【重伝建・香川県丸亀市 本島町笠島】塩飽水軍と大工集団による離島の港町 塩飽本島/重伝建制覇への道 瀬戸内編#3

丸ガ 分かりづらい。 早朝から通行きます。前回のあす、香川県多町高島を訪れた一光、市島の小さな島は大工による家が険しいに立ち並ぶ絶景となのでした。 [拍手] [音楽] [音楽] 続く日程2日目は早朝のフェリーに乗って 丸ガから市爆諸島本島に向かいます。充電 建築の笠島集落を初めとして市島最大の島 である本島を今回は見て回ります 。 丸は本島のターミナルはじゃ買いましょう か。そうですね。買います。 それいるけど本じままい [音楽] た座席が快適すぎるんですね。はい。 こっちは多の方よ。 [音楽] [音楽] 6時45分。場です。 着きました。 朝朝ですね、完全に。 で、イア範囲は右上の充電建築と はい。 その周辺に広がるは大体右半分のやつ。 左はごめ。知ってる?有の時が流れる石の島 っていう日本遺さ。左半分大体それで あ、石切り場とかあります。 こっちが日本遺産の構成要予素が多いんでね。 はい。は、じゃあ片集落の方に行きますかね。 はい。あるか。 これなかなかどこでも配ってない。うん。 日本遺産フェスティバルで初めて見た。うん。ああ。な んだ? 早くもなんかあります?スピオバーの空園。 はあ。そんなところに持っていってたんすか?いやあ、ちゃんと置いてくれてた。 [音楽] そうですね。 石切りの話しないつもりでた。 昨日に引き続き諸島諸島の1 番大きな心的な島に来ました。はい。 ここはね、戦国時代までは四軍の本拠地です。 水軍板。 はい。島海道街道の方には村上水軍がいましたけど はい。はい。 似たようなもんとしてひまずを考え はい。 それで江戸時代には水の要所としていたしまです。 うん。ふん。 この水の要所に回線ドイヤを中心に並みができた。 はい。そこに行きます。はい。 はい。えっと、流木アート1です。 1 ってちょっと可愛いけどパグっぽいのがいい。 あっちの木でも遊んでる。 あ、本当だ。遊んでる子いる。えっとね、色鉛筆アートがそこの小屋ですね。 うん。はい。 わからない。 色鉛筆浅すぎるけど強いね一応覗いてます か [拍手] 。うん。なんかあの倉庫がフルオープンし てる状態がストリートビューにあったので はい。多分この半開き はまだなのかもしれない。はい。なんか ありましたね。うん 。に入ってね。入ってたらね。はい。は [拍手] 。アート多いんですよね。アートの 島瀬戸ゲ瀬戸内国際祭うん。あの3年に 1度のトリエのあれではそう2022年の サーカスは終わってるんだけどその作品が 残ってる。あ、そ、2025年が多分行わ れてるな。この感じだと。 アップロードされた頃には そっか始まってる。 はい。はい。これは診療所です。 診療所ですか?はい。よいしょ。 ではい。 あれはすごい遠くから見えるのでっかい建物は天理です。 はい。 関係ないっちゃないんだけどなんかご案内があるよ。 ご案内だけちょっと覗いてみる。 ご案内。ようこそ本島へお察しください。お越しくださいました。はい。絶景なので是非ご覧ください。新殿の南側の広場から景色見ろって言ってるから行こうか。 行ってみる。うん。 入るなとは言ってね。見に行こいって言ってるね。失礼します。 随分入ってええんかっていう気持ちには なったけどお勧めされたので従ってきまし た。はい。天利用のチェックです 。あ、ありがとうございます。朝けのイ式 です [音楽] 。ではですよ。はい。 この成り立ちを話さないといけない。 はい。 芝書諸島の人々はですね、 島っていう地理的な条件もあっての操縦にけているんですね。 はい。 その能力を生かして町時代戦国時代には市水として知られました。 はい。 似ような集団に芸諸島の村上水軍がいますけど、 あちらは軍事力、こちらは技術で勝さる集団です。 はい。はい。 信長の時代には主員場を授与されて瀬戸内会で攻撃を行った。 で、秀吉の遠征の際にも会場輸送で貢献をしました。 はい。はい。 その結果秀吉や家康から市国っていう両地が認められました。 あ、そんな感じです。 どういうことかって言うとうん。 は市としてどこの犯にも属しないまま明治 3 年倉敷県になるまで秩料として統治されました。 高松班でも丸亀班でもない 四枠です。これだけでもだいぶ珍しい事例なんですけど。そうですね。この 1250 個の実治量の持ちとして認められたのが はい。市諸島の船のり650人です。 はい。大名でも商明でもなく 650人の任命人 によって共同を統治するっていうシステムです。 はい。昨日高島でもちょっと出ました。 そうですね。 で、特に任命から選ばれた4 人の年より、ま、原路みたいなもんだよね。ローマ そうですね。 最高指導期間みたいなものを組織して前頭を管理すると はい。 もちろんこの任命制度は全国見ても市にしかない特殊なシステムです。 はい。 で、この人は今でも株という形になって譲渡と接中されてて あ、そうなの。 システムとしては廃止されましたけど 人自体は残ってると はあはあい人 そうですみたいな はいはいということで佐ぬき本島と言わないで四枠本島と呼びたいのはそこ行です はいみたいなレベルでの枠っていうのもありましたよとその市党 650 人の船のりから選ばれたる4 名の精鋭が勤務した場所がこれです。 はい。これ枠金盤所後はいはい こんな特殊な行政システムなんで 金盤書っていう施設は全国ここだけにしかないです。そうね。金盤所ね。 埃り土長もんか。 はい。 中には信長とか秀吉ていった権力者から授与された主員場 とか路図なんかの資料があるみたいですよ。はい。はい。 ま、の歴史資料感みたいなとこだね。 うん。うん。うん。 あ、うん。鬼らん。 ああ。はい。平事時代の配地でうん。 仕訳量が解体された時に 金盤所は本島村役場になりました。 はい。 で、昭和の合併後も丸亀市の本島師書として使われまして はい。ふん。 所有者はね、今でも四枠人命650 名っていう名義になってます。 あそこじゃあどうにかする時に650 年同揺ないとどうにかできない。 持ち続けてるから本島0第1番読たな。 よいしょ。 平安時代の実生期頃に開かれたお寺です。 はい。つまり1000 年後超える歴史があるお寺です。 お、そうですね。確かに 経にある国の木を見よう。 はい。あった。こうですか? [拍手] 木の木 ですって。 はあ。例450年。あんまりあんまり 傘のようなうん。中に収まるです。 はい。香川県の保存。 ちゃんと書いてある。で、そう、2004 年の台風で枝に被害が発生して うん。 それで枝を保護するための支柱がこのように立てられています。 いっぱいある。 すご。 中で休みたい感じだ。 休んでみました。ほら いい。なんかシ的でいい。 うん。 札にだけ ですね。はい。こ、これから奥に進んだからあれでしょ?天狗の足跡 [音楽] 天狗の足跡を見に来たわけではない。 まだほカほかした足跡しかない。 ほかをしてんのいるんだ。近くにいる。 近くにはいるやつだ。はい。 固定プロジェクトってこにピン立ってるけどうん。あります。わからない。 [音楽] あ、ある。ん、どれ? 固定だ。 固定。こちら中は進んでますか?そうね。 とてもいけど暮らせるになってないな ですね。はい。 固定はあります 。いうもんでした。はい 。結構訪れる人多いのかな?案内。地図 ちゃんとある 。はい。洗所です。上だってはい。行き ます。上土州のお寺です。 ロード州を開いた方法年が鎌倉時代にここに島流しにされた時に自島の高品の安島に温かく迎え入れられて物道場を作ったのが始まりです。 ほう。 そもそもなんでこの人が島流しになっちゃったのかっていうと うん。 遠略寺とか幸福時まさになんと北のお寺から はい。 年物中は弾圧した方がいいっすよって言われたこと。 うん。それからごば皇校の尿房たちが うん。 続々とこの年物に出荷してしまったのが激に触れたからです。 ああ、 そんな経緯で祖がじ々きにここ来たっていうことなんで 上土州にとっても正地のようなお寺です。 あ、そういうようなとこ実は結構 大事は なかなか超国ここも立派ですね。 [拍手] [音楽] じゃあ、笠島集落ついに来たか。 あれがそう。はい。はい。 ここは四枠大工の集落です。 はい。枠の人々は 船舶の操縦だけじゃなくて 船舶の健造にも優れた技術を持っていました。 はい。はい。 記録に残る歴史でも藤原市とか平信長秀吉康時の権力者に重要されました。 はい。特に藤原市に関しては うん。 宮大工の元締めでもあったので、その藤原家の少演があった市っていうのは宮大工と船大工の技術が集まりました。はい。はい。 そして戦国北前船を作ったのも四大工 ほう。 全通時の誤の塔も立てたのも四大工う というに建設の分野で活躍した大工の集落です。 はい。 [拍手] これ不定かな?はい。はい。 あってますか?なんか書いてあるかな? 文章。うん。 普通の町屋作りなんですけど、 ここがız島集落の年番商夜を務めた家柄。 商さん。はい。 ここに市の歴史とか江戸時代の文化に関する資料が大量にあるって きっちり詰まってます。 で、無人だけど入って見学可能だそうですよ。 あれ開いてる? 時間はちょっと後で確認しますけど。 はい。 例えばね、岡山県の茨原でその当地の王城や大月家のタを立てた記録とかね。 ああ、さすが大です。 そういうのがいっぱいある。 そんなのがある。藤はい。 [音楽] ということでいきなり始まった笠島集落。 はい。 ここがね、新所の中で最も栄えた港町。 はい。細い道路が雨の目のように通って ますのではい。全部通ってね。大変 。あっちも細い道がある 。あの城下町のように十字郎を作らない 行動です。はい 。お すごすごいね 。右前方に見えてるのが街並保存センター はさ地区190年の案内所です。はい。て はい。 街巡り情報とか大学の建築の説明聞けるって。 うん。ふん。 展示としても江戸自体のミングとかがある。 ほうほう。多分個人にあります。 はい。意外だね。あの港の感じからこんなんが想像できなかった。一気になんか街並が出てきました。 見返り素敵な。綺麗だね。うん。 こっち進めるんですか? なんかすっごい細い。 ガ路でなってるね。はい。お。 あ、海だ。 あの島は香川県です。 あれ?香川県の島? 岡山県ですって言うとあ、 かなりた感じになるけど。ああ、 [拍手] 配線ドイヤの中落。はい。そして大工が手掛けた綺麗な立派な家。 [拍手] 大工だからちゃんとメンテナンスもできてるってことなんかな?体から残ってるみたいな話。 お、看板がある。 ついに来ましたっていうか、あの、看板というか、そっちがすごい。 石の方が気になる。 石すごい。ま、看板です。大体この範囲です。 はい。 令和元年日本さんにいてはい。あの、知ってるってやつね。 そっちもちゃんとあるね。 知ってるって。日本さんだってそうだよ。知ってるかくなるよ。 はい。おお、綺麗。 はい。 あの、その伊藤弱中丸山は分かるけど うん。 何でも鑑定団きの攻学が気になってしょうがない。 ちょっと気になる。はい。吉田です。 はい。 仕訳大学により建築された地区100年。 うん。ここ100 年ぐらいでもまだまだ大が家立ててるんだ。 そっか。はい。そういうことになると。 はい。そしてこの東西の通りが抹ちょ通りです。 すごい気になってんだけど何? あ、街通りがなったものでなっちゃった。 [笑い] ちょっと待った。 ちょっと待った。それになっちゃっ。そう。これ見るとすっごい気になった。マッチ通り。 街通り。はい。 員ですか?うん。 はい。よし。サボろ。 サボる。 芝居小屋の跡をとめる。 はい。はい。事業石。 小上座っていう芝居が経にあった。 ふんふん。で、今は思かない。 うん。公民館の広場を見ると うん。 公民館側に近寄るにつれて地面が高くなってる。 こういうこと。 はい。芝居がよく見えるように地面に傾斜をつけてる。はい。はい。や、おかげもないよ。この緩やかな傾斜営車が残ってるって言いたいって話。はい。 こいないよ。 [拍手] 共同意があるぞ。 ふんふん。どれがこれ?これかな?あ、 ま、閉じてるからあれですけど。よいしょ。 [拍手] バと大変だね。お別。 そうね。 [拍手] お上ですか? 神社 [拍手] 私のこのレジュメの中で変なこと書いてるんですけど、そのまま読みますね。 はい。大正5万1916年の建築です。 どうした? かこ51916年。はい。俺明治30 年に創立されて 大正年に廃行になった うん。 四枠補習工業学校の生徒による建築です。ずの学校があったってこともそうだし はい。 この神社の配を学生が作ったっていうことにどれほど大工が有名だったかっていうのを物語るエピソードかなと 思いましてはい 本電は1712年立てられたやつですけど これはハデですはい 学生が作ったハ電ですごい立派な 嘘でしょすごいですうん 。よいしょ 。よいせ。 こちら マットか。 その街屋通りと別の意味がついてるけど それでいいの気持ちが すごくあれ今公開民間もう1個見落として た。 見落とし公開民間があった。これだ。これ。あ、振り合いの館ですね。 はい。で、 同じ字でこっちさぎでこっち牧ですね。 うん。 牧家はあ槌 桃山時代に秀吉から四枠の領有県をもらった時の年寄り。 トップ4の1人です。うん。はい。はい。 で、江戸時代では宮大工として活躍しました。 うん。 狭い島なんだけどここ敷地が広いの。そこの辺のままでそうでしょ。 鬼はある。 津に買い立てのやプラス暗という構成がクは奥とかかしら。ああ、大きいね。確かに。 え、触れ合いでした。触れ合えなかった。 ということで公開施設が開くのはもうちょっと酒の時間なんで はい。今見れるもの終わりましたね。 はい。 悪変が聞こうやる。 そうね。 なんかちょっとこの集落の外側行ってみようかな。 はい。はい。あ、虫。はい。お、海見よっかな。あっちはついに本州じゃないですか? [拍手] あれ?いい加減本酒。いい加減。 いい加減。 え、いい加減本州なんですけど、 手前のひつ島橋とひっついて見えてます。 あの、手前は島。 はい。だからあの釣り橋の手前は追島。 はい。 その先のホテルがありそうなところが はい。下井だね。 下井。あそこ分かる。ワシュ山ハイランドある。 和山ハイランド。小さい頃に行ったのね。今ではなぜかブラジアンパークになってる。 ブラジルじゃない時代もあったんや。 ちょっとニューじゃない。レオもも行ったし。 こんにちは。どうも。あ、もっといる。猫広場になってる。 猫広場かな? 猫広場。 橋を見るぞ。あ、すごいね。でも綺麗。 眩しい。 今これで右見ると大変なことになると思ってるからこの角度です。 はい。 笠島地区はひまず見た感じになったか? はい。ちょっと港の方行こっか。 向こう。このこの眩しい方に行かないと 我慢する。我慢我慢我慢。本島城はい。 そうですね。これ は幸せの金だ。幸せの金っぽいものがあっ た。誰かいる?誰かいるね?景色だけ 見よう 。あ、降りれるんだね 。そう。大変です [音楽] [拍手] 。綺麗。 [音楽] ん、梅箱。こちらにもありましたと。これでちょっとぐらいこんな感じかな。梅バカだね。タコです。 [音楽] タコです。タコか。そう。アーティさせ替えないな。そうだ。 [音楽] え、でかない。でかいね。高いし。 よいしょ [音楽] 。看板あります 。年寄りだ。色測り 綺麗なお がすごいな。何ってことでもないんだ。 古い感じの [音楽] 金庫で看板プロジェクトだね。え、看板。 あ、あれもうちょっと見やすいって。 あ、本当はなんかマラーソンあるぞ。作品っぽいんだけど、今入れない。はい。立ち入り禁にしって隠れてたの家です。 はい。よいしょ。太せ。はあ。こちらあるね。 [音楽] [音楽] 白跡と橋です。 景色切れ。 帰ってきた。 帰ってきました。本島の泊まりの港に帰ってきた。 はい。うん。時間も9時12 分。問題ないね。はい。ちゃんと余裕ある。管理マンの検証して。 あ、作品だ。 こんにちは。作品の一部じゃないです。 じゃないって書いてっちゃった。ああ、なんか綺麗。面白いね。 フェアトレ出行。 出行。まさに本島丸。 そうね。こういうことか。どんも。 はい。こんな感じ。本島。 はい。 設計の島でした。多分瀬戸橋の素材がめちゃくちゃある。 アートもまさかあるし。 じゃあ、また戻ります。ありがとうございました。 はい、ありがとうございました。ご視聴お疲れ様でした。川県丸亀メ市諸島本島の様子でした。 [音楽] 本島は市諸島の中心となる島で市水軍や四 回線の本拠地として栄えた港町が展開して いました。またシ惑は人性という全国に利 を見ない制度によりどの範にも属しなかっ た自治の島でした。そして枠の中でも 瀬戸大橋に近く橋の絶景に瀬戸ゲーの作品 軍が入る絶景とアートの島でした。瀬戸内 編は丸ガに戻った後瀬戸王橋を渡って岡山 県倉敷市下の町並保存地区を敗壊します。 トンピラとタコと鉄道の町に向かう裏には 回避できないトラブルがあったのでした。 [音楽]

旅行好きな油屋ヒマンニャム* が、香川県・岡山県・兵庫県の重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)や重文景(重要文化的景観)などを巡るようすです。

日程2日目を迎えた第3回では、香川県丸亀市の丸亀港を出発して、同市内の本島を散策する様子を描きます。

今回のテーマは「塩飽水軍と塩飽廻船の本拠地」「絶景とアートの島」です。
全7回

前 その2:高見島 https://youtu.be/SV1P_joC1vg
次 その4:下津井 https://youtu.be/0dtbrohOY1c
再生リスト https://www.youtube.com/watch?v=MDIw9RO4Cv0&list=PLwS-a8werFqUqvVyRyxYmlUd5eDh3mqg5

前回シリーズ
重伝建制覇への道 大阪編 その4:河内長野 https://youtu.be/HkCKB_7oVkY
マイリスト https://www.youtube.com/watch?v=YWY6QK7GBbs&list=PLwS-a8werFqUzbaOfkEdZtNuCFF1k_vIp

別シリーズ 30秒で紹介する重伝建(ショート) https://www.youtube.com/watch?v=dKAYPLrpQHA&list=PLwS-a8werFqWk11g8WmIi3pNT4pDTwJ1U

瀬戸内編として確保した日程のなかで、旅程を組むのに最も核となるのがこの本島でした。牛島には行けるか、六口島海運の旅客船は使えるか、荷物はどこに預けるのか、などを勘案して早朝往復ルートになりました。

笠島集落に入ると、これまで歩いてきた田園風景から一変した圧巻の町並みが広がります。しかしそれだけでなく、塩飽という地域の特殊性、瀬戸内国際芸術祭を通じて見える熱意や活気、そしてどこからでも見える瀬戸大橋のランドマーク的な景観とが渾然一体となって、塩飽本島に足を踏み入れたことに対して特別な経験をしたような感覚を喚起してくれるのでした。いや何を言ってるんですかね。ここまで楽しかったのなら、牛島にも行けば良かったなという感想です。

00:00 オープニング
00:47 本島汽船
01:48 塩飽本島
02:41 高無坊山石切丁場の刻印石
03:44 流木アート&色えんぴつアート
05:27 天理教本島大教会
06:24 塩飽の歴史の話
08:43 塩飽勤番所跡
10:02 長徳寺
11:50 瀬戸内国際芸術祭の鏝絵
12:23 専称寺
13:29 本島町笠島集落
14:13 文書館(藤井邸)
15:38 笠島まち並保存センター(真木邸)
17:43 吉田邸&マッチョ通り
18:39 尾上座&共同井戸
19:45 尾上神社
21:13 ふれあいの館(旧真木邸)
23:09 笠島港
24:05 幸せの鐘
24:32 善根湯×版築プロジェクト&笠島・甲生地区の埋め墓
25:05 年寄宮本家の墓&年寄入江四郎左衛門の墓
25:43 漆喰・鏝絵かんばんプロジェクト&咸臨の家
26:05 木烏神社
26:56 Vertrek「出航」
27:21 丸亀への道のり
27:35 塩飽本島のまとめ
27:58 次回予告

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