1980年代のジャンプ打ち切り漫画【パート1】漫画の昭和史
昭和という時代をご存知のあなた平成 生まれのあなた令和の時代に暮らす あなた小林彩の本の昭和解雇の時間 です今回は1980年代の週刊少年 ジャンプで連載開始されたものの10周 程度の短期間で連載を打ち切られてしまっ た漫画作品を自系列的に解雇するパート1 となり ますもしよろしければ高評価チャンネル 登録もよろしくお願いし ますよく知られているように昔から ジャンプはアンケート市場主義を採用して おり人気が出なければ即打ち切りという実 に厳しい漫画雑誌 ですだからこそ数々のヒット漫画を排出し てきたとも言えますが 同時に短期間で打ち切られた作品でも タイミングさえよければ長期連載を 勝ち取ったと思える集作が数多く存在して い ますそれらの作品もまたジャンプ引いては 日本の漫画会を支えてきた貴重な漫画作品 であり同士をご存知の方も若い方々も是非 知っておいて欲しいと思い ますなお1980年代のジャンプの人気 作品についてはこちらの動画をご参照 くだされば幸い ですそしてご存知のように短期で打ち切ら れたジャンプの漫画作品は非常に多く本 動画でその全てを詳しく取り上げるのは 無理ですができる限りのことはしたいと 思い ます同時にあらかじめ短期連載で開始され た作品は省いておりますこともご了承 ください 今回最初に取り上げる出口兄弟風船機は 週刊少年ジャンプ昭和55年第20号から 第32号まで連載されまし た江松克行先生によるある中学校を舞台と した青春学園漫画であり主人公が女の子の 気を引くためにロックバンドを結成すると いうストーリーでした この当時のジャンプは漫画雑誌の王者に 君臨してからすでに7年が経過しており この年昭和55年の週刊少年ジャンプ56 合併号からは鳥山明先生の名作ドクター スランプの連載も開始されいよいよ勢いに 乗っていた時期でし たこの出口兄弟船機もそれなりに面白い 作品でしたがめくジャンプの作品の中では アンケートの結果が苦しいものとなって しまい ます結局本作品は13週という短期間で 打ち切られてしまいましたが江松先生は 翌年の週刊少年ジャンプ第17号から フォエバージジ君という野球漫画を連載し ておりこちらは半年程度の中規模の連載と なりまし た次に解雇するガンマアーミーは週刊少年 ジャンプ昭和55年第24号から第33号 まで連載されまし た巨匠元宮浩先生のアシスタント出身で ある前川慶Z先生による暴走族を描いた 漫画であり実際この当時は暴走族や強大 暴力が社会問題化していた時代でし た元宮先生譲りの熱い漫画作品でしたが 主人公はあくまでひひとしたクールな タイプであり熱いのはむしろ主人公の周り の登場人物というのは師匠の主人公たちと は少し異なっていたかもしれませ んいずれにしても本作品は師匠の作品の ように人気を発することができないまま周 で打ち切られてしまいまし た前川先生はこの翌年には同じくジャンプ 市場でキャルがライバルという学園漫画を 連載開始しておりこちらは半年以上にわる 連載を勝ち取ってい ますショーアップハイスクールは週刊少年 ジャンプ昭和55年第31号から第41号 まで連載されまし た後にパチンコ漫画で名をはせる谷村仁 先生初めての連載作品であり型破りな高校 生たちが織りなす学園漫画でし た主人公たちが高校生活を楽しく エンジョイするため学校ショアップすると いうタイトル通りショーアップハイ スクールなストーリーでしたが残念ながら 周で打ち切られてしまいまし たただし5年後の昭和60年3月4日本 作品を原案とした単発ドラマ少年隊シ アップハイスクールが富士テレビで放映さ れてい ますマウンドの稲妻は週刊少年ジャンプ 昭和55年第33号から第42号まで連載 されたごセジ先生による野球漫画 です後にペンネームを野たしと変更して 活躍したセジ先生の作品ですが野球漫画と 言ってもかつて70年代にジャンプ市場で 人気を白したアストロ球団のように超人的 な選手たちがとんでもない活躍をする物語 でし た対戦相手も悪の組織マフィアリーグだっ たりとかなりの内容でしたが時代には そぐわなかったようで周で姿を消して しまいまし たこの年1980年昭和55年には他にも 10周程度の短期で打ち切られた作品が 存在しておりモンマ元木先生ブロンソン 先生によるビッグ ガ田中司先生かか先生によるスーパー ジャイアンツ後によろしくメカドックを 連載することになる杉原竜二先生による 暴走 ハンター中島の先生高山先生による黄金の バンタム北原安行先生中原誠先生による マリオなどがありまし た年が変わった 1981年昭和56年は80年代の ジャンプを代表する名作高橋洋一先生の キャプテンつや北条さ先生のキャッツア 江口久先生のストップひ平松慎二先生の ブラックエンジェルズが連載開始された年 です作画山口正斗先生原作藤森劇先生に よるファインプレイは週刊少年ジャンプ 昭和56年第19号から第28号まで連載 されまし たニューヨーク代りのお金持ちの雑師が 野球のスケットとしてライバルと出会い 次第に野球に本気になっていくストーリー でし た従来の野球漫画の主人公は貧しいという パターンも多かったのですがバブルに突入 していたこの時代ニューヨーク代わりの おぼっちゃまが主人公というのもありだっ たのかもしれませんが結局本作品は10で 打ち切られまし た作者の山口斗先生は池内誠一先生の アシスタント出身でしたが池内先生も週刊 少年ジャンプで2度短期打ち切りを経験し た漫画家でした山口先生は後に青年漫画 雑誌へと活動の場を変えヒット作品も 生み出してい ます次に解雇するマッケンジーは週刊少年 ジャンプ昭和56年第20号から第32号 まで連載されまし た作画モマ元木先生原作梅本佐先生による 地代劇漫画でしたが当時人気を白していた 地代劇テレビドラマ必殺シリーズのような 雰囲気の漫画でし たしかし時代劇というのは当時のジャンプ と相性が悪かったのかもしれず13周で 打ち切られています モンマ先生はこの前の年にはビッグガこの 翌年には剣道マンがノブが行くさらにその 翌年にはゴルフマンがアルバトロス飛田を 週刊少年ジャンプで連載開始しますが いずれも10周で打ち切りという厳しい 結果で終わってい ますしかし後に月刊少年ジャンプに活動の 場を移し名作カットで長期連載を勝ち取る ことになりまし たこの 1981年昭和56年の週刊少年ジャンプ でも10周程度で打ち切られた他の作品が 存在しており南一平先生中原誠先生による 青春ミュージックマンガロックンロール ストーリーや田中先生によるラグビー マンガガッツ トイ先に解雇した谷村仁先生の警察漫画 スーパー ポリス夏目刑事先生のボクシングマンガ イカロスの拳などが連載開始され短期で 打ち切られていまし た10周での打ち切りではありませんでし たがこの年の短期打ち切り作品で気になる 作品が江口久先生の日の丸劇場 です週刊少年ジャンプ昭和56年第6号 から第29号まで24週に渡って連載され たので本動画で取り上げている他の作品 よりは長期の連載でし たしかしそれでも名作進めパイレーツで直 はせた江口先生の次回策ということで大い に注目されていただけに残念な結果では あり ます連載開始当初はギャグコメディでした が途中で主人公が交代しそのまま終了して しまい ますみかの帝王と呼ばれる江口先生の数 少ないちゃんとした最終回のある漫画では ありまし た他にも短期の打切り作品としてかつて ジャンプに連載された名作サーキットの狼 でスーパーカーブームを巻き起こした池沢 サ先生のバイクマンが街道レーサー豪華 23 周巨匠ジジ秋山先生の釈迦の息子が17週 で打ち切られてしまってい ます釈迦の息子と名乗る謎の男が村にやっ てきて謎の目的のため陰謀を巡らして村の 人々を魅了していくという物語であり なかなかに読み応えのある作品でしたが 打切りによって半端な終わり方となって しまいまし た週刊少年ジャンプ昭和56年第53号 から連載開始されたコマンダー0は ジャンプのアンケート市場主義について 考えさせられる作品でし た車田正美先生のアシスタント出身の漫画 家富沢純先生によるSFバトル漫画であり 車田先生譲りの熱いバトルと魅力的な キャラクター設定で非常に見応えのある 漫画でしたが15週という短期での 打ち切り漫画でし たアンケートでの結果は取れませんでした がコミックは発売後に完売し連載の再会を 望む声もジャンプ編集部に殺したと伝え られ ますアンケートで上位に食い込めなくても 非常に敵の良い漫画があるということは 読者はもちろん 何よりジャンプの編集部も理解していまし たそれではなぜこのコマンダーゼロが短期 で打ち切られたかというと他の作品が強 すぎまし たコマンダー0が連載されていた1982 年昭和57年の週刊少年ジャンプ新年第5 号での主な連載作品を見ると鳥山明先生の ドクター スランプ江口久先生のストップ ひり宮下明先生の劇コトラ 一家新沢元先生の3年きめ 組ゆで卵先生の筋肉 マ秋本お先生のこちら勝四角かあ公園前 出所 車田正美先生のフマの 小次郎高橋洋一先生のキャプテン つば北条司先生のキャッツ ア平松慎二先生のブラック エンジェルス小谷健一先生のテニスボーイ などなど極めて強力なラインナップでし たコマンダー0に限らず他の漫画雑誌な 間違いなく長期連載を獲得できていたと 思われる作品でも躊躇なく短期で打ち切り にしているところにジャンプのすさと そして怖さがあるのだと思い ます以上で本動画のパート1すなわち昭和 55年と昭和56年の週刊少年ジャンプの 短期打ち切り作品の解雇を終了しますが いかがだったでしょうか すぐにというわけではありませんが次回の パート2では昭和57年から取り上げて いき ます今回も最後までご視聴くださり本当に ありがとうございまし た次回の動画でまたお会いしましょう [音楽]
今回は、1980年代の週刊少年ジャンプの、短期打ち切り漫画について回顧します。よろしければ、ぜひご覧ください。
※姉妹チャンネル➡ https://www.youtube.com/@user-el3xm3uo8r
41件のコメント
好きだったコマンダー0が※欄で人気だったようで嬉しい
0は飛び道具には弱いよね
田中つかさといえば二人のダービー
新年号の表紙がまた懐かしい
キャラ集合・作家集合がお約束だったのになあ
コマンダーゼロは今でも単行本持ってます!
シャカの息子は少年漫画には向いてなかったような…
ギャルがライバルは思春期には刺激的な内容で好きでした
ザ ファイターは名作
暴走ハンターは、房総半島のもじり? (前例:キイハンター←紀伊半島)
いや、聞き流して結構です(^^;)
それでもコマンダーゼロの打ち切りは本当に悔しかった
マジで編集部を恨んだよ
パチンコ漫画の巨匠(笑)ダニ村先生発見!
死屍累々たる打ち切り漫画の数々。
まとめて読みたい、逆に
枝松克幸先生は『ふぉーえばー神児くん』と『4SPIRITS』だなぁ…
富沢ジュン先生の『コマンダー0』は大好物です。
コマンダーゼロ大好きです。
ひのまる劇場はコミックスの背表紙に「たった2巻しか出ねーでやんの」と書いてあって笑った。
コマンダーゼロ大人気ですね。私も大好きでしたが突然の連載終了でびっくりしました。しかも戦いの真っ只中で次週から無しみたいな感じで。単行本で完結してくれて嬉しかったなあ。
他にもゴッセージのマウンドの稲妻とか絵の迫力が今でも十分通用すると思う作品、なつかしい。
ジャンプが170円だったとは
えだまつ先生、その後キングに移って「4SPIRITS」を連載。
これ、面白くて読んでいた頃
キングにえだまつ先生の自伝的マンガが掲載されて
自分の高校の先輩であることが判りメチャクチャびっくりした。
残念ながら現在は廃業されているそうです。
サイボーグGちゃん
竜崎遼児先生の漫画、好きだったなー
JOJOに先駆けて敵味方にタロットの暗示をやってたコマンダーゼロはもっと評価されていいと思う。
ゼロ=愚者=すべてを覆し得る自由な者、って最高ですやん?
コマンダーゼロ再開してほしい。
コマンダーゼロは敵も味方もキャラが立っていて面白かった。
道路を挟んで並んでいる警護の警官隊が眉間をレーザーで打ち抜かれて
全員立ったまま絶命しているシーンは、今でも記憶に残っている。
コマンダーゼロは主人公が偶然助けた仔犬が実は悪の組織が保有していた猛獣兵器用の実験動物で、組織の施設から逃げていた所をトラックか車に牽かれそうだったのを助けられて以来、
その仔犬はワン太と名付けられて主人公と一緒に暮らす短い幸せな日々だったんだけど、
端折るけど、結末がとにかくあまりに酷くて残酷だった😢
あれだけが打ち切りの原因だったとは思えないけど、ヒーローならワン太を敵の魔の手から改造前に助けなきゃ駄目だよ😂
あれは作者の案なのか担当者の案なのか定かではないけど、
ワン太をああいう形で死なせた事が読者に嫌な感情を抱かせて、逆効果になって人気が下がったのかも知れない。
ワン太を無事に助けていれば少しは違った結果だったとは今でもたまに思い出します😭
1980年代は荒木飛呂彦先生の魔少年ビーティーとバオー来訪者は早く連載終了したけど、ジョジョだけ大ヒットした🎉
この動画を見ていて何気に思ったのだけどこれら短期打ち切りとなった漫画でも当時はちゃんと単行本化してもらえてたのだろうか? 出版社によっては結構むかしから連載打切り=単行本化も打切りという酷い有り様だったらしいし少し気になった
短命の連載ではあったけど、パ・リーグ野球ものの良さを教えてくれた先生に感謝を!
懐かしい!
ほとんど覚えてます😂
コマンダーゼロは、魔犬エルサスの回が切なかった。ジャンプスーパーコミックスを買ったけど、実家を出たら捨てられて残念。大切なモノは一緒にしとかないと。
何といっても男坂
ストップひばりくんの連載が打ち切りで終わったのか未だに分からない。体調不良で連載をお休みさせてもらいますて描かれてそれっきり
😂サンダーボンバー!
あと犬漫画ではない男の旅立ち。
お前の頭には楕円形のハゲがある!
あとJUN←石森章太郎ではない。
などなど。
やはり、集英社の黒歴史だと「命」と「メタルK」は外せない。どちらも集英社の身勝手な都合で打ち切られてます。
コマンダーゼロは当時は大好きだったんだけど。
今、単行本を読むとなんか打ち切られたのがわかる気がするする。
「スーパー巨人」って少年チャンピオンで連載されていた漫画と同名だ。
向こうのはスポーツ漫画じゃなくてSF漫画だった。
コマンダーゼロの反響が多く見受けられ嬉しい限りです かくゆう私も当時スーパージャンプコックスにて単行本を購入いたしました またゼロや目からビームを出す敵を模写しておりました 連載終了は残念で悔しかったのですが では果たして40年前のジャンプで長く連載が続いていたかは疑問です 他人気作品の一部は人物画やストーリーの整合性が壊れかけてもが盛り上げる 図々しさ が受けていたのではないでしょうか
まさにクレイジー80Sだったな
魔少年BT すもも いろいろあったな ガキの頃いずみちゃんグラフィティはオッサンの性癖を形成させた
名作だったな
この野球漫画、「マウンドの稲妻」というネーミングだったのね。
アストロ球団っぽいなぁ、と当時も感じてたな。
たしか二話か三話めとかにウルトラショットっていう主人公の投球モーションをパラパラ漫画的に
表現していたコマを覚えてる。 毎回、そんな投げ方してたら体力がもたないだろう
と子供心に苦笑してた。 最終回はよくあるパターンで、「バンディッツ(たしかチームはこういう名前だった)
は必ず勝つ!」というモノローグで、絶対負けるような戦いに挑んでいくところでエンド…だった気がする。
おお!コマンダーゼロ!
学園情報部HIPもすきでしたよ
取り上げてもらって嬉しい!
コマンダーゼロよりHIPが好きだった。ドラマにもなった。
コマンダーゼロがこんなに話題になるとは嬉しいですね!とにかく設定が良かった。タロットカードになぞらえた敵もカッコイイ(^_^)これからという時に打ち切り。当時はなんでだよ!と思ったものでしたね。36人だったか、48人だったかのコマンダーも結局ゼロ、レオ、ジョーしか出てきませんでしたしね。富沢先生はコマンダーゼロのリメイク版やりませんか?ととある出版社から持ち掛けられたが断ったらしいですね。後はTHEファイターが好きでしたね。
えだまつ先生の神児くんから始まった「ワイルドキャッツ」シリーズは、
月刊チャンピオンに掲載誌を移しても続いたっけ。
星野英雄くんが肩を故障して並のピッチャーになってしまったのがショックだった。
残念ながらコミック化はされなかったようだけど。
ジャンプは打ち切りされた先生は
ジャンプクビになるからね、新人なら即クビか?二回まで
まあ、貢献した先生なら
3回ぐらい打ち切りつづいたら
ヤングジャンプとかにいくからね、
10回〜20回ぐらいで打ち切り
ならジャンプコミックㇲの発売ではなく、2巻ぐらいでスーパージャンプコミックスになるからね、
ジャンプはアンケート結果には相当シビアだからね😂
一発狙いで勝負したけど、速攻で消えた漫画家の先生は数え切れずって感じですね😂
逆にハンターハンターの冨樫みたいに人気になれば、何をやっても、どんなに休載しても許されるってところめ凄いけど🤣
コマンダーゼロ大人気!! コメの数が凄いな!! 味方キャラにオネェさん(当時はニューハーフと言ってた)が居たなぁw
ウチにも当時ものの単行本(JC全2巻)ありますよ!! 本当に典型的な「俺たちの戦いはこれからだ!!」な打ち切りっぷり!!
まぁ師匠の車田御大でさえ『男坂』を筆頭に結構な打ち切りを喰らってるくらいハードモードでしたからね、ジャンプ……。
富沢さんはこの後のコメディもの『ガクエン情報部H.I.P.』も短期で終わったけど、'90年代に青年誌で『企業戦士ヤマザキ』を長期連載に持ち込めたのはこの時のSFバトルとコメディの経験が活きたからだと思えてなりません。『ヤマザキ』は名作なので機会があれば是非とも取り上げて頂きたいです!!