驚愕の高田馬場(大都会新宿の超一等地)不法占拠バラックが取り壊しへ!(字幕ON)

大都会・高田馬場の目と鼻の先にあるバラック横町を、西武新宿線の車内から眺めています。 ここ、なんと不法占有物件でした。 ここが高田馬場駅です。 ガード下の学生ローンの看板のある一角が、不法占有物件です。 地下は相続税路線価で平米あたり340万円、実売価格では700万ぐらい。 幸寿司の看板がある物件は、立ち食いそば好きの僕のような人間が、何度もお世話になった場所。 寿司屋・蕎麦屋一体型店舗が、まさかの不法占拠物件だったとは。 ちなみに何を不法占拠しているかというと、寿司屋物件は、新宿区あるいは東京都の公有地の道路を。 向かって左のスマホ修理屋は、西武鉄道の 鉄道用地に勝手に物件を建ててます。 奥に続く飲み屋横丁的な建物は、道路と鉄道用地の両方の権利を侵害しています。 まさか大都会東京の駅前一等地に、未だ不法占拠物件が並んでいたとは驚きでした。 高田馬場は泣く子も黙る大都会新宿区の北側のエリア。 山手線と西武新宿線、東京メトロ東西線が交差する一大拠点です。 学生の町としても有名です。 別動画にアップしてる、ライバーの最上あいさん殺害現場も高田馬場です(動画概要欄にURL掲載)。 駅前の線路脇。ビルの日陰に、寄り添うようにして11軒ほどのバラック木造物件が建ち並んでいる一角が、今回取り上げる場所です。 昭和10年代の地図には、屋台の並ぶ飲み屋だったと記載されています。 小さなトンネルと
いう記載があるのも覚えておいてください 実際にバラック物件が出来上がったのは、戦後のことだと思われますが、 令和の世の中に、その時期から続く物件が存在して
いるとは思いませんでした。 今回これら全て解体撤去されますので、今しか見れ
ない光景だということで貴重ですから映像を撮りにに行きましたのでご覧ください。 最初に路上の教界線を確認しておきます。 道路境界が存在します。 右側は本来の道路であるということです。 そこに、立ち食い蕎麦屋・寿司屋の物件が建っています。 寿司屋・蕎麦屋物件は、よく見ると3階建てです。 店舗兼住宅として、長年やってきたのでしょう。 その続きの店舗の向こうは、屋上まで作ってます。 手前の道路工事は、ガス管の鉄去工事です。 不法占有物件本来の撤去工事の前段階として、物件に供給している都市ガスを撤去しているようでした。 バラックは道路にせり出すようにして2階が建てられています。 物件が邪魔をして電柱が立てられないので、 電線が路上を横断して伸ばされています。 そして、中ほどの物件に工事の概要が記されていました。 不法占有物件解体工事と、そのままズバリ記されていて、発注者が西武鉄道というのにも驚きました。 路上をただ占拠しているならまだしも、 西武鉄道の軌道本体に寄りかかるようにして建って
いますから、あらゆる工事の邪魔になりますし、 火災が発生したら、一発で、西武新宿線が長い時間、全線不通となります。 西武鉄道としては長年の懸案だったと思われます。 西武鉄道と占有者との話し合いは続いていたと思われ、 今年、西武側と和解が成立したことで、早速、撤去工事が始まった模様です。 不法占拠も20年を超すと時効になって取得できると思われるかもしれませんが、 ご覧の4つの要件を全て満たしてるわけでもなく、しかも敷地の半分は鉄道用地ですから、 認められる可能性は極めて低いです。 ここが横丁の終点です。 振り返って眺めると、鉄道用地への張り付きが一目瞭然です。 擁壁にトンネルが見えます。 この部分の映像は、情報量が多いです。 路上から伸びる鉄パイプにチェーンを巻いて勝手に駐輪場としてる自転車が1台。転がる炊飯機のゴミ。 足元には新宿区の道路境界。 この狭小物件の左半分が道路用地、右半分が鉄道用地。 冒頭に言及した小さなトンネルの存在がこれ。高さ2.5mで、昭和10年代にできた頃は川だったようです。 すぐ近くに神田川が流れているのでその関連でしょうか。 いつしか使われなくなった古いトンネルの中を覗くと、手前の物件のエアコンの室外機を勝手に置いているのが見て取れました。 なかなか逞しいです。 少し遠めに眺めてみると、結構危なっかしい感じでバラック物件が 建てられているのが分かります。取り壊しはやむをえません。 実際に土地の登記を見てみますと、印をつけた部分、複数並ぶバラックの中心部に、線が敷かれています。 その右、黄色い部分「512の2」は公衆用道路です。左「21の5」「24の6」、その上「25の1」は西武鉄道の敷地です。 要は、黄色く色付けした部分に挟まれた公共用地に、はみ出して建てられている未登記物件です。 過去の航空写真で確認できないか調べたところ、 昭和11年には黄色く囲んだ部分に、確かに何かが連なっているのが判別できます。 その上(北)の神田川が、南側に大きく蛇行しているのも分かります。 昭和23年には(洪水対策のため)、神田川の流路が修正されていますね。 線路脇に何やら物件が存在していそうな事が分かります。すでに飲み屋横丁が存在していたとされる時期です。 昭和38年、戦後の復興が著しいです。街当 該当部分は、今よりも北側に長く物件が連なっていた
のがはっきり分かります。 昭和59年になると東側がビルになって薄暗くなって、北側が公園になって、(物件が)撤去されているのが分かります。 ということで令和の現実世界。バラックの頭の上は、西武の黄色い電車の轟音。 昭和30年代から耐えてきたなと。労いの言葉もかけてあげたくなりつつも、 土地の固定資産税は無税だろうし、借地代もこの手の話は支払っていないか、 著しく少額でしょうから、法に則って商売をしている人からすると、著しい不公平感。 もっと早く撤去すべきだったと言う事もできます。 全店舗が閉店すると、以前はどうなっていたのかなと。 おしゃれな小窓の物件はどうなっていたのかと思い、Googleストリートビューで2017年にタイムスリップ。 蕎麦屋。居酒屋。 小窓の物件は何屋さんか分かりませんでしたが、多分飲み屋さんかな。 焼肉屋。また飲み屋。 学生ローンの看板のある立ち食い蕎麦屋、寿司屋物件。 これらの店は、昭和から平成初期にかけては、余分なコストをかけずに一等地で商売ができて、かなり儲かったと思います。 自営業者全盛の時代でした。 取り壊しにあたっては、おそらく立ち退き料は無いと思われますが、 逆に訴えられてお金を取られる可能性
だって無いとは言えませんから、 個人商店が厳しい今の時代、そっーと立ち退きができたとしたら、万々歳ではないでしょうか。 戦後の日本を今に伝える貴重な物件とも言え
ます。 取り壊しが始まったら一瞬で壊れそうな建物ですから、見学する方はお早めに。 場所的にも非常に訪問しやすいですし、既に誰も住んでいませんから、抵抗感のある人も大丈夫です。 手塚治虫の漫画の壁画。高田馬場は鉄腕アトムの生まれた場所。手塚プロダクションもありました。 また一つ消える昭和の物件。 西武鉄道が、鉄道用地に勝手に看板を出すなと書いてあるそばから、看板を置いている店があります。 ということで、まさかの高田馬場の不法占拠バラックの映像でした。 ご視聴ありがとうございました。

高田馬場駅のメインの改札口を出てちょうど正面、高田馬場駅のロータリーに面した一番の一等地が、まさかの不法占有物件でした。昭和初期から続く不法占拠バラックが、令和の今になってようやく西武鉄道との協議が終了して、撤去されます。撤去直前の様子を全て、写しておきました。ついでに、バラックの背後にひっそりと存在する、ミニトンネルも写しています。

【関連動画】
女性ライバー最上あいさん高田馬場の殺害現場と犯人の自宅アパートのある栃木県小山市を訪ねる

27件のコメント

  1. こういうしょ~もない話題は西武新宿線の不憫さだよな。
    一方の西武池袋線は、有楽町線、副都心線、武蔵野線など乗り換え不要の話題もあって、利便性が格段に上がり、さらにラビュもー池袋線限定で快適性もアップ。

    西武新宿線は、乗り換えは全て歩いて時間をかけないといけない。 それでも西武鉄道からは同じ電車料金を請求される。
    しかも東西線から地上まで、エレベーターすらないから、階段乗り換えが糞大変なんだよ。

  2. とは言えこの手の不法占拠はなかなか解決しないのが実際で、明治大学法学部下の校内地に建てられた建築物を撤去させるのにも、教授が束になってかかっても負け続け50年かけてようやく退去に至ったらしいですよ、

  3. 簡単に撤去できるような法整備が必要なんでしょうかね。
    といっても議員には色々いるので難しそうですけども。

  4. なんにせよ、取り壊されてしまえば「二度とは現出しない風景」なのだから、このタイミングで
    この動画を製作してくださったことは、後世の何かの資料にはなるんじゃないかな、と。
    懐かしく拝見しました。ありがとうございます。

  5. どんなに不法占拠であっても、税金は取るでしょう……..消費者金融よりも取り立てがきびしいし、それが日本国です。

  6. 駅前一等地等は、戦後に持ち主不在になって書類やオーナー空襲等で死亡になった土地を軒並み半島出身者の手によって転がされてきました

  7. 全国に、河川改修、道路改修 で河川敷や、道路沿いのスペースを占拠している場所が至る処にあります。 それらは、いつの間にか私物化されているようです。 このような状況は看過できません。

  8. いやいや高田馬場だけではないよ。足立区東地区なんか歩道半分を占有して堂々と商売してる。大型コンテナや普通コンテナも不法駐車。おまわりさんもタジタジ。

  9. あのバラックは戦前に西武鉄道が建設する際に朝鮮人労働者を住まわせていた場所です。
    戦後、朝鮮半島に戻った人たちも多かったそうですが、そこに住み着いた朝鮮人も少なくなかったみたいです。その名残で建物の占有者には今の韓国人名義の物件もありました。物件は所有権ではなく占有権で売買や賃借されていました。西武鉄道も朝鮮人労働者の後ろめたい問題があるあったようで昭和の時代は見て見ぬふりをしていたようです。立ち退きの際は裁判になった店舗もあるようですが、最終的には1店舗300万円の協力金という形で立ち退きがまとまったみたいです。

  10. 毎日通勤で線路下に見てるところです。いつまでも建て替えしないなあと思っていたのですが、不法建築とは!

  11. え!あまりに異質だと思ってたけどここ不法だったのか!昭和の時代は日雇い労働の人達が仕事貰う街だったからあってもおかしくはないけど。

  12. いよいよ西武鉄道の地下化工事やもしかしたら東西線直通への再開発への布石になってくるのかな時代の流れですよね😶

    幸寿司一度行ってみたかったなぁ・・・😢

  13. 高田馬場ってめったに行かないけれど、行くと何か渋谷より南の東京とは何か違う感じで薄気味の悪い所。こんな感じに人種が違うんだろうなあ。

  14. ここもヤバいけど隣の山手線と西武線の間にあるミャンマーだのラオスの学生支援団体があるビルが毎月の様にボヤ騒ぎですよね

  15. 日本各地の駅前一等地は、終戦直後の混乱に乗じた朝鮮人(ヤ)により不法占拠されましたね。
    千葉駅もそんな朝鮮人のヤ団体に税金を渡して立ち退かせるよりかはと、駅そのものを移転しその跡地は市民会館になりましたし。

  16. 早稲田に通っていた人はみんな知っているよね。数十年前の新宿の写真集にも載っているお馴染みの場所だった。

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