめちゃくちゃ 長かったです。まあ、距離的には大した ことないんですけどね。とにかく坂が きついので時間がかかったんです。そして 今目の前に見えているのが貨物用の ケーブルカーに鉱石を積むための施設です 。すみません。あまりケーブルカーという 表現を使い続けると鉱山マニアの方は インクラインだろと言いたくなると思い ますが、ものとしてはほぼ同じなので 分かりやすくケーブルカーで行かせて ください。移行の頂上側を見ると コンクリートに2本の溝が掘られています 。くこの中にケーブルを格納していたの でしょう。溝の上に木の板を敷き積み込み 前の鉱石を置いて置けるようにしていたん だと思います。 巻き上げきがあった場所はこの奥ですね。 土台だけになっていて機械は残っていない ようです。本当はこの写真のようなものが あったはずなんですけど、まあこれも鉄 ですからレールと同じように平山後は さっさと売り払われてしまったのでしょう 。 あれ、行動跡がありますね。露天堀りの 鉱山だと聞いていたのでライトは持ってき てないのですが、まあ多分これは祝 でしょう。だとすればそこまで深くはない と思うので、スマホで照らしながら入って みましょうか。 まあ、やっぱりすぐに行き止まりになり ましたね。 うわ、ゲジの大軍がいます。すみません。 さすがにこれは無理な人も多いと思ったの でモザイクをかけました。いや、私は虫は 結構好きなんですけどね。あんな風に群れ られると無理です。100匹以上いました よ。 ああ、怖かった。まあ、ゲジゲジは無害な 生き物なんですけどね。見た目に反して毒 もないし、噛まないし、むしろ白ありなど を食べてくれるので、家にいたら液中です 。1匹だけなら良かったんですけどね。 まあ、なぜ1匹なら怖くないのに群れてい たら怖いのかという説明はちゃんと理屈の 筋が通る形でできるのですが、あえてし ませんよ。説明したら想像して気持ち悪く なってこの動画を閉じる人がいるでしょう 。だからもし気になる人がいたらトラウマ を作る覚悟をした上でコメントで聞いて ください。そしたらそこでじっくり説明し て差し上げます。なんならゲジゲジが進化 科学的に面白い話とかも聞いてくれれば できますよ。それにしても先ほどから いくら探しても他の行動が見つからないの でやっぱり基本は露天堀りだったという ことで間違いなさそうですね。きっと一旦 四屈だけ掘って攻略の幅が広いと分かった から露天堀りにしたのでしょう。 さてということでそろそろここの歴史を 話していきましょう。先術の通りここは 対戦中の旧日本軍が輸出乳断絶による資源 の不足を受けて開発させた鉱山です。算出 される資源は主にカリウム鉱石。これは 刃物の野菜を育てたい時に使う肥料の原料 になります。現場での作業を受けったのは 日本肥料という会社でした。これは戦家の 統制経済における企業合併でできた会社 ですね。開発が始まったのが1942年で 閉算したのは1949年。つまりたった7 年しか創業してないんです。一応戦後も 後景業者が送量継続しようとしていた みたいですが、戦治中と違って安価な輸入 資源が入ってきたため立ち打ちできなかっ たと。本来ならここは鉱山としては全く 再散が取れないんでしょうけど、輸入が 断絶した戦化という特殊な経済状況におい て軍が主導した結果、ほんの一瞬だけ送量 状態が実現していたわけです。最初に登っ たケーブルカーの配線も明らかに鉱山の 規模に見合わないですし、このもったいな さが軍の主導する統制経済の弊害といった ところでしょうか。ちなみにこの山の近辺 には他にもいくつか鉱山関係の移向がある のですが、なんと言っても軍の機密事業 ですから全用を把握することは困難です。 ということで、とりあえずもう1箇所意向 がありそうな場所を見に行きましょう。他 にも何かある場所を知っている方が いらっしゃいましたらコメントで教えて ください。 それにしてもこの場所のもめちゃくちゃ 怖いです。勢い余って滑り落ちたらシャレ になりません。まあ、山って大体登るの より下る方が危ないんですよね。気を掴み ながら慎重に降りていこうと思います。 本当にこういう場所の散索は自己責任です よ。 ちなみにそうだ。現在この山は根姿山と いう呼び方が一般的になっていますが、 これは隣接する山と合わせて遠くから見る と女性の寝ている姿に見えるという理由で 比較的近年使われるようになった名前です 。鉱山単体の名前としては山鉱山と呼ばれ ています。 [音楽] さて、ようやく道に出てこられました。この道はこの鉱山が現役だった頃は存在しなかったので向いに行けばケーブルカーの配線の続きを見ることができるはずです。うん。に埋もれていますね。あ、でも配線後の隣の低い土地に何かコンクの塊が見えますね。ちょっと行ってみましょうか。 [音楽] これはホッパーの残骸でしょうか。 ホッパーというのはケーブルカーで運んで きた鉱石を貯めておいて何か他の輸送手段 に引き渡す役割をする装置なんですけど 基礎以外の部分が全部崩れ去っているので 現役の頃どんな形をしていたのかは ちょっと分からないですね。 [音楽] かなり状態のいい外しを見つけました。 まあ、よくある総電線専用の外しです。 オレンジの有約が非常に綺麗ですね。 [音楽] さて、ケーブルカーの線路の続きのところ まで来れましたね。坂の下に何かあります 。ちょっと見に行ってみましょう。 [音楽] これはもう完全に鉱山住宅としか思えない 建物が並んでいます。ただ興奮して調べて みたところなんか情報が作綜していて色々 とややこしいんですよ。 まあ、とりあえず現地を見に行きましょう 。 さて、ここですね。見ての通り半分程度は 廃墟ですが、まだ一定の管理がされている ようです。この場所が何なのかというのは 確実なことは言えないんですけど、一応 ケーブルカーの終点につがるように立って いるので鉱山と無関係な施設ではない でしょう。ただどうやらここの家が立て られたのは1955年あたりらしいので 送業してた頃に立てられたわけじゃないん ですよね。とすると鉱山住宅ではない。 じゃあ何なんだってのはもう推測するしか ないんですけど、やっぱりあの鉱山を作ら せた軍が絡んでるんじゃないでしょうか。 戦前に軍が管理していた土地に戦後関係者 が偽いって最終的にその土地の権利を獲得 するってのはよくある話です。以前訪れた 霧顔団地もそんな感じの場所でしたね。 ここも多分鉱山関係者がいわってバラック を立てていて、最終的に行政が介入して 一定の居住権を認める形で区画整理を行っ たのではないかと。これが私の推測です。 当たっているかどうかは分かりません。 それにしてもこういう簡易的な住宅が並ぶ さびれた場所ってなんかいいですよね。 夢日記というゲームにこんな感じの場所が 出てきてなんか憧れてたんですよ。私が こういう探検をするようになったのって 多分あのゲームがきっかけなんですよね。 よく最近の若者はゲームばかりして外に出 ないとか言いますけど、まあそんな ステレオタイプな若者が実在するのか知り ませんけど、そういう人がいるならお勧め したいゲームですね。さて、そろそろ日が くれてきたのでバイクのところに戻り ましょう。本当に何とも言えない施設でし たね。大規模な意向がはっきりとそこに あるのに現役だった頃の実態がどうも ぼんやりしてつめないっていう戦治中の軍 の秘密というベールが全てをしまっている んですね。ということでこの場所について もっと詳しい情報を持っている方が いらっしゃいましたらコメント欄で教えて ください。また探索におすすめな場所の リクエストもお待ちしております。に静岡 県の歴史や魅力の再発見につがるような 場所を教えていただけると非常に助かり ます。それではご視聴ありがとうござい ました。チャンネル登録と高評価を よろしくお願いします。

#廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆 #観光 #寝姿山 #下田 #廃墟探索 #廃墟巡り

今回は下田の寝姿山にある、カリウム鉱山の跡を見に行きます。

一見何もない寝姿山の市道ですが、よく見るとそのわきにケーブルカーの廃線跡が存在します。そこを山頂に向けて登っていくと、露天掘りを行った跡が見えてくるんですね。

この場所は「万蔵山カリウム鉱山」といって、戦時中の1942年から戦後の1949年という、わずか7年間だけ操業された幻の鉱山なんですね。当時の日本は輸入の断絶により、肥料の原料となるカリウム鉱石が不足していたため、軍が開発を指示してこの鉱山が作られました。しかしその詳細は軍事機密というベールに隠されており、残された遺構だけが当時を語る証人となっています。

【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の廃棄動画が当たってまさかの収益化基準達成(現在審査中)。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。

【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。

【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4

【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4

25件のコメント

  1. 道路は下田中心部と白浜海岸をつなぐ道路で戦前からあります。
    現在は旧道扱いされている道路です

  2. 通りすぎてしまうような繁みの中を探索するとは。鉄は今でも高価格ですが…鉄鍋は重くて丈夫といいますね。
    調理鍋はアルミが好きです。熱伝導がよく軽いから。
    ゲジゲジは無毒なんですね。ムカデはよくみます。手のひらサイズの大ムカデみた時は引きました。熱湯かけてます

  3. ゲジゲジはムカデと違って噛みついてこないし益虫なのはわかってるんですが、突然現れると ひぇっ てなりますよね
    100匹とかいたらちょっとその場から逃げ出しますw

  4. いつも動画楽しみにしています😊伊豆と廃墟が大好きです😊虫は苦手ですが、お話お聞きしたいので是非教えて頂きたいです!

  5. 伊豆山の星野リゾート界熱海の近くにあるジェック研修ホテルについて教えていただけませんか?30年ほど前に肝試しに行った覚えがあります。その頃から廃墟だったと思います。

  6. 元地元民です。また下田を扱っていただきありがとうございます。
    下田城美術館の先の山中にカリウム鉱山があったなんて知りませんでした。
    物心がついた時には寝姿山は寝姿山で、見慣れた風景の中に埋もれた見知らぬ歴史。
    勉強になります。感謝。

  7. いつも楽しく観させてもらっています。もっと長い行き止まりの横穴があるはずです。
    カリ鉱石を下田港に運ぶ為に武ガ浜辺りまで貫通させようとしてたとか。さだかではありませんが。是非深掘りしてほしいです。

  8. 道路採掘されたカリウム鉱石がどうやって運び出されたのかなと思っていたらコメントにありましたね。海なんですね。あの住宅群が市営住宅だったとかコメントを読むのも楽しみ。(ゲジパス) ところであなたも身が軽そうですが、あなたが追いかけた身が軽い友人とは・・・

  9. 巻き上げ機(ウインチ)は温泉井戸のボーリングやメンテナンスに必要なので、当地では鉄としてでは無く実用品としての価値があります。
    当時の状勢を考えると、元々温泉に使っていた物が軍に召し上げられた可能性もありそうです。

  10. 動画、面白かったです。ハーバー・ボッシュ法なんて、水素と窒素(空気)からアンモニア(肥料)を作る方法がありますが、副産物として硝酸(爆薬の原料)が作れると聞いた事があります。肥料と爆薬、意外な接点があるのだと思いますね。知り合いから、愛鷹山のふもとの富士市森林墓園という霊園は、元は神道系の宗教「心教」という宗教団体の本山?だったなんて聞きました。心教という宗教団体はもう無い様ですが、大分昔に近くをハイキングした際に不思議な事があったのは、関係があったのかな?と思い出しました。霊園でもありますし、遺構があるのか分かりませんが、今の敷地の管理者の富士市さんに聞いてみたらと、不躾ながら思い、コメントさせて頂きました。富士市役所さん、失礼ながら以前手続きで伺いましたが、あまり丁寧な対応をして貰った記憶が無いので、(笑)御判断はアマノ様にお任せします。長文すみません。

  11. かつて一時期下田に住んでいた事がありますがこの鉱山の存在は知りませんでした。
    当時は小学生だったので鉱山跡には行かない様に大人からは言われていましたが鉱山跡は良い遊び場でした。
    特に蓮台寺にあった鉱山跡はトロッコが残っていたり黄銅鉱の鉱石が落ちていたりと子供にはワクワクする場所でした。

  12. 免許も無く草かぶれもひどいので、いろんな場所へ行けるの羨ましいです。
    ゆめにっきは考察の楽しさを教えてくれる作品で大好きでした。

  13. 遺構を見に行こう・・・。げふんげふん。この手の古い家作に一時住んでました。全体的に小さな作りと、風呂釜がハンドルまわして点火するバランス釜で室内にある感じが凄く昭和テイストでした。

  14. 軍関係って事は資料の多くが失われてそう、ここのは戦後もやってたから残ってた感じとか?

  15. 下田の隣の河津町の縄地と言う地区にも、旧道から行ける金山跡があります。
    昔は近くまで行けたのですが、今はどうなってるのか…
    金山のあった頃には数千人が住む地区だったとの話も聞いた事ありますが、今はかなりの過疎地区になっています。

  16. 下田と言えば大沢入り口の左側の山の上の方に何かの工場跡みたいな建物があって子どもの頃(50年程前ですが)気になってたんですよね。
    その当時でだいぶ錆びれた建物だったので今はもうなさそうですが何だったんだろうと思い出しました。
    石切場がその辺にもあったみたいだからその関係なのか?
    あと何かの廃線跡もその辺で見かけたような記憶があります。

  17. こんばんは、近隣なので興味深く拝見しました
    この道路下にもコンクリートの構造物があって「なんだろう?」と思っていたところこの動画で解明しました
    住宅群は他の方も示している通り「下田市営丸山住宅」ですね、ただ新規の入居はなく廃止の方向で既にかなりの数
    解体され空き地になっています
    この工場は「磐城セメント」が運営していたようですね、ただほぼ同じ場所に戦後にも「下田アルギン酸工場」(昭和25年頃)
    というものが存在していたようで謎が深まりました

  18. 寝姿山は6月に下田に2泊した時にロープウェイを利用して観光しました。
    美しい海が見渡せ、花が咲き、可愛いお地蔵さんのある、あの寝姿山・・・なんですよね?
    あの観光スポットからも地続きで行ける場所なんですか?イメージが違い過ぎてびっくりです。

    ゲジゲジのお話、面白かったです。私も虫はカマキリ以外大丈夫ですが、(カマキリ、顔が怖い)でもさすがに100匹いたらダメですね。というか、小さな生き物が大量に集合していたら、虫に限らず気持ち悪いと思います。

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