【引退】311系 ロングラン特別快速 米原発 浜松行き

東京と神戸を結ぶ鉄道の大動脈東海道本線。 滋賀県の米原駅はJR東海とJR西日本の境界。 駅を管轄するのはJR西日本だから JR東海の列車を
JR西日本の方法で案内しているのが面白いんだよな。 「名古屋方面」と付け足しているあたり、 浜松は関西圏では馴染みのない駅名なのかな。 時刻表でも特別快速が青字で書かれている。 特別快速浜松行きは平成初期に登場した311系8両編成。 国鉄が民営化され誕生したJR各社が 独特のアイディアを打ち出していた時代。 311系にも面白い設備がある。 おお、これこれ。 デッキがないのに公衆電話があったんだよな。 携帯電話が普及する前、通話マナーもない時代。 平成も遠くなりにけり。 北陸本線との重要な分岐点である米原駅には
かつて、貨車を仕分けする操車場が置かれ、 その広大な線路が今も残されている。 あと、鉄道総研の新幹線試作車両も圧巻。 鉄道の町、米原らしい景色があちこちにある。 昔、米原駅で国鉄電車を撮影した記憶が蘇える。 米原発金沢行きの特急加越や、 寝台電車を改造した普通電車など懐かしいな。 今はもう国鉄電車は来ないのかな。 7時7分、朝日を浴びながら
188.8km、 2時間41分に及ぶ長旅が始まりを告げる。 米原原から浜松まで直通する上り電車は 2019年現在、1日2本のみ(新幹線は除く)。 新幹線のひかり号なら1時間かからずに浜松に着いてしまう。 年々短くなる北陸本線と別れ、一路東へ。 早速面白いものが現れる。 世にも珍しいSL用の防空壕、
岩脇蒸気機関車避難壕(未完成)。 太平洋戦争の末期、 硫黄島を飛び立った米軍のマスタング戦闘機は 日本各地の飛行場を攻撃するついでに
列車などインフラを機銃掃射。 多くの被害を出していた。 重要なジャンクションである米原も攻撃を受けたそうだから その後で建設を始めたのかな。 近江長岡駅も面白い。 かつて伊吹山の麓にある住友大阪セメントの工場から セメントを運んでくる貨物列車が発着していた。 石灰石の外壁を持つ駅舎。 煉瓦の町である深谷駅は煉瓦造りの駅舎で有名だけど 石灰石を貼り付けるとは。この発想はなかったな。 有名になってほしい。 左側には貨物ヤード跡。 線路はほとんど剥がされているけど
セメントのタンク車が並ぶ光景が目に浮かんでくるよな。 この小さな山を挟んで向こう側には
綺麗なカーブを描く専用線の築堤。 その先は「伊吹せんろ道」という名の
サイクリングロードに整備されていて ガーダー橋や架線柱も残されている。 昭和27年から平成11年まで使われたそう。 廃止後、電気機関車は大井川鉄道や三岐鉄道で使われ、 SLは三岐鉄道の西藤原駅で保存されている。 旧中山道に沿って昔ながらのレトロな町並みが残っている。 東海道は亀山を通る南側のルートだから 東海道本線と言いながらも
東海道から外れているんだよな。 明治17年の時点で東京から名古屋までの鉄道敷設は 東海道本線か、高崎 松本 中津川を通る中山道幹線か
決まっていなかったそうだけど ここだけは中山道ルートで決まっていたんだな。 天下分け目の関ヶ原。 昭和19年の駅舎が使われ続けている。 関ヶ原は明治17年に開通したルートを
走る。 敦賀港から入ってくる鉄道建設資材を
建設現場へ運ぶために 長浜から大垣までの
ルートがいち早く建設されたそう。 その廃線跡には内務省鉄道庁の用地杭が残る。 内務省時代の用地杭は珍しいよな。 徳川家康率いる東軍と、石田三成が率いる西軍。 小早川秀秋達の寝返りで勝利した家康が 庶民の経済や文化が発展した平和な江戸時代を築いていく。 大垣と関ヶ原の間は急勾配20‰が続く難所。 上り線は坂を下る。ややこしいな。 おお、これは急な下り坂。 25‰もあるのか。 登り坂を10‰以下に抑えた下り線、 つまり坂を登る別線が戦時下の昭和19年に敷かれているが、 それをアンダークロスするために
20‰から25‰へ悪化したそう。 下り坂だから問題にならなかったのかな。 その別線は新垂井線とも呼ばれ、
かつては新垂井駅という駅も存在した。 遠回りなのに今でも下りの貨物列車は新垂井線の方を通る。 補機が必要な瀬野八が22.6‰、うめ北は23.5‰。 20‰も補機を付けないと心許ないのかな? 新垂井線が合流した直後に
もう1路線合流してくる線路がある。 こちらも東海道本線の支線。
通称美濃赤坂線。 ここ南荒尾信号場か1.9kmしかない盲腸線。 大正8年開業時の駅舎を持つ美濃赤坂駅からは
石灰石の輸送を目的とした西濃鉄道が伸びている。 神社の前とか街中を所構わず貨物列車が走る
昔ながらの景色が残っているんだよな。 金生山から産出された石灰石を 名古屋地区の名物貨物列車「赤ホキ」に積み、
乙女坂駅を出発。 美濃赤坂駅でJR貨物の電気機関車にバトンタッチする。 国宝級の電気機関車であるEF66の27号機
が担当した時には見物に行ったよな。 終点側の名古屋臨海鉄道も面白い。 笠寺駅を通過する時に思い出に浸るか。 名古屋地区の東海道本線で活躍する車両の基地、
大垣車両区が見えてきたな。 311系のホーム。 かつては勾配を越えるために列車を後ろから押した
SLの機関庫が置かれていた場所。 樽見鉄道の前身、国鉄樽見線のC11蒸気機関車が廃止される 昭和47年までSLが在籍したそう。 明治17年、鉄道開通時は
日本海側の敦賀港から運ばれてきた物資が、 大垣からは揖斐川を下って
桑名など太平洋側へ運ばれていったそう。 そのルートをたどるかのように敷かれているのは養老鉄道。 揖斐から大垣を経由して桑名までを結ぶ元近鉄の路線。 近鉄時代の旧車体色マルーン一色に
リバイバルされた車両が渋いよな。 大垣といえば思い出すのは大垣夜行。 23時頃、品川から乗ると大垣に7時頃に到着。 全席自由席だから18切符で格安に移動できたし、 何より東海道本線を走る国鉄の急行型電車は
往年の急行「東海」に乗っているようで楽しかったな。 大垣から東側は明治20年開業。 築堤の下に残る甲大門西橋梁は
「ねじりまんぽ」と呼ばれる煉瓦の積み方。 ポータルに対して
斜めに坑道が掘られているがゆえの複雑な模様。 明治の煉瓦職人による造形美が今も現役。 さらに、おお、これこれ。 国重要文化財の揖斐川橋梁。 イギリスのPatent shaft axletree 社製のダブルワーレントラス。 うまく言えないアクスルトゥリー。 当時の日本には大きな川に鉄橋をかける技術がなかったんだよな。 鉄橋は貴重だから役目を終えると他の地で再使用されることが多かったが 新しい鉄橋に役目を譲った大正2年以降も
同じ場所にずっとかかっている。 上流側に架かる樽見鉄道の鉄橋も面白い。 元東海道本線だった御殿場線の単線化で捻出した 明治33年製の曲弦プラットトラス。 アメリカのA.&P. Roberts 社が製造。 イギリスに代わってアメリカの鉄道技術に、
日本が頼るようになり始めた初期の貴重な鉄橋。 100年以上も前のイギリスとアメリカの鉄橋が
対峙している状態も面白いし、 東海道本線の東の難所にあった鉄橋が
西の難所の近くにあるのもまた面白い。 岐阜駅に到着。ん?何やら金色のおじさんが…。 織田信長が鉄砲を持って立っている。 何をされるか分かったもんじゃない
な。 泣かぬなら 〇してしまえ ホトトギス 駅前にはかつて名古屋鉄道の
路面電車が走っていたんだけど そこを走っていた丸い窓の電車の保存は嬉しいな。 特別快速と言いながらも、
岐阜駅までは全部の駅に停まってきたけど 岐阜駅からは多くの駅を通過する。 岐阜と豊橋の間のライバル、名古屋鉄道の名鉄岐阜駅。 このJRの高架下は名古屋本線で唯一の単線になっているが、 なんだか複線化を阻止されているように見えなくもない。 実際は複線化出来るとか出来ないとか。 目を細めて遠くを見ると名古屋駅の高い駅ビルが見える。 近そうに見えるけどどうかな? 中山道幹線のルートを行く高山本線と別れ
南に舵を切る。 1567年に移ってきた織田信長が居城とした岐阜城。 これから通る清洲城から
小牧山城、岐阜城、安土城と居城を変え 天下統一を進めてきたんだな。 木曽川を渡ればいよいよ愛知県に入る。 特別快速最初の通過は木曽川駅。 回送電車で見えないけど
大正元年のランプ小屋が保存されている駅。 大正時代だから客車のランプの燃料ではなく 分岐器に使う潤滑油を収納していたらしい。 あれはライバル名古屋鉄道の
快速特急 豊橋行きだな。 すぐ近くの新木曽川駅にも停車したはずなのに
もう120km/h出ているのか。 ぴったりとトップスピードの
311系特快に食らいついてくる。 元々311系電車のライバルは
名鉄1000、1200系特急電車だったけど、 多くが後継の2200系電車に置き換わっている。 2200系の方が性能は上だから
食らいついているのはむしろこっち側311系の方かも。 それでもかなり奮闘しているよな。 岐阜から名古屋までの所要時間は
JR特快が20分、名鉄快特が29分。 名鉄の方が 停車駅が多いし少々遠回りするけど この時間差なら十分選択肢に入るよな。 名古屋と豊橋の間は逆に名鉄が49分、JRが55分、 名鉄の方が停車駅が少なくショートカットをしている。 岐阜と豊橋の間は
JRが1,980円、名鉄が1,670円、指定席ならプラ450円。 甲乙付け難い。 自分ならその時々で好きな車両が走っている方を選ぶかな。 このJR特快と名鉄快特、
どっちが先に豊橋駅に着くかな? 一宮駅には同時刻にピタリと停車。 実はこの特快に4回乗っているけど
4回とも同時到着だった、すごい。 到着だけでなく8時01分の発車も同時。 当たり前に電車に乗っているけど本当はすごいことなんじゃないかな。 しかし名鉄2200系にまざまざと
加速性能の差を見せつけられる。 311系の起動加速度は2.0km/h/s、2200系は2.3km/h/s。 ちょっと叶わないかな。 313系は2.6km/h/sらしいから
きっと仇を取ってくれるよな。 名鉄線は少し西側へと別れていく。 次に線路が並ぶのは名古屋駅の前後区間。 広大な稲沢駅は旅客列車の駅だけでなく貨物列車の駅。 そしてJR貨物の愛知機関区
を併設した広大なヤードが広がる。 昭和59年までは貨車を行先ごとに仕分けする操車場だったところ。 米原駅もそうだったよな。 国鉄の日本三大操車場は新鶴見、吹田、
そして稲沢であった。 かつての貨物列車は操車場で貨車の仕分けをして きめ細かく多くの行先に対応する、
現在のトラック輸送のような事をしていたんだけど 高速道路網の整備などで
トラックに勝てなくなったんだろうな。 織田信長も居城としていた清洲城は
平成元年に再建された鉄筋コンクリート造り。 本物は江戸時代の初め頃、名古屋城築城の際に
資材として利用され解体。 左からJR東海交通事業 城北線の
立派な高架が稲沢線に合流してきた。 元々中央本線や東海道本線を走る貨物列車を
名古屋駅を迂回する形で通すバイパス線として 日本鉄道建設公団が建設していた路線。 名古屋地区における武蔵野線になるはずだったんだな。 今では1両のディーゼル気動車が全線複線高架の
立派な設備を走っているから面白い。 稲沢駅から笹島貨物駅までは
旅客線と並走して稲沢線と呼ばれる、 主に貨物列車が走る複線の線路が敷かれている。 笹島貨物駅もすでに無くなっているから かつての鉄道貨物輸送全盛期の幻影だな。 311系の本当ライバルである
名鉄1000系1200系特急電車が 栄生駅の留置線で待機しているな。 名古屋鉄道が合流してくると間もなく名古屋駅に到着。 名古屋駅の下を直角に交差する
リニア中央新幹線の工事が進められている。 かつての中山道幹線に近いルート。 名古屋では先行の普通電車豊橋行きに緩急連絡。 311系8両編成同士の並び。 国鉄からJR東海へ。 新時代の幕明けを見ているようなシーンだよな。

JR東海311系特快が東海道本線を上る。名鉄2200系快速特急との120km/h並走や赤ホキを引くEF66 27号。大垣夜行の思い出。

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