江波戸つぎ 30分 完全版 フルバージョン
お名前は江波戸つぎです 私は昭和13年5月15日生まれだから もう80…まあ数えて6ぐらいになるのかな 子供は3人かな 長男は江波戸喜一で 長女は江波戸美恵子 次女は江波戸八重子 長男は3番目生まれながら 1番バッチだけどね いいなと取ってるの 孫3人いたんだけど 内田正猛 お坊さんの子供内田正猛 それから2番目が内田弘教 3番目が内田立志だけど その子はほら 昔ほら脳のとこへガンができちゃって 脳腫瘍ができて亡くなちゃって 今ほら誰だ江波戸 内田正猛内田弘教2人しかいないです 江波戸美恵子 長女の美恵子も子供がなくて 喜一も子供がないです だから孫は2人しかいない 自分の兄弟は4人いたんだけど あのやっぱ長女は 戸村たま で 私は2番目 江波戸つぎ 戸村つぎ で 3番目は 戸村圭一 で 4番目は 戸村好伸 で 好伸は小学校4年 やっぱ10歳の時 破傷風で死んちゃって で、姉ちゃんはこないだ 95歳で老人ホームでなくなっちゃって で、弟の圭一はガン ここのなんで言うの 男のなんで言うリンパにできる リンパ腫っていうの それで、それをほら健康診断に行けば助かるもの ずっと行かなかったから 俺健康診断行かないとほらふいて言ってたから 見つけた時はもうどっかの あれさくついちゃって手術できなくて で、とうとうなくなっちゃったんだけど だから兄弟って私 残ってるん今私一人
姉ちゃんはこんなの 去年の12月31日から49日だったんから 弟はもう亡くなって 10年ぐらいたつかな 自分の名前は 今は江波戸つぎだけど 実家にいた時は戸村つぎで で、お父さん お父さんは戸村喜作 お母さんは戸村ふさ でおばあさんは戸村ふさで お母さんは戸村まさが で、昔のおばあさんていうのは 凄くきつくて あのうちの女親がその務めてる姿を ずっと見てたら あんなに大変なんだ思って で、うちの実家は新宅1人 お父さんの弟新宅へ戸村トミオ出ただけと そのお母さん嫁に来ても すぐ新宅いじったっていうか別れて おばあさんに勤めたことはないし いつ行っても洗濯物は山 茶碗は山になって こたつに上がってて 新宅ってこんなにいいだろう それで、私は新宅の嫁に行こうって心を決めて でうちの父ちゃん新宅立つから 喜んできたわけ そしたらうちの実家とは全然違って こっちは13でも本家に勤めさせられて 別になってからも3年になって 同じ新宅でも全然違ったんだけど ほんで私は子供3人出来て 本家にいる時あの長女が出来て で長女と2番目 八重子も本家の時出来て 3番目にはここ別になった年にできた喜一がね だから、自分の子供が出来ても 2人は全然構いないわけ 爺さん婆さん守りして 私は全然あの田んぼ行きて おっぱい飲まされる時10時と3時しか ほいで、おっぱい飲ませたくってどろどろでね 本当に大変な時代だったよね で、あのおっぱいいくらでも出るから おっぱい飲みに来ると思う 勝手にシュシュと出て来る ここの所伸びちゃって 入れるだけと で、近所に子供が出来て その子はおっぱい出ない 私のこのおっぱいを飲ましてたんだけど 結構ねおっぱいはいっぱい出たんだよね まぁお嫁に来て本家で
本家で13年だが それでここは別になったけど 懶惰はなしや 壁もあれだしとたん屋根もちっちゃいしね で台所も風呂も何もないから とにかくまだ本家子供を産んで 3年間は働きに行って それで本家のおじさんは 市会議員やったんだけど まぁうちの父ちゃん11人兄弟だから やっぱ困る11人もいたから 困る家だったわ それで結局 あのほら父ちゃん働きに行って その職人の手まで 家の係を出せって言うわけだけど 父ちゃんは働いてきたら1回分30日には 休んで 郵便局に行って全部積んできちゃうから だからお金は1銭もなしで いくら子供が金くれっつても 1000円くれっつても 何しろとっとと出さないで しょうがないから もう朝早く7時前に 自転車で親かたんの所 ほら仕事行っちゃうから 私が残って子供が3人 どうしてもお金出さないしょうがないから 結局実家もほら もらいに行けば すぐくれたでしょうけど 私も親にくれって言うのは 意地があったから 結局自分でオートバイで 後ろにカゴ買って 植木をいっぱい仕入れて売って歩いて あの頃はほら植木ブームって また流行りの所だから 持って行けばすぐ売れて 1日2回来れば 往復売るぐらい売れたの ほんでまあ オートバイでも佐原んとこはねぇ 遠くまで行っちゃうから 結局帰ってくると オートバイで夜になっちゃうね 夜暗くなるまで売って歩いて それから帰って来るから そしてまあ外に あの実家で捨てといた風呂父ちゃんがもらってきて そして外で薪を詰めて 子供らが風呂入って自分もはいってだんだわ 私が帰ってきたら11時頃 夫が風呂入って
外だから何もないとこ外入ってるから 寒くて出られなくなっちゃって 朝までとぽっと入ってたこともあったし 結構辛かったですね で旦那は私のこと 女は女夜中まで働くもんだって一生怒って 私をぶん殴ってこいこっちから こう空手つってずっとほらそれでも ここの筋が伸びちゃってゲタゲタ蹴飛ばしたかな ほんでもこの片手運転で運転して でまぁ軽四になってから 駒込の姉ちゃんこの間亡くなった姉ちゃん あれを頼んでバギー乗って植木配達したり で段々段々植木の注文がなくなるようになって 結局その頃はほら みんな山の中に農家の人が山の中に 売れないあのなんか作れない土地に色んな物植えてあって 木の皮を切ってくるようになって自分らで掘って 夜中までこうね あの一輪車で荷物を出したり で坂道でおっこちゃったり 先行けなくなったり 弟は心配で畑に見にくれる助けくれたり それでもうちの旦那が全然私を助けなかった なんで夜まで働いてんだ ほいて十円もくれないでしょう もうほら飯も食えると思ってんのね そこに大根と菜っぱとお米があるから お金は一銭もいんないと思ってるらしい ほんとにまあ面白い旦那だったよ まあ偉い人の所嫁に来ちゃったなあ でも今幸せな自分の自由にできるから 商売ができるからね でもそんな旦那だったから 私にお金一銭もくらないから 商売したんであって お金一生懸命くれてたら 旦那を頼って商売しなかったと思うよね だからどっちが良かったんだろうね 旦那のせいでこうなったかと思えば みんなが旦那のせいだって 旦那をみんな旦那を褒めるんだ えせまくなかったら旦那の方が偉いと褒める 子供は1番男の子は 生まれてから保育園 保育園行って商売帰ってきて 本家迎えに行くと 本家のおばあさんに 女がそんな夜歩くもんじゃなねぇって やっぱし散々怒らないと 子供出してくれないから いつもほらあの一番下の子供は年中おぶったり 実家連れ出て預けたり 保育園も行かないで 小学校入るまで
ずっと実家とか 自分の親戚山蔵の方行けば 山蔵お店にお店おばあさんの実家だったり そこで預けたり 八日市場の十文字屋っていう団子屋さんだったから そこへ預けたり 結構他人に他人にそんな人らに面倒みてもらって 保育園は連れて行かれなかった 1番目と2番目保育園行ったけどね 女の子らはね その頃はもう1番目は大きくなってたからね ここへしんたく出た時はもう子供小学校3年の時だから もう大きくなってだからね1人で でも私遅いと子供らにご飯食べさせて 1番下の子供をおしめ取っ替えたり 風呂入れたりしてくれて 結構助かったけどね じゃ、八重子の所に行く じゃ、いい、はい あれ、どうっすかな 八重子の所に電話する 八重子の所に行きたくないんだけど 運転したって怒られる 弘宣院 孝養山 であの八重子お寺嫁いで 子供孫2人できたんだけど 3人できたんだけど 1番末っ子の人が小学校 末っ子は小学校4年だから10歳の時 4年に上がる時だから ここにちょうど脳幹の所にガンがきちゃって それでなんか車軽四さ載っけて歩いても 私が日曜と土曜ずっと森に行ってたんだよ 土曜行けなかったから日曜食べ物3人連れて歩いて そこら中色んな所連れて行って あの連れてったりご飯食べさせたりしてたんだけど なんか3番目が頭が痛いって急にうずくまって で医者行ったらそれがガンの始まりで それで入院して中央病院さ入院して 何か手術頭一回手術して であの脳幹にくっついてるから その最後まで取れないんだって その手術と脳幹を傷つけちゃうから かたわになっちゃんだって それで結局少し残したから それがすぐ復活して で2回目もできないって放射線で焼いて でもまぁ段々段々見てるうちに ダメになっちゃって かわいそうだったけどさ 3番目そんなかわいそうだった 1番目と2番目
今1番目はうちへ来て仕事やって そんなお坊さんになるんだけど でもさあのお坊さんの修行するまで うちへ来てるんだけど 2番目は弘教っていうのが うちの喜一の養子になって 植木の後を継ぐことになったけど 今2年か、こないだ1年 もう1年位来てたけど なんか2年位修行に行った方がいいつうんで 今修行に 修行って運転士さんやって あの大型の空港から空港を運ぶ 昨日も広島行ったつってけど 昨日も一昨日も帰ってないけど そんな仕事やってる 喜一もほら えじやをやる前に2年間 せいに行ったんだろう修行のために だからいいかなと思って この松は 母が植えてくれたんだ 何年ぐらいなの これで これで ああ 何でぐらいだろう 150年ぐらい 150年ぐらい 私がほら商売始まって 懇談の仕事頼まれるようになってから やっと順調になったなぁと思う頃 2千万ふあたりきって で昔その頃の2千万大体 今の1億円位の価値の時代 乗用車百万あったら買える時代だったから あのそのだけの価値がある時の2千万だから その時男らが あの人夫出しやって その会社人夫出しやってた人が 2人とも死んじゃったのは あの自殺して 1人は300万1人は500万の不渡で でも私は一番大きくて2千万で だけと私はこの家 ほら父ちゃんの家屋敷を 売ったらみんなに笑われるしと思って 結局売らないで働いて そのまぁ学園都市とかいっぱい仕事があったんだ ほとんどのように働いたんだけど 筑波大学の所とかね みんな持ってたんだけど 結局2千万の不渡を解消しちゃったんですよね それで今度 やっと少しずつ残ってで だからでもその 私はちょうど歯医者行ったら
あのやさおの新宅の嫁不渡食って 今自殺済んでないかなって言う話を聞いたら それそれ私は知らないで 私の周りに言ってたから で歯医者も行かなくなって その時虫食ってたの方 全部脱いでくれて 歯医者抜脱いでもらって したっけ歯 自分の歯 ほんのちょっとしか食ってなかったのに 4本ぬいちゃったから 味も何もなくて あーあー自分の歯で抜くもんでないと思ったけど これ今入れ歯なんだけど 一切れ前かけて入れ歯なんだけど それでまぁ その2千万は不渡解消して でもまぁ父ちゃんは 雨が夜まで働いて 女が夜まで働いて 年中私を怒ってたけど 結局お金一銭もくれないんだが 働くしかないよね だけど働くってすごいなぁ って思ったの私 その2千万返しちゃったし 軽四から2トン4トン 今大型買うようになって だからこつこつ働くって すごいなぁと思って あ、もしもし あ、どうも いつもお世話になります 今年もよろしくお願いします うん、大丈夫です 毎日の楽しみは そうだね 楽しみって 仕事が趣味だから 注文が来ると喜んで嬉しくて つい働く あの一生懸命働いて だから息子が言うには 90まで頑張って働いてくれよ って私に言ってんだけど あともうちょっと頑張って頑張って って言ってたけど 自分は90とも生きてる限り 90でもいくつも働きたいと思う 商売辞めちゃった何も楽しみがない でも仕事は楽しいよね みんなはほら人を頼りにして あのみんな私より若い人でしょう 今買う人も売る人も それはよっほとあの注文してくれたり
私は注文するとみんなよくやってくれたり まぁありがたいよね 持ちつ持たれつ いらっしゃいませ あ、そう じゃ、私これもらうかな 私はこれ なになに えーとね、しらすとからし大根のパスタ うん じゃ、これでこれで OKOK ご飯の代わりに うん、そうかそうか Aドリンクセットがお得ですけども Aドリンクセットってどれ ご飯もスープもついて セットにした方が バラバラに頼むより安いですよ 私ご飯いなくて これにしようかな これにする うん じゃ、後ドリンクバーにつける うん 完了ボタン押して下さい これだれ これ美味しそうだね まぁ今ほら エピソードってないんだけど 学園都市の道路だとか あそこあの結構何か1つ施設ができる 色んなほら なになに研究所とかできる度 あの道路も あの西の大通東の大通中央分離帯 ものすごく寝ずに運んだし 道路学園さんも運んだよ ちょうどお昼時期そこでほら 工場でお昼作ってて まぁそれお金出して買うんだけど お金出して買ってたことだけど まぁ楽しい思い出 寝ずに働いてだけど 楽しい思い出ばっかし まぁ挑戦っていうより 私が子供らの小学校の頃かなぁ 長女が小学校5、6年生位の 中学行ってだかな その時ほら 夜寝ないで働いて あの柏の方の住宅団地とか 木運んでたから 眠り運転で あの大型ダンプと正面衝突して
木は全部富泡の方へおこっちゃったし 車は壊れて 私ハンドルに挟まって こう救急車で出してくれたんだけど あの350の全部端から端まで 車が繋がっちゃったっつたけど その時ほら そんな大きい事故やっちゃって で、その時私は金がないから 車に保険加入なかったから あの頃強制で百万まで降りたんだよね で、ダンプのぶつかったダンプの人も 保険入ってなかったからまた強制 で、2人とも入院しちゃったから でも向こうはほら アキレス腱切っただけで 退院 入院しなかったのは 私は1回ぐらい入院しちゃって 我孫子の方の病院さぁ 救急車で運ばれて それでその時 うちの父ちゃんが病院見舞いに来て あのその時いっぱいそこら中に借金しちゃった 私未だ2千万払わなくて 木買ったやつが んで、お前借金どうすんだ って私の所暴れてきたから まぁその時たんすの中に 200万ぐらい 私は隠してあったから その200万をとにかく まぁ過去の農協で買ったやつが 持ってくれて その時父ちゃんはいっぱい金貯めてたのに 私に10円も助けてくれなくて んで、あの父ちゃんは病院の外に出たら あなた何で私信用なかったのかな 信用あれば100万降りたのにって ものすごい声出して病院で泣いたの その時女親がほら 私の洗濯とか看病に来てて ちょっと外に洗濯してるのは あの頃洗濯機もない だからその父ちゃんがそうやって 怒鳴ったのが聞いてないし 私が大泣きしてたのも しんないんだけど なんで死ならかったのかな なんで死ならかったのかな ものすごく泣いたけど やっぱ今なった 死ななくて良かったなぁ 子供らみんなね 結構大事にしてくれるから
死ななくて良かったなぁ で、息子も凄く私を大事にしてくれるし だからあの時死んちゃったら 今はなかったよね で、その本家のおばさんが 私に5万円くれたんだってお見舞いに つぎの所お見舞いに持ってけって だからその5万円も 病院先来て私にくれないんだよ 絶対退院してきても その話を私に言わないの 本家の姉さんが おばあさんがおまえに5万やったんだよ って重喜に渡したんだよっていうから 父ちゃんもらったらの うん、だけどその金私にご飯があったから すごい怒ったの私が おばあさんに誰も言えないじゃないかって なんでもらったって言わなんだって怒ったけど まぁそういう旦那だったんだ だから今の人だったら とっくに別れてるけど 昔は別れなかったんだよ そんな旦那でもんね すごいね でも私は本当にね 父ちゃんと離婚しようって 何回も思ったんだけど 離婚ができなかったんだよね 昔おばあさん おばあさんが親は いじめること考えたら できなかった 離婚できなかった 1番宝物 宝物ってやっ 宝物ってなに 子供らのこと 子供ら まぁ子供はいなきゃ 働いても楽しみないのかなあと思ったり 思うんだけど 後の楽しみって 自分が遊ぶこともないし なんだろうね やっぱ希望してることは 何もないなぁ 家族は良くしてるしね 私は病気になったら 老人ホーム入れられちゃうかな と思うんだけども まぁ家でおしめとっけえて 面倒見てくれると 私も思わないけど まぁあの子供らとか孫らに
何か残してやるっていったら お金でしょうけど お金少し位は みんなで分ける位は 残したかなぁ そんな感じ まぁ一番長女の美恵子は 子供はないし 一生懸命働いて あの人の最期どうすんのかなって心配だし まぁ子供お金貯めて 老人ホームに入って 世話になるのかなと思ったり それから2番目の八重子は やっぱお寺で まぁものすごいああやって人のために 料理作ったり働いて まぁ夜になってくたくたになって すぐ眠くなっちゃう感じ まぁそれも好きでやってるんだろうでしょう 好きなんだしょうがないなぁと思ったり まぁ喜一は私の後継いで 仕込み商売やってるけど やっぱこの商売力仕事だし ちょっとかわいそう かわいそうだなぁって思うんだけど まぁ商売継いでくれたからけどな かわいそうだけどしょうがないよね って言う感じ で、だから3人とも 長女も子供もない 喜一も子供もない 喜一の子供は八重子の子 弘教が後付いてくれる養子来たけど やっぱしね自分の子 本当の子供だったら 怒ったって喧嘩なんないけど やっぱ自分のなさない子供 なさないなかっていうの ちょっと怒ったら拗れるし やっぱ大変だなぁと思う 思います まぁ長女の孫 長女はよくできた子優しくて なんかうちの商売だったけど まぁ誠によくやってくれて まぁこれからお坊さんになって 大変でしょうけど 次男はなんかうちの父ちゃんに 顔も気色もそっくりで よく似てるんだけど でもこれから植木屋 植木屋になっていってくれればいいなぁ って思うだけど 喜一と仲良くやってくれないかな
ってそれだけ頼み 一週間がそこら患って 自分の家で面倒みてもらって うちから死ぬのが1番望ましいんだけどね 老人ホーム行って オムツ取っ替えてもらって 長生きしてもねえと思って だから 死ぬまで働 死ぬまでそんなに煩わないで せいぜいね1週間 長くても1週間位で 死ねたらいいなと思うんだけど みんなそう自分の希望通りに行かないのかね 私って 馬鹿で意気地無くって お人好しで どうしようもない人間だと思います
江波戸つぎ
CM 60秒
30分 完全版 フルバージョン
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