2025年5月5日-2 モビリゾートもてぎ ホンダコレクションホール エンジン始動イベント 二輪編 CB750F改デイトナスペシャル フレディ・スペンサー 宮城光

レーサーのご紹介をしていきたいと思い ます。こちら1982年にアメリカで開催 されたデイト100マイルレースと呼ば れるレースに参戦したマシンです。1マイ は約1.6kmになりますので約 160kmの距離を争うレースとなります 。ライダーはフレディンサ。え、マイク ゴールド。ロベルトピエトリと実力派の ライダー3名が揃い、レースでは1位から 3位を独占。 優勝に輝いたフレディスペンサーはスタートからゴールまで特走という速さを見せました。本日エンジン指導を行うのはフレディステンサーのマシーンです。それではエンジン指導の準備をお願いします。 [音楽] [音楽] さあさんのマシン はい。え、このマシンは1990え82 年のえ、テートナウィークのスプリントレース、え、 100マイル、え、いわゆる160km のレースでフレディスペンサーが優勝したマシンそのものです。 [音楽] え、フレディスペンサーは当時20 歳ですね。え、それまで、え、アメリカの スーパーバイクで様々なマシンになり、 活躍は認められていました。え、当時本田 としてはいやフレディスペンサーと契約を し、え、世界グランプリ1982年から 83年の、え、チャレンジに向けた、ま、 フレディスペンサーは本田のひどっこ ライダーだったわけなんですね。多くの人 たちがフレディスペンサーっていうのは誰 だていうのが実際の世界中の、ま、話題 だったわけなんですね。え、しかしこの年 1980年のこのデイトナのスーパー バイク100マイルで、え、彼は独走優勝 、ポールトゥイのしてしまうことによって 、え、彼の実力が世界中にバレてしまう わけなんですね。こんなに早い、20歳の ルジア出身のライダーがいるのかという風 になっていくわけなんですね。え、ご覧 いただいてる今から以上をかけるこの オートバは基本ベースはCB750F そしてCB900です。え、1979年に ホ田が世界に受けたスーパースポーツの 戦略モデルです。アメリカではこの75 CB750Fとして発売しましたんで アメリカのスーパーバイク レギュレーション、AMAの レギュレーションに合わせてCB7Fと いう表記で、え、参戦してるわけなんです ね。エンジンの排気量は1023cc、え 、馬力で言うと145馬力、1万500 回転フローもあります。ク冷エンジンで エンジンはドライスタントエンジンですね 。いわゆるオイルパンにオイルが溜まって いない。え、右側の方から細胞カを外し ましたからアルミノ担保は見えますけども 、そこにエンジンオイルが入ってる。え、 そして監式グラッチ。え、それと当時 ホondaが、え、ニューレーシング、ま 、MRから発生しましたNS500に採用 していましたフロントークやブレーキりの パーツ、え、そういった1級品の ブレーキパーツをこの試車につけることに よって、え、スーパーバイクを勝とうと いう足ですね。だいぶ喋りましたけど、 皆さん止めてくれないとずっと喋ります けどね。音聞きたいですよね。 そうですね。またちょっとエンジンのね、サウンドを聞いていただきましょう。 はい。ではこちらも大きな音が出ますのでお子様を連れのお客様はご注意をお願いいたします。それではエンジン次をお願いします。 [音楽] これはなかなかエンジン手指導もそれほどやってませんから、あの、レアな三振に皆さん来ていただいてるなと思いますね。 [音楽] ド [音楽] [音楽] お [音楽] [音楽] 1982年CB750デトの指導でした 。ありがとうございます。ここでですね、 え、2輪と4輪の入れ替いきたいと思い ます。 大丈夫。

宮城光さんのトークが楽しいです。縦型の撮りおろし動画です。映像はお見苦しいので、音声だけでもお楽しみ下さい。

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