酷道? 旅情あふれる船で渡った国道336号 旅来渡船 豊頃町 北海道
道東の豊頃町、ここに1992年まで、国内最後の国道の渡し船?がありました。旅来渡船場があった現地に行ってみて感じた後悔と旅情。
〇画像出典
・旅来渡船「十勝川写真で綴る変遷」企画編集委員会編 ; 北海道開発局帯広開発建設部
河川環境管理財団1993
・(昭和30年 十勝川茂岩渡船)
目で見る帯広十勝の100年 郷土出版社2003年
〇音源出典
・Free BGM 魔王魂
[piano38]
https://maou.audio/
・Free BGM 甘茶の音楽工房
[Flare]
https://amachamusic.chagasi.com/
〇効果音ラボ https://soundeffect-lab.info/
〇使用機材 GoPro9, Insta360 onex2
〇おすすめのチャンネル
・44ヤマグチ @44yamaguchi
道内の廃道を中心に配信、情報交換させてもらってます。
・キッドマン北海道探索 @キッドマン北海道探索
北海道の町並みや廃墟の探索など、フットワークがすごいです。
・どらへび dora hebi @-dorahebi
道内の道のドラレコが助かります。初めて走る道はここで予習。
#北海道旅行
#北海道ツーリング
#豊頃町
10件のコメント
『←まわり道 22km』のインパクトよ!。当時のるるぶやマップルには一切案内がありませんでしたが、地元道新発行の地域別ガイドブック「十勝」には写真付きで紹介されていました。
乗船したことはありませんが、ダート時代のナウマン国道も含めて渡船現役時代に2~3度訪問。そのうち2度は友人同行だったので、サイドに「開発局」のペイントがされたボートの前で記念撮影したり、見た目よりしっかりしたワイヤーロープをつかんでみたり、ちょっとした穴場観光気分でした。この十勝川右岸の道路には食べるところや商店が全くないので、回り道走行中はヒマでしょうがなかったです。旅来ではない対岸側を取材する人がほとんどいないので、是非次回☺
もっと大きなモーター付きの船かと思ってました。
ロープを引っ張って(伝う?)船を動かすなんて結構コツが必要だったんじゃないですかね
Hayabusaさんお久しぶりに書かせてもらいます。旅来の渡し船、懐かしいです。90年ころ行きました。旅来渡し船は他の北海道探索者の方でまだ見てないです。記憶がほとんどないのですが、1:48この場所で自分も写真撮ってなかったかな?渡し船のおっさんに地元民以外乗せないぞと言われるとかありましたね。4:27いいなぁ女子ライダーは😸記念碑は綺麗ですね。いつ建立かな。Suさんの仰ってる当時のナウマン国道はいきなりダートが始まって、びっくりでしたが、道路は拡張工事中で広くて、オフロードバイク乗りだったので楽しかったです😸
こんばんは。
冬とかも渡しをやっていたのか気になります。大変だったと思います。
ありがとうございます
猛暑、大丈夫でしたか?
ここは知識として知っていました。
以前「酷道」のmook本で紹介されていました。メチャクチャ酷い荒れた国道の他にも青森の階段国道のような所も……
看板に開発局となっているのが、懐かしさを感じます。
昭和の時代とか開発局の職員は、北海道あちらこちらに転勤させられていたようです。
え~っ!動力ない船!腕の力だけで渡す!腕力が問われる開発局職員😊危険と隣り合わせ、ちょっとでも雨が降ったり風が強いと運行できなかったのかなぁ。現代では考えられない渡船場ですね。とは言え平成まであったとは!これは最近で1番驚き。
平成初期まで人力ボートの渡船が存在していたのは大変興味深くロマンがあります。
現在の航空写真と当時の航空写真を見比べると河川の幅が変わっているので遺構を見つけるのは厳しそうです。愛牛側にも行ったことがありますが、さっぱりわかりませんでした。
石碑が大事にされていることから、もっと知りたくなりますね。
ちょっと天気が悪くなると即欠航になったような感じですね。それにしても碑がやけにきれいです。
この辺りの堤防道路を車で走った時、快調に飛ばしていたらフワッと宙に浮いたことがありました。やばっ、落ちた!と体を固くしたもののストンと着地。どうやら道路の先が見えないほどの急勾配で河原に下る道だったようです。
バカなので何往復もして浮遊感を楽しんだ思い出があります。
お疲れさまです、渡船と言えば江別にもあったと思います。
手でロープを引っ張るとは…、ゲリラ豪雨では無理ですね!
渡船国道、廃止直前の平成4年10月6日に乗船しました。私のアイコンはそのとき愛牛側から撮ったものです。
当時は函館市に住んでいました。車で行っても乗せてくれないことを知っていたので歩いて行きました。
もう33年も前のことになるんですよね~。懐かしいです。