中山道六十九次㉛ 自転車で行く 下諏訪宿~塩尻宿 スーツ旅行 切り抜き
おはようございますここは長野県下諏訪中 仙道の29番目の宿場 ですここに日本庭園がありますがこれは ですね下沢宿の本人の当時から江戸時代 当時からずっとこういう状態でやっていた という日本庭園でしてこの奥側壁の向こう が今の本陣の建物でこちらはその本陣の 離れみたいな場所ここにみさんが止まった わけですがま今ではねえそれぞれ別の敷地 ということになっていますこちら側だけ 旅館として開業して経営が変わったりした ので本人の石族とは現在所有は違ってい ますがしかし本人と離れがそれぞれ残っ てるとすごいことですよねこの店はねあ 桃山時代とかに作ったらしいですよ江戸 自体の宿駅制度が生まれる前からこういう 状態だったというからすごいものです 旧本陣の旅館に普通にそのまま止まれる 面白いですね東海道はどんどん発展してき たからかあんまりそういう感じのところは ないんです けど昨日もご紹介した通りこの右と左が旧 脇 本陣何でも下すにはあるよう ですまだ朝ご飯も食べていません こに行ったとこにセブンイレレブンがある ことを確認していますんでそこで買い物を することにします速やかに朝ご飯を通まし たこんなのあったんですよ4種類の ドーナツ321ちょっとお得ですよねこれ で道中貯めながら行こうと思います甘い もんばっかりです体力を使うてそういう ことなん でしょうこの先に小川が流れていますが これより岡谷市に入り ます中央本線も岡谷駅というのがあります が中千道とはだいぶ違うところを通ってい ますこの辺りの地図を見ていただくと 分かりますが中央本線はだいぶ諏訪小いに 南の方にずれていますまその方が町として も多分今栄えてるんじゃないですかだから それで納得なんですけどもさらにその先も 中央本線は昔かなり大きく南の方に中仙道 よりもとんでもなく小回りをして走ってい ましたこの先の塩尻峠エレ峠を超えること ができないので 南側の稲の谷稲谷の方にずっと南下して ですねそしてそれ からまた北上してくるというとんでもない 大迂回をしていたわけですそれに対して 江戸時代は人間の足で歩いていく中先度 最短距離を切っていけばいいということで これから一気に坂を登っていくことになり ます上すは下岡谷この3つはもう長野県を 代表する諏訪地方の大きな町で
家並も途切れることがありませ んここでちょっと国道の方に出てきました あったあったここだ今朝なんで閉まって ますけどまだ6時台だから ね昨日私に電話で自転車のことを教えて いただいてしかも他の店の方がいいですよ とまで言っていただいたありがたいもう このお店のおかげでね私もなんとかなった ようなもんですからこの旅を維持して くださった高山サイクルさんに 前を通ってこれ礼になるか分かりませんが 少しでも礼しないと ね前方に山があるじゃないですかあの山を 越えていかなきゃいけないわけなんです けどあれの上まで登るというわけではない はずですここら辺に緑色がなんか グラデーションになって2段階に分れてる ところがあると思うんですがそこに多分川 かなんか流れてて標高が少し低くなってる んじゃないかなま大体峠ってそういう ところがあるんですよね ちなみにこの山よりもこちら側が太平洋側 であの山よりも向こう側は日本海側となる んだそうですまた分水レを超えんの か右手に神子屋今本店という看板が出て ますねこの辺りはねどうも今井さんという 人が多いみたいなんですが建物あるのか なここにもまた小尻闘技を控えて超えて いく人たちのための茶屋本陣というのが ありまして 大名なのが休憩をするための公的な施設 本人をやることができる人たっていうのは 特権階級みたいですまずそもそも本人は 基本的に無料でチップしかもらえなかった のでお金がないとできないということも ありましてそれで力があったりとかするん だと思うんですけどそれプラス本人をやる 人になるとですね刀を持つことが許され たりとかそれから苗字を名乗ることが できる江戸時代は普通は苗字はないです から ねそこら辺でなんとかやとかやってるやつ も多分その野合最初野合でやっていたのを 明治の時代になんか苗字つけられ るってことになってその野合苗字にしたり とかしたんじゃないかなと思うんですけど この今池は江戸時代から苗字があった名家 ということですねこれ が旧五小級本人明治天皇も和宮も休んだ ところだということですおな随分立派そう ですね国の登録有文化財になってるそう です登録計文化剤とか重要文化剤にすると 工事とかその維持管理のお金がね補助して もらえるらしいんですよねその代わりに なるべくみんなに見せなきゃいけなかっ
たりとか工事とかする時には国から口出し されたりとかするみたいでして登録計文化 剤やめますとかそういうのもできないんだ と思うんですけどだからメリットだけじゃ ないけどこっちから申請するとあじゃあし ましょうねみたいなことをしばらく時間を かけて審査して後で決定するということに なるみたいです鳥が鳴いてます ねこの鳥うるさいんすよ何の鳥か僕知ら ないけど朝もねこの鳥に起こされた甲州 街道から続く現在の中仙道を通っており ます国道20号は塩尻峠は一応通ってると いえば通ってるみたいなんですがだいぶ 違うところを随分ぐねぐねと曲がりながら 行くようですこれに対して我が中仙道は もう直線距離ですよ天道アシスト自転車 なら超えることはできると思いますが技を 超えてきて地震のついた和の旅人を上上ら せるのが修峠だと聞いています油断する ことはできません今のところはまだまだ あの技峠の球道をあれほどのものではあり ませんね一は一室などこへ行ってもえこれ で来たんですか興味深くまたはあけに取ら れる電脳アシスト自転車で登っております ので意外とこの後半は楽ですここは住所も 岡市枚なのかでなんかそう書いてあります ね人の名前も住所も政治家の名前も何もか も今だすごいねこの下を通っているのは これなんだ多分ね峠を超える必要のない 国道20号のバイパスでしょうかいや バイパスなんてものはないらしいな国道は 峠越を今でもしてるみたいだこの峠を超え に進むのは高速道路ですね高速道路と鉄道 はこの真下をトンネルで突き抜けていって しまいます薄井峠とは違ってトンネルで 抜けることができる峠ですからあれ国道か 上の方にもまたあるあの辺が塩尻峠 でしょう多分国道だと思うんですがそれね どうやって走ってるかというとずっと こんな方まで迂回をしているようです よ振り返ったスワコの景色はこれ交差の せいか朝もやかスワコが作っている木が 少なくともあまりよく見ることはできてい ませんこの真下に中央自動車道のエレ トンネルがあるようです中央本線の トンネルはこれよりもだいぶ南の方を抜け ていくみたいですね右へ行くのかこっちか クマ出没注意って書いてある音の出るもの を持ち歩くなんか音楽をかけていきますか ではね 最近スーツBGM集を作ったんでその自分 のBGM集をかけていきましょうこれこれ 広告 だ うる早く
壊れちょうどいい感じのところから始まっ わじゃあ行きます [音楽] よ うわすごいすねこれ急だな旧中仙道の大石 こんなのもあるわちょうど見てきます か何々説明が書いてあるななんかね昔から ここに無という同穴の無穴熊がなんか出た らしいんですよ穴熊が旅人のローソを なんか奪っていくらしいですねいきなり この岩かげから飛び出してということで 警戒されていた場所だそう です穴熊は実はローソの油が大好物で暑い ということが書いてありまし た うおー猛烈な峠 だこれは すごい昨日下沢までにしといて良かった ですね この勾配がどこまで続くのかなんでこの道 を舗装されてこんな風にちゃんと整備され てるんですかねここが整備されて明治次第 活用されたりしてきたんでしょうか調べ ましたけどこの道は明治16年に新しい さっきの別のところを登っていった国道 20号に置き換えられたそうですその後 明治天皇の全国のご人口がありその際は この道は使われなかったということですだ から舗装されてこんな風に整備されたのは くとも絶対明治時代ではないですねま明治 時代の舗路なんて全国ごくわずかであった でしょう しともかくこんなにありがたい道が きちんと整備されてるとは嬉しいことです 国道20号のおよそ1/もの短い距離で ここを抜け切ってしまうと言い ますなるほどこれは確か に和峠を超えた人間でもこれは答える うっかりすると後ろに落ちてしまう自転車 を持って立っているだけでもきつい ブレーキをかければ余裕なんですけどこの 先にイノシシの罠もあるそうですなんか そんなことが書いてあるんですけどが出 るってことですねそれ出るか出るに決まっ てらこんなとこ出ない方が おかしい結構あるぞこの峠は昨日通ってき た道よりもうんときついがなんか峠みたい なのがあるぞ ああ ああ雰囲気からしておそらく登り詰めたと 思われる遠US峠のさらに上のところには 藤見台の展望台というのがあるそうでこれ が昔から中先島で一際は優れた景色として 有名だったそうです明治天皇もここでまた お休みになったそうです愛にの天気では
ありますけれどもしかし確かにこれは中 千道の景色の中で随一と言うべきもの です富士山こそ見えませんがしかしつの 向こう側までよく見渡すことができ ます向こう側が茅のこの辺りが上諏訪 下諏訪目の前が 岡谷そしてこれから塩尻に超えていくわけ ですこのスワコは私ねカルデラ湖なのかな とか思ってたんですけどそうではない みたいですね火山の噴火活動によるもので はなく何でも地質の動きによって大きな 割れ目ができてそこに水が溜まるんだそう です南側も天気が良ければ 中央アルプス御たさん北アルプスの穂高と かまそういうのは見られるわけなんですが のくも見えるらしいんですけども岐阜との 研究ちょっと乗りからは分かるか なこの辺に中央アルプスも一応景色を覗か せてくれてますね分かるかな山の葉が横 つって ますまともかくこれより下の街の景色が見 られただけでも良かったですね これが塩cons方面でも多分ここは通ら ないんじゃないかなパっと一瞬だけ日が 刺してきました桜がまだ咲いていますそれ では今8 時これより峠を下りますうん旧中仙道って 書いてあるな大丈夫だなこっちも緩やかな 道だとか聞いてるけど全然そんなことは なさそう だ 明治店のがなんかお食事か号給結に使った という水があるそうです今のところ降り ちゃえば確かにいいのかもしれないなおお びっくりしたなんか木にでかい布が ぶら下がってるでかい動物が人が木に ぶら下がってるのかと思いましよこの先旧 中線道通り抜けご遠慮くださいって書いて あるけどま大丈夫でしょう自転車の場合は ね多分幅が狭いから遠慮してくれってこと 速力はないのでこれぼっちって名前が 変わってるからね知ってましたし有名だと 思うんですけどここにあったのかキの方は なんか何とも言えずかんでるという感じだ なまあ雨が降らないしよしとしましょう だいぶ降りてきたなついに国道と合流です か合流じゃないみたいだな国道はまだまだ この先ちょっと中天道よりもうねって進む みたいですね半先導はあくまで直線 距離 犬かの 清水なるほど確かに江戸時代の頃からの 石日まで立てここ右から犬か清水ってえ 横書きで右から書いてあります奥様の愛犬 が元気を取り戻した
清水様子路はあるんですけど絶対違うんだ よねもう水はなくなった枯れたかなんかし たんだろ奥様の犬 は喉が乾いてたんですねラーメン屋とかと かねこの偏見かもしれないけどトラック ドライバーの方とか好きそうだなという風 に思うんですがそういう店が多いのは今の 道路の周辺の経済が貨物輸送を中心に回っ てるんだなってこと感じますよね江戸時代 もそうです産金交代とそれからやはり貨物 輸送それが中心となって街の経済が発展し ていったということ人間別に移動しなくて いいけど物は移動しなきゃいけないです からねそしてビジネスというのは動いてる からビジネス需要と貨物需要この2つが 大きいところは大体栄え ますちなみに今日超えていく峠はこの1つ だけではありませんもう1つト峠というの がありますト峠の標高は結構高かったん じゃないかなまた1100mぐらいまで 江戸時代は登っていたら記憶してい ます ちょうどここで峠を大体下り切りまし てまだ下りは続きますがとりあえず着き ました中先度30番目塩陸に到着です
*塩嶺峠の下は「長野道」です。
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2021年の動画 現在と異なる内容がありますのでご了承ください。
元の動画(スーツ旅行チャンネル):https://www.youtube.com/watch?v=LFGmw-PekHE
参考資料:スーツ旅行チャンネルコメント欄様(勉強になります)
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