「震災のあと初めて海に来られました」きっかけはサンドアート 砂の彫刻家が作りたいのは“被災地に残る文化”
[音楽] 何段にも組まれた木の枠からどんどん現れ てきた砂の 像砂と水だけを使って作られた砂の彫刻 サンドアート [音楽] です サンドアートを手がけたのは秋田県出身の 穂坂俊彦さん49 歳日本では数少ない砂の彫刻家 です普段はほとんどもう何もない状態で イメージで始めてます日常でちょっとこう 気になったことを書きとめておくとかあと 何かこう気になった言葉とか文字とかあと ここだったらま 青い空が広がってるとかそういういろんな イメージをつげて作ってます ね東京芸大で彫刻を学んでいた穂坂さんは およそ30年にわって国内外のイベントや 大会などで500ものサンドアートを制作 してきまし た大きいもので1000Tを超える砂を水 で固めスコップやコテなどで少しずつ削り 何日もかけて仕上げていき ます完成したサンドアートは表面にノリを 吹きつけてコーティングするため半年 くらい持つことができ ます2017年には台湾で開かれた世界 大会で優勝もしている穂坂さんサンド アートは自然との戦いだと言い ます屋外で自然の中でやってるのでやっぱ 今だったらこういう寒さとかその環境が常 に一定じゃないですね砂の質も毎回場所に よっても違いますしで削りすぎると崩れ ちゃいますしそういういろんな違いにこう その都度合わせてアレンジして作 るっていうのがま難しいです [音楽] ね東京を拠点に活動後2021年地域起し 協力隊員として東松島移住しまし た復興庁のプロジェクトで伊達政宗を モチーフにしたサンドアートを制作したの がきっかけでし たま見た人がありがとうございましたって いうお声とかあと震災の後初めて海に来れ ましたとかまそういう声をたくさんいだい たんです ねその東松島市は東日本大震災で市街地の 65%が浸水するなど大きな被害を受け まし た当時東京の自宅にいた穂坂さんはテレビ の映像にショックを受けたと言い ます僕はやっぱりすごく覚えてるのがあの 畑とか田んぼの辺りにこう空で波が どんどん来てるのとあと多分
石巻だったかと思うんですけどそのので 燃えてる映像があっ てそれですごいショックを受けた思いて ます地域起し協力隊員になってからは市内 各地でサンドアートの作品を作ってい ます去年12月冷たい風にさらされながら も黙々と取り組む姿に言わせた人たちは 興味身 です俺若かったら弟子になりたいと思った の弟子にひしか思って作ってみたいですか 作ってみたいねぱねそそんなでこれだけの ものをできるんだもんねだけどすごいです ね本当ね芸子作品これ雨の場合大丈夫です かりが固まっちゃえばええ雨でも大丈夫あ はい3.5Tの砂を使い6日間かけて完成 した青い鳥 高さは 1.8m幅は1mあり ます東島といえばブルーインパルスの イメージもありますしあの幸せを運んで くるような鳥のイメージでできたらいいな と思ってここ数年は かなり多くの人に知ってもらってあの サンドアウトっていう言葉が普通になんか 子供たちからも出るようになっ て 先月知り合いの木島新一さんを尋ねまし た穂坂さんは芸術活動だけではなく地域 交流も続けていてこの日は店作りの手伝い をしている宮島のレストランで使う石畳を 選ぶため木島さんの石切場にやってきまし たここでレストランで使えそうな石を探し ますちょっとあの伸びる石はもっと真っ白 だからうんそこれの方がやっぱ強いそして やっぱり仕なんかも人あるからやっぱり その薄どうしてもうん風化すからはい何か そのコンクリート下にパッと引いで うん木島さんは畑で取れた野菜をサンド アートの制作現場に届けてくくれるなど いつも気にかけてくれ ます俺芸術カッてのかさ結構難しい人だと 思ってんのねだから近寄りがい近寄り がたいかなと思ってけど全然全然わざわざ 子供を呼んでそれを教えたり体験させたり いや本当にすごいなと思ってますよ本当に だからやっぱりそういう人が来てもらって ねえこの東島もうんいいなメインはサンド アトっていうのは変わらないんですけど できることまできる限りのことを色々やっ てでまより多く皆さんと交流できるで多く の方に喜んでもらえる機会が増えればなと 思って [音楽] ますこの日は地域おし協力隊員になる前 から何度も来ている震災復興伝承官を尋ね
まし た震災発生からの復旧復興の歩みを改めて たどるため ですこっちに来てから地元の人とい仲良く さしていただいて普段こう皆さんすごく 明るくて僕によくしていただいてるんです けどああいう方々がみんなあの参上を 乗り越えてこられたんだなっていうのを こう思うとちょっとこう胸が締めつけ られるというかそういう思いになり ますあの日から間もなく13年今思うこと は僕はここで災した人間ではないです まこっちに来て色々その人の話を聞いたり ま色んなものを見たり聞いたりし てあのやっぱり風化させてはいけないです しまあ今の小学生とかちっちゃい子たちは 知らないと思うんですけどやっぱここで こういうことがあったっていうのを踏まえ た上で新しく進んでいければいいかなと 思っ [音楽] さんは2021年から慰霊のサンドアート を毎年3月11日に向けて作ってい ます今年は今月1日から準備が始まり横浜 から来た弟子と一緒に連日制作を進めてい て今ピークを迎えています 来年3月に協力隊の人気が終わった後も この東松島市に住み続けるつもり です協力隊が終わったら終わりではなくて その先を考えて何かここに残る文化という か作っていきたいなと思ってます新しい 東松島のこう名物みたいになったら嬉しい 思 ます
3年前、地域おこし協力隊員として東京から宮城県東松島市に移り住みんだ芸術家の男性が、市内各所で砂の彫刻、サンドアートの制作を続けています。地域の人たちと交流を深めながら街を盛り上げようと活動する男性の思いに迫りました。
砂の彫刻家・保坂俊彦さん
何段にも組まれた木の枠からどんどん現れてきた砂の像。砂と水だけを使って作られた砂の彫刻、サンドアートです。サンドアートを手がけたのは、秋田県出身の保坂俊彦さん(49)。日本では数少ない砂の彫刻家です。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「普段ほとんど何もない状態でイメージで始めています。日常で気になったことを書き留めておくとか、気になった言葉とか文字とか、ここだったら青い空が広がっているとか、色んなイメージを繋げて作っています」東京芸大で彫刻を学んでいた保坂さんは、およそ30年に渡って国内外のイベントや大会などで500ものサンドアートを制作してきました。大きいもので1000トンを超える砂を水で固めスコップやコテなどで少しずつ削り、何日もかけて仕上げていきます。完成したサンドアートは、表面にのりを吹き付けてコーティングするため半年くらいもつことができます。2017年には、台湾で開かれた世界大会で優勝もしている保坂さん。サンドアートは「自然との闘い」だといいます。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「屋外で、自然の中でやっているので、今だったら寒さとか環境が常に一定じゃないです。砂の質も毎回場所によっても違いますし、削りすぎると崩れちゃいますし。そういういろんな違いにその都度合わせて、アレンジして作るというのが難しい」
砂の彫刻家が東松島に移住した理由
東京を拠点に活動後、2021年、地域おこし協力隊員として東松島市に移住しました。復興庁のプロジェクトで伊達政宗をモチーフにしたサンドアートを制作したのがきっかけでした。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「見た人が『ありがとうございました』っていうお声とか、『震災のあと初めて(海に)来られました』とか、そういう声をたくさんいただいた。奥松島の嵯峨渓や大高森とか日本画に出てくるような自然がすごくすてきだなって思うのと、人もすごく優しいし、ブルーインパルスもあって、いろんな魅力がある街だなと思っています」その東松島市は東日本大震災で市街地の65%が浸水するなど大きな被害を受けました。当時、東京の自宅にいた保坂さんは、テレビの映像にショックを受けたといいます。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「僕は、すごく覚えているのが、畑とか田んぼに空撮で波がどんどん来ているのと、たぶん石巻だったか、海の上で燃えている映像があって、それですごいショックを受けたのを覚えています」地域おこし協力隊員になってからは、市内各地でサンドアートの作品を作っています。去年12月、冷たい風にさらされながらも黙々と取り組む姿に居合わせた人たちは興味津々です。地元の人:
「もっと俺若かったら、弟子になりたいと思っていたの。弟子にしてもらいたい。作ってみたいこれね、砂でこれだけのものが出来るんだね」
地元の人:
「いやすごいですねほんと、芸術作品。雨の場合は大丈夫ですか?」
保坂俊彦さん:
「のりが固まっちゃえば雨でも大丈夫」3.5トンの砂を使い6日間かけて完成した「蒼い鳥」。高さは1.8メートル幅は1メートルあります。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「東松島といえばブルーインパルスのイメージもありますし、幸せを運んでくるような鳥のイメージ。ここ数年はかなり多くの人に知ってもらって、サンドアートって言葉が普通に子どもたちからも出るようになって」
砂の彫刻家、宮戸島を訪ねる
2月、東松島市の宮戸島に住む、知り合いの木島新一さんを訪ねました。保坂さんは芸術活動だけではなく地域交流も続けていて、この日は店づくりの手伝いをしている宮戸島のレストランで使う石畳を選ぶため、木島さんの石切り場にやってきました。ここで、レストランで使えそうな石を探します。木島新一さん:
「野蒜石はもっと真っ白だからこっちの方が強い。薄いとどうしても風化するから下にコンクリートばっと敷いて」木島さんは、畑でとれた野菜をサンドアートの制作現場に届けてくれるなどいつも気にかけてくれます。木島新一さん:
「俺、芸術家っていうのはけっこう難しい人だと思っているのね、近寄りがたいかなと思ったけど全然全然。わざわざ子ども呼んで(サンドアートを)教えたり体験させたり。本当にすごいと思う。そういう人が来てもらって東松島市良いなって」砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「メインはサンドアートだけどできることをできる限りいろいろやって、より多くの皆さんに交流できる、みなさんに喜んでいただける機会が増えればなと思っています」
あの日から13年、いま思うことは
この日は、地域おこし協力隊員になる前から何度も来ている震災復興伝承館を訪ねました。震災発生からの復旧・復興の歩みを改めてたどるためです。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「こっちに来てから地元の人と仲良くさせていただいて、普段、皆さん明るくよくしていただいているけど、ああいう方々が皆、惨状を乗り越えて来られたんだなって思うと胸が締め付けられるというか、そういう思いになりますね」あの日から13年、いま思うことは。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「僕はここで被災した人間ではないけど、こっちに来て色々人の話聞いたり色んなものを見たり聞いたりして、風化させてはいけないし、今の小学校や小さい子たちは知らないと思うんですけど、ここでこういうことがあったというのを踏まえたうえで新しく進んでいけたら良いかなと思う」保坂さんは、2021年から慰霊のサンドアートを毎年3月11日に向けて作っています。今年は3月1日から準備が始まり、横浜から来た弟子と一緒に連日、制作を進めていて今ピークを迎えています。来年3月に協力隊の任期が終わったあともこの東松島市に住み続けるつもりです。砂の彫刻家 保坂俊彦さん:
「協力隊が終わったら終わりではなくて、その先も考えて何かここに残る文化を作っていきたい。(サンドアートが)新しい東松島の名物みたになったらうれしいなと思います」保坂さんは砂以外のものを使った作品も手がけました。こちらは野蒜海岸で拾った流木を使って干支の辰を表現した作品です。サンドアートをはじめ芸術活動を通して地域を盛り上げ東松島市を知ってもらう、足を運ぶきっかけになればと話していました。東日本大震災の慰霊のために制作しているサンドアートは、3月11日から東松島市のキボッチャで展示するということです。
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