佐藤康光八段(当時)の愛車と4つのドラマ
今回のテーマは佐藤泰光8弾当時の愛紗と ドラマです愛紗にまつわるドラマという ことでしょうか佐藤休み九段と愛紗といえ ば日光での有名なエピソードを聞いたこと がありますがそのお話は後ほど出てきます まずは最初のドラマチックな出来事です 将棋世界1997年4月後佐藤泰光8弾 当時の第50期永久順位戦対島明8弾次戦 機全体的に押されるより買い物に行くため に車で渋谷に行く8校の交差点で赤信号の ため停止していると突然助手席のドアが 開き見知らぬ女性が車に乗り込んできた ドアのロックをしていなかった私も迂闊で あったがさすがに驚く足に怪我をしたので 近くのデパートまで送ってください約束の 時間に送れるんですと何かに訴えた目で見 られるこのような局面では脳対処すれば いいのだろう本当に怪我をしているのか どうかも分からなかったがとっさに判断を しなければならないそこで信号が青になっ た渋滞になってはまずいとにかく乗せて いくことにした今流行のストーカーかとも 思ったがどう考えてもおかしい そしてよく見ると彼女はどう見ても女子高 生である23分で着くのだがその間彼女は ずっと明るく喋り続けた途中意味不明の 表現も飛び出し年代の差を感じざるを得 ないデパートに着くとどうもありがとう ございましたと突然丁寧な挨拶に変わって 去っていったどうも騙されたのか親切だっ たのか不思議な出来事ではあった以下略8 校前の交差点ということは現在の渋谷 スクランブル交差点ですか赤信号停車中に 見知らぬ女性が車に乗り込んでくるなんて まるで2時間ドラマのような展開ですね なかなか経験できることではありません 佐藤泰光8段はとにかくびっっくりした ことでしょう8校前の交差点から車で23 分のところと言うと東急百貨店本店で女性 が降りていったと考えられますね降りて くれと説得している間についてしまうよう な距離ですねそれにしても相手がどういう 背景の女性か分からないわけで佐藤泰光8 弾も半分命がけだったのでしょうね 乗り込む女性の方も運転しているのが凶悪 な男である可能性があるわけでそのまま どこかへ連れ去られるリスクもありますよ ね車の中の佐藤休み8段の顔を見てこの人 なら大丈夫と本能的に思って女性は 乗り込んできたに違いないと思います確か に安心できますところで佐藤休み八弾は 途中意味不明の表現も飛び出しと書かれて いますがこの頃の女子高生の独特の表現と 言うとチョベリグチョベリバなどの可能性 が高いと思われますたちが大人気だった頃
ですか 若い子が小ギャルと呼ばれていた時代です ねこちらが当時の佐藤泰光8団の愛紗三菱 自動車のFTOですかこいい車ですねこの 写真は渋谷での出来事があった1997年 のものですが佐藤泰光八団がこの車を購入 したのが1995年初頭のことでした運転 免許を取られたのもその頃ですかそうです こちらは1995年歯車を背景にした写真 です何かとても嬉しそうですこの車では 様々なドラマがありましたそして乗り 始めるようになって間もなく起きたのが 将棋会界隈で色坂事件と呼ばれている 出来事です日光でのエピソードですね 1995年の王将戦7番勝負第2局谷川事 王将ハブ吉春六艦戦の時のことです近代 将棋1995年4月後大家純さんの機械 こぼれ話より佐藤泰光全竜王も今年かっこ いいスポーツカー三菱のFTOを購入した シルバーのボディに5角形の若マークが うし車を手にすれば早くドライブしてみ たくなるのは当然早速日光で行われ王戦の 第2局を勉強を兼ねて感染に出かけた同行 したのが森内7段であった佐藤全竜王と 森内7弾が対局場へ向かったのは2日目の ことでしたこの写真は秋の坂ですが時は1 月真冬でした佐藤全竜王は井坂を愛紗で 行こうという意向でしたが森内7弾がそれ を懸命に押しとめ車は日光駅に置き対局場 まではタクシーで向かいました免許を取っ たばかりでの冬の山道は無理攻めですから ね対局はご存知のように午後3時過ぎに 終わった急遽ハブ名人も佐藤全竜王の車で 起業することになった東北自動車道を帰っ たんですがやはり少し怖かった3車線の 中央を走るんですが後ろの車に追い立て られて車線変更しようとしますがなかなか うまくいかないんですと道場のハブ名人の ご実談まだ不慣れですからね追い越し車線 はもちろんまだ怖いかと言って左車線は パーキングエリアなどから出てくる車が あるでしょうあの合流してくるのが苦手 でしてハブ名人を道場させたのは悪手でし た今思うとぞっとしますということで佐藤 全竜王の戦略ははじっと中飛車で攻める ことだまだ端攻めのタイミングは難しい 佐藤泰光全竜王の運転する車に道場したハ 義春六艦と森内俊之7段がきと結果的には 物理的に何もなかったもののかなりの恐怖 を味わったという展開でした色は事件と 呼ばれているけれども内容的には東北自動 車同事件だったんですねその1年後の佐藤 泰光8弾の自選機を見てみましょうこの前 生まれて初めてであるが車の追突にあった と言っても私が運転してぶつけたわけで
なくそこまで下手ではなくなった気がする のでこれから道場される方はご安心を タクシーに乗っていたら突然後ろから かなりの衝撃が来たちょうど交差点で スピードを落として停止しようかという ところだったので バンパーがへこむ程度で済み良かったのだ がもう少しスピードが出ていたら危なかっ たこの前年のことがあったとはいえそこ まで下手ではなくなった気がするというの がおかしいですどうも相手のドライバーが 土地感がなく標識を見ながらの運転でやっ てしまったとのことらしい幸い怪我人は出 ず大事には至らなくてよかった私にとって は全く良きしていないことが突然怒ると びっくりして一瞬頭が空白の状態になると いうことがよく分かったこれは将棋で言え ばハブマジック状態ハブ先生失礼とでも 言うことになるのだろうかハブマジックが 繰り出された瞬間の衝撃度を実感できます たまにはこういう経験もいいなんとも楽天 的だがかなと今では思っているがこれから しばらくは信号で停止に後ろを振り向く ことになりそうであるこういう経験も良い という楽観的な部分と信号で停止するたび に後ろを振り向くという全く楽観的では ない部分が同居しているのが佐藤泰道8弾 の面白いところですねそこまで下手では なくなった気がするという佐藤8弾ですが この翌年の千崎学ぶ6弾当時のエッセーを 読むと晩熟の運転技術にまでは決して至っ ていなかったようです将棋世界1997年 7月後千崎学ぶ6弾の千崎学ぶの気楽に 行こうより少し長くなりますがとても 面白い文章ですのでご覧くださいちょっと 古い話になるが名人戦の第1局は衝撃的 だった将棋世界の熱心な読者ならばああ あの局面かとにやりとされることだろう こちらがその局面です あの局面で金を取って必死をかければ地玉 に罪がなく勝ちというのは難しい話である 変化は滝に渡りどの変化にもややこしい 落とし穴や盲点が潜んでいる中略ハブ六感 はこの局面で金を取らなかったということ ですかその場面はもう少し先に出てきます 当日僕は将棋連盟にいた勉強とと言えば 聞こえば良いが何暇つぶしのようなもので ある最近懐かしのジキに凝っていて昼に よくやるのだが大概23時間もやれば疲れ てしまうその後に気が向いたら連盟に行く だけであるシンプルライフと言えば聞こえ は良いが将棋を取ったら単なるプー太郎だ 局面は過を迎えていた日が高いうちに早や 終盤であるこうじゃなくっちゃくない将棋 は終盤が長ければ長いほど面白いのである
茶色のスーツをパリっと着た豪田がいた 連盟道場の解説役だそうである早速番が 出され研究が始まる彼もニコニコしている 問題の局面の数手前だった天田の変化が 並べられて消えていくその中に本譜の手順 もあった僕は周りにこれは積むよねと言っ た気楽な研究であるそうだろうねで局面は 元に戻された手を止めて衛生放送を見て いると我らが研究の通りにどんどん進む 両者の差しては早くあっけないほどである 誰かが本当に積むんでしょうねと言った 瞬間僕はビクッとした密かに積みを考えて いたがなかなか分からなかったからである みんなでバントにめっこが始まった1分が 過ぎ5分過ぎ誰も声が出ないそれもその はずつまないのだからながこの時はそれを 知りよしもないあっつんだと大声が出る 並べるとうまい受けがあってどうしても つまない分かったと叫ぶもやはりつまない そんなことが10回以上繰り返されたろう か谷川さんが41銀と打ったという情報が 入った 続いて詰めろをかけずに馬を取って受けに 回ったという続報も飛び込んできたえっと 反射的に大声が出たなぜだここでハブ六感 は67ひりではなく63人さしました67 ひの時にコテ局が積むかどうかが話題と なっていたのですね夕食も取らずにも暮れ しんでいると解説が休憩になって豪打が 入ってきた ねえねえあれ積むのとゴダが言ったどうし ても分からないんだけど知らないよもう1 時間は考えている僕は答えてゴダにバンの 前に座るように促した見ると目が 釣り上がっているまたにらめっこ再開で ある彼の目が釣り上がるのにはわけがあっ て解説役としては積むか積まないかを はっきりと言う必要があるつまないと言っ てもし罪があれば大恥を書くことになる僕 は心の中で結論を出すだけなので気楽だが 豪田は30分後には口を開かざるを得ない のだ名人戦でなければあるいはハブ谷川線 でなければ我々は無言で30分バンの前に 座っていなかったろうすでにその前の研究 であらゆる変化をしらみつぶしにしている それでも考え続けたのはもしもに対する 恐怖だった考えれば考えるほどもしも積ん でいた時のショックが大きくなる外接再開 が近づいてきたどうすると僕は聞いた俺 なら開き直ってつまないと言うぞゴダは ううんと唸ると口の中でごにょごにょ呟い ただけどしかしのべ1時間以上考えたんだ ハブ谷側がアホか我々がアホかどっちかだ 勝負するしかないだろう僕が吐き捨てる ように言うとゴダは胃を決したようにうん
と頷いたゴダがいなくなって記者室に1人 佇んでいるとさそと佐藤泰光君が入ってき たブルーのシャツなんか来ちゃって相 変わらずのモテみ君なのだった何でも家で 衛生放送を見ていたのだがどんなに悩んで もやはりおかしいのでみんなの意見が聞き たくて わざわざ車を飛ばして連盟まで来たという もみ君は真面目なのであるおかしいですよ ね絶対におかしいつに決まってますじゃあ 佐藤君君はつと思うのかいいや思いません でもおかしいじゃあというのでもう一度 バンの前に座ることになったみ君は次から 次へと手をひねり出してくるがこっちには 1時間半の読み筋の蓄積がある片っ端から 退治していくのは気持ちが良かったこ1 時間後2人は押し黙ってしまった誰かが コンピュータに入れれば一発ですよと言っ た2人の目がきっとなって睨みつけた倉庫 をしているうちに将棋が終わった佐藤君と 僕は釈然としない気持ちを抱えたまま飯を 食おうと言って連盟を出た夜の町を ドライブしながら 我々は代わりバコにため息をついていた 車持ちにとってこういう時に駐車場に 入れるか路上駐車で済ますかというのは大 問題である僕は運転こそしないもののその ぐらいは分かるおいどうするねん車その辺 に止めて飯食うかはあどちらでもいいです けどところで今点数何ぼ残っとるんやえ 確かあれ分からないや捕まったことはある んですけどねえと露中にシートベルトに そりゃまずいよ下手すりゃ定だえ定って 24点じゃないんですかなんともみ君は 24点減ると定だと思っていたらしいので ある自将棋じゃないんだから24点は免許 取り消し定は6点だよなんで車のらん俺が 教えなければいけないのだろうか大らかな 男である明定になると宇宙に言っただなと 話していると佐藤君があのといかったあの どうも後ろにパトカーがついてくるんです けど振り向くと確かにううサイレンを 鳴らしながらパトカーが何やらわめいて いるまさか我々じゃあせんちゃんベルト ベルトベルトしてください前の車止まり なさいに寄せて止まりなさいああやはり 獲物は我々だった正確に言うと佐藤君だっ た離反の話をしていた直後に捕まるなんて シレにもならない警官が窓をトントンと 叩くシートベルトを指で刺した我々に警官 は言ったオタさっき直進禁止のところ直進 したでしょだめだよちゃんと標識見ないと 佐藤君が小さくひと悲鳴をあげたはあそう だったんですか形式的な手続きが始まる 名前は住所はえとオタ職業ははい騎士です
へえ騎士ってあの馬に乗るやつだそりゃ 機種やがな横行暴走族のマフラーなしの バイクがパラパラしながら通りすぎる むかついた僕が言った王お周り俺たちより もああいうのこそ捕まえろよゆうやいなや 佐藤君が抱きついて小声でさいたここだけ はじっとしていてくださいことを荒立て ないでください最後に佐藤君がサインをし たいつも敷に書くような少し崩した字で あるオタクの字休みつってどうしても読め ないんだけどもう一度書いてくれない助手 席の僕は腹を抱えて笑うよりなかった飯を 食いながらもみくぼやくぼやくああひど すぎるついてなさすぎる今日のことは早く 忘れようそやなあんなことを話しながら 捕まるなんてできすぎだまけだそやな大体 だな千崎が連盟にいるから行けないんだ君 の顔を見たのが拝volだそうかないや もっと行けないのは名人戦だハブ君が金を 取ってくれれば俺は連盟になんて来ないで 住んだんだ谷川さんも谷川さんだなんで銀 を折ったんだおかげでひどい目にあった 今夜は眠れませんそれにそれにそれになん だいそれに酒も飲めないこれでまた捕まっ たらアホすぎます暑くなりながらも冷静な もみ君なのだった笑ってはいけないのかも しれませんがどう考えても笑ってしまい ますこの名人戦7番勝負は谷川工事竜王 当時が勝って衛星名人を獲得します17世 名人の資格を獲得された時ですね谷川さん も谷川さんだなんで銀を打ったんだと言っ ていた佐藤泰光八団はこの翌年の1998 年の名人戦で挑戦者となり谷川名人から 名人医を奪取しています1年前の谷川竜王 の41銀を見事に咎めた形ですね佐藤泰光 九段の愛紗にまつわる エピソード今回の最後のお話になります 将棋世界1998年10月後佐藤泰光名人 当時の村山サ九段追悼文村山さんのこと より村山市の法は8月10日連盟で所要を 終えお昼を食べに行こうとした時に知らさ れた私は彼の病状を詳しく知らなかったが 気にしてはいなかったそんなことがある わけがないと思っていた彼と最後に会った のは4月16日ハブ森内の前日プロ決勝を 感染に行った時普段と変わりなく熱心に 検討する姿があったあれからわずか4ヶ月 本当に突然であった彼との最初の出会いは いつだったか小学生の時対戦しているはず だが覚えがない私が東京に来たこともあり 彼の存在をはっきり知るようになったのは 彼が余談になってからほどなく私もプロに なった順位戦参加は同じ昭和62年彼は 一期で登った以来追いついては話されを 繰り返した彼とは2人で酒を飲んだり遊ん
だりということは1度もなかっ 牽制し合うところがあり必ず誰かを挟んで 行動していた麻雀は何回か打った彼が永久 になり東京に出てきた頃彼が泥酔したこと があった私と滝先生が彼のマンションへ 運んでいったのだが社中ゲーゲーとやられ て参った私の新車なのであるしばらく匂い が取れず困ったことがあったが今となって は懐かしい私の推測だが私の将棋は全面的 に彼に認められていなかったと思う彼に とってはハブさんしか眼中になかったかも しれないが何気ない一言や行動でそれを 感じていた彼は即興の将棋は嫌っていた私 の将棋は多少そういう面を持っているそう であれば仕方がない手段は1つ対局で番を 挟み徹底的に叩きのめすない私も燃え たぎっていたつは彼との最後の将棋1月 13日前日プロ準々決勝ここから86系 88京都進むなかなか迫力ある欧州と思う 以下数点したが私が幸いした乾燥戦が 終わり私が席を立ち廊下から振り返ると彼 がまだ座っていたのが印象に残っている大 部隊で当たる機会も多くなりいよいよこれ からしぎを削ろうかという時本当に残念で ならない合唱これから幾度となく戦い徹底 的に叩きのめさなければと思っていた時の 村山九段の市ライバルの死に対する無念差 が佐藤泰光名人の文章から溢れ出ています ね佐藤泰光新名人の誕生が6月18日佐藤 名人が村山サ団の選挙を知ったのが8月 10日名人についてから1ヶ月と3週間後 のことでした里の青春で大崎義男さんは 佐藤名人誕生の不はおそらくは村山に希望 と絶望の両方を与えたことだろう自分より もいつも後ろを歩いていた人間に追い越さ れ明人を奪われた絶望その人間が名人を 奪ったことによる自分自身への希望と書か れています佐藤泰光九段と村山サ九段の 関係はハブ義春九段と村山サ九段の関係と は一味も二味も違っていたんですねあまり にも切ないですこちらが村山サ八弾が佐藤 泰光八弾の愛車に乗った年1995年のお 2人の写真ですそれにしても佐藤泰光8弾 当時の 愛当に色々なドラマがあったんですねこの 三菱自動車のFTOは2000年7月に 生産終了となりますそうなんですねなおの こと貴重な車に思えてしまいます極めて 印象的な車です ねそれではご視聴ありがとうございました また次の動画でお会いし ましょうよろしければチャンネル登録高 評価ボタンもよろしくお願いいたし [音楽] ます
佐藤康光九段が運転免許を取ったのが1995年のことでした。愛車は三菱・FTO。
免許を取得して間もなく起こったのが「いろは坂事件」と呼ばれる出来事です。以来、この三菱・FTOでは様々なドラマが繰り広げられることとなります。今回は、佐藤康光八段(当時)の愛車で起こった4つのドラマについて見ていきます。
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