令和5年度「社会教育推進フォーラム」【記念講演】
皆様お待たせいたしましたこれより第2部 記念講演を行います本日は自治を耕す社会 教育と題して中央教育審議会生涯学習文化 会社会教育人材部会部会長牧野淳様よりご 講演いただきますそれでは牧野様よろしく お願いいたし ますはい皆さんこんにちはえ牧野です よろしくお願いいたしますえあのま私の この話をですねあの始めさせていただく前 にやはりあの触れておかなければいけない ことがありますえこの1月1日に発売し ましたえノ半島地震でのえま犠牲になられ た方々のご明服えそしてえ被災された方々 のえ異国も早いえ日常生活の回復をお祈り したいと思いますで特にあのま地震って いうのはですね発災は防げませんけれども えその後のえ2被害ですとかさらにはえ 避難所における相互の助け合いさらにはえ いわゆるま孤立をした集落がたくさんあっ たんですけれどもえその集落の中での 助け合いをしながらですねこうま命をつい でいくということそうしたことはえ私たち が関わっていますえ社会教育ととても深い 関わりがあるんではないかという風にもえ 考えていますでその意味で私たちはえ何度 も何度もやはりあのこのことを思い返し ながらえ自分ごにしていくまそんなことが えこれから求められてくるんでないかと いう風にも思いますでえ今日私がいだき ましたテーマがですねちょっとあの硬いん ですねあの社会教育の素の広がりとえ社会 教育人材が果たすべき役割りという形で あの後のパネルディスカッションもこの テーマでさせていただきますけれどもえま そういうあのお題をいただきましたでそれ でえやはりまず硬いんですけども私の方で え主題を付けさせていただいてえ自治を 耕す社会教育という風にさせていただき ましたでえ今何が問われているのかって いうことなんですねでちょっと先にあの はりますけれどもえコロナかまだ今日も たくさんあのマスクをつけてらっしゃい ますし私もあの内動く時にはマスクをして いるんですけれどもえコロナで大変なま ことになったでそして新しい生活をし なければいけない三密を避けろさらには 子供たちは学校で給食を食べる時も同じ 方向を向いて食べなければいけない喋って はいけないま様々ことが言われもそのの中 でえま孤立といったことがま盛に言われた んですけれどもえま今回のこのま地震も そうなんですけれどもまそういう大変な ことが起こったでそしてえ孤立をして るっていったことが見えてきたそれ言方を 変えればもうこのコロナですとかまたは
自信とか起こる前からこの社会では人々の 孤立が深く進行していたでそれがある事件 をきっかけに見えるようになったという ことだろうと思うんですけれどもじゃそれ でもう大変だと言っていれば良いのかと いうとそうではないのではないか例えば 私たちが関わったこれあのちょっとすい ませんお手元のには入ってないかもしれ ませんね元々にはこれが入ってると思い ますが岐阜県岐阜市で私たちがえコロナ前 から関わっていたコミュニティスクール 作りの事例ですでえ2020年度の初めに ですね学校がえ急行になりましたでそして えその時に子供たちがえ地元の高齢の方々 のことを思って自分たちで布マスクをえ 乗ってお届けをしたということが起こり ましたえお記憶にあるでしょうかあの コロナの初めの頃マスクが足りなくなって しまってでそしてまいわゆるまアベの マスクという風にま嫌いされるような政策 は取られたことがありましたけれどもま そういうことが起こった時に子供たちが マスクを縫って配ったお届けをしたそうし ましたら今度高齢の方々がえ子供たちの ためにというのでえ布マスクを全校児童 1人3枚行き渡るように縫ってくくださっ てま学校に届けたということが起こったん ですねでこれがまその時のあの写真です あの新聞にも乗りましたそれからこれが皆 さんがあの学校の地域ルームでえノル マスクを縫ってる時の写真なんですけれど もで私たちと関わりがあった子供たちだっ たもんですからえま彼らカノたちにまどう してこんなことを思いついてやったのかと 聞いたんですねでそそうしたらまこんな ことを言いますえ自分たちが学校がま休み になってえ寂しい思いをしていたしかも マスクが足りなくなってみんな心配をした でその時にふとあの仲良くしてくれたあの おばあちゃんあのおじいちゃんどうしてる だろうか1人暮らしで困ってないだろうか またはえ出ちゃいけないとか言われて薬局 に買に行ってもマスクがない困ってない だろうかでどうし何かこうしてあげたいと 思ってたんだけどどうしていいか分から なかったでたまたまテレビでえ布マスクの 作り方をやっていてでこれならできそうだ と思っただけど縫ったことがないんですね ででそれでお母さんに相談したらいやうち にミシンがあるからじゃ練習してみなさい と言われてま練習をしたそしたら縫えたで それでえ友達を呼んで一緒に縫ってそして ま届けたらとても喜んでもらえて嬉しかっ たっていう風に言うんですねでそれで私の 方がもうちょっとじゃその縫ってる時に
どんな思いがしたのどんな気持ちがした のっていうに聞きましたらいやとてもなん かポカポカする感じがしたって言うんです ねで言い方変えるとえこうあのおじい ちゃんあのおばあちゃんがこう喜んで くくれる顔が浮かんできて嬉しかったって いう風に言うんですねでじゃあ恒例の方々 どうかと言うとまこの方々もえま子供たち のためにまこんな時にですね自分たちの ためを思って縫ってくれた子供がいるんだ ということにまず感激をしたでそれで やっぱり何かしなきゃというのでま声がけ をしたら地域の方々が集まってくださった こういう形で集まってくださったんですね でそしてまここでま少し距離を取りながら まマスクをしてまある意味ではま世間話で もしながらですね一緒に縫ってる時に やっぱり自分たちもこんなことができるん だと思えて嬉しかったっていうんですね そして子供たちがこうまニコニコしてる顔 が浮かんできたでそれをまある意味では こう相手のことをこう重んかかる力があ るっていう風にま思ったりするんですけど もこれ音送りって方をしたりするんですね まあのこれの方々は音を返したいと思った んですけども何か自分に見返りがあること を期待して返してるわけではないで子供 たちもまを縫って配っまお届けをしたのは 何か自分に帰ってくるものがあるんだろう と思ってやったわけではなくてむしろ純粋 にま高齢の方々のことを心配をしてこう 自分のできることをやって差し上げようと したそれがさらにま高齢の方方のそういう まある意味ではこう反応を引き出して連鎖 をしていくわけですねえ送られた音を返す のではなくて次へ次を送っていくという ことをま日本語で音送りという風に言い ますけれどもじゃその時に一体何が起こっ ていたのかというとちょっとまあのまた カタカナとかあのローマ字が入りますあの アルファベが入りますけれどもえ コンパッションという言葉がま最近よく 使われるんですねで元々はこれ共感とか ですねま訳されたりしますでコンパッショ ンて2つのま単語というか言葉からなっ てるんですけどもコていうのはま今日共に するっていう風によく訳されますが元々は 分かち合うという意味のえ言葉ですで さらにパッションもよくま情熱とか訳され ますけども本当は苦しみとか悲しみという 意味なんですね元々はでそんな意味では誰 かの悲しみや苦しみを分かち合って分かち 持つようにする簡単に言えば人の身に なれるということがあるでそうするとこう 想像力が働いて相手の身になって物事が
考えられるじゃ自分も困ってるし相手の人 も困ってるんではないかそして何かして あげたいと思思うというのがまこの社会を 作っている基盤だという風に言われたり するんですねそれ言方変ればえ相手にとっ て良いことに気づいてそれを何かなんとか しようとして動いてしまうということ そんなことを私たちはこの社会の中に やっぱり見ておかなければいけないのでは ないかそれは今回の被災地でも起こってる ことですしまさらにはえもう12年前13 年前になりますけれどもえ東日本大震災の 現場でも起こってたことですでさらに今回 のまコロナでも私たちがま見たことになる んではないかという風に思うんですね そしてさらに今あのこのちょっと前後し ましたけれどもえウェルビーイングという 言葉がま盛に言われるようになってきて いるでこれは今政策用語としてもたくさん 使われていますし後からご紹介するえ教育 進行基本計画の中でもまこのウルビングっ ていう言葉が出てきてるんですねでこう ウェルとビーングがくっついていてで そしてなかなか日本にうまくならないです けれどもえまこうまなんとなくよりよく 生きるというかですねこう積極的な意味が あるように受け止められますこれ確かに それでいいわけですけれどもなんかこう よりよく生きると言うと1人だけが一生 懸命こう強い私がいてその私が自分の幸せ やより良い方向に向けて生きていくという イメージを伴ってしまうだけど本当にそう なんだろうかってことなんです例えば強く 見えているその人もですね実は自分で積極 的に生きているような条件があってこそ 生きられるのであって孤立をしていては 生きられないのではないか孤独を好むと いうことは可能ですけれども孤立をした 状態で私は孤独が好きだからと言えるかと いうと言えないのではないかでその意味で はやはりいい関係をちゃんとこう整えて もらえてあるということが1番大事になっ てくるでその中で自分はそこにうまく置か れていくとそうすると自分はその条件を 使いながら次へ一歩踏み出そうとすると いうことが起こるのではないかそうした ことをやっぱり私たちは考えておかなけれ ばいけないでそのいい条件って一体何なの かいい関係って一体何なのかというとえ 先ほど少し先回りしてお話をしたような こう相手のことを重かる力があって相手が 困ってるんではないかと想像力を働かせて 何かしようとしてしまうという関係がお 互いにあるそうしたことを私たちはこの 社会の中にちゃんと見ておかなければいけ
ない でその意味ではこう様々に孤立ですとかま 大きな課題がある社会ではありますけれど もやっぱりそこに人間の本質といったもの を私たちは見ておくっていったことがま まずはま求められてくるんではないかって ことなんですねそんなことを少し抑えとい ていただいた上でえま何が言いたいかと 言いますと例えばですねこう繋がりが切れ ていくと一体どんなことが起こるのかまた はま今日行政関係の方もたくさん いらっしゃると思いますけれどもえ行政の 方々が彼と思ってやってることが実はその 繋がりを切っていってしまうといったこと にもまこうそれこそ繋がっていきかねない 例えば え繋がっているとですね例えば先ほど子供 たちのように相手のことをぱかって自分に できることを探して一生懸命なってやって いくそうすると喜んでもらえたということ において例えば自己肯定感ですとか自己 有用感さらには自分がこの社会にちゃんと 生きてるんだというプライドを持つことが できる ですけども例えば行政サービスでいろんな ことやってあげますよじゃマスクを届け ますよ行政がたくさん買い込んで送ります よであ方何もしなくてもいいですよって いう風になってくると何が起こるかと言う とどんどんどんどんそこに依存をすること になっていってしまうでそしてまちょっと こうきつい言葉ですけれどもえ消費者化し ていってしまうそうすると消費者にできる ことは最後何かと言うとクレームを つつけることだけになっていってしまい ますああしてくれこうしてくれ要求を出し していってしてくれないとなんでだって いう風になっていくでそうすると結局実は 消費者っていうのはま神様だと言われたり ま主役だと言われるんだけれども結果的に は誰かに何かをしてもらわなければなら なくなってしまうような自分で生きてるの ではないような感覚になっていってしまう だからこそ文句を言ってしまうそんなこと にまなっていってしまうそれは生きている ことのプライドを失うことにま等しいので はないかっていうことなんですねそのこと を最近まいろんな方々と議論をしています 例えばえ劇作家の平田オザさんていう方が いらっしゃいますけどもこの方もですねえ 文化は大事だという風に盛におっしゃるん ですねで例えばこういう緊急人になると 文化というのはえどうもなんかこう不要 普及のものだっていう風に言われて予算が つかなくなったりちょっと置いとこうって
ことになるで確かに被災をされて生活が もう大変な状態になってるところでじゃあ 演劇だとかですねそんなことになっても それはできないだろうとだけれどもやはり きっちりと物質的なものがこう保証されて いく中で生活が立っていく過程で次に やっぱり地元の方々が欲しがるものは一体 何かと言うと例えばお祭りの復活であっ たりまたは地元の伝統芸能の復活であっ たりするわけですね私たちも実はもう12 年前13年前のえ東日本大震災の時にえ破 後半年経ったところから3年間ぐらい 私たちは通いましたでその中ででえ生活が 立ち直ってくるに立直てくるにつれて地元 の方々が欲しがるものは一体何かというと ま地元ではトマというあの菱のようなもの で虎の舞があるんですが虎舞をやりたいと おっしゃるんですねでま多くの ボランティアの方が入ってらっしゃって何 言ってるんですかとこんな大変な時に そんな遊びみたいなことっていうにしるん ですけどもそうす相手の方は旬となっ ちゃうんですがそうではないんですねとま を復活させることによってこう自分たちも できることを自分で確認をしながら やっぱり関係を整えていくでそして 助け合おうという関係を作っていくしかも そのトマてのはある意味でこう集落ごとに 違うんですねちょっとずつそうするとその トマをお互いが踊りあうことによって実は それぞれが自分たちのコミュニティを ちゃんと作っていこうていう風にこう 繋がっていくんだそういう感覚があるん ですねで平さんもここのところが大事なん だとおっしゃる舞台の上に立つような演劇 というのはそうしたものの最後のところで あってこの社会でそうしたものがきっちり とねいていないと実はこの舞台の上の演劇 も実は見てもらえない評価はされないで まるみでは発展をしないでその意味では 人々がきっちりと日常生活の中で文化や 芸能を楽しめるような関係を作ることがお 互いにコミュニティを作っていって 繋がり合うでさらにプライドを持つことに つがるんだというにおっしゃってました けども私たちもその通りだと思うんですね でそれで東日本の時にははえ私も学生連れ て行ってましたからえ学生たちにおはしを 習わせてですね一緒になってやってきたん ですけれどもやっぱりそういう関係が できると未だにずっと繋がってくるんです ねそして何かあることに学生たちは ダニエルの故郷ができたと言ってそちらに 伺っては一緒になってお酒を飲んでくるま そんなことがあるわけですけれどもでそう
したところにお互いに認め合うというよう なこうまウェルビーイングな関係ですよね でそこに幸せを感じ取るようになってくる という関係が出来上がってくるでそうなる と私たちは日頃見えてる問題っていうのは 本当はその問題が起こる前に起こっていて 見えるようになってきたんですがそれが 起らないような関係をこの社会の中に 埋め込むことができるようになるんでは ないかさらにはじゃ発災はこれは防げませ んけども震災が起こった激似災害が起こっ た後にやはり二次被害を少なくできるよう な社会を作っていくことまそんなことに こう繋がるんではないかという風に思い ますでこうやって喋ってると時間がない よっていう風に言われるので次へ行きます で社会教育ですで社会教育はえ皆さんどの ようにお考えでしょうか私たちこれはあの 研究者の間でも概念がはっきりしないと 言われてきていてえ行政的にはですね ちょっとここ流しますね行政的には学校と 家庭と社会ま学校教育と家庭教育支援と 社会教育ってに分かれて場所によるま3 文法と言ったり3つに分けるって言い方を したりしますで例えばこの影響本法ではえ 家庭教育及び勤労の場所その他社会におい てという形で社会教育を規定をしてきまし たし社会教育法言語法ですけども社会教育 法は学校教育以外のだっていう風にま規定 をしてるんですねやっぱり場所で分けてき たで今のえ教育本法はえ上の方に第12条 ですかね社会教育ができましたけれどもえ 個人の要望や社会の要請に答えてっていう ことに言っていてでさらに障害学習が入っ てま一生が1人1人が自分の必要に応じて 学んでいくことなんだでそれが生かされる 社会を作りましょうと言ってきたである 意味ではこう場所によって分けてきたん ですが実はえ昨年の6月に閣議決定をされ た新しい教育進行基本計画では社会教育を どんな風に言ってるかと言いますと場所で はもう分けていません例えばえここにまた ベルビングが出てきますけどもこれ基本 コンセプトは持続可能な社会を作っていく ための私たちの後継者をちゃんと育成し ましょうっていうこととそれから誰もが ウルビイングを感じられるようなしかも それは日本社会にねざしたと書いてあり ますどういうことかと言うと先ほど 申し上げたことですお互いにいい関係を 作りながらそこに自分がちゃんと位置付け られていくことによって自分の力が発揮 できるようになっているような関わり合い を作っていきましょうでそれがこの社会を 持続可能なものにしていくんですよてこと
が言われていてでそして教育の営みを社会 をを牽引する中核的な営なのだていう風に 書いてある教育こが先行しなければなら ないそうしないともうこの社会はそこが 抜けてしまうかもしれないてことをま指摘 をしていますでさらにこの中でちょっと いっぱい抜き出しをしてありますけどもえ まとめますと社会教育はどういうことかと いうと地域コミュニティが基盤であるこの 社会の土台である人々の繋がりや関わりを 耕しておくその土壌を耕しておくものが 社会教育なのだという表記になっています 今までは場所で分けてきたんですがこれ からはあらゆる社会の基盤としての人々の 関わりや繋がりの土壌を耕すものが社会 教育なんですよ言い方を変えるともこの 社会で社会教育を抜いてしまったらこの 社会の底が抜けてしまいますよもっと言え ば先ほどあの愛知県の方からご報告があり ましたけれども社会教育がなければ福祉は ちゃんと機能しないですよそういうことを あの指摘をしてあるってことになるんで ですねでその意味では今実はえ様々な形で え社会教育が他の行政領域から注目はされ ていますけもその基盤づりのとしてもとい ばそういう社会の土壌とを耕しておくもの として社会教育がそうしたものに先行して あらなければいけないのだってことが言わ れてるってことですですから少しま 踏み込んだ言い方をすれば一般行政もです ね社会教育的に組み換えられていくえば 福祉を展開するためには社会的な手法を ちゃんと使っていきながら人々に添ってい くっていったことをやらないともう福祉が うまくいきませんよそんなことをま言い 始めているってことになるんですねで じゃあ例えば今日公民館表書がありました けども公民館って言ったはどんなものとし て考えられたのかえ1946年に構想が 出されました日本がえま先の対戦と呼ばれ ている配線からえ翌年ですよねすでに構想 が出されてでそしてま新しい社会の拠点 ですよっていう風に言われたんですねで その中で例えばこういう民主的なとかそう したものはもう当然だという風にお考えだ と思いますけれどもさらにこういうことが 言われていました産業振興の言動力です さらには文化交流の場所ですさらに強度 進行の期間ですでそしてえお茶の間でて 書いてあるんですね一体どういうこと かって言うと自分たちで自分たちの地域 コミュニティを再建し自分たちで作って 経営するための拠点として公民官はあり ますでそしてだからこそ実は磁場産業を 公民官で考えます経済活動も公民館で考え
ますさらに精神的な文化交流も公民館で やりますでさらにみんなが自分と自分ごと 化して民主主義っていうのは社会のことを 自分ごと化するってことなんですけども 自分ご化してそして自分が主役としてこの 社会に関わってこの社会を作っていく拠点 になるんですよでさらにこれが書いてある んですねこの絵が面白いと思うんですけど もえこのおじいちゃんおばあちゃんの世代 からですねこのちみまで書かれてあってま 一見するとま色を囲んで断捨してい るっていう村の周でこうお茶の間ですって 書いてあるんですが実はきっちりと3世代 から4世代描かれていて次の世代を ちゃんと育成する場所なんだってことが 書かれてあるんですねであのちょっとこれ 時間が気になるんですけど大丈夫ですか はいあの許可得ましたのであのちょっと ここで実はこの戦後ですねナトコ映画って のが作られたんですねこれあの占領軍が 日本人を教育するために作った映画なん ですけどもその中に唯一1本公民館って いう映画がありますでそっから5分ほど 抜き出しをしてきましたので公民館って どんな場所だったかちょっとご覧ください お願いいたし [音楽] ます長公民 館お転車が止まりました [拍手] ここの公民館ではパンを作ってい ます黒式の中身は小子でした公民館に粉を 持っていくとパンと取り替えてくれます 手数料が少しいりますがそれはこの事業の 維持費になり ます公民館は儲け仕事をしたり個人の商売 と競争することはありません ここの公民館でパンを作っているのは 食べ物の改善運動のためでありまた姿町が 深い山奥でパンヤの店がないから ですパンヤの隣 は 歯医者通いません公民館では日を決めて 遠い隣町の歯者さんに来てもらっています [音楽] この隣の部屋 [音楽] はやおやパーマネント屋さんあこれで さっきの娘さんの髪の謎が分かりました町 にはまだ美容院がないので公民館がこの ような仕事をしているわけ ですそれではあの娘さんのスタイルの秘密 もここにあるか なははこれ これれの球の
[拍手] 講座菅田町の新しい姿はここから始まるの [拍手] でしょう 牛牛を飼うようになったのも公民館の世話 したことでし た菅田町の公民館を作る時には町で持って いた林の木を売り払ってその金で費用を 作りまし たそのために裸になった山に今新しい内を 植えてい ます この着は大きくなってさらによりよき公民 館を作ってくれること [音楽] でしょうここの公民館には付属の図書館が あります誰でもここに来て自由に本を読む ことができ ます農村の人々は本を読みたくても読め ないというのが一般の実情ですがこうした 設備ができて熱心な読書化がたくさんでき まし [拍手] たまたここの本は自由に貸し出しもしてい ますただし手数料1円なりを収め [拍手] ます図書館の2階は義集まりのために使わ れ ます大勢集まっています何をしてるの でしょう公務館の俳句の集まりでした みんな楽しそうに俳句のご戦をしてい ますどうですかいい子ができましたか ちょっと見せて [音楽] ください [拍手] ここではまた独特の結婚式を行っています 全国の公民館の多くは結婚改善のために 努力し衣装道具を備えつけ特定の宗教だけ を指示するということなく式場として使う ようにしていますだが菅田町では新しい形 の式を工夫しそれを実行してい [拍手] [音楽] ます農村では特に結婚には金がかかり無駄 が多いと分かっていても今までの敷たりを 変えることが用意ではありませ ん簡素な式のうちに新郎神父は誓の言葉を 述べ結婚記念録のすでにい組かの署名の ある後に2人の名を記して新しい人生の 出発をし ますはいいかがでしょうかであのこれあの 前編はあの先ほどのあの全国公民館連合会 のえ月刊公民館チャンネルというところで 見えますのでまた是非ご覧くださいでえま
いわゆるすいませんあのいわゆるまこう 地域コミュニティの再先端の場所でもあっ たでそしてこう次に来るべき生活を見せて くれるちょっとワクワクするような場所 だったんじゃないかなと思うんですねその 後も当然社会が変化するにつれて公民館の りも変わっていきますしま今のような公民 館の状態今なってくるっことでもあるわけ ですけどもきちとやっぱり私たちのまこの 公民館の構想の中にはこの地域の次の世代 を育成するんだそして次の世代が生き生き できるように夢が見えこうこういう生活が できるんだっていうに思えるようなま そんなこう仕掛けがあったんではないかと いうに思いますその意味では今まで 申し上げたこと少しちょっとこれも極論 ですけれどもえ社会教育といったものは 何か目的を達成するためにあるということ よりはむしろなきゃならないもの社会教育 がしっかりとこの社会に埋め込まれてて いって人々の関係の土壌を耕しておくと そこに1人1の人生の目標が生まれてき たりさらには一般行政のやるべき課題が はっきりしてきてでそれをきっちりと解決 することができるそうしたものだていう風 に捉えておかなければならなくなってきて いるまそんなことではないかなと思います でその意味で社会教育っていうのはこの 社会をやはり私たちがきっちりと次の世代 につげていくそれこそ恩送りをしていく ためのまある意味ではこう永続させるこの 社会の自を高めていくための基本的な営み なんだっていう風に考える必要があるん じゃないかという風に思いますそんなこと の中で現在ま様々な形でま例えばコロナ それからえ日本のま経済状況雇用状況のま 変化それからえまあの激震災害の頻発です とかですねまあとは気候変動ですねま さらには戦争といったことが起こったり するまそんなことにおいてま非常にこうま 大きなこう社会的なま転換期に入ってる ちょっとこすいません時間のの関係で走ら せていただきますけれどもで特にこの中で 今よく言われてるのが気候変動の問題です ね私たちのまあの名の岡村さんが おっしゃってるのはまあのスケラが大きい 話なんですけどもこういうことを おっしゃってるんです1900年から比べ て今約1.5°平均気温が上がってるんだ けれども今年生まれた子供たちが生きる 世界は4°上がってしまっても後戻りでき なくなるその意味では私たちは日常生活で 今のこの状況を引き受けなけれならないと いう風におっしゃっていますですから 私たちがま亡くなる頃には1.5度前後で
済むかもしれませんが今年生まれた 赤ちゃんが生きる2100年代っていうの はむしろこのままほっとくと4度上がって しまっても地球は後戻りできないでその 意味で私たちはこの戦争の問題もあらゆる ものも含めて日常生活でこの大きな社会の 転換点を吹き受けなければいけなくなって るってことだと思いますでさらにここ最近 ではこのいわゆるまチャトGBPTこれは え私たちがこのま将来の社会や教育のこと を議論してる時にはまだ出てこなかった ものなんですけれどもま人口中のが どんどん発達をすることによって私たちの 仕事を奪ってしまうかもしれないそして 新しい生活のあり方や新しい仕事のあり方 を作っていかなければいけなくなってきた でその意味では今までは社会の大きな転換 点というのはまあ運悪く一生に1回ぐらい は当たってしまうかもしれないというもの であった過去であればやっぱり何世代にも 渡って1回も社会は転換しなかったって ことがあったんですがこれから10年起き ぐらいに大きな社会転換機を迎えなきゃ ならなくなってきたその時に私たちは子供 たちに何が教えられるかというともう 教えるものはないんではないかという議論 まであるぐらいになってきてるんですね そうすると言たは何を残せるのかと言うと やっぱりこのしっかりしたこの社会のあり 方であったりとか子供たちが自分で自分の 人生を仲間と一緒になって作っていく力の 基礎を作っておくこと それは当然勉強すること知識を蓄えること も大事ですけれどもむしろ様々な社会体験 の中で自分がちゃんと位いていてそして 自分もみんなの中で一緒になって力を発揮 することによって自分も役立つしそして 自分もこの社会にこうま貢献できるで そして自分の人生を作っていけるんだと いう風に思えることまそんなことが大事 だろうってことなんですねそして現在各 省庁の政策もどんどんどんどん コミュニティに降りてきていますもこれ皆 さんご存知の通りだと思います例えばえ 総務省のえ地域運営組織ですとかそれから 厚生労働省の地域強制社会づり最近では この農水省までが地域農村地域づり事業隊 という形でえ社会教育や公民館を盛にえ彼 らが言い始めています簡単に言うと農業を 経済ってことだけで捉えていては北海道 異性本州異性のえ村はもう潰れてしまうな ので農業と福祉農業と文化農業と教育様々 のこう混ぜ合わせていきながら新しい農村 のライフスタイルを作る必要があるという 風に言い始めてるんですねでなぜ農村維持
しなきゃいけないかと言うと農村がされて いってしまうと実は自然環境が破壊をされ ていってしまって実は今の多様性がある 自然環境を維持できなくなるからなんです それは実は気候変動とも関わってくるん ですねそういうような形で私たちは日常 生活っていったものが実は世界の大きな 問題に直結するような時代にも入って しまっているでその中で私たちはどうやっ てそうしたものを引き受けながら新しい 社会を作っていくのかっていったことが 問われてきてるんだってことなんですね はいでそれでえまここで言われてるような ことは全てある意味では学びを基盤にし なければ実は実現できないし機能できない のではないかだからこそ教育振興基本経学 では人々の関わりの土壌を耕すのだって いう風にして社会教育を場所による分類 から解放をしてこの社会基盤を作ることに 位置付け直したってことになるんだろうと 思いますでさらに今ま各地で大きな問題に なっているこの人生100年時代の到来で これはもうあの皆さんご存知の通りです 今年え高校3年生の子たちの予測平均寿命 は107歳なんですねで今年生まれた子 たちの予測平均寿命は112歳から13歳 人間の多分極限が120だと言われてます からほぼそれに近づいているで人口の構造 はこうなっていきますこれはもうご存知の 通りですから人口現象が今起こってきてい ますでこれでこの30年間ぐらい悲観的に なってきたんですが本当に悲観してるだけ で良かったのかってことなんですね例えば 平均寿命は人工急増器の明治対象期でも 40歳ぐらいでした平均寿命それが戦後 70年間で35年も伸びていますこれは 悪い社会なのかさらに死亡率新政治 1000人あたりで1歳になる前に 亡くなる赤ちゃんの数を取りますけども今 日本は1.9で世界で1番少ない国の1つ です100年前のコロナあのスペイン活の 頃には10人に2人の赤ちゃんが一切なら ずに亡くなっていましたが今1000人に 2人です本当は0になるのがいいんですが ちょっとこれはならない数字なのでえ残念 なんですけどもここまで下げてきてるん ですねこれいい社会なはずです皆さんの中 でよほどの事情がない限りお子さんを持ち またお孫さんが生まれてこの子亡くなっ ちゃうかもしれないからもう1人もう2人 と思った方いらっしゃるかというと いらっしゃらないはずですそれくらいいい 社会を作ってきたんですねそういう条件を やっぱりきっちり使ってかなければいけ ないのではないかでこれが明治維新以降
250年間の日本における人口における 年齢の割合を示しています数ではありませ んで下の緑のところが子供統計上の子供 です0歳から14歳真ん中の青いところが え15歳から64歳で働いて税金を収めて いることになってる方々で上のオレンジが 65歳以上で高齢者ですで明らかに3つに 分かれますで大体80年ずつぐらいなん ですねで右の方はこれからの予測になるん ですけれども例えば少子化ってどういう ことなのかって言いますとえ私がもう少子 家の世代です私1960年の生まれですで 私の両親が1930年ぐらい1世代大体 30年なんですねまさに私の祖父母が 1900年ぐらいの生まれですでなぜ私が 少子家の世代だっって言うかと言いますと 私は私と妹しか兄弟いませんで私の30年 前に生まれている私の両親は合わせると私 が知ってる限りで15人兄弟がいますで母 が9人兄弟の真ん中で父が6人兄弟の5番 目なんですねでえ母が顕在の時になんで こんなにたくさん子供がいるいや兄弟いる あなたが子供2人しか産まなかったの かって聞いたらなんて言ったかあんた ちゃんと大人になったじゃないかって言う んですでどういうことって言ったらこう 言うんですねあんた私国人教だと思ってる かもしれないけどもおばあちゃん11人 産んでるんだと私が生まれる前に兄が2人 いたんだけど私が生まれる前に2人 なくなってるで当時はそういう時代だっ たっていうんですねでしかも男の子が 欲しい時代ですから父がいい例ですけど6 人兄弟の5番目で長男ですから上4人が女 なんですねで男の子が生まれるまでまず 生み続けてしかも男の子が生まれても なくなっちゃうかもしれないって不安だ からその子が小学校に上がるぐらいまで 産み続けたって言うんですそうすと間に また男女の子が入ってきてしまってうち みたいにいっぱいになっちゃうんだって いう風に言うんですねだけどお前が生まれ た時はそんなこと考えもしない社会になっ てたで大体もう1難一条設ければ幸せだよ ねっていうなそういう風になっていて子供 が死ぬなんて考えもしなかったっていうん ですそれがやっぱり少子化の大きな要因な んですね産まなくなってきたことの今問題 なら産みたい方がいらっしゃっても産ま なくなってきたりってことがあるのでって ことですけども本来多というのはそういう ことで起こってたんですねじゃあそうした 社会いい社会作ってきたことをやっぱり きっちりと私たちは生かしていかなければ いけないんじゃないかでもちょっとま時間
が食ってしまいますがもうちょっと言い ますとこちらの頃の時代の生き方ってどう いうことかって言うと11人産んでる私の 祖母の人生どうだったかと言いますと15 歳で結婚をしてさ翌年16歳から子供産み 始めて33で生み終えてるんです1年半に 1人ずつぐらい産んでるんですねでほぼ 毎年お腹に赤ちゃんがいるような状態で 産み続けてこの赤いラインがあります50 歳ですどういう意味かって言うと最後の 子供が家を出る年齢に入るということな 子育てから解放されるということですです で見ていただくと分かりますけど50以降 人生が残ってる方はこんなに少ない社会 言い方変えると子供機を終えると結婚出産 育児家計の維持で一生懸命になってあやれ やれ子供が自立したからこれから私の人生 だと思ってふっと気がつくともう人生余っ てませんというのがこの頃の人生だっ たってことですでこれ男の人も同じなん ですね働いて私の祖父も働いていました けれども私が生まれた頃にはもういません でした 60なはずですけどもいませんでし たなくなってたんですねですから私は祖父 の顔は写真でしか知らないんですがそう いう時代な簡単に言えば家庭の中で一生 終えてしまうような時代だったやこれから やってくるこちらの社会どうかって言うと 65歳以上の方がとても多いんですがまだ この50歳のラインが意味があると言われ ているんですねでどんなことかと言うとま 多くの方が今女性も含めて働い てらっしゃるしかも高学歴であるで様々な 価値を持ってらっしゃるてで子供を産む方 も産まない方もそれぞれいらっしゃって 産む方は大体35歳ぐらいで1人目か2人 目を産んで生みおいてらっしゃるで50歳 になるとその35の時の子供が高校に 上がったり大学に上がったりして手が離れ ていく家事はほぼ全自動だし様々な社会 サービスがあるから負担ではないそうする と50を超えてこんなにたくさんの方が 人生がある社会というのは様々な生き方を 許容しながらその方々が社会で活躍する ことができる社会だっていう風にも考え られるわけですよねそういう条件を ちゃんと使ってこの少子家高齢化さらには じゃ若い世代がいやこの社会で子供運で 育てたいと思えるような条件を作っていか なければいけないそうしたことをしてこ なかったってことでもあるんだと思うん ですねそんなことの中でやはりま人生 100年社会もえば健康長寿な社会を作っ てきたんだからそれうまく使いながら次の
世代にちゃんとこの社会をまある意味で 受け渡していくそのための基盤として社会 教育がこれからやはりとても重要になって くるんだってことなんですねでそしてま そうしたことを受けながらえ2017年に この社会教育士という称号が出るように なりましたこれ社会教育主持のえ要請過程 を終えられたりまたは講習を終えられた 方々に対してえ公的にいわゆる文科省令で 規定されている社会教育士という称号が 出ることになりましたえそして先ほどご 紹介ありましたように私が今この社会教育 人材部会の部会長をさせていただいている のでこちらでの議論でじゃ社会教育主と いう教育委員会の中の専門職はどんな役割 なのかそして社会教育士という同じ要請 過程や同じ講習を受けたんだけども社会 教育主事ではない方々の役割って一体何な のかっていったことを中間まとめて整理を させていただきましたでそしてま簡単に 言えばえ社会教育主事というのは行政の中 にいて先ほど申し上げたように教育委員会 の中にいるんだけれども実は一般行政とも うまく調整を取りながら社会教育的な手法 を使ってこの社会の基盤づくりを行政の側 からしていくオーガナイザーなのださらに 教育委員会の中にいることによって学校 教育とも連携が取れるような形で子供たち に対してきっちりとこの社会を受け渡して いけるような形のまえ授業を行うそういう オーガナイザーなのだという位置付けにえ させていただいたでさらにじゃあ同じ教育 を受けて要請を受けて力を持ってる方々で 主人になってない方々はどんな役割かと いうとそれぞれの専門の上に社会教育の 手法を乗っけていただいて例えば福祉なら 福祉社会福祉士の方であれば社会福祉士で あることの上に社会教育の手法が使えたり 社会教育的な考え方を取って行政と連携を 取りながらさらに福祉部門とも連携を取り ながらより寄り添い方で地域の方々にこう 貢献ができるようなオーガナイザーになっ てくださいじゃあNPOの方々はそれぞれ NPOの目的がありますからそのNPOの 目的に社会教育的な手法を使ってそれを 達成できるようにしてくださいまた地域 学校連携共同推進院であればその方々は 学校に関わっていただいて一緒になって 子供たちを育ててくださいそういう役割な んですよっていう風にまさせていただいた んですねですからま簡単に言えば社会教育 主持というのはえ要請や講習を得られて 行政の中でそういう風にまある意味では 専門職としてその地位に疲れた方々のこと を社会教育主持と呼びさらにこの方々はえ
行政の内部でそれぞれの連携を取りながら この社会の基盤を豊かにしていくようなお 仕事をしてくださいそしてこの方々が同じ 教育を受けた社会教育士と連携を取って いるので現場ともちゃんと連携が取れる 専門職ですよていう形になりますでさらに 社会 の方はこれ称号なんですけども社会教育 主持と同じ要請を受けていますよっていっ たことが見えるかされていく中でこの方々 が社会でこの称号を使って様々な領域で 活躍をしてくださいねでそしてえこういう 形で社会全体をえ社会教育主持をベースに 行政の中にありながら社会教育士が各地で 活躍をすることによって社会全体の草から この社会のあり方をきっちりとを豊かにし てくださいねまそういう仕組みに変わって きているっていうことになるんですね そしてえここにありますようにえ様々に こうま中教育審議会のいろんな投資の中に もこの社会教育士といったことがこう 書き加えられるようになってきていますで さらにえちょっとこれ見にくいんですけど すいません あのこれですねあの様々な今政府の方の 施策の中にも社会教育士っていったものを ちゃんと活用してでこう地域社会の基盤を 作っていきましょうねといったことが 書き込まれてくるようになってきています でその意味では社会教育士っていう方方を ある意味では活躍をされることによって この社会基盤をより安定的に作っていくで そして先ほど申し上げたように人々の 関わりの土壌を耕していくことによって こそ実はそこに生きる人々の自分の人生の 目的がはっきりしてくるでそして次へ次へ 活躍しましょうっていう風になってくると いうまそういう循環を作っていくまそう いう仕組みに変わってきてるってことなん ですでその時の視点は一体何かと言とこれ 最初に申し上げたことです相手の身に なれる力をちゃんと持っていること相手を 重かる力があって大変だなと思うだけじゃ なくって自分ご化していく中によって じゃあ一緒にありましょうっていう関係が できてくるってこなんですねでそうした ことしかもそれが新しい社会ができてきて みんながワクワクするような社会が 出来上がってくれば楽しいはずですよねで 自分が役立ってるなと思えていけるそうし たものもやはりこのオーガナイザーの方々 にはえまそういう思いも獲得をして いただきたい無理やりやってるんでは なくってやってくうちにねどんどんみんな が変わっていくし自分も面白くなってき
ちゃうしもっともっとやりたくなってくる ていう関係を作っていくそういうような 関わりをたくさん作っていくといったこと が大事になるんじゃないかそれこそが実は 社会を作るということになるでじゃ社会 って一体何なのかっていうと簡単に言えば 人と人との関わりであるっていう風に考え たらどうか例えば里を作るというけれども 子供たちに歴史や文化や物産や偉人やと 教えますけども人間関係がしっかりない ところで教えてもこれは他人ごなんですね 人言なんです自分に関係ないって子供たち はすぐ言いますですけどもしっかりと大人 にある意味で受け止められていて大人との 関わりの中に自分がしっかりと傷ついてる と思える子たちはそういうこと教えていく とあ自分がちゃんとこのふ故郷にいるんだ と思えるようになってくるっていったこと も分かってきてるんですねでその意味では え社会教育ってのはこれあの戦後公民館 運動やられてきた鈴木健治郎が言ってたん ですが社会の地下水脈だという言葉があっ たんですね人々は普通は気づかないだけど この地下水脈があることによって井戸を 掘れば水が湧いてくるし農業も営まれてい たでこの水脈が枯れてしまうと水も飲め なくなるし農業もできなくなってしまうで 社会教化やっぱりそういうものなのだって いう風に言ってきたんですねそれ今改めて 新しい社会において社会教育をいけ直して いくっていったことが必要になるんじゃ ないかでそうなってくるとこの1人1人の 動きもですねPDCA回せとよく言われて ますけどもいやPDCAじゃなくてですね ちょっとこれあのスてからちょっとこう 頂いてきたんですがAARというちょっと 難しい言い方になりますけどもなんかいい ことが起こりそうだなと思うってのはこれ アンティシペーションて言うんですが ワクワクしちゃうさっきの公民官ですはい すいません終わりますワクワクしちゃうで そしてそしてえ動いちゃうで動きながら こう振り返ってうまくいったらワクワクし て次に行っちゃうしうまくいかなかったら またやり直しゃいいやって形ぐらいで考え て次へ次へ行ってしまうという動き方をし てくことになるんですねでそしてさらに これがみんながそこで当者になっていくと いったことが必要になってくるだろうって ことですそしてそれは簡単に言うといい 関係があるということですから1人が強い 私が自己実現を求めて動くことも大切なん ですけれどもいい関係の中で自己実現が できるようにしてもらいながら自分がそこ で自己実現をしていくと周りもいい関係に
なっていくでそしてこれがうまくこう 組み合わさっていくと周りを引き込んで いって自分たちが次へ次へより楽しい社会 がお互いに影響を与えながら出来上がって いきますよそうしたものがやっぱりま現場 で作られていくことになるんだってことな んですねで最後にすいませんあの早く終わ れってことなので申し訳ありませんがあの 先きの最初の戻りますけどもビーングで ある置かれていることによってこそ実は ドアーになっていくやりたくなってくる やる人になってくるっていうことなんです ねでその意味では全ての人が実は繋がって いることを基本にしながらえお互いにいい 関係を作ってそこに置かれていくと日は やらざるを得なくなってくるそれは 無理やりやるんではなくてやりたくなって くるそうすると日はこうなるんですね戦後 の公民館作った時にこんなことをえ行った 村があり 今の飯しの岡地区ですけどえ公民館にはえ 観客は1人もいないどうことかというと見 てる人はいないんだとみんなが主役に なろうとして舞台の上に立つし道具を作る し脚本を隠しそういうものが公民館なんだ と言っていたんですねやっぱりそういう 社会をこれから作っていくそれこそが自治 の基盤になっていくんではないかそうなる と最近ではリーダフルって言いますけども たくさんのいろんなリーダーがいてが強調 し合いながらこの社会の基盤を作っていく ことにつながるんではないかそんなことが これから求められてくる社会になるんでは ないかという風にも思いますすいません 長くなりましたけども一応以上で私の方 からの話をさせていただきたいと思います どうもありがとうございまし た牧野様ありがとうございました今一度 盛大な拍手をお願いいたし ます以上で第2部記念講演を終了いたし ます
令和5年度「社会教育推進フォーラム」
令和6年2月9日(金) 文部科学省東館3階 第一講堂
主催:文部科学省
後援:公益社団法人全国公民館連合会
開催テーマ:社会教育の裾野の広がりと社会教育人材が果たすべき役割
【記念講演】
発表者:牧野 篤 氏(中央教育審議会 生涯学習分科会 社会教育人材部会部会長)