ゲスト:杉浦佳子選手(パラサイクリング)

[音楽] 番組アンバサダーの市川団十郎白炎です このコーナーは毎回1人の障害者 アスリートチャレンジドアスリート及び 障害者アスリートを支える方にスポットを 当てスポーツに対する取り組み苦労喜び などを伺いますパラサイクリング杉浦子 です杉浦子選手1970年生まれ静岡県 掛川市出身の53 歳薬剤師の仕事をしながら趣味で トライアスロンに挑戦していましたが 2016年自転車のロードレース中に転倒 工事の機能障害などの行為症が残りまし たその後パラサイトを始めると短期間で 目覚ましい成長を遂げて2021年の東京 パラリンピックでは女子人ロードタイム トライアル女子個人ロードレースの2種目 で優勝50歳での金メダルは日本の パラリンピック市場最年長記録でした今年 行われたパリパラリンピックでは女子個人 ロードレースで連覇を 達成自身の持つ金メダル最年長記録を53 歳に更新しまし た杉浦選手が自転車競技を始めたきっかけ はこれはですね元々トライアスロンをやっ ていてでヒルクライムっていうあの自転車 で富士山を登るレースに出てその表彰台で 知り合ったお友達にロードレースを一緒に 走ってみませんかって誘われたのが きっかけ ですところが2016年練習の一環として 出場した自転車のロードレースで杉浦選手 は 落車大怪我を追い事故直後は工事の機能 障害のため記憶がかけている状態になり まし たそれがですねもう全く記憶がないんです 意識が戻った時には自分の親すら分から なかったっていう状態だっったのでなぜ 怪我をしているのかも分からなかったです あ今はあのほとんど記憶がある状態なん ですけれどもその当時の事故の前後の記憶 そこから数分は今でもない ですそんな大怪我をしながらもう一度自転 車に乗ろうと思った理由 は怪我をしてしまったっていうことで いろんなお友達からあのメッセージとかを 頂いたんですけれどもそういった中で 楽しかった記憶だけが蘇ってきたというか もう一度楽しかったあの仲間と一緒にい たいなっていうそういう感じでした 再び自転車に乗ることについて止められ なかったんでしょう かあのドクターからは3半期間も損傷して いたのでもう自転車には乗れないからねっ て言われました3ヶ月ぐらいした時にもう 歩くのはだいぶ歩けるようになったので これ外でも乗れちゃうんじゃないかなと 思って乗ってみまし た実際に乗ってみると3期間が壊れてため なかなか曲がることができませんでし たそうですどうやって曲がっていいかが 全然わからなくてであのドクターに聞いた 時に目でバランスを取りなさいって言われ て割と目のトレーニングとかをリハビリに 取り入れてでそれも含めて自転車に乗り ながらここを見て曲がるんだっていうのを 立ってもらって私が曲がる角度のところに 行ってもらうようにしてコチにそれでこう 曲がる練習をしていったという か杉浦選手の回復ぶりは医師にとっても 驚きだったよう です脳細胞は壊れているところは治らない んですけれども壊れていないところで今 まで使えてなかったところにあの酸素行き 渡らせて新しい回路ができたから喋れる ようになったり記憶がちゃんと残るように なったんじゃないかっておっしゃってまし た2017年 杉浦選手はuciパラサイクリングロード 世界選手権に初めて参加タイムトライアル で優勝して一躍注目を浴びまし た初めてのワールドカップに出た時には私 のカテゴリーの選手が4名しかいなかった んですよでそれでそのうちの3位であの 終わってで1位の選手とはかなり差があっ たのでやパラリンピック の世界ってすごいなって思いましてでそこ で私も頑張ってみようかなって思いまし たそれまで薬剤師をしながら競技を続けて いた杉浦 選手パラリンピックを目指すにあたって 勤務形態に変化はあったんでしょう かコロナの2020年の3月からですね そこからはあのもう出社をしなくていいの で競技に集中してくという形になりました そこから競技に完全に集中させてもらえた のであのそれがすごく大きかったなと思い ます競技に専念した効果 はやはりしっかり指導してもらえたので あのコーナリングとかあのそれまで本当に 怖くて曲がるのも怖かったのにコーナーが とても気がついたら割と早い方になってい たっていうあとはトラック競技でもあの 走り方が分かってペース配分ですとか フォームですとかあのライン取りですとか そういうところもあのかなり成長したなっ て思い ます40代になってから競技を本格的に 始めた杉浦選手年齢との戦いも大きな課題 でしたでも40代でも他の選手と比べると 疲労感っていうのはなんかな抜けないなと 思いましたコーチに言われたのが若い人に 勝てないのは金力と疲労回復力だって言わ れてそこからはかなり疲労回復に力を注ぎ まし たコロナで東京パラリンピックの1年延期 が決まった時はどう思ったんでしょうかあ 終わったって思いましたっていうのは本当 に毎年新しい若い選手が入ってくるんです よねから1番最初に私が2017年の5月 に出た大会の時には私のカテゴリー4人 しかいなかったんですけど回を重ねるごと に人数が増えていって若い選手が出てきて その若い選手がどんどん記録を伸ばして くるそれを見ていたのであと1年延期し たらあの子たちどれだけ早くなるんだろ うって思って自分が多少頑張っでちょっと 早くなったぐらいではとても叶わないん じゃないかっていう不安が襲ってきまし た2021年東京パラリンピックに 出場初めての大部隊に立った杉浦選手まず 最初はトラック種目でしたえっと私初日の レースだったのでメダル第1号を目指して ましたその直前 であのトラックのタイムがすごく良くてで あのコーチも行ける ぞってトラック種目では最終的に5位で 決勝に進めなかった杉浦選手ロードタイム トライアルではどのように気持ちを 切り替えたんでしょうかそうですねロード タイムトライアルは本当にあの1人でやる 競技なのであの自分との戦いになります そこもコーチに言われた通りのパワーで レースをコンプリートできたなって思って ます金メダルだと教えてくれたのは ライバルのアンナ選手でし たあの稽古が金だよってあの教えてもらっ たのであありがとうて言っててあんなはっ て聞いたら私がセカンドプレイスって言わ れて2人ではぐしまし た本当に金メダルと知った瞬間の心境 はなんか本当にほっとしましたあの時は 私が金メダルを取るためにっていうことで あのサポートしてくださった方々が いらっしゃったのでその方たちのためにも 何としてでも最低限メダルできれば金って 思っていたのでもう金メダルが取れて よかったと思いまし た次のロードレースは3日後こちらは どんな心構えで望んだんでしょう かその表彰式が終わった後に私がお世話に なっていたメンタルトレーナーさんから すぐLINEが来ましておめでとうでも すぐ気持ちを切り替えなさいて言われたん ですねでもうその日のうちにあのロード レースの戦略をコチと練りまし たロードレースでは日本パラリンピック 市場最年長となる50歳でのメダル獲得も 話題になりまし た経験値っていうのもあったのかなと思い ますありがたいことにもう実業団レースを 走らせてもらったのでそこで本当に健常者 の女性の早い選手の走り方を見てこうされ たら嫌だなっていうのとかもコーチとも レースを想定した練習っていうのをよく やってもらっていたのでコーチにやられて 嫌だったことをレースでやろうみたい ないい意味でのつこさが身についたという ことで でょ本当にそれは思いました最初の頃自転 車始めた頃っていうのはみんなで一緒に 走ろうっていう感じだったんですけど いかにして最後1人だけ前に行くかって いうのがロードレースなのでそういうやり 方みたいなのは色々学びまし た東京パラリンピックで一区切りする考え もあった中杉浦選手が次のパリ大会も 目指そうと思った理由 はトラック ではパーソナルコーチをつけてましてその 方に2020年の秋ぐらいから指導して もらってたんですねでロードでメダルを 取れたんだけれどもトラックではメダルが 取れなかったのでトラックのパーソナル コーチの首にかけるメダルを取りたいなっ て思ったのが理由 です53歳で迎えたパリ大会年齢との戦い は 睡眠の質が悪かったりとか色々気をつけて いても疲労が抜けなかったりするのであの しっかりケアをしてもらうようにしたり ですとかあとはあの疲労 回復それに良いと言われるサプリメントを あの妹も薬剤師なのであのドーピング違反 にならないサプリメントを探してもらって それを飲みまし た薬剤師であることは競技をする上で有利 に働いたんでしょうかあそうだと思います あの実はパリー直前にも全速の発作が起き てしまったんですねで全速発作のお薬って 使い方を間違えるとドーピング違反になっ てしまうのでそのドーピング違反になら ないギリギリのラインのお薬を使ってなん とか全速発作を抑えてあのロードレースに 挑めたっていうのは薬剤のま知識があった からだろうなと思い ます杉浦選手は女子個人ロードレースで1 時間38分48秒で 優勝53歳でパラリンピック連覇を達成 できた要因は現地にあの来てくれた パーソナルコーチが他の選手のデータを あの色々分析してそこから戦略をもう一度 考え直してこれだったらメダルを狙える はずだから行ってこいと言われでそこで 気持ちをしっかり切り替えてもう絶対に メダルを取るっていうつもり で試合前はどんなレースプランを描いて 本番に望んだんでしょうかえっと2箇所 ぐらいちょっと難しいコーナーがあるん ですねそのコーナーの手前だけは絶対に1 番か2番であの自分が入ってで後続を置い ていこうって いう最後までギリギリのデッドヒートが 繰り広げられ最初にゴールをかけ抜けたの は杉浦選手でし た本当かって思いましたあと1周あるん じゃないかとか夢なんじゃないかとかあの 喜べなかったですすぐに は日本市場最年長の53歳で獲得した通算 3つ目の金メダルの意味はこれだけ多くの 人に支えてもらったんだなっていう重みを 感じまし た4年後のロスパラリンピックに関して は正直今全く考えられないそんな心境です ただこれはあの連盟との契約上今年度は 選手として頑張るていことであの契約をし ているので今年度はまだもう少し頑張って みてその時のタイムによって来年度の私の スタイルがどうなるかは今年度のタイム 次第だなって思ってい ますロス大会に出れば57歳になり ますでも本当に今回のパリはもう前半辛く て辛くてなんで私東京で辞めなかったん だろうって何回も思ったんですねだから この思いをロスでするのは辛いだろうなっ ていう風にまだそんな気持ち です杉浦選手にこれからの目標を伺いまし たあのま薬剤としてできるかかりませんが これまでの知識を生かして予防みたいな ことを皆さんに伝えていけたらいいなって 思ってい ますこれから自転車に乗ってみたい人へ 杉浦選手からメッセージです本当に自転車 の楽しみ方は人それぞれなので是非自転車 に乗ってみて欲しいなと思いますそれで どこかで会えたら是非一緒にライドし ましょうDET

2024年11月11日(月)〜15日(金)は、パリパラリンピックで東京大会に続き2大会連続金メダルを獲得したパラサイクリング・杉浦佳子(すぎうら・けいこ)選手が登場しました。

1970年生まれ、静岡県掛川市出身の53歳。薬剤師の仕事をしながら、趣味でトライアスロンに挑戦していましたが、2016 年、自転車のロードレース中に転倒。高次脳機能障がいなどの後遺症が残りました。
その後、パラサイクリングを始めると短期間で目覚ましい成長を遂げて、2021年の東京パラリンピックでは、女子個人ロードタイムトライアル、女子個人ロードレースの2種目で優勝。50歳での金メダルは日本のパラリンピック史上、最年長記録でした。今年のパリパラリンピックでは、女子個人ロードレースで連覇を達成。自身の持つ金メダル最年長記録を53歳に更新しました。

事故からの驚異的な回復とパラサイクリングとの出逢い、年齢との戦いについて、東京パラリンピック2冠獲得の裏側、若いライバルたちに競り勝てた理由、パリでの激闘と最年長金メダル記録更新について、これからの目標など、杉浦選手にいろいろとお話を伺いました。

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