【NoMAラボ高橋大就】福島の歴史と文化を継承し日本一”自由な地域”を目指して #福島会議 #16

この地域の記憶をちゃんと紡いでこうと うん。バになるんですか? 自立と強制っていうのが文化コミュニティ地域があの続いていくための 必須要件だと おっしゃる理想を回していくのかはい。 地域のトッププレイヤーの方々にお話を伺いますかです。本日は肩書きいっぱいですけれども、え、マラボが最近多く出してますかね。高橋大事さんです。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。大よろしくお願いします。 10 年ぐらい前ですかね。多分東の職の会かなんかに参加させていただいた時にえっとその時はもうあれですよね。多分事務局代表みたいな動き方をして、 ま、そうですね。2011 年直後から東の職の会の方はずっとやってはい。 で、えっとその段階で、え、 O6にいらっしゃっ平行で震災後 O6 の海外事業責任者もう同時に始めるっていうやってということですね。 形ですね。 で、えっと、じゃあスライド出しちゃそうです。はい。 で、えっと、江民になったのが 3年、2021年、ちょうど震災10 年のタイミングで江長民に晴れてなってますよという肩書きもあり、え、他のはまあ追いおいにしましょう。ま、東の食の会だけでも最初に喋っちゃいましょう。あの、多分他のそこまでの外務省を、え、罰金税からのっていうところをもうまとめて はい。東の職の会とはなんぞ。 はい。 え、東の食の会は、ま、あの、震災直後、え、ま、日本の職を支えてきた東北の、ま、職が本当にもうなくなってしまうんじゃないかっていう危機感から、え、立ち上げた団体でしてうん。 [音楽] ま、もうこれは故者とか、え、個人の力ではどうにもならない。ま、産業を上げて、え、取り組もうということで作ったプラットフォームでうん。 ま、いろんなことをやってきましたけども、結果的には、ま、ヒーロー生産者を作る、ヒット商品を作る、え、反炉を作る、ファンを作るっていうような活動を東北で、え、ずっと続けてきて、今もこの浜通地域中心に活動しております。 うん。で、その前の、えっと、外務省に大学出てすぐ入られ、え、財日本大使館、ま、だからニューヨークですか?財、 [音楽] ワシントンDC にあって、で、ま、そこにもいらっしゃった。 で、え、マ金勢にその後転職して金勢を 311の衝撃があって 311でやめました。 やめたということですね。で、ま、その東の職の会に入りというところです。え、そんな東の職の会というか、あの大さんは天まず福島に行く前に [音楽] 1回そうですね、されていた。ま、あの 311 では本当はなくてうん。312うん。 ですね。やっぱり原発の爆発を うん。 見た時にもうこれが、ま、居酒枕っていうか うん。 ま、元々生涯公務員っていうつもりで なる時はいて 今もそうなんですけど別に公務員っていううん。う え、仕事というよりはあの障害公務員で働くっていうつもりでいたんですけど、あれを見た時にやっぱりもうこれはこれをやる うん。うしかないというか、あんまり考えもしなかったですけど。 そのやっ最初緊急支援の仕事をしてましたけどもやっぱり産業を作らなきゃっていうことで、ま、 1番、 え、インパクトの大きいで被害も大きい、え、職産業しかないということで東の職の会をみんなで立ち上げたという形ですね。 うん。スライドを用意していただいたんですね。ま、キャリア。はい。ま、これはい。ま、 うん。なんでそうですね。 だから元々安全保障が、え、自分の 1番の食の食料安全保障でもなく、あの、 もう完全に、え、国家安全保障、 外交軍事系のということですね。 はい。うん。 ところだったんですけど、だんだんやっぱり地域のお経済の疲弊 うん。 人工減現象っていうのがどんどん悪化していく中で、ま、こっちの方がより差し迫った危機だろうと うん。 こういう風に思い。ただ自分がずっともう外交しかやってなかったんで うん。あの1円も稼いだことないぞと。 うん。 地域経済復興だとか地域経済の再生だとかっていうことを気場では語って国会答弁とか書いてましたけど うん。自分は1年も稼いだことなくって うん。 だったらまず自分稼げる力をつけなきゃってことでまえ外務事して うん。ま、1 番手取り役ビジネスキルを学べそうなコンサルティング会社に行き うん。ま、あの、3、4 年したら自分で、え、起業をしようという風には元々思っていたんですけど、ちょうど、ま、 3年 ぐらいのタイミングであの日が来たので、 大きく人生が変わり、 ま、さっきの東北の職の再生というところに取り組みつつ、ま、元々やろうとしてたのがやっぱり日本の職を海外に、え、打っていくっていうことで外貨を稼いでいくっていう [音楽] うん。 日本の一気道はそこだと思っていたんで うん。 ま、それも同時にやるっていう形の生き方をしてったのが 2011年から10年ぐらいうん。 ですね。ただやっぱりそん中でもう 1個やっぱりもう1 つの大きなあ、柱というかコミュニティの課題ということを特にこの福島の避難指示がかかった地域の お現状を横で見ながら自分は何もしていないと職のうん。 産業の話しかしていないっていうことにだんだんモヤモヤが蓄積していって耐えられなくなって、ま、 [音楽] 10 年目のタイミングでやっぱり自分も当事者になりたいとコミュニティの [音楽] 1 位になり、コミュニティの再生っていう、 ま、自分の中では産業の再生よりも、 ま、より難しく、より 長く時間がかかり、ま、より全人格をかけた難しい課題だという風に思ってるんですけど、ま、そこをやらずに いるっていう人生に納 [音楽] できずうん。 ま、なんとかあの調整もついたので、え、わがままを行ってここに、え、 [音楽] 移住をさせてもらいうん。うん。 ま、海外の事業も離れてですね。 うん。 え、やっと晴れてへ町に住民表いた時にすごいすっきりしたのを覚えてますね。で、それからもう [音楽] 4年経ってうん。うん。 波江民として働いていると。 波江民になる前に、え、上げられた実績がスライドないですか? ま、三重民になる前には、ま、もう職の産業をずっとやってきていて サバ、 あ、サバの話こに乗っけてないかもしれない。 あ、それ大事だけど。じゃ、サ高頭でお願いします。 はい。 そうですね。やっぱりあのそもそもやっぱり産業から引っ張ってきました。はい。 これすごいっすね。すぐ出せる優秀。 そうです。すごい。 すごいんです。 あの、やっぱり水産業って別に震災の前から別に東北に限らず 完全な車用産業うん。 ま、やっぱり新たな価値を想像していかないと到底あの産業が作れないさらにその原発事故っていう判で追ったところで今までのやり方では定産業は作れないっていうのはもう明白だったんで うん。 ま、新しい価値を生む、え、ていうことはみんな分かってはいたけど、そういう具体じゃどうすんのっていう [音楽] 付加価値をつけた商品を東北から売っていこうぜってお題目あっても舞台事例がないとわかんないんで、ま、それをじゃあ作ってしまえっていうことで、 [音楽] え、様の缶詰に目をつけて、ま、当時平均価格 95円っていうもううん。 価格でやられていたんで、これでは 3業。 それってま、いろんな段階であるけど財はどんぐらいの話になってたんですか? いや、もう95 円ででさらに水産業って生産者受け取り価格農業より低いんですよね。 なるほど。マクロで見るとちょっと905 円でうん。え、さらに長い Val リューチェーンをさらに受け取り価格に落ちる額が少なかったらいいらですか?この缶詰売って地に入るのは。 うん。で、当てやってきない。はい。 だ、でもそれを増やすってなったらもう最終のあの消費者が払うしかないわけですよね。 うん。うん。でも95 円でも買ってくれないと言われている状態。東北の水産業っていうのは。 うん。でもこれを逆に95 円で他の地域と同じように買ってもらう庭っていう課題ではなくていいやいや 3倍4倍でも 東北の水産業の商品をみんなが欲しいっていうものを作るにはどうしたらいいだろうってとこから考えようってことで うん。作った商品うん。ですね。 うん。ということですね。で、3倍、 380円なんで、ちょうど、ま、34倍の はい。 価格で、え、販売をさせていただいて、ま、色々ありましたけど、結果的には 2000万回以上うん。あの、累計うん。 え、販売できまして うん。 で、サバカっていうカテゴリーの平均単価があの、 3、4年で2 倍以上に跳ね上がるっていう。なるほど。 あの、うちの商品だけじゃなくて うん。 そうやってみんながお金出してくれるんだら はいはいはい こんな安値で売ってる必要がないのってことで他もつ随をしてきて 平均価格が3年ぐらいで195 円まで上がったんですよ。うんうんうん。 それ嬉しかったですね。1 つま、モデルっていうのは見せれたし、東北から発信して全国の価格が上がったんで うん。うん。 ということですよね。マーケットの構造 自体変えていって、まあね、今もあの まさに米が手に入んないみたいな問題とか もまあね、あの消費者はなかなか辛い ところと一方で生産者の方たちはね、あの なんでこれまでこんなリザ屋も出ないもの を頑張って作ってたのかっていうのは まあまあちょっと落ち着いたなっていう話 もま聞いたりっていうまいろんな要因です けどね。 でもやっぱそういう風に食支えていかなければならないというところが、ま、ずっと問題としてあり、ま、そこで 1 つの生活されたというところを持って福島に来てでどうすか 4年で? そうですね、ま、職の産業の方で言えばやはり私が来たタイミングってまだあの処理水の放前だったんでそこをどう乗り越えるかっての [音楽] 1つ大きくって なんで私もこの地域に来て、ま、浪町 [音楽] は、え、福島第 1原発に1番近 ですから逆に言うとじゃあ絵で魚のブランドをしっかり作れればこの課題っていうのは乗り越えられるんだっていうのもあってうん。 ま、1 個あの、え、波浪の食のブランドとしてのシラウっていうの立ててブランディングをしたり、ま、農業の方もここで、え、星振ル農園っていう みんなが関わる、え、農園を作って、ま、一緒に作っていくっていうことでそのイメージをひっくり返していくみたいなことをずっと うん。 やってきまして、ま、かなり、え、うん。 ま、それはもう定量的にも現れてますけれども うん。 え、この地域の職を寄付費する人ってのはもう 5%程度に下がりうん。うん。 え、ほぼ乗り越えられた。むしろ今大きな課題は供給側で、ま、需要の課題っていうのはだいぶ、え、乗り越えて皆さんのね、本当に苦労があったんですけど、それを乗り越えてきた。 うん。 今度は今、あの、供給側で色々大変な状況が起きてますけど うん。 っていう状況にまで来れたのは非常に大きかったなと思ですね。 うん。うん。うん。この星振るの星が何なのかっていうも是ひやってることが色々こっからどんどん分かりにくくなるんですけど [音楽] これあのあのうん。星が飛 ってるのはえ、星が飛び交っているわけですけどこれ人手ですね。 うん。人手がはい。うん。 まあなんかあのちょっとやっぱりうん。 飛び道具的な影画からやらないとまた来た 当時のみんなの持っているこの地域の諸君 に対するイメージはひっくり返せない だろうなっていうことと、ま、具体的には 、え、もう長いこと人が住めなかった地域 で土上 も改良していかなきゃいけないし、 何より人が住んでなかったんで動物になっ てたんで、物を作、え、重害がひどいと いうことで、ま、その土上改良と と外を同時に、え、やってくれる奇跡の産物がこの人でして、 [音楽] ま、海の邪魔物を山に持ってくると、え、山の課題より同時に解決してくれるっていうこと。 うん。 で、かつ、ま、これをあの色塗って巻いたらめちゃくちゃ映えるだろうっていうことで、え、人手出を巻き始めて うん。 ま、それで星が降ったようになるんで、星振農園っていうブランディングをして、ま、あの、関わり城を作ってみんなに来て人手を投げてもらうっていう謎のアクティビティを 始めさせていただきました。うん。うん。 で、こういうこともやりつつ直近のニュースにもなっている、え、馬関係のこと。 あ、そうですね。 あの、そういう形で職産業のこともやりつつやっぱりコミュニティ、え、街づりみたいなところうん。 をも関わっていかなきゃなっていうことで、ま、 1つは、ま、 え、まずは野マラボっていう団体を立ち上げて、ま、この地域の記憶をちゃんと紡いでこうと。うん。 うん。 ただ、ま、それを普通にやっても、え、なかなか関心を呼ばないんで、あの、今や本当に飛ぶ取りを落としまくっている勢いのヘラルボニーさん仲良いので、 え、一緒にやろうっていうことで、え、アートで、え、この地域の人々が大切にしたい思い出、ま、やっぱりあの、クがどんどん解体されて街があの大きく変わってしまった 中でコミュニティも維持が難しくやっぱ記憶 が、あ、継承していくのが難しいっていう中で この地域にちゃんと営みがあってうん。うん。 人々の思い出が詰まった場所なんだよっていうことをちゃんと残していこうっていうのをヘラルボニーのアートに消化してもらって飾りていくことでうん。 語り継がれていくっていう状態をまず作っていこうっていうのでこのナミエアトプロジェクトっていうのを始め うん。 ましたみたいなことをやりつつ、あの、さらに話がカオスになるんですけど、あの、この地域をずっと納めてきた相馬 班の殿と出会いまして うん。はい。 やっぱりその寄り長いでの歴史みたいなもの、文化 うん。 え、ま、それは、え、バジ文化がこの地域非常に根付いてるんですけど、ていうのをちゃんと継承していくってことも重要だなと。 [音楽] うん。 いうことで、え、殿と一緒にですね、ノーマの谷っていう新たな馬と強制していくコミュニティっていうのを始めまして うん。え、つい、え、昨年の 12 月にノーマホースビレッジが、え、完成して、ま、それもあの、やっぱりこれをあの、単純に、ま、もちろん観光産業って側面もあるんですけど、やっぱりその作り方が大事だなと思っていて、やっぱみんなで資金を出し合って、で、みんなで、え、労働力を出し合って、ま、一切公的補助金をあのかないでやってるんですけれども、 自分たちの手で自分たちのお金で自分たち で、え、コミュニティを作り で、さらに、え、サービスを作り、なりいも作り、ま、ゆくゆくは産業も作っていくってことを、ま、実際にやっていこうってことで、このノーマの谷 うん。 で、え、具体的にノーマホースビレッジっていう、え、馬の牧場で常体験やホーストレッキングのサービスを開始させて、 これ馬何等ぐらいいるんですか?今7 等ですね。あ、結構な そうなんですよ。 まさか私も馬の牧場を経営することになるとはもうちょっと本当に数年前まで来た時も、ま、思ってすらいない。馬の牧場をやろうと思って来てなくて はい。 ま、人を巻こうとも思ってなかったんですけどうん。うん。 あの、とにかくコミュニティの位置になりたいと思って来たら気づいたら人手出を巻き 気づいたら馬の牧場の経営を やってると。これ細かい話。 馬のバ主になるんですか? えっと、 具体的に言うと私が馬自体を、ま、買うスキルもなければ知もないので、あの、元々、え、その 殿のって言ってるのが相馬種さん がやっていた馬の団体が南相馬にあったんです。 そこがあの、うちのノーマの谷の テナントとして入ってくださって、そこのチームが馬を育てながら一緒にサービスをやるっていう形 なんで、ま、私はどっちかていうと馬場作りの方 なるほど。 で、その馬のチーム、相馬球援体さんっていうチームが、え、馬をお世話をしてくれつつその上場 だったり、え、ホーストレッキングサービスを提供してくれてるって形で、ま、ちゃんとプロが うん。うん。 で、それはもうあの我々のところは立ち上がったばっかりですけど、馬のチームはもう何年も長いことやってるので、プロがちゃんとやってくれてるっていう形です。 うん。うん。 なるほど。これ野マラボ立ち上げた段階ではこの野マの谷の話はなかった。 ないです。 これ名前が被ってるのもまたやこしいんですけど全然別で うん。うん。あの 野のマっていう合格です。 野間はやっぱりいいにかかってるのでかぶってはいるんですけど ノマラボとノーマの谷は全然別なんですよ。 おお。はい。 で、ノーマの谷はま、そのホースビレッジやることでゴールじゃなくてなんかもっと壮大な何かを考えてノーマの他人とけですか? はい。あのうん、 ここはもちろんそのサービスを回していくっていうこともやるんですけれども うん。どちらかというとその別に観光事業っていうような目的というよりは うん。 ま、ここまで連面と続いてきた文化を紡いでくっていうことが 1 番大きなミッションで、ま、そのためには当然事業もやらなければいけないんですけども、事業自体が目的というよりは、ま、ここにその文化、あの、根付いてきた文化を継承していくっていうことが 1番大きくうん。 で、そのためにはあの、なりを自分たちで作るっていうことも大事ですけど、もう [音楽] 1 個やっぱりそのコミュニティのあり方っていうことがすごく大事だと思っていて うん。ま、そこであの自立っていうことを 掲げてるんですけど、自立と強制っていうのが、ま、ミッションの真ん中に あるんですけど、 ま、これからのコミュニティは自立しなければサステナブルじゃないっていう考え うん。 ですね。なんで自立と強制っていうのがその文化、コミュニティ、地域があと続いていくためのうん。 必須要件だとうん。 これまであった依存型のコミュニティっていうのは残念ながら多分この日本の各地で、 [音楽] ま、よく言われているように消失していくっていう中で残っていくのはやっぱり自立した うん。 地域だろうということなんで、ま、そのコミュニティのあり方もできる限りその お自立分散型というか うん。 意思決定もであえて殿がいるのは殿がいると保険性だと思われるんですけど あえてえ殿がいるのに分散型っていうことを目指している だその逆説的に 殿がも民主義は可能なんだっていうのを見せたいなっていうことなんですよね。 うんうん な分かりにくす はいえなんかそういうこともやりつつあれはノ馬の谷人の 1つかなのNFT 事業とかもやってるんじゃないか。 あ、えっと、それは性のコミュニティを作ってるんですけど、ま、それの手段の 1つとして、ま、NFTでも あの、監になるし、最近はデジタル名刺の形も作っていたり、ま、でもとはいえ地域の方にも入っていただきたいんで、深ニアの方にもあの、普通のよくあるプラスチックカードの伝統的な 会員症も作っていて、ま、いろんな形で やりながらこのNFT はやっぱりブロックチェーンを活用していくってことは大事だと思っていて、 ま、NFT 自体が目的ってよりはそうやった技術もちゃんと取り込んでいくんだと。で、え、投票権は会員には付与されてるんですけど、それをブロックチェーンに紐付けて投票なんかもみんなでやりながら、 [音楽] じゃどういう事業を作っていきますかていうことをみんなで決めていくみたいなことをやっています。 うん。うん。 ここでいうコミュニティっていうのはどういうレベルの例えば何か災害があった時に助け合うコミュニティみたいなレベルもあるかもしれないし、ま、オンラインコミュニティ何かのこうファンコミュニティみたいなのあるのかもしんないしどういう意味でのコミュニティなんでしょう。 ありがとうございます。ま、掲げてるのは本当に うん。 具体的に、ま、オンラインの機能もちろんあるんですけど、やっぱり具体的に馬と一緒に強制をしていきながらこの地域に、え、暮ラシュと、え、サービス、え、産業も一緒に作っていく仲間。ただ、ま、物理的に必ず市もあのうん、 ここに住んでいる人だけではない。 やっぱそうなるとかなり限定されてしまうんで。うん。 ま、より広く、え、地理的な概念も実は超えて、え、書いてく今うん。 えっと、 400名ぐらいの方がうん、 入ってくださってるんですけども、ま、そもそも波絵に住んでる人数っていうのが少ない中で、そのコミュニティの大半はやっぱり外部の方うん。 [音楽] うん。 で、関わり方もやっぱりノタはあるんですけれども、ま、そこをあの、 広域でコミュニティと して捉られて、ただやっぱり地理的な塾も起きつやっぱりこの地域にね指しながらやっていくって形のコミュニティ。うん。うん。 で、ま、かなり今までにはあんまりないと思うで、なかなかイメージは使つきにくいかもしれないんですけど、 [音楽] ま、そういった、え、ハイブリッド型というか地域のコミュニティともう少し広域の地理的概念を超えた [音楽] コミュニティがハイブリッドで共存してるような感じですね。 うん。うん。 これ馬を軸にしたっていうのは、ま、ここ の地域生かしてるというところと、ま、 他方でやっぱこういう新しい地域 コミュニティのあり方を実験的に作ってる 、成功事例作ってることだと思うんです けど、なかなか馬は他の地域ないんで、 これをこうスケールするっつうか再現性 あるのかみたいなところはどういう風に 考えてるでしょうか?やっぱり最近考え てるのは地域のブランドも立てていく議論 も最近すごくしてる中でやっぱり 足りてきたもの 持って外から持ってきたものっていうよりはその歴史や、え、文化に目指したものっていうのがすごく大事。それはなんかお題目として大事ってかやっぱりそれがやっぱり固有の強みにもなると思ってうん。 ま、そういう意味でその馬それからあの、ま、相馬さんと一緒にやってるっていう意味ま、その元からある、え、侍の文化も含め [音楽] うん。 ま、そういったものをしっかり、え、継承しつつ、ただその復主義的なものを作りたいわけでは全くないんで、そこにちゃんと技術、え、哲学も [音楽] 新しい、え、科学も全取り入れていって うん。 あの、新しいものを作っていきたいっていう形だから、 ま、共通してるのは、あの、新しいものは作っていかなきゃなんですけども、それをしっかりこれまであった、あ、文化あや歴史、もっと言うと思い出とか、え、上的なものも含めてちゃんと継承した上でその上に新しいものを作っていこうっていうのがうん。 ま、一貫してやってることだし、大事にしたいものなんかこの地域に [音楽] うん。 だからこそやっぱり大事にしなきゃいけないと思ってるのは歴史が 1回断絶してしまったので うん。これ完全に新しいもの持ってくると 置き換えになっちゃうですよね。やっぱりそれはすごく自分としては個人的にはやりたくないことでちゃんと今まであったものを継承した上に新しいものを作っていきたいなっていう思いが強いです。 なんかまた食べ物じゃないフェーズでこういうのをやってどういう満足とかどう何に不足を感じてる人がここにっているのかあるいは集ってきてもらいたいのかっていうのはどういうとこでしょうか? いやもうそれで言うと実は私の人でもないし馬の人でもないんですよね。でも何を 1番大事に したいかは結構最近すごい明確に うん。 なってきていて、やっぱりあの自由なんですよね。 うん。うん。 あので当然そのあのセットで自立責任っていうことが伴は思うんですけれども、 やっぱりあのこの地域を日本で [音楽] 1 番自由な地域にしたいなというのは結構思っていて うん。 そのみんなが 1人1 人がやりたいと思ったことを実装できるっていう うん。 社会にやりたいと思ったことを実装できる。そのなんて言うんでしょう?アイデア実行コンバージョンみたいなあの [音楽] うん。うん。うん。 実行転換率なものみたいなものを最大限にしたいなって。で、そういう人たちが集まってうん。 くるうん。 場にできたらすごくで、それはなんかすごくスケールするもの うん。 だとかあのでいいある必要は全くないかなと思っていて、単純な自己表現でもいいです。 それこそアート。うん。 おでももすごく素晴らしいと思うし、なんかそのマネタリーのものだけじゃなくていいなと思っていて、なんかそれを自分を自由に表現できる場所で、それを相互に認め合えるような場所っていう文化をここで作ることが 1番大事だと思うし、結局自分が 1番やりたいのはそこううん。うん。 なのかなと思うし、多分日本が衰退してるのってそこが奪われてきた うん。 結果なんじゃないかな。特にローカルがこれだけ疲弊してるのって、ま、そこをその形式で抑圧してきたっていうことのけだと思って、なんかそれをここからうん。 [音楽] 解放していくようなことができたら絶対人は来ると思っ確信みたいなものがあります。 なるほど。 具体的にイメージしたくてなんか理想となるのを他のエリアでとかあるいは過去 2 とかって見たことがあってのゴールがあるんですか? えっと私あの うんアメリカがやっぱりうん 生活してたの長いんですけどま今アメリカが うんこれだけ分断うん されてしまいおよそその うんモデルとなるようなうん 社会の構造だっ あり方じゃなくなっちゃったことが非常に悲しくてうん。うん。うん。 やっぱり元々彼らが目指してた理想みたいなものは結構シンパシーが強いんですよね。 [音楽] やっぱその真ん中にやっぱり自由があり うん。うん。 なんかそういう意味では彼らが失ってしまった理想みたいなものを この地域で 作りたいなっていうことはすごく思っていて実は文脈的にも非常に近しいものも うん。 あるなと思ってやっぱり人が一旦住めなくなった うん。地域1回本当に0 になったところにゼロからコミュニティを作ってるのって 1番近しいうん。 以前に起こったのって何だろうって考えてやっぱアメリカなんですよね。 うん。 あの時のピルグリムがゼロから本当にコミュニティを作っていった時の精神みたいなものをアメリカが今あれだけ うん。 分断が進み世界中からこう憧れられない対象になった。 かつては民主義のね、あのリーダーとして皆が一定の憧れを持ってたはずなんですけど、今やそれを失った中でなんかより良い民主義こっちがやってるぞとより良い社会のモデルを俺たちが作ってるよっていうような言える言える 地域にできたらめちゃくちゃいいなと思っているしなんかそれの方画が今 本当に素晴らしい若者が集ってきてくれていて彼らを見ていると いやこれってなんか あのアメリ のファウンディングファーザーが目指した本当に社会が今 現れ始めてるんじゃないかみたいなぐらいの うん思いも感じています。 うん。うん。 なんかいや、本当世代交代、ま、コロナで 若干こういろんな動きが止まったかのよう で色々動いてたのはね、世代交代がバッと 動いたみたいな話は皆さんから聞くし、 私自身もすごく実感をしていますが、なん かでもKPIみたいなのをなんか 出さないとなんとなく来てますとかだと あのあれはなんとなく良くなってる感じで すっていうとこだとま完僚コンサルである とい実務的に出ててあんまないんですけど 詰めていかないと外側見てるとなんか内輪で盛り上がってるだけじゃんって言われるのに対してどう出していけばいいのかなっていうのも課題かなっていう風にも思います。 ま、事実としてやっぱり、ま、帰還する人 がい、あの、増えないって報じられて しまうメディアにそう切り取られてしまう ことは、ま、それも、ま、事実だしうん。 まあ、あるいは、まあ、移住者の方が来て るっていうところと、ま、でもやっぱ絶対 量全然足りてないんじゃないの。ま、 少なくとも行政を運営するっていう意味で はって言われてしまえばそれもそうかも しれないという中で。うん。ま、で、 2030年ぐらいまでのおそらく、え、 復興バブル的なものがえ、続いてるところ で、ま、保ってるものも厳しくなってくる こともあるんじゃないの リアルな課題がある中でどう おっしゃる理想を回していくのか、あの、 多分うん、一般多くの方と全然違うことを 言うかもしれないですし、逆説的というか ううん。多分その時に多く言われる KPI ってやっぱ経済的な指標だと思うんですよね。 私は最近すごく思ってるのはやっぱり文化が経済に先立つと思っていて、その魅力ある文化を作れば人が都う。 うん。 で、人が集めば経済が回るっていう順番だと思ってるんですよ。今ってやっぱり経済の日は先に来るじゃないですか。 うん。うん。 でもなんかこれから産業の精水のサイクルが今までより遅くなること絶対ないですよね。多分加速的に上がっていった時に うん。 どんな産業を作ったって多分そのサイクルは絶対早いと思うんですよね。うん。 それは反動体であれ、え、 AI であれ、何であれ、英語を続く産業ない中で うん。 その産業必要絶対必要ですけど、そこを作っても文化がなかったら うん。 その産業が終わった瞬間地域終わるっていうですね。 うん。うん。 それは、ま、我々鉄候産業でも何でも地域ま散々見てきてるわけじゃないですか。だからより大事なのってももう少し基盤は文化なんだと思っていて [音楽] うん。うん。 で、そこはすごいスケールする産業とかじゃなくてもまずその基盤がある。 うん。うん。 で、その上にもちろん産業が乗ってる必要あるんですよ。 うん。だけどより本当にサステナブル うん。 なコミュニティ地域をどう作るかってこと考えるとそっちの文化 うん。 の方がさっき福止君も言ってたのも聞いててすごいシンクロしてるなと思うんです。そっちがやっぱり基盤になるんじゃないかと思っていて うんうんの方が強いと思ってるんですね。 で、そうすると、じゃ、じゃ、言ってる文化その KPI って何なんだって話になってくると思っていて、 で、私はさっきそこで思ってるのはやっぱり自由の指標みたいなことだったり うん。 あの、自己表現の指標みたいなものの方が 経済的な指標の前に大事なんじゃないかなと。 [音楽] うん。 あとはもう少し言うと、ま、よく言われてることですけど、幸福度、もしくは幸福量みたいなこと。 うん。うん。 そこでその人たちが主観的に幸せだと思ってる状態ができていたら うん。 多分人は来るんだと思うんですよね。 おっしゃることをね。いや、さっきあの午前中ロ許やってたんですよ。えっと、街歩きをしてそれをあのオンラインで見れるようにということで、ま、織田も回ってた時にあのもう話したんですけども、えっと、社会学でクリエイティブクラス論っていうのがあって、 20 年前ぐらいに提示された議論で、あの、おっしゃってることを、あの、証拠付きで示しています。 お、え、3つのT とって、え、タレント、テクノロジー、トレランスなんですね。 なるほど。 才能ある人間がいて、で、テクノロジーなら中らの技術があって、で、小だったら例えばあの繊維系の話とかが昔からあって、え、で、ま、今そこにさらにガラスの技術とかもちろんエンジニアの人も来て、で、え、観差がうで、そういうのを地方でなんかあいつなんかシれたことやっていたとかってやらないでちゃんと受け入れてくっていうのをやってる。 え、結局経済的には伸びてますよっていうのが、ま、 20 年前くらいから言われていて、か結果的にそうなってで、そうなんですよ。じゃあ、そ、なんでそれをわざわざクリエイティブクラスの人が必要だっていう議論が都市社会学で流行ってるかっていうと、やっぱりそこまでの都市社会、都市の作り方っていうのは、ま、アメリカの例えば四角の作られ方とかもそうだったけれども向上バンってできます。で、そこで人がわッと働けます。で、行政とかも大きくなります。で、そこでもまた人がわった働きます。 で、そこで色々ぐるぐる回って、え、生産 と再生産起こってっていうので社会が良く なりますよっていう話じゃもう成り立た ないよね。 少なくとも先進国はねっていう話。ま、だから日本だったら例えばクリエイティブクラスとかあれ地方でもなんか行けてる感じで人がどんどん引き寄せられてでクリエイティブクラスはもっと住みたくなるっていう話かなってあの学問的にまとめちゃうといあのそうなんですね。最後のトレランス許容度 はい。うん。 観性みたいなめちゃくちゃ重要だと思っていて うん。 やっぱり今まで地域から都市に人が流出していったのってここが決定的だと思うんですよね。 うん。で、もう1 個はやっぱり文化だと思ってんですけど、やっぱりその地域にかっこいい魅力的な文化がないかつ自由がない。締めつけられるで、東京はその自由があり、文化があるっていうことが多分その地方から都市っていう同線の背景にあったと思うんですけど、これが逆にだったらベクトルが逆になると思ってる。 うん。で、今別に東京実はそんなに自由かって自由そもそも日本相対的に低いわけで うん。 あの、東京よりも共容度の高い文化みたいなことを作ることができると思ってますし うん。 あともう1 個はその私はワクワクって言ってるんですけど楽しいでそれはあの うん。 かっこいいみたいなこともあるんですけどでもやここ 4年ぐらいずっと色やってきた。 で感じてるのは1 番何にワクワクすんのかなって言うと うん。 自分がやってる時だなと思っね。 うん。うん。 その人にやらされてることよりも、ま、自分が思いついたことを うん。実行できるっていうことが1 番こう脳内物質るっていう感じが あって、もちろんなんかかっこいいことに憧れるみたいなのもあるんですけど、どっちかって言うと別にちっちゃいことでもいいから自分がひらめいたこといいなと思ったこと思いついたことを表現し実行できるっていうやっぱりその当事者取みたいなことがそのワクワクに直結してると思って う ま、それはあのウェルビングの中でもあの言われていることではあるんですけどなんかそれを最大限にするっていうのがあえて言えば KPIみたいな話をするんとやっぱそこが 1 番さっきのタレントテクノロジーレンスの [音楽] 3つのT うん加えるとすればなんかそこら辺はあるのかなという風に思って うんいますね。 もしかしたら、ま、紐づいてるのかもしんないんですけど。 うん。 そうね。あの、ま、その主体性というか自分でやってる感っていうとこですよね。それが、ま、東京だと多分資本主義的な競争があまりにも激しい中で主体的にやって勝ち続けなくちゃっていうところと、こっちだと多分いろんなものが不足しすぎて自分でやらんと回らんわっていうところかもしんないですよね。 実はそのそうおっしゃる通り余白が大きいっていうのもあるんですけどもう 1個すごくこうこっち来てみて感じたのは うん。 実はその手段が手に入りやすいっていうのはすごくあると思っては土地だったり [音楽] うん。 ま、土地が結構大きいですかね。あの何かをやりたいと思った時に圧倒的にやりやすいなっていうのはすごく感じて。ま、それやっぱり土地の価格が安いっていうのがうん。うん。 [音楽] ま、東京、東京ではこれできないよなってことを若い人がボンボンやり始めてるんですね。それはやっぱ圧倒的に固定費が安いってのがあって、ここのモトルネックがあの低いのはめちゃめちゃそのアイディア実行転換率を上げる上ではすごい強みだと思っていて うん。 で、今まではそれをどっちかって言うと文化が抑圧してきた。 うん。 で、そこが外れた瞬間多分めちゃくちゃやりやすくなると思ってるし、実際それが今私はルネッサンスって言ってんですけど、 若い人たちが自分たちのアイデアを社会に、え、提示実装し始めている。 [音楽] うん。 これは本当に希望だなと思ってな、それをなんか我々私はま、自分で自分もそれ 1 人のプレイヤーとしてもやりながらそこの若者のチャレンジやあの自己表現を徹底的にこう応援したいなっていうのすごく思ってますね。 [音楽] うん。うん。 一方でね、やっぱりじ今のフェーズだからこうあるしスタートアップみたいな地域にま、ならざるやなって。 で、でもそれがこうある程度固まってくる とで、ま、今まで正直なとこっこよさ みたいなジャブジャブ来てるっていう現実 もあるで、そういうのがもうある程度 止まってきた時に、ま、昔ながらの地方の しがらみみたいなものが出てきたりとか、 ま、もちろん担手不足の問題で、ま、疲弊 する、ま、ブラックロード的なものは かなり改善してきたにしても、ま、実際 発生するかもしれない。っていうような、 ま、今後起こり得る問題っていうのも 踏まえながら説教していかなければなら ない。 こっからの数年かなと思いますけど、そういったことへの課題感みたいなかでしょうか? それあの、元々やっぱり三陸からうん。 岩手宮から活動始まっていて福島に入ってくるのが遅かったんですけど、やっぱり岩手宮のプレイヤーとずっと話していたのは [音楽] 5年目、ちょうど思い出すのは5 年目ぐらいに あの、みんなが言い出し引力っていうことを言い出して、その地域が復活してくると地域の引力も戻ってくる。 っていううん。 言い方を結構東北でみんなでしてたんです。それは何かっていうとやっぱり足を引っ張るっていう悪い意味の引力ですね。 うん。うん。 人を引きつける引力ではなくて やっぱりコミュニティが復活してくると共にその元々あったあの、ま、日本のローカル特有というかの うん。 え、出るを打つ、え、目立つやの足を引っ張る、後ろから打つ みたいなことが明確に戻ってきたって言って うん。 地域のリーダーたちがみんなそこで疲弊をしていく。で、そこにちょうどやっぱりおしれな資金がなくなる 中で引力が戻ってくるっていうものはすごく聞いていたし見てきていて やっぱりそこをどう乗り越えるかでその時やっぱり 56 年っていうのが多分あの非常に重要な多分タイミングになってくるしあとはこっから復興がなくなっていく [音楽] うん。うん。 こ時にどうなっていくかすごく重要だと思っています。 うん。 なんでま、ノーマのにはあえてあの野が満しでも公的補助金はあのに頼らないしようと民間だけのお金でやっていこうっていうことを やっていますし 実はでも私はあのそういう意味でそのあの谷を福島は乗り越えられる うん。可能性は実は大きいと 思っていて それはま、非常にこれは難しいんですけれども地域の引力みたいなものが実はあの [音楽] 言て三重よりもま、低い 小さいという風に見ているていうとこありますね。うん。うん。 例えばどういうところがそうですか? それはですね、ま、これ非常にセンシティブな問題になってて、金もあのいい面だけではないですけれども、 えっと、圧倒的に移住者の割 うん。 もダト高いですね。多分統計的に多分日本で 1番高いうん。地域ですよね。 うん。うん。うん。 で、やっぱりすごく私が江町に移住をして感じたのは地元の帰還した方々のポジティブさ、 うん。 うん。前向きさ、ま、私がそのやってきたものみたい。私、あの壁画を移住した年に うん。 やってんですよね。人でも移住した年にやってるんですよ。移住してすぐ うん。人の地で人手を色塗って巻くとか うん。 駅前にでかい非常に派手なアートを飾るとか、ま、普通の伝統的なコミュニティの絶対に村八部だと思うんですよね。 で、それをやっぱり許容するっていう 人々があの帰還して町の中心で町を作っているやぱそれはもう多分ちょっとやっぱり岩手宮とは違う構造になってきていて うん。 そこにすごい可能性を感じているし実はこの後上君が出るんですかね。あの双葉でもこの前あのうん。 新しいアート農場を 買い、あの二の方と一緒に作ったんですけど、そこであの アートの看板を出したんですけど、それが非常にアバンギャルドな看板だったんですけど、 私が驚いたのはその看板よりも それを除してみた時の蝶長や集まった町の方々の反応 普通だったら何これっていう反応してもおかしくないんですよ。 うん。でもそん時に長や民の方々が、 え、いいじゃんって言ってるのを見て、 あ、この町すごい希望があるなと思ったんですよね。これを許容でき、さっき言えばトレネランスさに うん。うん。 これを受けられる町って絶対ある。 あの、人が来やすいしあの うん。 未来があるなっていうことすごく感じ うん。 たので、ま、そういう意味でやっぱり福島はうん。 大きいのは避難指示がかかったっていうこと。 うん。が1つでさらにもう1 個大きいと思ってるのは全員がマイノリティ経験をして戻ってきてるっていうのが 1 個大きいんじゃないかと思って。そんなのって日本の歴史で うん。 のコミュニティの歴史の中でなかったことじゃないですか?みんなその土地に生きてきてコミュニティを作ってきて、え、非常に同性の高いコミュニティをずっと作ってきた。 [音楽] そん中で地域って 1 回全員が外に強制的にデレザルはなかった。これはもう本当に悲しい。あの本当に辛かったと思うんでそれを 良かったとは到底思わないですけども結果的にそこで非常に思いを持ってそういう辛い経験をした人が戻ってきている場所だっていうのが うん。 ものすごく特殊な環境を作っていて、 私はもうここがその新しい日本のローカルの形を作れないならもう日本は終わると思っているぐらい ここに希望を見ているっていう感じですね。 うん。うん。ありがとうございます。 ま、今日は服ものとのこともね、関わったり、海外も色々行ったりでも、ま、その時も軸足を福島に置きながら色々関わって、ま、そこの往復をしながら還元できるものとかパジアップできるものをしてる。 そうですね。 そこのやっぱり教会戦も相対化していくっていうか、国境もあのローカルとローカルが繋がっていくっていうこと [音楽] も福島からやっていきたいですし、ま、野はむしろ、ま、ずっと応援されて支援されてきた福島がこ手を差し伸べる側に回るっていうことが我々のその精神の復興みたいなものにとっても非常に大きいと思っていますし、野はで、 [音楽] 別の資金席だとは思っていて、今日はま、時間ないですけど、 ま、そこを福島と野が一緒にやること。 すごくあの意味があると思ってあえて今度と はい。繋がってるということですね。 どこ?あ、これそう。はい。 ノトノットアローン。 これあの ノデザイナーの方が作ってるんですけど うん。うん。うん。うん。 ま、まさにこの精神で うん。 あの、ま、こういう経験をした福島だからこそ絶対にの党を 1 人にさせないみたいなことはすごく今のこのコミュニティの中に共通にあるしうん。うん。 あの、もう本当に福島と野党すごい人が今もう生き勝ってるんですよ。で、コミュニティが地理的なその制約をこうやって繋がって完全になんか一緒になりて、 なんかそういう新しいローカルのあり方みたいな ものもすごく意識してやってきてはいますね。 うん。ありがとうございます。 お時間な中で川上さんやあと昨日若手の方たちがそこで飲み会をやっててそのロケもさせていただいたんですけど、あの今回収録じゃなく是非次回収録でお声かけさせていただきたいと思いますが、なんか感想でも質問でもあるでしょうか?な んでもいいですよ。です。 すごい自由でいいっす。最後 どうでした? あ、でも改めて大事さんの話聞てたの僕はすごい嬉しかったところもありますし、それこそあの除幕式のところはありません。そう、 あのそう。 この人がこのアートをぶち込んできたんで。 うん。 そうですね。あのハワイハワイアンズって書いた実寸台の はい。はい。いや、結構バズりましたね。 そうですね。やらせていただいた時に うん。あの、本当に女幕した時心臓飛び出 ちゃうんじゃないかっていうことを大さん と危惧していたんですけれども、実際それ やってみた実践アーティストの方にもこれ どういう思いですよ、作ったのかところも お話いただいたところも含めてなんかこの 町にあることの意味であったりとか シンプルにみんなの集まる場所としても いいよねみたいなところでポジティブ 受けれていただいたのはこの町の方々の すごい温かさであり、ま、僕がこの地で 活動をしたいなってきの理由でもあるなっ ていうところ思いました。 いや、本当あれを受け入れる民ってすごいと思いますよ。普通ま、当然二葉って出ると思うじゃないですか。双葉町で作ってる農場。双葉一言もなくてハワイとハワイアンズって書いてあるんで [音楽] うん。 めちゃくちゃドキドキしながらやったんですけど はい。 いやあ、すの方々すごいなって思いました。 うん。福島文明ついてない人には受け取りきれない話。 そうすいません。 しないですけども、あのでもなんかすごいっていうことはね、伝わればと思いますし、ま、あの、高橋大夫さんいつまでやるみたいなどんぐらいのスパンでま、考えて、 あ、 別に残る残んないとかそういうレベルじゃない? いや、もう私はもう最高に今ワクワクしてこの地域でやってて うん。 今この地域以外あんまり考えられない。 なるほ。 なるほど。まだまだやることいっぱいある。 もうはい。 あの、骨埋めるつもりできてるんで。 なるほど。 その覚悟が必要とかいうこと全く思ってないですけど、自分個人は、ま、楽しいから ここにずっとい続けたいって本気で思ってますね。 はい。はい。 ありがとうございました。今日は高橋大事さんに来ていただきました。ありがとうございました。 ありがとうございました。 戦

福島県双葉町に誕生したF8スタジオを拠点に発信する「F-BIKEチャンネル」 。
トーク番組「福島会議」では、福島で先端的な取り組みの実践や、課題解決のために心血を注ぐ方々をゲストにお招きし、「これまで何が達成され、これから何が必要か」を対話を通じて共に考えます。

第16回は、一般社団法人NoMAラボ 代表理事の高橋大就さんをゲストにお迎えし、MC開沼博が深掘りします。ぜひ!

◼︎出演者
高橋大就
川上 友聖
開沼博

◼︎テーマソング
Ziv Moran 「One More Time」

#福島 #双葉町 #東京大学 #アカデミズム #震災 #復興

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