【里庄駅】岡山県西部にある”カレーの町”まで絶品スパイスカレーを食べにいくだけのツーリング【岡山県・全駅グルメラリー#50】

はいどうもモゲライダーです今回はですね 岡山県全駅グルメラリ第50弾ということ でね今回訪れる駅は山陽本線里正駅です [音楽] T [音楽] [音楽] はいということで山陽本線里正駅までやっ てきました [音楽] [拍手] [音楽] ということでね岡山県浅口軍里小町にあり ます山陽本線里駅までやってきましたま この里駅はねま駅名の通り浅口軍里町のま 玄関口というような役割ですねで里駅の この現在の駅舎というのはねどうやら情報 によると昭和41年に建てられたもの みたいですねでねまこちら先ほども言った ように里省庁のね玄関口なんでね駅舎の中 にはこういう風にねま里正の特産品とかが ケースに並べられてま紹介されてますねで どうやらね里省長のゆるキャラもいる みたいでねこれさとちゃんっていう キャラクターみたいですね可愛いです ねそんなねさちゃんが生息する里正駅の 場所なんですがね鴨方駅と笠岡駅の間です ねなんでもうほぼ広島との県境に近いです ね今ね里正駅に電車が入ってきますけれど もねこれが糸崎行きの普通電車なんですが これに乗るとね福山駅まで20分でね 行けるんですよまそれに比べて岡山まで 出ようと思うと電車で40分かかります からま里正の人たちが町に出るとなれば おそらく福山の方に行くんでしょう ねなんで里正という町は岡山の経県という よりは福山の経済券の方に入るような町 ですかねで里正駅はね単式ホームの1戦と 島式ホーム1面2戦のね計2面3戦がある んですけれどもねでそれに加えましてね この3番乗り場の横にはねまた線路があり ましてね要するにこの里掌駅には4本の 線路が通っているというまなかなか広大な 駅ですねま今3番乗り場にねあおい行きの 普通電車入ってきましたけれどもねま さすがはやっぱ里正駅山陽本線の駅です からね頻繁に電車も停車しますねまこの 登り電車に乗るとね倉敷まで20分ちょっ とってことでね本当倉敷と福山の中間 ぐらいにあるのがこの駅ですねま確かに そう考えれば福山へ電車で20分倉敷へも 電車で20分ってことでねちょっとした 郊外のね自然がある町に住むってなったら この辺りいいのかもしれないですねま そんなねサシの駅前の様子はこんな感じ ですねま特に商店などが立ち並んで るっていう感じではないですねただ里駅の 少し南に行くとね国道2号線が走っており ますんでねそこには結構ロードサイド店舗 とかも立ち並んでいるというでそんなサシ の駅前眺めてますとね何やら物騒な看板が ねありましてねこれでいいのか里正駅前と ね里正にはま大手企業がいっぱいあるのに なぜ駅がこんな有り様なんだっていうこと ですね怒ってますねま駅前にあるこの空屋 これも解体する約束がされてるのに履行さ れていないみたいですねでこれがその秋 みたいなんですけどねま確かに駅前の一等 地にこんな配置があるっていうのは ちょっとねいただけないですよねまあね 先ほどの看板にも書いてあったようにね サシにはねま朝日飲料始めとした大手企業 の工場がたくさんあるんですねまそういっ たことからね平成の大合併の時にはね他の 浅口軍の町は合併して浅口市となったん ですがねサシだけは大企業の税収も見込ま れて財政的にやっていけると判断して単独 で存続することになったようなんですね なんでね里掌っていうのは今も唯一の浅口 軍の町として存在してるんですがその駅が これかよっていうことで怒ってるようなん ですねま確かにねサシの駅前歩いてみます とねまこんな風に謎のねビジネスホテルの 跡地とかがま残ってたりねちょっと駅前と しては寂しいかなって感じありますよねで あとま他の浅軍のね鴨方金光その2つの駅 はね北と南2つ出口があるんですが里正に は1つしかありませんなんで駅の北側に 行こうと思うとまこういう風に歩道橋が かかってますんでねこれを渡っていくこと になりますで里正駅の北側にはですね グリーンクレストというね進行住宅地が 増成されておりますま2025年3月時点 でね里の人口は約1万7000人いると いうことでねまこの里正という街はね そんなに広くはないんですけどもね約30 年以上にわってね人口を1万人以上キープ し続けているということでねま里掌って いう街はねどうやら子育て支援もかなり 充実してるってことでね移住者も多い みたいなんですよねまそれに加えてね里掌 には山陽本線と国道2号線が町の真ん中を 通りますからま福山に行くにも倉敷岡山に 行くにも利便性がいいというような場所 ですよねまそんないくつかのね要因が 重なって浅口軍唯一の町として現在まで 生き残ってきたサシなんですがそんなサシ はですね大きく3つの地区に分かれるん ですねそれが里見そして町の南に新庄町の 西に浜中とあるんですねそしてこの里正と いう地名の由来それはですね現の里長を 構成する2つの地区里新庄この2つの地名 から1文字ずつ取って誕生した要するに 合成地名なんですねなのでこの里正という 地名が誕生したのは里ミソと新城村が合併 して里小村となった明治38年ですから実 は里正という地名は明治以降に誕生した 比較的新しい地名なんですねでここはねの 郵便局がある道なんですけれどもね実はね この道が里と新庄の教会となっているん ですよねまなんでねこの道この北側ま里 省庁の役場とこがある側ですねこっちは 里見そしてこの郵便局がある方向こっちは 新庄となるんですねでこの里と新庄の教会 となる道歩きますとね何やらちょっと古い 建物倉屋敷のようなものとかねその先には 石道路みたいなものも立っておりますま こういった風にね何か少し歴史を感じ させるこの細い道実はこの道はねかつての 国道2号でありましてその昔江戸時代には 鴨方大来という街道だったんです ねこの鴨方オーラというのは美前岡山班の 本拠である岡山城から鴨方を経て笠岡福山 へ至る街道でありまして現在の国道2号の 原型になっている街道ですこの鴨方オラは 鴨方班と岡山班をつぐ重要な街道として 機能していたんですがなぜ整備したのかと いうと鴨方班は当時の岡山班の市販であり まして頻繁に生きする必要があったからな んですね当時の鴨方というのはビチの国で ありながら美前の国である岡山班の市販が 置かれ美前が納める領地だったんですね そして鴨方班というのはですね当時の浅口 軍の勝林村現在の里省庁里見までを領有し ていたつまり現在の浅口軍は里省庁里まで 美前の国の領地だったんですねなので当時 はね里見という場所は美前の国のものだっ たとま要するに現在の里省庁の半分は昔は ビゼのものだったということになるんです がではこの先今これ民があるんですがね この民家の先ここからはね里省長の新庄と いう地区になるんですでこの民家のカフェ あたりが教会となっておりますということ はこの先から美前の国の領地ではなくなっ ていくということになるんですがじゃこの 新庄からはま浅口軍というのは元々ビチの 国のものですからまになるのかなと 思うんですがね実はこの新庄というのは 江戸時代 の国の領地だったんですね切の国というの は現在の大阪府北中部の大半と兵庫県南東 部に当たるんですがこの切の国に浅田班と いうのがありまして浅田班というのは現在 の大阪府豊中市に本教を置いておりました その浅田班が現在の里省庁の新庄浜中を 領有していたつまり現在の里省庁の半分は 美前の飛びもう半分はのびだったことに なるつまり今の里省長というのは岡山と 大阪の飛びがドッキングしてできた町なん ですねでここがねコミンカカフェから北へ 伸びる細い道ここが里と新庄の教会になっ てるんですがなのでね今これここを今まい でね美前の国から切の国に入った江戸時代 で言うとそういうことになるんでしょうね 里が2つの飛でできた町だことを示すもの それはですねこの新庄にある不動員という 寺院にありますこの不動員というのはです ね江戸時代の 1693年に混流されたんですがその混流 のきっかけは里見にある両山寺にあるん ですねこの両山寺は当時の岡山班阪池田三 による人整理によって両山寺は廃城まで 追い込まれていくんですが両山寺の尚が 新庄に逃げ込んだんですですねそれは新庄 が朝田半の領地でありまして人整理から まかれることができたからなんですね不道 員のある場所というのは両山寺から直線 距離にしてたった2kmほどなんですが ここは切浅田半のため美前池田班から 逃れることができたそれによって現在も里 には両山寺が存在しておりますそしてその 切浅田班が里に残した大きなものそれが里 を構成するもう1つの地区浜中にあります この浜中という地区はですね里掌の1番西 に当たる地区でありまして笠岡市に隣接し ておりますいわば浜中が里正と笠岡の町の 教会に当たるんですねしかしまたその教会 もびなことになっていますここはね国道2 号線の浜中橋これがね里正と笠岡の教会と なっておりますまこれは非常に分かり やすいんですけどもねで浜中anのね土手 を歩いていきますこの左手に見えるのが 浜中団地というねまた住宅地になります ここは里象徴ですねでその土手をしばらく 歩いていくとね何の変哲もないね歩道橋が 出てくるんですけどね実はこれが笠岡と 里正の教会にもなってるんですよねこの 歩道橋から南はもう全部笠岡市になるん ですねいや普通であればねまここに流れ てる川これ今立川って言うんですけどもね まこの川っていうのは瀬戸内海まで注いで おりますからこの川を境いに川の西は笠岡 東は里正という風に分けられるのが通常で はないのかなと思うんですがねただここで の教会は急にここから東へエジを書くよう にサシと笠岡が分けられると一体なぜこの ような教会になっているのかそれは浜中 団地の中にあるねこの公園の一角に答えが あるんですねこの公園の一角にね平優先 検証記念費とね刻まれた石碑が立ってるん ですがこれこそがまさにこの里正に浅田班 が残した偉大なものそして笠岡と里正のび な教会の理由なんですね江戸時代初期せ 浅田班がとびとして新庄浜中を領有した 当時現在の浜中交差点あたりが加工だった と思われますなので現在の浜中団地がある 土地は存在していなかったつまり浜中と いう町に土地はほぼなく田端も少なかった ために両人は苦しんでいたんですねそこで 浅田班の範囲だっった平優先が資材を通じ て浜中の沖を干拓して土地を開発したそう して出来上がったのが浜中神殿現在の浜中 団地なんですねなんでこの浜中団地という のはですねま当時の設朝田班ま要するに 大阪から頂いた大きなプレゼントなんです ねここがね里小町浜中団地の一番南の端の 部分でしてねこの道路を栄えに左手が里 小長浜中そして右手が笠岡市西大島神殿と いう地区になります中団地の南に面した 笠岡の町の名前西大島神殿この地名からも 分かるようにですねここから南の笠岡の 市域も神殿開発によってできた土地なん ですねでこの西大島寝殿という地区ねこの 右側がそこに当たるんですがこの西大島 神殿を開発した人が鳥越新米という人でし てねま個人でねあの神殿開発をしたような んですがねその殿開発の許可を出したのが 当時の笠岡大館所なんですねなのでこの 浜中団地より南側の土地というのは笠岡市 のものになっているんですねこのように 浜中沖というのはですね干拓前は西に笠岡 を領有していた福山班南には寄島を領有し ていた鴨方班中央には浜中新庄を領有して いたせ浅田班と各班の領地が面する場所 だったんですねその教会をまで引き継いで 今も里というのは岡市浅市に取り囲まれた 域になってるんですね今は海のない里正 ですが当時は浜中沖から大阪の浅田本陣 まで年の輸送のため船を出していたと言い ます反の体勢を維持するにはピッチから 遠く離れた大阪の地恵ですねきちんと年を 収めさせないといけませんなので浜中には 大所が置かれ朝田からその任務をれた西は 今も里の偉人としてその名が残っています しかしそもそもなぜ大阪の班がビチの 小さな村を領地としたのかそれを紐解く ためにですね最後に里の北にそびえるこの 山の上に行ってみたいと思い [音楽] ますということでねこちらがのニエル古 蔵山の山頂ですねここにはね古い白跡が 残っておりますでさっきね里正の町から見 た山の上の観音ぞどこにあるかというと ここに出てくるんです ねそしてその観音像がある場所にかつて白 が立っていたそれが飛び農場という城です ねこの城はですね当時の戦国大名だった 大内氏が築上したとされておりましてその 後はモリ氏が立中進行防備のための金めと して使ったとされておりますこれがね飛び の城石からの眺めなんですがね確かにここ からはね厚口軍一体を見渡すことができる んでね戦略上重要な場所だったというのは 容易に想像ができますそしてここに朝田半 がビチの小さな村を飛びとした理由がある と思っています朝田の初代阪は青木かと いう人なんですが元々麻田班を立板する前 から青木かはこの新庄の地を与えられてい たんですね後の浅田班初代阪となる男に この地を与えたのが橋秀吉です当時カパと なり天下統一一歩手前だった秀吉は を重要地と定めていたそれは過去にビチで 苦戦を強られた戦いがあったそれがビ高松 城の戦いですこの戦いの経験から戦略上 の重要さを認識していたものと思い ますいつモリがまた攻め込んでくるかも わからないこのの地を抑えることで 天下にまた一歩近づくと考えたと思っても 不思議ではありませんなのでこの飛びの城 を要するこの新城に青木かを送り込んだと 思っていますその後江戸時代になり青木氏 は朝田班初代阪となるんですがその秀吉 から与えられたとびもそのまま引き継いで いくことになるんですねその後明治の配 FAM地検まで里省庁の新庄浜中は切通 浅田班の飛び地として領有されていくこと になります江戸時代を通じて美前切通の 飛びだった町は明治になると岡山県浅口軍 となり美前の飛里と大阪のと新庄が合併し 浅口軍里小村が誕生します今では国道沿い に大手企業が立ち並ぶ浅口軍唯一の街とし て生き残っていますはいということで今回 里小駅編で行くお店なんですがラフィング ブッタカフェというお店に行きたいと思い ますこのお店はねカレー屋さんでしてね このサシという街がカレーをグルメで押し てるんですよねでその中でも個人的に気に なったのが今回のお店ですんでねちょっと 行ってみたいと思い ますおよそ200m先左 [音楽] です疲れあこちらですねでは行ってみ ましょう プレートはそうあの和山の ナンバー おじだいぶ間 変なメンバーなんから面白いよ [音楽] [音楽] ますJA [音楽] い [音楽] [音楽] [音楽] はいということでね三種盛りスパイス カレー食べてきましたけれどもねいや おいしかったっすねま本当ね今回魚の カレーとチキンのカレーそしてグリーン カレーのねこの3種盛りでしたけれどもね ま1つ1つねそのカレーの味わいそれも 美味しいですしま後でねどんどんその3種 のカレーが混ざっていくんですけれどもね その混ざった後も美味しいんですよねでね まカレーの街サシっていうことでねその カレー屋さんの中でも1番人気の多分お店 なんでしょうねもうね席ももう常に満席で ねまかなりの人気点だいう感じでしたねな のでねもし気になる方はね行ってみて くださいということで全駅グルメラリ里駅 編は以上になります私サブチャンネルとし てモゲライダーのみチャンネルというのも やっておりますよければこちらも チャンネル登録ご視聴よろしくお願いし ますそれでは今回も最後までご視聴 ありがとうございました [音楽] こな日には

【岡山県・全駅グルメラリー#50 山陽本線 里庄駅】

今回は山陽本線 里庄駅です。

・ラフィング ブッダ カフェ
岡山県浅口郡里庄町里見2529−1

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#カレー
#里庄
#飛び地

当チャンネルについて
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大都会のような街の華やかさはなく、かといって壮大な大自然が広がるわけでもないとてつもなく中途半端な県、岡山。

このいまいち存在感のない岡山の地で生まれ育ったもんげーライダー HIROYAが愛車のNC750Xに跨りモトブログ形式で主に岡山の定番ツーリングスポット、名所からディープスポットまで紹介するチャンネル。

もんげーとは、岡山の方言で「ものすごい」という意味。
このチャンネルを通じて岡山のことを少しでももんげーと思ってもらえれば幸いです。

その他、山陰、四国、関西によく走りにいきます。

2016年に50ccリトルカブで約1年間日本一周の旅をしていました。
日本一周の日々を記録したブログは下記リンクに貼っていますので宜しければご覧くださいませ。
http://blog.livedoor.jp/osakaokayama-osaka_okayama_kaeru/

【BIKE】 NC750X(HONDA)  KDX125SR(KAWASAKI)

【CAMERA】 HDR‐AS300(SONY) iPhone12pro max

29件のコメント

  1. 里庄って通過することはあっても目的地になった事はなかったので、知らない事ばかりで面白かったです。
    カレーの街と言うのも初めて知りました。機会があれば行ってみたいです。

  2. そういやこの動画見て、山陽道歩いて走破してる大学生の動画去年見てたら西条の駅前にも同じように市のことボロクソ書いて批判してる看板あってストビュで確認したらまだそのままにされてました。

  3. 里庄町に勤めた経験があるので見知った土地をみられて懐かしい気持ちになりました。里庄町の成り立ちは初めて知りましたね。里庄町の半分以上が飛び地だったのは驚きです。
    ラフィングブッダカフェのカレーは2度ほど食べたことがあります。チキンカレーとグリーンチキンの二種盛りは食べたことはありますが、三種盛りもできたのですね。また訪れたいです。長文&自分語り失礼しました。

  4. こんにちは。いつも岡山の地理、歴史を分かりやすく丁寧に説明して頂きありがとうございます。毎回聞き入ってしまいます。

  5. フリーズドライで有名なアマノフーズもアサヒ飲料グループになったのかぁ。
    ラフィングブッダのチャイもヤバい!

  6. わが町里庄町の紹介ありがとうございます😊浜中地区は郵便配達で回ってたことがあり懐かしく感じます。
    いつの間にかカレー押しの町になってることは知りませんでした😂

  7. 歴史に詳しくないと分からないくらい複雑な地域なんですね。大変勉強になりました。
    ほぼ通過しかしないのですが、走ってみようかな?道が狭そう・・・

  8. 僕にとっては里庄町は職場から笠岡市に行くときに通過するだけの地域ですが里庄町の歴史を学ぶことができためになりました。

  9. 里庄まで来られたなら、次は笠岡でしょうか。
    ついでに福山まで来てください。
    福山で私のお勧めは、阿藻珍味のチィチィイカ天プラと、ラジャのハラミステーキです。 どちらも美味しくてコスパが良いです。

  10. いつも歴史の勉強になります😊すごい調べていらっしゃるでしょうね😊分かりやすいです😄

  11. 昨日、動画見て無性に食べたくなりました。

    里庄はそんなに遠くないし、居ても立ってもいられない感じになり、(開店前着で)さっそく食べに行って来ました。

    美味しかったです。有益な情報ありがとうございます。

  12. 全駅グルメラリー第50弾!
    おめでとうございます🎉

    毎週土曜日の楽しみになっています!🤣
    今回も素晴らしい動画です!
    見応えあり!!!

  13. 毎回楽しみにしてます
    土地の歴史の解説が特に好きですね
    構成も良く出来て魅了されます
    次のアップも期待してます♪

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