西林孝紘 /市役所職員 行政マン 自転車文化の創造に人生をかける 和歌山サイクルプロジェクト 放火魔並みの火付け役 #サイ録 #自転車 #ロードバイク

よいしょ。なんでもいいつも いいすか? はい。 いつもね、始め方だけね、めちゃめちゃ緊張するっていうか。 はい。 分かります。こんな感じ。どう始めようかなと思。 なるほど。ええ、でも、え、とりあえず静最初することなんだ決まってんの? あ、もう追い立ちからっすね。 あ、追い立ちから。あ、オッケー。とりあえずカメラ目線の方がいい。 最初はね、 とりあえず、ま、僕と喋ってる感じで全然いいです。 あ、オ、 基本か適当な方見てると思うんで、ま、それで問題ないな。 あ、全然問題ないです。 はい、じゃあお願いします。 いい感じに映ってます。もう取ってる。 あ、一応取ってます。 じゃあやりましょうか。 今回の最チャンネル、え、ゲストインタビューするのは西林早さんです。 はい。和歌山サイクループロジェクトの西林と申します。一応代表やってます。 和歌山サイクルプロジェクトっていうのはどんなことをされてるんですか? はい。ようわからんすね。 プロジェクトっていうなりになんかね、あの、 どんな手順を なんかね、もうあの ゴールがあってみたいな。 本当にこう話が長くなっちゃうんですけど、もう単純に言うと僕らはいつもこう目的を作っててで、その目的っていうのが自転車の文化を像するっていう パンパン言うてる感じぐらいあの盛り上がってるんですけどね。 そう、あの、自転車文化を想像するっていう目的を作って、その目的にあの挑戦したいというか、一緒に前へ進んでいこうっていう仲間を集めて自転車を面白くしていくっていうのがもう和歌山サイクルプロジェクトの目標になってるんです。で、本当にこの和歌山サイクルプロジェクトを作ったきっかけっていうのは結構昔からあって、で、元々 2011年ぐらいに僕、 11年だから、え、年、 あ、そう、それぐらいなのかな。そう、 14年前。ぐらいに僕あの自転車に初めて 乗ったてかロードバイクに初めて乗れる ようになったんやけどそれがえっと一応 ちょっと今もあの仕事はしてるんやけど その学生の時とかって自転車すごい乗り たくてロードバイク買いたくて買おうとし たんだけど結局高くてま、あの今も高いん ですけど当時もやっぱりロードバイクって 10万円ぐらいするのが当たり前みたいな ところだったんだけどなかなかこう買え なくなくてよしじゃあ働いて買える かかって言ったのが本当にこう30 に近くなるような年齢 はいはい だったんかな。そう、2位なってたから 11、そう、10何年前か今まで言ったら 30ちょっとなる前の20代後半の 方にやってようやく給料がま、ちょっともらえてで、あの、貯金も増えてきたんで、自転車買おうって言って買ったのがあの 2011年頃 で、その時に初めてロードバイクを乗って、乗ったのが 1 番最初やっぱり、あの、まだ当時はキノ川サイクリングロードじゃなくて、木ノ川の河川時期 うん。うん。うん。 うん。サイクリングロードなかった時代。 あの、景色は当時なかったんですよね。 そう。 あの、青い線がもなくて、ただ単にあの、 河川敷にあの装された管理用のこの河川管理用の道路があったんは。 そこで和歌山市で初めてあの和山市初めて表かしいんやけどあの僕があのロードバイク乗ったのがその和歌山市川河だった。 はい。はい。はい。 で、それがね、あの、奥さんと一緒にちょっとサイクリングをしたんですよね。その近くのあのソフトグリーブ食べに行こうっつって 食べに行った。そう、そう、そう。 サイクリングした時に僕、あ、これやって、もうほんまにこうビッと来たんで、なんかこのサイクリングするのってめちゃくちゃおもろいぞ。特にこの和歌山市やるのがおもろいぞって思って、まずは自転世はまった。めちゃくちゃはまった。 [音楽] はい。はい。 で、はまってどうしたかって言ったら、あ、なんか和山サイクルプロジェクトのあの説明して自分の説明になっちゃうけど いやいやいや、 あの、もうそのまますぐはまってあのむっちゃ面白いなと思って、次職場の人たちでやっぱ自転車をやってるグループみたいなのがあったんで [音楽] はい。 あの、すぐにそこの人らと、あの、一緒に飲に行きましょうって言って飲んに行ったのがもうその後すぐのなんか夏ぐらいだったんやけど一緒に それも何人ぐらいだったんですか? 何人ぐらいだ?6人ぐらいのグループで。 あ、もうその段階で6人ぐらいで そうで行くのが荒野さんみたいな感じでもうすぐ荒さんがいるみたいな 結構ストイックじゃないですか。 でもなんか片みんな 40 代のおっちゃんま当時から言たおっちゃんやしま僕も今 40代のおっちゃんやし僕 20代のまだ後輩が行けるわ。 あの、そんなちょっとこう、あの、中肉中前の人らには負けへんぞと思って一緒に行ったのが大間違いで、もう小屋さんどころが山の途中で はいはい。 全然登れやんくて。 ちなみにその荒野さんってどういう場所なんですか? 荒屋さんあの和歌山の1 番あの高いところの近くにある本当に和歌山のここ和歌山市から言ったら大体距離で片道で 50kmぐらい 結構あります。 登らないといけないけど、そのあの登る前の 30km黒山行くまで30km でヘトヘトやしそっから荒屋さんのか全然登れなくてでもう押し押し始めたんやね。ではい。 もう自転車を降りて、 そう、そう、降りて押し始めてで、これみんな帰ってくんのかなぐらいこう 1 時間ぐらい押してた上から小屋さんから気持ちを登ってきて降りてきた仲間たちが来てでご飯食べに行こうとか言いながらこう誘うわけがもうこっち足もプルプルやしもう全然面白くないしこれ嫌やなって思ったけどそま普通やったら嫌やもう [音楽] 2 度と乗るかなったんだけどやっぱり当時は若かったのもあって悔しいなと思ってよしじゃあ痩せてやると思って当時う 90何キだか?マックス97km ぐらいまで。 え、そんなに大きったん? そう。太ったんやけど。で、そこからあ、もうあの絶対に痩せたると思って 73kgぐらい2つぐらいで落とす。 え、 やばかった。もう そんなストイックな乗り方をしてしまったんですか? そ、とりあえずもう乗って食べない。乗る、食べない。乗るで無限に痩せるっていうのをやってで、えっと、そ、月 1000km ほう。 で、えっと、集合でジムで食べるのはプロテインとパンだけ なんかそれは大丈夫なのか。 やった。あの、すごくね、あの、一気に 20数k痩せたんで脱もはやばくて 20kgじゃんから90kmだから 70kmぐらいか。じゃ、30kgか 30km ぐらい出たんでも髪の毛がふわっさ抜けて ええ、 やばかった。 も絶対やったあかんなと思いながらその時もう自転車に乗りたくて仕方なかったんで、それをやったらやっぱり軽くなってで、もちろん 早くなって面白いなと思ってとその次の年ぐらいから鈴鹿の レースとか出始めて、ま、 2年後ぐらいにはなんかチームで 3位と4位かな、4 位になったりとかして、 あの夏のエンリーとか そう、そう、そう。夏の鈴鹿のレースで チームのやつで、 そう、そう。 めちゃくちゃもうなんか乗りまくって本当に毎月 1000km 当たり前みたいなとかその翌年え 2013 年ぐらいかなにあのよしじゃあちょっと東京行ってこうみたいな感じでキャノンボールとか挑戦したりってキャノンボール知ってる? もちろん大阪東京そうそうそう大阪東京あの一応ルールじゃ 24時間で行くっていうのがあったやけど 24 時間で単独でやったら多分行けそうやったんであの 3人グループで行けるかなと思って仲間 3人とく みたいな感じだって行ったんやけど、その時はその時で、あの、結構仲間さんにでくとトイレ行くのって全員が同じパターンじゃないじゃないですか。 俺行きたい、次俺行きたい、次俺行きたいになるんで全然前進まない。で、途中でもう、あの、もうこれ無理やなと思ったんで、 あの、諦めて、 あの、途中の名古屋過ぎて、あの、静岡、静岡の温泉でよし、オー入ろうとか言始めて、 おっと。 全然キャノボールじゃなかったんですよ。ま、走行してるうちに結局、ま、東京には着いたんやけど 30 6時間かな 結構かかってますね。 そうそう。だからあの24時間プラス12 時間ぐらい まあまあまあね入るぐらいなんで。 そうそう。かてついてでそのまま秋場に行ってあの漫画か王せみたいな感じで漫画買って帰るっていう。 しっかりどうやって帰ったの? 帰る新幹帰った。 めっちゃ早い。 で、これ自転車で言ったらめっちゃあの片道分浮いたんじゃないかなと思って後で生産したんやけどます。真夏に行ったんで はい。 コンビニ行くごとに飲みもんアイス氷買い続けてた。 はい。 えっと、片道連電車で帰ってくの大体 1万3000 円ぐらいかかる。新幹線台かかるんやけどしなも 1万円ぐらいかかってんで。 え、 食費でね、無限食品費で 1万円ぐらいじゃない。そう、 そう、そう、そう。 あ、チャーリンコで行っても一緒やなということが実感としてかったってぐらいこうなんか自転車にはまってた時代があってはい。 でもそんなに西林さんが幼少期ってどういう自転車の付き合い方をしてたんですか? もう幼少期もあれですよ。あの家が山の中なんですよ。 めちゃくちゃ山の中で今も住んでるのは山の中なんやけどその山の中で移動手段っても自転車しかなかったんよね。 [音楽] だいぶ勾配ありますけど、あの めちゃめちゃある。めちゃめちゃあるしうちとこの家の知ってる人は分かるけどめちゃくちゃ激坂であのママチャリで登れたらようやく免許回改伝って言われるぐらいあの僕何回も学生中そのママチャリで家から通ってたけどペダルを 3回ぐらいおった。 え、あのマチリペダル折れる? そう、折れる。 びっくりやけど、折れるペダル3 回ぐらいおるぐらいあの踏いまくって登らないと登れない坂の家に住んでるのが有名なところだけど、そのそこで住んでて 自転車っていうのも当たり前のようにあってで当たり前のように自転車で生活しててで途中釣りがはまってもう釣りばっかりしてたやけども釣りの移動しなんてこ 釣り道具を背中に担いだりあの自転車にくっつけたりして本当に今まで流行るよライダーのフィッシュみたいなことをずとも子供の頃当たり前のやってう たっていうのが学生時代でで高校生の時も釣りが好きだったんでじゃあ僕ちょっと美声釣りに行ってくるわつって自転車で釣りに行って 1 週間ぐらい帰ってけえへんみたいな。え、もうその頃から自転車好きやった。寝は そうでちょっと親父にちょっと琵琶湖行ってすり行ってくるわつって何しに行くんや。いや、ちょっと自転車で釣りに行きたいっていう。おお、どこで止まるかだけちゃんと教えてくれよっつって毎日あの報告だけして はい。 どこに止まってたんですか?その時 ユースホステルって はい。 あの、旅人が止まるやろみたいなのがあるんやけど、そこで止まりながら 1 週間拠点をこう移動しながら湖をで釣りして、で、最終日は琵琶湖からあの和歌山まで帰えるっていう ロングライドをやって 琵琶湖から和歌山までって何キ gある?200 僕の家から行くと150kmぐらい。 あ、ま、あの、じゃあ、今のロードバイクやったら全然やけど、でも当時は中学生 の自転車、ま、要はそのマウンテンバイクの偽物みたいな うん。 やつに釣り道具と1週間の服とあの積んで だいぶ行かれてますね。 そう、そう、そう。100km ぐらいな、なんか自転車になってるけど、それで 1 人でから帰ってくる。すごかった。それも え、その時はもう完全1 人で行ってたんですか?1 人で行ってた。 へえ。1人でも1週間てしながら そう自転車楽しでも基本なんかそんなことが好きやったんです。 で釣りも好きだった。 そうそう。で自転車も結局なんか好きだったというか結果自転車が好きな世界ができてた自然と はい。ま、もうねずっと活用して。 そう、そう、そう。今もそうやし、昔も そうやったっていうのがあって、で、そう いう走行してるうちにやっぱり自分が、ま 、ちょっと仕事で自転車に関われそうな チャンスがあるなと思ったんで、やっぱ 自分の今までの経験とかをこう和歌山市で 何かこう活用できたらなと思って、よし、 ちょっと自転車を盛り上げていこうで、実 はその政策研究の職員提案があって、ま、 職員提案で自転車を活用した街づりをし たい。言ったです。 そこからなんかちょっと学者じゃないけども自転車活用地みたことをやり始めたっていうのがようやくこうあの和歌山サイクルオブジェクトになる前の話 全身の話ちなみにですけどあのご職業は ご職業に聞てなかったあのこの町のあの市役所の職員やってる それはもう卒業後ずっと そうあのえっと本当にえ僕ら就職教学器の最後って言われてたんやけど あの 土木系 の人間で土木の大学行って最後土木の仕事ができるところ探してたらこの木の川筋で全然なくてあの和歌山市しかないなと思って和歌山市の採用試験だけが唯一あったんでよし受けようと思って受けたっていうのがピット そこからも ももう偶然本当に偶然分かりまし始めたのは だから本当にこの木筋でブド木僕の採用型そこに行ってたかもしれない そしたら今には繋がらない そう絶対自転車乗ってないとそのキノかサイクリングロードの全身があったからこそ僕は自転車多 大人になってやり始めたんで 本当にあの和山だからこそできたことだなと思ってます。 そんな思いがあったん。 そうそうな。 で、そこからま、自転車活用の方に変わるんです。 変わる。そう、変わるっていう話。 え、ちなみにその元々 90kmぐらいあったっていうのは どのタイミングなんですか? あ、でもえっと学生時代もこんなんですよね。体重が。はい。 あの、なんかちょっと、あ、なんか発作だけしか、あの、学生で貧乏だったんで、今月 8 作だけだみたいな感じでしたら、そ、大事コーンって落ちたりとか、 ま、あの、見るから人から見たら結構いい食建食べ物。 それは多分確かに家庭の事情というかいあの農家なんでとりあえずあの親父がこうガンって 8 作だけこう供給して自分のあの下縮先というかあのあのハツというかまあのマンションには 8だけ置かれてぜあもう 8作だけでええか3食みたいな感じずっと 8 ばばっかり食べてるっていうのをやったりとかしてたんで最初こんなんやったけどは市役所入った時は 80km ちょっとぐらいやったんかでだんだんだんだんこうスク と成長していて90何になって 身長もありますもんね。 そうでせっかくから 100kg行くかなと思って 行ったけど100km全然行かんくて はい。 その才能はなかったと。 そうそうそう。 そういうのなかったなと思って次痩せようと思ってガーンって痩せてずからも結局 78 年ずっと痩せてたんやけどなんかだんだん仕事というかそう自転車活用すればするほどこうデブっていくっていうのになって最近まだ 90ぐらいがあるっていう 活用できてないんじゃないかしなきゃいけないの言ってる人が活用できてない みんなに活用の提案をしようとすると自分が太ってくれでこ業界あるやろって僕はずっと言うてるやけどあのあぶ君もそうなってくれたらいいのになって思いや僕はならないですて言い続けてるんであ え、5年後お楽しみしてる。 簡単に大きくなれるんで僕も 素失はな、仲間で、ま、 体大きい人ほど自転車はね、結構ね、あの、早いっていうのを僕はあの、あるあるやと思うし、動けるし 活力があるんでね。 そうなんですよ。だから、あの、太りやすい体質の人ほど僕は自身乗ればいいのになって。で、実際絶対早いんで。太りやすい人ほど。うん。 で、僕は思ってます。 で、ま、でもね、そのレースで早くなりたいとかそこまでなかったんで、レースをやってたの本当に最初の 5 年ぐらいかなって感じで、そこからもうピタってやめてやんチな自転車の乗り方をしたんですね。 そう、そう、そう。もう、もうそこはちょっと大人なしいあの自転車を楽しむ方にこうフェイズが変わっていったっていうのが本当にその時代かなって。 それが何歳ぐらいまで? それが32 歳ぐらいまでの話でさ、30そう、23 まで一気にも自転車もう自分が盛り上がってそこれぐらいからピタって落ち着いたって感じ。 何年ぐらいだ?ちょっと待ってよ。1 回見させて。14。 そう、2015。5。 うん。5で10年前ですね。 あ、ほんまや。10年前。そう。で、10 年前に和歌山サイクルプロジェクト 11、え、9 年前かなにその次の年にあの和歌山サイクルプロジェクトを作った。 で、その政策研究っていうところで実はいっぱい勉強して職員提案なだったんで、あの、ちょっと、えっと、仕事終わりの時間とか休みの日とかいろんなあっちこっちにこう自転車勉強しに行こうと思行ったりとか島会行ったりとか して自分の中で目で見て感じて覚えようと思ってあっちこち行ったりとかいろんな話聞きに行って気づいたのが結局こう市役所とか行政だけで自転車活用なんかしても無駄だなっていうのは その限界があるっていう無駄かう があるっていうの気づいたんで、それはどういう限界なんですか? これね、あの、僕も今日はせっかく最録チャンネル話しに行くのにどこまで言おうかなと思ったけど、あの、この話をするときっと皆さんとのこの共感の部分は生まれてくるんだけど、なんかこう自転車活用に答えを僕はあんまり出したくないって思ってるところがあって、 あんまりこう言い切る気はないんですよね。なのでなんかこう伝えようとも思ってないってとこある。 ですけど、なんか結局行政の限界ってどこなのっていうところていろんな人らの意見が違うとこもあって [音楽] はいはい。 あの、あんまりこう正直言いたくない。 なるほど。あの、やんわりさせて やんわりさせて言うと、えっと、や、 1 番分かりやすいのはなんか担当者とか予算があって はい。 やっぱ役所の限界ってあるじゃないですか。 だ、3 年経ったら予算がなくなるんで、もう 3年後は来れないですよとか。 はい。はい。 あの、この後自装してくれるイベントにしてくださいねとか はい。 あるんですけど、元々自装しないやつです。絶対自装しないんで。 うん。 あの、何を売ってるか僕はようわからんかったんですよ。で、自分が行政だから余計にそう思って、 その頼み方ってあってるんかなっていうとこもあったんで。 あ、最初はもうじゃあ予算つけてこれやってください。で、 3年後には自分で回してください。 でもその予算は途えますよ。 そう、そう、そう、そう。 っていう条件でやってもできっこないよねっていうそのやってる人らはだってそのお金でやってたりとか逆にもう設けないでください。 うん。 あの、この予算を上げますから、あの、儲けずに、あの、市民のためとか、あの、観光客局のためにサービスを売ってください。もう儲けれなかったら無理やなと思ったんで、 ま、しかもそこに入ってきたいっていう人が そうな、現れない人から。そ、 そう。ブランティアでやってくださいって言ってるだけなんで、 自分、あの、その年は飯は食えるかもしれないけど、その次の年は飯食えないみたいな話だったらでダメだよ。 だからなんかこうやってることと言ってることが違うなっていうのとそのま伝えたいこととしては行業はハード うん とソフトはお金出せばできる話なんでそれをやったらいいと思うんですけどそれを回す役うんうん ていうのは行業行政で絶対できないな 行政担当者も変わりますもんね。 そう、そう、そう、そう。なんでマウス役っていうのは担当者、業生の担当者になれないよねと思ったので、これ民間の団体作らないと、民間で回していかないとダメだよねと思ったんで、和歌山サイクルプロジェクトっていうのを作った。 なるほど。それはもう本当に重いと意味意図があって そう。あとあの、いくら失敗しても怒られへんよねと思っねやたら失敗したら絶対ね、あの、それは色々あるじゃないですか。 なるほど。 税金使って働くことなんででも自分のお金とかみんなので出し合ったお金で失敗しても怒られないし、あの、よく言ってんのは、ま、捕まるギリギリのことして、あの、捕まった責任はもちろん取らなあかんでしょうけど、 あの、なかなかこうリスクのあることって役所の仕事じゃできないんで、それやってみようよっていうのが和歌山サイクルプロジェクトの目的でもあったっていう。うん。 ああ、 あるよね。 その最初のきっかけの部分でいくと そのイズムは全然今でも受け継がれてるなっていうのはこっちから見てただやんちゃですよね。 やってしまおうっていうのは今感じるな。 特にあのついこないだやった先月やったねあの和山クリテリムなんてまさに そうですね。 そうです。そのもリスク覚悟でやってる ところあったんやけど本当に楽しかったし 思い出に残ったし、あのもちろん行政の力 もお手伝いしてもらったのはあるけども ボランティアを全員市民の方とか市民じゃ なくてあの全国のサイクリストの方って いうのがあったりとかしてもう今日もね あのまだ来年もやるんよねって言われたら 言われたらなんかやりたくなってくる なんそう ねものがあるかなと思それがやっ文文化 なんかなって思いながら ていうのは、ま、ありますよ。 で、その和歌山サイクルプロジェクトが大体 2015年うん。 うん。そう、そう、そう。スタートして、そうです。 16年か。9年ぐらい。 どんな手順を踏んで、どんなステップで? これもね、あの、一応ずっと僕の中で戦略があって、さっきも言った通り、ハードとソフトは 行政とか民間、ま、ソフトでもできることやけども、そこを回す役っていうのがなかなか生まれてこないです。 回せ役をしたいっていうとこがあるので、基本的なスタイルはやったことないことやる。 やったことないことやる。 で、あの、もう1 個がなんでこんなことやってんのって言われるようなことをやる。 はあはあはあ。 そう。あとファンを増やす 大事ですね。 そう、そう、そう。で、この3 つを基本をなテーマとして動いてる。そ、目標は自社文を作ることなんで。 うん。うん。うん。 あのロードレースもそうやけどもそれ以外のイベントとかもろんなことをやってたりとか例えば年末掃除したりとかっていうのもやってるけど 1番メインとして1 番最初にやったのは鍋谷峠っていう山の鉄ぺで 和歌山と大阪大阪のそう間であの例えば島のレーシングプロのチームとかあとどっかできたマトリックスかなすごい練習で走る峠のてぺんの山頂何にもないね下あのさえ山降りた下にも何にもな 看板だけですよね。ダメた。ちょっと立派な、あの練習するにちょうどいいっていう山だけでそこの山のてっぺんでコーヒーを配るっていうのを やり始めた。それゴールデンウィーク中に ですか? ゴールデンウィック中。 あ、 毎日朝の、えっと、 10時、9時から9時ぐらいから9時から 11時ぐらいまで はい。はい。2時間か3時間とか9時から 12 時とかそパターンによって違ったんやけどでそれはゴールデンウィーク中僕あの毎朝 4 時に起きてであの荒野屋さん登って帰ってきてコーヒーを作るっていう生活をずっとしてたそもそも自分自身がその前に朝屋さんに [音楽] そうそうそうそうそうそうそうやっぱ それはなんでそれをやってたんですか? え、だってあのみんな登ってんの羨ましいから自分だて走りたいやんと思ったんで好きやからね自転車がなんでそんなストイック になれるなんかけどコーヒー配ってから登りに行くのめんどくさいじゃないですか。 いや、ま、 そうそう。じゃあお坊さんよりも早く起きてお坊さんのお経と共に荒野さん登って大体こうね、あの荒屋さんにコンビニがあるからコンビニの配送者と一緒にあのレースをする小屋さん登るのにめっちゃ朝から そういうことをこうずっとコロナまでに繰り返してやってて 34年かなやったんかなやって 結構やってたんですね。 やった。 そうやってでもう後半の方とかさ、ほ 3年4年後ぐらいになってくるとあの 1で100人近く あの峠に そう来るん用意になったんです。ほんまに何もたです。 へえな想像できない。 そうで2時間とかです。要は2時間で 100人くからもうえ 1分に1 人ずつ登ってくる感じ。はいはいはいはい。 そう。そんなぐらいこうずっといろんな人が来るんですよ。それも大阪と和歌山から同時に来るんで。 あ、そっか、そっか、そっか、そっか。 そう、こう登ってくる。 てかここで何が起きるかってなったら交流が埋まる。 あ、君面白いと一緒にここ行こうよとか、ここのカフェ美味しいよね。じゃあ一緒に行こうよとか。 そう。サイクリスト交流を生む場所にして、で、例えばじゃあマトリックスの人が上がってきたと。上がってきたら若いあのなんかちょっとこう俺は早いぜみたいな、あの、なんて言うかな。あの、ま君のなんだっけな。 中級車。 そう、中級車。中級者のやつがいっぱい来るよね。そこに本物の上級者が来る来る。 来る来たらあの準備した。お、じゃ行くかつって言って降りていく。山降りて行って、あの 1 時間後ぐらいに帰ってくる。上級者てくれ。そしたら中車が言いながらこってくるのが 分からされていますね。 そう。 これいいなと思って本当にそういうのが自然と生まれる環境を作ることが僕らのまね、本当の裏テーマだったんでただコーヒー配るだけじゃなくて、コーヒー配ったら何が生まれるかっていうのをあの自分の中のこうなんか狙いがちゃんと各書に変わる瞬間っていうのを作りたかった。 自転車のりどうしてもね、あの自分たちで固まりがちなんで 自分だけでも僕は超グループそれが間合う機会てそう。 コーヒーでこう生み出していこうっていうのでやってたりとかいや僕もコーヒー作って配りたいですみたいな感じじゃお前お前からお前が配れとか あの警察の人が来て君たちめっちゃいいことやってるから俺あの応援させてずっとなんか警察の人が応援してくれ目の前で応援してくれてちょっと怖いんだけどどういない なんかね違うことしただろうなみたいな大丈夫かな 捕まんのかなみたいなぐらい時とかとあったりとかいろんな交流が生まれたりしたなっていうのがあって そういうのキックにファン を増やすとかっていうのもやったりでその後何が生まれるかってやってくるとその下の麓元の喫茶店とかがサイクリストカフェって言い始めてサイクルラックめっちゃ置き始めて あのコーヒーありますのサイクルラックありますっていうのは自然と生まれる うんうん 環境が要はサイクリストが集まるんやみたいな鍋に峠にはっていうでその周辺でサイクリストの人たちがやっぱりあの僕らがやってない時はこうカフェコーヒーを飲んであの休憩されるっていうのはこうきっかけ地域の人らもそこであのう ウルをサイクリストの人らと一緒に商売ができるというか、こう経済が回るっていうことを組み合わせるっていう作業が自然と生まれるきっかけを作る。 なるほど。 ていうことやった。 あの、他もあの自転車教室とかもやったりとか、それも何年もやらしてもらったりとか どこでやってたんですか? これ、あのね、えっと、和歌山県の 自動車教習所 があって、そこを貸し切って、あの、県の、えっと、自転車競技連盟かな。 はい。 と一緒にあの自転車教室をやっていこうっていうことで はい。 あの、最初、あの、自転車店の方とやられてたんですけど、そこをちょっと僕らも手伝話してよってことで、あの、僕らも一緒に入らしてもらって、そっから一緒にもう本当それもます。 5 年ぐらいからずっと続け、コロナまでかな、ずっと続けて やってたっていうのがあって、 で、それもですね、あの、やっぱりちっちゃな子が、あの、もっと自転車を使えるようにってことで、最終的にはこうスポーツ選手、ま、ロードバイクとか競輪とかの選手にもなれるようなあのレベルに育てていくためのきの [音楽] 自転車教室っていうのを一緒にやらせ、 年齢対象とかは基本的には小中学校 だから比較的にこう自転車ちゃんと乗れてで、スポ ポツバイクとかにも興味のある子たちとかっていうのにあのブレーキのかけ方とかスラーローの走り方とか教習上の本当のバイクのやつですよね。 だからとミニレースとかやったれてる 教習所の中で 中で めちゃくちゃ面白そうだな。それはめっちゃ盛り上がった ていうのをやったりとかいうのをしてたですね。で、ま、走行してるうちいろんなイベントちっちゃなイベントとかもやったりとかもしてたりとか毎年末にはキノカサイクリングオード掃除しようって言って はいはい。あの、本当にもう勇志だけで、 あの、掃除する人集まれて掃除したりとか 、この掃除したらね、あの、ゴミ捨てんの に、あの、ゴミ捨てる処理場に持ってっ たら、お前ら、よそから拾ってきたゴミ やろみたいな言われて最初、あ、どう しよう、これやしいと思いながら、ま、 あの、そういう時、あの、助けて市役所の 人っていうことで自分市役所の人やと思っ て、こういう経緯でちゃんとやってるんで すって言って、ただ後でもらってやったと か後でもらって もうゴミと結構やこしい。 へえ。 そうです。そういうことを やったりとかもしたかなっていうのは思いではありますね。ま、でも本当にそういうことをしてたらきっかけの話とかっていうのは自転車での人とかその自転車が好きな仲間から言ってくれてでそこであの仲間を増やすっていう作業を色々やってた。その和山サイクルプ活動する中でで基本的にこの和山サイプロジェクトの作業への仲間を増やすっていう時のルールが僕の中で実はあって はい。 あの、あんなんやったらいいのに、あれやったら面白いで うん。 ていう人は僕絶対仲間に入れない。 え、 あの、口だけなんで。 ああ、なるほどなるほどなるほど。口だけの人には基本的には僕一切話をあのあ、そうですかっていう形で言ってるだけでアイス振り巻くだけで実はもうあの、あんまりあの、もちろん情報としていただく けど、あの、やったらいいのにって方はやらないんで、 基本的にはもうこっちにはそうか させないです。仲間にはあらない。逆に お話聞きそう。やりたいんやけど助けてくれ ていう人を仲間にしてる。 もうもう本当に自分がやりたい。みんなやっていこうぜ。 そう。それこそI am君はもそうやったよね。そう そうそう。なんであの和山グルブに入りたい人っていうのは事者文化を想像するっていう目的と自分がやりたいことがあるから一緒にやってるっていうだけで別にあのボールが一緒やったらな手段が違うん うん。うん。 方向は一緒なんで間違いないよねっていうのがあるんで、あのやりたいことがある人たちと目的を一緒に合わせて活動するっていうのが分かります。プロゼとだから何やってるか分からへんて。 あのたくさんいますからね。いらっしゃいますからね。はい。 そうそうそう。きっかけを作っていく作業のお手伝いをしてるのかなって思いながらずっといてる僕自身は。 はいはいはい。 そこからね、どんどんどんどん話は大きくなってきて そうで大きくなってきて、まずが 1 番大きかった話としては、このコロナの時にやっぱコロナ結構しんどかった。その若和歌山サイクルプロジェクトの活動もそうやし、自転車を使う上で、 ま、世の中的にもね、あの、外出するなとか、 そう、外出するなで、自転車だけはいいっていう風に言われた。 もちろん1 人で走るもんやし外やからいいっていう話はあったけども、それでもなんか自転車ブームがその時一緒バって増えたけども、なんかやっぱりグループとかあのカフェ行くとかそんなんじゃなくて、ただただ健康目的として走るとかってなってきたんで、ま、そうなってくると実はあんまり良くはなくて自転車って楽しいとか面白いとかこう興味を増やす今度実はその僕の中でも自転車の文化を作るっていうところから自転車の価値っていう話に実は若干そこであの自 [音楽] の課題が変わってきて自転車の歌って何なんだろうっていうところがずっとこうコロナ中に悩み続けた実はここ最近ゴール答えが見えたんやけど あの 自転車の価値が何なんだろうっていう話をずっといろんな人としたりとかいろんな研究を見たりとかってしながらコロナ時代を見だったらやっぱりコロナの時の自転車の価値っていうのはただの移動手段移動 であったり健康目的のツールっていう されなかったね。 目的がはっきりしてるんでね。 そう、そう。だからもうコロナ終わってなくなるんです。 うん。 だから今みたいになんか自転車のとか売れないとか儲からないって話は出てくるんだけどやっぱりそこは価値観の違いでうまく価値がま、表現できなかったんだろうなっていうあんまり実は自転車とは良くない時代なんだったんだろうなと思いながらずっと悩んでたで自分もできることもなかなかなかったっていうのはあって うん。 で、これまずいよねっていう風に思った時にコロナ中に唯一できることとしてちょうどこの太平洋が自転車道っていうのができるよって。 これもう仕事の中で関わってて認定にも関わらしてもらっていい政策のハード面のお手伝いとかもさせてもらったんですけど大表が自転車道ができるあの認定される直前によし派を [音楽] [音楽] 1 番最初にしようぜって思ってあの誰よりももうもう認定されんのはこう裏情報として出て始めてきてるところなんでこれ認定された直後ぐらいに俺ら走ったらあの 1番最 一緒に走った男になるよねって。ちょっと 1 つ自慢したいっていうのと同時に盛り上げるきになるんじゃないかなて思った。 そのコロナ禍の中でも盛り上げる機会気に なるんじゃないかなと思って考えた時に まずあの自分1人で走るそれ絶対無理やな と思ってですぐ連絡したのがあの今日は あのこの日にあのセカンドロード和歌山 駅前店をオープンするゴン座だったんや けどそのゴンザにすぐ電話かけて よしゴンザあのお前目立たないかみたいな 話で面白い話やからついてこないかつっ たらおおって言って言わしてあの太生で 走ろうていう話を言っ え、ちなみに大変ような自転自転車とは 何キgあるんですか? 1480 やったったかな?なんかそれぐらい 1400km、1500km約 千葉の調子ですよね。 調子。千葉県子市から和歌山県和歌山市のうん。 にゴールがあるんやけど、そのモニュメントができて、えっと、認定されたかな? 認定されたっていう形になったんやけど、 認定されて そう、えっと3月ごめんなさいね。3 月の末にあの認定されてモニュメントができて 5月6 月やったかに太陽自転車動画ナショナルサイクルートっていうのに認定されたは で走りに行ったのは 8 月 でコロナめっちゃコロナからで はいはい もうほんまにこうあの移動制限非常え 年ぐらい2020年 そうそうそうそうそうそうでそれがえっとなんで 8月にしたかっていうのは本 僕らあの大表が自社ができて本当にもうあの認定された直後行こうってしてたけどダメコロナでダメやったけども 8 月に行けるって実はあの東京オリンピックあ 2日だから 東京オリンピックが開催されるってなったんで 2020年できなかった2020 年にするってなった時に はい オリンピック時間中に変な移動制限はせえへんだろうと思って なるほど そうよしじゃあオリンピックチョコに行ったらことでオリンピ ピック終わった次の日ぐらいから 千葉県出発して走ってきたっていうのがあったんやけど、ま、あの結局あのオリンピックもあの皆さん知ってる通りで全然あのこうあの自由に動けなんかったっていうのがあって [音楽] うん なであの走りますって言った瞬間にあのこれもあれ面白かったです。市役所の方にもう帰ってこないでください。 え、 そんなあのイベントとか自粛制限してる時に走らないでくださいとかいろんな自衛社関係者からもコロナ中に何してるんですかっていうことを言われた。 結構バッシングあった。 あ、めっちゃあった。めっちゃあった。 めっちゃあった。だからまずやっぱり 1週2 週間必ず対応温チェックして自分がコロナになってないのを確認して行きます体温チェックを毎日して走ってたっていうのがあったっていうのは ちゃんとしてやってたつもりやったけどやっぱりバッシングもあったけどあのあと全部各県にあのそれこそ千葉県から自分神奈川とか静岡とか各人のとこに電話かけて自転車走っていいですか? もう後までちゃんと取 一応言っとかないあかんって言われたらまずいなと思って。これもちろん自転車から勝手に走っていいですよ。うん。うん。 あ、ありがとうございます。ていう初やって すごいな。 やったっていう 手の回し方が。 そうそう。だって怒られるのも嫌なんで。せっかく走ってんのになんで怒られなかんだろってなるし。 そう。だから一応確認だけして、ま、もちろん承得たんで走ろってことになって走った。で、 へえ。 でもあの当時ごめんなさいね。 の和山市のその当時の 1 番配信りますってちょっと応援してよって言った時の担当かにはなんでそんなことするんですか? 2 度と帰ってこないでくださいみたいなことを言われながらちょっとイラってきたんでよしじゃあちょっとバズらしたって思って なるほど 千葉県の調子に行った時に調子市長と愛する機会もあってそこで [音楽] SNS 走て対表今から走り回すっていうのを聴子市役所の人たちと一緒に広したんですよ。 はいはいはい。そしたら子のまずあの Facebook のえっと閲覧数過去トップグラス ほお になったりとか僕らあのメディのもドーンって上がったんでに 本当にあの結果的にはあのえっと走行記録とかも 4万とか ええろんな全国の人たちが見たっていう 今まで誰もしてないからやっぱりみんな気になってくたんですね。 そうそうなんです。 ま、あの、本当に走り広ったとはそれが 1番最初の対表自転車の教科書に 走り方の教科書になったっていうにはなったんですけど、それぐらいやっぱり見た興味あったし、コロナ中にあの自転車の使い方がやっぱ分からない人が多かった。 はいはいはい。 で、僕らは自転車ってその僕の今までのこうあの行き方から行くと琵琶湖橋に行ったりとかちょっと東京行こかみたいな感じで僕の中では旅 のツールとかツーリズム あのでやったりこう世界を発見するための武器移動の拡大とかそういうとこやったんでそういう風に使ってもらえたらいいのになっていう自分の中のこう狙いがあったんでそういうのにこう繋がっていくための太平が自転車道であったりとか大変自転車の使い方っていうのがあったんでそれを見せたいなと思 ただその時にはそれをそういうこと言っても自己満足だよねってなるんで あ、 発信の仕方は太平洋がちょっと認定されたけど本当に走れるのかとか繋がってるのかとか 今から僕たち実験しますみたいな感じでなるほど そうですと狙いを全然違う方向に持っていただいはいはいはいっ ていうのがあったんです 頭いいすね いやもうあのそれはだからそのずっと目的が一緒であれば手法と方法が違っても はいはいはい 面白いよ ねのがちゃんとあの伝わるよねっていうのがあったんで見せ方をちゃんとしないといけないっていうのもあったのでそういう風に狙ってた。 なるほど。 で、あの終わってから言える話。 ちゃんと終わって無事で 終わってなかったら黙っとくっていうね。 実はこうだったんだよ。 それが和歌山サイクルプロジェクトへからできることでね、あのお金発生してたりとか [音楽] あの行政の仕事そうちゃんと狙う説明しかそうしとかないといけないっていうのがあったんよね。 で、走行してるうちにちゃんと、えっと、 9日、実際、実装 9日間 で、え、えっと、雨の日 7日間、 え、2 日ぐらいしか晴れてないで、え、警報が 5日間、6 日間ぐらいだったからずっと警報で台風、あ、で、台風うち 3つ来たんかな? 乗ってますね。 持ってる。あの、僕が持ってるのか本が持ってるのかって言われた。確実に僕が持ってる。 悪天候 悪天校だ。今日も雨めてずっとこうあの SNS で書き続けたっていうだ途中戻っても前が通行で戻った道とか はいはい あったりとか迂色別の迂色 そのによる通行の そうそうそうそう それは厳しい とかあったりとかしながら走らしてもらったけどでもまあの台風人度ってその時には正直やっぱりみんな整備っていうのをとりあえずしたっていう状況やって あの物理的に繋がってたか正直繋がってなかっ あ、そうだったんですか。 うん。やっぱりなんか未ち整備がうまくいってないところとかがあって、それを僕らインフルエンサーとして発信しながら へえ。 やることでその後やっぱ徐々に直していてくれた。本当に和歌山県とかでここ危ないよねって言ったとこだったら 2週間後にはもう治ってたりとか。 そんなスピードで対応できるんですね。 うん。ま、結構わ言ったんでね。 でも言わんと治らんでやっぱそういうのってね。 そうなんですね。 そう。だからそのための僕ら実装でもあったっていうのもあるし。 はいはいはい。 で、言って気づいてくれて直してくれたら行った価値あるよねと思ったで。 そうだ。で、ゴン座がね、そこはね、すごくあの思いを強く言ってくれて、あの太陽が自転車道って言うけども、お前ら走ったことあんのかい? ああ、 走ってから文句言うやっていうのを、 あの、ゴン座がすごい言ったっていう記憶が僕の方でもずっと思えてて、 そうや、確かにそうやなと思って、なんか色々な人がうんちくれてるけど走ってないの言ったあかんよねと思ったんで走ろうと思って走ったっていうのも 1つの目的でもあった。 で、その時にやっぱ色々言った文句っていうのが後で反映されて良くなっていってたりとかで、僕らも反映したとこ見に行ったりとかして良くなってたの見てやっぱり嬉しかったりするのもあったんで やってよかったなっていうのがあってでそれゴールの時には結局あの和山しい役所のあの市長が来てくれたりとかいなあの権議会の方とか市議あの市議会の方とかみんなあの迎えて本当に何 100人ぐらい集まったんじゃないかな ボール 嫌われていた。もう帰ってくぞ。帰れたのに。そう。 あの本当にいろんな人にお迎えしていただいてでいろんな関係者と関わって途中俺礼の代わりにサコ州を作ってあ、今日も今作てないけどもサコシを作って配って途中 300 枚はもうなんか半分ぐらい静岡過ぎてえちゃっかな。キーハント車で 300枚配り終えて はいはいはい。で、途中また200 枚通過し、補正もほとんどなくなったんで、やっぱ 500 人のぐらいの方と交流して走ってきたっていうのもあって、で、走るルールもすごい大変だったんだけど、夜は走らない。 [音楽] はい。はい。はい。 暗くなると絶対走らない。僕らやりたいのはツーリズムとか旅なので旅の楽しさを伝えたいっていうのがあったんで、明るい時間しか走らない。 で、えっと、途中で会おうよとか合流しようよと仲間には絶対会う。 絶対合う。 合う。 で、あの、歓迎してくれる行政とか島町がいったら必ず行く。 ちゃんと自転車じゃない。 そうで話もするっていうのをルールをつけてやってたら、あの、移動時間ってほとんどなくて はい。 途中途中はもうフルダッシュで走るみたいな。 はい。 本当車かよみたいなスピードで走り続けて、あの、その町によって、あの、その町の人と話してっての繰り返しながら行ったっていうあったんで、結果 500人ぐらいの方と 交流しながら 太平が自転車道をPR していったっていうのがその当時の話。 それが1回目。1 回目。そう、1回目。 回目。 そう。で、実はその2 年後にあのタンデム自転車でじゃあもう 1回走ろうよっていうのがあ ね。次は今度タンデブのあ、これゴンザの多分会の時にもちょっと話したんかもしれんけどタンデブのルールが規制緩和が始まるかもっていうちょうどタイミングだったのと同時に僕ら走るくらい早く緩和してみたいな PRもしたかったっていう。 そっちもあったんですね。 そう なるほど。そう。 いやね、一応デムって割と最近まで そうそうそう 行一般乗れないっていう。 僕ら会禁のきっかけのタイミングぐらいですぐ走ったっていうのはそれも本当に行政であった人間でもあるし、あの自転車を色々勉強させてもらってる立場でもあったんでそろそろこういうのが来るよっていうのがあってまかつあのタンデムで走りたい仲間がその時にてで目的が一緒だったらじゃあ一緒にやろうよって話なったってのもあって本当に仲間に恵まれて一緒に走ったっていうのもあるでその時にやっぱりそういう行政の調 でやったりとか規制緩和の課題でやったりとかっていうのを僕も勉強させてもらっていい勉強にはなったかなと思ってもなんか 2 度目になってくるとあの僕たちもあの基本的に休んで行ってるんで はい休ん飲まないと移動日 1日含めて9 日間で走ってくるっていうのを太陽やってるんでもうあの 2回目になるともう20 日間休んでることなんでなんか 6 に仕事してない人みたいに思われがちのゴールデンウィークとかあの年休とかうまく使 ながらかしてもらって。 へえ、すごい思いしていってます。 ええ、で、そう、そういうのをこう何回も繰り返してくるとやっぱり人が注目してくれて、で、ま、彼らのやってることで面白いし、あの、魅力的だよねっていう風に言ってもらえるようになってきて、で、あの、途中途中で対応がの、あの、事態とも交流っての生まれて、あとそこから僕らができるアドバイスって実は今もさしてもらってるってのとこもあるんで。 あ、じゃ、その時に知り合ったメンバーが今も継続して そうなん、そう、そう、そう。 ほんではそういう自治体に行って僕が教えられる自転車活用のアイデアとかその手法とかいうのをお伝えさせてもらってるっていうのが なるほど 今の話かなって思いますよね。 で、結果的にそのだから自転車活用とかそういうのってあのどういう風にやっていけばいいかって言われると本当にこうそれはね実は今んとこ 1 つの答えがあってさっきの言ったハードとソフトを動かすプレイヤーをちゃんと作ること うんうん でそれは外から呼んできてもいいし中で作ってもいいしっていうのがあるんでで運良く僕らの場合は自分は中に作れてその和歌山サイクルプロジェクトのメンバーの中でもいいてるんでそういうこう ハードとソフトを動かせるプレイヤーっていうの を増やしていくのが1 番手取り場合いんかなっていうのがなかなか行政でやってもそのソフトを持ってる人たちによってもサイクリストであるかはそうではないビジネスマンであったりとか本当のこの 行政のあのあの地域進行のためのプロフェッショナルで人がいてるけどじゃ自転車を使ってって言われた瞬間に噛み合わなくなるんで これ自転車のユーザーの声を 持ってる人とかあの意見を言える人 でそれを実際回せる人いうのが必要なのかなてよく僕らあのハ ウェアとソフトウェアとオルグウアって言うけどオルグウアっていう存在が必要なんじゃないかなっていう話をして でちょっとねあの僕がどうしてもあの教えたいこの和歌山面白トークを ががあるんでこうと思うけど 行きますか ということでえ今で何分 今でね45 分いいじゃないですいじゃいいじゃないです でここ和歌山駅なんけど和歌山駅目の前ね前目の前ちょ待って待って待ってこっちこっちこっちだける目の前目の前 目の前ね和 山駅って今サイクルトレイン が走、これも本当民間の あの人らがやってるソフトとえっと行政がやろうとしてるハードの間で、ま、どっちかとハードガーにも近いんやけどもソフト側にも近い人たちがサイクルトレインってこの和歌山駅からスタートしてて今だったら はい。 ひ、え、西の方か、西の方に行こうとする。あ、ごめんなさい。東の方か。東の方に行こうとすると 5条まで行けたり、奈良まで行けたり 5 条とかまでもう乗ったまま行けるんですね。 たりとか休みだけ日曜日だけね。 で、南の方に行くとこれも予約やけども、あの、午後ボそっからさっきは自由に乗れる、あの、新宮まで行くサイプルトレインで要は新宮まで全部行けてもらって、和歌山県のこの主要な JR 線はほぼ全部サイクルトレインで行けるようになってて、 じゃあそのままもう自転車の格好して駅にこったらこれもそう、サイクルウェアのまま和山拳銃サイクリングができるすげえポイントなね、ここ。 へえ。なんかヨーロッパみたいですね。 そう、そう、ま、ヨーロッパみたいで多分日本でそんなことができんのはこのこの辺りだけなんじゃないかなって思うし、こんなに街の中でもできるっていうのはすごいなと思って。 で、それをやっぱ応援する ユーザーでもないとかっていうところでサイクリストの人たちみんな乗ろうぜって言って応援させてもらってる。 へえ。 で、実はここの はい。 あの面白いところはただ単にじゃあ和歌山駅って車今もう車ばっかりやけど車ばっかりどこかって言われるとはい。 すごいのがあって はい。 地下の駐輪場があるんすよ。 地下の駐輪所がある。 そうでメインは向こうから自転車そのまま入れるんやけど はいはい ちょっと階段で降りていくとね。 この入り口は階段ありますね。 そうそうそうそう。 なんか階段ないとこもあります。 階段ない自転車はスロープで押していけるところがある。 はい。1 個1個置奥かな?1 個置くも確かスロープで そうそうそうそう。 すっていけますもん。 すごい面白くてね。 自分が和歌山に来て一番驚いたのは実はここのこの地下中輪場っていうのが 大体地上のちょっと駅から横に離れたとこにあったりするやけどなん下輪場持ってるところて結構少なくて そうですよね。それもめちゃめちゃコ立ちなんですよ。へえ。見てこの自転車の数。うわ、すごい。これ今休日だから比較少なめで。 あ、結構開いてますね。 そう、そう、そう。 で、こっち側が多分あの突き決めなんで、要は働きに行ってる人らはいはいはい。 あ、ロードバイクもある。 すごいな。 そうで、こっち一時駐車ですね。 ていうのがあって。 そう、そう、そう、そう。 [音楽] なんか秘密の場所みたいにごめん。よいしょ。よいしょ。 [音楽] これ何台ぐらい入るんですか?この ね、3000ぐらい入ったはず。 え、この空間でもう3000 台以入っちゃうんですか? そう、そう、そう。 すごい場所すね。 そうなん。これほんまにいい中輪所があって要は雨でも中輪であのできるしこから出発してもちろん和歌山城なんでもすぐ行けるし和山城ね 2kmでるんで そうね。あの道をそのままね、 あの市役所方面に向かうだけなんで。 そう。 すごい中理所があって、ここからじゃ駅までどうなるのって言って一旦こう屋上へ上がるんかと思ったらすごいのが [音楽] このたも駅繋がるん地下のままだここで例えば雨であったとしてもカッぱ脱いでそのまま駅行って通勤通学 え、じゃあもうこれも上上がったら 上上がらずにね、もうね、駅地下から繋がってるんですよ。 あ、そうなんですか。 そう、そう、そう、そう、そう。実は使ったことがないんで、 そう。 だから一切雨に濡れず電車に乗れちゃう。へえ。こんなに便利だね。そう。 これだったら自転車通勤だいぶ楽なんじゃないですか? そうなんよ。だから本当に和歌山駅近いあの自転車に優しい構造になってるん。 ほ、あの、メインの入り口行こうと思ったらこのまま階段登れば はい。はい。 行けるんやけど、見て。ほら、実はメインの入り口行かなくてもここに、え、地下通路があるんで、このこれ駅、あ、 [音楽] 駅の地下1回。 そう、そう、そう、そう。 こんな繋がってるんですね。 そう、そう、そう、そう。で、観光案内場所もあるっていうね。まさに自転車のため、あの、もちろん視野サイクルもあるし、こうで視野サイクルもあるし。 [音楽] すげえいい。 はい。で、これをやっぱ生活かさなあかんよねと思ってはい。 本当にこう、さっきの言った自転車と電車 の組み合わせ、自転車と街の中で走る生活 のライフスタイルの組み合わせで、あの、 旅の拠点にもなる和歌山のこのあの主要駅 っていうのもあって、これいいよね チャンスだなと思ったんで、このゴン座に この、え、今日か、え、6月1日 からセカンドロード和歌山駅前を 作ってそう、あの、一緒にやってよって ことでこさ一緒にやしい僕や が店長になって へえ。 営業始めたっていうのがこの場所の戦略。 なるほど。 え、でも自転車買い取りだとどうなの? そう、買い取り専門店なんで実はあのただ今の状態ではただ単に人社を買い取るだけの拠点なのであのそんなにあのここのメリットはないけども実はあの [音楽] 7 月の来月から修理さっきの自転車たちとか東口にも自転車いっぱいあってあの自転車の修理をする地域課題を決するための実はこの周辺修理自転車修理屋さんってあのさ 1でも1kmちょっと離れたりと はい。はい。 歩かないといけない。結構めどくさかったりするんで すぐ自転車を直せれる場所にしたりとかサイクリストでもそのツーリズムに来た人が組み立てて和山駅でこの組み立ててじゃあ旅に出ようと思った時になんかトラブルがあっても直してもらえる場所っていう そっかそっか そうお悩み相談ができる場所になるっていうので 7月1日から修理サービスも始める。 へえ。 でその次の戦略も考えていくよ。それは秘密。言わない。絶対言わない。 言わない。絶対 まだまだこれまたね、あの、何年か後でまたインタビューすることあるかもしれない。 何十個も戦略は考えてるけども、それは言わない。あ、 そうです。 そういうこと考えながらこう和歌山のためになったらいいなと思うし、和歌山駅がこの旅の拠定になったらいいなと思って狙ってるところ。 なるほど。 そう、そう。1 番聞きたかったのが、あの、前に言っていた国際レースを和歌山にってくるっていう [音楽] ね。それが実はそのさっきの話の流れ いつから始まったんだろう。その えっと2015 年の政策研究の時に書いてあるゴールが [音楽] 10年後国際 10 年後未来って書いてかな?未来で国際レースの誘致っていうの書いてあるです。はいはいはい。 それが今実はそう今年叶ったっていうのが だからちゃんと実は狙いがあったんですよ。 やろうとしてた。で、それも実はきっかけを作るためのあのネタ振りをずっとやってたんです。どんなネタフリーですか?ネタフリーをしようとちょっと向こ行こうかどっか行こうかなんか話しながら行こうか。実はそのネタ振りをあがりながら行こうか。 [音楽] ネタ振りをしていくのに何をしたかって言うとやっぱり自転車レース僕自身はその活用は得意けどレースの関係者ではないんで はい。はい。 どうすべきかなと思ったんで、ま、いろんな地域を走りながらいろんな人と挨拶する はい。 っていうことをずっとやってた。はい。 で、階段のってかで人と挨拶してるとか、いろんな人と付き合ってたらちょうど朝連というか朝であの新宮市走ってた時に [音楽] [音楽] はい。はい。 あの難機難の 角口会長と自転車ですれ違ったんです。 本当に朝フリーでお互いフリーで そうで僕あの自転車活をやってる和歌山市の職員なんですって言っていつもお世話になってますって言って いう話をしたとこから実は あ、あの君も村頑張ってんの知ってるよっていう話になって へえ じゃあじゃあ一緒にレースやるかいっていう話にトントンって進んでも実はそこでも 自分身が自転車のレースをするには 1人で限界あるんではい どうしようかなこれメンバー集まらんと僕 1人じゃできないよねってなったんなっ てる時にね渡辺君てこうがちょいた俺超 偶然あのロードレッーサーでプロ やし世界中 走ってたやついてるやんと思ってあおやる かつい話をしたっていう本当に人に 恵まれてるっていう あそれが何年前だ? それはもうあれです。 2年前、3 年前、3年前、2年前 自分に声かけて ちょっとでもうなんかその話してました。 そう、そう、そう、そう、そう。 割となんか そう、そう。 出会ってからすぐに そう、 でも10 年前からの放送なんよ、要は結局は はいはい。10 年前に玉は持ってて はいはい。 あとどういう風に あのパズルを組み合わせていくかってことをずっとやってた。 なるほど。 そうそう。で、ま、それが僕のそのオルグウェとしての存在の うん。 仕事なのかなと思ってやってた。そんな経緯があったんですよ ね。面白いですよね。 じゃあ、あっためて、あっためて、あっためて実、 あっためながらこうパズルを揃えていってた 順番に。 で、揃った瞬間にパチッこ動かすっていう。 じゃ、本当に西林さん自身が そう、 自転車活用をしていた。 そう、そう。それをすればするほどが増えてく。 自分が乗れずに。 そう。乗れずに。 だから、ま、乗るだけじゃなくて自分がどういう風に楽しむかってこともこう考えながらずっと動いてたとこがあったんで、ま、そういうことかな。 それで和歌山市和歌山だいぶ変わってきたっていうのは ねえ、 思いますし、自分を外から入ってきてうん。 あれ、こんなに自転車乗りやすい場所だったんだとか。 ま、それこそね、あの、木ノ川のサイクリングロードなんか。そう、そう、そう、そう。 本当にけどね、ハードだけで言うとやっぱり行政の仕事なんすよ。 やるべきなんすよ、ハードは。 はい。 それは絶対シクシクとやるべきで はい。 やればやるほど良くなるんですよね。 で、それを使うソフトは も、あの、生まれるのは生まれるんですよ。 はい。 ただハードとソフト繋げる役がいてないんで 勝手に 勝手にやってて勝手になんか進んでる。うん。 あの、勝手にハード整備してる、勝手に動いてるだけじゃ面白くないんで、それ繋げる仕事 はい。はい。 をさしてもらってる感じかなと思います。本当に地域の自転車の困り事を解決している。 勝手なね。勝手にね。 そこがポイントなんかな。潤活になってるから。 そう、そう、そう。リスクを恐れず。 そうすね。 そう。それがま、民間でできることなんかなと思うし、僕ら別にお金を持ってるわけじゃないんで、 お金をこう集めることももうその時必要な時にみんなでお金集めて で、 あの、なんだったら自分の持ち出しの方が多いんで、ほとんど持ち出しちゃうけど、ま、アム君にもだいぶ持ち出してもらってるけどね。民間人からも持ち出させるっていう カになってるみたいな。 そう、そう、そう、そう。そういうこともやってる。 へえ。 カ揚げには出ないと思うけどな。ちゃうな。でも程度にカ揚げやな。確かに。 こんな風になるからさ。 確かに お金出しないよみたい。 そうい確かに ほやりないよ。 確かにやりなよ。やりなよ。時間と 時間と全部ね使って でもね、その分一緒に僕らがお手伝いできるとこはお手伝いさせてもらうつもりで行ってるし、 あの僕さっきも言ったけどもやりたい人たちを応援するのが僕の仕事なんかなと思ってるんで。 うん。 そればっかりやってる。 そんな経緯があって、あの、今に至ってる。 そう、そう、そう、そう、そう、そう。 今後やっていきたいことってあります?だから何度も言わない。絶対言わ、絶対言わない。 じゃあもうあれですね、なんだろう。どうありたいか。 自分自身がさん自身が あの今はそのもう この先もそうやけどもさっきも言った通りで着火剤着火剤あのハードとソフトができたとしても結果的に回せるためのきっかけを作る人が はいはいはい いなかったらどっちも回らないで誰かを動かすためにはもう情熱しかないと思うんでその情熱を火をつけるための着火剤になる着火 そうだ。僕チャッカーマンで自分で言ってるんやけど、あの、そのたにはものすごい誰は燃え尽すぎるぐらい燃えないと始まだけど例えば和歌山城リデリウムをやろうって言ったらよしやるぞ。 ていう 人にならないとダメなんででも一緒にやろう。一緒にやろう。みんなやりましょう。ってください。助けてくださいっていう作業をしないといけないのかな。 うん。うん。 それが僕の方ジャッカマンとしての仕事なんかな。で、燃やしたらあとはあの相当逃げていく。 [笑い] まあね、今後は継続回しなきゃいけなくなるかもしれないんで。 そう、そう、そう。で、できる人たちと一緒に、ま、継続させていく。見えない。日本人絶対見えないんで。だからあの行政の担当者としていてるわけじゃなくて、 ずっとそう、最後までフォローできる人間としていただい。 そう。だからこそその自転車の役職をもらってない。 そう、そう、そう、そう、 そうなんです。 すごくそれに 勝手に名乗ってるけど はい。受けましたね。僕はね、そう。 そんなこと言いながら はい。 セカンドロートに、あ、そ、セカンドロードについてオープンで ね、超オープンでやってるんで、これもあの地域を活用する戦略の 1つやと思って はい。分かってもらえたらと思います。すいません。本当にありがとうございました。お時間いただいて いつもあれなんで はい。いえい。 いつも握手で閉めて。あ、そう。ありがとうございます。ありがござ ありがとうございます。

【西林孝紘】
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