【モンキー125ツーリング】五百野皇女の塚

今回は、津市にある皇女の塚へ・・・
日本武尊のお姉さんにあたります!

※五百野皇女塚

大きな石碑には、「景行天皇皇女久須姫命之古墳」と記されています。鎌倉時代に書かれたと考えられている「倭姫命世記」などによると、
久須姫は景行天皇の第7皇女と伝えられ、「日本書紀」などの歴史書に登場する五百野皇女と同一の人物とされています。
古代から中世にかけて、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、「斎王」と呼ばれる未婚の皇女を派遣する制度がありました。実在する斎王としては、壬申の乱に勝利した天武天皇により、その感謝を伝えるために
天武3(674)年に伊勢に遣わされた大来皇女が最初とされます。
それ以前にも、倭姫命などの伝説上の斎王の名前が伝えられており、
五百野皇女もその中の1人です。
「日本書紀」によると、五百野皇女は、景行天皇が即位して20年後、
伊勢に遣わされたと記されています。五百野皇女がその任を解かれた
時期は記されていませんが、「美里村史」に収められている伝説によると、都に帰る途中に美里町五百野で病にかかり、亡くなったとされています。
五百野皇女はこの地に葬られたともいわれ、五百野の地名は皇女の名前に由来するという説もあります。
もともとの石碑は昭和15年、現在の場所よりも東に広がっていた田園地帯にあった塚の上に建てられました。その後、水田の区画整備が実施され、
昭和59年に現在の場所に移されました。
また、石碑の北にある高宮神社には、祭神の一つとして五百野皇女が祭られていて、地元では「姫宮さん」と呼ばれ親しまれています。

※高宮神社

五百野の高宮神社は、五百野皇女を祀る神社として知られています。皇女に随行していた高宮という者が御陵を祀るためにこの地に残ったのが始まりとされています。

Leave A Reply