令和6年春彼岸高座説法 2日目「親子を繋ぐお題目」

行きますよおから行きましょうかせーのお わだまさこなん ですじゃあ次逆から行きますよもっと 大きな声でいきましょうせーの かわし まきこなんです ねありがとうございますありがとうござい ます拍手ありがとうござい ます ねだわけじゃないけどでもねこれはね1つ の縁が名前によって現れてきた1つの縁だ とう皆さんもそうだってことなんです家族 のご縁友達とのご縁ご近所さんとのご縁 そして城西寺さんとのご縁相川証人とのご 縁奥様とのご縁天ちゃんのご縁もね全部の ご縁が全てのに意味が あるだからそのご縁を大切にして生きて いく人とね大切にしない人じゃ未来が全く 変わってしまいますねだからご縁を大切に 大切に生きていかなきゃいけませんえ宮崎 県とのご縁があるものを考えてみました これで宮崎県といえば広田さん宮崎県と いえば宮崎県といえばはいマゴ マゴさすが広田さんマゴ今売り出し中で ございます また他 分かるうんおあちゃん分かる どうぞあチキン南蛮そうそうそうさすが 拍手お願いいたし ますレアなところをきますチキン南蛮です ねまたあの芋場中とかですねあと自撮りと かねまの南国のねえあの海というのも宮崎 のま目の1つでしょうけれどもま宮崎で 1番こう縁があるものと言えば顧問所も 開いて見てみますとやっぱ台風なんです よ昔から台風の玄関口と言われて台風がえ よく来ていたと鹿児島の方からこうそれて あ今回は台風が高知県の方に行ったな こっちの商人大丈夫かなと思っていると ペッとこう宮崎に入ってくるとえだからね 昔からたくさんの台風が来てま水害や被害 も非常に深刻でえございますけれどもその 台風もねじっと見つめてみると悪いところ ばかりじゃないんですうんよく見てみる と台風の時に雨がっとたくさんの香水量が ありますその時にダムにたくさん水が 溜まってねその香水量の台風の雨のおかげ で宮崎は ね水不足になったことのない唯一の件なん ですよそしてまた台風一家の後は今日の 青空のようにいい天気やね今日はね 素晴らしい青空を運んできてくれたりも いたします台風かと言いますけどねえその いいところが1つもないと言われる台風も じっと見つめてみると悪いところばかり

じゃないとだからね縁をじっと見つめてみ てうんあの人にもどっかいいところが1つ ぐらいある からねえその台風が近づいておりまして1 つ困ったことが起こりましたえ台風が 近づいてきてた8月6日私はね 延岡工業が甲子園に出場したのよ小学校6 年の時ねで延岡から滅多に甲子に行くこと ないからちょっと応援に行くて言ってね 子供だけでね飛行機に初めて乗ったで 初めて乗ってえ台風がえ近づいてきてたと だから飛行が飛ぶか飛ばかないかわかん なかったでもま頑張って飛んでくれたん ですねでもね飛んでる途中で飛行機台風の 影響でガタガタガタて言われてまたエアー スポットちスーっと落ちたりもう ねもう乗らんきゃよかった飛行機の中で 大騒ぎ帰りはね電車で帰りまし たもうねあの子供心に思いましたねああ もう2度と この鉄の鉄の塊に航空関係の方 いらっしゃいませんよねこの鉄の塊には 乗るもかと子供心にえ思ってそれから ずっともう飛行機に乗らなかった高校を 卒業してみさんに行きましたけど美さんの 行き帰りも寝台列車特急富士があの神奈川 の川崎っていうとこからね船が出てて宮崎 までえ宮崎の細島というところまで22 時間かかるんです よ22時間かかっても飛行機よりは何ぼも ましじゃて 思あるでもそのねご縁っていうのもね 不思議とね逃げても逃げても追いかけて くるのも強縁なんですよ心当たりある でしょ逃げても逃げてもね追いかけてくる のがねやぱ公園みさんで休みをいただいて 短い休みですわ親父に電話をいたしました そして親父ねとえ明日から休みをもろた から明日の夕方7時の船に乗って帰るわ ね明後日の夕方5時につくわいねつって お前損時間かけて帰ってくと かでもまでもま親父はねお前はちっちゃい 頃からおっちょこちょいなっちゃから無事 帰ってこれるとかガミガミガミガミいう 電話をねがちゃっと きそしてねまいくらおっちょこちょいの私 でも朝8時ですよ8時に朝の長言が終わっ て3時間長言があります美山の3時間の 長言が終わりそして掃除をしてね朝食を いただいて朝8 時山を下りますいくらおっちょこちょいの 私でも朝8時に降りれば使うわけないやろ と思って山を降りましたけれども久しぶり にね山から降りるともう見るもの見るもの がキラキラキラキラ見れるわけよああ今根

な服が流行っちゃったかこんな靴が流行っ てんだこんな音楽が流行ってんだとあっち より道こっちより道しておりましたら川崎 駅に着いたのが7時でしたああしもたもう 頭にほと親父の顔が浮かんでほらお前見た ことがちみさんでお前は何をしったかと 怒られる顔が浮かんでですねやしい心が 浮かぶわけですよあこうなったら飛行機で 帰るしか な悪い顔悪い顔してたと思いますよ飛行機 で帰って船がつくまでの間に港に現れれば ね大丈夫だろう と思ってですね慌て て手帳の後ろのページに東京の地図が乗っ てた から東京の空港東京の空港と騒しましたら バーっと私の目に入ってきたのが成田空港 あこの成田空港ってどこに行けばいいんだ なとあっちより道こっちより道してえらい 東京の空行は遠いなと10時半ですよ10 時半にやっと成田駅に着きましたああもう 飛行機も出てるやろうから明日の朝1番で 帰ろうと成田駅の前の喫茶店に入りました 朝まで新明店にね入ってそこで水を出され ます朝までいていいですかつったらあ どうぞどうぞいてくださいとマスターに 言われ てお水を飲んでほっと一息私の荷物を見て マスターがお客さん旅行ですかといやいや 旅行じゃありません田舎に帰るんです明日 一分の飛行機で田舎に帰りますたら不思議 不思議そうな顔をするお客さん故郷は故郷 どちらですかっていうので故郷は台風の 玄関口南国宮崎県ですとお客さんそっから 飛行機に乗ったら海外行っちゃいますよ あいたしも た成田空港は国際 線 その宮崎に飛ぶ飛行機空港はどこですかと 聞いたら羽田空港また ね地図で羽田空港羽田空港で探したらその 出発した川崎駅のすぐ 近くまあ東大元倉ちゃね結局親父にはもう 全てお見通しで大目玉を食らいましたけれ でもね人というのはそういう焦りとか迷い とか自分だけが良ければいいとか割れ なきゃいいとかそういう思いの中 で本当の近くにあるね大切なものが見え なくなってしまうそういう生き物なんです よ本当は1番近くに大切なものはあるんだ よというのが先ほど 解読いたしました如来寿量本題16の我常 にここに重すれどもここに住んでるけれど も諸々の陣痛力を持って天道の主上をして 心が逆さになってるからしかしといえども

しかも見しむその近くにある大切なものが 見えなくなっているんだよこういう字です けどね天道それをま今の字に直すにこう いう字逆さになってると心が逆さになっ てるから本来見えなきゃいけない近のこと に気づけないでいるんだよ転倒した心を 早く直しなさいよという風にお釈迦様 おっしゃってるどうでしょうこの世の中を 見てもそうじゃないですか ね先ほどねご住職が言われてた話と全く 同じ こと 正直ものがねバカを見るっていう でしょそんなことないですよねまた騙す よりも騙される方が悪いとして騙される人 が悪いそんなことないよねあちゃん ね優しい人っていうのはね本来大事にされ なきゃいけないの皆さんのような優しい方 っていうのは本来ね大事に大事にされ なきゃいけないのにあの人は優しすぎる からいつか足元救われるわ言われたりする そういう世の中になっております戦争に おいてもまさにそうです心が逆さになっ てるからそういうことが起こってしまうだ から大商人様はその心を磨にはどうすれば いいですかという質問に南明法蓮教南明 法蓮教とトウルを 心を磨くとはいうなりという風に一生上仏 症の中でおっしゃられてるだからねだから ご住職奥様あねちゃんもみんながこうやっ て集まってお大目をおいしましょうて進め てくれるんですよご先祖様が喜ぶだけじゃ なくて千望者の方が喜ぶだけじゃなくて 同時に自分の心が磨かれているのです です私の心がもう転倒しきっておった時期 がありましてえ実はですねうちのお寺 は日練習のお寺じゃなかったんですようん というのもねえま単立人員と言って皆さん のお寺は総本山をみさんでしょね何か 2000か5000かか5000かの日連 のお寺があります5000かですからはい そしてね長崎にもたくさん一連集のお寺が ありますけどうちのお寺 は単立と言ってどこも総本山と担がずにも 自分たちのお寺がね総本山のうんだから他 のお寺との付合いもなかっただからもう 木建のご当もない照明もないうちの親父と か最近ですよ平成に入ってから照明とか 唱えたのうんそしてまたあのこういう口座 説教もないお守りもなかったなお守りも 置いてなかったとにかく法事と葬儀だけの お寺でしただからねこちらの城台寺さん みたいにね明るくないんです ようん暗かった なうんだから番子供の頃だったのが研本道

に行って本道の明りを消してこいち言わ れるのがね本当嫌だったの本道に行くのが 怖かったガ大将によく言われた研お寺は人 が死んでから行くとこじゃろうかちでも 本当のことだったから何も言い返せずにて 悔しい思いを出しましたでもそんな私にも 発心と言いますけどねお坊さんになりたい という思いが育ってきて高校卒業して他の 人の弟となってね紹介してもらって美さん の方に修行に行きましたよし頑張るぞと 思って燃え立つばかりの思い出みさに入っ た時とこまでは良かった1年目はね一生 懸命修行したいや2年目も3年目も一生 懸命したんすよでもなんて言うかな2年目 になると後輩ができてきてけさんけさんと いろんな世話をしてくれる3年目になると もっともっとしてくれるそしたらねもう あんまり高くない花がねぐんぐんぐんぐん 伸び始めるんだよそうよねそうなの よどんどんどんどん伸びてしてね宮崎に 帰ったよ修行終わってそしたらまた皆さん のような男の方が原さんミ山で修行してき たけだね偉いね偉いねって言われるとね また鼻が ねいや見せなかったらみんな にもうねそこ のガラス を向こうの ね河田行につくぐらい伸びて た見せたかったけどでもねそのやっぱを ペシッとおられることがねやっぱやって くるご縁だからある日仕事がねま夜おを 閉めて1人でね食事に行きました カウンターでねところでえ食事をね食べて たら隣に座った40すぎのサラリーマンの 方があんたを坊さんねとあんた暴さですあ そうですついやあちょうど良かったといや 実はね仕事のことでこういうことを悩んで てと21歳の若蔵に向かっ てお坊さんじゃちゅうだけで自分の悩みを ね飲みながらこうきららに話してき たまたそれが何度も何度もあるんですよ 家族のことで悩んでてどうすりゃいいかね 仏様なんちっちょっちゃろか ねでもそのことに何1つとして答えること ができなかったんです私はねちょっと怖く なったお坊さんというのはただ経を読む だけじゃなくてみんなに寄り添って一緒に こう乗り越えていって悩みを聞いて幸せに 導いていく役目なんだとね令週だったらね いろんな修行があるけれども令週じゃない からそういう修行間にも行け ない親父にちょっとお坊さんをねするのが ちょっと自信がなくなってきた何よっとか お前みさんで修行してきたっちゃろかっ

いやでもちょっと怖くなってきたと何よっ とかと頑張れといやちょっと無理は一時 休むわと何言っとかお前はと言って どんどんどんどん売り言葉に買い言葉でね 声が荒げてきてああ分かったじゃあもう いいわお前はお寺から出ていけおじ出て いくわそが出ていくわもう2度と帰って くんなとお帰ってこんわって売り言葉に 買い言葉でお寺を出ていきましたお袋が 止める声もね聞かずにその時に自分に何が あるかと思って振り返ってみたら中学の時 から好きでやってたねギターが1本その ギターを持ってねお寺を出ていきました こんな私でもこんな私でも だ東京の渋谷ってところに八光っていう犬 がいてそこの周りにたくさん人が集まって るっていうことだけは知ってた行きました 八光を目指して行って八光の前でね じゃかじゃかギターを引いて自分の悩みと かね自分の伝えたいこととかそういうのを メロディに載せてギターをジャカジャカ ジガジィディスカウントショップとか いろんなところでバイトをしながら夜に なったらギターを持ってギターを持った 渡りとり と演奏をねするんだけどまだそん時ね平成 の頭だったから私だけだった演奏路上で 演奏してたのはねだから警察が来て苦情を 言われたりちょっとね広田さんみたいな ちょっとコモテの人が来てねお前誰に断っ てやってんだと脅されたりまた酔っ払いが 1番立ちが悪いですねひ さんひさんはいい立ちのいい酔っ払いで ありますもうねそういういろんな人に絡ま れてやだなもうやめてしまうかなと思うん だけれども悪いことばかりじゃないんです いろんないいことも教えられることも出て くる仲間がねねできてきたりいろんなこと を教えられるギターを演奏しててねま言っ てみれば歌の売りですからね聞きたい人 たちだけが 止まるでもねどんなに声の調子が良くても どんなにギターの調子が良くても心心に あらずで歌ってる時はね全く人が止まん ないで もどんなにギターのがね調子が悪くて1本 2本言が切れても声がしゃがれていても この思いを伝えたいんだとこの思いを伝え たいんだと思って歌う時はねブーっと人は ね止まってくれんの よそして何の言葉もかわさないんだけれど もその聞いてくれてる人の心に私の心が 入ってくそして聞いてくれてる人たちが 頑張れ頑張れって思ってくれているその 思いが私の中に入ってくるああ人の心と

いうもの は目には見えない けど人の心と心を生きするものなんだ確か にあるものなんだということをね初めて私 教えられるああそういえば美さんで先輩が 兼お前のお大目は体大目じゃ心が入っとら んと怒られたりしてた大商人様も心こそ 大切なれ心こそ大切なれと何度も何何度も 言われているその心というものはこのこと かということを教えて いただく仲間が1人2人と増えてきて ギターをしに来たベースをしに来たドラム をしに来たという宮崎からね出てきてる人 たちと知り合いました4人でバンドを食い ましたね4スターズてつってね検索してみ て くださいその4スターズでねいろんなとこ でライブをできるようになるバンド組むと 下北沢の屋根裏うんえ251また渋谷の ラママとかさいろんなねえガレージって いうライブいろんなところで演奏をするお 客さんが2年3年とするうちに人に30人 と増えてきて100人を超えたもう嬉しく てたまんない嬉しくてたまらない仲間たち と手を握ってやったやったと言って 喜び合うんだけれど もなぜか心の中には雲がかかったままでし たそんな時に通の封筒が届いてお寺から 実家からだ妹がね住所を教えたそしてね中 からねお守りが出てきたのうちにお守りも なかったけどとたら裏にはね昭和46年3 月9日生まれ吉田金勇って親父ので書いて あるそれまた翌日も届くのまた大守りが出 てきて吉田県て書いてあるそれが毎月毎月 届きましたああお守りを置き始めたんじゃ な親父が送ってくれたんならていうのを ずっと重ねてるとそれがね気になって気に なってたまらなくなった時 にお袋からのね手紙が出てきた紐解いて みると 研元気にしてます かあなたがお寺を出て行ってからお寺が 日連週に回収し てお父さんが修行に行ってお寺がきました よお父さんも元気に一生懸命頑張ってい ます よそれはお父さんの願いのこもったあなた を幸せに導いてくれるお大目のお守りだ そう ですお父さんもいつもあなたのことを心配 していますよ体に気をつけて母 より私は ね 5年ぶりか な電話を

ね持っ て置い て持っ てし家の実家の電話番号はもう指が覚え てるやっと開けて電話を実家にしましたし たらまたそういう時に限って親父が出るん です よもう声が出ない ねでもね親は吐きで わかる研かあ親父ねいつもお守りを送って くれてありがとうね言う といやあ 金 やあその守りは肌離さず持っとけよ やけお題目はありがたいぞ難病ほれ劇は 本当にありがたいぞ と電話うちからね親父が言ったその言葉が 耳に張り付いて剥がれ ない ね5年ぶりですよもう私とお大目の縁は ばっさり切れたかと思ってたもう2度と 唱えることはないかと思ってたでもね切れ てなかっ たら5年ぶりに南明法蓮教南明法蓮教とお 守りを手に入れ て南明法蓮教難妙法蓮教と唱えてギターに ピックを落とす難法蓮難法蓮と唱えて いただきますとごを食べる難みほれ華難み ほれ鏡と唱えてバイクにセルを入れる難み 法蓮教難み法蓮教と唱えるといろんなこと を思い出すはそういえば小さい時に私が 肺炎になってヒヒヒヒ言って出ていたら 親父が朝で胸を難みほれ難ほ鏡と撫でて くれていた な私が庭から落ちて庭の梅の木から落ちて 腕を追った時もたがる私の腕を固定してね 難民ほれ鏡と病院に運んでくれてたな私が このりんごは酸っぱいなち言ったら親父が いがけ友りんごっちうのはな難妙ほれ下難 妙ほれ下地唱えてタブレとそしたら甘く なるとそれは本当に甘くなるんすよ必傷だ からね難法難病法を整えるといろんなこと を思い出す原いいか心注文 は白きもぞ雪よりも白きもぞだから決して 落がきをするなよでももしをしてしまった 時は難民法蓮芸教難妙法蓮芸教地唱えると そしたら少しずつ少しずつ心の落書きを 消してくれるからな諦めるなよ 剣友ああ私はもうすでに小さい頃から親父 とお袋の難民法蓮芸鏡に包まれて難民法蓮 芸鏡に生かされて 育ってきていたんだなこんな親不幸の私の ために親父とお袋が妙ほれ影響を唱えて くれていたんだ なと思った時にねずっと心の中にかかって

た雲がね ぶわー晴れて いもう1度もう1度ゼロからのつもりでお 題目を唱えてみんなの役に立っていきた すぐバンドの仲間にお題目を唱えてお坊 さんに戻りたいと言ったらお前は嘘つき じゃ一緒にバンドで飯食っていくち約束し たじゃんか喧嘩別れになりましたけどゼロ からのつもりで宮崎に戻ったのが平成10 年でうん久しぶりに帰ったらねお寺が 明るくなってましたよ上西寺さんほでは ない けどゼロからのつもりで単身とに そして親父お師匠様に頭を下げてお様に頭 を下げてゼロからのつもり でお坊さんに戻りましたそしてそれから 荒業に行ったり不教員に行ったり照明に 行ったりして通商人とお会いして応縁を いただいてそして今ここ だここに座らせていただいてやっとあの時 親父が言ってくれた言葉を自信を持って皆 様にお伝えできますいやあ皆さんお題目 は本当にありがたいです よ名法蓮芸教はね本当にありがたい やっとやっと出会えたお大目のご縁なん ですやっと出会えた城西寺さんとのご縁な んですやっと出会えた相川商人との講演な んすこれをね目先のことがうまくいかない からとか言って手放すようなバカは私で私 1人で十分だってことなです皆さんはねえ このお題目を大切に大切にしながらこれ からもみんなでお大目の輪を広げていって くださいこの南明法蓮教の題目をね我々に 残してくれたのが一連大商人様であります けど大商人様は決してどんなことがあって もこのお大目の教えを捨てなかったね立の 口の法難というものに遭われますけれども お大目を止めるのを唱えるのをやめなかっ た年9月12日だ猿のと申しますから ちょうど今ぐらいでただ今の34時5時頃 の頃にございます大正にいつもに変わらせ たまず松の安にて死の口座を張ってご法の 真中にわかにとく陣馬のもと時の声代に 何事ならんとをからしてござ遊ばせばの門 の以下304人の子の面々丸巻固当てに身 を固めじってさはき腰に対し抜き身の槍を す10本押し立てて松八のごを問えはたと おっとりがこん だり中にも兵の門の女を馬上ながらに呼ば わってやくやいにしれ抜きなの半次郎 しし天を呪う 濃い片たの口において首はねよとの女の 懸命をこってすなわち再より飯取りに 向かったりささ尋常にはかかれと呼ばわっ た大商人ご法然に飾り歩ける補鏡一部8巻

解決合わせて10巻うやうやしく押し いただいて手早く誤海中を遊ばされご案の 扉を左右に開かせた あら面白や兵の門の女がもに狂をみよ何時 天がの太郎でありながらことの善な邪を わきまえざるかたしは利に通性だるか日連 は日本の柱なり日連は日本の眼目なり日連 は日本の大戦なり日連は日本国の石なるぞ そう召とり首打ば今にみよみよ次回本宿 なんとで国内には年内の戦起こりまた他国 親筆なんとで外国よりはこの国へ攻めきる で あろうその後に呼んで保を噛むとも世も 及ぶまいなり夫人もめがもに狂いしよ な腹を抱えて笑わせた 請求なる兵の門ええいそうに試練にものな 言わせて早絡めとる下しの元岩瀬大介斎藤 三郎磯の五ローラの面々バラバラバラとご 相案を駆け上がり大正人のえりが見とって 後ろの方へたじたじタジと引きずり倒し 誤解中遊ばされたる音響掴んでは嘆いだし 掴んではだけいたし受け取ったりとくこの 弁もったいなくも音響引き花首に巻きどに 巻くもにならず足にて不にじり板の間3元 まかり散らさぬところもなし中にも消防と 言えるもの中の一感を取り出し大正人の 完全になすりつけやいやいやい 日連何時まだこの音響にビレを残しよるか 日頃の悪言を思したかともったいなくも恩 共感を持って人の目がけてちはしと 打ち立て祭ること見たに及ぶまたもうと する消防が右の階名を大償にしかと握らせ た 前日連もボンブのみなれば歌てかり力ある ならばこの腕をもねじおらんずとグラ遊ば せる明法連下教は第5のこの大5の巻には 大場だった本渡らせた悪人如人情仏の恩教 また漢字本渡らせたも末法にこの教をひる ものは大難きたり杖もて打たべしととかれ しもこの第5の巻日連が打たれしもこの第 5の 巻不思議なるかな未来機の富豪 釈尊の金源わざるへは好戦ルフも疑い なかるべしありがたや片だしとおしめさせ たまいささ思いのままになはたせたまえと 水から両の手を後ろに回らせたまえば もったいなくも見の上よりは戒め強きな かていの荒むける馬にのせ参らせ鎌倉の 大町町行とし王子浩を引き回しやがてヶ浜 に 差し掛かる 六兆里の 七ヶ浜42丁の 磯い打つ波も静かに て物の

哀れの 空10の月高 けれど晴れ曇りつ定め なし人の寿命とい ながら背後に帰るご最後かと思えば袖に しぐれ 降る涙の雨や立つ この後タの口の形状に向かわれました大正 に土場首の座に座り土場のとこに繋がって まいりますこの続きは明日のお楽しみに 取っておいてくださいこの続きを明日また えさせていただきますまあこうやって大人 様がを命に変えても唱えることをやめ なかったから我々に縁を結んでくださった から今我々の口にお題目が入っておるわけ です今度は我々の晩ですねこのお題目を 子供に孫に天ちゃんに伝えてえまり ましょうえ最後になりますけれども私が みだに帰りまして1つだけ続けたことが ありますそれは 親父が師匠が私にしてくれたように毎月 毎月ねお守りをねバンドの仲間に送りまし た何の返事もなかったんだ けど1人また1人と宮崎に帰ってきて誰が 言い始めたわけじゃないんだけど今また 一緒にバンドを組んで ます今しかできない曲を作っていろんな 施設を回ったりこの前はねうちの町の yine祭りで演奏をいたしました YouTubeで検索したら出てきます からはい都竜雲寺吉田兼雄ではい調べてみ てくださいまたそこでお会いいたし ましょうそしてまた今日はYouTube をご覧の皆さんも えね放送されてますからご覧いただきまし て誠にありがとうございました明日はこの 飯取りの続きのええドタン場という弁を かけさせていただきます明日はまたえご 商人長文いただきますことをお願いいたし まして親子をつぐお題目を皆様にお勧め いたしまして私の説の行とさせていただき ます皆さん長い間のご承も誠にありがとう ございました [音楽] [拍手] 南南 [拍手] [音楽] 南

宮崎県都農町龍雲寺住職 吉田 憲由上人

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