中山道六十九次⑫ 自転車で行く 板鼻宿~安中宿 スーツ旅行 切り抜き

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謎間違えてたんですけど板鼻は14番目の
宿場でした花宿が旧中仙道ではかなり
大きい宿場だったようですなぜかと言い
ますとこれから先のところに薄井川だまに
行く時に一旦渡りましたけどもあの川を
中仙道が2回も渡るということになってい
まして徒歩で渡って勝ち渡しというそう
ですが徒歩の渡のところの手前で人々が
一旦休めるようなところを設けなければと
いうことになったわけですね実際川が増水
すればやはり川止めということになって
しまいますのでここの宿場の重要性は高い
ものがありましたし川止めになれば非常に
儲かったんでしょうね街の雰囲気もなんか
随分いいな産建築じゃないかな正式が名前
あるかもしれないですけど家の上に
ボコボコと2つ煙突みたいに乗ってるじゃ
ないですかあれは増築部分なんですよ日本
で絹糸の生産がどんどん盛になる国作で
どんどん盛にさせるということをやってい
たと思いますんでその上のところにねうち
もやるかと言ってえ海子を買うスペースを
増設してこういう形になったそういうもの
なんじゃないかと思うんですよ
ねこれまた土壁のすごいうがあるなここに
和宮が止まったっていうんですけどこれが
そうなんですね旧本人所員あ元々本人に
あったものをここへちょっと移築したのか
ここにま書いてある通りですけれども和宮
が江戸へ向かうところで止まったとス出れ
ば見られるのかそれはすごい行ってみ
ましょうYouTubeにあげていいです
か聞かない扉が開いてるわあげていただけ
ましたわとても素晴らしい場所だわざわざ
開けていただいて申し訳ないけど来て
よかったわここに宮島お泊まりになったん

ねあらゆるものが保存されてて面白いです
よ和宮の
ゾリ
超綺麗にあんだろなこんなにでも細いん
ですね女子中学生みたいな年齢だと思うん
でこの足の幅で良かったのかな昔の日本人
です
しこれは造りを入れていた箱ですかねも
あります
まな板ここで皆様にお食事を提供する時に
調理に使ったまな板も保存したすごい
でかいまな板ですね満一のことがあった時
のための防御施設ってことこん中に人が
隠れて
るってことですかイガの忍者なこれが宮様
の皇帝ですね京都からこう来たわけです
けど随分ゆっくり来られたんすねま1日に
進む量は少ない方がいいでしょ板橋から
江戸がまあ1日なあれだとしてでも桶川
板橋で熊谷の次桶川あやっぱゆっくり
ペースですね随分
ねコロナ数の皆様です
ね中学生ぐらいの年齢に見えるなそういう
年だったんじゃないか
なこれ
は相当希少な写真だと思うですけどえ本物
の写真まさかとは思う
けどこの人を取ってこの方誰だ右から左に
アリス川宮様だと思うんですよあのアリス
川宮タヒ新王と和宮がの婚約したんです
けども結局そん時にえ幕府の後部合体政策
の関係であなた徳川家持ちと結婚して
くださいという風にですね公明天皇から
言われてそして和宮は婚約発揮せざを得
ないとことなったその婚約相手の方じゃ
ないか
なこれから先薄井川の勝ち渡し
そして真ん中の杉並を抜け
て薄井峠の駅の近くのですねこのセシも
越えてどんどん登ってくということですね
これはなん
だ犯罪者容疑獲するための道具で
ある江戸時代の悪者をとっちめるための
もので取り調べがあるんで殺しちゃまずい
ということだからま全力でやっても殺す
ことは確かにできなさそうですけどうわい
てえってなってひんだところで捕まえる
ためのものみたいです
ねこの大量にお家があります板鼻を過ぎて
こっからですねまず薄い側を一度渡り
そしてここにアノシがあります赤村と書い
てありますがまこの川を渡っていくところ
の間で休憩したいこういうのあんですね
また薄井を渡ってこなんか橋がかかって
ますけどねそれで向こうに行く
と多分行ける時は橋をかけていくみたいな
感じだったんでしょうね季節ごとに橋を
かけたりまたそれが取り払われたりという
ことがあったみたいですあこれは板鼻の
有名な水路じゃないです
か井花宿は400年前江戸時代に水路を開
してその農業水として使っているんですが
車がちょうどここに流れてるん
でしょう昼寝でもしときたいなそんなため
の場所じゃないですけどこういう風に高行
式のところとなってるわけでござい
ます再出発しましたが早速立ち止まりこれ
がそうすねこれが400年
続く板鼻の席板鼻関ですかそうです
か右左あそこでもまた水が分かれて
いろんなところへ巡らされてるんですね
しばらく水路に沿って行ってみる
か板鼻の宿場はどうかなちょっと他より
大きかったのかなでもそろそろ終わりの
はず
です板橋みたいのが伸びてていいですね
よしこっから
戻ろうそれではちょうどこの辺り
で塾の京がけの後を通過するよう
です次は中仙道15番目安中塾しかし板鼻
あ中間は非常に短いですでもこの左手に川
が流れてるんですけど川を2回渡るなんて
変ですよねそれだったら渡らずにその
まんま同じ騎を行けばいいじゃないかと
思ったんですけどなるほどこれを見て
分かりました昔はもう川のギリギリの
ところまで怪しい山で渡らずに進むって
いうことはもう無理だったんでしょうね今
はね技術が発展したからこれを重機か何か
でくり抜いてここに道を作ることができて
はいますがというわけでま渡るんですがこ
向こうよく見えますねあれ
は鉄道マニアの方は安中貨物の出発する
場所だとばま分かるでしょうかすごい立派
な工場
ですこれかなり悪名高くてですね今はまあ
別に多分何もないと思うんですけど昔ここ
に対して公害をもう散々やりまくって剣と
かもそれをめ気はまあまりなかったみたい
であ分かりましたあの皆さんも公害が
ひどいようだからじゃあここの土地あの皆
さんの汚染された土地ま安い値段ですけど
買いますんででそれでもう周りのところを
公害とそれから人も住む干渉地帯にし
ましょうみたいなことを言い出したんです
が実際にはその汚染された土地を使って
また工場を立ててもっと汚染を拡大させ
たりとかしてですねあんな公害訴という
そういうものをねバンバン広げたという
こと
です今からその工場を左手に見て
もう歩く必要ありませんのでねこの薄い川
を高のす場所で渡り
ます向こうに苗木さがよく見えてきました
かっこいい素敵な山ですが登るのは超
難しいそう
ですでこれから先が中宿と呼ばれている
ところ
です川の真ん中のま島みたいなところ海岸
というべきなのか

いやとりあえず水をジャブジャブや冷てえ
な渡り切ったぞという人たちがちょっと
ここで一休みするかということ
でもう1人もないあ2kmちょいぐらい
しかないあんな板花間のその真ん中に
さらにアイノシが設けられているという
すごいところ
ですこれからもう1回川を渡らないといけ
ないですから

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T
さあもう到着しましたよ早かったっすね
板鼻の次の宿場中仙道の15番目安中に
到着です右手にちょうどセブンイレブンが
ありますからここに寄ってった方がいいな
コンビニばっか行ってますけどこっから先
そうややと見つかるとも思えないし水が
予想以上に必要そうなので
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ね速やかにジャスミンチを2つ使って
中仙道に戻ってきましたあん中はどういう
ところであったかというとやはり結構
大きかったみたいですねなぜならばあそこ
にウガがあったので渡るのがめどくさい
ようなところの両端とかは栄えるわけです
が本人とか旗とか宿場町っぽいものは残っ
てないみたいなんですけど結構昔のね
すごいものがあん中宿内にあるそうでしょ
それにしてもこの辺りはも自然と登り坂
ですね当然のようにずっと
登り電動だからいいです
けどりだったらもう死にますよこんな坂で
もこの明は電って書いてありますね多分
これはあれ
でしょとば貨物運搬の拠点みてがあったん
でしょう立派な暗併設の黒いお家もある
じゃないです
かそういうのは並んでますね真ん中はただ
宿場町であったというだけではなくて安中
班の半丁のあるところでした古いものを
色々見てみましょう
か真ん中の軍中業の邸宅と書いてあります
武行っていうんだから江戸時代の幕府の
関係の人だと思うんですけどねそれを過ぎ
て少し戻っていますが今左手に学校があっ
たんですけども今ねお城の後は学校になっ
てるみたいですね大体そういう公的なもの
の場所になりますよ学校かなんか軍の拠点
かもしくは役所県庁とかになるみたいな
パターンこれですね旧安中軍役所今は町村
なんですけど昔はとのも不のまとま
りっていうだけじゃなくてね軍役所という
のがあったです大正時代の終わりまで
らしいんですけどその時の建物今でも残っ
ています明治以降のやつですねこれはね
そのすぐお隣こちらはですね登録有文化財
と書いてありまして向こうに大きな教会が
あります安中協会江戸時代の終わりか明治
の始めか忘れましたがえ新島城という人が
いてですねえそれがあのアメリカかなどっ
か行ってえ留学をしてキリスト教に触れた
わけですがえそれにえ非常に感銘を受けて
ですね自分の故郷をあ中に戻ってきた時に
キリスト教を伝えていきそしてこういう
大きな教会が立つということになったわけ
です島城は最後京都でね同者大学を設立
するということになるわけです子供たちが
なんか歌ってますね懐かしいです
ねこれ基本全部元々は反の敷地の後に立て
たものだと思うんですよ全部明治以降の
ものじゃないですか城下町安中その後の姿
にこれでちょっと触れていただけたかなと
思います
見所は色々ありますが霧がないのでまた中
天道に
戻り薄い峠を目指さなければいけません
安中市の中心は旧安中宿周辺なんですけど
もま安中の駅近くではないわけですよね
これはなんでかと言うとおそらく鉄道が
天下を取ってた時代がそんなに長くなかっ
たからでしょうか鉄道の時代の後もうまた
100年はたたのうちに自動車の時代に
なりますのでまもしね鉄道の下が200年
ぐらい続いていたらもう駅周辺に何もかも
移転したりとかしてたんじゃないかなって
いう気もするんですがなんかすごい建物
ありますねお醤油屋さんかこの裏手にはね
レンガの煙突もありましたなるほど新島八
ゆかりのなんとか書いてあるそういうこと
かタイガドラマで前八の桜ってありました
よねあの新島八さんって新島城の嫁さんな
んだな太陽だの経済効果って結構ある
みたいですよ安中大きの跡とここに書いて
あります郵便局が今その跡地みたいですね
大抵なんか公共のものがやっぱりその昔の
公共のもの後のとこにねできたりします
けどもともかくこれで安中宿を抜けました
次は中仙道第16番松井塾
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です
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視聴ありがとうございます。チャンネル登録していただけルと助かります。
2021年現在 現在と異なる内容がありますのでご了承ください。 
元の動画(スーツ旅行チャンネル):https://youtu.be/QMON96t9F2c?si=EiIJTfyusuJipRLU
参考資料:スーツ旅行チャンネルコメント欄様(勉強になります)

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