吉永陽一:2023年泰緬鉄道を訪問して

講演は作家の吉沢さんですどうぞよろしく お願いいたし ますえ初めましてえ吉永と申します よろしくお願いいたし ますえっとまず私はですねま写真作家と いうことでえま写いわゆる写真家なんです けれどもあの今あの林さんと五藤さんとお 知り合いでしてそれではあの今回 南得選え対面鉄道に何度か行って るってことも縁があって今回是非応援をお 願いしたいということでえ実現いたしまし たえ大体1時間かからないかかかるか ぐらいなんですけれどもお付き合い いただければと思いますよろしくお願い いたし ますはいえまず私はですねえっとどんな 写真を撮ってるかとこがまず始めた方が いいと思うんですけども普段はええこの ように左の写真にある察ですね飛行機とか テリをチャッターしてえ窓とか扉を開けて 普通に察をしているといえそういった写真 を撮っており ますで え一応77年に生まれましてえ2004年 からえ写真家を来ておりますでえ2000 あ3年じゃなくて2011年ですねにえ 空鉄鉄道の察をメインにしてますのでそれ の写真点を開始したのがま作家としての スタートになり ますはいでまい普段はまこういう風に発表 の場としまして右側はあの東京人月刊東京 人っていうえ関してありましてそこにあの 東京の察を紹介するていうえものをやって おりますはいあとですね え空鉄っていう名前でえ本を出しており ましたりあと写真店やっていたりとかそう いう活動をしておりますはいでえ今回はま あの対面鉄道生特選って今言うんですけど もそれは え察ではなく鉄道の機構としてえ紹介し たいと思いますのであのタはまだ察した ことがないので全部縮となりますで ドローンはやんないのかって言われるん ですけどもあのドローンは操縦1回って 下手すぎて全然ダメだったのでドローンは やっておりませ んで早速始めたいと思いますまずあのもう 説明があったと思うんですけれどもえ対面 鉄道はあのコンプラドック分岐店からえ ビルマミャンマーの半時剤ってところまで の 41.9ま約415kmの路線ででした ちょっと地図がねあのなパとそっち書い ちゃったんですけどもあの途中あたりの えノプラド分岐店っていうところから

スタートしておりますで え現在は南徳線っていうえ大国鉄南本線 視線という扱いでえ散在しておりまして 大体このピンク色の線のところですねはい もうかつての長から見たらも31/4 ぐらいかなと思うんですけどそれぐらいが え残っておりますで逆にえミャンマー側 ビルマ側の方はもう配線後となっているん ですけれどもちょっと行きづらい状況には なっておりますはいでそもそも私がなんで え対面鉄道に興味を覚えたかっていうこと なんですけれどもえ実はですねうのソフが インパール作戦とビルマ先生に えいましてえま鉄道ではなく自動車部隊 とこだったんですけどまトラックを運転 する兵士だったんですねそれでえまビルマ 戦場から帰ってきてま戦後結婚してたん ですけどもあの小さい頃から祖父のその 戦場話カの話とかビルバの話は結構ずっと 聞いてましてである時にテレビから対面 鉄道のことななんかやった時におじちゃん あれ何って言ったからま対面鉄道の話を 色々こう聞きましてそれでえ興味を覚えて いつかは行ってみたいなという風に思って ましたでまあの祖父は自動車部隊だったの でトラックでタから見るまで新聞したりま 逆も え対側にえ終戦直前から5月タイにったん ですけどその時もトラックだったか徒歩 だったそのどっちかで移動してますので ソフソフ自体は対面デを使ってないんです けれどもえ自動車部隊第第101代替って いうんですけどそこはいろんな体があり ましたのでその体によってはえ対面鉄を 使ったっていう式も残っておりますまそれ であの興味を思えてえ1回ちょっと初めて の海外旅行は対面鉄道に行こうと決めまし てそれで2011年からえ4回5回ぐらい 通ってきましたでその模様を今回お伝えし ますはいでまず初めて行った時ですねえ その時はえもう完全にあの市の鉄道エレ ウイという名前でもう欧米人観光客に結構 人気な路線になっておりましてそれで左の 写真のようにもかなりごったしてましたで ちょうど訪れたのが1月の後半だったん ですけどもあの乾期でちょうど観光 シーズンというのがありましてかなな数の 観光客の方がえ客車に乗ってバンコ あるいはカチなりから乗車してえ沿線を 楽しむていうそういう工程を組んでる方が 多くツ客も多かったですでこの右側の真 すごい大的なんですけどもこれあの いわゆるベンチシートロングシートって 言われるところに座っている人たちなん ですけどこちらは逆に生活路線の対面鉄

ですねあの観光客だけじゃなくえ日常の足 となっておりまして えなんて言うんですかね各こう自由な フリースタイルで乗車を楽しんでるという かま日常な足としてこういう風に使ってる こういう一面もあるのを実際に行って発見 しましてえそれからあの鉄道をこう取り 続ける写真からなものでこう対面鉄道今の 日常空気感をちょっと取っていこうとこの 初めての訪問の時に思いましてそれからえ このような感じで日常の足と観光の足え ツアーそれとタイムてこのローカル線の 雰囲気っていうのをこう切り取ってきてい ますで えこれかなり自由なスタイルなんですけど 日本じゃ絶対ありえないんですがあの地元 の方はこのようにえ椅子をてテブルって ですかね家してご飯を食べてるとかこう いう光景も日常的にありましてまあの国が 変わると鉄道に乗るマナーというかあれも 雰囲気変わるんだなっていう感じですねで 向こうあのクーラーないのですね全部窓 開け放しておりますですのでこのような 状況でした はいで次これはあの右側ちょっと軍人さん ぽい格好なんですけどこの対国鉄の車掌 さんですね車掌さんの制服は結構こう びっちりしてかっこいい感じなんです けれどもあのなんかタの制服は結構こう きしりしてるか方が多くて結構こう シャキっとしてる感じですねはいで左は こう変なカペラなですけどこれは切符の 一種ですでえもう2011年訪れた時から あの切符は電子版ないわゆる コンピューターで発見された切符だったん ですけども車内であの買うとこういう風に 手書きのキップがで書かれてそれをで買う ことになったのでちょっと記念に日本の 鉄道マにク切符を買いたい感じで社長さん に頼んでやってもらったって感じですで ちょこちょこ穴が開いてるのはあのわり ハサミです入居なんですけれども結構お 茶目で半分持ってハート型に切ってくれ たりとかあの色々こう社長さんによっては 遊び心があったんであのやっぱり観光路線 らしいなんかこうサービス選手に安成な 車掌さんが多かったっていうのが印象に 残っておりますで基本的に対語なんです けどもあのやっぱり英語が通じますのでま 片の英語でコミュニケーションはでき ますでえ次は朝ですね早朝の列車なんです けどこんな雰囲気ですねもう地元の子供 たちがま多分通学だと思うんですけども こういうのに乗車してま我がと 出てでもう窓開け放してますので朝焼けの

光景がこう見えたりとかでももちろん風も 全部入ってきますはいえ朝晩は涼しいん ですけど日中はやっぱ35度以上になっ たりと結構暑いのでま水分とか取らないと ちょっと熱中症になりかけないです ねであのまこの辺はあの対面鉄道らしいえ 写真なんですけれどもえ右が会切り通し左 が金筋トの切り通しまセルファイアーパ スって名前なんですがまずチカの切り通し のとこはごのようえ線路がありまして列車 が通るようになっておりますでここは えっと戦場にかける橋加川鉄橋っという 鉄橋のえすぐますぐっというわけではない んですけど近くにえク合川ってですねク川 っていうのがありましてそこはあの対面 鉄道ができた時はまだ手のい側言ってたん ですけどあの対政府があの例映画ができた 時にこれはまあの洗場にかける橋とかけて これをくいがしっちゃいてあのクク川形で あの解明しちゃったんですよねそれでそれ からもうクガになってんですけどもそこに え線路がこうギリギリ通るところがあり ましてそのえところをあの山をこうV場で 切り取ってえ線を通したっていう場所です ねで左の方をヒトの切り通しというところ はえっと今も線路がないところなんです けれどもえっとですねナムトクっていう今 の終点になってるところから大体25km ぐらい先にある元々はあの配線になった後 はもう密林になってたんですけどここはね オーストラリア 元え方がモーストレイの方がこう回線後を こう整備して今向こうの政府 オーストラリア政府の支援で記念感ができ てそれでこうこういう風に訪れることが できる施設になりましたでこういうような え場所も残っており ますでこれはたまたまだったんですけども あの車掌さんにお前ちょっと来いって言わ れて期者せてくれましてであのま対面鉄の 中の機関車に乗った時の光景なんです けれども向この機関車はこんな風になって 右側が運転の機械運転室になっておりまし てえっと線路がこのような状況でしたあの もうかなり両サイドも草ボボで線路も細く てかなり揺れるような状況でしたねで機関 車も必ても綺麗とは言いがく結構脂っぽく てでも結構油まみれで滑りやすい感じだっ たんですけども あのかなりこうフレット機関資産でしてま 色々こう雑談しながらてい感じではい行き ましたかなりまその辺はのどかな予選っと いうイメージがありまし たはいでえま色々見たんですけれどもこれ が

あのえ林さんの写真にもあったんですけど ガ鉄えのトラス鏡だけじゃなくてえこう いうプレートガーんですけれどもそこの 部分がもありましてよくよくちょっと右側 の写真見えづらいんですけど椅子の壊れ かけの椅子の下にあのコンクリートの土台 みたいの見えますねえこれちょっと確認 取れてないんですけどちょっとしたらその 対面鉄道を作った時の脚の名残りじゃない かなと思ってましてま今はこの風な長さな んですけど昔は 短いあの感覚で橋ができてたんじゃないか なという風にちょっと え想像しておりますちょっとこの辺まだ 調べきれてないので今後まちょっと色々 資料とか見てもう回ちょっと訪れてみたい なと思ってんですけどこういう風な さりげない移行もちょいちょい遠はあり まし たでえ次の写真これはホームクートイて いうまリゾートホテルでえこれはあの終点 の南徳からそのヘルファイヤーパスの間に あるリゾートホテルなんですけれどもこれ は外国の方がえ経営されてるらしくてこれ もなんか対面鉄道施設博物館みたいな残っ ておりましてこれはイギリス製の機関車 ですねトレット社なんですけどもこのよう にあの政府とか大きいえ記念館だけでは なく施設のこういった博物館っていうのも 現在しているというらしいですねま全部 いったわけではないので把握はしきれて ないんですけどもこの風なリゾートホテル にもまいわゆる市の鉄道って感じでえっと 紹介してる施設もあり ますでえで左がえ最後 あの0001945年から末にえ対面結露 のそのミクロン永久鏡が空爆されまして 真ん中の橋桁がえ爆撃で落ちちゃったん ですけどそれをあの日本戦後日本がこれ 横川ブリッジって書いてあんですけども え作ったえ鉄橋となっておりますであの 鉄橋は結構そのトラス教はこう極限トラス てこう玉箱型のトラス教が連続してんです けども日本がかけたところだけここ戦後 かけたところだけはこうまっすぐですね 平行円ってんですけどそういった構造で ちょっと形が変わっておりましてあの一発 で分かるようになっておりますあとここに ちょっと名盤に横川ブリッジって書いて あるのでまこれあの日本が先後やりまし たっていうプレートも確認することができ ますでえ右側があオーストリア人 オーストラリア人ですねあのロットビービ 士がえ開館したタイランドえビルマ鉄道 センターこれはカチなりの駅の近くなん

ですけれどもこちらの博物館もえ比較的 あの構成な立地がで結構対明テストを紹介 しておりますのでここも結構見応えがあり ましたちょっと中がね撮影禁止だったで中 の写真はちょっとないんですけれどもはい このように博物館がいくつか現在しており ますでえこの次はねスリーパコダバスえ 対面鉄道でいうと山東峠と言われたビルマ とミャンマーあビルマ対の北境地帯にある 対戦跡ですねで左の写真は多分戦後に モニュメントに作ったんじゃないかなと 思うんですけどけも右側のちょうど国境の 検問所の脇にえ線路残っておりましてこれ はどうやら当時から昔からそのまま残され てるんじゃないかなていう風にちょっと 推測して取ったんですけどあのちょうど 見本場があって手前が対側で奥がルマ側な んですけど上の写真ちょっと見づらいん ですけどビルマ文字がこう書いております これあま進んじゃうとデルマに勝手に入国 しちゃうことになっちゃうのであのそれ 以上行くと天文所の人怒られちゃいますの でま対側でこうビルドにして行ったんです けれどもえここへ行くのは完全に車じゃ ないといけませんでえ私は最初に行った時 はカチナブルの市街地からえこのスリー パパス機能特急バスっていうのがありまし てそれに乗ってえ行きましたでそのバスは 一応まあなんて言うんですか日本で言うと 高速マスみたいな一派なものでもう快適に 行けるようになっておりましてそれができ たってのももうこの地点まで道路が開通し ておりますのでもう今となってはもう簡単 に行くことができますであとはまこういっ たツアーが確かあったかなないそれとあと は車をチャーターしていく人もいるらしい んですけどもまないからバスこれは確か ネットで調べていったのでえそんなに 難しくなく聞けまし たで逆にじゃあミャンマー側ビルバ側は どうなってるのかって言いますとこれは 2018年にえまだ自由にきできた時に 行ったんですけれどもあの分岐県の短日ザ この辺に行きましたただあの列車で行こう とするとえ1日1本か2本あるかないかで なかなか行ったら帰ってこれないという ようなかなりハードなスケジュールでした のでえモリにと日本名で言うとモール名 っていうんですけどそこからあの宿の人に 交渉してあのタクシーっていうか車を チャーターしてもらってそれで1日いくら て車をチャーターしてそれで現地に行き まし た結構宮とかはそのバスとかあるようで ないので結構あまり

あの発達してないのでそうやって車を チャーターしたりとかそういった交渉を することが必要なのでま宿の人にこう色々 こう聞いてやるっていうことが結構あり ましたで三沢駅はもう完全なローカルの駅 になっておりましてこのように牛が構築さ れてたりとかしてちょうどこの時写真は ちょっと今回出してないんですけどあの 駅舎内でなんかお祭りの準備をしていたり とかますごいのどかなまローカル線の駅 っていうそんな感じになっておりますで え宮にもその対面鉄道の博物館っていうの がありましてまそのままデスレイルウェイ ミュージアムってなってんですけどもこの ような立派な建物があってこれがちょうど 分岐県のあたりに え立っておりますで中はま色々な紹介して いるんですけどもその中でちょっと気に なったのはこの右側の写真これどが日本の 方が書いたものだと思うんですけどそれの コピーかなと思うんですがり対面鉄のその 距離とか駅名ですねその辺とかいろんな 情報が書いた紙がこういう風に展示されて おりましたでそれだけではなくあとま写真 展示もあってこれは左側短剤にあるえ確か ね1944年にえ犠牲者をあの移れする ために日本軍が立った慰霊費がいくつか あるんですけどそのうちのえタザに立っ てる慰霊費ですねそれの写真ですで右側の 写真は えっと配線跡となった乗客ですねはいで ここのところは行くことはできるのかなと ちょっと調べたんですけどまあの少数部族 が多い地域でして門族と華族っていうのは いるんですけどもその武装組織とえ ミャンマー軍が長年ま90年代から結構 激しい戦闘が散発的にあってちょっと 外国人が立ち入り禁止の場所になっており まして元々行けるような場所ではなかった ですねそれがもう皆さんご存知の通り 2021年に国軍のターでミンマ自体が今 渡航中止勧告になってますので行こうと 思っても今このこ場所すら行けないしザ すらちょっと行くことが困難になっており ますでえでその少々部族がいる配線後の ところはどうなってるかっていう写真が いくつかありましてえっと右上この辺のは 橋脚が残っていたりこれ左下の写真はこれ は橋ネタですね橋ネタが落とされこれは 90年代に えっとなんか先頭かかで落とされたらしい んですよねこの230年ぐらい前までは 普通に鉄橋としてあったらしいんですけど もそれがえこういう風に楽境した時のえ 写真があったりこれがねアロンアバロンて

いう駅があるんですけどアロンの実教と いう感じでえ紹介されておりましたこの ようにいくつかえ資料が残ってましたので あの結構ためになりましたまただあの説明 は英語と英語あったんでなんとか分かった んですけど基本的にビルマ語なので分かり づらい ですでこれあの飛び出す絵みたいな騙し絵 みたいな感じなんですけどこれちょうど 31号機が描かれて てこのような撮影スポットみたいな感じに 風にま種の一種の観光地ですねそういう 感じで紹介されており ますでえ一応分岐店っていう場所にも行き ましたというのもその博物館の裏手が ちょうどその分岐店と言われている場所 でしてそれにこういう風なモニュメントが 立っており ますただもうもも配線状態の感じでして どこがどんな風に分岐していたかっていう のはちょっと今分かりづらい状況でし たはいでえそこにはですねあのま ミャンマー側で唯一残されてると言われて いるc56がえ保存されておりますこれ あのえ塚本風さんのえ著書によってえっと 56号機だっていうのは分かりまして えビルマ国鉄も名称でC0522っていう え基盤がついておりますますでこれが唯一 あちら側に残っているc56と言われて おり ますですねこういう風にC0522となっ てましてで連結器も え当時のまんまえTの字型の連結今31号 機もそうなんですけどそういう感じに残っ ておりますで右側の写真はもう皆ま総さん もスマホを持っておりますのでスマホで 記念写真撮ったりとかそういうたスポット になておりましたでちょっとこう色々 と車輪周りとか見てみたんですけれども ちょっと右側の写真見えづらいんですけど 刻印がありまして62っていう風に書いて まして多分62号きのえドーリングをつも 使ってるというのも一部確認ができました で周りはこのようにえ公園に整備されて おりますはいでこれがえ18年ヤンマに 行った時の写真なんですけどもその後対側 に移りましてまた対面鉄道行ったんです けどちょっと雰囲気が変わってるなって いうのが分かりましたていうのもえ 2013年まで行った時はレールが結構 細かったんですけれども18年行った時は あの線路がもう太いレールに変わっており ましてあの今まですごい縦横激しかったん ですけど乗のが本線並み に良くなってましてなんとあの今まで結構

30分遅れ2時間遅れしていたのがま定時 運行になったんですねそれにまずびっくり してで一気に近代化が進んだなっていう 感じになっておりましたであとやっぱり あの観光客も結構アジア系の方も目立つ ようになりましてで皆さんはもうカメラ じゃなくスマホですねもうスマホで 取り合ってるそういう感じになっており ましたでこれ右側の写真がちょうど側適な んですけども列車が来てギリギリにはいう 風に写真取るとこういう光景はもう日常と なっており ますただまこうやって左目観光客がバーっ てあの沿線を見たりする光景は昔から 変わってない感ですねで右はどらというと 地元の方が多く乗ってる時間帯の列車で まこような雰囲気になっており ますはいで夜はというとですね左側その クライバー鉄橋を見ながらま料理を 楽しめるレストランっていうのがありまし てこういう風にライト鉄橋がライトアップ されていたりとかあと右側がまあの多分 地元の子供たちななんですけどまお小遣い 稼ぐためにちょっと音楽やってま観光客が お金リクエストしたら歌ったりというよう なそういうような感じの光景とかが結構見 られましたこんな感じの日常となっており ますでえそれからま5年経ってコロナが 開けて今年の2月久々にえデッチへ訪れ ましたでこの時2月ここはノンプラドック の駅なんですけどもここに訪れた時はもう このような日はだいぶ前からあったんです けれども応起点っていう形で残っており ますで後ろにあるのがノンプラドックの 駅舎なんですけれども実はこの駅今近代化 工事しておりましてやがてこの木造の駅舎 も解体するっていう風にその場で聞きまし たなので今はこういう風にのどかな感じが 残ってるんですけれどもやがて一気に 新しい駅に変わってしまうでその時この モニュメントが残ってるのかどうかって いうのはちょっと分かんないんですけど 残ってて欲しいなとは思って ますでこれからえ2023年今年のえ写真 を紹介し ますはいえこの時実はちょっと特別な列車 で行きましてというのもノンプラドックに 今日本のディーゼル機関車がいるんです けどもそこのメンテナンスするクラウド ファンディングののえ会に参加して日本 からタに渡ったブルートレインがあるん ですけどそのブルートレインで対面結を 行こうてツがありましてそれに参加しまし たでその時にそのブルートが この洗場の端とかえ対面鉄道の橋を渡

るっていうそういうとこを体験するツアー だったんですけどもまこのように大型の 客車で普通にま入れるようになっており ますはい えっとこれブルートレの車内ですね昔のB 寝台車内から えアヒルサンバスというえ目標の上を走る らですねそれを車内立たいう光景 ですでこれが あのアルヒ三橋駅えタムクセブリッジて いう大会の駅名になってるんですけどそこ で皆さん下車したんですが我々も スは大体30人ぐらいだったんですけども それ以上に観光客すでにいっぱいいまして もう列車が来たらそれと記念写真撮るそう いう光景が日常になっておりましたでもう 日本じゃはちょっと考えられないんです けどもう列車来たバーっとセに入って バーっと取るこれがもう向この日常の スタイルになっておりますであの黄色い 列車が昔のブルートレーの車両のタの今の 姿なってましてちょっとここういう風に 改善はされてるんですけど日本の客車が ここに走るでちょっと我々の写真撮ったり とかま観光客でバーってなって取ったりし てますでちょっと右手の方にえ欧米人の 団体がいてなんかツのえ天井員さんがこ 説明していたりとか結構そういった光景が あちこちで見られましたなので現地ツアと か結構あるような状況になっており ますででこれはあの有名なアルヒ三橋を 渡る光景なんですけどもこれは実はあの 密林の中から取ったわけではなく レストランから取りましたもう完全に レストランてこういう風に展望場所がこう いう風に休憩できるスペースに整備されて てまお金を払う必要はあるんですけども 食事をしながらこういう風に光景を楽しむ そういったような観光の観光地としての 光景になっておりますでかつては対鉄道の 時時は結構こう段階絶壁のこうところを こう建設し て変だったっていうことなんですけどもう 今は完全にこういう観光のレクレーション の場所になって るっていうのが今の姿になってましてで こそうですね逆側から見た感じですねこれ は実はこの辺の後で紹介するんですけど ホテルから取ったんですがこういう風に川 側沿いにもうこういう風にコテージがあり ましてもうこっからもうリゾートリゾート ですね完全にこういう感じでねあの列車を 見ることができますでえ橋は完全にまだ 目標ですね木の橋ですもう対面鉄道の時は もう目標が主流だったんですけど大体その

後は普通に鉄橋は特に変わったりするん ですがまこのここの線の場合ずっと目標の まま残っておりましてまずっと当時のもの ではないと思いたいんですけどそれなりに 結構こう古ぼけた木を使ってて列車が通過 するたびにミにし音を立てるのでそれなり に結構こうヒヤヒヤするそんな光景になっ て ますはいでこれはあの鉄橋に近づいて撮っ たんですけども幼少所この白い コンクリートですねこの辺新しく コンクリートになってたりとかね少々 やっぱり補習はされてるっていうのはこれ 分かりますましたでこれ撮影したのが17 時台だったんですけどえこの路線は本数が 1日4オフでバンコクから行く本数が1日 3オフしかなくてもう5時代が最終列車と なっておいますですので結構夜は早いです ねでこの列車が行た後はもう列車が来る ことないのでもう6朝さの始発までは静か な光景となっております でここあの鉄橋この3橋を渡らないと あの反対側のホテル行けないとかそういっ た場所になってましてここが唯一の道と なっておりますですので えかなりスリルがある場所ですねでご覧の に手すりもないところですのでここの 真ん中をみんな歩いてホテルに行ったりえ 楽しま記念写真取ったりとかそういう風な 場所になっておりますこれれはちょうど 夕やけですねで観光客はもうみんなニのと かに戻入っちゃったんですけどまもう地元 の方はお土産物やってる方とかはまこう いう風に脇としてたりとかあと左ちょっと どぎつい色にライトアップされてるんです けどこのようになんか観光のライトアップ にされ てなんてんですかねこういう風な感じに なってたりとかまあの夜は夜でまた雰囲気 がが違ってる感じがえ見て取れまし たはいで一番開けまして翌発さです始発は え向こうは結構日日の出が遅い時間ですの で66時代でこんな真っ暗でしたねでそこ をこう列車が来るんですけどもえ結構こう 眩しいですでもう周り真っ暗ですので 眩しい中列車がそるそるとやってくる状況 ですでその目標なんですけどたまたま行っ た時メンテンスしてましてあのどうや腐っ た部分だけをこう補修してるっていうとこ なんですけど日本だとこう工事の日程が 決まって何月何日かやりますって告知が出 てでその線路閉鎖ですかね一般の列車が来 ない閉鎖してる時間帯にやるんですけども これはもう定期列車の合間に そと合間だからやっちゃおうみたいな

そんな感じでやってましたなのでかなり アバウトな感じだなって見て取れたんです けどまこれが大流っていうですかね体の 流理っていうのかこんな感じで人海戦術で 腐った部分をこう交換してるっていうとこ なんですけどまあの近くで撮影させて もらってもオッケーだったんですけど上 から平気にものを落とすんでかなり怖い 状況でし たでこれ工事の人たちですねこうやって あの自家製の貨車みたいなですにこ工事 道具を乗せてこういう風に走ってるこう いう光景がちょこちょことなり ますでえっとさっきその1日3本つったん ですけれどもえっとどうやって調べた かって言とま実はインターネット最近 ネットが結構詳しい載せてる方がいまして あのタの公式ではなく日本チの鉄道ファが 公式的に自分の趣味で日本風の自刻機を 作ったサイトがありましてそれはあのま 検索して非公式自刻表サイトアジア鉄道 地獄表って検索すると出るんですけれども このようにまとめてる方がいらっしゃった んでこれを元に行きました結構正確になっ てましたねなのでこれを見ても分かるん ですけども本数がかなり少ないですで青い 文字の快速列車みたいなのがいわゆる観光 列車って言われる列車でバンコクからその え対面鉄道へ直接行く観光用の列車の地獄 になってますで朝出して夕方帰ってくるっ ていそんな時刻になってますでこれがその 観光列車なんですけれどもえDこの時は ディーゼルカーでしたえで客車列車の時も あり ます でこれがあのタイの観光客が多かった時な んですけどこんな感じで結構フリーラです ねで右側こうみんなペタペタペタペタ触っ てるんですけどこのこの時はもう速度は 本当に5kg10kmぐらいゆっくりした 速度ですでなんでみんな触ってんのかって 言ってま聞いたわけじゃないんですけど このガ板の先にえ火星洞窟洞窟って洞窟が ありましてその中にあの造がありますので それにちょっとあかりたいっていう気持ち みたいでこそう触っているっていう感じ ですねでそうですねこんな感じではい靴が はいありましてまお参りできる場所にも なってますでその脇をこう列車がこうそう いう感じになっており ますであの車内はこれはちょのあの午後の 時間帯だったんですけどま観光客が ちょこちょこといるようなそんな感じでし たででえせっかくなんだからま観光客は あんま行かないような駅に降りてみようと

思ってえちょっとローカルローカル駅って いうんですかねあの列車が交換する駅に おりまして行ったところも完全にこうごめ あれ飼犬じゃなくてドライなんですけども ドライはこうえ休んでるようなすごいどか な駅でし たでえ左手にこのいるんですけどこれ スマホずっと動画てたんですけどこの人は 駅長さんです駅長さんをこうやってこう ずっとさってたんですけど列車が来るって なったらこの右手のようにあのタブレット で通票閉塞っていうのがあるんですけど それを こう操作したりとかあとですね列車が通過 しますよつった時はちゃんとこういう風に お見りっていうですかねちゃんとした一応 仕事はちゃんとしながら休む時はだらだら 休んいう南国な感じ の雰囲気でしたでこれはなだあまりもう駅 さんにちょっとこうブり手振りで色々聞い たんですけどもうここの駅は観光客はまず 降りない列車の交換と地元の人しか来ない よっていうそんな駅ですたねなのでそう いったところも沿線には点在しており ますでこれがあの緑色のものがタブレ タブレットの通票器って言われるものでえ 日本にはもうほとんどないんですけども あの通票単線ですので行ったり来たりする 時に証明しようとしないように手形みたい なのがあ必要になってくるんですけどそれ をこう保管しといて前の駅でえ列車が通過 しましたよつったらこの機械からえ タブレットっていう真っ赤を出してちの キャリアっていうところに入れてさっきの 写真みたいに添えつけて列車がそれを取 るっていうそういうちょっと前まで普通に なった仕組みがまだタでは生きておりまし てそういった光景も見ることができまし たでこのように機関車が通過する時にこう やって受け取ったりと かこのような感じですねはいこういう風に 受け取るこういう光景が日常に残っており ますでえそう帰りこのはそあの南徳ていう 駅でえ泊まることにしましたので最終列車 で向ったんですけどもそん時は観光客は ほとんど持っておらずこういったもう地元 の親子連れですねが喉から乗ってるって こういう光景でし たでま一部観光客いたので後ろの方かな窓 を開けてわって見てるって感じなんです けどま本当にのどか選ですね でこれがあの南徳の駅に近くで左がクワな んですけどもこういう風に切り通し ちょっとした切り通しを通るシがあったり とかえこれは終点の生得なんですけどここ

で機関車を切りししてで左手右手の写真の 上側に機関車がこう着車引いててるんです けど実はこの終点は 坂道上にホームがありましてあの機関車が 今走ってるところが水平ラインになって ますなので結構勾配がある駅に構造になっ ててで客車がそこで対戦にいるとこで あそこで1泊して翌朝またえスイッチ バックして発車するそういうような駅の 構造になってましたでちょっと見づらいん ですけど右側の方も赤いシャツを着た人が いるんですけどこの人実は客引きであの 観光客迷惑もタシ屋さんなんですねで結構 観光客と見るとこうしつこく隙間取ってき てどこ行きたいのどこ行くのどこ止まるの バって言ってくるんでそれを結構知のが めどくさいところがありますやっぱまあ 観光化されてるってことはそんだけそんな 客引きさもだんだん増えてきたなっていう のがちょっと印象ですえま少しなかっ めんどくさいなっていうそういう光景もい つかありましたでえ翌朝さこの始発列車 ですねあの左手が生時の駅でこ右側が さっき言った大気線なんですけどそっから バックして出てくるシーンですま朝つても 全然真っ暗ですので あの結構足元悪いので注意していかないと 転んじゃいますね で新発駅の航空ですもこの時はもう ほとんど人乗っておりませんもう地元の人 が朝通勤で使う人とかあと早朝に出る観光 客がちょこちょこいたっていうテームでし たでえ左がさっき言ったアルヒさ場所を 渡ってるシンでえ右側がもうその新発列車 の車内ですねでこの列車も全部列車は車掌 さんが薄おいますので乗車したらすぐ車長 さんが来てどこまで行くんだとってそれで 切符を発見しますだからあの結構人が乗務 員が乗ってるっていう雰囲気はしますねで ここはあの自由に乗れる車両なんですけど も車両によっては対独自であの送料だけ 乗れる車両あとまあの対面鉄道ならではで ツアー客じゃないと乗れない車両っていう 風に分かれてますのでそれは中中入ったら 標識を見てそそれで判断するていうことに なって ますでこれはあのターキレンいう駅におり ましたでまなんとなく降りたんですけども ターキレンていうのは海面鉄道できた時 からあった駅ですのでまそれが今どうなっ てんのかなって見ようと思って降りたん ですけど降りた途端野犬だけでしてもう この風に駅前にも野良犬がいますしあの駅 の待合室にすら野良犬が鎮座してるってい そういう光景でしたでまあのタイのドライ

は多分強肩病の駐車を打ってない犬もいる ので噛まれると大変なことになりますので 可愛いっつつって近づいちゃうと危険です ので絶対それはやめてくださいとま観光の ガ言われるんですけどやっぱあのこの時取 てです後ろからけしく超えられたりとかし たのでその辺は注意していかないと ちょっと後で痛いになってしまいますで 右下は木が登ってきた時なんですけどもう この列車もうホームにいんのはまワン ちゃん以外の学生さんです学生さんが 多かったですで来た列車も乗ったらこう バイクで3人乗ってるのこれはもう通学の バイクですねこのように通学の光景になっ てましてちょちょポツポツ持ってるのも 学生さんですでもう今みな学生さんても もうみんなスマホ持ってので日本の光景と あま変わんないですもうみんな下向いて ますこのように下向いてますで左はなんか 見つけたらしくてあーって指さして見上げ てるんですけどその直前までみんなスマホ 見てましたで右側が車掌さんでこの時も 車内検察に来たんですけれどもでこれ 取らしてくれつ撮った後いきなりLINE のLINEのID教えてくれって言ってき ましてうんでLINEのIDを教えたら今 撮った写真をくれ言われてでそれでまこの 時レジガメで撮ったんでスマホに転送して それを差し上げたま今の本当にそういった 感じでもう写真も今すぐあげあげるとかま すぐLINEなるとかそんな感じにな世界 になっててますごいのどかな交感線なんだ けどちょっとデジタル化が進んでるなって いうそういうちょっと違和感も覚えました はい右側ちょうどさたアルヒ三橋なんです けどせっかくの絶景もスマホ来てますま 地元の子にとってはもう毎日の光景なので もやっぱスマホの方が大事なんですよね 多分こういう景になってますで左はま カップルさんだったんですけどこの2人は こういう風に見てたりとかまこんなのどか なのかつったけど現代風の合計になって ましたでえさっきの学生さんたちは途中の ワって駅で降りてちょっとなんか有名な 学校らしいんですけどその学校に帰ってる 子供たちがしたでその先また南徳まで戻る んですがその時はもうこんな感じで家族 親子連れか行商のおばあさんそんな感じの ポツポツと持ってるだけこれが朝の光景 でし たこんな感じですねもう子供が乗って るって本当に昔ながらのローカル性って いうそういう雰囲気でし たでえにつきまして実はなんか未確認の 情報でレールに後期ですね200600年

の刻印のあるレールがどっかにあるって話 を聞いてたんでもう下を向いて探しまくっ たら南徳駅の先のちょっと配線みたいな 線路の脇にちょっと右手にあるんですけど 2601と書かれたレールを発見しました でこのレールはもう既にこのように捨て られてるんですけどええ後期2601年の 表記のある矢生路線をレブですねそれが こういう風に無さに捨てられてのを発見し ましておそらくこれは対面鉄を建設した時 にえ鉄道隊があ日本から 設所にレールを発注したって記録があった のでそのレールの一部だろうと思いますで ちょっとレールこう引きで見ますと端っこ がくゆって曲がってますのでこれは おそらく脱線防止用のレールに使われてた ものじゃないかなって推測してますで今は もう線路レールの幅も広も太くなったん ですけど多分最近までこのように現役の 一部として使われていたんじゃないかなと はいであちこち他のレールも見たんです けど1910年とか1800何年って刻印 されたレールがあちこちに捨てられてまし てええ多分え建設した時にいろんな地方 からのレールを持ってきたて書いてあった のでえ多分そこの時代のレールじゃないか なと思っており ますでこの左手にある線路ナムから実は ちょっと先に続いておりまして え西陽のいっていうまタではちょっとした 有名な滝らしいんですけども滝の地点のと までが残っておりますでここはもう完全に 観光のための駅でしてこの滝に行く観光 列車がたまに走るそうですなので本当の 終点はこの最後のいという滝の地点じゃ ないかなと私は思い ますでその滝の駅のすぐ先にc56が1度 保存されてるんですけどこれが4号機です で多分 あのさんの本を読みましてえc 56のうち1番若い番号で現存しているの がこの4号機となっておりましてえ12号 機はビルマで行戦争中に行不明らしいで3 号機は単位に残ったんですけど77年の 香港映画で映画で爆破されたなんかで壊さ れちゃいましたっていうのでこの4号機が 今現存する1番 若いとこですでここもあの比較的簡単に 見れますのであのじっくり観察することも できますでも今となってもこんなもから 感じで猫が休んでいたり大らしい装飾がさ れていますのでで観光シーズになるとま こんなような感じですね周りもなっており まし てで滝が左手にあるんですけどその右側に

そのc56と配線跡対明図の配線跡が あるところが見えじることもでき ますでこれがあの2011年行った時1番 見合ってたんですけどもうあの滝で遊んだ ま白人の女性たち水着姿の人がいたりとか あと若い人たちはこれ修学旅行やってまし たえなかタの子供たちも修学旅行でここに 訪れるっていう風に言ってたのでその子た もいっぱいいる時こいうような光景もいる ことが時々あり ますはいでまた今年の写真に戻ってえこれ がえ加川鉄橋の今の姿ですねで列車が通過 する時だけ観光客はこの退場にいるんです けどもそうじゃない時はもうさ鉄橋の上に て記念写真引てきますでこのえ川本型の コラス教これはどやジャジャの鉄道から 建設の時ジャマの鉄道から持ってきたって いう風なことになってるみたい ですでえその熊川鉄橋のところにはえその さっき短兵剤側に慰霊費紹介したんです けど対側にも慰霊費がありましてこの 1944年に混入した え慰霊費が残っておりますでこのあの日本 語の他英語大後中国ベトナムマタミルまこ もちろんあの捕虜の方とあと周辺各国から 員された労務者の方 も向にこういうに遺費が書いてましてで ちょうど行った時はこうお花が叩けられて ましてえっと日本大使館とか色々書いてん ですけどちょうど2月の半間にタの日本人 海が出されで毎年イレ祭やってんですけど それがあった直後だったらしいですねなの でこのように喧嘩されておりましたまここ はあんまり観光客も来ることはあんまり ないですね本当にひりして残っており ますはいでそのク鉄のところにもほど林 さんの話にもなったんですけどc56が一 保存されておりましてここは23号機が 保存されておりで奥にトラック見えるん ですけどこれがあの式検鉄道検者っていう あの鉄道とトラックがハイブリッドになっ た権威者が鉄道連帯持ってましてそれの 保存車両となっておりますでこの車両は 結構貴重でして日本にもえっと練馬かな どっかの駐屯地に1両あるだけでかなり 貴重な車両でそもう1両がここのあの カチャーなりの加のとこに保存されており ますで23号きはもう綺麗にこう太陽台風 に緑色に塗られてるんですけどナンバー プレードだけ複製されてこのようになって おりますこれはもうすぐ線路沿いから見え ますで次はですねこれあのトブの機関区 っててバンコクにトブりって駅があって そこが対面鉄道の視点ま列車の視点なん ですけどもそこに区がありましてここに

ちょっと見学オーって言われたので見学し てきましたでこの時にこれ映ってんのは 戦後日本が先後賠償でえっと納入したかな リカ型タイプなんですけれどもあの唯一 現役になってるc56が2両ここに保管さ れておりますちょっと最後にこれを紹介し たいと思いましてえっと京17号機ですね でエス扉の負けでもというのもほぼ放置 状態に近かったんですけどもこのように こっちは15号機ですね保存されて保存と いうかまの同体用として整備されており ますでえっとその15号機の千林って1番 前にちっちゃい車輪があるんですけれども そこの刻印を見ましたら右側の刻印に3 っていう数字が見えましてどうやこのさ先 に千林だけ3号機のやつを使ってるじゃ ないかなと思いますちょっとあの職員さい なかった聞けなかったんですけどここに いろんな あの番号の使われてんですけど000人 だけ3号機でっていう感じで書かれてまし たでこのようにまちょっと食品に休んでん ですけど15号機がこういう風に残って おり ますでえ庫の裏はちょっと怪しいっていう かいろんな 廃車のパーツだと思うんですけど右側が その日本のなんかの機関車のキャブえ機関 室を採用したつ書になってて左のこの 大きいドリが形からしてどうやらc56 じゃないかなと思ったんですけどちょっと 刻印見てもその潰されててわかんなかった ですですからこういったものがコロコロと 転がっておりました はいでえっと今回旅で止まった宿最後紹介 するんですけどさっき言ったアルヒル サンバのところがサオリゾートっていうま 主にタの方向けのリゾートホテルになって おりますでこのようにもう完全に周辺は リゾート地に整備されておりますおります で南徳終点のところはこの左側の木造の 建物なんですけど今のホームステー採用 っていうこれも駅前旅館みたいな感じです ねでまそんなに5000円するかしないか だった宿なんですけど結構立派になって まし たで最後カチ殴りこれはあのシティホテ ルっていうところなんですけどこうS鍵が SLの絵なんですねで面白いことにここ 画室がありましてまてもい場なんですけど 部屋がこうなんかチノマっぽくなっており ますなんかちらって聞いた話によると日本 人の方がこれ作られた方っていう風に聞い たんですけどここはあのさっき紹介した 入れ慰霊費のすぐ目の前に名がありまして

え加川駅からもすぐね徒歩1分もかかん ない場所なの でこのホテルに泊まるの結構は利便性も 高くまちょっとバスタブもあるしSLの鍵 だしなかなかタミ鉄をれるにはちょっとお すめのなるとなって思いますでこれで ちょっと駆け足旅を紹介してきたんです けど実はこの旅の際私階段から転げ落ち まして天発車ちゃいました天してしまった ので旅する時は絶対保険に入って くださいちょうど南国で転業しまして人体 損傷してしまった ですなので気をつけてサビをしてください いうことで一応話は終わりにしたいと思い ますありがとうございまし [音楽] たどうもありがとうございました ありがとうございました2020年の中 直前に対応れましたけれどもそれよりも もっと 新しいとしましては使ってるのは人々なの でこのの様子を見ることで論を使てな とにもあのの要を発しながら学ぶという 感じ にるありがとうございましたえちょっとご 質問の時間を設けたいとこなんですがこの 後3時半からえ点を意しておりますので あのちょっとご質問はそれまでも次回のに 聞いていたという風にさせていただいて えっとちょっとお時間を紹介したいのは であの今日実はあの東海でも初めてあの イギリスの方のあの質のイギスのでこの タイにわられた方の孫さんが あのご参加をしてくださっていましてあの 私の講演でも申し上げた通り色んな国が 関わってえれたというでございますのでま 先生思えできたの非常にあの嬉しいことで もございましたちょっと事情がありまして 今日ここでご講演を教えて叶わなかったん ですけど是非あの一言ご挨拶をきたいと思 んですけれどもよしいですよ [音楽] はい はいこんにちはこんにちはあ徳島から地の 徳島から参りましたモトジジです常に 美しむ日本名10年前日本聞かしましたの で元々カナダ人で今日本人なりますで あの紹介ありましたのようにあのうちの イギリス人のじさんはま42年の2月に シンガポールで捕まってでずっと戦争が 終わるまでその対面鉄道の建設に関わった 1人ですでその3年半ずっとこっそりと2 期をつけててそれま彼がま無事生き残って その3冊の日記をタからイギリスまで 持ち替えてで戦後1949年にイギリス

からまおじいちゃんとおばあちゃんとうち の父と叔父がカダに移民しててでま彼が 亡くなった後にその日記が発見したんです 本人は一切そんなことも世なかったんです けどまあのものを整理してる間にそれが出 てきてでそれがま王子からあの僕に あの作業読む作業あしてくれませんかね 結局あま日本に住んでる日本に来ても30 年以上のあるですけどまさんはよく日本語 の 単語便所とか初期とかあの日本語分から ない人新でそれ分からなかったのでまそれ であのくれてで あのでそれの英語版とワク版を出してます もし関心があればま後ででもいいからあの 名交換しますあこれがあの有山有山格から 出版してますので高いのであの僕あの何冊 ありますので後 で送りますでまたあの申し訳ないけどDが 小さいけどもし感があれば英語英語英語版 あのつい最近また自出版しましたのでも これ山ほどありますのでもしあの従業の中 でも使いたいのでもういくらでもあります のでまそういう関係であの是非今日の講演 会をまた次回でもおじさんの話も詳しく 説明したいと思いますといまし た突然のご紹介で申し訳ございませんでし たえこのように今回初めてえま日本部から すれば国のあのご縁の方を管にしたという 表現になってしまいますけですてしかし あのこれから我々があの行いますのは機関 者の前で全ての専門に対して異例を行うと いうことでございましてここにえ国の国境 はないということを私も常に思っていたし てそれが実現するとが来たので非常に 嬉しく思っております安信者っていうのは この後聞てもようと思ってるけど安神社 っていうのは日本人戦争でなくなった日本 人を祭った神社でございますので手を 合わせればいつでも日本人には入れが できるかその他の国々の国に関しては定 することができませんしかし経済に機関者 があることで関者に祈りを捧げるばそれは 日本時だけじゃなくて別の国の方々にも この鉄道に関係して先発した一にりが さげることができるそういうえま 素晴らしい空間がありそれを残したくてえ 戦争経験者はあこの授業をしたんだろうと いう風に感じしておりますまそれが今日 結構前に進むようなあことになりますので この後の点もさいまし続き内ごといただき たいと思いますえもありがとうございまし たそして 吉どうもありがとうごありがとう ござそれではえ第2部のえ講演会のお時間

これさせていただきますその後ま30分 近いお時間ですけどもありましてえ優秀間 のもそれぞれご移動いただきましてえここ 座席をご用意しておりますのでえそちら をという風に思っておりますのでよろしく お願いしますえ社の後ろにケースを展示し ておりましてそこにあのここにあるのは レプリカですけども本物の30年前に打た れた本物のを展示してますのでぜひぜひ ご覧をいただきたいと思いますあとえ 先ほどご参拝をされた方に対しまして神社 からお下がりをお預かりしておりますので 出口のところでお座りしますので是非1人 1つずつあのお菓子をお取りになしてご 移動をお願いいたし ますはこちらの席にはもう戻りませんので お荷を全てて ます [音楽] はい てっし はい うん 徳島あの僕は分離大学で15年あ そう桜先生が スポーツあほ そうあのに あえっとどうしても はいはどこ にから23時間 ぐらい昔あのカー働いててあの西武のそう そうブリティッシュコロンビアあじゃ大は バンクがあそうですUBCですそうですね あのネルソンとかゴールデンレベル ストークあ山のガドの仕事してはい8年 [音楽] ぐありがとうございそうにたんですけど そうかなと思っんですけど あのします あの先生あのえさんからあありがとう ございますいまし て200年ね はいあのおじさんの出版した後にその [音楽] 礼する方と観 するロテさんにお願いし てのを送ってロテさん が ルー じちゃんはうじゃないです [音楽] 島島徳島に

鉄道写真家吉永陽一氏が、泰緬鉄道(タイ国鉄南本線ナムトック支線)の現状(現在は廃線のタイ・ミャンマー国境の三塔峠やミャンマー国内のタンビュザヤも含む)を、氏が撮影した豊富な写真と共に解説します。2023年10月22日、靖國神社で行われた講演の録画です。

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