歴史講座 四国八十八カ所巡礼体験記
私車だ からんいいでしょうかそれでは皆さん改め ましておはようございます第2回目という ことでよろしくお願いいたします前回はね すごい雪でしたけど今回はねいい ねで今治島まで前回行った思その途中から 行きたいと思ますは前回と同じですので よろしくお願いしますでえ58番いよいよ 今シにってましたでえっとこの辺でバイク のメーターが壊れたていう話前回んです けどあの僕スーパーカーブつていつも乗っ てるのでどれぐらいのアクセル開けば 40kmぐら走れるか大体分かるですねだ からスピードメーターがなくても別に困る ことなく走れあいけない原付きはね30m ホテ30kmですからね40なんて出し ませんよ絶対にちょっと出しましたけどね 35km6km7km8km9km40弱 で走安全運転で走ってましたけど会長です からねスーパーカブねほっとけば60km ぐらい平気で出ちゃうなしませんけどね そんなにね あの60kmから平気で出てるんですけど ねあの安全運転で走ってまし たでここがですねサレザ珍らしい35の寺 でしたねただこれ山のまだ本当にこのこっ から登ってくただ車の場合はこっちへこう 駐車場からぐるっと回り込んたんですけど 中村1番 手前すいませ んはいすいませんあのすごい山のこれ本当 に山の上の方にあるお寺でしたあの前回も かもしれませんけど日本100名城と違っ て来たくないやつは来なくていいよって いう風な来るんだったらちゃんとした格好 であの修行のつもできなさいという風な 感じを受けましたねこの辺でもねだ歩く人 はここから歩いていくんでしょうけどね これ歩く結構大変山道ですよ登山大変なま 本当にあの修行のねお寺ですとね あのその覚悟がないといけないで覚え てらっしゃいますけど先週1番後ろであの 車椅子の方いらっしゃっ親子だと思うん ですけどあの方は車椅子のおばあさんを 連れて行きたいっておっしゃっててあの なんかそういうのための資料をもらったん だそうですけどこの寺は行けないとか書い てあったそうですよ車ではい行きませんね それほどの寺が多かったということですね なんとかぱ行くことができましたけれども いや結構大変でした ねでここはイオの国分寺後やっぱ立派なお 寺ですよ国分寺の後ですからねあのそれ なりのお寺ですで国分寺というとやっぱ こういうのがあけですね国分寺の塔の後
国分寺というのは全国の国分寺に70の塔 があったと言われてますからここにも こんな大きな書籍があったもう今はねもう これだけの規模になってますけどかなり 大きなあのお寺だったんだろうなという ことが分かりますでえちょっと間はという かより道をしました僕の大好きな最上人野 と言います最上人イ最上という最小子なん ですけどえこの人野というのはあの城を 持てない大名がいるんですよ1万国以上で 大名と言われるんですけど2万国3万国 以下の大名は城を持つことを許可されて ない大名がいてそういう場合この人屋と いうのを城の代わり にいわゆる屋敷跡いう風な意味合いなん ですけどここへ是非寄ってこようと思い 最初からここは計画をし て何がすすごいかて言ったら紀州徳川県 あの五三ですね五山の徳川信の三南が国を 3万国でもらったお城とで日本全国の代表 って大体松平さんなんですよ名前がみんな 松平あの幕府から松平苗字をもらってった 名なけならないんですよ伊達けも島けも伊 や島とがずっと名門なんですけどねでも せっかく将軍家からもったマダイは名ない わけにはいかないんですけどこのマダは 村上ソラの松マダではなくて本来は徳川 です徳川の名前が名乗れるマスタさんで このもね今高校になってるんですよ最上 高校あ江戸時代から残るもん立派なもんん ですよねでこの周りににはこの高校すごい ですよ全部周り堀が巡っていました 羨ましいなこういう城あ高校に通いたかっ たななんていう感しましたけどねであの ちょっとせっかくですから余談ついでに あの大名行列ってあの時代劇で見ますけど 下に下になんて言ってますよねあれ嘘です よ嘘うん3件交代なんていうのは56人で もう駆け足でダッシュでものすごく早く 行かないと記述が決まってるで間に合わ ないただ大きな宿場町のとこだけあの ちゃんと大名行列で人数を揃えて歩いて いくでも下に下に言わないで土下座の気分 もなかったそうですよ頭を下げればいい下 にいってことは頭を下げろってそういう 意味だそうですかただ下に下にって言える 大名が全国に2気2気だけありますその1 つがこの木まあ木徳分御経ですね木徳分け と割徳分はあの下に下にいっていうの言っ ていいと言われていた大名え五三経てあと 水戸があるんじゃないですか水戸はなんで どうなんですか見は三品交代がありません 夫だからねえすでに江戸になきゃいけない だから五委居は五老は旅ができなかったと いうことになってそもそも見とけは誤算
じゃないま見解やそもそも誤算じゃないん ですけど本来はねその上にもっと大きな あの将軍が将軍があって将軍終終わり金 これ と本来はそうですだ徳川の苗字を名でるの は将軍家とキとりとみととこの4家だけが 特あとは全部松平をななければいけないと だんだんやしなっていきですかねはいま ちょっと余談ついてでここが60番ここが また大変でした 横峰あのすごい大変なところでしたでここ 見てくださいこれ石槌山石槌さっていう3 号これはね鉄の難しい字を使ってるんです けど山の名前をこっちを使って石槌山と 石槌さんあの土って昔のとかのとか金槌 あの土を使う石槌さんでね特急石槌って あるんですよ実に言いづらいですね高松 から松山まで行く特急特急石槌って言うん ですけどなんだろうこの意の名前と思って たらこれを取ってるんですこの石さんって いうのは進行の山だそうですうんでさらに 言うとえっと西日本 最高1700 18001900かね富士山ゴより低い ポタの感覚で全然違い ます八滝八滝より低いということになって しまいますねはいこれただ進行の山です からものすごい高いところにあるんですね もう近づけないようなところでこれが石 さん石さんとここれですね これもうちょっとねこう進行の山だから こうよ高いこういう山かと思ったらでも 西日本最高の山ですからね立派な山で なかなかこんなとこまでいけないですよ ね登ろうとも思いませんでしたけはい続い てえ最上市ですね愛媛県西上市さっきあの 西上神夜の寄り道をしていましたので急い でを寺回りにあの戻らないと先が詰まって くるななんと思ってただ最上しないは非常 に走りやすかったです車も少なかったです し35読めないですねバセさて言んだっ たっけな確か3号読めないですこれ非常に 難しいですよねはいでこれ公園寺という 思いますけどね寺の名前もよく読みづらい で国道11号線に入ってましたえ徳島から から55号線と媛県内は56号線その後 11号線をこうずっと来てるほぼ国道で1 周四国ができると我々はこの後四国をね あのバイクか車で回ろうと思ってますから その時のシミュレーションで非常に良かっ たなと思ってますけどこれねあの面白い ですよお寺はねこれがお寺の経題なんです けどこんなところにね三門のこの豪とあの あの四国61番こんな道路のところにま 駐車場がこにあるかってことなんか分かり
ませんけどね あのもうだんだん紐くれてきてそろそろ次 の宿を決めないと農場になるかななんて 心配しながら来て大晦そう大晦なんですよ しかも声うんね気がつけば僕全くそうそう いう観念なくてよく考えたら今日大晦だっ たなと思ってね止まるとこあるのかなこの ちょっと心配になってきましたで次がえ 一宮のベッドをます昔はあの寺と神社一緒 でしたのでこの隣隣というのかな国一宮の 小宮があったと今は後しかありませんでし たね62番座所ということですねで一宮は こんな一宮神社別法主院跡というのがあり ましたですから4つの4件の全部の一宮 全部の国分寺あはこの88箇所に一応入っ ていましたねあの88か所あの88箇所 ですから空海に床になるだと思うんです けどそれでもねあの新聞州じゃないっはも かなりあるあたちょっとびっくりですねだ からもうあのどのお寺にもえ本道があって さらに大使道というあの大使道には工房 大地がマれてるから両方てこお参りし なさいと本道は本道でお参りしなさいで こっちは大子道ですから大とあのあの工房 大使にお参りしなさいという風になってい ましたので汚先行とロソはか2本ずつ用意 しなさいという風に最初にあったのであの 両方でお参りしなだお生も両方にあげる あのケチの話ですけどね両方にああのあげ てで本来であればま半審議の大いをする ですあの中にはいましたよ火の方でねあの あんまり真ん中でやってるみんなの邪魔に なるからとし端の方で半信を唱してる人 たちもいましたいちょっとそれで思い出し たんですけどあの最近公衆地で子供を生地 しちゃった人いましたねあのお寺清楚維持 って言んですけどあのお寺はあそこの住職 がまだ元気ななくなったんですけどその 住職が僕あのえっと座禅をさせてもらって ます23ヶ月ぐらい朝4時に来てくださ いって言うからええと思ってだから仕事の 休みの前の日に泊まりに行って止めて もらってですね朝4時に住職と一緒にあの おえ大いをあの住職の朝のおを一緒にやっ てもがの半信用しか読めませんから半神魚 読んで座禅をして朝を食べてくる万がやっ てましたよねそのお寺がちょっとあんな風 に昼食なくなってから今矛盾になっていて ある方の長男がどっか別のところでの昼食 されてるとねちょっとびっくりしましたね まちょっと余談になってしまいました けどはいちょっと聞いたことあるようなお 寺ですね吉祥寺ですね吉祥寺吉祥寺に 吉祥寺ってお寺はありません村だけ吉祥寺 の今のところに移ってお寺は別のところに
移ったとあの火事の後ですね江戸火事の 後ねま吉祥寺って読むのかも分かりません けどねあのいわゆる吉祥寺ですね吉祥寺に 吉祥寺とおらは今はないと寺と村が別々の ところにいてましたここも四国の吉祥寺 吉祥寺ってようですけどねねこれが面白い んですよこれ分かりますインドかと思っ ちゃいますたねあのゾ像ですよゾ小犬かと 思ったらね困れてなかったです車止めの 意味なのかも分かりませんけどね面白いね こんなのがありましたまでもこの辺走り やすかったしあったかかったしまだ夕方 もう夕方になりますけどもうちょっと行く かなっとねあの最上神夜で遊んでましたの でもうちょっと稼がないとここの石槌さん と3号ですこれがね石この後ろの方に石槌 山があるんですよねで日本7令嬢の1つが 石槌山だそうですその麓にあるのがこのえ 前神寺という手たそうです新本州石槌派 非常に言いづらいですけどというところ でし たでもうそろそろこの辺なか止まろうかな と思ったら駅前にこんなビジネスホテル 赤屋根と大晦ですからねよく考えたらね えビジネスオタがあったのでここに泊まる ことにしたんですけど隣の部屋にはなんか フィリピン人の団体みたいな人がいて なんかちょ聞き慣れない言葉でケラケラ キラキラ夜そこまで喋ってましたけどね はい え大晦日はこのホテルで迎えることになっ たとでお正月1番はここです三角寺って いうホテルですねみみじっていうのかな 三角言ってミミかじかうん経にね三角形の 池があるんですよそれでこういう名前 どっちが先なのかちょっと分かりません けど大寺でしもうここも階段がきついです もう膝痛くてざくてちでやめようか な思いましたけどねこ65番ですはいま 登ってますねこの人誰かね一生懸命ねこね おばあさんみたいな感じの人いや大変でし たねここもねもう本当に来るなって言われ てるような感じがねまままだ収入が足り ないんだななんて思いながらねでこのまた 出ましたね四国中央市とか何でしょうね 四角中央士ってどうしてこういう名前を つつけるのかな伊豆にもありますけど伊豆 の国士とか伊豆中央師とかなんでそういう 名前付けたがるまそう今日はそういう話 じゃないのでやめましたけどでこんな変な ままた変な言っちゃった変なお城があり ましたこれダメなんですよこういうね本当 にあったようなお城作っちゃどうせ偽物な んですあまた偽物って言っちゃったな本当 にこんなお城ないんですよ中世の館とか
なんかあったところにこんな城作っちゃっ てね犬山城なのかなんかよくわかんない ような上なのかよくわかまあいいやそう いう今日はそういうその話はねあの別の あの資料にまとめてますの別の講座でし たいと思いますまでも四国にこいうするが かなりいっぱいありました僕白分白もね ちょっとねお話いやここですよ霊場最高の 高い最高例の 最高の高い ところペ寺と言いますままさに運平寺です ようん雲の辺りの仕あの寺とかロップウイ じゃないといけませんでさらにあのえっと この辺雪がありますねでロープ降りてから ねかなりまだ歩きますで1月1日ですよ 初詣のお客さんいっぱいいましたねうん 想定外でしたね僕にとってね1月2動くな と思ったそうね僕ねそういうほら全くそう 世間のことそう全く考えてないから1月1 日こんな人何この人たち思ったらあ初でだ よ普通 にびっくりでした運平寺という寺 ですねあの佐木の関所寺になっているです 瀬戸内会が一望に見れました立派なところ ですよねらも立派でしたしさらにですね これがちょっと 前回ねでここにねあの寺のあの参拝道のと に徳島県の香川県であの国境線が国境線今 県境県境ですここは香川県のお寺を回っ てるんですけどこのお寺の近道は徳島県の 中にこつんと入っているということですね から県境があの参拝道の真ん中ありにね 香川県の馬県をこまげるとこいうことに なりませんで四国レジの最高法なんです けどやっぱりね高いですよねここは 900mさがにありますねこんなに高い ところにぞでこらがある と今はねこのロープレアやっぱりケーブル 感あるんでいけますけどねあの普通だっ たらこれ歩いていくんだったらものすごく 大変なところなんでしょうねまそうやって 修行しなさいということなんかも分かり ませんし あの防大使空海はですねもう10代の頃 からこう山を回って修行していたので宮に 登ったのが18歳19歳ぐらいそから大学 に入るんですけれどもあのもうその時には もう仕上がっていたという風なことを言わ れておりますでさらに先週も話した通り あの検討士としてあの当にあの最長あの フザ略を作った長と一緒にあの渡るんです けど もった後もですね半年ぐらいなんか ブラブラブラブラ湾東宮湾をあの見学し ながらほぼ遊んでいたそうですただ元々
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まこんなあののんびりねあの周りを眺め てるあの余裕は全くありませんでしたけど ねでもなかなか空港名のとこ良かったです よはいで次はですねここです大王ね3問に ねこれソテですこんなに青青やっぱり あったかいんですよねいよいよ香川県に 入ってきますね香川県は非常に走りやすい 何がどう走りやすいかと言うとこの屋の 駐車場でさ次どっちに行こうかな右かな左 かなってこう地図をく見るんですけど ググルねそれ必要なかったですもう駐車 出る出ると右とか左もうすぐ看板が出てた 香川県はねそういう看板がいっぱい出て ましたね一生懸命ねあの香川県がこの88 箇所に取り組もうとしてるんだろうな なんていう風に思いましたけど ねやっぱりあの四国香川県僕は香川県好き なんですけど香川県っていうとこう何か 思い浮かびますその思い浮かぶのうどん ぐらいんですよねねうどんしか思い浮かば ないですよね他の例えば高知というと 志戸川とか坂本良馬とかで愛媛県で言う とどあの温泉ですよね同金線線ねあのま 沢岡式とか徳島っていうとアバボードに 瀬戸あのうして出てきますそ香川県何があ るっけ僕はねすご丸亀城とか高松城って出 てくるんですけどないのでねないからと いうわけではないのかも分かりませんけど この88箇所には非常に力を入れてるよう な感じがしました世界遺産登録に向けても 香川県が1番一生懸命のような感じがし ますねで1つやったことあるんです香川県 に入ったのでうどん食べましたうどんね僕 うどんが好きだって日本百名上の時にも 話したと思いますけど丸亀城に行って うどんを食ってくるの忘れたんですよね 家族に話したら大笑いされてれられました けど今度食べましたよ丸亀生麺え丸亀生麺 うんエザにもあります よ円山で食う丸亀生面のどと全く同じ味 でした当たり前の話ですけどねそのぐらい のことですよ僕はそんなどっちでもなかっ たはずなんですよえうんうんうんやっぱ 丸亀生面だから丸亀間違いないだろうと 思ってねそしたら塩山で食べた丸うどと 全く同じ味でたけどまそれはいいことにし ましょうかね ね次ここは良かったですよ1算で2レジ あるんですよ3問が一緒ここに見えますか 68番69番0と書いてょ見えづらいです けど3問が一緒で次の所の写真もこれと 同じ焼き増しの写真当然です同じ写真な わけですからここ良かったですねもう疲れ ててねあんまり移動したくないなと思った 1つのて2つのれんですここはいいですよ
なかなかいいですよて変なあるんですけど でここが68番ここが69番同じ写真を 使ってますけど69番にはこの古いこの石 の果そのねこういうの好きなんですよこう いうのを探しするんですけどなかなか なかったです四国の国が難しい字てますし ねこれ68番にはこの石碑はなかった69 番だけあったといや良かったなここは ちょっとほっとできましたでもね神奈川県 あったかかったな気候ももう春のような 容気でしただからね余計なんか周り やすかったてまるくませんけどね はい次はえ本山寺ですね本山寺ここはね 霊場の石碑がなくて本山寺の大使動って いうこのこの石碑しかありませんあとこれ しかなかったですね石碑がなかったとだ からこの霊場の石碑あの何番何々じって いうお寺のあのがあるところとないところ と看板の統一した看板が全くないとこです ね世界線に向けてはちょっとそういう ところが難しいんじゃないかなとこれは ちょっと最後のところでもう1回お話し しようかなと思いますけどねでここのえ 本道は国宝です国方の本道小さいけど立派 なお寺でしたねただ人がいなくて良かった ですね人がいなくてよかったって変な言い 方ですけど写真撮る時にねあんまり人が 入ってない写真撮りたいのでほとんど人は いませんね本とバト観音って珍しいですん 本尊バト観音あそうそうこれバト観音なん ですよ本存が珍しいですよバト感音が 初めてですよこんなのバト感音っていうと 普通街道筋にあって交通安然とか旅人の 安全をあの祈願するのがバト関東さんです のでねバト感音本尊多分なんかここで馬の 生産があって馬のお把が昔あったのか 分かりませんね多分そういう題なんだろう と思いますけどね非常に珍しいと思います よバカ本ってあんまり聞いたことがあない です ねはいこれが本とですねでいよいよ来まし たよ540段ありますここの海岸は来る なって言われてるような感じ本寺というん です けどわどうしようと思っ てこういうとこってくわけですねでね ちょっとこれもちょっと外れるんですけど このこの辺だったかな若い男女の方がです ね参拝との花で喧嘩してるんですよね言い 争いえここまで来てやめなさいよっって 言いませんでしたそんなこと余計なこと ですよっても言われますなんかねあら 言い争ってるんですよせっかくここまで来 て言い争いすることないじゃんそこ歩い てけばいいんじゃないのなんて老婆し
ながらまこんなとこで喧嘩する夫婦は夫婦 だったら別れるしビ同士だったらうまく いかないだろうなと思ってます思いながら そうでも思わないとね540段登れない ですよねそんな余計なこと考えながら 540段もう膝もうパンパンです膝 パンパン握手はあのバイクのアクセルで このも懸賞 炎最後まで持つかな思いながらね回って ましたはいここはえマンダラジですね マンダラジ全通地震に入ってきました全通 地震ここも小さなお寺ですけどねいいお寺 てただあんまり印象なかったなこのマダた マンダラってなんかどうしてこういうお寺 の名前なのかな不思議に思いながら電入っ て次が面白いですねいでしかじっていう ですシこれでいでしかってここにね古い このやっぱり品があるんですねでもなん だろうなこの人のうちこの看板を避けてこ 兵を作ればいいじゃんねどうしてわざわざ ここにチを隠すように兵を作るんでしょう かお寺ののうでしょうかねまけなことです けど井坂ですねこれが空海ですね 空海こうやって回ったんでしょうかねでも 柴太郎に言るとあんまりここの辺は回った ようなことは書いてませんでしたけどねブ 崎までは一旦帰ってきました道だけ道を 行ってあの段階絶壁のところで守備をした なんてことは言ってましたけどねいしです よで次が大変なところだったんですよ ね通称ウサギ寺何がウサギ寺かよくわかん ないでもご本尊は文中菩薩じゃなくて薬に よらしうん鉱山寺って言んでそうですけど あの車びっしりです車びっしりでね駐車場 はちょっと広の駐車場があるんですけど 警備員がいないんですけど車が1台出たら 次の車が1台入る山梨で考えられないです よね喧嘩になってどけどけなんて喧嘩に なるんじゃないかっていうぐらいみんなす にこう車並べてて道路の手に僕は株です からすーっと行ったら奥に希駐車場があっ て車がびしり止まってるんですけど1台の 車が出たら次の1台が入る毎年やってる からそういうなんかねあの暗黙のルールが あるんでしょうかね山梨だったら絶対成立 しないだろうななんと思いましたやっぱり ねこの年うさぎ年だったんですよね 去年だからすごい人でしたねえバてはいや 僕そういうほら全くそういうことあの考え てないのでねもう想定外でしたこれなんで こんな人いるのと思ったけど近の四国の人 ってそういうあのあの新人深い方多いん でしょうかねものすごくいっぱいいました そりゃ当然ですよねで次は全通じですよ 四国最大のお寺全通じ死の名前にもなって
ますね全通じ あの攻防大使3大令嬢高野さ当時全通時ね 立派なお寺でしたけどここもね車びっしり で車の脇をね歩車がぞろぞろぞろぞろもう 僕もカ置いてあの降りて押しながら駐車場 まできましたけどものすごい人でした ねどこからこんなにここ香県県の人口い たけなんて失礼なこと思いながらすごい人 でしたとかくで屋台の途中にあって何この 屋台と思ったらそりそこだ正月だもんなな からすごかったです遅刻最大のお寺ですね ねで3問はこんな感じですここにカブ 止まってきましけどこれ僕の株じゃあり ませんよ僕と同じようなことやってる しかも3問のままに止めて堂々の写真撮っ てましたけどね僕もう端っこの方に止めて 写真撮りましたけどでここに四国88か所 令嬢の霊場会本部というのがあります四国 最大のお寺この五十の党はあの再建の五十 の党ですた立派なお寺でしたねやっぱり さすが前通人という感じですか ねはい次は え76番金ソですね野木まレスゆりのお寺 なんだそうですよ何がどういうゆりなのか よくわかんなかったですけどでノギもあれ ですけどでここにもなんかあのなんだっけ な七人か何かの取引がありますよねお寺の 中に鳥入って面白いですね昔はお寺と神社 一緒でしたけどね今はもう別れてるはずな んですよ今でもその時の名残りでょか寺の 中に鳥が残ってると金掃除と本掃除けな でしたねはいで次はまたちょっと緩和大と いうか丸亀賞ですねここは行ってきました よちゃんと丸もう夕方だったので閉まって ましたよね丸亀所で えっとこっち側が瀬戸内海に向いてる 分かりますか普通はねこっちの方がねここ 広いですよここの桁行きと張行ってこっち の方がねこう広いはずなのに瀬戸内海から 城を大きく見せるためにこういう風な作り になるこれが大手門と天主大手門と天主が 残る人って国に3つしかないですね非常に 珍しい光景ですねでここでは1月ついた ですから分かりますこれですよ初日の入り ですね初日ので並の初日の入りおのお城の こう大手のところから初日の初日の入りを 見てとでこれが佐木富士です丸亀城から ちょうどこういう方向に見えるん ですえ初日の入りとさき富エですねなんか ね ちょっとこの辺はなかなか気分が上がって きましたでこの帰りに山梨ナンバーの プリウスが走ってましたおおってなんかね 思わず声あげてしまたけどね見たらさんバ じゃねえかとカ乗りながおって叫んでる
ようなと思ったろうけどナバのプリス走っ てたんですよで次がこの日の最後の77番 のお寺道ですねもうね夕方だったんです けどそんなに見えないでしょこの写真で 見るとでも実際もうちょっと暗くなってた か なでもうね5時9分ですよさあよよの宿か なと思ってたらお寺の売店のところにお坊 お坊さんソレの方がいたのでどこかを紹介 してくれますかって言ったら駅前のこの ホテルを紹介してくれたんですけど多駅の 駅前にあるビジネス ホテルなんですよねセブイブもあるでしょ こっちにリトルマーメイドのパン屋さんも あるこれは食べるもんには困らないやと 思ってパン屋さん行ったらもう言ことで パンは全部きれしかもこのセブンイレブン 11時に閉店してました11時に閉店する セブンイレブン初めて見ましたけどねあの 初日のローソンは多分11時ぐらいに 閉まっちゃうしエザの山の方のローソも 11時に閉まっちゃうんですけどセブンで ね11に閉まるセブンてあんまり聞いた ことないんですよねよしよしと思ってあ夜 行ったらまさかの夜間閉店びっくりしまし たけどねいやこれ虫だななんて思っ てなかなかいい経験ができましたねま セブンイレブンですから7時から11時 までてね元々のあの営業時間だったわけ ですからでも駅前ですよ駅前のセブレバン が11位に閉店してるとは思いませんでし たけどねはい1月1日はここで1泊したと いうことですね次は1月ちです朝7時37 分このぐらいだらまだ混んでいないだろう と思ってやっぱり混んではいませんでした けども駐車場には警備員がいっぱいいて ああ今日も混むんだろうななんて思い ながら豪商人という寺そかねこれ自習です よあの新聞州じゃないんですよ珍しいです よね自習のお寺でし たで次がですね面白いんですよその名も 天王寺なんで天王寺だ思ってましねス上皇 を祭った白峰宮というのが隣にありますで ねこれね3問閉まってるんですよシた やる気あるんです かあんまり早い時間じゃないですよ8時7 分ねで隣のおじさんが出てきてここいつも 閉まってんだよやるきねえんだよこの寺隣 のおじさんが言ってましたあ隣の宮のから 行けないやね中入れるよ教えてくれてそっ から入った感じですねまあなんかやるの ないお寺あないお寺って変な言い方かも しれないけどだから来たくないや来なくて いいよっていうそういうねちゃんと信用 するんだったらおいでそんな感じだったの
かも分かりませんでこの取得条項ですよ あの方言のランあの原平合戦のちょっと前 平気木森と友がまだ一緒に戦っ一緒の一緒 になってあの条項と戦ったその特条項は ここに流されてここに白峰宮と いう非常に寂しいところだと思いますけど ね宮にいた天皇あの上皇まで勤めた人が こんなとこに流されてここで読んでおたん だと思う西洋早岩にせか竹がの我でも杖に 哀れとともう100人一緒に今選ばれて ますよね何を思ってこれで暮らしてたん でしょうかねこの方の墓は後ほど尋ねる ことになります嫌王でも88番友の お父さんん友のお父さんお父さんだ吉友 ですねまだね友まだ生まれて子供ですね友 はねそうですね吉友ですね吉友と清がまだ 一緒 に白法と組んでごあのスト情報を追い出し たということになりますねでここに流され た何を思ってこれで暮らしてたんでしょう かでちょっと鉄分多めですからやっぱり僕 はサンライズ瀬戸というんでこれ新台です 岡山で切り離すんですよで片方は出雲大社 の出雲市まで行きますで片方は瀬戸橋を 渡って僕これ乗ったことありますけど高松 まで行くとねああここでサラズ瀬戸に 行き合うかと思いましたけどねはい ちょっと鉄分が多めでしたええ次は国分寺 ですねえ3国分寺です でここもですねまた文句言ってますここに ねこのこの平があるんでょこちょっと見え ますこれ画のこの前にこうあるんですよで あのこの影あるでしょこれ電子柱とない 正面からこれ写真撮れないんですよこれ 正面から取らしてよせっかくねあの80番 下書黒分地って書いてあるんだ正面から 写真撮れないうんブツブツブツブツ言い ながら言ってもしょうがないんですけどね ただあのここね特別跡になってるんですよ 僕ちょっとそういうのあの詳しいというか 好きなのでちょっと調べあるんですけど 特別史跡に国分寺跡がなってるのは3つ しかありません大国分寺日地国分寺 それぞれ全部行ったわけではありません けどこれが佐国分寺だと高松市あります ここはちゃんと高松県庁大臣になってます けどもえ東美国分寺はあ佐木国分寺はあ 国分寺は石岡市です石岡市ですあのの国の 中心ですで石岡にも石岡神夜と先ほどの 神夜のような3問が残ってあの城の門が 残ってるところがあるので僕はちょっと ここは行かなきゃいけないなとやっぱりね 特別席が広いですでこっちが唐国分寺東 国分寺は岩田市でありますこのねちょっと 行ってみようかなと思ったんですけどね
やっぱりねあの立派ですよ国分寺あの海国 文事もかなり広い地がありますますね立派 なところです けどこれが3大特別席の国分寺とその1つ がこの3国分寺3国分寺が80番札所に なっているということです ねでも石碑の石碑が正面から打つしかない なんでしょうねこういうの非常に気になる んですけどまいいやそう今日はそういう 時間ではないそういうことはまとめてない か口シアとかなと思ってますけどでここが ですねその名も白ミジ白峰5量ですよス 条項の墓がありますでここ分かりますか 三門の中あの日の丸立ってましたけれども びっしりあの売店が屋台ていうんでしょう かねつもりやかでしたよえなんで今日お 祭りなのかなと思だから1月2日だよて ここでもね自分で自分に突っ込んでました けどねそうかいや今日お正月なんだよまだ とそういう感覚全くないもんでねでこれ がスト条項のお墓量とことになり ますね何を思ってそこですしてここで葬ら れているんでしょうかちょっとね眩しい 気分になってしまいますけどねさにら畳紙 ですか畳紙ですよ 四徳上四徳女皇と菅原の道山ともう1人誰 だっっけ坂だ山大音量ってなっています それだけ怨念が強いということなん でしょうかねだからこうやって祭らないと ま天皇量だからそういうことではないのか 分かりませんけどはいで次はネジと言ます これでネゴ地あの和歌山のネゴ地と字が 違いますしお寺も違いますけどここ立派な お寺でしたねここもなかなか でこう3問あるです1回階段をすごい急な 階段をてまたこれ急な階段をどってこ 真っすぐ行けないのかななんもうもう足が 痛くなってますからねブツブツブツブツ 文句言いだからなももう行くしかないので ね行きましたけどもねでも立派なもんでし たし手も立派でしたよネジこれ天台集です よ天台集あの平山略寺の天台集ですよここ ねそ 商売がですよまさに最長と空海の最長のお 寺ですから ねでもねあのこれも縛りが書いてたんです けどあの最長は工房大使空間10歳ぐらい 年上なんですけどあの生涯空海を死と入れ たとで空海からいろんなあの経本をね借り てあの処さしてたのだそうですよ最長と 言ったそういう人のようですむしろ空海の 方がねちょっとねもう若くしてもう悟って ますからまた来たよこれまた貸してくれ だってよてそんな感じだたようなことを 書いてました僕が言ってるわけじゃない
ですからねこれねしかも空海の障害につい ては空海が書いた書物や弟子が書いた書物 がたくさんあってかなりのことが伝わって いるそうですただ本人たちが書いた本なの でね最長のことはあんまりよく書いてない のかも分かりませんけどとかく最中は空海 のことを将来死と仰いていたと最長が ずっと年なんですけどねいう風に言われて いますその隊長の天台集が88かに入って いる88番を決めたのが江戸江戸室町 ぐらいから江戸時代にかけてで確定したの は江戸時代ぐらいということですからあの 周波は関係ないのか分かりませんけどね 全部のお寺あの工房大使が回ったとは思え 思われないですけどもでもここにも ちゃんと大使動はありました当然のことか も分かりませんけどね はいでここはえ寒き一宮が説ですやしかも 寺の名前が一宮と白いですよね一宮普通 あんまないんですね隣に一宮があります 田村神社がそうですけどねここも立派なお 寺ですこの文字いいと思いませんこういう 古いなんか崩しみたいなやつでよく読め ないんですけど四国場第83番って書いて あるですよねこういうのねとこねって 欲しいんですね共通してねこういう席が ある方がね絶対いいと思うんでしょうけど ねうん僕だけでしょうかで隣がこの田人 ですやっぱり人いっぱいいますよそれは だってお正月ですから ねなんでこんな人がいるんだろうあそうだ お正月だてまた思ってましたねそうだよ 今日お正月なんだよと思いなでまた寄り道 ですねせっかく来たんだから高松やら ちゃったですねこの門がですねこの土地に 復元されたんですよこの土地にこれ桜ご問 と言いまして昭和20年に空襲で焼けてい ますですから写真もありますし内部行動も はっきり分かる資料もあったので木造で 復元されたと復元されたんだから見に行か なきゃて見に行ってでこちは天主台ですね 高松条の天主台はやはりえ明治まで残って いる写真がありますですからねあの高松 この天使を木造で復元したいんですけど 文化庁の許可が折りないそうです内部の 構造が分からないんですね外の写真はある んですけど中の構造が分からないので熊本 城もそうですよあの地震の後木造で復元 する計画もあったんですけど内部の構造が 分からないからということでもあのも文化 省の許可が降りずに出金で再建したという ことになますただこの天主台は石垣すごい 綺麗に見えませんか残念ながら全部この 本来の石垣を全部崩して積みなしをしてい ます天使を作りたいために強度が足り
なかったって思ったんでしょう ねそんなことするよりも元々天使大の大震 さも良かったんじゃないんですかっていう のは僕だけでしょうかねまそんなことは どうしてもいしましょうかねそういうのは まとめて別の講座でやりますのでまたお 楽しみにしてくださいはいここですね八島 です島いよいよあのあの吉の八島の戦いの 矢島に来まし たここがまたも八島この島ですこの頂上に あるんですよこれが八島という島ですだ からねすごい残り坂なんですけど途中から ね車が向かないです びっしりなんだこの車あそうそう初詣でだ よてまたこれで自分で突っ込んでました けどもま家具ですから普通ですすって言っ て駐車場にまで入れましたけどもあの野島 ドライブウェイていう有名な ドライブウェイ何が有名なのかちょっと後 で出てきですけどとにかくすごい人が いっぱいいましたこれが八島八島Gですね でねここも瀬戸内会が一望なんですけど これが八島ですよねこの頂上にあるわけ ですからそれはやっぱ皆さん生きたがり ますよねこっから眺めいいでしょうし初詣 だったらことこ曲がろうかななんと思う 普通の人形な僕にはそういう感覚全てく ないのででこの写真をよくご覧ください 写真の撮り方があんまり上手じゃないので 1回これ下り坂に見えませんかこう下っ てるようにって下って登ってるように見え ませんかそうこれ全部上りなんですよこれ 目の錯覚なんですよこれミステリー坂と 言いますミステリー坂心理学あの勉強し てる人必ずここ見に行くそうです目のあの 日本何か所あるんです幽霊坂とか ミステリー坂とかっていう坂はこういう坂 一瞬下ってるように見えるんだけど全部 登りうんここのねこういう池のところこう 見るとなんか1回ね1回下ってますよね秋 ねうんこれ目の錯覚なんだそうです人間の ね人間の目っていうのは正格なのか性格 じゃないのかよくわからない ぐらい実際自分も登ってみてああ登り坂だ よこれ本当にミステリー坂だななんと思い ながらちょっとねちょっとだけ心に余裕が 出てきましたねここまで来るともう80番 すぎますからねあと少しですからですね ここが大変でしたケーブルカーで行くん ですけどケーブルカーすごい混んでるん です よでねここにね1.1kmって書いてある でしょ薬文字1.1kgあなんだ1kg ばっかじゃんかよ浴びていこうかとそれが 間違いでしたね登り坂ですからね普通の
こう平場の1.1kmじゃないですよ 登り坂の1.けどでもねこんな人が ぞろぞろぞろぞろ乗ってるんですよ小さい 頃のかまねもう生き切れて生き切れてで 着いたらこれですねいやあすごい人がい ました ねであの屋台屋台もいっぱいいましたしで 後ろにはご健山というやっぱりねあの進行 の山があるんでしょうねだから人が いっぱいいたご健山このこの山の後ろの山 のこととはご健山やっぱりね進行の山って 感じしますよねうんこれご健山って言うん ですけどでねこのお寺行く途中も ものすごい混んでるわけですよこの車が 全部参拝するのかなと思ったらそうじゃ ないですね途中にうどん屋さんがあって うどん屋さんに入るくで渋滞してたんです よいや本当にで警備員さんが言ってどっち 行きますどっち行きください参拝にあ じゃあ行ってください行ってください行っ てください参拝の人はどんどんどんどん こっち行けうど屋さんずっと待ってるん ですそこその歌さんはこれですね山田屋 って言んですうどん本人山屋 いやよっぽどうまいのかなと思って ちょっと食おうかなこれでうどんの リベンジできるなと思ったけど混みすぎて てやめましたさすがにこれ待って食うほど うまけりゃいいけど看板見たけどあん今そ じゃなかったしこのはうどん屋さん渋滞 でし た有名なんでしょうかねみんなお正月から うどん食べたいさきの人はそう思うん でしょうかね僕にはその感覚はなかったの 食べませんでしたけどもすごいうどん屋 さん渋滞をしていまし たもう参拝どころじゃなくなってきました ねこうなるとねはい次はですねあのこの日 はここに止まるんですよこのこれが駅です ねえ戸駅駅前にこの戸藤谷その名も藤屋 ですよ旅館藤やっぱ富士山好きなんですね このお風呂広いお風呂でねやっぱり富士山 が書いてありましたやっぱりお風呂という と富士山なんでしょうかやっぱ暑いお風呂 でねでその前に寄ったお寺がここですね レジ最のお寺だそうですよでここはあの えっとさきというとええ佐木班佐班だっ け高松班高松班高松高松班というのは松田 ですよまた出てきました 松田その松さんじゃなくてみつの長男が ここをもらって松田よつ寄つあんまり ちょっと忘れちゃうみんな松だから忘れ ちゃいましたけどよつがここをもらって よつが進行した田ということだそうですね ここのお寺立派なお寺でしたよねあの物化
の建物はありませんでしたけど立派な 30°と50°とこに見えますけどねこれ 旅館にバイクを置いて歩いて行きました そういう距離のとこににあっいいお寺でし たね小さやっぱりあのいいお寺だなという 感じもしましたねしかも信号集全通で波 と33号ね ララホクて言んですかね小倉さんて言ん ですかね珍しいですねこのシゴもね小か うん小だらくかもわかんないですね 珍らしい産後です ね面白いってしたでその日は藤谷とあり ました富士山あんまり珍しくないけどなと 思いながらねあんまり文句も言えません けど藤屋に泊まってさああと2つですいや いよいよあと2つだなともうもう気分がね あの88か全部回った気分でこの日は あったかいおになるてこの藤屋さんはね1 階がねお寿司屋さんでした学校でなんか すごい高かったから食べませんでしたけど ねあのここ行けばええわどすんだっけな なんかあってそこで買って食べましたけど それ夜中に終わあの閉まるかどうかは確認 しませんでしたま夜中に閉まって困るかな と思って早めに買っときましたので ねはいで87番まで来ましたねもうあの朝 早くてまだ朝日が高校と出てるような87 番長子です 長子さあここから88番が大変なんですよ 長いのここもさっきのこって参考ですねで 天台集ですよこもやはり面白いですね天台 集です よさと合津が一緒にねごやどうしみたいな 感じにまね雰囲気はしますけどもまそれは いいでしょうでここにあのあの大きな わらじが3もにねありますねこれ多分 わらじだと思いますけど大わらじあります ねでいよいよ88番までようやっと来まし たよついに88番 ごちここはねやっぱりね最後ですから ちょっとゆっくりしましたねゆっくりして あの探索しましたけれどもあのここにはね 色々あってですねここにここは四国令嬢 けしが上と別にあの1番から88番まで 回らなくてもいいんですよ88番から1番 でもいいしバラバラに回ってて88カ所で もいい しでもいいんですけど一応ここは四国レジ のケチ という風になっていますでえここにも88 番これはこっちは満貫女ってですかね満貫 所って書いてありますこねはいでさらに こういうですね金剛杖を 収める奉納するところも僕は金剛税使い ませんでしたから納めませんでしたけど
金剛税を奉納する場所もありますし ちょっとした賑やかな門前町と言ん ましょうかねなかなか華やかところ周りに 人間ほとんどないんですよ山の上なので ここだけですね本当にここだけ栄えてる 栄えてるお寺を中心にした宮屋さんがいく つかいう寺ですたねその人は何人かいまし たよ朝早い時間でした けど達成しましたなんとか88 番ねもうねほっとしたというか なんかド疲れが出てきましたでままだまだ とまで行かなきゃいけない香川県ですから 徳島県バブ返しに行かなきゃいけないまだ 半道中って感じがしますけど ねでここはやっぱさすがですねあの途中に フンド交流サロンというところがあって 途中の道はケチがの道という道ですで茶市 の接待はありますしえっと辺土地旅館 みたいなところもありまし たちょっとここで1息入れたと感じでさあ 今度どっち行こうかなと思ってもうこっ からだったら東の方に行けば多分徳島県に 行けるだろうと思ってね地図も見ずに とにかく東に向かんで丸年市に向かで最後 にねもう1回1番回ろうかな1番に行こう かなと思って行ったら1番もう1回行き ました分かります選手の写真と違うところ ね角松ですよ先週は1番回った時は12月 26日でしたからありませんでしたけども これ1月3日ですのでね角も集っ たいうことですねでまだ11時59分です よ1番回り始めたのも12時50分ぐらい でしたその時はもうあのとにかく次のおに 行かなきゃいけないと思って余裕があり ませんでしたけどこれ2周目の第1回目ね 1番2周目も1番もあのお参りしたという ことになるのかも分かりませんけどもあの このナト市ね別の意味でも名です市これ です ね米東弁ですよ米東弁でこれナト市ドイツ か市が立てた建物ですよ立派な建物ですよ ねでねナト市はあの大工初演の地です大育 初演の地えなんで大育初演の地が鳴年市な んです か第1次世界大戦の捕虜が同一人の捕虜が 収容所がここにあったんだそうです捕虜 収容所ドイツって聞たとちょっとね嫌な アウシュビッツとかホロスコープとか嫌な 気になってたんですけどしかもこれは第1 世界大戦ですからまだナチスのずっと前の ね戦争ですししかもですねドイツさんと 地元の方が呼んてたそうですドイツさん あの捕虜収容所っていうとどうしてもあ嫌 な思いなっちゃうんですけど僕は人権を 尊重した非常にあのうん緩やか緩やかって
言んでしょうかねあのいい処遇の仕方だっ たそうで同一人たちは自由があってほ 収容所の中であの新聞発行所があったり パン屋さんたりパンを焼いたり新聞発行し たりしかも演奏活動して四国各地でその 方たちが大工の演奏をしたと捕虜がですよ 捕虜がて実生なですけど捕虜の人たち がそうやってあの演奏活動を自由にしてい たとで地元の方たちも親しみを持って ドイツさとそうですここはね絶対行こうと 思ってあの最初の日も1番から2倍行く時 に向こうにねあの当弁記念館書いてあった いやちょっと行こうかなと思ってままいい や最後に行こうと最後まで取っとこうと 思って最後まで取っといた1月3日です けどやってました僕は 幸いやってきましたもちろんで中はこんな 感じですねこれ見えますか1月2023年 1月223年1月3日とわけですねで大工 公共公共局全学総演奏アジア初演の地と いうのだそう ですはいでその隣も僕行きたかったんです ねこれこれ道田大の里というのそうです けどこ香川豊彦記念科香川豊彦って誰豊彦 知ってる人います香川豊彦ささすがですね あのこれからあの福祉の資格受ける人絶対 必須です社会福祉士海洋福祉士今 マネージャーの試験には出てこないかも 分かりませんけどあの福祉の資格を取る方 必須ですこの人香川豊彦というのは今の 民政委員の創設に費用した人ですねよし やろうと思ったらやってませんでしたここ も私立ですからねお正月なんかやってる わけないんです よちょっと寄りたかったですけどね香川 豊彦 このセツルメント活動をって今でいう ボランティア活動であの1人暮らしの 年寄りの口が悪いですね1人暮らしの高齢 者の2を回ってどうですかていうそういう 活動を独自にしていった人がこの香川豊彦 という方ですでそれが今の民院に繋がった ということなんですねちょっと寄ってみ たかったなまないですでここにもあります よ母一宮このベト弁の外のすぐこの脇に あるんですけどそこまでいけない車が びっしり当たり前な話なんですよねでこれ が一宮のあのあの3倍本道ですけど分かり ますこれ 眼鏡橋ドイツ橋とそうですよさっきの ドイツさんたちが作ったあの橋石の橋です ねやっぱりあのいいいい処遇のところいい ものが生まれるということなのかも分かり ませんただあの暗い話になりますけどあの アシビッツの強制中場ホロスコープですね
あの中から生き延びた方がいて有名な えなんだっけ名前忘れちゃったビクトル フランクル後に精神科お医者さんになって ます家族全員殺されてますなすただその 本人だけは生き延びてもうあと数日死ぬ 処刑されるとこだったそのビクト フランクルは後にあのその収容所の中の ことを夜と切りって本に書いてます僕も さすがに怖くて読めないです夜と切りは あすだけは知ってますけど 読うんうちにあるけど読むんじゃないって わそうちょっと怖くて読めないただあの その収容所の中の人たちも明日を明日を 夢見て明日殺されるか京都殺されるか 分からない方たちも明を夢みてなんか 明るく振っていたと歌を歌ったりしていた とドイツ人ってそういう人たちなん でしょうかねよく分かりませんけどだここ はるととそのドイツどこかわかんないです けど今でも交流をしているなんですけどね もう第1位世界大戦以降はもうナチになっ てくるとだんだんだんだんドイツが ちょっとドイツじゃなんか変な方向に行っ ちゃうんですけどこの頃はまちょっと地元 の人たちとすごいいい交流があったいう ことだと思いますちょっと力が入って しまいましたねさあ帰りに向かいましょう あこの止まったんだもう1泊次の日に バイク返さなきゃいけなかったの ででこの日はここに止まったねガルト駅で ここにもありましたよこんな変なのまた変 なのて言っちゃっ たこういう偽物作ってくくれるならいいん ですよ人目僕たち見ればあんなの偽物だて すぐ1あの1周できるんですよ大体ね こんなとこにこんなもんつかないですここ にこんなねこの屋にもつかないですでこう いう屋が屋根があるとねあの城に見える から城につけたいんでしょうけどこの屋根 このこの屋根この城に絶対つかないはず ですね変しかもこのこのなんかわかんない これもちょっと固定わかんないこれこれ こんなのありえないです普通はまこういう 偽物な作ってくれるならまだいいんですよ 笑ってつませるからまそれは別の話にし ましょうでここですねナルト駅バイクを 返しましたスピートメーターが壊れるまで 1200km走りましたうん で多分手元の計算で残り360km残って たので1560kmぐらいは走ったんじゃ ないかなと思います東京から鹿児島は行く と鹿児島のささを超えて海にほっこしる それが1500kmとく走りましたね我れ ながらねこれ見てなんかどっと疲れが出て きましたけどねでこれが帰りに向かう
ところ道橋をもってますそれから富士山 ですねちょっとやっぱ鉄分も上ですねで この後高野さん行かなきゃいけないんです よ 行かなきゃいけないってことはないんです けど一応88か所回ったら公野さんの奥の 員にご報告に来なさいって広告大使が言っ てるんでも同業2人で攻防大使一緒に行と 一緒に回ってんじゃないですかってそれ 減りreadyですけどただ僕にとっての 同業二輪工房大使も一緒に回ってたのか 分かりませんけどさっきも言った通りもう あの人にあの声かけてくれてみんなの 気持ちを88番まで届けなきゃいけない これが僕にとっての同業2輪だったのかも ありませねお父さんも亡くなってたって いうこともありますし声かけた人本当に 身近な数人ぐらいですけどそのたちの 気持ちもとにかく88分まで届けるんだ そういう同業2人僕にとっての同業2それ だいうことですねで荒野さんに行くことに なりまし た荒野さんがねまた面面白かったというか このね高野さ世界遺産切符って南海伝説が 出してる切符があるんですねこの登山これ 登山鉄道ですこれ橋本っていう駅こっから 登山鉄道になるんですけど橋本駅の登山 鉄道の往復とえっと公野線のバス往復乗り 放題っっていうのついたあの世界 産機に買って行くわけです当日雪がてます よねこれが高野山の駅これはテーブルカー です分かりますこの坂こんな坂ですよ こんな坂 普通に歩いたら大変な坂ですよねだ ケーブルカーもこれですよこれもう斜め ですよねでこれですね これ前夜の雪が降ったんでしょう ねで駅から見るとこの角度分かりますかね この角度でえっとケーブルカーの駅がここ ですで奥のイがここというこですねここ ですねここからここまで行くバスに行くん ですけどでこれが奥野イの切り口です奥野 イまであの工房大使が迎えに来てくれて ですここで一例合唱して中に入っていくと まこの辺で雪が降ってきましたなんと雪が 小粒あの米粒台の雪ですこう体にパタパタ パタパタ音がするぐらい米粒本当米粒のよ なでもね全然寒くないんですよ不思議と 全く寒くなかかったですね不思議になんか 守られてるんでしょうか荒野さ町って言う とお寺ばっかりだと思いますでしょ もちろんお寺もいっぱいありますけど普通 の民家だったり消防だ住所みたいになって ちょっと不思議なあここに住んでる人いる んだ当たり前ですけどねでもお坊さん中で
2000人ぐらいいるですかね公3町でね 面白かった面白かった言っちゃ知れです けどでこっから先は歩いて行って途中から 撮影禁止たかなと思いますただ雪が降って てもね全然寒くない本当に寒くなた不思議 でした ねでまた帰りバスに乗ってケーブルカーの 駅に向かうんですけど外国人がいっぱい 30人ぐらいバスでてこの人たち何だろう その人たちに囲まれて一緒にバス乗って しまって片言の英語は聞こえてきましたし 他の言語も聞こえてきたしなんだろうこの 人たちと思って選挙されましたよワスを 外国人に変な意味じゃないですけど びっくりしましたけどねはい一応奥の院に 行って攻防大使 に報告をして感謝をしてきましたあの攻防 大使は今でもあの公野さんの奥の員で瞑想 を続けてそうですね朝晩食事を届ける係の 高層の方がいらっしゃいますただその姿は 絶対門外不出というか誰にも喋っちゃいけ ないしカメラも入れないで実際どういう ことなのか分かりません攻防大使生きてる としたら1200歳ぐらいでちゃうかねね 今でも瞑想を続けているそうですよね すごいすごいですよ ねはいなんとか言ってきましたよこんな 感じでした けど ねえでも寒くないんですよ不思議とで 外国人に囲まれちゃってどうなってん だろうなんて思いながらねでまた帰りこう 行くわけですよで有名な久山もここにあり ます久山分かりますよね久山あの真田信 通称雪村がまと流されたとか久山って言っ ても山じゃないんですけどねうんあのま あの尾行地ちょっと高い山出しで言うと 牧屋のような感じのとああいうような感じ のところでしょうか別にこういう山になっ てるわけでない久山ってところはさ ちょっとね折れてみようかなと思ったん ですけど雪だったのでやめましたけども田 一食でした山駅写真はちょっと撮りませ 撮れなかった撮りませんでしたけどねで 大阪に着いたら寒くて寒くて風ビューて いう吹いてて荒屋さんて不思議ですよ風 一切吹いてないんですよ荒野さんで標高 1mぐらいのところに周りの山岳で盆地上 に広がった街だから町を作るにはちょうど いいところなんでしょうかねなんか守られ てる感じがしました雪は降るけどあんまり 3あんまり300ないというか風は吹か ないようなところなのかもしれます ねだから高下とか橋本とかそういう駅も山 と駅もありました
けどでこの後はもう1つの令嬢ですですこ あの攻防体3大令嬢の共母国寺通所当時 ですね当時当時にも行かなきゃいけないっ ていうことで行ってきました 当時あの修学旅行で当時ってあんまり行か ないんですよ ねねえ行ったことないんですよてきました 京都駅が徒歩15分ぐらいですよ前は通る 前は通るんですけど降りたことがない京都 も寒かっ たすごい寒かったとにかくびっっくりする ぐらい寒かったですえ小屋さんあんなに あったかかったのにと思ったんですけどま でしょこれこれがあの 今国通称当時あの東から戻ってきた工房 大使が天皇佐賀天皇からもらったお寺と いうことになりますで若木佐賀天皇と攻防 大使は仲が良かったそう長が良かった言っ てきのかわ3の1人の2人そうです佐賀 天皇と工房大使と立花の流だったっけ立花 の日本3室です字が上手な3人に選ばれ てるのがこの3人ですでこの参賀天皇と 空海佐賀天皇は空海のことを非常に信頼し てたそうですし空海も佐賀天皇には色々 あのよしてもらってということが言われて おりますそれと空海はちなみにあのえっと 左市左市って有名な豪族です佐木の今って 言ったかなあの平安鏡を作った人ですね 平安鏡作った人って変な言い方ですけど あの商務天皇に言われてあの平安戦闘の 準備をしなさいとして準備したのが最の 今道という人ですそれからもう1人立花の 早という人は空海と一緒に党に向かう検討 士として行った人で立花の早と空海のお 友達とした結構有名な人ですよ立花の早も さの今もこののこののドラマってあんま ないですけど古代には必ず出てくる人たち いうことですね今ご当時行ってきました なかなかいいよねこれがね3本なんです これ工房大こに来てましたね詐欺ですけど ね青一切動かない待って写真撮る写真撮ら せて写真撮らして騒いでるのに一切わから どしなかったんですねこの通りねでここに ね掘が掘掘りがあるんですよこれ水取り ですのでねあの水の中に入ろうとしてたの かうか分かんないです けどなんかここにずっとこの青さにきまし た防大使かななんて思ってしまいました けどね多分っじゃないと思いますけどで この方向が荒屋さん奥のいだそうです合唱 しなさいって言合さっき言ってきたばっか なんだけどなと思いながら合唱してました けど今国時には高野さ6の告がこう示され てるで全ての書を回ることができたことを 工房大地に報告したの後にもう1回ここに
来れば この常ま症っていうのかなくれるんだそう ですそんなもんもらいませんでしたけどね な多分色々あの証明見せだとかご主見だと かそれうるさいこと言うんだろうあ うるさいことってっちゃいけませんけど 思ったでそ言いませんでしたけどね今日時 立派のお寺なんですよあんまり知らないか も分かりませんけどこれが本土です国法 ですねちよりの基信ですよ片切りかむとか 作ってるんですよ武行とかてすごい立派な ちょっとあんまり見ない本土ね東大寺の 本土に大仏でに似てような建物
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