第5回愛知多喜二祭「多喜二とジェンダー」

それではですね
第5回愛知多喜二祭を行いたいと思います
私は今日の司会をおうせつかりました愛知文団連の石川と
申しますよろしくお願いします

それではですね
初めに開会の挨拶を古川さんからお願いします

皆さんこんにちは ありがとうございます
民青の愛知県委員会で委員長をしております古川と申します

挨拶ということでお時間いただきましたので
皆さんに簡単に挨拶したいなというふうに思っています
私もスマホのことは携帯と 呼んでおりますのであまりそんな気にしなくてもねいいかなと思っておりますが
今日、講師が岩崎明日香さんなんですけど
もともと民青同盟で同じ時期に活動していた仲間で
もありまして全国大会なんかで一緒に
活動の報告をし合って励まし合ってきた仲ですので
なかなか民青そのものが伸びない時期っていうのも
すごくあったわけですけど どんな時も
やっぱ今の青年がどういう要求を持っているのかっていうことを
みんなで深め合いながら
民青の組織そのものをどう残していくか
いう中で、去年一定のね目標26年ぶりに達成するという
ことができました。
一緒に民青の組織発展させるためにやって来た仲間だって
いう風に紹介したいなっていうふうに思っております。
今青年の話を少しだけしたいなっていうふうに思ってるんですけど
ジェンダー問題 今日も「多喜二とジェンダー」っていうタイトルになってるんですけど
ジェンダー問題にすごくやっぱり大きな関心を 持ってるなっていうふうに私自身も感じていまして
街頭でシールボードですねどういうことに
興味関心がありますかということで若い人
たちと対話してその中に学費とか消費税と
かっていう中にジェンダー問題っていうの
も付け加えているんですけどいろんな人と
対話してるとですね 1回学費とか
消費税とかシール貼った後にジェンダー問題が
あるんだったらそっちに貼り直すよって人
は結構いるんですよね なぜかというと
ジェンダー問題が解決されないと他の問題
も基本的に解消されないんだと
根底の問題だということで 多くの若い人たちが
自分のジェンダー問題とかそういうことに
解決していかなきゃいけないんだという
ことをこの私たちが考えているというのを
私も肌身で感じておりますそういう中で
そういうジェンダー問題も含めて社会を
変えていこうとしている民青同盟に今
たくさんの仲間が増えているということは
社会を大きく変えていく社会を変革してい
くってことを
求める若い人たちが今増えていることなん
じゃないかなというふうに思っています
今日も、今日国立大学の入試なので入試の
宣伝をしてるんですけど
午前中に名大と名工大で3人仲間が増えまして
今社会を変化させていくってことが大きく求められる
情勢になってるんじゃないかなというふう
に思っております 私この後も名大にもう
1回行ってすね
しまうんですけれども今日のねだからそう
いうこの若い人たちが社会変革を求めていて
ジェンダー問題について私は関心を示して
いるという中で多喜二のジェンダーという
観点で学ぶということはすごく大事な
ことだなというふうに思っておりますので
ぜひ後で皆さんからお聞きした知識を
読んで私も勉強したいなっていうふうに
思っております そういうことで今日はぜひ皆
さんが学びが深められるような場になるって
いうことをお願いして挨拶とします
よろしくお願いします
[拍手]
次にですね 愛労連の議長の西尾さんから
ご挨拶を受けたいと思います
皆さんこんにちは今ご紹介いただきました
愛労連で議長をしております西尾と申します

古川さん頑張って行ってきてください大変嬉しいですね
励まされるお話を聞かせていただきました
私自身は
精神病院で働いていた時にですね まだ新人1年目の時に
労働劣悪な精神医療を変えようということ で
労働組合結成しましたけれども個人病院で
労働組合の理解がなくですね
労働組合会員残ったみんなすごく攻撃をさ
れまして残った5人が解雇されて不当解雇
撤回闘争ということで闘いましたその時に
あの精神医療の改善なども
求めて労働組合として取り組みを進めてい
まして当時日本共産党の瀬古ゆき子さんが国会
で追及してくれたりしまして
閲覧可能な精神医療の実態そこで働く労働
者の実態をですね
明るみにさせて
労働組合運動今日も続けているということ
です今日もですねその当時からお世話に
なっている皆さんたちとも出会えてですね
そういうファンのところで今私もいるなと
いうことをつくづく感じていますそうした
社会の仕組みや構造搾取のところもですね
小林多喜二さんの本を見て学んでですね非常
にそういう構造的な問題っていうのが
解決されてないんだなということをその
当時多喜二さんの本を宝のようにですね
思った記憶がありますそういう中で私自身
も同士になっていたというふうな記憶をし
ていますね
ジェンダー平等ということを大会方針に
掲げて今
バージョンアップをしていこうという風に
言ってるんですけれどもご
存知の通りアイロンはですね組合役員の
女性もとっても少ない大会参加もとっても
少ないということでまだまだですね本当に
こう立ち遅れたような状況でありますそう
いう状況の中から
賃金労働条件の改善や男女間の格差是正や
そして家庭での生活時間も平等にしていく
生活時間アプローチみたいなところもです
ね取り組みを進めていくというところを
意識的にですね進めていこうということを
考えているというところであります
労働組合って私役割っていうところで考え
てみたときに
労働の場所や生活の場でですね人々の困難

喜びが生まれてその実態を
その人たちの苦しみだとかに寄り添って
改善を図っていくために団結をして要求し
て社会的な問題に広げて制度政策の改善に
つなげていくものだというふうに考えてい
ます
今春となんですね深刻な文化共闘を上回る
大幅な賃上げそして最低時間9,500円
以上8時間
働けば普通に暮らせる労働環境の整備
隊軍拡大増税とストップを掲げて
職場地域で声を上げています今日もですね
運輸交通で働く人なら金属等で集会を行い
まして愛知県庁のあたりまでですね
トラックやタクシーを連ねでですね自動車
でも行いました本村議員も駆けつけて
くださってその後
側に行くとおっしゃっておられたんで本当
に大変な中でですね
励まされたというふうな状況であります
労働分野ですは本当に新自由主義が今進ん
でいて
非正規職員の人たちがとっても急増してい
ます公務の職場でも
非正規の職員が増えてきているということ
でしかも最低賃金に張り付いた
低賃金
劣悪な実態がですね
労働組合を中心に大きくアクションを
起こしてですね
非正規会計年度というふうに呼ばれる職員
の人たちのボーナスがですね勝ち取ると
いう風なこともできてきましたそちらの
保育園の
仲間のところでもですね
子どもたちにもう一人保育士をという
プロジェクトにも取り組んでいますこの
保育の現場でもですね
否定
非正規で働く保育士の手当の差別を訴えて
12月
末からですね48人の
仲間を増やして手当の改善を勝ち取ったと
いうふうに取り組みが進んでいます
私自身はですね色を練習出身なんです
けれどもかつて1960年代の
看護師らはですね
結婚する自由もなかったとそして
妊娠するのも輪番制夜勤も1人夜勤だった
んですねそれを
複数で月8日という制限を勝ち取ってき
ました
1992年には看護職員確保法という法律
も作ってきましたそういう先輩たちの先人
の上にですね今もなお劣悪な現場の労働者
たちの
改善それに向きや
患者さんなどの利用者さんの姿もあると
いうことで現場の労働条件を変えるという
ことが
患者さんや利用者さんを守っていく戦いだ
というふうにも思ってですねこの中がの時
に東京五輪が強行される時もですね
看護師の五輪派遣は困りますという
Twitterで世論を発信しましてそれ
が全国を駆け巡り世界を駆け巡りですね
看護師の五輪派遣は困りますというのが
ですね
うわーっと広がったとそしてあの五輪は
延期
ケア労働者の賃上げ施策にもつながったと
いうふうに考えています
現場のところから様々な矛盾や声があると
いうことで私たちはこうした表現をする
自由が保障されることというのはなんと
素晴らしいことかと
言えます最後に今政府による大軍拡と大
増税が推し進む中で表現の自由を最大限に
活かして大切にし
仲間の共感を広げて平和と民主主義を
根付かせていきたいと思っています本日は
岩崎さんのお話を私自身もとっても楽しみ
にしております今日はどうぞ皆さん
よろしくお願いいたします
じゃあこの馬をお借りしまして
少し
宣伝をさせてもらいたいと思いますけれど
もこれで誤解を行ってるんですけど
毎回ですねあの皆さんに非常に好評だった
のは小林は
もう90年前70年前の人であるけど現在

読んでどうなんだかっていうことがね非常
に疑問に思われる方がおるんですけど
やはり
岩崎さんのレジメを見ましてですねやはり
現代にも通じるしまた日本という国は何と
いう
愚かな国になってしまったんだろうと70
年前100年前のことがいまだになってね
思ってるよりむしろひどくなってくる
そういうこともあるということでそれから

教育無償化のことでちょっとしたのお前
答弁などを聞いてましたですね
憲法が変わってすぐは
教育については
今は
授業料問題小学校
払ってますけど
将来良い授業料も
なしとそれからあの中学校の
黙ってですけどいわゆる食料
品という形で当時はあったわけですけれど
食料のね
給食費も無料だから教科書も無料こういう
ことを考えているということをですね国会
答弁していきたいところが要はなんか
給食時の無料はいろんなところで起こって
いますけど他のものはやはり
それに関わるものってのが個人負担って
当時の政府は全てのコツにして教育につい
ては個人の負担じゃなくて例えばあの
ランドセルなんかとか
文房具とかそういったものも無償で行って
いくというそういう
抱負であったということを言ってみますだ
から我々は本当に
治りがですね
憲法が
70年80年経とうという時にですね
古いと言われてるけどその
憲法の
精神を何ら学ぼうとしないでこういう
政府
の態度またこれに対してですね何ら批判し
てどのくらい政党なんかにも
我々本当に大いに光を持ってですね
やっぱり日本国憲法の言われてることをね
もっと
[音楽]
遵守していこうとイラクのイラクとか
アフガニスタンとかそういったことで
アメリカが
攻撃に加えましたわけ
日本政府はアメリカってのは正義の戦争
しかしないだから攻撃しないと今の
ソビエトがですね
ウクライナの侵略
失礼しました
侵略したということに対してアメリカは
なんか正義の力でやってくるような
誤解を与えるような行動がされているわけ
ですけどやはりその本質をですね
日本政府は分かってるわけですけど何らか
大分割して
税金をたくさん取ろうとかそういうことで
我々はもっと
皆さんご利用の方は
憤慨されてると思いますけどやっぱり本当

ひどい社会になって
そのために皆さん頑張ってみると思うん
ですけど
それではですね会場の方に対してちょっと
劇団命令の
クリスさんの方から
名言のね宣伝なんかちょっとチラシがあっ
たと思うんですけどそのことをこの機会に
もったいないですから福島さんだと
ちょっと話していただければありがたいん
ですけど
[音楽]
劇団名言の栗木と言いますよろしくお願い
します
劇団名言も
3年間の本当にこの中の中で
創立60周年を迎えましてだけど本当に
大変な3年間でした
演劇を
滞ることなくなんとか続けてきたんです
けれどちょっと今年になってやっぱり疲れ
が出てきたのかな
劇団の中に
糾弾したいねとか
しばらく対談させてみたいなことが出てき
てちょっと
寂しい形になっているんですけどそれにも
[音楽]
負けてないでいつか戻ってきてよっていう
形で
今年の6月にファミリー
劇場という形でグリル童話の
ブレーメンの音楽隊というのをご家族で見
ていただこうと思って頑張ってます
でなんとか乗り切りたいなと思ってますし
それから
皆さんのお手元にね
ピンク色のこの
上島さん
この方はここに書いてある2021年3月
6日に名古屋出入国在留管理局に収容され

非常に理不尽な形で死に至らしめられた
女性です
スリランカの首都で
三島三田丸三玉里さんです当時33歳で
本当にあのねもう2年も経つのに
解決していないということで
こんなに理不尽なことを私たちのこの
名古屋で起きてるっていうことに非常に
怒りを感じてましてできれば
名古屋の
文化人
演劇人で
この3月6日の前に三回忌を迎えるわけ
ですけど前に何
らかの形でそれぞれの団体にあったやり方
でこの上島さんのことを取り上げて行動を
起こそうかということに明言を賛同しまし

本当にいろんなことを知らない私たちも
そうでした2月の12日頃に学習会をやり
ました
出島さんのこの事件のことを知ることと
入管法みたいなことが今すごい大事だと
いうことでそのことに限ってあの勉強会を
やりまして
今度この劇団名言は3月5日
命日の前日ですけど
11時と2時に
公園と朗読ということで福島さんを知って
ますかという取り組みをしますので大変お
忙しいと思いますけどお時間ありましたら
是非
参加していただきたいと思います
どうもありがとうございましたということ

[拍手]
それでは
小林武史さんの
暴風林の一節をちょっと朗読させて
いただきたいと思います
マスク取っていいですかね
源吉は
村に帰ってから2日寝
た村は駅の中のあちこちにオフィスにされ
たゴミ箱のように
意気地なく寂れてしまったように見えた
飛びに油におさらわれた後のように皆
ポカーンとしてしまっ
デンキチは寝ながら
しかし寝ていられない気持ちで
興奮していた
母親が現実の枕元に飯を持ってきて
いつもの
泣き言混じりの
愚痴をくるくるしてから
ふと思いついたように
およしが来ていたでと言っ
たあったやつ
ぶっ殺してしまえばいいんだ
顔も動かさずにぶっきらぼうに行っ
[音楽]
[音楽]
手で押さえればだめだくらいなんだ
母親がそれからおよしのことを言っ
お主はまだしかし大学生からの手紙を
諦めきってはいなかっ
た夢の中で手紙が配達されて思わず声を
上げその自分の声で目を覚ましたりする
ことがあっ
たしかし今ではその手紙を待っている
気持ちが前とはだんだん異なってきてい
た前はその男がやっぱり
恋しかっ
それが何より一番だっ
たそれでその手紙を待っていた
が男から手紙がどうしても来ないという
ことがわかると
今度はいくら薬を飲んでもおまじないをし
ても降りないどうしても生まれてこようと
している子供のために男の手紙を待つよう
になっていたの
だおよしはあの体で一生懸命
働い
時々陣痛が起こすと物置に走っていって
そこでエビのようにまん丸に丸まって唸っ

それは前に家の中で突然陣痛が来たので
お主は腹を押さえたままそこにうつ伏せに
なって
その時
この恥ずかしい
と兄嫁に言われたことがあったからだっ
た働いていながら
めまいが起こることもあっ
突然家の中がゆがんだまま
グーッと目の前につり上がって見えた
そしてクラクラと来
た自分でご飯の支度をしてそれがすっかり
出来上がって並べてしまうとおよしは家の
澄子の方に座って
じっとしてい
たそして皆が食べてしまってあがれ
ばあまりがあれば
こそこそ自分で今度は食べ
た寒い日だったおよしが仕事の手をふと
置いて
ぼんやり考え込んで行っ
たその時表から
兄嫁が手桶にいっぱい水を汲んで入ってき
た寒中に水を汲みに行くのは相当つらい
仕事だっ
たところが入ってきておよしが何か
ポカーンとしているのを
兄嫁が見
いいこの穀潰しのみだら
めいきなりおよしの体に
柄杓で水をぶっかけ
およしはカットして向き直っ

身体師でそれで働きの達しになれるか
穀潰し
源吉はおよしが話していたことを聞き
ながら逆に憎悪を持って
そんなことでまだまだ足りないぞと思って
いた
今までのご両親に対するどんな気持ちも
吹っ飛んでしまってい
たで
オーラに
いつ来るべきかって言ってた
わかんないで言ったら何も言わねえで消え
て言った
親父から先だ
源吉はまだ自分の顔が自分のものでない
ように
腫れ上がっている痛みを感じながら
一途にそう考え
人もある俺たちのあの敵に体を売った
裏切るもの
だあのメールを真っ暗にして逆さに
吊り下げアメンボのようにねじり殺して
やる
こいつから先だ
ありがとうございました
[拍手]
ありがとうございました
大変お見苦しい
ところをお見せしまして
もうよろしいですかね
リモートの方にはちょっとご不便をおかけ
しまして
申し訳ないそれでは岩崎飛鳥さんのお話を
移りたいと思いますそれではお願いします
[音楽]
[拍手]
ではマスクを外して失礼します皆さん
こんにちは
改めまして岩崎飛鳥と申しますどうぞ
よろしくお願いいたします
今日は本当にですねお忙しい中
招きいただきまして本当にありがとう
ございますそしてリモートはですねオン
ラインのいろんな
骨折りもいただきまして本当に嬉しく
ありがたく思っております私は長崎で
生まれ育ちまして実行
委員の本村さんはですね実は高校の大先輩

おられまして
私の体学校は長崎の爆心地から
徒歩で10分ぐらいのところにありまして
高校の前身だった中学校はですね
先輩方も
された方もおられてやっぱり自分の原点は
そういう
原爆とやっぱり平和ということが本当に
あるのでそういうご縁もあって今回ですね
こちらの
際に
参加することができて皆様と一緒にこの
竹次の生き方とそして作品そのものを
味わうことができるということに本当に
嬉しく思っております
拙い話もあるかと思いますがどうぞ
よろしくお願いいたします
[拍手]
作品の引用も
併せてしておりますのでそちらに沿ってお
話をできたらというふうに思っております
まずはじめにのところなんですけども今
電車の中であったりあるいは学校教育など
でもいろんなところでsdgsというふう

国連が
掲げている目標ですね
持続可能な開発目標というものsdgsを
よく
耳にする目にすることがあるかと思うん
ですけどもいろんな
貧困の今月であったり気候危機の段階そう
いう様々な
sdgsの目標の中に
太い柱として
ジェンダー平等が
掲げられています
今日のご挨拶でもありましたとおりしかも
センターの視点というのはあれこれの一つ
ではなくてそのsdgsの全ての目標を
貫く基本となる
視点そういうものに教えられるべきだと
いう風なですね
位置付けとなっております
今となってはそういうふうになっている
ジェンダーなんですけどもそれが
タヒチの来た時代においては
ジェンダーと定義して
そういう概念が世の中に広まっていると
いうことではありませんでしたただ
適時の作品であったり日記やですね手紙を
丁寧に一つ一つ読み解いていくと今でいう
ジェンダーという考え方がなかったあの
時代においてもこのタクシーが
女性とそして男性をも
搾取し支配する仕組みそれとともにですね
それを正当化して強化するための女らしさ
男らしさ押し付けてきたその押しつけられ
てきた
固定観念に対してそれがどんなに人々を
苦しめているかそれを
打開していくことがどんなに大切かという
ことをきちんと
描いているベクトを持って描いていると
いうことがひしひしと伝わってきます今日
はその他記事の歩みと作品の中に刻まれた
そのジェンダー平等に向かう
精神をですねその方がと呼べるものを一緒
に味わっていきたいと思っています
レジュメにも書いていますが小林多喜二の
役年はこの通りです1903年
秋田県に生まれました
王子を頼って1907年から一家で北海道
の小樽に
移り住み
ます多記事が
生育家庭ですね
育っていた時代というのは例えば1917
年に平塚らいてうを中心とした西東社が
結成され
1919年には市川二重などによって新
婦人協会が作られるなど女性の
参政権ですね様々な保険料を求める国際的
な流れの影響もありますけども日本の中で
もそういうものが
生まれ育っていった時期ということは
言えると思います
1922年には
治安警察法の改正によって女性が最終回に
参加する権利というのが当時においても
声優されていましたけども
認められたりですねただその中でも
政治結社に加入する
ということは女性には
認められていない中でした記事が入党した
ですね日本共産党は誹謗硬貨で1922年
に創立されましたけども
当時の日本の
法律の中では女性の政治結社の
管理が認められていない中でも女性の投与
も含むそういう
非合法の制度として日本共産党が創立され
ています
各自の方の歩みで言うと
小樽高等商業学校時代から
創作のですね
登校作品などで
注目をされ始めていました
1924年に北海道
拓殖銀行に
勤めそこでのこの労働者としての生活の中
で1925年ですね
各自の生き方と創作に大変大きな影響を
与えた
田口さんという女性に
出会います
でその後ちょっと歩みについては作品の見
ながらというふうにしたいと思うんです
けども
レジュメのですね1ページ目の最後に1つ
引用したいのがこの宮本ゆり子の文章です
各自がプロレタリア文学運動に
参加してそこで
リーダーとして
活動していた同じ時期にこの
[音楽]
同じ文学運動の動詞としてそしてですね
この女性の権利の
養護のために一緒に仲間として活動した
その女性としてこのお見舞い降りこの
文章を
挙げていますここで出している新しい船出
という文章は
1940年
戦時中ですね
宮本由里子が2度執筆金融市場宣伝に
被るんですけどもその1回目と2回目の間
わずかにかけた時期があるんですけども
そこの時に書いた文章があります女
らしさという表現が女の生活の基準とさ
れるようにまでなってきた社会の歴史の
過程で女がどういう役割を得てきているか
といえば女
らしさという観念を女に向かって作ったの
は決して女ではなかったということですね
女らしさについて論じた文章です社会の
形成の編成につれ次第に第三とともにそれ
を相続する家計を重んじ始めた男が社会と
家庭とを支配するものとしての立場から
その便利と
利害とから女というものを見てそこに
求めるものを基本として女らしさの観念を
まとめてきたのであったそれゆえ女らしさ
という一つの社会的な意味を持った
観念の固められる道筋で女が演じなければ
ならなかった役割は社会的には女の実験の
喪失の姿であるというふうに書いています
けども
当時もちろんジェンダーという
概念はありませんでしたけどもここには
ですね
歴史的文化的に作られてきた女らしさ
あるいは男らしさというものがいかに人々
をですね支配する道具としてその
権利を奪うものとして都合よく使われてき
たかということがこの百合子のですね文章
によって書かれていると中略の後ですね女
らしさは女にとってずいぶん不自然の
思い出あった
真に人間らしい伴侶として
布陣を求めている男にとっても苦痛を与え
たしたがってその固定観念への闘争は18
世紀ぐらいから
絶えずココラール男女によって行われてき
ているということは
注目すべきことだと思うというふうに書い
てあってゆいかの戦前の時からやっぱり
このジェンダーという言葉でありません
けどもこの女らしさの固定観念に対して
その打破を求めて戦うことというのは女性
だけの問題ではなくてその下で苦しめられ
ている
男性とのですね共同事業であるというふう
なことを大事に戦後の日本国憲法のもとで
もこの立場で発信を続けていました
ちょっとこういうことを考えて実際の
作品と
模索についてですね
たけしの模索とプロレタリア文学の
踏み出しということを見ていきたいと思い
ます
まず最初にやはり
印象に残るのはこのタヒチがですね最も
身近な女性たちのお母さんあるいは市内の
姿を通してそのロークを自分のこととして
やっぱり受け止めて生きてきたそういう人
であったということをやはり触れたいと
思います
が自分自身の
年譜を書いた文章の中にこういう
言葉があります
僕は学校へ通う長い道を
鉱山を発見して
母を人力車へ乗せてやることばかりを考え
ていた
姉は
火山灰
火山灰会社に働きに行って真っ白になって
帰ってくると長いことかかって
髪を洗っていたことや
妹が石炭石炭ガスのコークスを拾いに行っ
たことを覚えている
こういうふうに苦労した
母やですね
姉妹に
楽をさせたいという思いがやっぱり小さい
頃からあったということそれは現代でも
共感される方の少ないと思うんですけども
また記事が非常にやっぱりユニークであっ
たのはそういう家族の苦労を自分が就職し
て楽にさせたからいいという風にならずに
ですねやっぱり小説に書記のうちから何度
となくそういうお姉さんの思いであったり
労働の苦労とともに周りの見知ら
ぬ男性たちから性的な眼差しをお姉さんが
ですね
浴びたりするそういう
恥ずかした辛さなども作品の中にやっぱり
描いて自分自身は
男性
息子であったり
弟あるいは兄という立場であるんだけども
他人事として外から書くだけではなくて
やっぱりさんや姉妹の
身になって
その内面にですね生活がどんな影響を
及ぼしているかということも
踏み込んで自分のこととしてやっぱり
わかろうとそしてそれを作品に描こうと
早い段階から挑み続けたそういう人であっ
たことをやっぱり忘れたくないというふう
に思っていますそして
田口さんとの出会いそれから始まる
葛藤についてもやはり触れたいと思います
田口たきさんは小樽の裏町で一家を食べ
させていくために
釈風ですね
酒場などでお酌をするという体でその多く
は自主的には性的な搾取を強いられていた
女性そういう境遇に行かなければ家族と
一緒に生きていけなかったそういう女性
でした彼女との出会いはタヒチの文学と
生涯に
計り知れない影響を与えて書き込むものと
いう風に
称される一連の
又吉さんをモデルにというか同じ
境遇の女性を繰り返しいろんな形で描いて
いきます
にも書いておりますが1925年を
各記事は田口拓さんを自宅に
迎えますけどもその後もですねたけしの
葛藤は続いて当時の日記にはそのことが
右折と続いています
岩波文庫から
ですね手紙を収録したものが発刊されてい
ましてそれを
読まれた方も
いらっしゃるかと思うんですけども
タヒチが
滝さんにですね送った手紙って非常に
有名で心を打つものが多いですよね
嫌味があるから光があるとかですね
やっぱり
滝さんに対して
多治見は繰り返しやっぱり決して自分を
つまらないものだとか卑下しないでほしい
ということを社会にはたくさんの偏見が
あるんだけども本当に
負けずに一緒に自分もいるから一緒に生き
ていこうと前を向いていこうというふうな
ことを
繰り返し言うんですけども
そうですねその表面だけの言葉では終わら
なくて
自身が心の中では非常に深いですね
葛藤と疑問を
繰り返しということが
わかるのがこの引用してある日記です
当時の周囲の
男性の中にもですねこんなことを言って
いる人がいるっていうのを別の日記に
書きつけてるんですけども例えば女は無知
で役に立たないものだからという風に言っ

踏みにじっていいんだという風なことを
言う男性がいるとで素人の娘は不眠に知り
たくても
踏みにじれないからインバイクを
踏みにじってやるんだというふうなことを
男性が言うと自分は
自分の道を行くとやっぱりそういうところ
には行かないんだけども
その一方でですねこの日記に日記と専用し
たようなことを書きつけているんですね
自分はああいうところにいた彼女その多き
さんのですねその仕事をしていた彼女に
対してそういろいろなことがあったことを
承知していたはずだとそれでも自分の家に
は彼女普通の女であることを密かに要求し
ているところがあるとねこれやっぱ自分の
愛した人のですねもちろん本人が大変不幸
になったということはた記事が誰よりも
分かっているつもりであるんだけども
やっぱり公約のを抱えているとその後の
確保の中はですね
非常に考えさせられるんですけども女は
どうしてこう純潔でなければならないの
だろうどうして男にその純潔が重大に要求
されなければならないのだろうと
問いかけています
やっぱりスターに自分とタキさん個人の
関係だけにとどめずに
男性が女性に対してさらに言えば社会全体
が女性に対してこの純潔であるべきという
風な強固な社会規範を要求しているこれは
何でなんだろうという
疑問を
呈しているんですねそれは実際やっぱり
当時の社会的な背景が
確実にあったことの一つとして
レジュメやこの
減少期解放令
のことを
ちょっと書いております
2020年に国立の
歴史民俗博物館で生産の日本史という
展示が行われて話題にもなりましたけども
そこの
プロジェクトの代表を務められた横山
由里子さんの研究がですねこの
処理
解放令を契機にして性的
搾取の場に追い込まれる女性に対する社会
の見方に変化があったということを
明らかにされています
江戸時代は
江戸の吉原などですね
遊郭の町が
政治や経済と非常に密接な関係を強行に
守っていてそこで生きなければいけない
女性たちに対して
その存在をこう
仕方のないことだと人々はもう見つつも
だいたいにおいてはやっぱり不本意で
不可抗力でそこにいなければいけないと
いうことをやっぱり人々はこう分かってい

概ね同情的であったとところがこの明治
政府になって国際的な奴隷解放のですね
流れで日本を非難を浴びてそういう中で
この1872年に開放
令が
発令された後はそれが変化したと指摘をさ
れていますこの
解放令がなされた後なんだから女性たちは
強制されているんではないんだという建前
ですね自分の意思で自分の体を売っている
女性たちなんだからそういうところで働く
女性っていうのは不死川で
踏みにじっていいものなんだというふうな
社会的な福音が
押されていくように変化をしてしまったと
でこの偏見っていうのは彼女たちに対する
支配と搾取を社会的に強めていく
装置として
働きました
江戸時代と同じでですね
根本的な原因としては
経済的困窮というその事実は変わってい
ないのにも関わらず
そこでどんなに
薬を素敵な目にあっていても本人たちが
自分で選んだんだということがですね
やっぱりあの固定観念として押し付けられ
てしまったらそこから
救わなくていいとかその現状を変えなくて
もいいんだというふうな結論になって
しまってその現状を正当化するそういう
措置として
働いていきますでその影響がやっぱり武司
の周辺にはあったインバイクというのは
踏みにじっていいものなんだというですね
そういう偏見になるわけですけどもそう
いう考え方が支配的であった当時において
タキシがこの自分の資材を投げ打って
滝さんを性的搾取の場から
経済的な面で
救出したということとともにですねしかも
それが自分がお金で彼女を買ったと
ということにならないように安達さんの
一人の女性個人としての
精神的な自立ということを
渇望して手紙にもそれが様々な形で残って
いますけどもそれをしたということは本当
にこの記事という人は
その相手と自分に
誠実にやっぱり向き合おうとした人だと
いうことが分かりますしその過程で自分
自身の内面に
根強くある
偏見に対しても向き合っていたということ
がわかります
初期の創作活動についてもですねちょっと
触れたいと思うんですけども
この試行錯誤すくいと白新線を巡ってと
いうふうに書きましたけども
たけしはたきさんがですね
そういうそれまでの働きの場から
移った後もそこで終わりにしなかったと
作家として性的搾取の場にいるあるいは
その寸前に
追いやられていく女性たちのことを書き
続けたんですけども
書いても書いてもですねなかなか
納得がいかないと
模索をしています
書き出したこの1というのは
1926年
8月15日の日記ですけども
市バスという作品ですねこれも性的搾取の
場に
追いやられていく女性を描いた作品です
けども自分の意識は
救いだったとそういう生活に一同の巧妙を
与えたいという気持ちだったしかし今度
それらを書き直しているうちに事実は反対
の方へ行くことだ
救いを出そうとするとそれがこんな生活の
場合嘘のように思われるという風にあまり
に現実がですね
厳しいので
リアルに書こうとするとハッピーエンドが
嘘のように思えてしまうということなん
ですねでもう一つ引用しておりますけども
この日記はですね同じ
頃に書いた6つぐらいの作品を振り返って
の自己批評のコメントなんですけども
この6つぐらいの作品のうちたけしが一番
ですね一番苦労して一番効果が上がら
なかった
作品として挙げているものもそういう
滝さんのようなですね
境遇にの女性を描いたものなんです他の
ものは
満足の言った作品とかもあるんですけれど
もこれはですねなかなかこう納得がいか
ないというふうに苦労していてそこで彼は
この時書いた問題意識がですね
その中略の後に生き抜くということは重大
な宿題となっておりこれをいかに解くかと
いうことであるというふうに書いていて
防湿
林もですねあそこ出てくるおよしという
女性は最後自ら命を絶ってしまうんです
けども本当に
そういうふうなことを選ばざるを得ない
ような苦しみの中でそれでも当事者が生き
抜くというふうに
そういう作品を書きたいでもそれをリアル
に書こうとするときに
嘘でないように書くにはどうしたらいいか
これを宿題としてやっぱりもっとと
熱してその後その宿題を解く鍵を
プロレタリア文学に見出していきます
1926年9月に
葉山芳樹のインバイフというプロレタリア
文学の作品に
大変な衝撃を受けて
それを自分の記念すべき出来事
というふうに日記に書きつけていますその
インバイフお読みになられた方も
いらっしゃるかと思うんですけども作品の
中身としてはですねある
労働者が横浜で
歩いていると
突然ある男に声をかけられて
倉庫のようなところに連れて行かれるん
ですねそこでお金を巻き上げる代償として
こういうものを見物させようという風に
連れて行かれるんですけどもその見物の
ものというのがですね
間違った畳の上に
いろんなこの
吐瀉物とか
血がですね
結婚がこびりついている
裸の女性がまるで死体のように寝転がって
いるそれをお店物として見せられるんです
ねで最初怒りに震えてこの主人公は
救い出そうとするんですけどもこの寝かせ
られていた彼女はですねこの男たちは自分
を養ってくれているんだという風に
答えるんですねで男たちもみんな病気を
患っていて彼らが言うにはですね自分たち
が彼女を食い物にしているんではなくて
金持ちが彼女あんな目に
合わせているんだという風に説明をします
竹次はこの作品から
プロレタリア文学というものはこれまでの
文学と違うものなんだというメッセージを
強烈に受け取るんですねでちょっと引用に
はしていませんがこういう風に書いてい
ます
悲惨な事実を描くだけでは自然主義文学と
プロレタや文学とは違っていないかもしれ
ない
枝が主人公の意識作家の態度
意識がこの2つではまるっきり異なって
いるというふうにであの宿題自分に課した
宿題のようにやっぱり生き抜くということ
を書きたい
それがその作家としてはタヒチの態度なん
ですけども救いを書きたいでそのためには
その
救いをですね見出したいと思っているよう
なこの痛ましい環境社会の状況を変え
なければいけないこの明確な意思が必要だ
し変えるためにはどこに
原因があるのかをつかまなければいけない
葉山芳樹のインバイクというのは金持ちが
彼女をこんな目に合わせているという風な
問題提起強烈に行っている
ですね消化階級の存在を
提示した作品であったということで
竹次はその後ですね
資本論を読んでみたいというふうなことを
思いっきりも変えてそして実際に勉強を
始めていきますねで
翌年のお正月の日勤にはですね思想的に
断然マルキシジムに進展していったという
風にマルクスのこの
科学的社会主義にですね
検討していく自分というものを記録をして
います
で実際にその勉強だけで
終わらずに当時北海道で増加し始めていた
小作争議ですねあと公安労働者の労働争議
を支援して
1928年の第1回普通選挙の運動にも
参加をして当時労働の民党から立候補した
山本謙三を
支援もしらすそして3月15日にそうした
運動と日本共産党への大団圧が来てそれを
目の当たりにする中で大竹氏のこの自分の
方向性っていうのが
定まっているんですね
貧しさを生み出す仕組み自体に目を向けて
その中に向かって立ち上がる人々の姿を
自分は描くんだとそしてその中で作家とし
ても成長していく多作品の中のですね女性

リアルでなおかつ
やっぱり生き抜くという方向に
成長していくそういう女性を
描いていくその本格的な探求が始まって
いきます
ちょっとひとつの過渡的な例として
レジュメに紹介しているのが
滝子そのタトゥー作品の一説です
これはタッチさんをモデルにした瀧小物と
呼ばれる一連の作品のですね
最終的な
一つの到達点かなというふうに思うんです
けども
そういう釈負として働いている多き子が
ですねこういうふうに語っています金持ち
に絞られる
絞られると言っている労働者でさえ私たち
を2円か3円でこの後ちょっと不成人に
なっていますが
痛めつけているということですけども一番
上が天皇陛下ならこれより従わないという
どん詰まりが私たちさ第一土台を直して
かからなきゃねぇなんだってダメした
混沌が間違ってるんだものだがはっちゃん
はっちゃんというのはあの同じシャッフの
仲間で
逃亡しようとしたら
捕まってですねちょっと
虐待されてしまう女性なんですけども
はっちゃんに対してエステバチなんかなら
ないお互い強くならなきゃねいいでしょう
という風に言ってるんですけどもここには
短い文章なんですけども消化による労働者
の搾取と天皇頂点とする当時の社会構造
ですね
端的に指摘して
窓台を直して関わらなければいけないと
いう
根本的な社会変革を
文学的な言葉で
提起していますけども
ただこの当時のですねタツ子その他の時点
ではその変える方法としてはこの作品の
結末はこの
翌朝に家事が思ってその一帯の230
件のですねそういう借方を済ませている
お店が焼けるで
火元はこの
板お店だったということで彼女は消息不明
になるんですね先ほど
朗読を聞かせていただきました防雪林の
場合も
この主人公に一生を託して
およしはですね
自殺という結末を選ぶのと主人公自身も
放火という形でこの社会に対する抗議を
示すという
結末になっていて
応接林はタキシの自然主義的なこの文学の
ですね優れた
到達点を示している
大変良い作品ですけどもただの作品の
としてはやっぱりそういう
過渡的な限界を持っていたということで
各自がプロデタリア作家として本格的な
歩みを始めてから1回きりではない
組織的そして持続的な抵抗の形というのが
ですね作品の中にそのが現れていきます
それがレジュメのに移行ですね声を上げ
運動の中で変化していく女性たちをどう
描いたかということです
都知事がプロレタリア文学の作家として
鮮烈なデビューを飾ったのは
1928年3月15日
3.15事件の第弾圧を大きなスケールの
中で
初めて
描いたこの作品ですね
でこの3月15日の作品は
長女の視点から作品が始まる
活動家が
謙虚されていくそれをですねその
検挙される
男性の娘の目から最初描いたりとか
あるいはですね
工藤という
活動が他にいるんですけどもその妻である
およしの
視点から見たりですね結構
拷問のシーンが非常に
リアルで
激しい作品として知られますけども実は
この中にね女性そして少女のやっぱり感情

描かれているという点でも非常に
読むべきですね作品だなと私自身読むたび
に思うんですけどもこのおよしという彼女
はですね自分ひとりで
夫がその逮捕された後は自分一人で
働いて
妊娠中であるにもかかわらず
夫の分まで生活のためには働かなければ
いけないし大変
貧困と
様々な困難を抱えてるんですけどもその中
でも
労働組合からもらった無産車新聞などを
ですね
古い新聞をもらってそれで
障子の代わりにしたりとか少し時間があっ
たらそれを子供たちに
読み聞かせたりしてやっぱり自分たちの
活動というのはこの
未来をつくる活動なんだっていうことを
真剣にやっぱり自分としても
それを望んでいると
癒たくましい女性の支え手としてですね
描かれますでもう一つ
挙げたいのは東口ちゃんこです記事が第1
回普通選挙の体験に台を取って書いた作品
なんですけどもこの中で
老人の娘という風に作品では呼ばれる女性

登場するんですけどもこの彼女はですね
ある
老人活動家の娘で工場で働いていた時に
工場長からレイプをされてしまうんですで
3度自殺しようとしたけども
[音楽]
自殺を
せずにですね
退職して新たな職場でストライキに出会っ
てそのストライキに
はですね
椿山女性労働者たちは自分と同じように性
暴力の被害にあった人たちが本当に多かっ
たですねで彼女たちと一緒に
ストライキに参加してリーダーとして戦う
うちにストライキが敗北した後に真っ先に
彼女が解雇されて
故郷に戻って自分の父親の活動を
助けることになるんですがただ生活が大変
なので
男性に体を売って運動に専念する父親を
経済的に支えるということをしていました
そのために周りからはですね熱のはじきに
されているんですけども
魔物静かで無口で自己弁護するようなこと
は一切しないそういう女性として描かれ
ますでこの語り手である主人公はですね
そういう彼女に非常に心を痛めて
この老人活動家と
ちょっと別れるときもですね
娘さんにどうかお土産でも買っていって
くださいというふうにお金を渡したりする
んですけども
この東くっちゃん校の時点ではこういう
女性が
登場したということは非常に
注目すべき中身なんですけども同時に彼女
自身は物静かで無口で語らないし周りも
ですね主人公は心痛めてるんだけども
うちにされているので彼女の尊厳のために
はまだこの時点では誰も語っていないそう
いう
時でした
それがですね工場最後1930年の工場
細胞になると女性たちの連帯ということが
大変ドラマティックに
描かれていくようになります
この
工場細胞の中でも防設備と同じですねよし
ちゃんというおよしという女性が登場し
ますで彼女はですね家族のために体を売ら
なければいけないそれをしながら向上で
働いている女性なんですけども周りのこの
女性たちがですねそういう社に対して
不思議だという風に
陰口を
叩いている時に
置き身というですねこの女性が痛烈に反論
するんですね
引用してますけども私たちの日記いくらだ
と思っているの
貧乏船から780選スキーくらいになるか
直してごらんよう好きならただでやらせ
らーねーという風にこの一言は本当にそう
いう経済的な
困窮さえなければ誰がそんなことするもの
かというですね
痛烈な
反論になっています
その後この木はですね
工場の中での活動に参加していくんです
けどもその中でもこの男性に対してこの
よしちゃんの名前は出さずにこういう友人
がいるんだとで彼女は決して
堕落しているとかそういうことではなくて
悪いのはこの低賃金でこき使っている会社
の方なんだというふうなことをやっぱり
語りますこれはタキジの思いを代弁した
ものそれを女性同士がですね連帯する形で
作品に書き始めたそういう場面だという
ふうに思いますどうすればこのよしちゃん

隠岐身と一緒に運動に参加する中でえ自分
のそうした境遇を色んな形で
沖海から
励ましてもらったんじゃないかなという
ふうに思うんですよねそういうことが
なければこの工場細胞での一つの
クライマックスである
労働者大会この場面で
沖海がですね誰か演説するってなった時に
このよしちゃんを
推薦するんですねよしちゃんは普段あの
非常に大人しい女性ですから
労働者大会のところでマイクを握って
面接するなんてことは他の女性でも当時
そういう情報にはですね発言をする権利が
与えられてなかったので
初めてのことだったんですけどもこのよし
ちゃんが本当に聞き取れないような小さな
声でそれでも必死にここに書いてあるん
ですねことをスピーチするとでこのよし
ちゃんのスピーチが他のどんな演説よりも
この戦おうとする労働者たちを
奮い立たせる予想以上の反響を
与えるそういうふうな集団を鼓舞する力も
必要になるそれが工場細胞で描かれてい
ます
紹介したいのはですね
安子という
各自の唯一の新聞明細小説でこの安子と
いう作品は女性を描いたタクシーの作品の
一つの集大成になっているというふうに
思ってまして
蟹工船ブームが20078年頃に
社会的にも注目されましたけど私はこの今
アジェンダー平等が大事な課題となって
いる時に他記事のですねやすこが本当に
光線のように
読まれてほしいと思っているぐらい本当に
この安くはですね
女性の連帯そして
女性がですね立ち上がるというのはどう
いうことなのかってことを
この1931年に
宮古支部で連載された連載小説なんです
けども本当に描いている優れた作品です
でこの安子というのは作品の中では
貧しい小作人の家で生まれ育ったお経緯
恵みと書いてある経緯です大きいとそして
安子という
姉妹を中心に
据えた作品でしてこの姉妹の家はお父さん

亡くなった後お兄さんがですねちょっと
恋愛のもつれで地主の息子をちょっと
刃物で切りつけてしまうっていう傷害事件
を起こしてしまってお母さんは病弱
で一家のですね暮らしがこの長女であるお
経の方に重くのしかかっていくでOKの
周辺にはですねそういう経済的な困窮の中

小作
争議を行って自分のツヤが
逮捕されたために実を売って生活しなけれ
ばならないそういう女性の友人もいて
書き込むものでタキシがですね
追求してきたテーマというのもここに
敷き継がれているんですけども
一家の暮らしがかなりのしかかっている
そういう余計とそして一方の妹の安子です
ねこの安子というのは非常に
小さい頃から聡明で学校進学したいという
思いがあったんですけれども実際ゆえに
ですね自分よりも光学神のない
同級生たちが進学していくのが
本悔しくてで
働きに出た場所で
労働組合運動の先に出会って急速に自分の
活動に目覚めていくそういうちょっと
新しい時代をですねちょっと象徴するよう
な女性になりますその
組合活動に自分の家族も協力してほしいと
いうふうに安くに言われてお経の方はです
ねそれも非常にわかるけどもしかし自分
たちはお兄さんが一度逮捕されて大変
苦しんできたそれを知らないやすちゃん
じゃないだろうに
家族のこと分かってくれているのかという
ふうにですねそれは一家を背負ってい
るっていうこのKの
責任感と実際の生活ですよねそういう
葛藤とですね軋轢を非常に抱えながらもで
もやっぱりその
活動も自分が苦労してきたからやっぱり
わかると自分は一緒にできないけども
手助けすることはできるということでOK
は金銭的にも彼女を支えていくんですが
ただですねこの中で非常に興味深いのは
この安子の
パートナーにもなる山田というですね
男性の
労働組合の活動家が
登場するんですけども彼はこういうふうに
考えているんですね引用している文章なん
ですけども山田は自分たちのやっている
仕事の上からある意味では安子よりもKの
方に望みを持っていたしかし大きいの場合
甘い度重なるひぐらしの重にひょっとし
たら帰って
卑屈になってしまうのではないかとそれを
何より心配していた
労働者があまりに窮乏した生活を強い
られるとそれに対して
跳ね返る前にいわゆる
貧民らしい低さに陥ることがあるものだ今
山田はそのごくジョンピーした目のような
ものが時計の心のどこかに
救い出しているのに気づいていた
系がそこから抜け出て立ち上がることは
安子が今のようになることの100倍も
困難なことではあるがしかし彼はそういう
中からこそ
桶とは言わないOKを取りた何百万という
女を
立ち上がらせなければ
立ち上がらせることができなければこの
運動は本当の根を持った強さにならないと
思っているというふうに書かれていて
これは
この後の展開としてはですねこの山田を今
お母さんが働いている職場で
労働者を
組織するために力を貸してくれないかと
それが一番大事なことなんだという風にで
OKは確かに自分のような立場のものが
参加できない運動ってのはやっぱり
おかしいんじゃないかということをなんと
なく思っていたでそれがやっぱり当たって
いたということを分かってこれまでのです
ねやっぱり卑屈になりそうだった気持ちを
ですね振り落とせた
嬉しさを感じて
働きながら勉強したり
演説会に参加したりして本を読んで学んで
いきます
あともう一つちょっとここでは引用できて
いないんですけどもこの安子という作品の
中にはですねやっぱりこのプロジェクト
プロレタリアの女
労働者階級の女というのは
資本家からも解放されなければいけないし
一方では
男性の支配が
男性全般というよりはそのような家庭の中
でもですね女性の方に負担が重いという
ことであったりとかそういう二重の解放が
やっぱり必要だということなのかも当時
ですね
1931年の当時にまた記事が作品の中に
組み込んでるっていう点でも今読んでも
本当に全く古くないそういう作品だという
ふうには思っています
こういう作品を描きながら自分が書くだけ
でなくて女性の書き手がもっともっと必要
だというふうなことを考えてプロイタリア
文学運動の
組織者としても
活動したということもですね私たちにとっ
てやっぱり多くを学ばせてもらえるところ
だなと思います
当時女性たちのこの書きたいんだけども
書けないというですねこの背景を
リアルに書き残してくださっているのが
リンクデンで有名なマツダ時子さんがです
ね手記として書かれているこの
階層で
ですねこれちょっと引用はしていないん
ですけども当時のことをこんな風に松田
さんは書き残しています
あるプロレタリア文学運動の会合があって
女性だけが集まる会合があったんですけど
もそこにですね書きたいんだけど書けない
んですって女性たちが
口々に言うんですねである人は自分が
履こうとすると
遅くまで働いた後に電気をつけるとですね
夫が
眠れないって言ってどなって書くことが
できないと別の人はですねお金がないため
に電気もガスも止められてるから電気が
そもそもつかない夜になる夜しか自由な
時間がないけどもその夜にかけたできない
ですねでそういうことをみんな口々に言う
中でそこにいた宮本ゆり子が非常によく
わかったと
時間もないしお金もないし物もない
差別や監視なら数え切れないほどある
そんな中でみんなこんなにも頑張っている
でまずはそれを書いてみたらどうだろうか
と私たちがお互い書くものが書けずに
しゃべることの行動もできなかったらこの
日本社会はいよいよどうなるのかとみんな
本当に大変なんだけどもそれで無念に思い
ながらもやっぱりこの流されてきてしまう
のかそれとも自分がこの社会に人間として
生きているその歴史的な任務っていうのを
詩の一つでもいいし一つでもいいから何か
書くことでその役割を果たすのかまずは
その苦しさから
告発していたらどうかっていうことを
それを励まして増田さんはこの言葉をです
ね戦後もずっと自分の指針の一つにしてい
たということでした
そういう困難をよく知っていたということ
を教えてくれるのがですねこの後に引用し
ているこの獄中からの手紙ですねこの自分

投獄されて
監獄の中にいるとあることに気づいたと
いうことで面会に来るのはみんな女性なん
だという風に
実際にそれ以外の人もね
救援活動される方もいらっしゃったと思う
んですけどもやっぱり多くがこの
女性であるということで
女性はその一家の働き手が奪われたら
さらにそれを
仕事もしなければいけない家族のケアもし
なければいけないそれで差し入れいろんな
メーカーにも行かなければいけないという
ことで大変困難が多いってことは重々
分かっていたんだけどもやっぱりそれだ
からこそ女性がですね
立ち上がりものも発信していかなければ
本当に社会というのは変えることができ
ないというふうにやっぱり考えていました
宮本恵理子と一緒にですねこの女性たちの
書き手をもっと増やしていこうということ
もですねこのプロレタリア文学運動の中で
の様々な評論に残していますちょっと今日

一つ一つご紹介することはできないんです
けども
このプロテア作家同盟の中では
婦人
夫人会というものを
組織として作ってそこに宮本ゆり子が責任
者としてやっぱり
活動の
任務を負ってですね
[音楽]
各自と一緒にこの
協力しながら女性の書き手の
育成ということも水分ですねいろんな地方
にも行ってオルグなんかもして
努力したことが書かれています当時は他の
作家たちもですね女性の書き手が少ないと
いう
でその
理由はやっぱり女性の水準が低いから
段数を取っているからだというふうにです
ねいう人の方が体制だったんですけども
たけしはそうではないということを
経済的社会的
背景からですねつかんで
こういう論文も書きそして実際に様々な
女性にいろんなアドバイスも送ったりして
女性の書き手の
育成と増やすということに大変努力した人
でもありました
駆け足にならないようにしかし時間を守っ
てと思いますが最後にですね
レジュメのようになります生活者と地区の
人々という
都知事を
拷問に虐殺されるその
裁判年に書いた作品の中からやっぱり
男性と
登場人物のこのいろんな女性との関係で
もがき苦しみながらも
成長していこうとする姿を
描いたというのをですねちょっと読みたい
と思っています
ひとつは同生活者です
この中には
2人の対照的な女性が
登場します
1人はですね
この主人公である
活動家の佐々木という男性の
仲間である
伊藤良しという女性活動家ですこの佐々木
は伊藤を通じてこの女性を組織って意識し
ていくですね
伊藤のこの力量とか
恥骨に目を開かされていくそのことがです
ねこの引用しているところに抱えてます
自分の母親ぐらいを同じ側に引きつける
ことができないでどうして工場の中で
種々だったらたくさんの仲間を組織する
ことはできるものかこのことに多くの本当
のことが含まれているとすれば
離島などはそれである
組織をつかむ彼女のコツには私はずいぶん
舌を巻いたと主人公である
男性佐々木の目からこの
活動家として優れたこの伊藤の姿が書かれ
ているとともにですね実際この
軍需
工場でもあるこの職場の中では70%が
徐行に安い
賃金でですね
搾取されてたわけですけどもその組織の上
でも非常にこの女性の活動家っていうのは
客観的にも重要であったということとあと
面白いのがですねその中略の後の引用で
このそういう優れた伊藤はですね特定の
パートナーがいない
結婚もですね現在していない彼女なんです
けどもで彼女あの
結婚は今のところですね特定の男性は
とりあえず必要ないというふうに公言し
てるんですけどもそれに対してこの佐々木

冗談のような調子でしかし本気を含めて
善意でですね
責任を持っていいやつを世話してやること
にしようと言っているんですけどもその後

伊藤はその時苦い顔を私に向けた
てんてんてんてんという風には書いていて
やっぱりこの
佐々木という主人公はたけしの目から見
たらまだですねこの今後成長する余地が
ある女性との関係とかもですねこの
佐々木が良かれと思っていてもこの
伊藤という女性の生き方にとってはこれは
非常に苦い顔をするような
発言だったわけなんですけどもそういう
ことも
丁寧に書かれているそういう
統生活者なんですけどもそういう
統制活性であったりさっきご紹介した安子
のような作品を書いたこの
[音楽]
統制化者の中でよく問題されるですね笠原
という女性この描き方についてどういう
こうしてですねこういう描き方をしたん
だろうというのが一つ考えるべきものを
持っていると思うんですねこの笠原という
女性は主人公
佐々木のですねカツオの必要性から一緒に
住むようになりそしてその後ですね精神的
にも
結びつきを深めて一緒に暮らしていくわけ
なんですけども
弾圧の機器の中で
笠原が職場を解雇されて
暮らしが立ちなくなると主人公は
橿原にですね女給として
働き始めてくれないかというふうに
言ってきましたこれまでもですねあたかも
この
笠原に対する対応が
活動のために一人の女性を犠牲にして
恥じない共産党の活動家の典型であるかの
ように
意図的に
避難してきた文芸費評価などもですねいる
んですけどもこれまでの初期からの
捜索上のいろんな試行錯誤を思い返せば
そういう単純なものであったかということ
をですねちょっと考えなければいけないな
というふうに思っていましては
弾圧によってですね前編終わりという
ところで作品が途切れざるを得なくて後編
が予定をされていたということは一つあり
ましなのでやっぱりこの笠原との関係でも
これで終わりではなかっただろうと考え
させられるようなその目がですね実際の
この文章の中にもあるというふうに思い
ますこのレジュメに要してある
場面はですねこの労働で大変疲れた笠原を
この主人公である佐々木がいたわる
場面なんですけどもこの不器用なものでは
あるんですけどもやっぱり自分の身近な
女性である笠原にですね自分の活動の木を
伝えたい
分かってもらいたいという思いがですね
やっぱりあるしこの笠原もそれに対しては
共感をですね
示している場面でもあります
この場面の後にこの
佐々木がですね
活動がもっと困難になる中で2人はさらに
すれ違ってはいくんですけどもやっぱり
安子の時の山田のセリフのようにこういう
用事がないほど
困難な中に置かれている何百万という女性
と一緒に
立ち上がる活動でなければ本当に社会を
変えることはできないというですね
明日実際にはいろんな
紆余曲折困難もあるということを
リアルに書きたかったしこの後この2人は
ですね
まあもしかしたら前払いになったかもしれ
ないんですけどもそれも含めてそこから
2人がえーやっぱ自分自身の成長の糧にし
ていったあるいはまだね傘との関係でも
違った展開があったかもしれないんです
けどもそういう可能性を示唆する
描写っていうのを適時は様々に残しという
ことをご紹介できればと思ってこれを
ちょっと上げておきましたで最後の作品に
もなりました地区の人々についてです
この地区の人々という中では
検査というですね
男性の姿に
注目をして
いますこの地区というのは
かつては日本で5本の指に入ると言われた
公安労働者の大きなストライキが起きた街
でそこの労働者魂がですね
伝統としてあったんですけども
3.15や4.16の
弾圧によって何度もこの組織が
壊されて
かつての当主であったこの検査という男性
がですね非常に良い精進していくんです
で検査のかつてですね
他の年下のですね
検査を慕う人にこう言ってたんです
貧乏人が夫婦喧嘩をしたり親子兄弟で
言い合ったりするのは大抵暮らしのこと
から来ているだから本当は
喧嘩の相手は女房や親子でなくて金持ち
資本家なんだとみんなはそれを知らない
から自分たちは知らせなければいけないん
だというふうに言ってた
検査だったんですけども
[音楽]
弾圧の後自分が長いことですね
失業や
反失業状態に陥って生活が困窮する中で
自分の妻が生活のためにカードを売ら
なければいけなくなっていた時に
つまり暴力をですねふるってしまうんです
ねでそれを
検査をしたっていた
吉之助というこの意味をする場面出てくる
若い活動家が見てしまうんですね
検査はあんなにこの投資だったのにあんな
ことを言ってたのにこんなに変わって
しまったという風に大変切なく思うんです
けどもその後戦争の足音が近づいてきて
米の
値段が上がりあらゆる物価が上がっている
中でしかし賃金は上がらないストライキを
構えようとした時にも
ですね会社側は
軍部と結託して
軍国主義の宣伝のようなストライキにです
ね変えてしまうそういう巧妙な攻撃までさ
れていくそれでももう一度この地区から
戦いのロシアを上げるんだっていう風に
若い世代が盛り上がっていく中で
検査はかつての元気を取り戻して
ですね他の人たちがですね
臨時校がストライキまで立ち上がったら
生活が成り立たないというふうに言う発言
に対して
健さんがそうじゃないんだということを
反論する場面が引用しているところなん
ですけどもそこで反論したら相手からです
ね自分の
妻が何をしているのか分かっているの
かっていう風に非常にこの
検査にとって苦しいところをついてきて
しまうんですけどももっと危険さんは
分かってると
それが自分の
カカーにフシダダの罪があるとでも言うの

貧乏人はこんなことでお互いが嫌な顔をし
たり
敵味方になったりするもんでないんだと
いうふうに
かつて他の人がですね聞いたこともない
誤差が
含まれる口調で言い切ったということなん
ですねこの健さんがこれを言うようになる
までには本当にどんなに大きな苦しみが
あっただろうかというふうに思うんです
けどもそれでもこの戦いの紅葉の中で
やっぱりこういう立場に立って自分とです
ねそして自分以上に傷ついてきたこの自分
の妻との関係に対してもやっぱりもう一度
この向き合おうとする姿を
描いたのがこの地区の人々でもあるなと
いうふうに思っています
その後弾圧虐殺した日本の政治は
侵略戦争に突き進んでそして女性たち特に
女性作家はその経済的な基盤が
男性より弱いことから
侵略戦争の
片棒を
担ぐ加担させられるそういうですね先人を
切らされてきたのも女性の作家たちでした
戦後その女性作家のですね苦しみに心を
寄せてやっぱりその傷を書きながらもその
傷を自ら癒していくような光となる文学も
書こうというふうに呼びかけたのがこの
宮本よりこの引用してきた引用したですね
この夫人と文学というこの最後の一節と
なります
これもちょっと読み上げることはしません
がこの
宮本ゆり子が言うようにですねやっぱり
男性を含めて
歴史的な傷というものをこのジェンダーの
しつけによって女性も男性も様々に付け
られてきたことは
本当にこれまで読んできたタクシーの作品
の一つ一つを振り返るとまだまだと感じ
させるところです同時はやはりそこから
自分とですね周りの人々を
癒してもう一度立ち上がっていくような
励ましとなる文学も
探求し続けたそういう作家でありますから
今の私たちが読んで
古い所っていうのは本当にないし
読み継いでいくですね時代とともに何度
読んでも新しいものがあるそれがタクシー
の作品だというふうに思っていますという
ことでちょっとあの私の話を終わりたいと
思いますどうもご清聴ありがとうござい
まし
[拍手]
どうもありがとうございました本当は
もっと長く話してもらうといいんです
けれどちょっと中身が非常に濃くてまた
卓上の作品を見ながらこれを参考にし
ながら行けばいいんじゃないかと思います
これから今から10分間
続くとりますから45分からあの質問とか
発言なんかをお願いしちゃっています
キャッシュはしばらくよろしくお願いし
ます
それからですねあの会場の入り口のところ
にですね
岩崎さんの対談とかですね
座談会
昨年の
講演の内容もありますそれが民主文学の
10月号で3月号には
岩崎さんとの対談がありますからもし
よかったら
読んでくださいまた
平和主義という非常に
素晴らしいのもありますからご希望の方
よろしくお願いします
[音楽]
始めますけどよろしいですか
今のお話についてのですね
質問とかですねあの話したいことがあり
ましたら教習をしてお願いします
ではですね一番早くあげました男の人と
それから前の人とこれから
木曽さんの3人をまず
順番でお願いします5分ぐらいで
じゃあどうぞ前の人
を眼鏡した
鍵でしょそれから3番目の
ごめんなさい夫人の方ねはいどうぞ
前でマイクを
この内容だと別にジェンダーという必要は
なくて男女差別の話なんじゃないかと思う
のと
結局男女差別がない社会であれば
ジェンダーの
労働も成り立ったけど
ジェンダーの平等と言ってしまうと女性
差別が見えなくされてしまう可能性がある
のではないかと私は思うのですがどう
でしょうか
[音楽]
はい次は
水田さんの
[音楽]
すぐ終わります
ねなんかあの日本に住んでると
騙されているというか
西山大志さんということが3日前に
亡くなられましてあれもあの
米軍が
米軍のね突入の回復するのを
日本が
闇蜜やって表されてもねバカなことがそれ
は男女問題にすり替えられて問題になら
なかったという方々
なかなかいい本当にタクシーの小説
読まれたなということを思いました感想と
いうか身近なこと
言うと私が
清掃員で名古屋駅前のトヨタビルで
働いてた時に女性の方がね
50ぐらいの人ですけど私の給料は最低
賃金だし
いくら働いてもね何度にもならんと
男いい男でお金がね持ってる人と結局
結婚しないとダメなんだねっていうことを
本当に心を込めてね僕に言われましたそれ
とやはり
男性女性のチームが今1/2なんですよね
で1/2だということは
男性の給料もそれだけ
低くされているということを
男性が悪い女性が悪いということを言い
たいわけじゃないんだけど世の中全体の人
も知らなくてね賃金の
成り立ち方そこら辺りあの
後半の人たちにねもっと知らせていく必要
があると思いますそれと最後に
女性が男性を
結婚するの決めるのが9割前後がねやっぱ
最後は無意識的に
経済力のある
男性と結婚するっていうね本当の愛情と
語弊がありますけどそこの辺りが今の現在
の生きてる
巷の中でね見えなくされてると思います
以上
皆さんこんにちは
私キスを光ると申します
2020年に
新聞赤旗にアレナの花というのを連載
いたしまして現在女性の広場に女性の貧困
をテーマに
冬越えという小説を書いています
よろしければお読みになっていただくと
嬉しいです
各地の小説は若い頃に呼んでいまして本当
に権力に屈せずすごい小説を書いたという
ことでずっと印象が深かったわけです今日
は岩崎さんの講演を聞きまして本当に女性
の変化女性をどんな風に変えていくのかと
いうことで変化も
捉えてお話しいただけまして資料も非常に
丁寧な資料で本当に
各地への理解が一層深まりまして
ありがとうござい
私は現役時代生活保護の
ケースワーカーをしておりましてその知識
を生活に困っている人のために役立てたい
ということでボランティアで生活困窮者と
かホームレスの支援の活動をして
おります2008年の
末に
リーマンショックがありましてトヨタなど
で働いていた大勢の機関等がクビになり
ました
そして2009年の年明けに中村区役所へ
たくさんも押し寄せましてメディアでも
ずいぶん
報道されました生活保護を利用できるよう

支援したわけですが先ほどオンラインで
施行由紀子さんも
参加をして見えるということで
猫さんとか今日三重の八田裕子さんなどに
も大変
力を尽くしていただきました
生活保護を利用できるようにということで
岡崎や豊橋知立一宮
岐阜の多さなどにも
を作りましてそこで
生活相談員として
参加をしましたところは今も当時と同じく
非正規労働者が増えています若者でネット
カフェで
泊まりしている人もいます生活保護基準が
引き下げになりまして現在裁判をしており
まして私もその裁判をしていますが
引き下げられた方たちは1日2食とか
夏でも銭湯に行くお金がなくて体を吹いて
いるとか大変困った生活をしてまして今
特に年金生活者も含めて生活や苦しい
物価高でということでなっていると思い
ます
こういう中で蟹工船の労働者と同じ状況で
はないか今の状況は本当に管理構成の時代
各自が描いた時代と同じではないかという
風に思っております私は人生が残り少なく
なりましてやり残したことを考えて小説を
書き始めました自分が書くことで
宅地の依頼者はますますわかってきました
多岐では虐げられた労働者の状況を90年
も前に生き生きと書きました
忙しい中で取材をしっかり行ってまだまだ
と状況が浮かんできます言葉が実に効果的
で難しいゴミ拾いではなくてしっかり
分かりやすく書いていますそして私の好き
なラスト戦ではもう1回だと生活者では今
私と福山
伊藤はもと以上の元気で新しい仕事をやっ
ていると厳しい状況に
未来を見つめて希望がありますそのもう1
回だと叫びを私は受け継いで書いていき
たいと思います以上ですありがとうござい
ました
リモートの方に
言いませんか
発言のリモートの方はいますか
今日は貴重なお話をありがとうございまし

名古屋支部の会員西本です
本当に貴重な話をありがとうございました
そうですね
プラレタリア文学作家だっていうたけしが
そうだっていうのはあの知ったんですけど
当時からジェンダーの
ことにも
当時としては大変財布的な認識を持ってい
たということは
知れたことはすごく驚きました
[音楽]
バイクが入っちゃってましてそちら
[音楽]
いいですか
そうですねまあ感じたこととして
楽しい引っかかったのが
女性が体を潤っていう当時の社会的な状況
の中でやっぱり女性が自分で選んで体を
売ってるんだっていうこと
ですね現在も
他に選択の余地がない
女性ってそういう仕事をしている女性って
いうのは結構いると思うんですけどまた
そういう女の人たちに対する
バッシングというかそういう社会的な
イメージというのがいまだにね強く今でも
あるな
とこれはちょっと
余談なんですけどそういう女の人が不利な
立場にある」っていう
そのストレス的な構図っていうのがすごく
男性に行きづらさに繋がってると思ってて
そうですね
今の若い人の間だと
マッチングアプリ行って恋人を探せ
サービスとかが
流行ってるんですけど
また恋人がいない
[音楽]
男性がなんかそれはすごくコンプレックス
に完成してしまうとかいう状況も
あったりして
ここが余談だったんですけど
たけしが小説で
救いを描きたいということそのためには
社会を変えなくて
はならないその原因がどこにあるのかって
いうのにする必要があるって言うことだっ
たんですけど
僕はちょっと小説を書くのを挑戦してるん
ですけどちょっと質問があってまた
[音楽]
そうですね多分どこに原因があるのかを
知る必要があるっていうことはすごく大事
なことだと思ったんですよ
小説を書くにあたってこれは僕
以外でもまた小説を書くことに挑戦しよう
と思ってる人たちも
ぜひ
何か言葉があれば教えですけどどんな
視点を持つことが必要なのかなということ
を聞いてみたいです
よかったらよろしくお願いします以上です

[音楽]
手を上げるかなんか一生してもらわないと
上がってません
止まってないですねじゃあ会場の方で再度
遠藤さんお願いしますそれからそのうちの
多くの方
遠藤と言います私は田口たきさんとの関係
について今日のお話を聞いて
改めて自分の
到達点というかそういうことも少し
比較しながらなんですけど
私は50年前にですね50何年前の20歳
からもっと前ですね
[音楽]
会社さんだったかどうか分かりませんけど

やられたつまり13の作品で名古屋
演劇鑑賞会に
1972年に多分起きた作品ですだと思い
ます早春の部これは小林を山本学区がやり
田口たちさんの役を永山愛子さんがやった
ということなんですけれどもそれで私は
そのことをですねあのなぜそういうふうな
関係にこの
もっと深く知りたいと思って当時松本
ちゅうじさんというロシア文学で文学誌で
小林最後は実行委員長もやられましたけど
小樽のこの
松本ちえ先生に多分21かそこらだったと
思う当時何年ワークも取らずに小樽のその
実行の駅の近くに多分住んで見えたと思う
んですけれども私は
ズカズカと言ってテープに取らせて
いただいてインタビューを1時間ぐらいさ
せていただいた記憶がありますその後も
小林の時に
自体が東京であった時にも私参加して
生前もう1回だけお会いした方あるんです
けど何を申し上げたいかって思ったら深く
知れば知るほどですねこのタクシーに田口
拓さんとの関係がですね非常にあの僕には
胸を打つわけです
でちょっと調べてみましたら101歳まで
男子たちさんは行ってお見えになりまして
それでやっぱり親兄弟を養っていかなきゃ
いけないそれに迷惑かけちゃいけないそう
いうことが
そういう風に言って見えるんですね本人も

ちょっとごめんなさいね
交流の中でそう言って見えるそれを
ちょっと調べた上でなんですけど
当時の限界があるんですけれど同時にです
ね私の気持ちの中にもそういう部分があり
まして
これからがいつもパートナーに批判される
部分と両方なんですけどいわゆるあなたは
ジェンダーという言葉を
軽々しく使うべきじゃないとも言われるん
ですねそれはなぜかと言ったらやっぱり
意識の中に
女性というのを意識すると女性とか男性と
かっていう意識する前に私の
差別意識があるんじゃないかっていうのを
自分で考えるんですつまりどういうこと
かって言いますとその僕よりも言葉で言う
と貧しい人言葉で言葉でちょっとうまく
言えないんですけど貧しい人とか
そういう
弱い人とかですね
障害者の方だとかそういう人は憐れむと
いうこと
なんかそんな自分の
根本的にはある気がするんですねよりそ
うっていうのをどういう意味かっていうの
をずっとまあ考えてましてなかなかそう
いうことには行き着けないなと小林がその
何十年前にこう悩んだ問題を僕はまだその
入り口にも達してないなっていうのが僕の
感じなんですねその辺を今日は聞きたくて
来たんですけれどもいろいろお話になって
伺ってですね
改めて思ったのはそうであってもそこに
やっぱりあの時代の限界があってもですね
そういう風に悩みながら生きてきたんだな

いう風に改めて思ったんで僕もこれから
まだ行政は多少あるんでもしまだ悩み
ながらまだ生きていけるかな以上です
どうぞ一番多くの人それからあの夫人の方
ですね水色のそれからの白い
女性って
すいませんよろしいでしょうか
私は
森重と申します今日は5回目ということで
私ずっと来たいなと思ったんでなかなか
都合が悪くて
初めて
参加をさせていただきましたで
改めてその小林多喜二作家のなかなか現代
サッカー
こういう百貨店が想像できない本当に中身
がすごい深いなということを感じました
改めてその今現代社会で問われる
ジェンダー平等っていうところで言うと
先ほどオンラインの方が言われましたよう
にそのもちろん女性の方の人権ってもそう
ですし私も男性でありながら
正直申し上げないですけど私もちょっと
その
女性に対する
恋愛というかそういうのがすごい苦手って
いうところもあってやっぱり
男性も男性で行きにくいという世の中
あるいはその私
友人で何人もちょっと障害のある方もい
るって言うところでやっぱりその
ジェンダー平等の発展的な考えとしては
もちろん一人ひとりを大事にということも
同時に合わせて特にそういう障害のある人
たちがそれぞれ持ったそれぞれのしかない
良さがやっぱりいいと社会で最大限
尊重されて生かされるそんな時代が私とし
ても来てほしいなっていうふうに思って
ますこの
問題を通じてもちろん今問題だって
ジェンダー平等も含めて
あるいはその発展的な考えとしてお一人お
一人の人権問題についてこの
文学を通じて同会というふうに捉えていっ
たらいいとかあるいは周りの皆さんと
考えるそういうきっかけとなるような形は
どういう風にしてたらいいのかということ
をぜひなんかヒントなんかをいただければ
と思って質問させていただきました
ありがとうございました
ありがとうございましたじゃあ夫人の方お
願いします
失礼します女性の方ですね
[音楽]
岩崎明日香さんの
[音楽]
いろんな人を見る見方は
温かいまなざして
いろんな女性が
音楽など言及されてるなと
思ったんですけれども
ちょっと
勇気を持って言いたいんですけれども
自分の
ことを
盗撮されてるっていうのは
あるんですがそれは普通の
いいんですけど
盗撮っていうのはそういう性的な意味を
意味のある
盗撮っていうのはいやそうじゃなく温かい
目で見るのもどうもそれもおかしい普通に
見られてるのもおかしいんですが
温かい目で見てくださってる方がいると
いうことで
愛というものを思うんですがこの
盗撮っていうのは電車の中でも例えば
宿の中を見たら盗撮で犯罪だとかそういう
ので
[音楽]
どなたかの何か

自身の含めて
普通に部屋の中を覗くというのは部屋の中
や家の中を覗くと言われてるような感じで
あるんですがそれは限界なく見られてるの
がどなたかそのあの目撃者の
承認っていう方は
見えませんでしょうか
承認っていうのは私は見ましたとか
どのように見られてるのか自分が知らない
ということで今あの情報化社会で
無線がラインはまだ使ったことないんです

LINEは使ったことないんですが無線で
声が聞こえるとか体に電流が流されるよう
な感じとか
情報社会が発達しててどこまで
打つのがどのように
映ってるのかどうなってるのか
[音楽]
いらっしゃいません
ありがとうございましたまたそれは個別に
詳しくお聞きしたいと思いますけど白い
はいどうぞ
後ろの方です
港区の土井と申します
私は今日のようなしっかりした勉強は
ほとんどしていないんですけどもでも小林
というのは本当に好きで好きで
勉強すればするほど今日も勉強させて
いただいてさらに好きになったんですけど

会津で5回目
ありがとうございました私は
ちょっと自分で今
書きつつある
洋菓子をちょっと紹介させていただいて
参加にさせていただきたいと
第5回
愛知
滝井さんへ
さんどうしていますか
あれから90年
私たちは
忘れていません
今大軍拡で
歴史の転換点です
どうしたらいいですか
腕を
持つ指は
治りましたか
蟹工船東生活のような作品が
作品にあえず残念です
気が遠くなれば水をかけられ
蘇生すればまた繰り返す
戦争反対も声も
封じられ
心も整備も滅多打ちそれでも決して
負けはしない
それは戦後平和憲法へつながりました
ここを5000人は直ちに
追及されましたがすぐ復活戦犯
財閥
検察も
復活
貧困格差は広がっている今
敵を作り先にやっつける
環境は戦争の前夜
国民支配の要めない
私たちは
学習し憲法を盾に戦います
それでもたけしさんもう一度
立ち上がれませんか
今度は死なせません
憲法を守り生かしいまだもう一丁
慶応を築き待っています
締めの言葉みたいなことで
あともう1人だけですね
ありがとうございました
この女性の描き方についてこれまでどうし
てもですね同性開発者の笠原の問題ばかり
がクローズアップされてきたように思い
ましてこの民主文学の10月号の
岩崎さんの気候ですが今回3月号の座談会
とか今日の話を聞いてやっぱりその一部分
だけを取り出して
論じるんじゃなくて
生涯を通じてどういうアプローチをしたか
その中でどういう私自身の認識の発展やね
成長があったのかということの中で見る
ことが大事だなってことを改めて感じまし
たこの
減少期開放令の後こういったいわゆる体を
売る仕事をしている人たちの見方が変わっ
たっていう要するに続けて売ってるんだ
からっていうこれ実は現代も続いてまして
ね多分ね
[音楽]
従軍慰安婦の問題について同じことを未だ
に言ってる政治家が多いんですよねそう
いうことで言うとやっぱりこの問題が
きちんと
克服しなきゃいけない課題だなっていう風
に思いました
質問ですけど工場作業の中で
隠岐身っていう女性が出てきてちょっと
こう男にモテるタイプそれを
魅力を使いながら
ゴルゴしていくっていうこれは作品の
描き方っていうことよりも
運動の問題だと思うんですけどもこういう
やり方ってどうなのかなっていう
現代でも別にないわけじゃなくてですね
今日この後
閉会で挨拶される西田和弘さんが
いらっしゃいますけどとりあえず40年前
学生の頃西田和宏さんの先輩だったって方
が私たちのところで指導をされてたんです
けどその時の話はですね西田さんて皆さん
ご存知今ちょっと超イケメン
でその当時ね学生時代西田さんは新入生
歓迎の時期は女子学生専門の
担当させてたとか言ってその方言ってまし
たけどもそういうその50年以上前の話だ
と思いますけどそういうやっぱり
男性なり女性なりのある程度の
魅力を武器にした
組織オイルの仕方運動の仕方っていうのが
このジェンダーの平等との関係で言うと
どういうふうに見たらいいのかということ
はちょっとご意見いただければと思います
はいありがとうございました少し
遅れてますけれど
岩崎さんに今の質問も含めて全体的なこと
でお答えをお願いしたい
[音楽]
皆さんありがとうございましたご感想の
質問をですね全て本当に本当に熱心に皆
さん
[音楽]
くださったことを本当に嬉しく思ってい
ます
全てにお答えするということが難しいかも
しれませんができればと思います一つは
ちょっとタキシとジェンダーという
タイトルであったにも関わらず男女差別の
話ではないかというふうなことがちょっと
今日取り上げた中身ではですねやっぱり
どうしてもその当時
タクシーが生きた時代には今でいうその
性的
辞任性的嗜好のことについてですね
トランス
ジェンダーの方が
身近に行ってそれを描いたということも
適宜の時代にはですねちょっとタッチの
場合はなかったんですしどうしてもあの
ちょっとこの女性との関係で作品を一緒に
呼ぶという風にだるくなってしまったなと
いうふうにちょっとお話聞いて
改めて思いましたただ今日ちょっとご紹介
できなかったのは
蟹工船の中に
会津出された環境の中で
男性の大人のですね
男性労働者の性能はけ口に力の弱い少年
たちがされていたっていう
場面がありまして
その男性の性的な
被害であるとかでその少年がですね者の
決起するときに
工場最後のよしちゃんのようにスピーチを
する場面があるんですけどもそこはどの
労働者のスピーチよりも
集団を奮い立たせるっていう場面もあり
ましてそういう女性の被害だけを書いた
わけでもなかったっていうのはたけしの
やっぱり
[音楽]
注目すべき点だったのかなと思いまして
もし現代に来ていたらという家庭は私は
あまり好きではないんですけどもやっぱり
その
そもそもこう性別をこう
定規のように分けるようにはこの性的
シニア性の問題衛生的思考の問題も含めて
ですけどもない一人一人のですねその人に
しかないこの性のあり方っていうのについ
てもっといろんなことをですねやっぱり
描けただろうなということは思いまして
ちょっと実際に残っている作品との関係で
どうしても今日お願いだということがあっ
てそういうふうに思われた中身になったか
なとちょっと思ってそれは私のですね今後
の宿題にもさせていただきたいと思います
しあと女性に対する差別のこととそれが
男性をも苦しめているどんな純潔である
べきだとかですねそういう押し付けられ
てるジェンダーの問題が
竹島苦しめたし作品で見た健さんとか様々
な男性も苦しめていたということも含めて
今日ちょっとお話できればよかったかなと
いう思いは
込めたつもりでした
それはちょっと
答えてきたらと思ったのとあとジェンダー
平等という言葉をですね使う中で男女差別
が見えにくくなるじゃないかっていう問題
についても例えば
賃金の問題であるとか女性の年金が男性
よりも3分の1とか半分以下っていうそう
いうえー
是正されなければいけない男女差別の問題
っていうことはやはり
それ自体はですねきちんと一つ追求し
なければいけないということは仰る通りだ
というふうに思いますあとセンターの問題
についてこう向き合っていくかっていう
こととかですね
百合子などは先駆的な人ではありました
けども
個々人はそういうふうには
甲斐ならなかったとしても現代の方たちに
とっては社会全体が発展しているという
ことがやっぱり何よりの
励ましかなと思っていまして確かに個人の
一人の認識はやっぱり限界がありますけど

今の学生たちですね私が学生だったのは
20年前ですけども今入学してくる学生
さん達って本当に事業で
ジェンダーの問題とかあとですね
ルキズムっていういわゆる美人とかかっこ
いいイケメンとかっていうのをどういう風
に考えたらいいかっていう問題とかそう
いう授業が大学の講義
にあるねでそれについて学び
議論をするっていうことを今の若い人たち
では本当にやっていてもう
ジェンダーに関する感覚が私とも全然違う
んですよだから若い人は今の社会の発展を
一番吸収してる面はもちろんそれに対する
反動もあるんですけどもやっぱり若い人は
それを吸収していってるのでなるべく若い
人から学ぶっていうのがこの社会の発展を
ですね自分を吸収させてもらうっていう
それになるなぁと日々痛感させられてい
ますし私も本当に今前でお話してますけど
もはいトランスジェンダーの友人であっ
たり
いろんなマイセクシャルゲースセクシャル
レズビアンですね
友人たちからやっぱり
岩崎さん本当に分かってないってことを
涙ながらにですね
抗議されたこと何回もありました本当に
そうなんですなので
本当に個人の認識は限界があるいつも
やっぱり話を聞いて
学び自己を
批評する
成長をやっぱり勝ち取っていくということ
必要だなと本当に思いますあとですね小説
を書きたいという人に対してということで
言うとお話の中で町田時子さんの
プロレタリア文学運動の中の女性たちのね
書きたくても書けないっていう話をご紹介
しましたけどもその時宮本ゆり子は書けば
こそあるあるっていうのは存在するのです
ね書けばこそあるという言葉を残してい
まして
やっぱり自分が書きたいものを自分が生き
てる現実これだけは伝えたいっていうこと
は書いて残さなければ
ないものと一緒だとこういう風に大
軍拡に反対してるとか自己責任ではない
貧困の現実があるって事はやっぱりそんな
ことないだろうと
鎖国侵略なくしませんよとごまかす人たち
がいっぱいいる中では書かなければない
ものとされてしまうんだというふうに言っ
ていてやっぱり自分がどうしても伝えたい
ものでこそやっぱり人にも届くと思います
のでその書けばこそあるっていうものを
創作の姿勢として私もしていますしそれを
ですねいろんな人にも書くときにどうか
大事にしていただければなということを
ちょっと思っております
あとその活動の中でですね工場細胞の
大きいにはほんとそういう場面ありますよ

活動だから私そういう
チャラチャラしたことはしないようになっ
たのよって後で言う場面とかあったり工場
最後の続編のオルグという作品の中でも
活動の中のに対して恋愛感情を持つように
なったお金がですね
ちょっと工場最後の時とは私がった
かなその感情を示すことにも非常に住所が
あったりテレビがあったりとかですね新た
な一面を見せるような変化もあって
そういうこともちょっと
描いてるかなということは思うんですけど
もちょっと
いわゆるイケメンと呼ばれる人とか美人と
いうねそういうことに対してはそのさっき
もご紹介したように今ある基準っていう
その外見至上主義っていうのは
歴史を遡ればいろんなですね全種的な差別
であったりそういうこともつながりかね
ないということでやっぱり見直される動き
が今世界的にちょっとあるので私たちの
身近にあるそういうことについても今後
ですね都に若い人たちからいろんな問題
提起が始まってくるのではないかなという
こともちょっとあの一言をお伝えできれば
と思います
[音楽]
[拍手]
ありがとうございましたそれではですね
美術集団8月この絵ですね書いてもらった
庄澤さんの方からずっと
すいません
私はかなり高齢になりまして
人の意見は全然聞かなくなってなんか岸田
何がしといてきた
聞きたくないわけではないんだけどこの耳

言葉が
理解できない
あんまりこういうところは出たくないん
ですけど
この作品は私は美術集団8月という
美術の段階
に所属しておりましてそこの
融資で書いて
最初からこれ
参加させてもらってます
記事を書いたのは集団の中の若い
[音楽]
女性です
テーマにふさわしい非常に優しいタクシー

帰ってもらいましたね

この
毎回こうして参加させてもらっていたん
ですけどもその中で感じたことはその
すごいそのなんかね
文化遺産ではないかなと彼も作品と思っ
てるんですよねで
[音楽]
の力もそのさ
あの実感する時その現在の
ドーランという
政治
めちゃくちゃ
やってるまた再びああいうた記事が生きて
いる時代になる
犠牲者が出るんじゃないかみたいな
寒気さえ
覚えるんですよねで
そういう中で私たちその
文化の創造に
位置を携わってきたものが携わるものとし
てはタキシから何を学ばなければならない
のか
という風に考えた時に私は個人的なこと
ですけれどもその
階級意識を
鮮明に持つということは絶対に必要だった
会議だった
最近あまりそういうこと言われないけれど

[音楽]
難しい本でドイツに行くよ
ねあってそれをその
噂が
解説した本があるんですよねでそこの中に
ちょっと
私は
忘れられないこともあるもんでちょっと
紹介させてもらって終わりでありますで
[音楽]
支配的
階級の思想はどの時代でも支配的
諸費用である
でもそれは今なら当てはまるんですね
でその
哲学者たちがその思想のことについて
研究というかいろいろの言葉ですけども
それが
マルクスと
[音楽]
演技する以前には
その時代に支配的な力を持った思想という
のは
思想そのものは社会の支配者である
で時々その支配的に時々の支配的な思想が
それにあった思想
を作り出したんだと
社会を作り出したんだということですね
という主張は今でも
一般的だと思うんですけどで
しかしその支配的な思想っていうのは
支配者階級の支配者階級の
理解の
代表者なんだけどもという本性は絶対
難しいにしないんですねでそれが真実性や
正当性を持っているがゆえに支配的な思想
になっているという妄想を装いで現れる
我々はそれを
打ち破ってた
これでその
価値観を変えていくということですよね
本当にそういう社会を作っていかなければ
ならない
というふうに考えた時にこれはやっぱり
文化
の問題
の思想
意識
価値観の問題の
活躍しなければならない分野と言われる私
は本当にね
そういうことを
学んで
[音楽]
何ができるかわからんけども
もうちょっと頑張っていきたいなとは思っ
ております
短くお願いしますね
今日の作品として今ちょっと
入ってます
皆さんの中でもあるんですけどこの中に
書いてありますが私どもはいわゆる生活を
生きるというのをもっと思っていますね
これどういうことかというと誰でも安く
自分で身の回りのものをいけるということ
ですねその時にこれはありますけど捨てる
ものを器にの花や
身近な花を引け自然にも目も向けますと
いいんですけど
捨てるものだけじゃなくて身の回りになる
ものじゃないですよここ身の回りにある
ものなんですけどたまたま今紹介させて
いただきますけど1万円
椿は
酒パックなんですけど
[音楽]
膨らみをつけて
紙を張った
ちょうどこれから真ん中が小さいのソース
だったけど醤油のBですねであそこに行け
ないものは
塩昆布さんといって
それとで取るのは正月にある
葉ボタンの古いやつを入れておくと1年
経つヘロヘロと出てきてそれは出てきた
ものなんですね
一番かかって右のあればあれは歌詞の箱に
広告を丸めて貼り付けて色をつけてあるん
ですで
水が漏れますからその中タッパーが入っ
てるわけですねであれはもうあと
何年と
7番ですね
[音楽]
椿の方は私の家の近辺であるところは
もらってきましたけどあと飲むものは自分
の動きになるものを持ってきましたこう
いうことで身近にあるものをね楽しむで
先ほど塩沢さんも言われましたけど物を
書いたり書いたり小説読んだらそういう
ことから私どもは花をいけたそうすると
生活の中でほんと無料埋めてるんですね
やっぱりその中に生きる力充実感生まれ
これがプンだと文化の力というのは
自分たちは生きる
充実感を
養ってくれるんですということで是非とも
お花の方にも
興味を持ってくださいそれでここにあの
教室名が書いてあります全部48あります
いろいろやってますまずはと思う方は最近
の70歳以上の方も入会をして見える方も
あります
是非
遅くありませんお待ちしております
[拍手]
最後になりましたさんの方から
皆さん今日は本当にありがとうございまし
た今紹介しました
2023年にした和弘でございます
1970年頃に大学に
いたこと
事実でそういうことにしたという人がいた
というのを聞いております
そのようなお話があったかどうかは分かり
ませんただその
今のこの私とは全く違って大変長い髪の毛
をしておりましてそれをかき分けるとどう
だとかという無責任な話が流れたという
ことは
即答しておりますそして私は今治
犠牲者国家賠償用同盟というところで
先ほどどんなどなたかの発言にありました
けれども
まさにタヒチを
蘇らせるそういう活動をしていると自認し
ています先にそのものが生き返るわけでは
ありませんが
魂を
我々の肉体に移し替えることができるので
はないか
我々の生きている
余生という言葉もありましたけれども
余生を数えることが早くなってしまった
我々だけではなくてまだまだ行政のほど
うんと長い若い人たちにこのタクシーの
精神を受け継いでもらって
肉体化していくそういう人たちがたくさん
出ることがこれからの日本に安心を
もたらすものだと思いますチャージ報道名
では昨年
伊藤千代子さんという人の映画作品をです
ね全国上映いたしまして大変大きな
反響を呼んで
おりましたこれは第2次第3次ということ
で今の
造園運動を続いておりますので愛知県でも
上映権上映する権利がまたたくさん残って
おりますご希望の方あれば何人でも結構
ですからそこでまた上映会やりたいと思い
ますそして愛知では他記事と並んで
忘れてはならないという先人があります
この人は1年前に同じように特攻警察に
よって
虐殺された人ですけれどもその90周年を
記念する集いが
終わり国分地方を中心に立派に行われまし
たまさにあの人たちの
尊い精神を
肉体化するそういう取り組みはこうやって
広がっているんだということを
亡き人々にやって報告させていただきたい
と思います
最後にまず一つだけ付け加えたいのは
かつてですね大変著名な
政治学者の方が
日本共産党などは
命を賭して戦争に戦争に反対して戦ったと
いうけれども
結局
敗北してしまった
そのことにおいて同じ戦争責任を負って
いるという表現をされたことがあります
いろんな意味合いを込めた言い方は
それぞれ表現者の自由ですけれども
少なくとも政治学者がおっしゃるんであれ
ば私は絶対にそれを
肯定することはできない
特に今問われているのは戦争を止めるため
に今何をするから
弾圧されたらどうかそういう打算から
始めることではない
そしてまた今は
幸いにして
憲法下において言論の自由もある行動の
自由もあります
これを最大限に
フル活用して頑張れば他記事やあるいは
義道のような犠牲者を出さなくて
済む地をこのような死に方をする人を出さ
なくて済むそして平和を勝ち取ることが
できるんだとこの思いを今日は皆さんと
同じくしてこの会を終わらせていただき
たいと思いますありがとうございました
[拍手]
掲示板のご清聴ありがとうございました
また
絵も
生け花を見て帰っていただきたいと思い
ます

第5回愛知多喜二祭
講演 「多喜二とジェンダー」
 岩崎明日香氏(作家、日本民主主義文学会幹事、「多喜二・百合子研究会」運営委員)
2023年2月26日 労働会館東館ホール
主催 愛知多喜二祭実行委委員会
#小林多喜二 #多喜二祭 #ジェンダー

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