【地理雑学】巨大な水田平野・関東平野にぽつりぽつりと浮かぶ大都市。なぜそこで発展した?都市地理学はじめの一歩!/国道50号/関東地方/栃木県/群馬県/茨城県
国道50号を走っていて気付くのです。水田と大都市が交互に現れてくる。なぜここは水田なのに、なぜあそこは大都市になったのか?地形や歴史が関係ある?という、都市地理学の初歩の初歩、はじめの一歩動画です。
他、バイパスや道路、町に関する小粒雑学も多数ちりばめています!
■■以下雑学、地理案内一覧
【道路地理】スタート地点と「結城バイパス」0:50
【都市地理学】なぜここ? 関東平野のぽつんと大都市「結城市編」2:02
【都市地理学】小山と結城は一つの街だった?現在茨城と栃木に分かれたわけ5:18
【バイパス】小山・結城拡幅7:27
【交通】何これ!? 畑のための陸橋がある街10:17
【都市地理学】いすゞの工場地帯11:07
【地質年代】似た山でも全然違う。赤塚山と、三毳山の誕生11:53
【都市地理学】唐沢山城とアウトレット! 佐野の「立地力」を地理で解く14:47
【バイパス】足利バイパス17:45
【都市地理学】足利市と桐生市繋がっている?18:10
【都市地理学】なんとも不思議なみどり市22:45
【バイパス】前橋笠懸道路24:13
【都市地理学】前橋、高崎、伊勢崎、群馬の大都市はなぜここにできたか?27:10
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19件のコメント
読み間違いや言い間違い、変換ミス、表記の揺れなどにはできる限り注意を払っていますが、雑学や画像の情報量が多く、また更新の都合上、デバッグに十分な時間が取れない場合があります。
もし内容を他でご紹介いただく際は、ぜひご自身でもう一度ファクトチェック・ご確認いただけますと安心です。
また、万が一誤りや気づいた点などありましたら、コメント欄で私や皆様と共有していただけるととても助かります。
あと、足あとにコメントも大歓迎ですので、ぜひ残していってくださいね~
以下、参考リンク
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国道50号バイパス事業
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000914646.pdf
前橋笠懸道路
https://www.ktr.mlit.go.jp/takasaki/maehashi-kasakake-douro.html
結城バイパス
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000921021.pdf
集落地理学/wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E8%90%BD%E5%9C%B0%E7%90%86%E5%AD%A6
今、日本で一番ホットな道路ですね。
1:50 新川島橋自体は1980年代からあります。令和5年に4車線化が完了しました。
(国土交通省の空中写真 1985年頃から存在確認出来ます)
結城バイパスの辺りは湿辺(しつのべ)と呼ばれて辺り一面ヨシの生える湿原で当然住まいには向かない土地だった。北は小山市だし意固地な商家が結城の殿様を経済的に支えた自負があり立ち退かなかった。仕方なく湿辺にバイパスを通したというわけ。また東京の真北というのは地元では東経140度線という認識があるかもですね。小山氏と結城氏は親子関係で中間の中久喜という城跡には徳川埋蔵金伝説があるのは有名な話。小山氏が結城氏に滅ぼされたのが七夕の日、だから小山市は未だに七夕まつりはやりません。
なぜ その場所が都市になったが分かりました。
桐生領を治めた後桐生氏は藤姓足利氏の支流佐野氏の流れ。源氏ではない。
群馬県民ですが、年に数回水戸、常陸太田、鉾田、つくばみらいの方へツーリング・ドライブに出かけますのでそれなりに知っていると思います。
佐野の唐沢山城には、江戸で大火があった際に城主の佐野信吉が江戸の家康のもとに駆け付けたところ、「ずいぶん早かったな」と言う家康に「城から江戸の大火が見えたので駆け付けました」と答えたところ「山城から江戸を見下ろしているのか」と怒ってしまい、唐沢山城は廃城になり平城の佐野城に移ったという伝説が残っています
実際に唐沢山城跡の唐沢山神社からは、空気が澄んでいれば東京の高層ビル群が見えるので江戸で大火があれば本当に見えたでしょうね
鬼怒川以西はかつては茨城県ではなかったのです。常陸国でなく下総。このため茨城県は県西地方は発展に力を入れていないのかも知れません。この辺りは栃木、下野であった時代もあります。県西地方は水運ですね。横の連携でなく縦、南北の連携の方が強いです。
小山の城南のあたりは昔は畑が一面にひろがり、民家がポツポツの状況でした。また、火葬場もあるような辺鄙な場所でした。50号バイパスが完成したあとに嘘みたいに発展しました。決して街なかに無理にバイパスを通したわけではありません。あと、結城〜群馬にかけては基本的に養蚕業(桑の栽培に適した土地がある)、織物工業(絹糸を使って衣類を作る)が盛んで、明治〜昭和にかけて外貨獲得に大いに貢献しました。経済的に産業が成立する地理的条件を備えている、というのも都市が発展してきた要因かと思います。
小山の名産品に結城紬が何故?と思っていましたが、、、お隣さんはご兄弟でしたかー
静岡県在住です、北関東は最近高崎迄行く用事があったので訪れたのですが、本当に広いですねー
山が遠方にしか見えない!!
関東平野というのは呆れるくらい広いので地図で観ていてもピンと来ませんでしたが行ってみて実感出来ました、なつきさんのナレーションも柔らかくていいですね
コレからも頑張ってください❗️
小山市を通過するさい国道4号バイパスとの交差の説明があった所はたぶん新幹線との交差だと思います、4号バイパスは小山市に入る前に交差します
国道50号の終焉にして出発点である群馬県庁に衝突するエンディングを期待したら、そのはるか手前で国道17号の誘惑に負けるとは情けない。
しかし こんな道路が出来るのに 交通税を獲る 自民くたばれ 何でも税金 無能な奴等 昔ガソリンは 50円だった 昭和中期
関東平野の中にぽつんとある都市は元々は香取海の中にあった島のような場所だったのだと思います。
結城市も奈良時代から人がすんでいましたので当時は香取海の入り江の奥のにあった町といった感じだったのでしょうね。
7:29 小山市街地中心部は、1980年代まで、駅前およびその北側でした
1990年代小山結城拡幅が完了する寸前まで、今の結城(この動画の3:00〜)ぐらいの感じでした。
2000年代以降市街化が進みました。
動画もそうですが、小山~佐野はみんなカッ飛ばしますね
深夜・早朝は北関東道より流れが速いんじゃないかと・・・
122号との重複区間は片側3車線にしてほしかった。
せっかくバイパスが出来てもロードサイド店舗や周りに工業団地が出来たことで信号がやたらと増え、
更には122号からの車も捌くわけで、片側2車線では渋滞になるのは当たり前で信号増やすなら車線も
増やすべきだったと思う。