【真相】日本の始まりは徳島県!阿波と天皇家の深い繋がりを徹底解明!【ゆっくり解説】

今回は邪馬台国阿波説について解説していくよ。
ぜひゆっくりしていってね!
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16件のコメント

  1. 畿内はあり得ない。当時、馬もいたし、蛤は取れん。九州は1割、四国も1割、沖縄も1割、日高見国が7割。記紀を読む限り邪馬台国にはたどり着かん。300年も検証を繰り返し北九州ってえらく狭い範囲になっている。沖縄のアマミキヨ族が九州のどこから来たのか、海人族のことなのか、皇統とのかかわりを検証して。

  2. 配信を有難うございます!😊
    天照大御神様の、お母様のイザナミのみこと様を、お祭りしている
    伊射奈美神社も阿波だけにあり 
    其の御陵も阿波富士とよばれる 高越山にあります。
    木綿麻山(ゆうまやま)とも言います。
    美馬市には、倭大国魂神社があります。

  3. 古代阿波の話を考察。おそらく西暦200年~400年くらいの時系列を想定。
    1.魏志倭人伝の「其山丹有」と記されている。
     この時代の日本で丹(辰砂)の採掘が最大規模なのが、徳島南部の若杉山遺跡
    2.奈良の古墳に、若杉山遺跡の辰砂から作られたであろう朱や、阿波の青石が用いられている
     この時代に権力者の古墳建造や葬儀を統括する役人として、忌部氏や阿波豪族が権力を拡大したと思われる
    3.忌部氏ゆかりの阿波・四国では、地元の神話を創作し、後に古事記に登場するような神々を祀った神社が建立される
    4.忌部氏が中臣氏とともに朝廷の祭祀の役割を持ち、彼らの神話が全国に伝搬

    そして古事記ができるのが712年なので、どこが発生かわからなくなってしまったわけです。

    古事記内の記載と絡めると
    ・古事記の国生みで、阿波の国の神が食物の神であるオオゲツヒメで、本編に登場しスサノオとあっている
    ・延喜式においてイザナミ神社が阿波に一つだけ、周囲にはイザナミの生んだ神を祀る神社が多数
     忌部氏が古来より信仰していたのが、イザナミと考えられる。
    ・イザナギが三貴子を産むのは橘の小戸の阿波岐原で、徳島南部に橘湾が存在し、周囲にはその話で登場する神をまつる神社がある
     紀伊水道の伊島に、この時の「奥疎神、奥津那藝佐毘古神、奥津甲斐辨羅神」というマイナーな神を祀ってます
    ・神社の位置から想像すると、吉野川周辺にイザナミが多く、徳島県東部・南部にイザナギや出雲系(大国主や事代主など)の神が多い
    ・崇神天皇がヤマトに作ったとされる「倭」大国魂神社は、延喜式において阿波にある

  4. 富士山も元は阿波高越山(神山)のことをフジサンと呼んだみたいですよ。

    高越山にイザナミが眠っておられますので至極当然のことです。

    ちなみに現富士山は古代アサマ山と呼ばれていました。

  5. ゲノム解析上、四国全域が中国人に占領されてるのに日本の始まりとかよく言えるなw

  6. 邪馬台国は北部九州の倭国なんだが、大和王権を支えた阿波が古事記、日本神話の始まりとされている。

    だが、当時の日本の大きな勢力は九州や出雲、吉備、東海や関東なんだよな。

  7. なるほど、絹の織物 「繒服(にぎたえ)」 麻の織物 「麁服(あらたえ)」のうち、「麁服」だけをおっしゃるのですね。
    繒服は、三河の豪族が取り仕切っていましたが、断絶しており、別系統で整える模様です。

    つまり、「三河」も邪馬台国であり得るってこと。これを言及しないのは何故?
    一方的なデータを見せつけて、さもその通りであるように誘導していませんか?? これはよくないですね。
    せめて、麁服は阿波、繒服は断絶してるのというデータを示さなければいけないのでは??
    普通の人は「ヘーそうなんだ」と思うでしょうが、詳しい人だと「おいおい、繒服はどうなるんだ??」ってことになりますなぁ。
    まぁいいや。
    阿波説は、まだまだ「物的証拠」がないなので、頑張って欲しいところです。

  8. まぁ、、四国には何かがあるのはわかる。 だがしかし、邪馬台国があるとは思えない。大和朝廷の基礎があるとも思えない。
    忌部氏の「忌」の文字の通り、「本当」の名前をわざわざ付けた「神社」はあるというテーマパークであると思うんだよね。
    そうなった理由も、もうわからないけれどな。
    四国に本国を置く理由がわからない。
    外交する上で北九州を配下にしない限り、常にマウントを取られるし、貿易の面でも不利だからなぁ。
    あれか、大和朝廷が出来てから、、、四国のメンツが大和朝廷を乗っ取るっていう算段か?
    だがしかし、、日本書紀にも「乗っ取った」のは「九州」の神武と書かれてるからなぁ。。
    せめて日本書紀にでも記載されてれば、阿波説もあり得たんだがなぁ。書いてないからなぁ。。。

  9. 徳島県の歴史研究や発掘を担っている徳島県公益財団埋蔵文化財センターそのほかで尋ねましたが阿波説には何の根拠もなく、語られているものはこじつけであり、学会などでは歯牙にもかけられないとのことでした。 明治政府による隠ぺいなどという噂についても苦笑いして否定しておりました。

  10. ご紹介されている古語拾遺には阿波は神武の時代に天富命が天日鷲命の孫を引き連れて開拓したと記されており、斎部氏は日本の始まりが阿波とは記載していない点がひとつ重要なポイントと思います。

  11. 「古代日本は阿波に始まる」即ち天皇家の祖先は阿波(倭)である。奈良に降臨した大和(大倭)政権は

    阿波を隠し奈良起源とするため 祖先となる邪馬壹国の卑弥呼をアマテラスとして神格化させて

    古事記に記述している。大嘗祭の「麁服(あらたえ)」は天皇即位には必ず阿波から調進されることも

    阿波起源を証明している。

  12. この儀式も含めて邪馬台国が徳島(香川も含む)かどうかは限定できないとは思いますが確率は結構あると個人的には思います。
    有力ではない証拠いくつか抜粋
    ①伊邪那美神社の存在。伊邪那美は記紀でもけっこう早めにお隠れになるわけですがこの神社がある。モデルが居られる。
    ②孝霊神社の存在。欠史のはずが伝説含めて生活感が伝承されている。
    ③天の村雲神社の存在。記紀の神話に出てきますが知らなければこの神社の必要性はどう説明するのでしょうか?
    ④明治天皇が神武天皇の像を建立している。天皇家には周知のことなのか?縁もゆかりもないわけない。
    古代の天皇家は四国在住。その後記紀を作らせているので四国時代のことは封印されたのではないでしょうかね。
    出雲の風土記には記紀に出てくるような話は出て来ませんし、阿波風土記は禁書で行方不明らしいのでいろいろ怪しいです。
    欠史もなく、系図もきちんとあるわけで、10代崇神天皇までは四国(阿波、讃岐)在住のような気がします。

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