【モンキー125ツーリング】日本武尊尾津前御遺跡
今回は、三重県桑名市多度にある、日本武尊の足跡を追ってきました。
*日本武尊尾津前御遺跡
日本武尊が東国を平定し帰途の途中,尾津平(おづひら・古事記)・尾津浜(おづはま・日本書紀)に着いた時,東へ向うときに松の下に忘れていった剣がそのまま残っており,日本武尊は「尾張に 直に向へる 一つ松あはれ 一つ松 人にありせば 衣着せましを 太刀佩けましを」と詠んだと伝える場所である。
伊吹山から能褒野へ向う途中である。
*平群神社
平安時代前期、第54代仁明天皇(在位:833年-850年)から第56代清和天皇(在位:858年-876年)の間に創立したと伝わる。
木菟宿祢(ずくのすくね)の後裔である平群氏族は、味酒臣(うまざけのおみ)の姓を賜り、大和国から伊勢国のこの地に移住、祖神を祀ったものだという。
この地は倭建命(日本武尊)御駐足の跡と伝えられており、境内には氏子などによって建てられた、『古事記』にも記載されている尊の下記の歌を刻んだ石碑がある。
命の またけむ人は たたみこも 平群の山の 熊白檮が葉を 髻華に挿せ その子
[解説]
瀕死の重傷を負った倭建命が、故郷の大和の平群の地を思い出したとも。奈良県生駒郡平群町には平群神社と平群坐紀氏神社がある。
また、境内奥には倭建命の足洗池と伝えられる池があり、平群池とも、志知の宮池とも、平群沢ため池とも呼ばれている。
先述のように、平安時代の創立とされる当社だが、倭建命の時代にすでに当地は平群と呼ばれていたことを考えれば、当社の創祀はもっとさかのぼる可能性がある。
#モンキー125 #モンキー125ツーリング #ホンダ