[紀行小説]ウツとアフリカ 阿呆自転車其ノ参【オーディオブック】
こんにちは動画ご覧いただきまして ありがとうございます今回の動画はノート にて掲載しております気候小説うつと アフリカアホ自転者その3のえオーディオ ブックになっておりますえ作品本文え写真 の無断での使用転載は禁止されておりませ んはいむしろどっちかっていうとどんどん 使っていただいてえいろんなところで シェアしていただけると嬉しく思いますえ YouTubeでのこの動画になっており ますのでえ再生速度の方早くしたい方 ゆっくりしたい方は自由にいじって いただいて楽しんでいただければと思い ます昔え僕がアフリカに行った時のえ アフリカの現地の人々に感謝を込めてこの 作品を送りますそれでは本編の方を楽しみ くださいうとアフリカアホ戦車そのファン 福田 ネズ初めに話が始まる前にお願いがあり ますもしあなたがこの話を読んで何か 感じるものがあればアフリカに関する寄付 を1000円お願いしますこの本は無料で 公開しますので本題を私に払う代わりに アフリカに寄宿して欲しいのですというの もアフリカを自転車で旅する中へ出会った 現地の人たちにいつか余裕ができれば支援 するよという約束を何度もしてしまいまし た本当は金額をつけて売ってその売上で僕 はきちんと寄付すれば良いのですが やっぱりお金が手元に入ると僕もちょっと は欲しいなと欲も出てしまいますし本当に 寄付に払っているのかクリアじゃないのも 良くないと考えていますそれに名前も売れ てない作家の本がそんなにたくさんは売れ ないでしょう無料で読めて面白かったら 寄付する そっちの方がたくさんのお金がアフリカに 行くんじゃないかなと思いますし本題に 支払うよりも寄付に支払う方があなんだか いいことしたなって気持ちになれて皆さん も幸せじゃないかなと思うのですそして 読み終わったら分かるかもしれませんが アフリカのパワーがあなたに帰ってくるん じゃないかと僕は考えていますアフリカの 人々はお金については貧乏をしていますが 人間としてのエネルギーという点では本当 にパワフルですそのエネルギーを寄付を 通して受け取ってもらえればそんなことも 考えております 金額については本当はこの本は1000円 で値付けしようと考えていたので 1000円寄付していただけると嬉しい です50000円の価値だと考えれば 50000円でもいいですし100円でも いいですあるいは分割払いで毎月100円
ずつ1年間でもいいです寄付の先は unicefでもどこでもお任せします それぞれの団体によって理念もある でしょうし毎月の寄付だけを受けている ところもあればunicefのように 大きいところはWebから1回切りの寄付 も受けていますこの話は1000円以上 価値があると思っていただけたらよかっ たらこの本をご友人さんに紹介して くださると幸いです1人が高額な寄付を するよりも多くの人が少ない金額でもいい ので寄付をする方が効果は大きいと考え ますこの本を通してアフリカの旅で私を 助けてくれた多の人々へ恩を返せるばと 思っています話が始まる前に腰負ってすみ ませんそれではアホ自転車アフリカ編 始まり ますルート全体図 です タンザニアマラウィザンビアボワナビアの 5カ国約3ヶ月で約5000kmのルート となってい ますうつ135歳妻と3歳の息子は1人 住宅ローあり畳の上で炎を眺める旅の時に 求めていたものが全て揃っている日々安全 な家治安食事水所有物安定したサラリー妻 子供も家庭マイ ホーム自転車1台でアフリカを旅していた 日々の過酷さはかけらもない安全で清潔命 の危険はないでも僕は自宅の部屋から出 られない原因不明の絶望に包まれて 立ち上がる気力が出ないあと何年かしたら 息子も小学生になりこの部屋を使うことに なるだろうこの部屋から出ないといけない 笑にもすがるとはまさにこういう気持ちか 過去の自分の冒険に救ってもらおうと昔 アフリカを自転車で旅した日記を開く日付 を見るともう7年もの日々が過ぎていたの かとため息をつく7年短くはないがそんな ものかまだ10年は経っていないの かアフリカの日々はもう前世のことのよう に遠く感じられるこの部屋から出てもう 一度僕は自分の人生のペダルをこぎ始め ないといけ ないアフリカ1穴に落ちてアフリカ人の 優しさを知って携帯を買わされる話 タンザニアダルエスサラーム アフリカ有数の大都市で治安の悪さも アフリカ有数と言われているアフリカ到着 2日目にして僕は道路の真ん中の謎の穴に 落っこちて早速旅が終了しそうになって いるマンホールにしては浅すぎる道路の 真ん中これは何の穴なの だろうただ太ももまで落ちてまだそこには ついていない荷物満載の自転車が倒れ
かかってくるこれ足の骨が折れてるんじゃ ないだろうか 痛いんだと思う興奮していてわからない 初めてのアフリカ黒人たちの行きかう町の 真ん中秩序なく走りまくる車たち2日目に して旅終了 か前回の南米の自転車旅が終わってから4 年ほど経ったある日自転車は売るものじゃ なくて乗るものだそう言って僕は自転車屋 を退職してアフリカに行くことに決めた どうしてアフリカなんだろうそもそもどう して自転車なんだろうなんで旅に出るの だろう かの有名な松尾ば将先生はそがのもに尽き て心を狂わせ同人の招きに空いて取るもの を手につかずと言っているそぞろ神ってな んだかよくわからないけれど確かに僕も 祖神には何度もあったこと何度もあった ことがある気が する眠っていると夜に自転車旅の夢を見る のだそれは大体すごく困っている夢だ突然 全く知らない土地に放り出されて言葉も 通じなくて困っているとかテントで寝てい て外がすごいでどうしようもしかすると 肉食汁が外まで追ってきているんじゃない か と自転車で走っていて目的地だと思ってい た土地がどんどん遠くに行ってしまって いつまで立ってもたどり着かないいくら ペダルを踏んでもなぜか自転車は前に進ま なくて代わりに道がズルズルと伸びて目的 地の方が遠くに行ってしまうとかはっと 起きると汗をかいていてああ夢か夢で 良かったと思うんだけれど夢だったのか そうかと残念な気持ちになる多分そういう のが祖神さんの仕業なんだろうと 思う自転車で旅すれば怖いことも多い そんなことは分かりきっていることなんだ から自転車なんかや旅しなければいいんだ けどどうしてだか自転車へ旅したくなる それもアフリカなんて危ないところをどう していきたくなるんだろうか我ながら 分からない冒険化精神多分そういうのは あんまりないと思うそもそもアフリカ大陸 とはいったって登山なんかと違って自転車 が走れる道は舗装されていて車も通ってい て人間が住んでいるひ屋登山なんかとは 違う当然紛争地域なんかも通らない旅行 雑誌のいい景色を見てここに行きたいとか 美しいものを食べたいとかそういうのは ない旅行雑誌のいい景色を見てここに行き たいとか美味しいものを食べたいとかそう いうのはない自転車旅というのはただ走る だけ本当に驚くほど走るだけ道中に観光 名所があれば一応観光もするけれど基本は
走って食って眠る場所を探して人と探して 本当にそれだけ だだから今回のアフリカというのも特別な 理由はなくて祖神さんが寝ている間の僕の 耳に吹き込んだの だろうヨーロッパやアメリカのような綺麗 なところはピンとこない単純に現実問題と して旅費が厳しくなることもある物価の 高い国だとどうしても月に必要な宿台食費 がかむそういうところは年を取ってから 改めて言ってもいいインドもいいなとか なんたらスタンとかの名前の中央アジも 楽しそうだなとか色々考えはしたけど アフリカ以上にしっくり来るところは なかった場所先生は同祖人の招きと言って いるがアフリカにも同祖人はいるのだろう か祖神様のお告なのか単純に僕はアホな だけなの かそがの夢が増えてきた頃僕はアルコール 依存症一歩手前でポケットにウォッカを 忍ばせて休憩時間にトイレで一口飲む含む なんてバカのことさえ試していた 仕事が終わったら家に帰る途中のセブン イレブンで仏壇なんかにお供えするようの 小さス仏壇なんかにお備えするようの 小さいスーパードライを買って一気飲み するそれで気分が晴れればその道を直進し て帰宅して1人でのんびりと飲む寂しい ような気がしたら左に曲がっていつもの バーに行って誰かと飲む誰かと話したいの かでも話すことなどない音楽のお話をし たって小説の話をしたってどこかうつろな のだそんな話をしてその先に何があるんだ 同世代はほとんどいないおじさんばかりだ 安くないきちんとしたバーだから飲み屋の ような雰囲気じゃない話を楽しむという より静かに酒を 楽しむビールとズブロッカーを頼んで チェーサーガーリにビールを飲んでもう1 杯ズブロッカーを飲んだら2600 だそれでもまだ気が済まなければ2つ隣の 駅の米軍基地の隣の裏ぶたバーに行って 焼酎を 飲む11時を過ぎたくらいに小説家の先生 のおばちゃんがやってきてUFOにつっ てって話し合って最後は数年前に殺人事件 があったベトナム料りに行く朝まで開いて いるが深夜は店員もソファーで寝ていたり する入ると起き上がって片言で いらっしゃいと言ってくれる辛いだろ本場 の軽さだろう還暦近い小説家の先生は元気 だ日の出が来るまであと少しの時間になん でこんなに辛いものを食わなくちゃいけ ないんだろうと思いながら言いながら水を ガブガブ飲むとアルコールでくびれ切った
胃袋に激辛のものが入ってなんだかんだで 癖になるそうやって自転車屋の安い給料を ほぼ全て酒に溶かして休みの日だけは朝の 3時に目覚ましかけて自転車で走りに行く 夜の9時まで走ると18時間300km くらい走れるので関東平野の大抵のところ と西は富士山の裾くらいまで行ける アフリカかいいなどんどん行けや行けお前 は体験するタイプの人間だアフリカには 第一交代ってのがあるらしくてなそこから 人類が始まったとかなんとかで多分UFO なんかにもつがるぞ先生は相変わらず小説 についてはほとんど教えてくれないけれど UFの話は長い朝までUFOだ仕事の方も 小説の方はあまりやっていない小説は金に ならないとはいえちゃんとした出版社から 小説も出した先生なので何かしら分の仕事 はある らしいお前だめだよ先生にUFOの話振っ ちゃ止まらないんだから先生がいない時に マスターは言うUFOの話したっていい けど周りに振るなよお前のところで先生と 2人で完結させる先生には奥に座って もらってお前がその手前お前がこの店の UF取りでだ酒に溺れてぼんより音楽聞い ているかUFOの話をしているかはたまた ずっと自転車こぎ続けているかそんな具合 なのでシラフの時間がきつかったそがの 正体はアルコール依存症だったのかもしれ ない我ながら全くアホだでもアホじゃない と自転車では振りかなんかにはいけない アホで結構むしろアホでよかった 自転車屋を退職して南米に行く前にも働か せてもらったやり方の山小屋に住み込みで 半年働くそれで100万ほど作れる山の中 の小屋に住み込みだから金も使わない アルコール依存症には嬉しい4l入の焼酎 大五郎はなんと会社がただで支給して くれるから稼いだお金をほとんど減らす ことなく旅費が作れる往復の飛行機が 25万円宿ダイヤ食費は月に10万円 ちょっとあればなんとかなるから3ヶ月で 30万円余裕を見て50万円あれば十分 だろう最低限の自転車の整備費用で 10万円ほどあとは今回はせあとは今回は せっかくなのでキリマジロに登りたいので その費用が20万円ほど100万円あれば なんとかなる だろう予防摂取はよくわからないできれば 還元と大熱病とマラリアくらいは対策し たい けれど今回はアフリカ好きだね昔もお世話 になった先輩が言う随分と丸くなった 穏やかでくじかすなくお酒もみんなの前で は飲まず1人でゆっくりと飲むようになっ
た昔は何かあればすぐに感触を起こす人 だった酒癖が悪くて飲むとすぐにプロレス が始まる昔はスキーで国体強化選手で登山 もバリバリやる屈強な男なのでプロレスは 本当に危険だっただけど昔の方が好きだっ たもちろん根っこの部分は変わらない今も 山を愛しているのは伝わる人間年を取れば 色々ある立場も偉くなった たった5年ほどで山小屋のメンバーの 顔ぶれも随分変わった昔はもっとヒッピー みたいな連中や山が好きで山に暮らして いる人がいい意味で浮離れしていた言う ならばアホ仲間のような人が多かった小屋 の中にまで携帯の電話が届くようになった せいか下界と変わらないような話題が増え た山小屋にいる人々は山から降りた平地の 普通の町の暮らしのことを下界と呼ぶ槍は 福構成いいよね半年でも社人扱いしてくれ て年保険もちゃんとしてくれるし下山時に ボーダンスも出るもん ねまともと言えばまともだ山小屋は長くい すぎると下界で働きにくくなる山小屋の 仕事も過酷には違いない大雨が降ったら 上流の沢から引っ張っている水を受ける イト缶が飛んでしまうシーズン初めに沢の 上流の脇水の近くにイト缶を設置してそこ からずっとパイプを小屋まで引っ張って水 を確保する最初の設置も大変なのだが大雨 の中これを直しに行くのは本当に厄介なの だ大雨で雑炊しているところをサを渡って 一途感をいい位置に固定する雑炊も危ない し大雨だと落石のリスクもある月に1回6 連休があるがそれ以外は休みなしなので3 週間は錬金だハイシーズンだと2ヶ月休み なしのこともある休みも下山に半日登るの に半日必要なので実質1日は潰れる最寄り のコンビニは徒歩4時間にバス1時間だ から休みの日以外で行くことはできない 寝室も相部屋だからプライベートはない シーズンの始まりは4月の雪山に ヘリコプターで連れて行かれるスコップ1 本で小屋を雪の中から掘り出す入り口まで 掘り当てたら入口の雪囲いのベニアイタを インパクトドライバーで外して中に入って ストーブに火を つつける年によってネズミや獣の被害も ある野生動物にとっても雪山で生き延びる ためには食料も残っている山小屋は格好の 場所 だ日々の暮らしも朝は日の出より早く起き て仕事を始まり夜は8時半には発電機を 落とすから電気なしになる途中の休憩も 短い8時間はUに超えているが残業はつか ない労働基準法に違反しているかもしれ ないがみんな山が好きで山にこもる前提な
ので言うなればディズニーランドシステム だ好きな仕事なら給料は安くても大丈夫 それにしって山小屋はディズニーランドと は随分駆けはね山小屋はずそれにしたって 山小屋はディズニーランドとは随分 かけ離れた過酷さが ある そうは言っても山が好きな人間にとっては 山の暮らしは楽しい山の中にいて流れる 時間は素敵だ大変だと思うことも何 シーズンか過ごせばさほど大変でも なくなってきて下界にはない居心地の良さ がある逆に下界で生きづらさを感じるよう になる働けないような気持ちになってくる 実際には山小屋で働けるだけの適応力が あれば下界でも仕事は見つかるはずなのだ が普通の世界で普通に社会人をしている人 とのギャップを感じてしまって外界に降り づらくなる夏は山小屋に冬はスキー場にと なっていくもちろん当人がその暮らしを気 に入っていればいいのだが中には秘めを 感じる人もいるそういう点では携帯が 繋がるようになってまともな人も増えて 人生の中の通過年夏休みとして少し山小屋 にいてリフレッシュしたら社会人に復帰 するいいことなのかもしれないだけどアホ な人は減っ た僕が山を離れている間にいろんなことが 過ぎ去った先輩はずっと山に その先輩いたから僕はまた山で働かせて もらおうと思った先によってプロレスも 始まらない平和な山越はどこか寂しいもの があっ た下山して必要なお金を手に入れて フライトの日程まで実家にいる間に下山の 開放換のまま旅費の一部がお酒に溶けて しまった上に毎日お酒を飲んでいたせいで 予防摂取も受けず自転車の整備も中途半端 なまま出発の日を迎えることになる下山の 解放感は大きい刑務所になど入ったことは ないがバの空気はうまいお金さえ払えば何 でも買える日の出前に起きなくてもいい 自分だけの空間があるそしてアフリカは さすがに死ぬかもしれない会える人には 会っておかないとそう思うと誰か知り合い を捕まえられたら飲みに出かけるこれから アフリカに行くなんて話題の塊りだから話 は尽きないだらだら長なが飲んで しまうそれで気づけば随分とお金は減って しまって残った旅費は80万円飛行機に 25万円キリマンジはやっぱり登りたい から20万円を確保して現地での宿台 なんかは 30万現地での宿台なんかは35万円余裕 は減ったが1ヶ月10万円あればアフリカ
なら問題ないだろうテントなんかは南米の 時に使ったものも一式あるので最低限の ものは問題 ない関空でチェックインしようとすると 自転車にテントにクッカーバーナー予備の 部品に最低限の工具とパンパンの荷物は あっさり重量超過して詰めないという いやいや事前に確認したら自転車は 150ドルのチャージって言われたし自転 車とベッドで2kmまでは大丈夫って言わ れましたよ仮に超過しても重量超過につい てはお金を払えば問題ないって言われまし たよどこに問い合わせたんですかカタール 航空に電話しましたよ乗り継ぎはカタール ですが韓国の委チまでのこの便は足穴航空 なので足穴のルールなんですよでも チケットを取った時にはカタルって書いて あったからカタールに聞いたんですけど コド車屋便なので色々難しいんですね とにかくお金はかってもいいので自転車を つませてくださいそうしないと自転車で旅 をするためにアフリカまでのチケットを 取ったのに意味がなくなっちゃいますし 何よりも僕の人生でアフリカに行ける チャンスはこれが最後かもしれないんです 無理やりお願いして最終的には 40000ドルのチャージで荷物は 受け入れてもらえたそれでもいきなり 400ドルがなくなったさらにチェック インで重量釣果を減らすために手荷物に 移した荷物の中に間違えてナイフや工具 予備のチェーンなんかまで入れてしまった ので没収される韓国同ハでの乗り換えの度 に次々とダメなものが見つかって募集され ていくあの僕これから自転車でアフリカを 横断するんですけど許してもらえませんか ねその辺の装備がなくなると死んじゃうか もしれないんですよなどとお願いするわけ にもいかないので仕方がないからと飛行機 でビールをガブガブ飲む足と違って カタールは中東系のエアラインなので サービスも いい持って行った装備について興味のある 読者のために簡単に書いておきます興味の ない人は読み出してくださいテント洗い テントアライズ2登山テントの定番軽くて 設営が楽で風にも強くてテント内の居住性 をゆったりしていて便利1人用のエア ライズ1でもいいですが自転車の荷物 なんかをテントの中に入れることを考える と23人用のエアライズ2が便利ですでも 僕のエアライザ南米の時に骨が曲がって しまっていてそこにちょっと穴が開いてい まし た寝袋ドイターの下線0°まで対応ただ
実際には3度くらいまでが快適に使える 本気を出したらマイナ5°ぐらいでも夜は こせるけれど夜に何度も切ることになり ますアフリカは寒くはないのでもっと薄い ものでもいいですしなんだったらなくても なんとかなりますキリマンジャロ登山では レンタルも可能なので普段の野宿に使えれ ばOKですダウンの方が軽いですが塗れる と復活は大変なので僕は河川をアをしてい ます銀マット石スポーツのオリジナルの もの安いのにそこそこ分厚くて良かった ですエアマットはコンパクトですが寝心地 が嫌いです自転車を飛行機に積む時の干渉 剤としても便利ですクッカー関係安いやつ ブランド忘れましたフライパンだけ エバニューのマーブルフライパン フライパンがあると色々便利ですコップは 木のコップ金属のカップでもいいのですが 熱い飲み物を飲んだりインスタント味噌汁 を入れる時に木の方が嬉しいですナイフ ビクトリノックスハサミ付きのもの旅では 意外とハサミは重宝するただし空港にて 没収後に現地で果物のフを買うも果物も6 に切れなかっ たバーナーMSRウィスパーライト ガソリンを燃料に使えますアフリカでは他 のカートリッジガスや燃料エタノールは手 に入らないので実質的にガソリンバーナー 一択になりますガソリン式だと他にも MSRだとドラゴンフライがありますが音 が大きいのでウィスパーライドが使い やすいですあとは日本の外も一部ガソリン バーナーのラインナップがありますただ バーナーやクッカーはなくてもアフリカの ように物化のやすい地域だと外食でも問題 ないのでこの辺りをざっくり装備から省く と軽量化できますただやはりバーナーが あると便利ではあります釣り用の折りたみ バケツ洗濯する時に便利熱いシャワーが出 ない地域が多いですバーナーと 組み合わせると温かいおいで体を洗えます 水シャワーでも問題はありませんそもそも アフリカを走っているとシャワーなんか 浴びても浴びなくてもどっちでも良くなっ てきます一眼レフカメラペンタックス ただしめどくさくて結局スマホで取ります コンデジオリンパスタフタフなのに割と 壊れますタフに使いすぎるせいでしょう ノートパソコンasの軽安い軽いやつただ wi-fiが飛んでいないので結局使わず コンセントの変換アダプター着替え インナーは2組長ズボン半ズボンか対策用 に長袖のシャツ側管タオル1枚側管タオル があると服を手で洗濯した後に一緒に絞る と脱水できて便利です手ぬい2枚本手ぬい
は薄くて万能ボロボロになったりどこかに 行くので2枚やると便利普通のタオルは かわるので持たない予備部品チェーン ワイヤーブレーキシスポーク3本チューブ 4本パンク修理パッチ黒ビニールテープ 針金一巻何かの時に重宝する工具トピーク の携帯工具チェーンカッター付きのもの スポーク補修用ニップル回しラジオ ペンチソーラーパネルと大容量のモバイル バッテリーソーラーパネルは使わず大容量 のモバイルバッテリーは非常に便利2万 MAのものだだったので携帯を5回ほど満 充電できたアフリカは停電も多いので 助かるソーラーで充電するのではなく電気 のある宿でモバイルバッテリーを断すれば 問題 ない本キンドルで賄えた時代の進歩ですね 昔は散歩ほど昔は3冊ほど持っていきまし たが意外と邪魔でか重かったこれに加えて 実際に走る時には水を積むので重量は かなりの量になり ます飛行機の高度が下がって窓の下に 広がる本物のアフリカは実に良かった テレビ番組の動物気層店街で見るサバン ナってやつの本物が広がる関空出発韓国同 particularと乗り越えて たどり着く本当にサバンナである自転車1 台であんなところを走るのか確かに道 らしきものがあるように見えるおいおい 本当のアフリカだな冗談みたいに本物の アフリカだ恐怖心よりも心踊る気持ちの方 がはかに大きいタンザニアの ダルエスサラームの国際空港は小さい国際 空港とは信じがい日本だったら地方空港 より小さいかもしれないとにかく舗装され ている場所が少ないもちろんランディング に必要な滑走路があれば他は舗装されて いる必要などないのだけれどなんというか 土だ土が多いアフリカの 土1時間半のディレイで夕方5時の到着 アフリカ有数の治安の悪い年日没までに宿 に到着しないと厳しい急がねば自転車を 組み立てる心臓がドキドキなるのが 聞こえる手が震える40000ドル両替 するさ束になる両替する金額は大きすぎる 気がするが国際空港の両替場なら ぼったくりや偽札のリスクは低い走り出す 空港の外の道路の脇には黒人たちが 座り込んでいる大人たちが座り込んでいる のは日本だと大阪の西成くらいだろう商品 を広げている人もいれば西成と同じように ただ座り込んでいるらしき人もいるただ 西成のような的な雰囲気はない車は多い 信号がうまく機能していないみんな自由だ 地図はよくわからないスマホのオフライン
地図はなぜかうまく現在地を示さない一応 紙に印刷しておいたGoogleマップを 見る現在地はやっぱりよくわからないこれ ネルソンマンデラストリート通りの 曲がり角で聞く真っ黒な黒人日本人の僕に はそれだけで怖いだが話しかけると意外に もやかに教えてくれるとはいえ僕の英語は つたないし相手もどうやら英語は拙い どんどん歩道が狭くなって露点が増えて人 も 増えるゴミゴミしていて人が多くてなんと なく汚いこれってスラムってやつじゃない のか赤道に近いと言えどどんどんと火は 傾いて暗くなっていく僕大丈夫なのか黒人 の群れの中を日本語でごめんよごめんよと 言いながら荷物満載の自転車を押しながら 進む暗くなってきた僕は死ぬかもしれない たどり着くのかホテルにたどり着くアイム 福田 ブッキングしかし相手ははてなという顔を する予約の紙を見せると君がブッキングし ているのはダウンタウンスイートここは ドンスイートホテルダウンタウンスイトは あっちそうなのでもごめん僕は今日が アフリカ初めてで夜出歩くのが怖いんだ 部屋が開いていたら止まらせてほしいそう してなんとか生き延びることができ た ドンスイートホテルの窓から高い建物も あるが補修のための足場は 木星そして2日目の今日そして2日目の今 僕は穴に落ちているなぜ穴なんかに落ちる のか道よく黒人さんたちも怖いいつ後ろ から刺されて身ぐるみ剥がされても おかしくない怪しいやが近寄ってこないか 最新の注意を払いながら自転車を進ませる 1番厄介なのは道路を渡ることだ信号機は あるのだがどうも機能していないいや信号 はきちんとついているだけど車は信号とは 別のルールで走っているのかあるいは タンザニアの信号は赤は止まれじゃなくて 少し気をつけながら進めというルールなの かとにかく日本人の僕には理解不能な秩序 で車たちは走っているアフリカ有数の大 都市だけあって車も多いのに信号の秩序は 謎で現地人が渡るタイミングを真似して何 とか道を 渡る車と高人たちに注意して進んでいると 突然足元が抜けて穴に落ちたというわけだ 下を見ていなかっ た痛いと思う緊張と興奮と恐怖が ごちゃ混ぜで本当の痛みはどの程度か 分からない折れていたら旅は終わりだ やっぱりアフリカはさすがに僕にはレベル が高すぎたもうだめだおいおい大丈夫か
黒人が駆け寄ってくるそれも1人じゃなく てあっちからも僕を穴から引き上げてくれ て自転車を道の端まで運んでくれたうん 大丈夫 イムOKサンキューベ マッチよかったよかったこの辺穴あるから 気をつけろよなんて言って去っていっ たどういうことだろうこれがアフリカ有数 の治安の悪い年ダルエスサラームなのか 自転車の旅でのトラブルはこれまでにも何 度もあった穴に落ちるのは初めてだけど 真夏に喉が乾いて街外れでぐったり しゃがみ込んでしまうようなことは何度か あったそれでも今みたいに一瞬で人が 駆け寄ってくれて手を差し伸べて助けて くれたことは初めてだ穴に落ちたとは言っ たって片端がはまった程度だ大事件って いうほじゃないそれにも関わらず彼らは ノータイムで駆け寄ってくれた当然チップ なども要求するでもなかった深呼吸して 落ち着きながら痛みが骨折やないか確認 するアフリカ人の優しさに感動しながら アフリカ人に対しての偏見をはじた大丈夫 問題ない多分アフリカも最後まで 走れる ダルエスサラームではやることがあった 予備のチェーンを買わないといけなかった 飛行機で間違えて手荷物に入れてしまって トランジットで危険物として没収されて しまったアフリカではちゃんとした チェーンを売っている自転車屋さんがない 出発前の情報ではスポーツ用の自転車を 売っているちゃんとした自転車屋さんは北 はエジプト南は南アフリカと隣接する国の 大きな町にしかないということだった つまり大陸の1番北と南台しか買えないと いうことだっ たダルエスサラームにもそういう店はない ようだったがチェーンくらいなら見つかる かもしれないと宿のwi-fiで調べると バイシクルドクターという Facebookページが見つかっ た情報頼りにバイシクルドクターの店を 探す海沿いを歩いて中心地から離れていく 生まれて初めて目にするインド陽 ダルエスサラームの中心はアフリカとは 思えないような高層ビルが立っている少し 離れると古びたアパートみたいになって さらにもう少し離れると途端の ほったて小屋になるそっちには絶対に 近づいてはいけない高層ビルからの途端の 小屋の楽さが すごい古いアパートのエリアが始まる辺り でさすがにこれ以上不可するとまずいと 思い引き返そうとしたらおじさんが歩いて
いたハローバイシクルドクターって知ら ないこの辺にあると思うんだけど穴に落ち た時に親切にしてもらったおかげかあまり 怖さもなく自然と声をかけることができ たん俺がバシのドクターだよ小崎って言う んだよろしくなそんなラッキーあるの なろうかしかし彼の風貌を見るにどうも スポーツ自転車を扱うような雰囲気には 見えない日本でさえスポーツ自転車なんて そこそこいい値段するましてアフリカで スポーツ自転車なんていうレジャー用品は 使う人ってそこそこ不裕層だろう彼には そんな雰囲気はない小柄で温和そうな黒人 だったそれでもチェーンを探していること を伝えると宿に一緒に行くから自転車を 見せてくれという一緒に宿に 戻るちょっとあんたローカルを宿に入れ ちゃいけないよ宿のおばちゃんにら いや彼は自転車を修理してくれる人なんだ 僕は自転車で旅しているから修理が必要な んだよどうしてローカルを宿に入れては いけないのかわからないは自転車を 見せる小崎は変速回りをチェックすると よし町に行こうと出発する僕1人では入り づらかった細い路地をどんどん行く途中で タバコを買う少年が加にタバコを入れて 歩きながら売っている何本えバロリしてる のでも一箱でいいよバイシクルドクターも 1本くれと一緒にタバコをするハロー ミスターよくわからない通りがかりの夏 までやってきたタバコを吸う崎がタバコを 回してやる1本のタバコを4本くらいで1 本のタバコを4人ぐらいで順番に吸う ジャパンホンダトヨタ ソニー彼らは英語は話せないすひごだろう それでもタバコを吸いながら行為的に接し てくれ たタバコ1本でワイワイと話は盛り上がる タバコを吸わると彼らは去っていっ た腹は減ってないか減ってるどっか店に 連れて行ってくれないか安くてうまい ところないOk俺の行きつけの店に しようやはり細い路地をくねくねと抜けて 現地時にしか入りそうにない定食屋らしい ところに入る意外とそんなに不潔でもない すヒゴでやり取りして注文してくれる フライドポテトを卵で閉じたようなものに ソーセージそしてコーラマクドナルドの ような綺麗なファーストフードという感じ ではなく芋を素揚げしたものに卵を落とし て焼いたというしそな感じのものだ ケチャップをかけて食ううまい悪くない 小崎の英語も流暢ではないそれでも最低限 の意思疎通はできるタンザニアは タンザニアはスワヒリ語がメインだから
英語を喋れる人が少ないということ隣の ケニアは英語は喋れるんだけどねそんな話 をする当然のごとく小崎の分も僕の支払い だだ500円もしなかったがアフリカだ から数10円で食えるというわけでも ないその後もローカルの人しかいない細い 路地をぐるぐる回りながら崎は観光案内の ようなことを説明しようとしてくれるがお 互いに英語は拙いのであまり会話になら ないそれでもローカルしかいない道を歩く のは楽しい元の道に戻るのが分からなく なるくらいぐるぐる回った頃お目当ての チェーンを打っている店についたがっしり した扉を開けて中に入ると駅の清スクの カウンターのようなスタイルでパーツレが ぎしりと並んでいる新品なのかどうか 怪しいようなものも 多いシノのチェーンが欲しかったが 見つからない聞いたこともない謎の中華 メーカーのようなチェーンしか ないああだめだ変テコなチェーンしか置い てないあっちの店に行こう小崎はバシクロ ドクターとなるだけやってこだわりがある 道向こうの店でも小崎がすヒゴでやり取り するシノじゃないがヤーバの遅延があった シノほど信頼できないが日本でも一応は 流通しているチェーンだミスター 100ドルだけどいいえ100ドル チェーン1本でそりゃ高すぎるよ日本でも シマノのチーでも3000円ほどだヤーバ だったらもっと 安いとはいえアフリカだとなかなか物が 入ってこないだろうからそれで高いのかも しれ ない小崎は自転車屋とゴソゴソ話していた がミスターごめんやっぱり100ドルだっ てという仕方がないので100ドル払う ダエサラーもば100ドルあっても チェーンが手に入る保証はないぼったくら れたとは思うがチェーンがはチェーンが手 に入ったのだからよしと するそれから携帯のSIMカードの話を するSIMカードはその辺りの露店で売っ ているそれを買ったのだが自分の日本から 持ってきたスマホにはサイズが合わなかっ たのだじゃあ携帯ごと買おう100ドルも しないよそう言って次は携帯屋に行く こちらはちゃんと値札がついていた日本円 で約3000円だったしかしそのスマホを 崎はなぜか道であったおばちゃんに渡して しまうマイシスターなんだ俺たちが散歩し てる間に設定をしといてもらおう本当 だろうかしかしその後も崎とブラブラと街 を歩くのは楽しかった他に特に買うものは なかったけれど日本人観光客が1人じゃ
入れないような普通のロジラをブラブラ 歩くのは 楽しい夕方になってそろそろ帰ろうと 切り出すと酒はやかにチップが欲しいと 言った確かに彼は1日付き合ってくれたの だ携帯はどうなっただろうと疑問にも思っ たが下手に深いしてトラブルになっても 困る10ドルを渡すと小崎はサンキュー それじゃあまた明日と言って去っていった 翌日小崎は現れなかった時間を間違えたの か僕が英語を聞き間違えたのか分から ない写真インド 洋ダルエサラームの 通りバシドクター小崎と うつ2ローソと 畳うになって最初に欲しいと感じたのが畳 だった家から出られなくなって妻にも会い たくなくて3歳の子供のまだ使っていない 子屋にこもって地べたに 座る電気を消してキャンドルに火を つつけるスマホの光が目に痛いスマホが なったらどうしようと恐ろしくて電源を 切っ たカーテンに微妙な隙間があって外に光が 入ってくるのがとも不安だったとにかく 暗くしたい段ボールをガムテープで窓に 貼る窓を開けなかったらロソの炎で酸素は 消費されて窒息しないかそんなわけないの に恐ろしくなって窓を開けて30秒かえて 換気する短すぎると酸素が入ってこないか もしれないかと言って何分も開けるのは 恐ろしい窓を開けると酸素が入ってくる からかロソの炎が大きくなって空気の動き に揺れたその動きを見るのは癒しだった 窓を閉じるとロソの炎はまた静かに止まっ た火が小さくなってくるとまた窓を開けた 死にたいと思うのにロソの炎で産気になっ て死なないか不安になるのは変だと 気づくどうしてこうなったのだろうか仕事 相たって順調だっった今年はまだ7月なの にすでに12件の契約をもらえている 小さい会社とはいえトップセールスである 自転車での放浪の日々と山小屋と自転車屋 の店長職そこから結婚のタイミングで肩の 仕事をして稼がなくてはいけないと必死で 独学で宅建の資格を取って住宅会社の営業 職につい た旗から見ると無茶な天心のようだったが 自転車で100枚のロードバイクを売って いた応用で家は売れるようになった もちろん最初は苦労したが子供も生まれる ということで必死に住宅の勉強をしたあは 自転車と同じでお客様の望をヒアリングし て適切な提案をするするだけだったある 意味では100万円のロードバイクを売る
方が難しかったロードバイクで100万円 は最高クロスの高級車だ中には200万円 近いものもある車で言うならベンツなんか を売るのと同じような感覚だお客さんも 本当に気に入った店でしか買わ ない人が何か高額のものを買うということ はその人の人生を豊かにできないといけ ないただ物の足では買わない100万円の ロードバイクを所有することで休日に殺そ と走ることでその人の人生が満たされて 豊かな気持ちにならないといけない逆を 言えば忙しい日本に生きていて貴重な休日 を豊かな時間にしてくれるものが1万円 くらいは安く感じるこの人からこの自転車 を買えば人生が豊かになる購入した後も この人のところに持っていって整備して もらったら気持ちよく走れるだろうそう 思ってもらえないと高額なロードバイクは 売れないセールするから売れるわけでは ない僕の転職した先の住宅社は大手の ハウスメーカーと比較すればずっと安くて 手頃な家を作っていただからそういう意味 では100万円のロードバイクを売るより も簡単かもしれ ない家としては安いとは言っても 2000万円前後はする大手が 3000万円くらいはすると考えれば比較 すれば安いにせよ生害年収のうちの大部分 を日本人は家と土地購入に使う年収 500万円の人でも40年で2億円だ家と 土地で5000万円使うということは一生 の労働のうちの1/4を家と土地に捧げる ことになるさらには車も中古じゃなくて 新車ファミリーが乗れるワゴン車となると 収入の半分近くを住宅ローンと車に使う やはり家は 難しい転職したばかりの頃は住宅の知識 などないから住宅の構造やキッチンなどの 設備についての勉強間取りの作り方耐震や 断熱などの性能のこと住宅ローの知識お金 のライフプランニングの勉強土地の知識 かたっぱしから勉強していく30代の転職 は厳しい20代の若者のように手取りしり を教えてくれ ない住宅業界未経験なので測線力までは 求められないものの接客業の経験はあるの だからその点では側線力でお客さんに対応 できることは求められる契約が取れるよう になれば 生き残れる契約が取れるようにならなかっ たら別の仕事をまた探さねばならない 生まれてくる子供のために死ぬほど努力し たタバコもお酒もやめた必死でやってい たら気づいたらお客様から契約をたくさん もらえるようになった実力主義の住宅営業
の世界なで収入も増えた自転車屋の頃の倍 近い給料に年間休日は2ヶ月近く増えた 自転車屋の頃は年間休日が70日しか なかった子供も元気に育って言葉も喋る ようになっ たでもある日会社に行けなくなった営業職 はお客様から断られることもある一生懸命 その人のためにいい家を考えてきたのに 拒絶されれば人間だから傷つく自動販売機 ではないストレスのある仕事だ時々なって ることはそれまでもあった今度もそれ だろうだけどいつか経っても元気やない 立ち上がるのさえ重たいただただ 重たい妻が仕事に出て息子と2人の時に 聞くお父さんがいなくなったら困るか な3歳の昔3歳の息子は話し始めて言葉も いくらか分かってきたところだそんな 難しいことは話しかけても内容は分かるま と特に暗い口調でもなくさらっとだ一言 だけ聞いたのだがお父さんとお母さんが 一緒がいいと言って泣いた普段はあまり 泣かないので驚いた悪いことをしてしまっ た言葉を喋る前の子供にはテレパシーの ようなものがあるのだろう漫画のような 超常能力じゃなくって言葉が喋れない分 周囲の雰囲気から致命的な問題を避ける ための観察力のようなものがあるんじゃ なかろうかとはいえ僕が死んだって家は ある住宅郎については死んだから団体信用 生命保険で関西される営業マとして家を 売る時に散々使ったフレーズを 思い出すアパート暮らしだともしもの時 残された家族は住を失ってしまうんですで も住宅ローを組めば男神に入ることになり ますので家を立てるって家族の住を確保 できるっていうことなんですよロンを組む リスク持ちを所有するリスクも確かにある んですけどそれよりもしもの時に残された 家族は安全に生きていく住を確保でき るっていうのは大きいんですよ皮肉なに 自分にそのフレーズは帰ってくる多くは ないが普通の掛け捨ての生命保険にも入っ ている日本国民ならで遺族年金も出る もちろんそれだけで生きていくことは 難しいんせよあとは月あとは妻が月に 5万円ちょっとパートで働けばひとまず 暮らしに困ることはないこの土地を離れて 実家に帰るにしても家を売ればそれなりの 金に なる親父金の問題じゃないんだよそうは 言ったって僕にできることなんてあんまり 思いつかないぞ料理選択掃除くらいの家事 はするけどもう仕事復帰も難しそうだし もう立ち上がるのがしんどいんだどこまで 行っても終わりがないそれにお前も3歳
くらいだから今なら父親の記憶も消える だろ人間3歳くらいの記憶はほとんど残ら ないって聞くよだからさあれだ記憶には 残ってないけれど母から聞いた父親ぞって やつで生きていける親父のことは何も知ら ない3歳の頃に死んだと聞いたいい人で 赤ちゃんの頃よく遊んでくれたと母から 聞いているが仕事で死んだと母は言ってい たが大人になるにつれ周囲の人の反応を 見るに父は事故ではなく自殺したんじゃ なかろうかということは察しがついた もちろん誰も真実を教えてはくれなかった しどこか公式な記録を探したわけじゃない 本当で事故で死んだのかもしれないなんて 具合にさお前の傷にはならない1番いい 方法じゃないかなと思うん だそんな未来のことまでわかんないよでも 家事してりゃいいじゃん専業主婦あんた昔 結婚する前の頃は憧れてただろいや暇 じゃん仕事せず家事だけしてそりは やっぱり厳しいよそれこそクソ袋だよ うんち製造マシン何もしないから何もし ないならやっぱり死んで保険金が入る方が いいじゃん新しいお父さんがいい人が来て くれるかもしれないし新しいお父さんが来 なくたってさ下手に父ちゃんとかいない方 が喧嘩もしないし家の中平和でいい面も 多いと思うんだいいじゃんうんち製造 マシンうんちうんちうんちって言ってたら 楽しいじゃんそうだなお父さんも小さい頃 はうんちとちんちんって言ってたら 楽しかったな 今はうんちって言っても楽しくないそうだ なお前とうんちって歌いながら踊ってたら 楽しいかもしれないなでもなんだろガッツ が必要になっちゃうんだよ元気を出すにも ガッツを出さないと楽しいって感じられ なくなっちゃう元気があるから楽しいん じゃなくて楽しいから元気が出るんじゃ ないのほらうんちって叫んでみなようんち うんち泣く子供を抱っこしながらそんな テレパシーの会話を想像するおまるに座ら せてうんちを吹いてやる僕が子供の頃は お腹が緩かったけれど息子はうんちが硬く て出にくいお尻を吹いたりお丸を流すには 硬いうんちの方が助かる自分でうんちが 吹けるくらいまで大きくなったらいやそこ まで大きくなったら記憶に残ってしまう だろううんちうんちやっぱり今の僕には 楽しいと感じられないだけどまだ難しい 会話もできない子供にお父さんとお母さん が一緒がいいと言われたのだからそういう こと だろう部屋から出られなくなって3日目に 何かいい敷物がないかと考え始めた2日目
までは尻が痛いことも気にならなかった 座布団くらいはあったただ座布団は具合が 悪い背中を壁に持たれると座布団が動いて しまったし横になるにも座布団だけじゃ 小さいかといって布団は違う眠たくはない 何かを考えている何をわからないいや考え たくない考えると途方もない絶望に たどり着くだけだ 子供のビニールプールを使えばドアの部で 首を釣っても排泄物で家が汚れるのは軽減 できるんじゃなかろうかただビニール プールで汚れを軽減できても父親が死んだ よにずっと住むのも気が引けるだろうし 売却するにも自殺物件は良くないそれに この前虫歯の治療してすごく痛かった死ぬ となるとそれこそ死ぬほど痛いんだろう 我慢できないほど痛いんだろうな生物とし て死ぬって絶対に避けるべきことだから とんでもなく痛いようになってるんだろう な我慢できる程度の痛みじゃ人間あさり 死んじゃうんだからそんなに痛い上に排泄 物に汚れてしかも残った家も住にしかも 残った絵も住むには演技が悪くて売るにも 自己物件に なる外の電柱で首吊るか敷地の外の道路の それなら自己物件にならないでも本当に 迷惑だよなストレンジフレストレンジ フルーツであるまいし近所の子供が見たり したら一生のトラウマになってしまうし それこそ住むのも売るのも大変だじゃあ僕 は生きていて何かしてやれるだろうか僕が 生きていて何か意味があるだろうか生きて いても死んでも本当に役に立たない考え 出すと愚なことは浮かばないただロソの炎 を眺める何も考えないよう にアフリカ に旅行ガイドでは絶対に食べてはいけない と書かれている食べ物とユバヤら和芸 にダルエサラームを出発する街から出発 するというのは恐ろしいがワクワクする 市街地が途切れることのない日本だと 分からない感覚だそれでも本質的には幼い 頃1人で行ったことないところに行く感覚 と同じだ初めてのお使いだったり小学校の 反対側の友達の家に1人で遊びに行ってみ たり初めて電車で県外に行ったり初めて旅 の自転車で謙虚を超えた時だったり初めて 旅の自転車で県境を超えた時だっ たりただ大人になるとこの感覚はずっと 少なくなるやったことのないものを初めて やればいくらかワクワクするけれど完全に 初めてのことも少なくなる怖いという感覚 も減ってくるいろんなものが予測可能に なる経験が増えて怖いものが減っていく 代わりにワクワクすることも手放していく
はめの初めてのことでもなんとなく予測 できるようになっていく大人になるって そういうことかもしれないいろんなことに 毎回ワクワクしながら怖いがっていたら 日々生きていくのに効率が 悪い自転車で海外を走る楽しみの1つは これだろう大人でも心から怖いと感じる でも忘れかけていたワクワクが前に進ませ て くれる町を出るさよなら文明とはいえ道路 には車も走っているしアフリカだって ちゃんと道は舗装されて いる地図を見たところ数10km生ぜ数 時間走れば町にもつくだろうしかし問題は その地図に書かれている町というのは我々 日本人のイメージするような町なのだろう かダルエスサラームの中心から離れ たラムの中心から離れた途端のバラックの ような小屋しかないようなところなの だろう かダルエスサラームを出発して少し下 ところで道路脇のレストランに入ってみた レストランというよりは日本のイメージと 一昔前の海の家のような感じだろうか屋根 はあるが壁はなかったダルエスサラームは さすがに大都市だけあって突然完全な何も ない地平線というわけじゃなく小さい集落 なようなものがポツポツ あるバナナらしバナナらしいものと何かの 肉ブンブンと早が飛んでくるこれ衛生的に 大丈夫なのかガイドブックだとそういうの を食べたら病気になるからやめといた方が いいよって書かれているのだろうとはいえ 問題なく食べられた味は美味しくはなかっ たが悪くはなかった隣の街はビーチの街で タンザニア国内では一応リゾート地らしく 宿もいくつかあったなんと宿にはエアコン もついていた我々日本人がイメージする街 と言って差し使え ないレストランの写真 ですバナナと肉 です道の風景の写真 ですリゾートの街を過ぎると厄介なことが 起きた砂漠のような木の生えていない エリアが続く集落の頻度がぐっと少なく なり道も細くなって舗装も悪くなる一応は 舗装されているが綺麗ではないそれでも 交通量はそこそこある工事中で舗装されて いないところを走らないといけない箇所も あった そして腹が減ったのにレストランが 見つからない小さい集落はある日本の村の 感覚よりももっと小さい小さな商店があり 水やビスケットみたいなものくらいは 買えるだがレストランの看板のある店が
ないのだもちろん商店にはパンやおにぎり なんて売っていないそして英語は一切通じ ないお腹減ってるんだけどレストランは ないと聞きたいのだが英語が全く通じない ことに加えてアフリカの本物の黒人で 話しかけるのが 怖いダルエスサラームで黒人にいくらか 慣れてきたとは言っても都市を離れた本物 のアフリカ人という感じがし た仕方がないから水とビスケットで走る 本当はダルエスサラームでスーパーがあれ ば水と食料をストックしたかったけれど スーパーが見つからなかったこれは誤3 だった大きな街だったらスーパーがあって パスタと缶詰くらいは買えるだろうそれ さえストックできればバーナーはあるので 職については何とかなるそう考えていたの がいきなり崩壊する レストランが見つからない何よりもその ことを誰かに聞く勇気が出ないバイシクル ドクター崎のようなやつがいれば助かるん だけどもう携帯は返してくれなくていい から助けに来てくれ 崎これは困ったなと思ったが道路脇に 手押してくるまで何かフルーツを売ってい た日本ではあまり見たことない緑色の丸い 謎のフルーツだこれ何身振り手振りで聞く 路上のフルーツ売りというのは不思議と声 をかけやすかった無縁べ無縁べどう食べる の適当にかじって皮を剥いで食べればいい とジェスチャーで見せてくれる食べると マンゴーだったマンゴーってこんな外見な のかうまいアフリカに来て食べたものの中 で一番美味しいかもしれないそして 安いそれでひとまずマンゴだけ食って走る ことにするこれでなんとか生きていける フルーツだから栄養感もあるので最悪 マンゴさえ手に入れば1週間くらいは生き ていけるんじゃないかと希望が見えた 1日走って地図に書いてあった街についた が想像していたよりも小さくて街とより それまでの小さな集落のちょっと大きい バージョンやはり日本でいう村よりも 小さいくらいのものだったこの辺でチープ ホテルないホテルホテルはないよえホテル がない仕方ないもう少し走るかでもこれ 以上先に走っても大きな街はなさそうだ けれどでもホテルがないんじゃどうしよう もない砂漠のような地形が終わって周囲に 緑が増える早速アフリカ野宿かそれも ワクワクするけれどそう言ってもさすがに いきなりのアフリカ野宿は無理があるそう いえば南米を旅した時にも同じだった ブエノスアイレスを出発して初めての夜町 に入るのが怖くて街外れにあった交番の
ようなところで野宿をさせてもらった宿を 効くのは怖くて野宿するというのも変だと 思われるかもしれないが野宿というのは どこでやっても使い慣れたテントに寝袋で 眠ることが できるでもさ南米とは違ってやっぱり アフリカは厳しいんじゃないかなライオン は出そうにないけれど島馬くらいは出るの かなどう思うあ大丈夫じゃないか危険な 肉食汁が出るなら村がフェンスなんかで 囲まれているだろうそうだよねただ強盗と かはあるかもねやっぱそうだよねでもこれ までだっっていろんなところで野宿してき たんだしなんとかなるんじゃないかそうか なそうは言ってもいきなりブッシュ キャンプは厳しいでしょ誰かの家の庭とか でさせてもらった方がいいよ英語はできる 人がいればなんとか一泊のさせてもらえる ように交渉できるんだけどこれまでの感じ 英語できる奴はいないだろうでも多分 大丈夫だよなんとかなるさ南米走った時も スペイン語は分からなくてもなんとかなっ て生きてたんだからさそろそろ限界だぞ次 の集落で誰かに話しかけてみようぜ1人 きりの旅誰がいるわけでもないブツブツと 1人で 語り合う道路沿いの集落が来る人なら たくさんいる何をしてるんだかわからない がダラダラしているハローアイム ジャパニーズチープホテルはないかそれか キャンプでもいいんだけどイングリッシュ は難しいやはりイングリッシュはダメだっ たそれでもここで頑張るしかない次の集落 はもっと小さくて状況はさらに厳しくなる かもしれないインターネットが高速で走っ てくれてればGoogleマッの衛生写真 の中で次の村を探せるんだけどSIM カードの失SIMカードの入手には失敗し て いる笑笑と人が集まるなんかこのジャパン 君困ってるみたいなんだけど詳しいことは 英語でよくわからないけれどなんかホテ ルって言ってるよでもホテルはないもんな そんな具合で何か話し合っているらしい これは厳しいのかもしれないまいっ たハローCanIhelpyouまさかの 英語は来たイングリッシュ okokどうも彼は村の教会の牧師のよう な人らしかったイングリッシュOKと聞い ておきながら僕も大してイングリッシュ などできないそれでも言葉の部品が通じれ ば意志は疎通できる安いホテルを探して いることを 伝えるこのこの村にはないけれどここから 10kmほど先の村にはゲストハウスなら
あるよ1万シリングも出せば止まれるよ 1万シリングと言うと500円ほどだ本当 にありがとうでもここまでもチープホテル ないかって聞いてきたんだけどタンザニア タンザニアには宿は少ないのああそういう ことか宿はちょっと大きい村なら大体ある よただホテルって言うとタンザニア人には 高級なホテルのイメージだからないって 言われちゃったんだと思うよゲストハウ スって言うと通じるよそれかユバヤら芸人 ユバ やそれがゲストハウスってことユバヤら 和げにスワヒリコだとそういうなまゲスト ハウスも通じると思うよユバヤらわゲーに ゲストハウス急いでメモ帳に書く生きるた の生きるための単語が1つ 増えるレストランもあるかなレストラン じゃないけどバーがくっついてるよ大体 どこのユバ芸も表がバーで奥が宿みたいに なってるよ看板とかは出てないかもしれ ないけど村の人に聞いたら連れて行って くれるよその他にもアイムハングリーはス ひり子でじゃあと教えてもらうジャンボ こんにちはあんでありがとうじゃあユバ ヤらバ芸人ジャンボアサンテこの4つが あれば生きていける彼にお礼を言って ボールペンを渡した日本のボールペンは ノック式でインクは最後まで使えて アフリカでは喜ばれると聞いていたので プレゼント用に日本で準備しておいた30 分ほど走ると次の真についたジャンボアイ amジャパンユバヤら和にゲスト ハウスジャンボとユバヤらゲの言葉がある だけで話しかけるのに緊張しなかっ た村人はジャパンかと盛り上がりながら スムーズにユバヤらは芸人まで案内して くれた初めてのユバヤラ芸人は想像に反し て清潔でベッドも快適だったトイレも推薦 でペーパーも渡してくれた現地の人は脇に あるバケツの水を手ですってお尻を払う 現地の人は脇にあるバケツの水を手ですっ てお尻を洗うらしいせっかくなので僕も 試してみたら確かに紙で吹くよりもお尻が すっきりした鞄の中のマンゴを食べて ぐっすり眠っ た 写真ユバヤらは芸人のきちんとした清潔な ベッドと かやマンゴ命綱 です鞄に入れれておけるしどこでも食べ られてカロリーも高いそして美味しい ですほんの少しの言葉が分かると旅は楽に なるとはいえいきなり現地人にペラペラ 話しかけられるようになるほど社交的な 人間ではないからしばらくはマンゴーだけ
食べて生きていたマンゴはエネルギーに なってくれた緊張感からかマンゴだけでも さほど腹は減らなかったむしろ体が軽く すっきりした気分に慣れたとはいえマンゴ だけで生きていくわけにもいかないその村 にも村の入り口には暇そうな人たちが何人 かぼんやりと座っていたじゃあと言えば 食堂なのか普通の民家なのかよく分から ないところに釣りて行ってもらえた土壁に 途端の屋根を乗せただけのような小屋で テーブルが1つとベンチがある だけハエがぶんぶん飛んでいて小麦か何か 焼いた何のようなものとものすごく甘い ミルクティーをもらえたミルクティーは プラスチック製の魔法瓶に入っていてそに はいっぱいハエがいるハエたちはこの ミルクティーは甘くてうまい闇つきだなと 盛り上がっているようだったおばちゃんが 手をかざして振り払いプラスチックの コップに注いでくれたスコブル甘ったるく て温かくておいしかっ た 写真普通の民家のような村のような食堂の ようなところえ食堂の 外観大人は英語が分からないけれど子供は 英語は分かる子も時々いたモスキート クリーム持ってないのマラリアになっ ちゃうよ宿の女の子は笑いながら言った 中学生くらいの年齢だろうかえ現地の人 ってちゃんとモスキート対策してるのもう マラリアになったら諦めるしかないと思っ ていたよどこで買えるのそこら辺のお店で 売ってるよ宿のベッドには火屋のネットは ついていたけれど川大量に行って大体 ネットに入ってくる長袖を着て対策してい たけれど薄手の長袖でなんかへっちゃらで 貫通して刺してくるマラリア予防薬を飲む のも考えたけれど現地の人も飲んでるわけ じゃないし副作用もあるようなのでまあ いいかと思ってい たモスキートクリームは買ってみたけれど あんまりモスキート対策の効果は薄いよう で相変わらずモスキートたちはやってきた クリームの蓋がきちんと閉まらなくて川の 中でこぼれて大変なことになった走るに つれて言葉が増えたビールは英語のビアで 通じるキリマンジャロというビールが 美味しい暑い地域のビールらしい薄くて さっぱりした味でグビグビ飲める何も言わ ないと常温のものが出てくることがある ベリーコールドはバルディサーナよく冷え たキリマンジャロビールはビア キリマンジャロバルディサーナで通じる ワリは米ニマが牛肉ククがチキン割りな ニマで米と肉うりお餅みたいな現地の
メインの主食手でこねて 食べるとはいえ大体は選択肢はないその日 その場所で料理しているものが プラスチックの皿に盛られて出てくるキリ マジロに近い地域になるとマサ族を 見かけるようになる写真を撮ろうとすると ワンピクチャーワンダラーとにこやかに 言わ れる写真ワンダラーワンピクチャーと スマイルで言わ れる正観な若きまさこちらはワンダラワン ピクチャーは言わなかっ た1週間もしないうちに日本から持って いったスマホが急に壊れたシカードがない のであってもも変わらなかったけれど むしろ壊れたおかげでSIMカードを手に 入れたいとか面倒なことを考えなくても 良くなっ たマラリア予防薬やその他予防摂取などに ついてえマラリア予防薬は何種類かある 飲み薬なので特に摂取が難しいということ はない薬によっては1週間1回だけの服用 でもいいらしい現地でも購入は可能だが薬 によって副作用で悪夢を見るなどの問題も ある必要な人は日本で手に入れてから行く のをお勧めしますマラリアは実際に命を 落とす病気なので価値はありますそうい つつ僕を含め長期旅行の人は予防薬は使わ ない人もい ます現地人は予防薬は高額なのと一生飲み 続けるわけにもいかないらしくやはり予防 薬は使ってないようですえマラリアに かかったら国連なんかの病院に行けば無料 でワクチンを注射してくれるから問題ない という現地の人もいましたがやはり マラリアにかかると大変だから気をつける ようには言われましたその他の病気につい てもアフリカに行く場合は一般的には予防 摂取を打つよう ですえ僕は昔読んだ本でそういった病気は あまり心配しなくても毎日自転車を漕いで いるような健康な状態だったら大抵は問題 ない現地でも子供や老人なんかはかかり やすいが成人男性であればさほどかから ないそれに現地人と同じ視線で世界を 楽しむなら現地人と同様に予防接を打た ない方がいいなどという非常に曖昧で 怪しい情報を信じることにして予防摂取 なしでいきましたえ単純にアフリカで摂取 あすいま ん単純にアフリカで推奨されている予防 摂取を全部物にはそれぞれのワクチンを 期間を開けて打つ必要があるため半年 くらいかかるしお金もそこそこかかると いうことと資金集めを山小屋にこってやる
もんだからスケジュール的に病院に通え なかったということもあります代わりに過 策として長袖のシャツを持っていったり水 には気をつけるなどはしました仮に病院に 行けたとしても僕は病院が苦手ですしあの 頃の旅への衝動は強烈だったのでやっぱり 予防摂取はしなかったと思い ますそれでもマラリア波風熱病くらいは 対策しておけば安心だったかなと思います 実際にはどの病気もかかる時にはかかるし かからない時にはかからないので絶対にし ましょうというわけでもないのですが各自 で調べて判断して ください写真モスキートクリーム塗って ないのマラリアになるよと宿の子供にささ れている ところ現地のモスキートクリームあまり 多分効かない気休め程度に 塗るうつ3治る目のつかない病気と直す つもりもない人々 と今回は本当にまずいなと思うなんせ妻と 子供がいるどうしてこんなことになったの か分からないうまくいっていた契約は順調 給料も悪くない土日は休みに土日は休み にくいもののコロナウイルスでリモート ワークの時代になってから出社は自由契約 さえ取れていればいつ休んでも問題 ない会社が公認してくれていた仕事時間中 でも自由に気晴らしにランニングに行ける 住宅営業という仕事自体は面白かった 打ち合わせて希望を読み取ってプランを 練ってそれが形になる物が大きいだけあっ て完成すると嬉しいし打ち合わせの プロセスも面白いお客さんから感謝もさ れる夢のマイホームの実現感動もある営業 というとストレスの多い仕事のイメージが 強いけれど契約が取れたら金もいい オーナーとランニングという趣味もあった ので優遇してもらえた高級なGPS ウォッチをボーナスガーリに買ってもらえ たりレースのエントリーフィーも出して もらえたりし たストレスがゼロかと言えばそれも嘘に なる契約は取れたからノルマなんかの ストレスはないそういう点では珍しい だろう一般的には契約は取れなくてノルマ に追われるのが営業職の代表的なストレス だしかし契約はもらえるとクレームも出る 客としては一生に1度のマイホームそれ こそ人生をかけている契約の後の詳細の 打ち合わせであれそんなこと聞いてないぞ もおしゃれな提案をしてほしい工事が進む とスイッチの位置が違うと思う図面に書い ていますし打ち合わせもしましたよそんな の聞いてないそしてそういう現場に限って
施工ミスが起きたりする現場のミスなんて 営業の僕には分からないそれを責められて も改善の仕様もないしたまったもんじゃ ないだけどさ日本で生きるにはそれなりに 金が必要でましてや子供がいるといくらで も金が欲しい金が欲しいんじゃない金が ないと不安なのだ子供を育てるには色々金 がかかるといういくらあれば安心だろう わから ないダメになってしまったきっかけは些細 な事故だった家が完成してお客様に 引き渡しする3日前にキッチンが水浸しに なったおいおいなんでキッチンが水浸しな んだ直線器につなぐ水のパイプがうまく 閉まっていなかったそんなバカなことは ありえないだろうお客様に謝罪して濡れた 部分の床を全て新しいものに張り替えて その上でベッド保証についてはベッド相談 させてくださいということでひとまず納し してもらう現場に行ってもら現場に行って 見るとほんの一部しか床を張り替えてい ないどうして濡れた部分とその周辺は全て 張り替えるって言ったじゃないか現場監督 は困ったような顔をしながらもいやでも 濡れたと言っても別にフローリングは水を 吸ったわけじゃないから目立つところだけ 変えたんだ完成したフローリングを切ると 逆に目立っちゃうからさフローリングを 張り替えるのは確かに厄介だフローリング というのは部屋の端から張っていくただの 板ではなく実加工といって溝がついていて その溝に合わせて橋から順番にはめ込んで いくようになっているので1部分だけ 変えるのは難しいかといてキッチンとそれ に面するリビングさらにその家は隣の部屋 まで同じフローリングで通していたので そこまで全部変えるのは厄介なのは 分かるそんなこと言ったってお客さんには 全部変えるって言ったじゃないかいやいや お客さんには目立つ部分だけ変えるって 言ってるよそれに社長だこれでいいって 言ってるそんなわけないだろう修理が 終わって現地でお客様に説明するが当然 ふそうだっ た全部変えるって言ったじゃないですか そりゃ僕だって自宅で同じことをされたら 怒るだろうお客様も怒りが止まらなくて それじゃあ外のカーポートや外交サービス でやってくれと言い始めるカーポート周り の100万円くらいで片付くならと社長に も話して承諾したらとんでもなく高いカー ポートにフェンスやらなんやらで 500万円くらいを行ってくる 社長が直接謝罪に来るのが遅かったことも あってお客様はどうにも腹が立って収集が
つかない2000万円の家なのに床が濡れ ただけで500万円くれと言っているのだ からめちゃくちゃだおそらく党にもその ことは分かっているが金額の問題ではなく これから一生済む家人生で1度しか立て ないよそんな風には使われて腹が立って 仕方がないのだろう特にこういう時男と いうのは一家の大黒柱という自覚もあり 一世1代の家族の代表としての大仕事なの だそれを適当な対応されるのでは示しが つかないその辺りは僕も妻と子供がいるの で気持ちはよくわかるそうは言っても大変 には違いないけれどどうにもならない深刻 な事件ではない解体して立て直すわけでも ない別に事故で怪我人や死人が出ている わけでもないそもそも500万円の損失と は言っても僕が払うわけじゃない僕のミス では ない施工ミスはしち起きる問題じゃないん ですよ大なりしなり施工ミスはある 人間がやる仕事だからこればかりは 仕方ない深刻に気にするようなことでは ない現場監督の事情も分かるし職人の事情 も分かるお客様が起こるのも分かるし 500万円の外交をただでやってほしいと 言ってくる気持ちも分かる大した事件では ないだけどそれから仕事に行けなくなって しまっ た3日も休めば気分も変わるかと思った けれど1週間無断血筋しても全く良くなら ず給食させてもらうよう会社に頼んだ会社 は理解してくれ 死んだら気楽なもんだけど生きている限り 何かしら金を稼いでこないといけない1人 なら重徳ローンなんか心配しなくたって家 は ばし1人なら住宅ローンなんかも心配し なくたって家は手放したっていい金がなく たって毎日万引しながら全国アギしたって いいかもしれない逮捕されたら刑務所で のんびりと飯が食えるそんな違法なことを しなくたって若い頃みたいに山小屋でワン シーズン働いてその金を持って異国を旅し てがなくなったら帰国して春になったら また山にこもってまた好きな国を放浪する そうやって呑気に暮らすのだって悪くない 住民票を置くためにボロアパートを借り たっていいしバブルのイの別荘値の2速3 問の中古別荘を200万円ほどで買っ たっていいだが妻と子供がいるとそうも いかない家族4人みんなで自転車で放浪し 続けているヨーロッパ人もいるけれどそう いうわけにもいかないどうして僕が日本人 だから僕もヨーロッパ人だったらできたか いや多分できないだろう日本人でもできる
やつはできるだろう結局僕はそういうこと はできない人間だというだけ だそう考えると使える方法は全て使って 生き延びる必要がある大学をやめて自転車 で放浪するような人生だからこれまでにも 何度も聞きはあった頭の中がハッピーだ からそういうアウトロー社会のはみ出し者 みたいな生き方をやってるわけじゃない中 には本当に頭がハッピーではみ出しもの だろうと社会不適合だろうと自分がやれ たいように生きていれば幸せだからそう やって生きているっていう人も いる例えば高校をサボりすぎて日本国内の 大学はまともなところはどこも行けなくて でも大学は行きたいし面白いことしたい からってアメリカの大学に行ったアメリカ でちゃんと大学生してると思ったら実は 最初の半年の語学学校の時点でこけていて 大学には入学できずそれを隠してそのまま アメリカのジャパニーズフードの レストランで焼き鳥焼いて頑者のしすぎで ホームレスして最後は国外通報で日本に 帰ってきてかと思ったら今度はヨーロッパ に行く日本人で焼き鳥開いて天ぷら上げて たら世界中どこでも食っていけるんだよ むしろ日本にいるより給料いいしドイツ なら比較的簡単にグリーンカード取れる からそう言って今度はベルリンに住んだ それでも結局ドイツのグリーンカード正確 にはドイツだグリーンカードとは呼ばない のだが永住権を取る前にジョージアに住ん でいたジョージアってどこだっけ東 ヨーロッパロシアの隣ら辺ああ グルジアジャックケルアックの小説に出て くるようなネジが飛んでるやつは現代にも 確かにいるでも僕はそうはなれないん だとにかく病院に行く最初に行った病院が ひどかったまず建物が古い鉄筋 コンクリートではなく木造で明治時代の 溶岩のような建物でドラマのロケに使われ そうだった精神病院じゃなくて美術館とか だったら趣きがあって素晴らしい建築だと 言えるだが歴史のある精神病院これ今でも 電気ショックで治療しているんじゃないか そんな雰囲気があるその上予約が不要な せいかとにかく待っている人が多い待ち 時間が長くて待合い室が狭い精神に問題の ある人が箱詰めにされているような具合だ 各いう僕も相当参っていたからこれは本当 に聞いた僕も頭がダメな人の仲間入りか人 に会うのが辛いのに精神病患者の箱詰めで 時間が本当に 長い随分待たされて初回のカウンセリング をするために部屋に通された待合いは あんなに狭いのにこの部屋だけすごく広く
て豪華だ面積も広いが天井も高いそして 立派な本だなり川で想定された分厚い本が 並んでいる立派なソファーがあり腰かける と深く沈む感の大切という雰囲気 だ対面に座ってカウンセリングするのは 意思ではない若い女性で胸のネーム プレートには臨床心理士とある広い立派な 大間の深く沈みすぎるソファーにちょこん と精神病患者の僕と臨床心理士のお姉さん は対面して 座るどういった症状で困っているかなど 細かく聞いてメモを取るただソファーが 柔らかすぎて沈んでしまうのでうまく テーブルに紙が置けず膝の上で書き取るの が何気そうだった業務のことを考えれば 普通の机と椅子でもう少し狭い部屋にして 待ち合いの缶詰め状態を緩和すれば よかろうにそれでも話しやすい雰囲気の お姉さんで助かった じっくりと時間をかけてきっと夜が終わる とまた箱詰の待ち合いに戻った座れる椅子 はなかっ た待合いの隅に入院病棟に続く扉がある 午前7時から午後1時までは外来のため この扉は締め切りですという紙が張って あったその扉の向こうは想像するだけでも 嫌だった外来の時間が終わると入院患者 たちもこの待合いの方に出て庭に散歩に 行ったりするのだろうか最初の聞き取りは 随分と立派な部屋でじっくりと行われたの に医師の診断はひどく短い医師は臨床心理 士のメモを読みながらふふんと言って会社 の方に診断書とか必要必要だったら書き ますがそれから診断書を書いてもらってデ パスと睡眠薬の処方箋をもらった診察は5 分もかからなかっ たひどいもんだと思ったが座る椅も足り ないほどの大量の患者を相手に丁寧に話を 聞いて一緒に解決を模索するなんてできる わけもないなんせその病院の外来は朝7時 からやっている早朝からやないと見切れ ないほどの人が来るのだろう金額の問題も ある一種のような給料の高い人間が じっくりカウンセリングしていたら患者の 支払いはとんでもない臨床心理士くらいの 給料なら初回の1回はじっくり カウンセリングしたってペイできるだろう だけど臨床心理士だと所法線も診断書も 書けないかといって全く話も聞かず意志も 処方箋や診断書を書くわけもいかない臨床 心理士が臨床心理士が患者の話を要約して 意思にしかできない書類作成だけ意思が する効率のいい分業とも 言えるただこのプロセスは治療で直す 見込みはないと思っ
た症状に対して処方箋と診断書を出すだけ ならそれこそオンラインで話を聞いてその 内容を踏まえて後日処方箋と診断書が届け ばいいじゃあ医者が丁寧に話を聞いて カウンセリングをしてコツコツ治療すれ 治るのかといえばそういうものでもない もしそれで治るならそういう病院がもっと 増えているだろうそもそも内科も外科も 精神化も同じ意思ライセンスなのも疑問が あるウイルスも主要もなく原因が目に見え ない治る目のつきにくい病気それに毎日 向き合って何かをしないといけないそれで 処方箋を書くだけど本質的には意思も処方 箋を出しているだけで何かが治るとは本当 のところを考えていないんじゃないかろう かただそんなことを考えていたってそれ こそ精神病院しまうだろう素人の自分でも そう思うのだから毎日診療し続けている ドクターたちは当然その違和感など分かっ ているだろう薬が出るのを隣の薬局で待ち ながらそんなことを 考える昔大学の頃うになってどうしようも なくなった女の子はいたけれどそれは治る わけないよなと改めて思う35歳社会人と しての経験もしていろんなことが分かって 誰に指示されることもなくそれなりに 動けるようになった僕は自分で病院も 探せるし車を運転してしてくることもでき たこの病院に通っても治ることはなさそう だから別の病院を探すか何か別の方法を 考えなければと考えることもできるし行動 も できる大学生だったあの頃は大学生だった あの子は親に面倒を見てもらっていた面倒 を見てもらうと言うと響きはいいけれど じゃあ病院に行ってこの病院じゃダメだな と思ったとしてもいやいやあなた病気なん だからお医者様の言うことをきちんと聞い て治療を受けないといけないわよって話に なってしまう そもそもまだ世界が広くないからこの病院 じゃ治らないよななんてことにも気づか ないかもしれないそのこと最後にあったの は総合病院の精神化病棟で絶えず薬を飲ん でいるからか表情がだらしなく緩んで不 自然だった5分ほど会話したら泣き出して しまって面会終了それきり合っていない 病院によっても違うだろうがこれはいかん な少なくともこの病院に通っていても治る ところかあの待ち合いで頭がおかしくなる だろうと思ってカウンセラーを探す アフリカ3往復8時間かけて通学する少年 はダルエスサラームの大学に行く夢を 見る村の入り口にはいつも暇な大人たちが タムロしていて宿まで案内してくれると
チップを欲しがる意外なまでに早く アフリカには慣れていったアフリカは感覚 的に生きていけるこうしたらいいんじゃ ないかということをしたら不思議と生きて いけるようになっている初めて iPhoneを買った時に似ているなんか ついていなくてもなんとなくここを押せば いいのかなという操作をしていけば使える ようになるお店の看板もないしメニューも ないし言葉も通じないただ人々は優しいと いうかそこら辺に誰かがいて話しかければ なんとかなったチップをくれと言われる ことも多いけどチップをあげなくても問題 はなかったし基本的にみんな親切でいい人 たちばかりだっ たダルエスサラームから北上して約1週間 キリマンジャロ登山の拠点の町模に着く それまでの村と違って外国人環境それまで の村と違って外国人観光客もいる大きな町 だ大きな町とは言っても日本の小方の 小さな町よりも 小さい宿も現地人の泊まる宿じゃなく観光 客の泊まる宿が多い高いきちんとした ホテルもあればバックパッカー向けの ゲストハウスもある安くてもきちんと掃除 は行き届いている宿泊していると現地人 スタッフが床を雑巾で拭いてくれるのを 見かける日本だと掃除期だけで済ませる ような廊下の床まで雑巾がけしてくれるの はちょっと驚いたもちろん英語で問題ない 食事もアフリカの持ちうりじゃなくて普通 のパンが食べられるレストランもちゃんと 看板が出ていてメニューもある金額も書か れている観光客が困らないよう一通りが 揃って いる写真模のゲストハウスキリマンジャロ バックパッカーズ小さい村の宿よりはお 高くて相部屋だがツーリストの求める要素 は一通り揃っている キリまんじのキリマジロを登るには金が かかる貧乏旅行でお金も先に飲んでしまっ てカツカツなのにどうしてわざわざ キリマンジャロなんか登るのかそもそも 今回のルートはアフリカを男性に向かって 横切っていくのでダルエスサラームから キリマンジャロに行くのは随分と遠回りに なるそこまでしてキリマンジャロに登り たいのは標高0mから大陸最後方まで人力 で登れる唯一のチャンスだからだ僕は 山小屋で働いてはいたが登山はそんなにし ないもちろん普通の人よりは登山は好き だろうけれどそうは言っても自転車の方が メインだし山小屋で働られている人間の中 では土にさほど熱心では ないただ地球の中でも1つの大陸の海から
1番高いところまで自分の足へ登 るっていうのは格別だ5大陸の最高峰の中 でそういう登り方ができる山は切りマジロ くらいしかない他の山は難易度が高くて 自転車旅のついでというわけにはいかない 登山ガイドのオフィスに行くと日本人の お兄さんが値引き交渉をしていたのでその ままじゃあ僕も同じ値段でツアに入れてよ と言って入ったああこんにちは日本人が 入ってくれると助かります今この金額まで 値引きできてるんですけどこの金額でいい ですか入残料を深めて約15万円で5泊も 以下のテント泊の ツアー1150ルでその金額の中に840 durの国立公園入園料も含まれていると いうことだ20万円は覚悟していたので 助かったただ計算してみるとガイドたちに は30000ドルしかいかない計算になる それは安すぎるんじゃないかと心配に思っ たがベッドで最終日にガイドたちにチップ を渡してくるということだった聞いてた より安いんだねもちろんオッケーです よ値引き交渉なんかが苦手なのでこういう 話に乗っかれるのは助かる僕とその日本人 のアイさんの他にイギリス人2人と フランス人1人の合計5人のパーティーで 登ることになった 履いていた普通のコンバースで登ると ガイドに行ったら用品のレンタルはツアー の料金にインクルードだから靴と防寒ギを 選んでいきな最後のピークのところは雪も あるから とものすごく綺麗というわけじゃないが そんなにひどいものでもないもちろん日本 人の普通の登山装備と比べるとボロボロだ し6000m近くまで登る装備として 考えると立派な6000m近くまで登る 装備として考えると立派なものとは言え ないが難しいクライミングなどの要素は ないので十分すぎると思った少なくとも コンバースよりはいいだろう登山客の 落とし物なんかをストックしているの だろうかあるいはタンザニアという国に とってはキリマンジャロは貴重な外貨調達 の観光資源なので国として予算を計上して いるのか確かにコンバースなんかで登られ て遭難が頻発するのは 困るキリマンジャロの日々は会敵だった チーフガイドとサブガイド2人それから ポーターが15人ほど荷物はポたが運んで くれるので小さいリュックだけでプラプラ と歩くだけでいい毎日重い自転車で走り 続けているのに比べると本当にイージーな 散歩だ危険な箇所もないキャンプサイト まで歩くと先回りしていた彼らがテントを
貼って待ってくれている食事もダイニング のテントを貼ってくれていてパスタや スープなんかがお代わりし放題だこれが うまい外国人観光客相手に日々料理を作っ ているわけあってヨーロッパ人が好きそう な味で美味しい街中で食べるアフリカ らしい食事よりずっとしテントも愛しと 2人のテントでゆったりした広さだ愛しは 某大手上場企業社員独身年末年始の休みに 7日の勇気をくっつけた2週間のアフリカ 旅行年末年始と盆休みの旅にそうやって 旅行を 楽しむイギリス人2人は50過ぎくらい だろうか今回のメンバーでは年齢が高いの で少し心配ではあるどうもお金持ちな 雰囲気でゆったりといろんな国を旅して いるフランス人のクモ君は1番若い24歳 ルーファ屋根 職人みんないろんな国を旅している各いう 僕は海外旅行2回目1回目が南米を自転車 で走った車用いするので自転車以外で旅 できない日本の山とは全く違う景色の中を 歩く標高が高いのに赤道近くので日本では 見たことのない植物がニョキニョキ生えて いる食事も宿も保証されていて安心だ雨が 降ることもあったけれど初めて見る景色の 中を手ぶら同然の装備でトレッキング できるのは収支快適だっ た最後のピークへのアタックだけ大変で 天候の安定する深夜から汗にかけて登る 5980M寒いとはいえ赤道に近いからか 温度は何とかなるもちろん0°より寒いが マイナス何10°とかにはならないネック オーマーが吐いた息で凍ってくるけれど なんとかなる程度レンタルのへたれた登山 靴でも何とかなるコンバースだとちょっと きつかっただろう問題は呼吸だ酸素が薄い 10歩進むと息が切れる本当にしんどい 毎日自転車で旅して体力のある僕でも 辛かった愛しは顔面蒼白で本当に死んで しまうんじゃないかというような様子だが それでも散歩進んだら立ち止まって ぜいぜい息をしてなんとか前に進む愛紗を 励ましながら登る山頂からの景色は良かっ たと思う息苦しくて登りきれたという感動 ばかり強くてきちんと覚えてい ない写真キリマジロの様子ですキャンプ サイトに てトレールの様子ですキャンプサイトから 頂上を呼びさます 頂上素晴らしい天気いい景色で感動した はずだが息が苦しくて必死でよく覚えてい ない少し悲しかったことと言えば パーティーで1番お金を持っていそうな イギリス人2人がチップを渋ったことだっ
た私たちはちゃんと正規の金額をを ツアー会社に支払っているのだから 100ドルも払う必要はないそれに 50ドルでも彼らにはかなりの大金のはず だチプ文化のあるイギリスののに意外だっ た確かに正規の金額を支払っているのだ からそれ以上はあくまで気持ちの問題なの だから筋は通っている1ドルなどではなく 50ドルも払えば十分だろうという言分は おかしくないさらに言えば僕と愛は値引き 交渉をしている根本言えばそれも問題なの だ愛が最初にいくらかを提示されのか わからないが100ドル単位で交渉して いるだろう英語がろにできない日本人の 我々でさえ値引き交渉しているのだから他 の通リスともするだろうアフリカは金額を 明確に提示しないので交渉しないと ものすごい高い金額を言われてしまうと いうのもある人数が埋まらないと利益が 減るのでいくらか値引きされても取る方が 得なの だろうそれでツアー会社はガイドや ポーターの給料を引いてその代わりに チップを引いその代わりにチップを払う ような仕組みになってしまっているんじゃ なかろう かおそらくだが最初に支払ったツアー台は ツアー会社が大半を持っていってしまう だろう現地で案内してくれたガイドにも いくらかは行くにせよ10人以上いる ポーターの子たちにはほとんど生き渡ら ないだろうポーターの子たちは登山靴など はないボロボロのスニーカーだったり裸の 子もいるリュックもない大きな荷物頭の ように乗せて 運ぶ登山の仕事をしてまたお金が溜まっ たら学校に行くんだキャンプサイトで話し たポーターの子は言っていたもしかすると それもチップのための営業トプかもしれ ないただそういう狡猾な感じはしなかった から本当のことだと 思ういくらアフリカ人が収入が少ないとは 言ったってここまで自転車で旅をした僕に は分かるローカルの食費なんかは意外と 安くないもちろん先進国に比べれば安い 高くても200円もあれば食べられると いえとはいえ20円とかじゃ食べられない 5泊6日で働けばどんなに安くても やっぱり1人20ドルくらいは 欲しいチーフガイドからも明確にチップの 依頼があったギブミーマネーとかじゃない 明日最終日のテントから出発する時に チップをお願いしますツアー料金はいたい ていますがキリマンジャロは入残量が高い ですしこのチームはテト泊なのでポーター
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そんなに悪くないマップをダウンロードし てこれでGPSで現在値が分かる道は そんなに多くないので紙の地図でも問題は なかったがやはり現在値を確認できるのは 助かるSIMカードもさせてもらった スマホじゃないボタン式のガラケを売って いたガラケの方は半額以下である ダルエスサラームでバイシクルドクター 小崎と買ったのと同じくらいの金額だった チーフガイドもスマホじゃなくてボタン式 のガラ系だったなと思った元々貧乏旅行な のにどんどんお金が減っていくどんどん 減っていこうをビールを飲んでさらに 減らして いく写真もしのスマホ屋 さんSIMカード屋さん路上で売っている カードなみたいカードみたいなものを買っ てその番号を打ち込んで残高チャージする スマホを渡せばセットしてくれてチャージ なんかもして くれるもしの町を出発すると大都市アルシ があるもしと比較しても大都市だとはいえ ダルエスサラームと比べればはずっと 小さい街だダルエスサラームのような恐怖 はないいくらか注意は必要な空気もあった が街を歩いていてもさほど危険は感じない 予備の自転車のチェーンが20ドルで買え たそう何本もチェーンが切れることはない だろうが次に手に入る街が見つかる保証は なかったダルエスサラームで入手した 100ドルのチェーンは大陸を横断するに は心持なかった露点で10ドルでラジオを 買ってみたハンドルにぶら下げながら聞け ば魔女の卓球日みたいでいいと思ったなん とUSBで充電できるアフリカでこんな 快適なものが手に入ると思わなかったただ のFMラジオだ けどアルーシャを過ぎるとまた田舎の村 しかなくなったラジオからはすひり子や 音楽語が音楽が流れてきたスワヒゴの数字 を聞き取る練習にも良かったユバヤらは 芸人に泊まりながら進む宿がない村で村人 の家に泊まらせてもらうこともあったキリ マジロでのご飯は美味しかった寝る場所の 心配もなか ただけどやっぱりこっちの方が生の アフリカを感じられて 楽しい写真ア車で手に入れたチェーンと オイル1眼レフのバッテリー チャージャー10ドル ラジオ自転車の少年に出会ったタンザニア ではレトロな自転車が走っている昨今の 日本のママチリではなくジブリの映画に出 てくるような昔ながらの自転車で新聞配達 などのプロデュースの重い荷物を運べる
ような頑丈なものだチェーンリングなんか に装飾が入っていたりして古き良き時代の 自転車ヨーロッパなんかから寄付みたいな 形で来るんだろう逆に日本なんかに輸出し たらマニアが高く買うかもしれないただ彼 らの乗る自転車はパンクしていたり チェーンが切れていたりするチェーンが 切れていると意味がないように思うが料理 の燃料である石炭や水を積んで押して歩く のに使える宿があるような村は水はも問題 ないようだが大きなタンクの水を運んで いる人々を見ると水を遠くまで組みに行か ないといけない村もあるのだろう石炭は かさばるからか石炭はかさばるから人の背 よりも高いくらいの束になって自転車の 後ろに座席に括り付けられていたり する早く走るためというより荷物を運ぶ ためのツールなのだろうだから少年が自転 車に乗っているのは珍しかったハローどこ から来たの英語で2に話しかけてきた ジャパンだよ英語できるのかいうん学校で 習っているからねへえじゃあ今は学校 帰り彼の村はタランギレ国立公辺の入口の ゲートの近くの方らしいタランギレは サファリツアーなんかができる公園だ彼の 自転車の速度はゆっっくりだでも僕の旅も 別に急ぐものじゃないそれに自転車の1人 旅で誰かと会話しながら一緒に自転車を漕 ぐっていうのは本当に貴重だ癒しがある彼 の夢はエジニアで学校の勉強を頑張って いるということだから英語もできる確かに 彼の英語は十分に通じる自転車について いるフロントライトも学校で学んだことを 生かして彼が自分で配線をついで修理した ということ今の学校を卒業したら ダルエスサラームの大学に行って車や オートバイを作るエンジニアになりたいと いうことただ問題なのは彼は学校に行くの に自転車で片道4時間かかるのだという ことお互いに拙い英語なのでもしかすると 往復4時間のかもしれないHOUSEto scho4hourアスtoHOUSE4 hourso8hoursOneDay そんな簡単な英語でのやり取りだから 間違えることはない だろう合系8時間もかけて学校行くので 学校では何時間勉強するの2時間だよ彼の 自転車はボロボロだそれは彼らには普通の ことだろうただ毎日学校に行かずとも テキストをメインに勉強する方法ってのは ないもんだろうか僕も高校は嫌いだっただ からよく休んで1人で勉強して分からない ところがあれば教師や友人に聞いていた 先生がいい人だったよく世話を焼いてくれ た授業はカったるいから聞きたくない1人
で勉強してる方が効率がいいでも聞きたく ないでも分からないところだけ教えてくれ なんてやってくる嫌な学生だっただろう 勉強法もいろんな選択肢があって学校に 行って聞けばいつでも教えてくれる先生が いて書店に行けばいくらでもテキストが 豊富にある環境でそれを買う金にも困ら ないからできたことだそれにしたって数学 に8時間でたったの2時間のために学校に 通うのなんてのはもったいない携帯も普及 してきて いる彼らが携帯を持つのは贅沢ではない 離れた街の間を優先の固定電話を引っ張る 方がコストがかかるのだ携帯なら電波の 中継地点を作れば村でも無線で通信が できるようになる小さな村でも意外なまで に電波はつがってインターネットも使えた ただ現地人はネット通信の通信料は高いの でもっぱら電話を受けるために使っている 今はセカンダリースクールが終わって次の ユニバーシティに行くための試験の結果 待ちなんだ結果待ちだったら結果が出る までは学校行かなくてもいいんじゃないの 村でのんびりしてるより勉強する方がいい と僕は思ってるからねエンジニアになり たいんだ途中の村の商店でコーラを買った 彼にも1本そのお釣りを彼に渡した多くは ないけれどノートやペンを買うのに役立て てよ改めて思うと彼は本当に珍しい普通は 向こうからチップくらだったりちだとか 言う彼は自分からは一切言わなかった彼と 別れてから改めて考えたけれど彼が ユニバーシティに行けるか片道4時間かけ てセカンダリースクールに通う確かに彼の 家は自転車が買えるくらいに裕福なのかも しれないでも大都市のユニバーシティに大 都市のユニバーシティに通えるだけの金が あるのかそしてユニバーシティに行った ところでタンザニア国内にユニバーシティ で学んだことを生かせるような産業はある のだろうか 写真往復8時間で学校に通う 少年普通のおじさんはこんな感じでえこれ は薪ですかね石炭なんかを自転車に満載し て運んでい ます打つ4カウンセラーを 探す病院に行っても治る気がしない カウンセラーを探すカウンセラーというの は実に高い給食して収入がなくなるなるの に本当に心折れる1回話すのに1万円 くらいは平気で かかるGoogleマップによると意外と 近くにもカウンセラーがいたただ高い 1万円かカウンセラーなんて役に立つのか 分からないのにせめて5000円で勘弁し
て ほしいとはいえメンタルが弱った人間の話 をこ1時間聞くって大変だし5000円で やるには割に合わないというのも納得 できる仕事としてやっていれば毎日そんな 話を聞かないといけない ググっていると今の時代オンライン カウンセラーというのがあるらしい電話で カウンセラーと話せる1分200円から 30000円ほど相談が20分で終われば 5000円ほどで済む登録して専用アプリ を入れれば電話台もかからない家から出 なくていいし人に合わなくていいのは 助かるそれにしても1分200円だと10 分で2000円か大昔ダイヤルQ2なんて ものがあったテレフォンエッチと言って エッチな声が聞こえる電話なんかにつがる もちろんアダルト以外のものもあったん だろうが少年の興味と言えばそういうこと になるこれが1分いくらというシステムな のだがベラぼに高いすごい金額の請求所が 家に来て怒られるやがいてそいつのあだ名 はしばらく9ちゃんになるアダルトサイト が0円で無修正動画屋まで見放題になった 今の時代に1分数100円なんだからオン ラインカウンセリングも決して安くはない それでも1万円までは辛くても5000円 なら 試せるカウンセリングなど役に立たないの かはたまた話を聞いてもらだけでも救いは あるだろうかそう話せないのだ死にたい なんて誰に もそんなの話されたって困るだろ元気 出せよ大丈夫さいいことあるよカラオケで も行ってさファミレス行こうぜボーリング もやっちゃうあの子のアドレス聞いてやる からさ高校生ならそれでよかったいや本当 は大人になってもそれでいいんだでも僕に はもうクラスメートもいないし昔の友達は 遠くにいる仮に近くにいたってみんなそれ 家族がいて生活があって仕事をしている昔 と違っていろんなことを考えすぎている サクサクと会員登録してすぐに繋がる カウンセラーということで1分230の おじさんに繋がった慶長と頷き カウンセリングの方に出てくる通りの対応 だっ た住宅営業をやっていくには心理学は必須 だ 同じフレーズで繰り返して頷いてその上で 話を進める在オス効果単純接触回数合う 回数が増えるだけで相手のことを好きに なる様々なテクニックを重ねて何千万年の 契約にたどり着く慶長と頷きは基本中の 基本統計を時計を見ながら20分のところ
で話を切っ たオンラインカウンセリングは役に立った か役に立たなかったか慶長と頷きではカロ は見い出せなかったそう神様と話したいん だ僕にどうすべきか教えてくれてこれを すれば今の問題から脱却できるよすぐには 脱却できなくてもこれさえしていれば 大丈夫これをやりなさいってでもダイヤル Q2くらいの金額で神様につがるなら みんなダイヤ電話してるよね神様を求め てる時点でそもそも無理がある10万円の 壺を買ったって神様とは会話できない そもそもお金を多く払えば話ができる神様 というのもどうなん だインターネットに聞いてみても今すぐ 相談する心の健康相談統一ダイヤルが1番 上にどんと出て くるうつになってから何度もこの画面には 出会っている楽な自殺とかそんなことを 調べるたびにこの画面が出てくるその度に 何だかドキドキするそんなこと考えちゃ いけないぞと叱られているような気分に なったり自殺防止という文字を読むだけで 恐ろしく感じたりする自分で自殺とか調べ ているくせにその文字が並ぶだけで随分と ドキドキする かけてみようかとも思ったがやっぱりそこ も神様とは繋がらない だろうせめてインターネットくらいは楽に 死ねる方法とか寄り添った返事をしてくれ たらいいのにと 思うオンラインカウンセリングは誰にも 話せないこと死にたいということを言葉に して話したことはよかった死ぬなとも死ん でもいいとも言ってくれなくて慶長とうき だけなんだけどそれでも自分の声で死と いう音が聞こえると改めて自分が考えてる 以上にとても心を痛めているんだと感じた 3年以上働いているから商業手当てを1年 半もらえるというアドバイスもくれたが これはやっぱり住宅営業は知っているFP 資格お金に関する知識も勉強している住宅 営業って本当に色々知っているそれにして も自転車屋のおっさんから数年で色々勉強 したもん だ役に叩かなかったとはでは言わない けれどまあやっぱり5000円20分じゃ なくもっと長く話せば役に立つこともあっ たじゃないかいやダイアル92もそうだ けどさ長くしたって仕方ないんだよ最初の 数分の会話いやなんだったら電話をかける こと自体に意味がある神様はいないいや神 様じゃなくたっていいや高校の頃の帰り道 のいつも隠れてタバコを吸った神社の裏の 時間が欲しいんだなんかさやっちまったん
だよ仕事行けなくなっちゃってささなんて いうかさ死にたいななんて思っちゃうんだ よいつもの友達に話したい背伸びして タバコ吸ってかっこつけてジポで火つけ たりしてでさ俺本当あの子のこと好きなん だよなんかデートに誘ういい方法とかない かななんか面白いことねえかな神社の裏で タバコを吸って内容すっからかんな会話を してそれだけですごく幸せだった全く35 歳にもなって何言ってるんだかでも アフリカの村の入り口みたいにおっさん たちが昼間から地べたに座り込んでぼーっ としているそんな場所があって気楽に内容 すっからかんの話をできる場所があれば それでいいような気も する5000円でダメなら1万円にかけて みようじゃないか電話じゃ難しくても会っ て話せばこちらの糸を組んでくれてなんと かアドバイスしてくれるかもしれない 行ける範囲にあるカウンセラーのホーム ページを見ていく田舎などでそんなに多く はないこれも慶長と頷きだろうなダメそう だな長と好きでは解決は難しそうだと思う いくらか気休めになるかもしれないが何回 も通うのは財布に厳しい財布が厳しくなる とそれも精神的にダメージになるだが3つ 目に見たページですごいことが書かれてい た症状じゃなく根本にアプローチするので リバウンドしにくいです淵源と カウンセリングを続けなくて大丈夫です カウンセリングを受けた多くの方が3回 から5回程度で元気になりセッションを 終了してい ますとんでもないと思った本当だとしたら これは本当に神様かもしれない普通の風と かじゃない精神の病気が5回程度で治 るっていうのはちょっと聞いたことがない 嘘だとしてもここまでのことを堂々と書く だけでもすごい普通のカウンセラーの ページは丁寧なカウンセリングを心がけて うんたらかんたらとかで何回以内で元気に なるなど一言も書かれていない地図を見る と山奥の別荘値にある初回90分で 1万5000円その後は1回1時間の カウンセリングが1万円それが3から5回 程度安くはないそれでも10万円の壺より は安いそれで神様と話せるかカウンセラー 氏は森の奥の家に看板も出さずに今日を 構えてい たアフリカ4ぼったくるけど同意を求める 人々とタンザナイト マサ毎日毎日腹が減る村の入り口で確かに 村の入り口で誰かにジャンボじゃあと 身振り手振りで言えばご飯が食べられる ところに案内してくれるただ電子レンジは
もちろんないし冷蔵庫もないこともあるな 何よりもガスじゃなくて炭火なのですぐに 調理できるわけじゃないだからお昼ご飯時 じゃないと料理がない昼ご飯時のいい タイミングで街に着かないといけない 小さい村でも彼らは何かしら食べられる 場所に案内してくれるレストランという より普通のミンクくらいの狭い ほったて小屋のようなところだ観光客 なんて来ることもないような小さな村だ から客人というよりも村人用なのだろう やはり調理がガスじゃないので各家庭で ちょっと料理して食べるのが大変でみんな がそこで食べるんじゃないかと思うただ その割にはコンパクトだ順番で食べるの だろうかその辺りは分からないそれでも この村ではご飯は食べられないよと断わる ことはない小さい村でも何かしら食べ られるところに案内してくれる少し大きな 村大きいとは言っても村だけどトラック なんかのドライバーも食べられるような とこだと鍋が何個かあって米かうりが 選べるような時もあるただ注文がうまく できてるかが分からない彼らは何事も急が ないというカルチャーがある何事も ポレポレすひごでのんびり行こうぜという 意味だ注文は当然英語は通じないすひり語 でのやり取りに自信がない注文が通ってい ないまま座っていたらどうしようかと思っ て話しかけるとまあ待てというようなこと を言われるご飯が出てくるまでに随分時間 がかかることも多いそれでも食べられるの でそれだけでも ありがたいわり米が出てくると嬉しい ウガリは僕ら日本人にはちょっと合わない まずいことはないのだが味がないどうも腹 が膨れない餅みたいなものでそれをちぎっ て手でニギニギして食べるンタンザニア人 は米よりウガリが好きでウガリはソール フードだよみたいなことを言っていた我々 日本人がパスタなんかも食べるけれど やっぱり米が1番の主食というのと同じ ような感覚だろう彼らは食が細いいや意図 的に食が細いわけじゃないだろう貧乏で 食べられないというわけでもないのだろう が何杯もお代わりするようなカルチャーは ないらしい食がしそだおかずにもあんまり バリエーションはない一番多いのは煮込ん だような肉のかけらに豆そしてウガリと いうプレートだあとはほれ草みたいな野菜 のおひたしみたいなものがたまについて いるどれもうまずいわけではないのだが 美味しいとも言えないもちろん空腹で 食べれば美味しいとも感じるし何よりも ありがたいのだがどうも腹いっぱいになら
ないというのが本音 だ割りなクク米と鶏肉が出ると本当に 嬉しいあとはチプフライドポテトを卵で 閉じたもの量なものも美味しいでもいつも 腹8分目くらいで腹いっぱいの量は出ない 毎日腹が 減るマンゴーは安くて美味しいしどこの村 でも道端でバケツに入れて売っている人が いる疲れたら道端にしゃがみ込んでマゴを かじる村がなければ何もない動物基礎店街 のような野生動物がうようよいるわけじゃ ないかインパインパラだかガゼルという鹿 のような動物がひょこひょこ歩いている こともあるアスファルトの道路にはあまり 近寄らないので遭遇率は低いとにかく何が あるわけでもない砂漠というわけでもない が森というわけでもないエリアによって緑 が多いこともあるし少ない土ばかりの ところも ある赤土の色が炙りから アフリカっていう雰囲気の気が生えてい たりする村から離れた誰も歩いてない道端 でぼんやりとマンゴをかじる意外と マンゴーの汁というのはベタベタになら ないとにかくマンゴーは美味しい力になる アフリカの大地で育ったエネルギーが体に 染めていくのが感じられる毎日腹が減った ばかり 考える写真朝ご飯チャイとな おいしい村の食堂入口のバケツのの弱を ひねると水が出て手を える大当たりの割な クバケツで マゴ小さな村でスーツにサングラスの黒人 にタンザナイトという宝石を買わないかと いう話を持ちかけ られる村についてちょっと早いけど今日は ここで終わりにして宿でも探そうか ひとまずビールでも飲もうかうろうろして いたところでスーツのジャケットを着た 黒人に英語で話しかけられるジャパンから 来たと言うとタンザナイトの話が始まっ た宝石のことなど詳しくはないが タンザナイトという名前はなんとなく聞い たことがある気もする現地で買えば安いん じゃなかろうか日本に持ち帰って売るか誰 かにプレゼントしたら喜ぶんじゃなかろう かそれにしてもその男の服装は怪しい上 だけスーツのようなジャケットを着て サングラスをかけた黒人ネクタイはしてい ないしシャツもえ襟付きのものじゃ ないタンザニアは暑いのだが時々上着を着 ている人がいるこの暑さで厚手の ジャンパーを着ていたりするので最初は モスキート対策なのかと思っていたがどう
も上着を変えるというのはお金持ちという ことで上着を着ることがちょっとした ステータスであり一種のおしゃれらしい ただスーツのジャケットは初めて見た確か に黒人がスーツを着ているのはかっこいい と言えばかっこいい気もするのだが怪しい 小さな村でそんな服装をしてる人は初めて だしそもそも英語を喋れるのが 珍しい絵に書いたように怪しいやだなと 思いながらもやることもなくて暇なので 少し話していたがちょっと先に宿を取って 自転車なんか置いてきてもいいかいと離れ て宿を取ってからまたビールを飲みに戻っ てみるとマサ族の服を着た年長のおじさん を連れていたこちらタンザナイトマサイ さんこの辺りのタンザナイトの権利を握っ ているタンザナイトマサイさんは何という か異言のようなものがある50歳くらい だろうか黒人というだけでも年齢が分かり にくいが魔族はさらに分からないおじい さんというほどではないが若くはない そして珍しく克服がいい小さい村では ほとんどの人が痩せてヒョロヒョロなのだ がタザとマサはいいもの食ってるんだろう なと言わんばかりの克服の良さである もちろん英語は喋れ ない若いスーツのあんちゃんと タンザナイトマサイが揃うとお芝居の ギャングという感じがする小さい村の商店 の外のプラスチックのテーブルでビア マンジャロを飲みながらボロボロの日本人 と3人でタンザナイト貿易の始まりが タンザナイト貿易の話が始まっ たありがたいことにビールを怒ってくれた ビアキリまんじろは味が薄くてさっぱりし ているので本当にごくごく飲める暑い タンザニアの気候で飲むには最高だ1日 自転車を漕いだ後だとなおさらうまいとは いえ普段は1本だけにしている本と比べれ ば安いとはいえど1ドルはする何ぼも グビグビ飲んでいると旅費を圧迫するビア キリマンジャロ以外にも店によっては セレンゲティやサファリというビールも あるキリマンジャロが1番薄くて爽やかだ サファリの方が日本のビールに近い しっかりした苦さのあるビールだ常温でも うまいのはキリマンジャロ だスーツのあんちゃんがスマホで タンザナイトの宝石の写真を見せてくれる 青い綺麗な宝石だただ宝石などさっぱり 分からないのでガラス玉を渡されても 分からないだろうそれでも写真を見た ところ何とも立派で美しい宝石なんだろう と思うアフリカの安いスマホの画質の悪い 写真なのだが何とも説得力があるへえ綺麗
だねでも僕そんなにお金持ってないよ いくらなの物にもよるけどこの写真くらい のもんなら200ドルぐらいからあるよ 200ドルか何ともリアリティある数字だ これが50ドルとか言われたらそんなの 偽物じゃないのとすぐに思っただろう日本 での流通価格など全くわからないが現地で の金額は200だとしてあれこれ乗せて 指輪なんかにくっつけて日本で 1000ドル10から15万円とかで売る ような感じなんだろうか女性に縁のない 人生だったのでそんな大きな宝石の アクセサリーの相場感も全くわからない 200だったらいいかもしれないねただ 問題は僕は今そんなにキャッシュを持って ないんだよこの辺はお金を下ろせる銀行が ある大きい街はないだろう今すぐじゃなく てもいいよ南アフリカ経由でヨーロッパに はルートがあるんだでもジャパンにはまだ ないミスターがジャパンの窓口になって くれよミスタービールが辛いになっている けれどもう1本どうだいおいおいそんな 大きな話されたってこんな小汚い自転車で 放浪してるようなやつができるわけない だろうタンザナイトマサイ氏は英語が 分からないのでただ異言を発して座って いるだけだそれでもこのマサイがいると この話は本当なんだろうなと思わせられる いやいや僕なんか買えないよビールは ありがたくいただくけどねそうビールを 奢ってくれるということも信憑性を増して いるこんな小さな貧しそうな村で面白半分 で異国の人にビールを何本も伸ばせるよう な人はいないとはいえ5ドルも飲んでい ないのだがじゃあ日本人の友達は紹介して くれないかどうかな僕の友達にそんな貿易 はできるようなやつはいないよ5本目の ビールを頼もうとするところでストップを かけたビアキリマジロは1本が500mm じゃないでかいさすがに匂ってきた泥水 するとまずい地方の村は治安が良くて いくらフレンドリーないい人たちとはいえ アフリカに違いないビールは1本1ドルと はいえこれは現地人にとってはそれなりに 高い現地人と一口にってもいろんな人が いるのだろうが月の収入が100ドル程度 というのが普通だとも聞いたそもそも サラリーマンのような安定した収入のある 仕事はなく仕事がある日もない日もあるだ から現地人はビールを全く飲めないほど 貧乏ということはないのだがあまりビール を飲まないとはいえ拙い英語力でたまに 英語が喋れる現地人との会話から手に入れ た知識なのでのほどは定かではないただ タバコは箱で買う人がいなくて1本ずつ
バラ売りでその1本のタバコを何人かで マリファナのように回して吸うのを見て いるとある程度本当のことなのだろうと 思う現地人はビールの代わりにキバという 名前のビニール袋に入ったジを飲む人も 多い一袋に20mlほどつまりショット グラス1杯分ぐらい入っている40° ぐらいの強い酒なのだがこれをコップなど には入れずに袋を切ってちゅるっと吸う ように飲むこれが効くキキに冷えたの ショットグラスに入れて飲むのと違って 常温をビニール袋で飲むのはまだ別格だ まずい聞くたまらないやつになるそんな キバを買って飲んでいると現地人は喜ぶ このジャパニーズキバが好きなんだってよ 仲間だなと言った具合だキバはさて起き これだけビールをご馳走してくれるという ことはやはり彼らは本物なのだろう僕も 最初から明確に買えないよと伝えていて 相手は勝手にご馳走してくれるのだから別 にこちらに落ち度はないし変わらないあ 買わないからと言って怒ることはない だろうそれだけ裕福だったら貧乏自転車 旅行者を襲って金を強奪したりすることも なかろうとは思うとはいえ僕がいくら 図々しくてもらえるものはもらっておく 主義とは言ってもさすがに悪い気がして くる買えなくてごめんねビールありがとう と言って宿に行く別に嫌そうな顔もしてい なかったし別れ際に一緒に記念写真も取っ てくれたしその後も別無理にタザと買って くれと宿に来るわけでもなかっ た写真現地人と一瞬で新入になれるキバ 自転車で喉が乾いたところに飲むと 聞くタンザナイトマサイとジャケットの うさ臭いお兄ちゃんしかし改めて見ると 自分が1番危ないやつに 見えるタンザナイトシダの 舞台Bluetooth送信してくれた タザの写真写真だけ見るとガラス玉のよう にも見えるがタンザナイトマサの存在の おかげで信憑性があっ たタンザニア人は本当に人がいいと思う ことが多いタンザナイトマサイ師に限らず 現地人と一緒にお酒を飲む機会は多かった タンザニアは宿にバーがくっついていると いうかバーの方がメインで奥に宿が くっついているようになっているそれで 現地人が飲みに来るのでうるさいところは 結構夜遅くまでうるさいビールを飲む人も いれば例のキバをコーラに入れて飲む人 だったりはたまたコーラだけ飲んでいる人 や何も飲まない人もいるテレビがついて いるところもあってみんなでサッカーを 見ることもある自転車で走っていると子供
から大人までアングギブミーマネなどと 言ってくるアズーとはヨーロッパ人とか 外国人とかっていう意味らしい僕は ヨーロッパ人じゃないけれどこういう自転 車で旅する違法人ということで同じ括りな ん だろう貧しさは随所に見受け られるタバコを買うにしても最初の頃は 気づかなかったけれど随分高い金額を 吹っかけられていた小さい村の商店のおば ちゃんがこのタバコはそんなに高くないわ よと教えてくれたがそれまでずっと気づか なかった自転車のチェーンでも随分 ぼったくられたが基本的にどんなものも 値札がないので簡単にぼったくられるでも こっそり盗んだり強奪強盗するとかって いうことはしない返品なアフリカの小さな 村で日本人が1人殺されたってわかりっこ ない特に自転車の旅人なんてどこを走って いるんだか本国の地人でさえ消息が分から ないしかも自転車の旅人はそこそこの キャッシュを持っている次にお金を 下ろせる銀行がある町まで日数がかかるの でどうしてもキャッシュを多く持つしか ないのだ逃げ足も遅いし鞄なんかには鍵も ついていない食事や何か買い物をする時で も自転車から離れるのに重いカを全部持っ ていくなんてできるわけもないからその気 になれば鞄1つ盗むくらい簡単なはず だそれでもそういうことはしない同意の上 でぼってくることはするけれど悪いことは し ない写真バーで一緒に飲んでくれる現地の 人うつ5森の中の カウンセラーカウンセラー市の家はいい家 だった看板も出していない別荘地の一番奥 の森の中の家自宅のリビングで カウンセリングをしているそんなに広くは ない森のどんつの土地窓からは森がが 見える面積は広くないリビングだけれど窓 が美しいのきが深く小さいウッデッキが ありその先の庭が美しいちょうど行った時 には大きな青みがかった黒揚げ派が飛んで いたコーナーには薪ストーブがある屋根 なりに斜め天井で高くなっていて面積は 狭くてもとても広々した感じがするそして ほのぐらい東向きの庭は森の中で木々の 小陰になっているさらに深いのきであまり 光が入ってこない高い天井から下がって いるペンダントライトの明りが 優しい住宅の仕事をしていて良かったと 思うことは建物に感動ができるようになる ことだろう漠然と綺麗な建物だなという 感覚ではなくてどうしてその空間にいると 気持ちよく感じるのだろうと要素を
考える美術館のような建物やカフェのよう な空間をそのまま住宅で再現することは 難しいそれでも要素を考えて住む空間に 反省反映させられないか考えるのは楽しい 単純な要素の足し算ではうまくいかない 掛け算だそれも組み合わせ次第では逆効果 になってしまうことも多い最も難しいのは 掛け算していくのは建物の要素だけじゃ なく1番大きな変数は実際にそこに住む人 だ特に住宅は住む人が限られる図書館や 美術館や図書館駅のような公共施設なら 多数の人間にとって1番いい形を考える それはそれで難しいけれどある意味ではが しやすいと見える住む人が限定された住宅 はその住む人にとって最もいい形じゃない といけない限りある予算自分と自分の所属 する会社ができる範囲の中でその家にとっ ての最大値を考えて いくこんな状態になってしまっても住宅の 美しさに触れることは心を慰めてくれる そしてコツコツと作っていったのに 引き渡し直前で台無しになった痛みが心を 暗く する誰も家に住まなかったら家は永遠に 美しく存在できるんじゃないだろうか残念 ながら誰も住まなかったら家ではない カウンセラー氏はカウンセラーらしくない と感じた医者のような強い感じや硬い感じ はしない臨床心理士や看護師のような丁寧 で親切その感じもないかと言って カウンセラーらしいやかにリラックスさ せようという感じもないそもそも人と話す 仕事をするような人間には見えない静かに 陶芸作品を作っているのが似合いそうだと 思った猫背で気の弱そうな人だただ安心感 はある年は分かりにくい僕より上のような 気がするけれどもしかすると同じくらいか もしれないおじさんとよりお兄さんと呼ぶ 方がしっくり来る若く見積もって僕と同じ くらいつまり少なくとも35歳以上なのに おじさんとよりお兄さんと呼びたくなる ような雰囲気若く見えるわけじゃないおじ さんという硬さや強さがない言い方は悪い が弱そうな柔らかい雰囲気だしかし真の ようなものは感じられるこれからプロの カウンセリングは始まるのだと思わせる ものがあるダイニングテーブルの庭の方か 見える椅子を進められ熱い法事茶を出して もらい自己紹介から始まり今の状況 クレームがあって仕事に行けなくなった 経緯を簡単に話していくうんなんというか 営業を向いてなさそうですよねまだ少し しかお話聞いていないのに失礼なことと 言っちゃってすみません驚くカウンセラー が相手を否定するようなことを言うとは
カウンセラーじゃなくとも初対面の相手に こんな失礼なことを言う人は初めてだった でも契約は取れちゃうんです よ契約が取れるかどうかっていうのとは また違う問題ですよそもそもこういう メンタル崩しちゃう人って仕事できる人が 多いですから仕事できない人ってあんまり 打つとかはならないですそうなんですか どうしてですかどうしてでしょうね仕事が できないから一生懸命悩む暇もないとか ちょっと分からないですけど割合いとして は仕事できる人の方が多いですよ ね気の弱そうな見た目通り優しい喋り方な のだが話す内容はザクザクと遠慮なく話す 無難な会話をするのではない本当の問題に 迫るにはきちんと話しにくいことも率直に 話すことが大事なのだと言わんばかりだ ただ無神経に切り込むという感じではない 表にはさないがきちんと様々なことを考慮 した上で計算して話を進めているような 感じがする今の状況を話し終わると ちょっとカードで裏ないみたいなことをし てみませんかと言ってきたはあカードです かトランプより少し大きいくらいで タロットとは違う絵柄のカード順に3枚 引くそれじゃ1番左のカードから行きます かこれは未来を表しているカードですこの カードの絵を見てどんなこと思いますか どんなことと言う と例えばですがこのカードの中の人は何を しているように見えます かカードについて質問しながら僕の言葉を 引き出していくただ占いを伝えるのでは ないそのカードから連想することを言葉に させる人が穴から出てきているように見え ます2人とも穴から出てきたところですか 1人が先に出て次に出てくる人に手を 差し伸べているように見えますね穴から出 てきてこの2人はどうしようとしていると 思います か穴から出た先には明るい世界が広がって いるように見えるんで2人はその世界に 出るために穴から脱出してきたんじゃない かと思いますあ穴の中は外の明るい世界と は違う穴の中はあまり良くない世界じゃ なかったように見えます ねおそらく人によってはもっと違う見え方 もあるのだと思うなんとでも解釈ができる ようなカードだカードにトリックがあるの かどうかは分からないが1番左の過去の カードはあまりいい印象を与えない ネガティブな雰囲気のカードで真ん中の 現在を示すカードはその穴から出てきた ところそして未来のカードは明るい イメージのカードとなっているそれぞれの
カードについて同様に質問がされ感想を 話すさすがに完全にか神頼みで引いた カードが僕の人生を示しているというわけ にはいかないだろう神様ではないのだから 相手はプロなのだどういうカードを引か せるかそしてどういう質問をしてどういう 解説をつけていくか相手の顔色や反応を見 ながら話を組み立てているんじゃなかろう かその中で相手の心理状態を引き出し ながら観察しているんじゃなかろうかその 気になれば相手にどういうカードを引か せるかはちょっとしたマジックの応用で何 とでもできるだろうあるいは本当に運任せ でカード出てきてただ話すだけでうまく いくの かどういう方法かは分からないが確かに 引いたカードについて話すのは抵抗なく 喋りやすい 自分のことを話すわけではなくただカード の感想を話すだけなのだからカウンセラー 氏を見るとやはり猫背の気の弱そうな人だ 計算高く相手を見抜く心理スペシャリスト には見えない3枚のカードを順に説明し 終わるとカウンセラー氏はお茶を飲んで から言っ た小さい頃に家庭で問題はありませんでし た か問題というほどじゃないですが幼稚園 くらいの頃母によく殴られていまし たそうですかおそらく今回の1番の原因は そのトラウマでしょうえ確かに母には ひどく叩かれましたしヒステリックな ところもあり困ってきましたけど実家は 遠いので今はもうほとんど帰りませんし 当時は母も教育というか私が蝶なんで多分 子供との接し方が分からず心配のせいで そうなっただけだと思うんですが実際過去 の嫌な思い出ではありますが今は全く気に していませんし問題なく会話もしますよ そうですよねねそう思っていますよねだ からこそ問題なんです逆に原因に気づいて いたらダメージになる前にコントロール できるんですよ本人が気づいていない原因 が1番厄介なん です原因ということだったら大学時代に 友達が打つになってしまったんですその せいで僕も随分メンタルをやられて大学を 辞める原因の1つになってしまったんです いや別にその子のせいだけでやめたって わけじゃないんですがなんとかその子を 助けられなかったか今でもそのことは 引っかかることがあります大学を辞めて からなかなか仕事も安定せずなんというか アウトサイダーみたいになってしまって うまく社会馴染めないような感じはずっと
持っていますうんそれもトラウマかもしれ ませんでも多分今回の原因ではないと思い ますというのも大学の頃だからある程度 大人になっているのでいくらか コントロールできることだったはずです もちろん助けられなかったのはあなたの力 がなかったせいとかじゃないんですよそれ はまた別の問題ただ幼少期って本人に圧倒 的に選択肢がないんですよだからすごく 根深いしそれを抱えたままその上に人間 形成されていく今回のような深刻な メンタルの不調ってそういうのが表に出た ような形が多いんですそう言われても母親 が原因の問題とは思えなかった記憶は曖昧 だが言うことを聞かないとお尻を叩かれた 手ではなくプラスチックの布団叩きで パンツを流され叩かれるしいことは不思議 と思い出せないすごく痛かったはずなのだ がどのぐらい痛かったのかは分からない 叩かれた後に母親はどう振る舞っていたの か叩いて子供が泣いて反省したら終わり だったのか何回くらいそういうことがあっ たのか23回じゃないと思うがはっきり わからない僕が何歳くらいのことだったの かも分からない小学生ということはない ように思う幼稚園の頃じゃないだろうかで ももしかすると小学生になっても叩かれて いた気もする何年くらいの期間そういう ことがあったのか覚えているのは非常に 恐ろしいことで母親がそのモードに入って しまったらもう何をどうしても許され ないただはるか昔のことだし何か悪いこと をした罰なのだから子供には大かれ 少なかれ体験することな だろういくらかどがすぎている叩かれ方 だったとは思うが母親も若かった初めての 子育てのプレッシャーでそういった行動を 取っていたそれだけのことじゃないのか それからちょっとした催眠のようなことが 始まっ たな面させて並べる片方に座って目を 閉じるように言わ れる目の前の何も座ってない椅子に お母さんがいると思ってください誰も座っ てない椅子に母をイメージする子供になっ たと思ってくださいと続く母親が怒って いるとイメージするどう感じますか怖いん だと思いますそれではお母さんに向かって 怖いと言葉にして伝えて ください最初は何ということはなかっただ が進んでいくにつれ本当に気分が落ち込ん できたうつになって感じる不安ではなく胸 の奥に重いものがつっかえるような気分の 悪さだ次第にその気分の悪さの正体が恐怖 なのだと分かってくる恐ろしい怖いそして
涙が止まらなくなったおいおい嘘だろう そんなに僕は母親の暴力の過去に心を痛め ていたのか大人になってすっかり気にも 止めていなかったのがこんなに人前で涙を 流して止まらなくなるほどにショックだっ たでも大丈夫です実際の今のあなたは子供 の頃のあなたではないからちゃんと大人に なっていますその頃のお母さんと同じ くらいの年齢になっています子供にとって 親っていうのはそれこそ神様世界の全て ですから仮に親が間違ったことをしていて もそれも分からない絶対的に逆らえない 恐怖にもなりますだけど今のあなたは大人 だからきちんと伝えれば大丈夫 です大人のあなたとして目の前のお母さん に怖いという気持ちや怒りのお気持ちを 伝えて ください最後に子供だった頃の自分の手を 取ってあげて大人になったあなたは子供の 頃のあなたにどうしてあげたいですか伝え てあげて くださいそんな風にして催眠のようなこと は終わった実際には催眠ではないと思う 明確に記憶もあるし操られたという感覚も ない大人になって以来恐怖で涙が止まら なくなる ほど 初めてのことだったので驚きました正直 ショックでし たそうですよね誰しも心の中に子供の頃の 自分が残っているんですよ普段は表に出て こないんですが心のバランスが崩れた時 なんかに表に出てくる大人になった感覚で 客観的に考えると全く怖くはないはずの ものが怖いと感じたり原因不明の不安って 子供の部分が感じていることなんです あなたの場合なら誰かに怒られたらどう しようっていう感覚ですね実際には大人に なってるんだからそんな誰かに怒られ るってめったにないし怒られたとして何と でも対処できる怒りかしたっていいわけ ですしだけど中にいる子供の自分は怖がっ ているそれが分からないんですよ中にいる 子供の自分の感情を今の自分の感情と 勘違いしてしまって怖いと感じてしまうん です分かりやすいのだと今回のきっかけに なったクレームですねおそらくですがお客 さんはあなたに対して怒ってはいない でしょう怒っているというよりは助けて 欲しいと思っているでしょうその表現方法 として怒っている部分もあるかもしれない が根本的にはあなたに対して攻撃したい わけじゃない助けて欲しいことを表現して 起こっている少なくとも理不尽にあなたを 叩いたりすることはないでしょうでも
あなたの心の中の子供の部分は怒られる 叩かれると感じてしまってその感覚が あなたを支配して いる確かに そうかもしれないですそのお客さんは事件 が起きるまでとてもいい人でしたから怒っ ているとしても僕に対してじゃなくて会社 に対して怒っている方が強い です理性で冷静に考えればそうなんです おそらくあなたが感じてる仕事のストレス も怒られたらどうしようクレームがあっ たらどうしようという気持ちが強いはず ですそうですね怒られたらどうしようと いうよりは失敗してしまったらどうし ようって感じることは多いです でもそれも冷静に大人の理性で考えると やはりあなたに対して向けられる怒りや 暴力ということはないはずですもちろん クレームがあるのは誰しも嫌だと感じる ことですが本当はそこまで恐れることでは ないんですとはいえ子供の部分は潜在的な ところなので全く恐れを感じないように することはできません子供の部分は消える ことはありませんうまく付き合う必要が ありますまずは子供の自分が存在すること 子供の自分がどう感じているかを理解し ないといけないんです今のワークはその ためのワークでした人間は本当に深刻な 問題解決のできない問題には自分を守る ために蓋をしますでも蓋をしているだけで 消えることはないですし漠然とした不安と してつきまとってしまいます同時に子供の 自分が存在してくれたおかげで伸びてきた 人間的な長所もあるんですよ怖いから ちゃんとしないといけないとか人の顔色を 読むのが上手だったりトラウマの種類にも よるんですがトラウマのある人って仕事の 能力が高かったりすることって多いんです 言うなれば自分の心の傷を引き受けてきて くれた内側の子供の自分のおかげで強く なって生きてきている側面もあるんですだ から過去のトラウマを理解しながら子供の 自分にちゃんと感謝して受け入れてあげる その上で守ってあげる引きずられないよう にすることが必要なんですよなので今やっ たワークを家でも時々でいいのでやって あげてください過去のトラウマまでは なくならないし子供の自分は消えないし 完全に帰ることもできないだからこれから 先の人生でも時々問題は発生する でしょう確かにワークの前の時には トラウマに蓋をしていた昔話として母親に ひどいことをされた経験があったとしか 思っていなかったそれが今の自分の問題の 根本の1つとは思わなかったそんなに
恐ろしいと感じていたとは分からなかっ たアフリカ5ベジのような味のする肉と水 はなくてもコーラはあって全裸の黒人に朝 から殴られる 話ダルエスサラームを出発してから1ヶ月 いよいよ国境を超えてマラウィに入る自転 車で国境を超えるのは以前南米を旅した時 以来になる南米の場合ほとんどの国がノビ 座で行けるのだが マラビージャ国によっては国境では取れ なくて首都にある大使館で事前に取得し ないといけないような場合も あるただ問題が1つあったUSドルがない のだマラウィのビザを取るにはUSドル じゃないといけないという急いで用意し なくても国境までの街の銀行化両替屋で USドルなら手に入ると考えていたのだが 予想していた以上にUSドルに監禁できる 街はなかった マラビージャは両替できるがUSドルは ないと いう仕方がないのでとりあえず国境近くの 両替屋を当ることにした同じような事情画 でUSドルが必要な旅人はいるだろう レートが悪いが 仕方ない写真国境の手前の宿のバーで 仲良くなったジョブ師よくしていただい た宿のバーで仲良くなったタンザニア人の ジョブ氏が迎えに来てくれ国境まで行く ジョブ氏の弟のオフィスで無事タンザニア シリングからマラウィクチへの両替もでき たありがとう適正レートで安心して両替 できたのは助かるよUSドルはやっぱり ないごめんねUSドルはないんだよでも 国境にいる領外屋なら多分誰かしらUS ドルも交換できるはずだよレートは悪いか なそうだな悪いだろうねまあ仕方ない ね国境の順番待ちをしている車の横を自転 車ですり抜けていく南米の時もそうだった が車は結構時間がかかるらしい車の ナンバーだったり赤物の関税だったり色々 あるのだろうタンザニア側は出るだけなの ですんなり出国スタンプをもらえた イミグレーションというと我々日本人は 役所のような立派な建物を想像するが本当 に失踪なものだそれでもアフリカの普通の 民家なんかと比べればきちんとしている そうは言っても国境国と国を区切る教会線 のモバの建物としては本当に小さくて ボロいカウンターに制服の役人らし人がい てスタンプを押してもらうだけだから別に 立派な建物である必要はないのだ が自転車を押して歩いて国境線になって いるソングウェア側の橋を渡りマラウィ側 イミグレーション
ここで問題の入国ビザを手に入れなければ いけ ない75$とのことだが問題はマラウィ クワチャしか持ってい ないだめだめUSドルでしかビザ出さない よだめだよタンザニアシリングじゃなくて マくわチでもだめだめだめやっぱりダメか それにしても マラビロクの1つとは聞いているそれにし たって入国管理が自国通貨を信用していな いってどうなんだタンザニアシリングが 使えないなら納得できるがマビクアチャが 使えないというのはどういったものだろう でもそれが世界の事実なのだろう暴落冒頭 当たり前油断したらすぐに紙屑になって しまう当然USドルは世界どこでも最強だ 日本の円も大きい国の首都なら両替できる ところも多い日本円には信頼がある改めて ジャパンってすごいんだなと思うま もちろん日本円でもビザは買えないん だろうけどそんなわけで雑に追い返さ れるこのまんま国境と国境の間にいたら どうなるんだろう脱出できないのか タンザニア側には入れるんだろうか近くに いた警備員だかソルジャーだかの制服を着 たお兄さんに声をかけてみるねUSデロ 欲しいんだけどそこの両替屋に行けばいい よそうすぐ近くにオフィシャルな両替屋が あったしかしそこに行ってもうん土曜だ から休みだよああそうか土曜か土曜なんか に国境を越えようとしちゃちゃいけないな 自転車で日々ブラブラしてると曜日感覚と かなくなってしまうでもあんちゃんたちは 休みなのになんでいるのいや本当は土曜は 半日はやるんだけどねボスがだるいから 今日は休むってさなるほどね土日はダメな んだいや日曜は人もいっぱい動くからやっ てるよ土曜は場合により蹴りだねよりに よって土曜日に来てしまった自分が残念 すぎるそっかどうしよっかな入国ビザの ために100ドル欲しいんだよ信頼して くくれるなら俺がタンザニア側にいる闇 領外から監禁してきてやるよどうしようか なねこの人信頼できるの男に聞くああ こいつは同僚だから大丈夫だよこれでも俺 らオフィシャルな銀行の領外屋の従業員だ から信頼してくれて問題ないよまあそれも そうか国境と国境の間の中立な場所もんな でも気分次第で土日も土曜も休みにし ちゃう程度だからあんまり信用できない気 もするが国境のタンザニア側には闇領外は たくさんいる昨晩ジョブ師が言っていたが 闇領外はみんな嘘つきと思った方がいいよ 闇領外では両替はしちゃだめだぞとのこと だったとはいえ背に腹は変えられない
オフィシャルな両替屋の閉まっている土曜 で闇両替屋たちも繁忙機なのだろう本当に ものすごい数がいたそうだな8万クチあれ ば100ドルになると思うよ10分ほど くれるいや今の列だったら7万でいける だろうと思いながらもじゃあ頼むよとお 願いした100ドルと言うと我々日本人の 感覚だとお札1枚だが8万マラウィクチャ はちょっとしたサタだマラウィクチャは 最高額が2000クチ紙幣なのとマラウィ クチャは髪が安っぽいからか人々が財布 なども持たず雑に扱うからかしわしわで かさばるので100ドル分8万くわチと なるとちょっとしたさタバになって しまう闇両替レートでぼったくられる1万 クチの差と言うと大きい金額のようだが 日本円で言えば1000円程度の差だ 10万円換金するとなるとそのボッタクリ レートは結構きついがビザの1回だけだ から知れているキリマンジャロでチップを 渡す時にドルじゃなくてタンザニア シリングで払っておけば100ドル札が1 枚残せたななどと考えながら待つしばし 待つ帰ってこないね帰ってこないねああ 大丈夫でしょ帰ってくるよ心配するなまあ いいか マラビロクしたよ数字さえ英語は厳しい からお金を払うのも大変だったよ マラビロク 本当焦らせたり心理作戦うまいなプラス 1万渡してまたしばらく戻ってこなかった がなんとか無事に100ドルを手にに入れ たいやUSドルは手に入れるのが大変なん だよねえファンタ奢ってよああ分かったよ ちゃっかり儲けた上にファンタがかよう いいよ怒ってるよほらな他の仲間の分も 買ってきてやれ国境のファンタは1ドル弱 と高かったがこれでビザが手に入れるので ありがたい再びぐれに行く相変わらず 高飛車な態度のオフィサーだが100ドル 札とパスポートビザ申請書を渡すと きちんと仕事を始めてくれた入国カード やらビザ申請に記入するランは何を書くの かよくわからないそもそも僕の英語は 雰囲気イングリッシュなのでボディ ランゲージありきの会話専門だこの手の 書類の言葉は僕ら日本人には見覚えのない 英語も多くて困るなんとなく適当に書いた が問題なかったらしく受理してくれた名前 とパスポート番号とあと金さえ払えば自転 車の場合は大丈夫らしい手続きしてくる から座って待っててくれ30分以上待って やっとビザがもらえ入国入国スタンプを もらえた 随分と待たせられたがマビーへようこそと
満面の意味で言ってくれた写真 イミグレーション オフィス国境線のソングウェ 側この100ドルを手に入れるのに苦労し たイミグレーションの カウンター マラウィマラウィ国道1号 戦時計を1時間送らせるタンザニアは北に 南にも走ったが西にも時差1時間分走った のだマラウィに入るとタンザニアより明確 に貧乏なんだろうなと思う道が悪い舗装は されているが細い国道というか日本で言う とちょっと広めのサイクリングロード くらいの感覚だそして車が少ない集落の 感覚がタンザニアよりも近いタンザニアで は集落と集落の間は何キロも離れているの で歩いている人はほとんどいなかった村と 村の移動はボロボロのハイエースの 乗り合いバスなんかが走っていた マビーユじゃないのだがポツポツと民家が あってタンザニアのように完全な無人地帯 のような雰囲気にならない道端で炭火で 何か焼いて売っているので食ってみた焼き バナナと何かの肉だった結構うまい何より も英語でやり取りできるのが楽だそして マラウィコのほりにキャンプ場があり砂浜 が綺麗だった 写真道端で揚げパンを売ってい ます焼き バナナ子供 たちマラウイコ近くのキャンプ サイトマビーで取れた魚と 美女亀も いるその肉を口に入れた瞬間に口いっぱい にベジの匂いが広かったうまい安いと味を 閉めて道端の小汚い炭火焼きの食べ物を ちょくちょく食べていた国境を超えたって 当然ながら腹は減る自転車の旅は毎日腹が 減っている2日目に少し慣れてきたことも あっていつもよりも小汚い感じの炭火焼き の店で肉を買ったそしたらとんでもない臭 さが口の中に広がった口の中に公衆便所を 突っ込まれたような匂いだった吐き出し たいでも目の前で履くのも悪いし多分これ が食えないと マラビージャ洗礼だと飲み込んだそれから 下痢の日々が始まった自転車で下痢をする と本当に困る日本でも困るそれでも日本は どこでもコンビニがあって清潔なトイレを 無料で使わせてもらえる海外や自転車で 走る時にトイレ事情は結構大事だ タンザニアは街から離れると歩行者が あんまりいないので道から少し離れた ところでアウトドアトイレができた マラウィは歩いている人も多いので
アウトドアトイレも難しいちょっと アフリカに慣れてきたからと調子に乗っ たらこの様だだ下痢になると力が入らない 水分が抜けてしまうそれで水が欲しいのだ が マラビージャはトラックやバスが多かった 常用者が走ることもあったつまり人が移動 しているのだ マラビージャの現地人がミネラル ウォーターなど買って飲むわけがない水は ないけどコーラはあるよああコーラコーラ 好きなんだけど下痢で水が抜けちゃって水 が欲しいんだよでもコーラでいいから ちょうだいわか渡されたコーラは当然 ぬるい冷蔵庫はあるけど電気は来ていない まいっ た 写真へこんだところに油が入っていてあげ ているこの肉のせいで大惨事になった 芋こちらは 安全日本から自賛したロカトロ付の水筒だ が現地の水を飲むのは怖かったどうしても 喉が乾いて2回ほど使用し た下痢は辛かったがマラウィは素敵な国だ マラウィ湖が美しい道は車が少ないので 自転車にとっては走りやすい喉かだ牛の 群れがもうもう行って道を塞いでしまう こともあった内陸の湖なので海のに潮で ベタベタもしないし波もなく風も穏やかだ 砂浜が綺麗で外国人通りと向けのキャンプ 場が多い10ドル以内と金額も高くない ツーリスト向けなのでトイレなんかもそれ なりに綺麗だしレストランもあって食事も できるし美味しいお酒も飲めるちょっと 高いが下痢している時に安全な食事が 取れるのは助かったしかし道路事情が悪く アクセスが悪い上に入国ビザも安くない おかげで外国人通率とが少ない贅沢に ゆったり過ごせ るそして米が美味しくて安い日本の米と 同じようなふっくらした米が炊けるお世辞 抜きで日本の次に米が美味しいのは マラビージャ屋で食べると塩入れて炊いて しまうのだがそれでも美味しい道端や商店 でビニール袋に入れた米を売っているので それを自分で炊けば日本にいるような 気持ちになれたキャンプ場も多いので米を 炊く機会が増えた野菜が売っていたら買っ て米と一緒に炊いて塩なんかをかけて 食べる日本から持ってきたインスタント 味噌汁も活躍したタンザニアも優しかった けれどそれ以上にマラビージャ んとした周王 国道 キャンプは最高
だキャンプサイトはロッジやバーがある こと もキャンプサイトと現地人のギャップは すごい裸の人も 多い下痢になっても懲りずに食べる腹が 減る変な恥がする時は食べ ないテントで目を覚まして外に出て椅子に 腰かけ湖を眺める朝からマラウィジを飲み ながらのんびりとタバコを吸うタベイ マラウィこいの街の中でもビーチが綺麗な 人気の観光地らしいとはいえツーリストは 多くないロッジに泊まっている人はいる ようだがキャンプサイトには他に人はい ないようだった観光客には現地人もいない 静かでいいところ だ義理の調子が悪いので連泊することにし たやはり有料のキャンプサイトはいい安全 で平和だこれがヨーロピアンたちの エンジョイするバカンスなんだろうな日本 にはこういうところはないキャンプ場と いうとなんだか人工的すぎたり狭い森の中 だったりするそして隣のテトが近いこんな 静かな美しい湖の脇でしかも離れたとこに ちゃんとトイレやシャワーの設備があって バーにレストランもあるとにかく時間が 緩やかで優雅だ町の方に行っても治安は 悪くなさそうだったし商店では水も売って いたコーラもぬるくない冷たいものが 買える当初タベイによる予定はなかった 少しルートから外れる蹴りのおかげだ体が 限界に近かったので静かでゆっっくりでき そうなところに連泊しようと現地人たちの お勧めもあって兵によったそれが 素晴らしくいい場所だったぼーっとして いると突然目の前に全裸の黒人が現れた なんだこいつはとりあえず話しかけて みようハロー うわあ全裸の男はおたびをあげて 飛びかかってきたボロい椅子の足は折れて 後ろに倒れ上に乗られマウントを取れる そして殴られる痛い ヘルプミー人生初の本気のヘルプミーだっ た声が裏返ってうまく叫べなかっ た近くにいた宿の人が走ってきてくれすぐ に助けてくれたとはいえ随分殴られていい 宿の経営者らしい白人女性もやってきた ごめんなさい彼の名前はジョンバナナって いうの精神に障害があるかわいそうな人で うちで保護っていうわけじゃないんだけど 面倒を見ているの普段は大人しいんだけど 時々興奮してパニックになってしまうの 彼女は本当に申し訳なさそうに謝るのだが そんなバカなことあるかわざわざ セキュリティのために敷地をぐるりと フェンスをつけて警備員までいるのに肝心
の敷地内にそんなやいたらダメだろうだが アフリカの暮らしも1ヶ月ほど経っている と変なことに慣れてしまっているああそう なんだねうん大丈夫だよジョンバナナ痛い けどまあなんともないと思うジョンって 確か英語でちんちんだよねバナナも やっぱりちんちんフルチンのジョンバナナ なって安易すぎないか病院に行くいやいい よ大丈夫病院というとマラウィに入って から看板でファミリー政府とか書かれた HIVに関する看板を時々見かけた マラビージャカフェの前でアフリカの太鼓 ジャンベが売っていた中でジャンベの音が 聞こえるヘイジャンベ叩いていかないか ああいいね楽しそう叩き方分からないから 教えてよ中に入ってビールを注文する ツーリストらしい白人女性が先にいて ジャンベを教えてもらっていたその隣に 入って一緒に 教わる基本は太鼓の叩く位置と指先で叩く か手のひの付け根の方で叩くかあるいはト のひ全体で叩くかでネロが変わる端っこを 指先で叩くと高い音が出るどの叩き方でも 共通なのは脱力して打つことポンと叩い たら太鼓の反発力で手が跳ね返されるよう な感じが理想らし力が入っていると手が 対抗を抑えるような感じになって綺麗な音 が響かないという手の脱力の感じを覚える と確かに音が綺麗に響く高い音低い音が なんとなく打ち分けられるようになると 簡単な8ビートの叩き方やシンプルな アフリカっぽいビートの打ち方も教えて くれたじゃあそのビートをそのまま叩いて くれと言われそのまま叩いているとそれを ベースにするようにアドリブを入れながら セッションしてくれる何とも素敵な時間 だったいいねこのジャンベっていくらなん だそうだねそのサイズは3万だ約50ドル えーそり厳しいないくらならいいえどうか な5000約10ドルくらいなら1つ 欲しかったなじゃあ8000はどうだいえ そんなに安くていいの8000くらいなら いいね自転車にくくりつけて走ったの かっこいいしねじゃあ宿に戻ってお金取っ てくるよOkところでみさ古いスマホを 持ってないかいああるよでも完全に壊れ ちゃってるよ今回の旅が始まって1週間せ ずに壊れてしまった日本のスマホだじゃあ それを持ってきてよいくらかかで買わせ てよえいいけど本当に壊れてるけどいいの キャンプ場のテントに戻って金と壊れた法 を持っていくもし直せてしまったら個人 情報なんかが厄介だがまあ直せないだろう 多分日本に持ち帰っても修理は難しそう だったおいいスマホだねじゃあミスター
このスマホと2000で太鼓ってことで どうえこの壊れたスマホにプラス3ドル だけで対抗くれんのありがとうそんなわけ で対抗を手に入れた適当に叩くだけで割と 楽しい自転車につけてもむちゃくちゃ重い わけでもない邪魔ではある けど対抗片手にブラブラとキャンプ場に 戻っいるとヘイミスターボブマリ シガレットはどう2000クチでいいよと 声をかけられる昨日到着した時にも同じ ように声をかけられた約3$なら悪くない 気もするマラウィークを眺めながらボブ マリーシガレット確かにピースフルでいい 時間な気もするそれにかの対策にもいいか もしれないチェゲバラがマリファナを吸っ ていたのもゲリラ戦でジャングルに潜む時 にマリファナ対策のためにも吸っていたと も言うギリにも聞くかもしれないまたお前 かマリファいらないよマリファナの売人と 言うと日本だと怖いおじさんとか怪しくて 危険な人のイメージだがそういう雰囲気は ないプンプンとマリファナの匂いがするが 危険な雰囲気のない若者だ彼らからすれば マリファナのタイマソはその辺に生えて いる雑草でそれを通リストが高く買って くれるんだからいい商売なのだろうタイマ 想というのはかなり強いので特別栽培し なくても野生でニョキニョキ生えてくると どこかで聞いたことがある日本でも河 なんかで自生しているのを見つけたら 保健所に連絡して駆除してもらいましょう ということになって いるあれミスター顔が晴れてるねなんか あったのジョンバナナに殴られたところが 腫れているらしい確かにまだ痛いジョン バナナにやられたのかあいつはクレイジー だからねドラッグのやりすぎでクレイジー になってザンビアの方から流れてきたんだ よそういうボブマリーシガレット君からは プンプンとマリファナの匂いがする君も クレイジー一歩手前じゃないかところで ミスターハニーはいらないハニーって蜂蜜 Bから取れるハニーそうそうそれなら 欲しい自転車で走るのに蜂蜜はエネルギー になって助かるじゃあうちに取りに行く から一緒いでよそう言って彼についていく 舗装された道を外れ畑みたいなところの 風道を抜けて奥に行く自転車旅はローカル の人の目線に近いとは言ってもやはり舗装 された道までが大半だ特に我々日本人には 道は舗装されているものであって舗装され ていないところを歩くということ自体が 珍しい運動場や公園砂利の駐車場あとは 登山なんかのアウトドアになるんだかろう か昔初めて山小屋で働いた時3ヶ月下山
できなくて久しぶりにアスファルトを踏む とアスファルトって硬いんだなと感じたの を覚えて いる舗装されてないところを行くというの は慣れていなくて何とも抵抗があるその上 アフリカの小さな村の奥に入っていくわけ だからワクワクもするがやはり怖いところ もあるそれも先導するのはボブマリー シガレット君 だ彼の家に着くと蜂蜜を持ってくるから家 の前で待っているように言われる外で待っ ていると彼の姉だか母だか分からないが ちょっとあんたそれ商品なから持っていっ ちゃだめだよと言ったような会話をして いるのが聞こえたマリファな臭い彼は プラプラしている問題時なんだろう大きい ボトルに入った蜂蜜と殻の小さいペット ボトルを持ってきて小さい方のボトルに 蜂蜜を入れてくれたお金を払うとで ミスターボブマリーは2000クチで 楽しんでいかないいやだから行かないって ちょっとだけ寄ってこうよ悪もなさそうな のでついて行ってもいいと思ったが そそくさと宿に帰った写真 ですジョンバナナに襲撃された現場 です市場です米が うまい ジャンベ米の上にトマトと玉ねぎと市場へ 手に入れた赤い色のよくわからない スマイスを乗せて たくボブマリーシガレット君 ジャンベを装備した自転 車路上でパンが売っていたら大当たり普通 に 美味しいムカを出てからも下痢が治らず 本当に辛かった街の定食屋で昼ご飯を食べ ていると突然トラックのドライバーから声 をかけられた兄ちゃんトラック乗ってか ないか4000クチャでサリマまでどうだ まさかの逆ヒッチハクだサリマは 120kmほど先の街で6$ほどで行ける なら魅力的な話だったいいねでも僕自転車 あるんだよ知ってるよこの前タンザニアの 道で自転車で走っているのを見かけて今日 ここで見つけて気になったからさ自転車は トラックの荷台に詰めばいいよそれで トラックのうんちゃんに乗せてもらって ワープすることにした下痢で体力もなかっ たので本当に助かった彼のトラックは日本 じゃ見かけない巨大なものだった自転車を 積んでもまだまだ余裕がある俺も タンザニアのベアまで行って今帰りなんだ よ彼は音楽をしながら言うへえそうなんだ 彼はマラウィの南部のプランタンという街 に住んでいるらしいベアまで1日で行ける
のいやトラックでも2日わかるな 1300kmぐらいあるからなそんなに 遠くまで2日で行くのすごいないや自転車 で走ってらお前の方がすごいよそれにして もマビーは道が狭いしデコボコだね全くな 本当にダメな道だぜでもサリマから南は 綺麗になるぞリログはて大きい街そりゃ シュットだからなズズよりも大きい もちろんさリログプランタンズズの順だな トラックは実によく揺れた道が悪いそれで も快適だトラックの座席は背が高く自転車 とは視線が全く違うこれまで走ってきたの と変わらないような道湖沿いでもアングル が違うと景色の見え方が違って楽しい道に 人がいれば彼はすぐに大きな音で クラクションを鳴らした途中で仲間の トラックと合流し家で使う石炭を買った 1mほどもあろう大きな袋を荷台に積むの を手伝った石炭もこの量になると重かった 助手席で途中少し眠ったりしつつ2時間 ばかりでサリマについた理論グはこっちに 行けばいいからなここから先も気をつけて いけよいびをな名前を聞き忘れたが本当に いい人だった 写真かなりの量でも頭の上りの捨て 運ぶ逆ヒッチハクしていただきました ありがとう トラックから見ると高さがあってかなり 雰囲気が違う写真で見てば分かる通り道路 が狭くてボロボロこれが主要国道で あるこれも 国道気をつけて行けよと言われたのに無謀 に進んで宿のない村で夕方になってしまっ たリロングウェに向かう道はマラコから 外れて観光要素がないので宿がないのだ ここまでマビーでは宿に困っていなかった ので誤算だった仕方がないいつも通り村の 入口の暇そうな男に聞いたこの辺で矢とか キャンプできるところはないかなないない ポリスとかないのさせてもらえないかな それもバスに乗っていけばいいじゃんもう すぐリロングウェ行きのバスが来るよ自転 車も詰めるの大丈夫だよ自転車が詰めると 言うから大きなバスが来ると思ったら 現地人ご用達のボロボロハイエースに タコスの乗り合いバスだっ たリロン具までいくらなの5000でどう 3000じゃだめ じゃあ4000はオそれで行こうでもちり 詰めんのおう任せとけロッケさ本当に オッケーなの乗客も満員だし後ろの荷台に も空けはなさそうだけどオッケーじゃない ようにしか見えないぞ大丈夫かああ大丈夫 だ任せとけ彼らの任せとけ大丈夫は実に 信じられないがもうなるようになれな
せっせと彼は僕の自転車をハイエースの 屋根にゴムチューブで適当にくくりつけて くれたおそらく自転車の使わなくなった チューブだろう自転車は屋根にサイド バック2つとハンドルバックを抱えて助手 席に座り後ろのトランクにサイドバック2 つを乗せる僕以外の現地人の乗客たちも 荷物が多いので後ろのトランクの扉は荷物 がはみ出していてきちんと閉じない中途 半端に開いているのをゴムチューブで 無理やり縛りつける荷物は落ちないの だろうか日本どもよく見る普通サイズの ハイエースにそれだけの荷物を積み人間も 10人以上乗るハイエースにはこなに人間 と荷物が乗るものなのかと驚く次の村に 到着するとクラクションを鳴らす誰か乗る やついるかというクラクションだすでに 店員の2倍近く座っているハイエースに さらに乗るちょっとした手品のように グイっと詰めればいくらでも人間が乗れる それだけのぎゅぎゅ詰めだから途中から 後ろに積んだサイドバックが落ちてないか なんて気にする余裕もなくなる鞄の中から 何でも盗み放題の状態だがマラビージャ と話していると僕の払って4000クチは 高いらしいローカルの人はいくらで乗っ てんのう適当だな人によって話し合って 決めてるんだよなるほどねそれでもちらり と聞こえる声に塗ると500とか1000 とかそんなもんだ自転車積んでもらってる しリログ屋まで距離もあるし安全な宿りに 泊まれると考えるば僕にとっては4000 でもありがたいねえ俺のチリ落ちてない 心配するなって大丈夫いっつもこれで走っ てるんだ荷物は落ちないさそう言いつつ 一度トランクの別の人の荷物が落ちて ストップストップと後ろの客が叫んで バックして拾うこともあった時々僕は ルーフの上の荷物について聞くと大丈夫 だってば落ちてないだろ心配すんなってと 笑っているハイエースバスは運転ション 好きなヒップホップ調の音楽をFM トランスミッターで流しながら時速 100kmほどで走っていく日本では車検 も通らないようなボロボロのハイエースに マラビロク跳ねたリロングウェに向けて西 に走るので夕焼けが実に美しかっ たうつ6マンダラとガから生き延びた人と 自転 車カウンセリングは効果があったと言って いいだろう過去の母親のトラウマだけが 原因とは思えなかったし仮りにそうだとし て自分の内側の子供が消えることは ない一生何かの旅に落ち込むことがあるの かもしれないと思うと気が重いところも
あるそれでも部屋にこもってロソの日を見 続ける日々からは脱出できた妻とは普通に 話せるようになったし家から出ることにも さほど抵抗を感じなくもなった子供の保育 園の送り迎えについても何とかできるよう になった毎日の保育園の送り迎えは ハードルが高いおっさんが毎日延長保育も 早朝保育もなしで送り迎えに来る先生たち も何かあったんだろうなと思うが口には 出さないそもそも健康な時でもおっさんに とって保育園の送り迎えていうのは ハードルがある周りの目を気にしたって 仕方がないんだけれどそれでも送り迎えは 何とかできるようになった病院も個人の 小さいメンタルクリニックでいいところが 見つかった基本的には治療については少し 話を聞いて薬を出すくらいで同じなのだが プライバシーを考慮して待合いで名前を 呼ばないで番号札で呼んでくれたり完全 予約性などの配慮もあった商病手当ての 書類などについても親切に教えてくれ た友人の絵描きにマンダラの書き方を教え てもらう子供が生まれてからやめていた タバコを吸うようになった子供を保育園に 送って洗濯を回して食洗器をセットして ルンバを走らせてそれから紅茶を入れて ウッドデッキでタバコを吸って目を閉じる プランターのバジルをちぎってて少し匂い を嗅ぐそれからマンダラを 書く楽しいマンダラを書くんですね友人は 言う僕のマンダラはお世辞にも上手とは 言いにくい線が揺れている友人もそうだが 絵がうまい人はやっぱり線が綺麗だ描き たいようにすっと線を引ける彼女は優しい カナダ生まれの韓国人でご主人が日本人僕 よりも20歳近く年上の女性だ自身も心を 読んだ経験があってか理解が ある彼女の教えるマダは正当派のマンダラ とは違う正当派のものは補助線を引いて 厳密に同じパターンを繰り返して書く マンダラとは絵ではなくお経なんかと同じ ものだからだ心を無にして気学模様を つねる社長に近いのだろう彼女のマンダラ はフリーハンドで自由に書いていい中心の 点を決めてそこからは心に浮かぶ模様を ニョキニョキと生やしていく1つ模様を 書いたら髪をくるっと回して同じ模様を3 つかく4つでもいいその辺りも自由だただ 偶だと完成するのが四角くになりやすいの で奇数の方が丸いマンダラらしい形に なる模様の間にまた新しい模様を生やして いくただの丸でもハの歯のようなものでも 辛く模様でもラーメンどんぶりの模様でも なんでも いい色も自由に選んでいい一食で描いても
いい色ペンを変えていってもいい色鉛筆や クヨで塗ったっていい下手くそなマンダラ をかきこる頃には昼も過ぎている畳で昼寝 をして保育園の迎えに行く子供と図書館に よって絵本と自分の読みたい本を借りる 息子は飛行機の本ばかりで自分は建築の本 と心理学の本が 多いこれぞ本物の無い図色生産性など全く ないマンダラはいくら書いてもうまくなら なかったうまくなろうという気持ちも なかったがせっかくならうまくなってぎに でもなって何かの役に立てばいいんだが何 枚書いても僕の線はぐぐら揺れていたそれ でもそうやって動けるようになって 立ち上がれるようになると人生に抵抗 できる 調子がいい時には近くの山を上りにも 行けるようになった子供を送って家で魔法 便に湯を入れておにぎりをラップに包んで 途中でカップ麺を買う子供の迎えまでの 時間なので6時間ほどしかないので走る ピークまで行けることもあるが行けなくて もいい昼になった時点でカップ麺を食べて タバコを吸ってまた走って下山して子供を 迎えに 行く何も怖いことは現実には起きていない ぼんやりとした不安や心配は自分の中の 子供の自分の感じる恐怖のことだった もちろんそれが全てじゃないだろう心理学 でいうところのフロイトのインナー チャイルドと言ってしまえば安易な話だ それで全てが解決するなら楽なもんだそれ でもカウンセラー氏の話は納得できるもの だったこじつけと言えばそうかもしれない だけれど過去に過去に原因を被せることで 避しているだけかもしれない誰かの責任に するとその誰かが困るかもしれないけれど 過去の記憶に責任を押しければ今現在の誰 も傷つかないそういう手法なのかもしれ ない過去は文句も不平も言わないもはや 変えることのできない過去に罪を背負わせ だけど1つの問題に突き当たる過去は 変えようがないのだから僕の人生には ずっとその問題が つきまとういくら大人の部分理性で インナーチャイルドをコントロールしても 絶望の影はいつだって人生についてくる誰 しもインナーチャイルドを抱えていてそれ をコントロールして生きている仮にそう いう過去はなかったとしてもやはり人生の 中では何かしらのは起きる事件が全く起き なかったとしても何か問題を抱える事件も 問題もない人生などないだろうただ自分の 場合はちょっと他の人よりも行きづらい ところは大きいのかもしれないどうして
そんな問題と退治して行き続けていか なければいけないのか自身が体験した ユダヤ人強制収容所の話夜と霧を書いた 心理学者のビクトールフランクルは究極の 答えを出しているどんなに過酷だろとそれ でも人生にイエスという毎日同胞が死んで いく収容所の中であってもだクリスマスが 過ぎて年越しが過ぎてそれでも戦争が 終わらないまさにそのタイミング終わるか もしれないと期待したところで戦争は 終わらないいつまで絶望が続くのか先の 見えない絶望に心折れた人から順に死んで いくこんな人生に何の意味があるのか違う のだ人が人生に意味を問うのではない人生 があなたに意味を問うているのだあなたが 問う側ではない人生から問われる側なのだ どんなに過酷でも人生にイエスと言い 続けるフランクル心理学は究極だ究極すぎ て実践は難しいだけど確かにそうなのだ僕 の人生に意味はあるのか自分が生きていて 意味はあるのか今頑張っている目の前の 何かは完成したとして意味があるのかその 疑問は不毛すぎる畳を買って精神家に行っ てカウンセラー氏と話して本を読んでさい だけれども抵抗する戦うこれに勝利した先 に何があるな多分何もない別に僕が 生き延びたところでそんなに世界にとって いいことはない知っているそれでも人生に 絶望してしまわないようにほんの部分的で も人生に対してイエスを積み重ねて いく住宅営業になる前店長をしていた自転 車屋のお客さんからと偶然連絡があって 久々に一緒に走ろうと誘ってもらえた しんどいかもしれないなとも思ったが徐々 に元気になってきているし行ってみようと 思った隣の剣で少し遠かったがせっかく 行くなら車で行かずに自転車でと思った 毎日暇しているし途中に峠はあるが 100kmちょっとの距離なので自転車で 行って宿を取って一緒に走ってもう1泊し て帰りも自転車で帰ってくることにした 久しぶりのちょっとした自転車旅に なるしかし100km走るだけでお尻が 痛くなったお尻が痛いなんて初心者の頃 以来でアフリカを旅していた時はもちろん 自転車屋の頃もどんなに走ってもお尻が 痛くなるなんてことはなかった子供が 生まれてタバコやめたし自転車もちょっと しか乗れなくなっなったいや時間はあった はずだでも自転車に乗る心のゆりはなかっ た少ない少ない隙間の時間でもできると いうことで自転車からランニングに 切り替えたそれにしたってそんなに仕事を していたのかこんなにお尻が痛くなって しまうほど速度も出ないし登りもきつい
失ってしまったものを感じるようで辛くも 感じたけれどやはり自転車に乗って遠くに 行く日帰りじゃなくて走りたいだけ走れる というのは心が軽かった次の日昔のお客 さんたちと合流してま100km走る誰か と1日のんびりと走るというのは僕の人生 の中で本当に少なかった自転車旅は基本的 に1人切りだったし自転車屋で働いている 頃はお客さんたちが休みの土日が自分は 仕事なので一緒に走りにはけない唯一誰か と走っていたのは日曜日の朝に走行会と いうものを開く一応仕事の一環でお店で 買った人なら誰でも参加できる サイクリングで店が開く前の2時間だけ 走るそこで仲良くしてもらっていた人たち だそれにしても全員早くなっていて参った 自分が遅くなったというのもあるにせよ みんなスコブル早くなっていたルートもお 任せしたら随分と峠を登るハードなコース だった店長していた頃にはみんな初心者で そんなに早くなかったはずだ昼にそばを 食べておやつに牧場でソフトクリーム休憩 することになった店長まあ人生色々ある けど時々は走りに来てくださいよ僕もこれ まで転職したり色々ありましたけどね自転 車乗ってれば楽しいですから今回誘って くれたKさんが言う僕よりも少し年上の 独身の人だ実はね去年ガンしてたんですよ えガンってガンですか自転車なんか乗って て大丈夫なんですかそうガンってガンです よしかもステージ3死んだと思いました けど無事に治りましたそう自転車乗って 直したんですよえどういうことですか高眼 剤なんかの治療する時にね医者から少しで いいから有酸素運動をすると治療後の回復 が良くなるっていうからそりゃ自転車乗る しかないなってえでも抗がん剤治療なんか してたら自転車乗るなんてしんどいでしょ そうなんですよ自転車乗らなくても フラフラなわけですよゲゲ吐くから病院に 行くんですけど病院についてこれから 抗がん剤治療だと思うと体が反射でオし ちゃったりね待ち合いでゲロ履くなんて 最低ですよましてや自転車なんかもう歩く のもフラフラだからボタボタ変な汗かく わけですよ走行会で行ってたパンヤの ルートあるじゃないですかとてもじゃない けどパンヤまで行けない坂の最初のビまで 行くだけでフラフラで帰れなくなりそうに なりましたよそうなりますよね医者の有 回復が良くなる有酸素運動ってちょっとし た散歩とかのことですよね自転車とかマて や坂とかじゃないですよねうん多分ねでも 自分が生き延びるためにそれ以外にできる ことはないんですよ有酸素運動自転車乗っ
て生き伸びられる可能性がちょっとでも 増えるならってそれでフラフラになり ながらも生きるために自転車乗ってました よそれにしんどいけど俺はまだ生きてる ぞっと思えるまあそんなわけでまだ 病み上がりなんですっかり足も衰えちゃい ましたけど自転車っていいもんですよだ から店長も色々あるでしょうけどまあ 頑張らなくてもいいからたまにはこっち来 て一緒に自転車乗りましょうよ僕が店長 やめて自転車屋は潰れた雇われ店長では あったけれど趣味用品の専門店って店長の 顔で売れているところが大きいお客さんは 店長と自転車の話がしたくて店に通って くれる何10万円もする自転車を買って くれる店が潰れるのはお客さんからすると 本当に困ることなのだ本当に申し訳なく 思ったでもそんなこと全く気にしていない ようにみんな店長また走りましょうと言っ てくれた癌になって生き延びるたみに自転 車をこぎ続けるそんなこともあるんだなと しみじみ思っ たアフリカ6ギルバーシと弾け飛ぶM& Mマラビロクに着くと驚いたこれまで走っ てきたのと同じマラウィなのかまず車が 多いマラウィにもこんなに車が存在してい たのか街にはスーパーマーケットがあった 冷蔵された肉も売っていたこれまでの アフリカは冷蔵庫とはビールやジュースを 冷やすためにあった肉は肉はかやの肉はか かやのような網に入れてあったファースト フードの店もあっ た目星をつけておいた宿につくホテルと いう名称ではなくキャンプアンロッジ旧 市街のゴルフ場近くにある安宿の群れの1 つだ安すぎないところを選んだキャンプが できるつまり外人向け値段は少々するが 悪くない宿じゃないかという作戦だ作戦は うまくいった宿は清潔だった1万クチで 個室で朝食つき1ドルほどマラウィの地方 の街のローカルの使う宿は4000前後な ので安くはないが主とリロングウェのリチ と清潔感を考えれば悪くない海外旅行に 詳しい友人は体調が悪い時は現地の最高 クラスの宿で3日ほど休んで回復を待つと いいよどんな国でも首都なら最高クラスの ホテルはあるし高いって言ったて日本で ちょっといい温泉旅館に泊まるくらいだ から200ぐらいしても大したことはない それで回復できるなは安いもんだよと アドバイスをくれたがそうは言っても金が 足りなくなるかもしれないというのは 苦しいここまで宿台なんかは安くて助かっ ているが飛行機で重量釣果でチャージを 取られたりチェーンが100ドルもしたり
スマホが壊れて買ったり想定外の支出も 続いているそして今回の下痢ださらに後半 の没なナビアは物価も高くなると聞いて いるなんとか最後まで走れるだろうかもし かするとちょっとお金が足りなくて親や 友人に金の無心をして銀行口座に振り込ん でもらったりしなくちゃいけなくなるかも しれないお金が足りなくて生きて帰れない ということはないだろうがギリギリになる かもしれないどうしても手頃な宿が 見つからなければそういうホテルに止まっ ても良かったがその宿は僕にとってベスト だと思え た写真リロングエのショッピングセンター 一体マラウィのどこにこんなに車が存在し ていたの だろう日本大使館に電話してイ官がいるか 聞いたがイ間は来月まで不在とのことだっ たただの下痢なので放置して様子を見る ことにしたそれよりも厄介なことが起きた のんびりとインターネットで次のザンビア の情報を調べていたら入国するのに大熱病 予防注射の証明書イエローカードが必要か もしれないという日本で白日本で調べた 情報では今回のルートではイエローカード が必要な地域はないはずだったしかし ザンビアの国境ではタンザニア マラビロクドを定常求められることがある という個人が書いている旅行ブログの情報 なので審議のほどは確かではないそれでも マラビロクて難儀したアメリカドルぐらい なら難儀とは言ったってその辺の闇領外に ちょっと多めにお金を払えば解決するが イエローカードはそういうわけにはいか ないねえねこの辺に病院あるかいイエロー フィーバーワクチンを打ってイエロー カードが欲しいんだ宿の中年の男に聞く宿 の人間はとりあえず最低限は信じられる彼 の名前はギルバートと言ったああもちろん あるよ個人病院も近くにあるし中央病院も バスですぐ行けるから明日連れて行って あげるよ中央病院は確かに間違いないただ やはりネットの情報によると巨大すぎて 旅行者には何がなんだか分からないことだ そうだ プライベートとガバメントどっちがいいん 何それ無料かお金払うかだよ無料の病院が あるのかただそれって現地の人専用で旅行 者は無理じゃないかそれにお金を払う方が いい公営の病院を信頼しないわけじゃない がお金のやり取りがある方が間違いない ただより高いものはないオッケーじゃあ すぐそこにプライベートのクリニックが あるから行こうそうだね多分イエロー カードとか普通の現地民は分からない
だろうから医者に聞くのが間違いないね 2人でフラフラと歩くと1分と立たずに 着く先進国によっても違和感ないような 清潔な建物だった病院というよりは ちょっと大きめの住宅といった感じだ ドクターのご自宅を兼ねたクリニックなの だろうそれにしてもマラビージャ が一昔前の日本の病院という感じの建物だ ただイエローフィーバーのワクチンは生 ワクチンと言って管理が難しく個人の クリニックは存在しないだろう日本でも 大阪と東京くらいにちかないイエロー イエローフィーバーのリスクがあるエリア は通っていないんだね初老の先生は親切に 話してくださったはいアフリカで旅行した のはタンザニアと マラビージャ ザンビはザンビアボワナミビアまで行っ たら日本に帰りますわかったザンビアに 入る時に提示するためだけに必要なんだね それ以外には使わないでねドクターは デスクの引き出しから黄色い髪を出して サインしてくれたイエローカートだった宿 に帰りながらギルバート氏はミスターすぐ になんとかなってよかったねと喜んでくれ た簡単に手に入ってよかったよかったと ギルバート氏 と一緒に喜んでいたがに考え出すと イエローカードがあるからと言って安易に 入国して問題になるのもまずいそれなりの 理由があるからこそそういう決まりがある そもそも完全に公文書偽造だそれも イエローカードは1つの国の法律ではなく 国際的な取決めに対して効力のある文書だ から深刻な公文書偽造だ宿に戻ってから 改めてWHOの詳細のページを調べると やはりタンザニアマラビロクのチェックは 入っていない1年以上滞在した場合には イエローカードを要求されるというところ にチェックがある やはり今回の場合は不要なのだそれを 取り違えて1人と大騒ぎしてイエロー カードを偽造してもらったわけだとはいえ ドクターは手慣れたものだったことを 考えるとやはり同じようにイエローカード を求めてくる人が一定数いるのだろう国境 などというのは向こうの言分が正義だ 向こうがダメと言ったらだめだWHOの 規定を見せて説明したってダメと言われて しまったらだめだ入国管理官の判断で こいつは入国させたら危険だと判断され たらダメなのだイエローカードがあればは 早いそういうことをしているから病気が 広がったりして問題になるのだがだが現実 的な問題として大熱病エリアを通過して
ない旅行者が隣国に入るためだけイエロー フィーバーのワクチン注射に列ができると 困るのだろうもっと他に必要な医療がある ただ国がイエローカードを要求していて 患者として来ているのに治療を拒否する わけにもいかないドクターは金儲けのため にやったわけじゃない実際請求された金額 はたったのスドルだった端的に言えば ドクターは忙しいのだだろうマラビロク たーをするのは本当に大変なことなの だろうギルバート氏はその後も暇をして いるようで僕の会話に付き合ってくれた旅 で履いてきた短パンがすり切れてあまりに ボロボロになっていた マラビージャセンターに行ったのだがお 高い高い割に全然品質も良くなさそうだっ たこれなら今履いているズタボロの穴の間 たパタゴニアの短パンでも良さそうだ 結構高いんだねああここは外国人向けの とこだからね現地民が使うマーケットに 行ってみるいいね行ってみようギルバート 氏はショッピングセンターから離れて どんどん進んでいく市場に入る地面に いろんなものが広げられて売られているで も服は売っていない食品のようなものが 多いそして匂う魚の匂いだろうかどんどん 奥に入っていく当然ながら黒人の現地しか いない最初の頃は物珍しく楽しんでいたの だが奥に進むにつれ怖くなってくる ダルエスサラームでバイシクルドクター 小崎と散歩した時も現地人ばかりの路地は 歩いたがそれとは明らかに違う明らかに 危険な空気だ現地民の行く本物の マーケットは 怖い途中で橋が現れたこの奥でいい アイテムが揃うんだよボロボロの木の 吊り橋人がいてそを渡るには30クチ必要 だと いう下の川からは下水の匂いがするさっき までいたマーケットの魚の匂いと 混ざり合ってひどい悪習になる橋を渡って も彼はどんどん奥に行く日暮れも近い しまったもう短パンなんかいらない帰り たいただもう1人で帰れる自信がない冷汗 が出るギルバート氏から絶対に離れない ようについて歩いた1周しても短パンは 見つからず帰ることにうーん時間もさし みんな閉めちゃってたな明日来よういや もう明日はもういいよ短パンはいらないよ ああそこは僕たち外国人ツーリストには怖 すぎるそうだな絶対に1人で行っちゃいけ ないよあと夜は宿から絶対に出ちゃいけ ないよ理論グショッピングセンターに決断 キーフライトチキンある大都会 ショッピングセンターから歩いて10分
ちょっとの現地民のマーケットの現実ただ それはツーリストである僕の目線だ現地民 のギルバート氏にとっては普段のお買い物 に行く普通のマーケットなの だ 写真このネイスで日々だらだら過ごしてい た マラウィジントフルーツ ジュースリロングウェには3日ほどの つもりだったが1週間ほど滞在して休養し た下痢が回復しないこともあったが寝心地 のいい宿だった現地民だけのマーケットは 怖かったがそこにさえ行かなければ怖い ことはなかったギルバート氏が教会に行っ ていたのが心に残っているギルバート氏は 宿の中でも一番しっぱらしかった彼の メインの仕事は警備ということだったこの 宿は非常に変わったエで客は滅多に来ない のにドミトリーアイベアのベッドが10 ほどもあり個室も4種類くらい値段の違う ものがある1番いい個室にはテレビもある しバスルームもかなり広いものがついてい た僕は1番安い個室を使ってい た宿の外周はしっかりした壁と門に囲われ ていてセキュリティも十分だったテラスは 決して豪華ではなかったし マラビージャ スーパーも近かったし宿の人たちがいい人 たちで本当に快適だった椅子にわって日本 語の電子書籍を読みながらスーパーで買っ てきたマラビージャで割って飲んで過ごす のはとても気持ちよかったホテルという 感じでも安宿という感じでもなく現地人の 金持ちのちょっとした別荘みたいな建物 だったそんなに部屋がて快適なのに1週間 ほど滞在してる間どの日も客は基本的には 僕を含めて3人もいなかったそれでも スタッフは5人もいた客よりもスタッフが 多い赤字だろう多分ギルバート氏が1番 年上だろうと思う下痢をしている僕の面倒 をギルバート氏はよく見てくれた面倒と 言ってもやたらと話しかけてきてくれて 日々スーパーに昼ご飯の食材を買いに行っ てくれるだけなのだがそれでも精神的に とても助かった正直アフリカの旅に参って しまっていたギルバート氏の仕事はよく わからない宿帳やお金を管理しているのは もう少ししっかりした感じの男だった30 過ぎぐらいで肥満しているわけでもないが ヒョロヒョロした細い体系の親アフリカ人 の中では克服よくシャツなんかも似合う男 だったボスといった立場なのだろうもう 1人その補佐みたいな男いて彼はボスのい ない時には宿帳も管理していたみたいだし パソコンで何か印刷物をタイピングしたり
なんかもしていたあはおばさんがいて食事 を作ったり洗濯なんかするそれから夜には ガレージに2人ほど警備らしい男が座って 何か話などしていたギルバート氏は自分の 仕事は警備というのだが別に警備らしい ことをしているのは見たことがない そもそもギルバート氏に限らずこの宿の人 たちは仕事らしい仕事をしている時間は 短いように見えるそれでもボス的な男その 補佐の男ご飯やら家事をするおばちゃんに は一応仕事があったたまにコックという男 も来たこの宿はレストランはやっていない のだがたまにコックの音が来てとたまに コックの男が来て何か作る現地人らしい客 あるいは経営者の知り合いか何かの人物が やってきて食事をするその料理を作りに 来るただ全員の仕事を合わせても生ぜ1人 か2人でできそうな程度の仕事量のように 見える満室になったとしても20人も 止まれないぐらいのこじんまりした宿なの でスタッフ5人はやはり多すぎる大体 みんなのんびり過ごして いる宿の人々の1番の仕事は午前中の掃除 らしかった小学校の掃除登板表みたいな ものが貼られていて当番性でそれぞれの 箇所を掃除しているようだそれにしても ギルバート市の警備という仕事だけは謎な のだ掃除はしているそれ以外は謎だ上下 とも濃いブルーの作業技がギルバート氏の いつもの服だ警備の人間の制服だそうだが 実際1番警備が必要そうな夜には ギルバート氏はいない夜は別の警備員が 来るギルバート氏は朝に来て掃除が終わる と僕とスーパーまで散歩するギルバート氏 が食材を選んでくれて買って帰るとその 食材でおばちゃんが全員分の昼ご飯を作っ てくれるみんなでランチを食べる食材のお 金はもちろんギルバート氏も他のメンバー も払わない僕の財布から出ているとはいえ 外食するほどの金額ではないし宿の調味料 を使って料理してくれて いるちょっとした雑用みたいなことを ギルバート氏はする誰かが手伝いが欲しい 時にギルバート氏に声をかけるいつでも手 の開いた暇している何でもやのうな立位 だったでもそんなにたくさんやることは ないらしく誰かを捕まえてよくおしりをし ていた下痢で精神的にも肉体的にも元気の なかった僕にはギルバート氏の仕事を じっくり観察する元気もなく日々テラスの ネイスでぼんやりと過ごしているだけだっ たので実は僕は知らないところで ギルバート氏は色々働いていたのかもしれ ないでも多分そんなことはないだろう みんな大抵暇そうにしていて僕に喋りかけ
てくれたその中でも特にギルバート氏は 一番暇していていつも僕と話してくれた そして夕方になると帰宅していった ギルバート氏は帰り際や僕と一緒に スーパーに出かける時なんかに冷蔵庫から ペットボトルに入れた水をを数本持って いく市場で売るのだ中身は宿の水道水だが 飲料水として市場の連中は売るのだ ツーリストの僕には飲むのがはかられる水 だが宿の水道水は現地人にとっては安心し て飲める綺麗な水だというミスターその ペットボトル辛いなったらもらってもいい かな僕が飲んだ後のペットボトルを回収し ていたのはそういうわけだった旅人の間で はアフリカで水を買う時にはキャップが 開封されていないか確認して買うのは 当たり前なのだがまさか自分が飲んだ後の ペットボトルに水道水詰めて冷蔵庫で 冷やしたのを一緒に売りに行くとは思わ なかったただその水は買い取ってもらえ ないことも多かった同じようなことをする 人は多くて在庫が多い時なんかには 買い取ってもらえないんだろうギルバート 氏は会話の中で帰国して日本でお金ができ たら少しでいいから支援してくれとよく 言ったミスター明暗でしょと言わんばかり に明るい顔をして言うのだ世話になったし ほんの少しだったらいいよ でも銀行講座なんか持ってんの基本的に 現地人の多くは口座を持っていない口座に 預けられるような額の余裕のお金がない 月収1万円ほど年収で15万円程度が普通 かあるいはもっと少ない人も多いという 世界だ多くの人は口座を解説できない 代わりに口座がなくても同じ国の中でなら 携帯電話の中で電子みた電子マネみたいな ものをやり取りできる らしいでも日本からその番号にお金は遅れ ないでしょう海外から送ったことがない からわかんないけどでも支援してよ明るい 表情で言う日本に書いたら次はいつ マラウィに戻ってくるんだいえアフリカ 遠いからななかなか簡単に怒れないよ来年 かいやいや難しいよ今度来た時に俺の村に も連れてくよ両親には兄弟も子供たちにも 合わせるよありがとうでも難しいかもな やっぱりアフリカは遠い よアフリカは遠い距離も遠いけれど本当の 意味で遠い南米は機会があればまた行き たいと思えるアフリカは機械があっても 再び来るのに心の準備ができる自信がない いいところだ楽しい人々は明るいパワフル だエネルギーがもらえる日本にはない本当 の意味で日本からすごく遠いと思う支援の 話はギルバート氏にギルバート氏に限った
話じゃなかった一度宿のおばちゃん スタッフに子供が病気だから支援欲しい 支援してほしいと頼まれたのでポケットに 入っていたお金をあげたこちらでは一番 大きい金額の幣だったが3ドルほどだった しかわいそうだと感じてしまったので チップ代わりに渡したのだそのことについ て宿のボス的な男に話すとそれはチップと しては多すぎるし良くないよとのこと あまり大きな金額を現金で渡すと外に出た 時に噂を聞いた悪い奴に襲われるかもしれ ない何にせお金を渡すのはあまりいいこと じゃないと言ってい たある日ギルバート氏が珍しく昼過ぎに宿 を出ようとするどこか行くのと聞くと教会 に行くとのことだったアフリカには キリストの教会もイスラムのモスクもある キリストの力もイスラムの力もなかなか アフリカには効果が薄いのか少なくとも 経済的な面ではどうも明るい未来が見え にくいでもきちんとした教会やモスクが ちょっとした大きい街にはあるらしかった どの程度熱心に進行しているかまでは 分からないがきちんと教会に通っている からにはそれなりに進行しているのだろう ただ彼の生活が貧乏から脱却できそうには 見えなかった神様の効果というのは実際に お金が入るという以外のこともあるだろう 心の寄りであれば十分効果があると 言える実際にギルバート氏もアフリカの 多くの人々も信仰を深くしてもなかなかお 金持ちにはなれないことくらい分かって いるんじゃなかろうか実際神に祈りを続け てもお金には困り続けているのだからでも やはり進行するのだそこには多分癒し みたいなものがあるのだろうか写真です ギルバートとおばちゃん ニトには珍しく電気調理機があります濡れ た手で鍋を持つとビリビリってすることが あり ます ガス マラビージャ した会話をかわす僕の英語は拙いから あまり複雑な会話はできない ミスターまた朝から酒飲んでんのか下痢が 治らないぞそんなたえもない会話だ3日も するとえこの宿から出発するアフリカ なんて危なくて自転車なんかで走れるわけ ないじゃないかここでみんなとのんびり 話しているのがいいもう無理だよアフリカ を走るなんて怖いまあ急ぐことはないもう ちょっとゆっっくりしようと感じるように なっ た1週間経つと下りもかなり良くなった
完全には治らなかったが自転車で走れる 程度には回復した心理的に宿から出発する のが本当にきつかった本当にいい人たち だった別に何をしてくれるわけでもない 暇つぶしの相手として話しかけてくれる ぐらいだでもその宿で彼らと過ごす時間に は癒しがあった別に無理して出発しなく たって マラビージャが手に入るわけでもない誰か に表彰状を書いてもらえるわけでもないし 学歴にも食IHにもならないだけど出発 しよう 走ろう出発前に宿にいたメンバーがみんな 出てきてくれて写真を撮ってくれました 本当に ありがとううつ7北海道のことと犬が来る こと金と時間がないとできない 遊びうつになるよりずっと前に北海道の 飛行機のチケットとキャンピングカーを 予約していたもったいないが回復しなかっ たら諦めるしかないと思っていたが回復も 順調なので行くことにしたお金と時間の 両方がないとできない遊び子供がいると またアフリカに行くような遊び方は難しい 家族ができれば金がいるそのために自転車 をやめて住宅営業になったでも本当の ところ子供にそんなにお金がかかるかと 言うと微妙なものだ実際に自転車屋の先輩 でも子供がいる人もいたそのの人は本店で 主任メカニックをしていた僕に自転車を 教えてくれた人でもある3店舗しかない 小さい会社だが本店の主任メカニックなの で重要な立場ではある自転車のプロ ショップとは接客も重要だが自転車の性能 を最大限引き出す整備の技術が肝だとは いえ店長だった僕と大きく給料の差がある とも思えない住宅でもそうだったが僕は 自転車もよく売った休日についてはその 先輩の方がうまく立ち回っていくらか多 取っていたにせよ給料など全体的な待遇と しては大きな差があるとは思えないそれで もその人も家庭を持っていたし問題なく 暮らしていた転職しないと子供のために 必要な金が作れないというのはそういう点 で嘘だろう裕福な暮らしは難しいにせよ 子供は育てられる別にお金がなくても家族 が仲良くて家の中が明るければ子供は順調 に成長するそれこそ子供を殴ったりし なければトラウマも抱えないし人生で直面 しなくてもいい困って問題にぶぶつから なくて済むそれでも僕は金が欲しいと思っ た何使うんだか分からなかったけれど家族 ができたら金と時間が欲しいと思った1人 身の頃の方が使い道は明確だったいい自転 車が欲しかったりレースに出たり遠出する
旅費が欲しかったりはたまたアフリカや 南米に行ったり明確にいくら欲しいという ことがあっただから逆にそれ以上はのお金 はそんなに欲しいとは思わなかったいくら お金があってもどうせ酒に飲んでしまう だけだったのもある 金が欲しくて住宅営業になって思いの他 住宅の仕事は奥が深くて面白くて適性が あったのか順調に契約も取れたもう旅には しばらく出られない代わりに子供が手を 離れたら南極点に自転車に行き たい南部屋もアフリカも走ってあとどこが 走りたいか世界中どこでも走りたいだけど 人生の中で自転車でイカ異国を走れる機会 はそんなに多くはない南極点はぴったり だった僕の人生の遠い目標として輝き続け てくれるだがそれも原everyだったの かもしれない日本人は宗教を持たない人が 多い僕もそうだギルバート氏のように目の 前に効果も現れなくとも祈り続けられる神 も教会もない南極点は偶像だったのかも しれない僕は南極点に祈って日々の心の 貧しさを慰めていたんじゃないだろうか 南極を自転車で走るには寒い土地を走る 技術はもちろんのことながらとにかく金が かかるどこの国にも所属しない土地なので ビザという概念ではなく許可証がいる特に 自転車のように長期で走るにはただの観光 での許可では難しい飛行機も通常の便では いけない通信機器も衛生電話などが必要に なる自転車も特殊なものが必要だし登山で もそうだが寒い地域で生き延びるための 装備は高額で重量も重い当然店なのない から食料も燃料も全て準備しないといけ ないそれを輸送して拠点として何かしらの 基地を使わせてもらう必要もあるどんなに 少なく見ても1000万円はかかると言わ れている普通の仕事をしていては難しいだ けどその金額は家を一件立てるくらいの 金額だ家族で生きていくコストや家族で 楽しむ娯楽などを支払っても家を200件 盛れば可能性はあるんじゃないだろうか 住宅営業は何千万年という金額日本で最も 高額な商品の営業マだと言えるもちろん 工場向けの機械なんかの営業はもっと高額 だが企業だから個人向けの商品としては 住宅は最も高価なものと言える1件売っ たら100万円の自転車が20代以上売れ たのと同じだそれでも自転車も車体や用品 まで含めれば店舗で月に1000万円近く 売っていたわけだからそう考えると宅も ずば抜けて利益が高いわけでもないそれで もうになる前の頃には自転車屋の頃の倍 近い収入があって年間休日も60日近く 多かった自転車屋の待遇が悪すぎたという
こともある何にせよ好きな仕事を手放す ことで金と休日が増えただから手に入れた 金と休日でただ楽しいことをするのでは なく金と時間の両方がないとできない遊び をしたいと考えたそれもうつになって しまった今となってはバカバカしい話だと 思う稼いだ金を使って楽しいことをする それ自体は悪いことじゃないが好きな仕事 をやっていればそもそも金がなくたって 日々仕事が楽しいのだから自転車屋時代は お客さんにも慕われていた一緒に走りに 行く時間はなかったけれどそれでも仕事を 通して素敵な時間があった家族と過ごす ために金と休日が欲しかったそしてうつに なる馬鹿げた話だ当然家族も金と休日を 増やしてくれなんて人も頼一言も頼んだ ことなんてない僕は勝手に1人で思い込ん で南極店を神様の最大に建てまってうつに なっただけだ当初は3歳の息子が1週間も キャンピングカーで過ごせるか心配もして いたが息子はキャンピングカーの暮らしを 随分と気に入っていた普通の車と違って 移動中も後ろのテーブル席で母親と遊んで いられる空港で買った飛行機のおもちゃと YouTubeでいくらでも遊んでいた キャンピングカーで夜眠るのも楽しいよう だった妻の方は眠りにくいらしくて疲れて いた が5泊6日とのんびりしたが別な何をした わけでもないフラノの花畑を眺めて小さな 美術館に立ち寄って旭川の動物園に行って 旭川家具を見たぐらいかあんまり長距離 移動すると移動ばかりで楽しくない食事は 肉を買ってキャンプ場でバーベキューを 楽しむこともあるがスーパーの駐車場で 刺身や惣菜を食べることも多かった北海道 のスーパーの刺身はおいしいキャンピング カーには冷蔵庫もついていたし炊飯器も あるテーブルもあるしカセットコンロに 簡単なシンクもついている家と同じまでは 言わないが自転車の野宿の日々とは違う キャンプ場じゃなくて温泉施設なんかに あるRVパークという車中白線用の スペースに泊まることもあったし1泊は 疲れたということで普通のホテルにも 泊まった 宿代も食費も大してかからないそういう 意味では自転車の旅とどこか似ていた何を するわけでもないぼんやりと移動する疲れ たらその辺で休憩する違うことと言えば 1人じゃなくて家族がいて乗り物に エンジンがついたっていうだけいい時間 だった小さい子供を連れて回るのは確かに 疲れただけどやっぱり旅の時間は気づかれ しなかっ
た金と時間が必要な遊びだと思っていたが 実際にやってみたら金も時間もそんなに かからないということに気づく金がかかる のは飛行機とキャンピングカーくらいだと はいえ飛行機じゃなくたって家族で新幹線 なんかに乗ったってそれなりに金はかかる キャンピングカーにしてもキャンピング カーじゃない普通のレンタカーを借りても それなりの金額する普通の家族旅行と比較 してものすごいお金かかるというわけでは ない時間についても5泊6日となると長い が3泊4日もあれば十分に楽しめる4連休 くらいならサラリーマンでも普通の2連休 に2日有給をくっつければ作れる そんなに難しいことはない自転車屋だと ちょっと大変だったかもしれないが毎年 じゃなくて数年に1度くらいなら不可能 じゃないだろうそう考えるとそんなに金と 時間がかかる遊びでもなかっ た北海道から戻ると家に犬がやってきた 1人っこだと寂しかろうと犬を迎えるに 迎えることにしたというのは建前でうつに なってから犬が来てくれるといいのになと 思っていた実家は賃貸だったので犬を変え なかったかといって犬が憧れというわけで もなかったのだが前ホームを立てて庭に バラやチューリップを植えて一軒屋でしか できないことをやっていくのがとても 楽しかった住宅の仕事をしている限り家を 楽しむ暮らしを愛する研究は必須だった うつになってから犬のことを思い出した畳 でぼんやりするのに犬がいたらいいのにと 思うようになった犬は高かったそれこそ 飛行機代とキャンピングカーのレンタル代 以上した国からもらっている商業手当てで 北海道キャンピングで回って犬を買う もちろん商業手当てだけでそんなことは できない健康な頃の給料の6割程度なので 最低限の生活には困らなかったが余裕は ない住宅営業で作った貯蓄いつか南極店に 行くためのお金を切り崩した南極店は夢で はあるだけどもう崇拝すべき神様である 必要はない神様を作って崇拝しないと生き ていけないそういう生き方はやめようと 思ったもしかするとうつになってしまう前 にもう少し早くって遊んでいれば良かった のかもしれない 随分休んでしまったがもうそろそろ仕事に 戻れる気がしてき たアフリカ7突如激減するギブミーマネー だけどやっぱり炭火でボットン便所の ゲスト ハウスマラビージャに入ると大きく変わる ことがあるギブミーマネーと言われること が激減するタンザニア
マラビージャはすごい同じ学校の制服を着 た子供たちが1列に並んで声を合わせて 全員で同じ振り付けでこちらに手を 差し出してギブミーマネーと合唱されたの には笑ってしまったもちろん本心から マネーが欲しいのだろうがどこか挨拶の ようなニュアンスさえあるなんとしても この外国人からマネーをゲットしようと いうのではない日本だって戦後はギブミー チョコレートと言っていた僕もその時代を 生きているわけじゃないから詳しいことは 分からないが今日を生きていくために チョコレートがどうしても欲しいという わけじゃなかっただろう子供たちの絶ない 遊びのようなものでもらえたら嬉しいし もらえなくたって仲間と一緒に兵隊さんを 追いかけて走ってギブミーチョコレートと 叫んだら楽しいという遊びの要素はあった んじゃないだろうかもちろん中には切迫し たギブミーマネーもゼロではないかもしれ ないマラウィの最後でパンクした修理の ために道端で自転車をひっくり返して作業 しているとあっという間に10人以上の 子供たちに囲まれた別にお金をたりに来て いるわけじゃない外国人が変ななことをし ているなと好奇心で集まってくるただ 集まればやっぱりギブミーマネーになる 本当に切迫していれば子供たちと言え度 10人以上いるのだから鞄から色々は盗む なんて簡単だ子供たちは近寄りすぎず絶妙 の距離感で見物しながら隣のこと色々話し て笑っているパンク修理終わって人数も 多いしマネーはあげないけどチョコレート あげるよとカからチョコを取り出すシと リロングウェのスーパーで手に入れたM& MSだタンザニア以来ずっと手に入ら なかった貴重な先進国の味だ次の瞬間1人 がM&MSの袋を奪い去って走り始める それを他の子供たちが一斉に追いかける ラグビーさながらm&mを持って走る 奪い取るそして引っ張られたM&エムズの 袋は破けて空中に色とりどりのM&エムズ が飛び散ってそれを子供たちは必死に拾う のだったキリストは5つのパンを5000 人に分け与えてみんなが満腹になったがM &MSは無惨に地面に落ちて泥がついて しまったもちろん泥がついたくらい平気で 食べるのだがギブミーナニについては自転 車で旅する上ではあまり気にする必要も ないが時々ひどく考えさせられ た写真M&MSが爆発するちょっと前の 様子そのギブミーマネーがザンビアに入る とすっと消える集落の感覚が長くなり集落 の外はあまり人が歩いていないからという こともあるだろう
マラビージャ集落の外には歩いている人は いないという点ではタンザニアに戻るよう な感じなのだがタンザニアはギブミー マネーは多かった不思議とザンビアはない 国境戦を超えるだけで義務ミマネーが なくなるのか事前情報ではザンビアが タンザニアと比較して特別裕福ということ もなかったでも義務民マネーは 消える国境を超えたパタはちょっとした町 だもちろんあくまで地方の町なので リロングウェほど立派ではないただ スーパーもあるタクシーも走っている自転 車タクシーもあるただ人々がものすごくお 金持ちになったかと聞かれるとどうだろう 見たところ マラビージャと比較するとそんなに違わ ないようにも思うスーパーがあるのは 助かるがスーパーを使えそうな人は多く ないように見えた写真千の自転車 択下痢が治りきらないこととザンビアの ルートは見所が少ないという前評判もあっ たので千田から首都ルサまでは高速バスで 移動する以前はバスに自転車乗せるなんで できるのかな不安だななどと思っていたが マラビロクのバスは現地人も荷物が多いの で割と何でもしてる言い方は悪いが金さえ 払えば可能な限りのことは全力でやって くれる申し訳ありません当社の規定では なんとかかんとかっていうのはないバスに 乗る際に不安なのはカだ自転車というのは とにかくカが多いサイドバックが4つに ハンドルバッグそれからリアキャリアに 積んでる防水のバッグどれか1つだけでも そこそこ大きなカなのに合計で6個もある 荷物は肌身離さず持ちましょうが海外旅行 の鉄則だがそんな大量の荷物バスの座席で 肌身話さず持てるわけもないまあダメなら だめで諦めよう諦めると言うと言葉は響き が悪いだがアフリカの時間が過ぎるほどに 多くを諦めるようになるだって仕方ない からいろんなことが仕方な いくらお金を払ってもないものは買えない どうしようもないことはどうしようもない 諦めるしかない現地の人たちは諦めるでは ない自然と全てを受け入れる生まれてから ずっと育ってきた世界だそれが普通のこと で僕らは日本人にとっては不都合だと 感じることでも彼らには普通のことで仮に それで困るとしても受け入れるしかない 例えば蚊刺されてマリアになったら当然 現地人だって困るけれど顔を絶滅させる など不可能だし蚊に刺されないようにする のも不可能だマラリアになることもある それは仕方がない受け入れるしかないそれ がやっぱりなかなか僕ら日本人には難しい
それでもアフリカの時間を積むごとに少し ずつだが諦められるようになって いく困ったなと思ったら現地人を真似する しかないバスでの荷物にしても現地人が 無理してでも肌身話さなければそうすべき だそうじゃなければその土地ではそのやり 方なのだそれで盗まれることもあるかも しれないが受け入れるしかないもちろん 我々が外国人はお金を持っているので狙わ れるかもしれないただ金額的には違えど彼 らにも盗まれたくないものはあるそれを どう扱っているかその観察は1つの尺度に なる写真ですきちんとしたバス自転車は そのまま荷物スペースに積んで くれる意外なことにオンタイムの出発話に は聞いていたがジュースとビスケットと いう機内食までもらえたただ雨森する窓の 隙間から外の雨が垂れてくるそんな雨なら 開閉式にしなけりゃいいのにと思うがよく 見ると僕の席だけ天盛りしてくるめっちゃ 目入ってくるね隣の青年に言う本当だな カーテン閉めとけば大丈夫だよいや全然 だめだよまあいっか彼はルサの大学に通う 学生で半分はバスのスタッフとして働いて いて半分乗客という感じで乗っている らしく親切にしてくれ た坂は小心正明の都会だ本当に日本になっ てもおかしくないような大きな ショッピングセンターがあってびっくりし たリロングウェも大きいと思ったがルサは 本物の都会と言っていいだろう全体的に街 が綺麗だ白人が歩いている割合も増える 都市の規模で言うとタンザニアの ダルエスサラームの方が人口的には圧倒的 に多いし国連の高層ビルなども立っている ので都市の規模としては大きいだろうだが ダルエスサラームはどこか土っぽい ローカルの色が強い暑いからそういう イメージになるのだろうかあるいはスワ ヒゴの持つパワーだろうかその点ルサは 洗練されている所々見かける白人たちの 需要を満たせるだけのものがルサにはある 随分とアフリカっぽさが抜けるとはいえ もちろんアフリカなのだがルサで数日 過ごしてショッピングセーターのドラッグ ストアで手に入れた下痢止めを飲むと ぴたりと下痢は止まった写真ルサの ショッピングセンターこの写真だけ見ると 普通に先進国だと思うほど綺麗 ですスーパーも普通にあるので食材が簡単 に手に入るようになって自炊もできるよう になった自炊さえできれば腹いっぱい自分 の好きなものを 作れるシーマとチキンそしてエナジー ドリンクルサカを出た後もどこか洗練され
たような感じがあったルサ以外の地方の街 はそんなに裕福でもなさそうなのだが ガソリンスタンドと併設されたショップが サンドイッチやハンバーガーなんかも売っ ているアイスまで売っているのには びっくりしたジュースも瓶のコカコーラ だけじゃなくて缶のエナジードリンク なんかまで現れるマラビロクさえ冷えてい なかのが普通だったのに何よりもパスタと 缶詰は買えるようになったのが助かった パスタと缶詰さえあればどこでも簡単に 食事が取れるとはいえガソリンスタンドの ショップでサンドイッチが食べられる世界 となると無理して自炊しなくてもいくらか 高くても金を払って食べればいいかとなる もちろん全てが欧米化するわけじゃなくて 相変わらず現地人の入るではシマ タンザニアではタンザニアではウガリと 言われていたアフリカの餅も食べられる サンドイッチも美味しかったが安くなかっ たしアフリカ餅もだんだん慣れてきて 美味しく感じることも増えたし何より餅は 餅屋じゃないが現地人が好きなものの方が 美味しく料理されて いる写真看板なんかも綺麗です街外れの 廊下レストランあ農家レストランみたいな ところでのちさせてもらう 線路はあるが電車は走っていないと思う 一応タンザニアとザンビアを走っている 列車はあるらしいがこの線路の場所じゃ ないと 思うもうアフリカの雰囲気は随分薄くなっ たと思っていたが小さな村で宿を求めると 随分とボロボロの宿しかなかったこれまで 止まった宿の中でも1番ボロボロだった ボット便所の宿は意外にもここがアフリカ に来てから初めてしっくいのような床と壁 に途端を乗せだけの屋根ベッドと車の座席 が1つ椅子がわりに置かれているベッドの 上にはコンドームが2枚それでも5ドル 安いのでよしとするタンザニアで一度3 ドルしない安宿があったがそこより ボロボロかもしれない小さな食堂も くっついていてパンと鶏肉と野菜と紅茶で 1ドルしなかったシーマは好き宿のおば ちゃんに聞かれるうん好きだけどパンが あればパンの方が嬉しいなチキン野菜 シーマのタレらしき液体が作り置きで机の 上のボールに蓋をかせて置いているお酒は 出さない冷蔵庫はないようだったご飯の味 は美味しかった紅茶はアフリカらしい鼻 鼻血の出そうなほど甘いミルク ティーそういえばアフリカの牛乳はやばい とは言うがミルクティーはタンザニアの頃 からちょくちょく飲んでいるけどやばい
感じはしない熱ているからか砂糖天盛なの で気づいていないのかそれにしても汚いな ので外の地面がぬかるんでいてさらに汚く 見える一晩止まったらまた下痢か何かの 病気になりそうだそれでも臭くはない掃除 はきちんとしているのだろう宿の中庭 みたいなところで昼に買ったチブクという お酒を飲む1Lの大きなペットボトルに 入っていて1ドルもしない白い濁ったよう な色の液体だ店のおじさんが言うには アフリカのビールということだったラベル の文字を見るとホワイトメイズと書かれて いたタンザニアマラウィでは見かけなかっ たペットボトルの蓋を開けるとビタンさん のような軽いプシュという音がする味は 発酵飲料だ甘くないヤクルトあるいは甘く ない甘酒ほんの少しだけ炭酸ぽくて ほんのりアルコールドブロやビタン酸の 濁り酒が近いかというとそこまで アルコールの感じは強くないビールなんか みたいにグビグビ飲みたくなるようなもの ではないがジュースみたいな感覚で ちょこちょこ 飲めるスマホをポチポチいじって日記を つけているとおばちゃんがやってきて外に 行って誰かと話すいいわよビールは好きと 村のバーに連れて行ってくれた大音量で テレビがついていたヨーロッパサッカーの 試合が流れていてみんな集まっていた壁が 鏡壁が鏡張りで暗いバーの中のネオンの 電食がキラキラしていたこの辺りは タンザニアマラウィと本質的には同じなん だなと思うタンザニアマラウィも貧しそう な村でもテレビのあるバーでは全力を込め て爆音だったそして謎のミラーボール ネオンそういうことには惜しみな口からお 注ぐみんながテレビに集まる金があるやつ はビールを飲むしお金があんまりなければ コーラお金が全くなければ何も飲まないで いるこの辺りは共通だタンザニアと違うの はバーカウンターに防犯のための檻のよう な柵がないくらいか別に誰と話すわけでも ないけれどこの空気の中でビールを飲むの はなんとなく力が出てくるビールを1本 飲んで宿に戻って眠った 写真ゲストハウスの写真ですねゲスト ハウスの前の道 ですバーですねえチです はいおばちゃん朝ご飯食える紅茶とパン いいわよ準備するわさあついてきなさい そう言って朝食の準備を一緒にすることに なったアフリカン七輪の中にまだ火のつい ていない炭があるおばちゃんがどこからか 手に入れてきたしっかり火のついた炭を 入れるさこれで青いでおばちゃんに
プラスチックの皿を渡されるせと青いで 周りの炭に火を移すそうか紅茶いっぱい 沸かすのも炭を使うから大変なのか悪い ことしたなルサで電気ケトル買ってきて プレゼントしてあげたらよかったなでも 電気の方がないかなどと思いつつ炭火が 完成したらさ次は卵を焼きにこよおば ちゃんに言われる火を起こした七輪は紅茶 用らしいフライパンと卵を持ってテクテク と歩き出す昨夜のバーの近くにわらぶき屋 のアヤがあるどうも村の共同キッチン らしく大きい丸田みたいな炭みたいなもの が燃えている炎を上げているわけじゃなく 炭のように燃えている普通の木ってこんな 風に燃えるのだろうかそれともこんな丸田 のような巨大な炭があるのだろうか フライパンにたっぷり油を入れて火の上に かざしてしっかり熱して卵を投入していく フライパンに油を引くのではない卵を油の 中に投入して素揚げするような具合だほら 次の卵あなたがトライしてみなさいはあ やってみます普通に卵を割って落とす無事 に卵の素揚げは3つ完成し皿に移す アフリカの人々は妙なところで永生命に気 を使うので料理を乗せた皿には上から別の 皿を蓋がわりに かせる戻って紅茶の鍋にたっぷりミルクを 入れるインドの茶方式だ片手ナに水とチバ を入れてグラグラ煮詰めてミルクも入れて まだまだ煮詰めるあなた結婚はアフリカの 人々はこの質問が好きだいやしてないよ なんでしないのあなた何歳28歳だよおば ちゃんは私は25歳よあなた子供はおば ちゃんだと思っていたらまさかの年下なの かいや結婚してないからいないよおば ちゃんいやお姉さんは私は子供私は4人 子供がいるわよじゃあ旦那さんと子供で6 人家族旦那はいないわえなんで日本人相手 じゃ聞けない質問だがアフリカの人々には 普通に聞けるもしかすると失礼なのかも しれないが多分大丈夫だろうそもそも 向こうが始めた話だ旦那だった人はノー プロブレムなのよ旦那だった人はノー プロブレムなのよいい人だったわただね 旦那の弟さんが私を愛しちゃったのよそれ は私としては脳でしょそれで旦那はいなく なったわけよほうそんな話があるものかで もなんとなく納得するアフリカとは何でも ありなのだ朝からジョンバナナに殴られた 辺りから僕の感覚はおかしくなっている逆 を言えばアフリカの人から見たら日本の方 がよほど変テコで何でもありと感じるのか もしれないとにかく全ての根本が違うので 我々日本人からすると全くわけの分から ないような話が普通だったりするチャリコ
からパンたくさん食べていいもちろんいい わよ食パンを4枚ばかり取るもっと食べ ないとおばちゃんがさらに8枚ばかり積む いやさすがにそんな食パンばっかり食べ られないよ笑って言うとそうねと笑い ながら4枚だけ引っ込めた3つの卵の 素揚げのうち2つを僕におばちゃんは1つ とパンを3枚ほどありがとう朝ご飯は いくらかなと言うとえ払うのそれ払うよ いくら10くわチ札を出すとそれは多いわ じゃあ5くわチでいいありがとう十分よ いやいや卵だって1つ1くわチぐらいする しパンに紅茶手間まで考えれば別に10 くわチでもいいと思うよペットボトルの コーラが8くわ茶とかなんだからおば ちゃんありがとうやっぱり村のローカルな アフリカの空気は不思議と力を与えて くれる写真おばちゃんいやお姉さん本当に ありがとう打つ8最後の段ではしごが 外れる森の中のカウンセラーしは合計で3 回のカウンセリングをした次回はどうし ますもう相談することもないんじゃない ですか3回目の最後にカウンセラー氏は 言うそれじゃ商売にならないんじゃ なかろうかでもそういう人だインナー チャイルドは気合はしないしこれからの 人生でもそれで困ったことが起きるかも しれないでもそれでいい人生で困難が 起きるのはその困難が必要な時だったり 乗り越えられる時だからその時にまた苦労 して乗り越えればいいストレスはある けれど今の仕事をやめればお金に困るかも しれないせっかくお金を稼げるようになっ たのにでも本当にしたいことはお金が いっぱい必要なことなかお金がなかったら 本当に困るのかどのくらいおがなかったら 困るのかもし給料が高くなかったら今の 仕事はやるか1つの会社に雇われて生きる だけが人生ではない幸い今の時代は いろんな生き方もできる今の仕事は嫌い じゃないので続けたいもちろんそれもOK でもやめたってOK別にサラリーマンし なくたってOkもちろんサラリーマンし たってOkこうしないといけないってこと はないカウンセラー氏とはいろんなことを 話し た住宅の仕事が辛いと思うのって僕の場合 契約できなかったらどうしようじゃないん です契約してしまったとお客さんが期待し ていたような理想の住宅にならなかったら どうしようって不安になるんですそれは 真面目すぎるんですよいいことではあり ますけどそうは言っても何千万年も出して 人生に1回切りの建築なんですよ他の会社 なんかを見て僕と話す中でこの人と建築
しようと決断してくれるわけですからまあ そうは言っても神様じゃないですから 気持ちは分かりますよ僕も昔カウンセラと して駆け出しの頃って患者さんが来るのが 怖かったので特にこういうカウンセリン グって絶対治るとも限らないですし中には ものすごく怒る人なんかもいますから自分 も患者の1人だが確かにカウンセラーの 仕事だけはごめだと思う毎日いろんな人の ネガティブな相談を受けて絶望の話を聞き 続けるのは想像するだけで嫌になるそう ですよねでも今は怖くないんですかそれ こそ治っても治らなくても自分のせいじゃ ないってことにしたんですよ特にこういう メンタルのことって治るきっかけを手伝う ことはできるんですけど最終的に直すのっ て当人なのでいやでも先生のおかげで僕は 随分良くなりましたよそれは良かったです でも僕はやったのは本当にきっかけだけ ですよそもそもなんですけど僕に相談する 人ってここに来た時点でもう治り始めてる んですよどういうことですか治ろうって いう意思がないと来ないでしょそれに本人 が良くなろうとしていない本人の意思で来 ているわけじゃない人はもうお断りして ますから 家族とか誰かの勧めで無理に来て治療し たってそれは無理ですそういう時はまだ 治るには早すぎるんですよ早すぎるそう早 すぎるんですまだ直すタイミングじゃない 風邪引いて熱出てる時にもう治る頃だ 無理やり外にランニングしに行こうなんて しないでしょ休んで治るのを待って治って から外に出て体を動かすでしょそうです ねうつ病とかって心の風なんて言われたり もしますけど無理に直そうとせずじっとし ているのも必要ななんですよ風って体が しんどいから休むのが必要っていうサイ ンっていうのはみんな分かるんですけど 打つとかってあんまりそういう理解がない うつになったらダメ心が弱い人がなるもの くらいに思ってる人が多い単純に心に休憩 が必要っていうのが表に出ているだけある 程度休み終わって立ち上がりたいっていう 時のきっかけとしてカウンセリングを受け に来るんですよカウンセリングしても心が 立ち上がれない人も中にはいますけどそれ は僕の技術とかの問題もいくらかはある にせよ当にの問題でまだ立ち上がるには 時間が必要だったりもう少しゆっっくり 過ごすことが必要なタイミングなんですよ 当たり前だけど何でも治せるわけじゃない だけど僕にできることはやるもちろん今も 治療がうまくいかなければ落ち込むことも ありますでも最後は本人が直すしかない
ですから住宅もそうでしょ結局本人が自分 の意思で立てるわけですからまあそうです けど無理やり契約書にサインさせたりし ないでしょ本人が悩んで色々比べたりして 最終的にここで立てようって決断している んでしょどんな家を建てたいか希望も伝え て間取りなんかでも何回も打ち合わせして 自分の希望を伝えていくわけでしょう最後 にそこに住んでいい家だと感じるかどう かって当人の問題ですよ客観的に見て どんなにいい家を作ったとしても当人たち が住んでいて快適じゃないと思っちゃっ たらそれってもうどうしようもないそれは あなたが全部責任を背負ったり自分のせい だと思ったって無理があるまあ真面目なん ですよ多分その真面目さをお客さんはして あなたに頼むんですよだからもしうまく いかなくてもあなたを恨むってことはない と思いますよそもそも極端な言い方ですが 向こうは勝手にあなたのことを気に入って 家を頼んでるわけですしそれで恨まれ たってね家にしたってカウンセラーにし たってうまくいかなくて他に不満を ぶつけるところはないっていうのは分かり ますけどまどうしても失敗したら謝れば いいじゃないですかそれで許してくれなく たってできることはそれ以上ないんだから それまでの話ですよもちろん落ち込むこと はありますけどねただカウンセラー氏は僕 が住宅営業に戻ることについて否定はし なかったけどあまり賛成していないように も感じたもちろんそんなことは明確には口 にはしないがもっと別なことの方があなた には向いているんじゃないかという含みが あるような気がした当人が元の仕事に 戻ろうとしている元気を出して頑張ろうと しているわけだからそれを否定するような ことはしないでも不思議とカウンセラー氏 は僕が営業に戻ることには反対してるよう に感じられた思っていたよりも早く回復に 進めた犬がやってきて1週間ほどした時に 会社のオーナーに連絡を取った久しぶり です自分で思っていたよりも順調に回復し ている感じがしてちょっと様子を見ながら なんですけどあと23ヶ月したら復帰し たいなと思ってるんですけど復帰に向けて 少し話ができたらなと思うんですじゃ前 みたいに軽くランニングしながら話そうか 俺も痛めちゃったからスロージョグぐらい のペースでこ1時間ぐらいだけどその方が メト向かって座って話すより気楽じゃない か自分は女オーナーのことが好きだと思っ ていた実際に仕事以外でも一緒に ランニングしたりマラソンのレースにも出 た会社の中で唯一気があってプライベート
な話をしたいと思える人だった建築の学歴 も営業職の食Dayも何もない自分を採用 してくれたのはオーナーだった久々に会っ てランニングすると僕の復帰を喜んでも くれたし心配もしてくれた復帰後のケアも 含めて気遣ってくれ た会社に戻って不安なこと心配なことを 率直に話したそれは契約の話だっ た契約までは何も問題ないただ契約した後 インテリアコーディネーターに詳細な 打ち合わせにバトンタッチした後に トラブルになるしかしそこで帰ってきたの は自分の課題に取り組む他人の課題に口を 出さないということだったうつになる前 からオーナーがアドバイスしてくれていた ことだっ たこれまで営業に契約後のことも色々やっ てもらっていたのは負担が大きかった戻っ てきたら契約した後は完全にノータッチで 離れてほしい君が抜けた後別の事業展開も 考えた新築住宅は徐々に格限界が来ている 生き残る会社は生き残るうちも多分 生き残るお客様に選ばれる会社になるだ けど次時代が変わっていくからにはこれ までとは違うやり方をしていかないといけ ないだから君が戻ってきたら契約までに 専念してもらってあとは安心してくれて いい完全に手放して いい確かに正しい他人の課題に干渉しても 意味がない他人の課題は結局他人の課題で あり自分が手を出せることじゃない逆を 言えば自分が手を出せることだったらそれ は自分の課題だ手を出せないなら他人の 課題についてあれこれ言っても何も解決し ないしその人の邪魔になる手を出すなら 自分の課題として取り組まねばならない その通り だ営業の負担が大きいから契約の後は離れ て次の契約に専念してほしいそしたら楽に なる実際他の業界では営業マは契約までで 契約の後は専属のチームが引き継ぐのが 普通になってき来ている住宅みたいに営業 マが土地から住宅ロから全てサポートした 上にプランを打ち合わせて設計に支持して 内装やキッチの使用を決める打ち合わせ までフォローして工事中のクレームにも 対応して同時平行で新しいお客さんは来る からその対応もしないといけないし新しい お客さんを作るためにメルマガやLINE にYoutubeの撮影などの候補 マーケティングもしないといけないそれは 厳しい営業は契約までで完全に打ち 切ろうだけどそれじゃお客さんの家はどう なるのだろうそんな仕事は面白いのだろう か契約したら後は知りませんなんてチーム
を信じろということかでもこれまでチーム は何度もミスをしてきて何も改善され なかったじゃないか僕はお客さんに契約の 反抗まで押させてあとは知らん顔で生きて いくってことなのかそれはおかしいんじゃ ないだろうかお客さんが信じて契約して くれてそれを完成引き渡しその後のお 付き合いまでしていくそれは僕の課題じゃ ないのかもう他人の課題になるのかそれ じゃあ僕はいつもいつまでも他人のミスの せいで傷つき続けないといけないっていう ことなんだろうかそれとも他人のミスだ から知ったこっじゃない君はベストを 尽くした君は何も悪くないそれでいいのか むしろ営業以外の部門の問題は解決してお 客さんにいい絵を渡せるようにするそれは 組織のリーダーの課題じゃないのかでも僕 はそんなことを考えていたから壊れて しまったんだろうそれが今は分かるだから 君が壊れないように生きるために君が感じ ている何かを壊して無視して生きていき なさいそれは幻想だくだらない役に立た ない思い込みなんだサラリーマンとして うまく生きのくんだ厄介なことは考えず そう他人の課題に口を出さず自分の課題に 取り組んでもう子供じゃないんだからでも 僕にはそういう生き方は難しいだろう多分 それができていればアフリカなんていか なかっただろうもう会社に戻るのは難しい のかもしれ ない住宅営業に戻りさえすれば収入も問題 ない病手当てで収入が少なくなるのも一時 的なものだそう考えていたのが急に崩れて しまった少しずつ元気になっていって 元通り元気に仕事ができるそう思って最後 そう思ってはしごの最後の段に足をかけた と思ったらはしごは急に外れてしまった これからどうしよう住宅のように1件売っ たら何千万年という仕事は他には多くない 自分には住宅営業が1番簡単にお金を 稼げる仕事だと思うなぜだか知らないが僕 は住宅が売れる人間だったお金の面だけ じゃなく住宅のことを考えるのは楽しい 人間が外の世界と線を引く教会人間にとっ て住宅とはどうあるべきか住宅の中で人は 何をするのかお客さんと打ち合わせし ながらこの家族ならどういう家がいい 暮らしを作れるだろうかそういったことを 考えることが楽しかったじゃあ他の会社で 住宅営業をするかそれも違う気がした オーナーの考え方が嫌いだったら他の住宅 会社で働ばいい年中日本中住宅社は営業を 募集している営業以外の部分は比較的誰で も勉強すればできるようになる工事には 正しいやり方がある設計にも正しい手法が
ある図面だっってパソコンでいいソフトが 出ているからある程度使い方を覚えれば 綺麗な図面がすぐにかけるもちろん合う 合わないの問題はある現場監督だって大変 だ職人の中には気難しい人もいる設計も1 日中パソコンに向かって図面を引いてに 申請を出しに行っても役所の対応は借手 定規で苦労もするどの仕事も大変には違い ないただ営業はどんなに一懸やっても全く 契約できない人も多い何年頑張っても どんなに勉強してもだ実際に契約できない 人は1年程度長くても2年以内にはやめる 車内の風当たりもあるし仮に優しい会社だ としても申し訳なくなる一生懸命やって いるお客さんに対してニコニコと話す夜で も真にメールやLINEを返す頑張って プランを書く見積もりを出す土地を見に 行く実にいろんなことをやっても契約に ならなかったらゼロだ何もしていないのと 同じだ年間に10件以上契約が取れる住宅 営業決して珍しくはないどの会社にもそう いう営業マがいるから住宅社は成立して いるだけどそれは多くの人を採用して ほとんどが辞めていった後の生き残りだ 効果不か僕は生き残ったそれを手放す犬や 北海道は来年からは北海道には行けない あるいは子供がもう少し大きくなったる ニュージーランドをキャンピングカーで 回りたかっ た金のことは100歩譲るとしよう当然 住宅営業から離れればもう家は作れない どんなに素晴らしい住宅を考えることが できたとしてもお客さんは会社と契約する 家を建てるには当然設計も現場監督も必要 だ1人で全てをやるのは難しい会社に所属 していないと家を作ることは 難しいお客さんとあれこれ打ち合わせて家 を作っていく大変なこともあるけれど家と いうものが完成してそこに人がすまうそう いうことはもうできなくなる些な事件が きっかけでやめることになったがその会社 の作り絵は家だと今でも思うしたくさんの 家族のマイホームの夢を叶えている確かに 施工ミスなどの問題もあるにせよそれは どこの住宅会社でもれ少なであるものだ 掃除で考えればいい住宅会社だと思う理屈 で考えれば考えるほどいい仕事のはずだ今 でもオーナーのことはいい人だと思う僕の 会社内での立ち位待遇も悪くないだけど何 度考えたも僕はもう戻れないだろうと感じ たアフリカ 8ゾとライオンの国早朝と夕方は狩の時間 なので町から出てはいけ ない世界遺産のビクトリアの滝を眺めて 少し行くとザンビアも終わり没穴になる
ビクトリアの滝については大きな滝だった 以上いや本当に大きくてすごく感動もした んだけどやっぱり自転車旅をしていると そういうところはあくまで通貨点で 立ち寄るくらいになる滝というよりも地面 が丸ほとずれてしまっていて水がその段差 を落ちていく滝の近くに行くとそのしきで 雨のようになっているからレインコートを 着なくちゃいけなかったレインコートを来 てもしぶきがる切りみたいになっていて 美し濡れになったそれでもやっぱり自転車 旅だとあくまで通貨点でどちらかと言えば 水を飲みたくてもぬるいコーラしか打って なくて困ったりしている方が 楽しい写真ビクトリアの 滝遠くから見ても滝の水しぶきが 見えるこの川を船で超えれば ボワボバは今回の旅で一番楽しみにして いるエリアだゾやライオンが出るアフリカ と聞くとどこでもゾやライオンが出る イメージを持つ人もいるかもしれないが 実際にはそんなことはない冷静に考えれば 分かるけれどそんなにワイルドライフとの 距離が近いと現地人も生きていけない村に は当然獣は出ないし道路にも獣は寄りつか ないガゼルやカメレオンくらいは出る けれどゾやキリライオンなんかは普通は 現れないただボバは違う国立公園の中を 道路が走り町と町の距離も100kmは 普通だ普通なら人間の住むエリアと国立 公園は明確に別れているのだがボマは国の 大半が国立公園でその中にポツンポツンと 人間の暮らすエリアが小さい集落として 存在 するあなたは自転車でボツ穴を走るのは 危ないわよ本当に野生動物はたくさん出る の入国管理のおばちゃんに言われる知っ てるよボバを走るのを楽しみにして日本 から来たんだライオンや像に襲われたら 死んでしまうのよバスとか祈ったらうん気 をつけるよありがとうと朝の8時より前と 夕方の5時以降は絶対に街の中に避難する のよライオンの狩の時間だからおばちゃん はやれやれという顔をしていた決して多く はないがボマを自転車で走るサイクリスト は一定数いて多分みんな同じような反応な のだろう別に像を舐めているわけじゃない し危険なことをしたいわけじゃない確かに 僕はちょっとアホかもしれないけれど自ら 命をかけたスリルを楽しみたいなんて クレイジーな考え方はしていないだけど 走ったことのない景色を走りたいのだ道を 走っていて像が出るなんて世界中でもボワ なだけだ普通は像を見るにはサファリ ツアーなんかで国立公園の奥にジュープで
入らないといけない普通に自転車で道路を 走っていて像が出るなんてすごいじゃない かそんなところ自転車で走れるわけがない そう思っている大地を自分の足で走れる 根本的には自転車の楽しみは初心者の頃 からずっと変わらないそれがどんどん 広がって地球の反対が側の南米だったり アフリカの像が歩き回るところに なる国境を超えて少し走ると重ねの街に 着く小さい街だがスーパーも綺麗だボマは ダイヤモンドや銅が取れることと南 アフリカと隣接することもありアフリカの 中では比較的豊かなのださらにカネは サファリサファリのツリストも多いので ツーリスト向けに綺麗ということもある それにしてもボツはすごい物価も高いこれ まで宿に止まっても10ドルは高いという 感覚だったがキャンプ上でも10ドルだ キャンプじゃなくてホテルに泊まると 100ドルを超えて しまう金持ちのヨーロッパ人がサファリ なんかを楽しみに観光に来る国なのだ そしてキャンプサイトは動物園の匂いが する看板にはワニがいるので川に近づき すきないを書かれていた 写真Bウアクコ ダルキャンプ上にこの人たちのが落ちい てちょっとちょっと嫌だっ たトイレも綺麗 です完全にリゾートホテルです ねカネを出て走り始めると素晴らしかった ズバっと無人地帯道はまっすぐ伸びている 緑の地平線改めてこういう綺麗な緑の地平 線はアメリアフリカでは初めてかもしれ ない無人地体はこれまでも結構あるが木が 生えていたり丘屋山があったり平らの土地 がズバーっと続く綺麗な地線は意外とあり そうでなかった南米の時以来かもしれない そしてしばらく行くと道路に像のらしき ものが落ちているその日初めて像に遭遇 する道から少し離れたところに小さい像が いて可愛かったまた像に会えたらいいな なんてその日は思ってい た写真 ですこの像注意の標識がもうこれはは 世界中でボワなだけですねパンダレスト キャンプ次の日から世界で最も像の多い増 地獄エリアが始まる200kmも間町も村 もない無人地帯中間くらいに警察の検問所 のようなところがありそこで野宿させて もらう予定だ朝小雨だったので出発強く 降っていたら1日伸ばそうと思ったが小雨 なら問題なかろうと 案の定すぐ強くなる大問題だただ実際に 走り始めると雨は意外と良かっ
た野生動物も雨に濡れるのは嫌なんだろう 像は思ったほど現れなかったただこの雨の 中100kmはやはり心折れるなと思い ながら頑張るおいゾも出るし雨も降ってる し乗せていってやろうかチャリも積んで やるぞ心優しい白人さん夫婦が言ってくれ たありがとうでもここは自転車で走りたい んだだ自然の厳しいところでは人は優しく してくれる南米のパタゴニアでも何度か こういうやり取りはあったが走りゆく心 やしき人の車の後ろ姿を見ているとああ 乗っときゃよかったかな強がり行っちゃっ たかななどと 思う車もあまり来ない時々思い出したよう にサファリに行けそうなランドクルーザー やトラックが走るくらいで基本的には車も 来ないまま自転車で1人きり走り続けれる この時間ほど素晴らしいものはない何は ノーヒッチハイクで行きたいマラウィは マラウィやザンビアのパタの時のように この区間はヒッチバイクでもバスでも何で もいいかという時はいいけれど南緒は景色 もいいし人生で何度もできる経験ではない 自分の足で進み たい雨のおかげで午前は3匹しか像は出 なかった1匹目はかなり前方の離れた ところを横切っただけ2匹目は割と近かっ たが離れて眺めていたら去っていった3匹 目は調子に乗って写真を撮ろうと近づいて みたらくるりとこちらを向いてきて目が あったやばいやばいやばい慌てて自転車を 止めるとゾの方も急いで茂みへ逃げていっ たこれが思っていた以上に動きが早かった ゾってそんなに早く動けるのか最初は像が 見えると嬉しかったがこの辺りから深刻な 命の危険を感じるいや危険なことは走る前 から頭では理解している目の前で見る像の 速さとプレッシャー大きな質量の生き物が 力強く動く牙と花が予想以上に迫力があっ て怖い目前に迫る命の危険として体感する これは実際に柵なしで野生の像と退治し ないと分からない日本の動物園の柵の 向こうの像はゆったりしているがあれは檻 が狭いせいだ大きい動物園でも像が走れる ほどの広さはない物理的にも走れないし その中で育ち彼らは走ることをもう 思い出せないのかもしれないそれが今目の 前の像は自由に走れる環境で日々 サバイバルを生きている個体だエンジン音 と共にすごい速さで動く鉄の塊自動車に さえさない今の像が茂みの方じゃなくて こちらに向かって本気で襲ってきていたら 間違いなく逃げられなかっただろう距離が 離れていたとしても像が本気で走れば旅の 自転車なんてすぐに追いつかれてしまう
だろう逆を言えば気にしても対策なんて できないから気にしなくても同じと言える 像が本気で怒ったらナスすべなく死ぬ攻撃 を向けられなくてもやはり迫力が違う目が 合うだけで命の危険を感じるでもヒッチ ハクはしない声をかけてくれた車が遠くへ 小さくなるたびに思うああ僕はなんてアホ なんだろうかでも今僕は生きて いる昼過ぎにやっと晴れてくれた道には 時々像のマークの道路標識当たっている何 もない地平線の道端に休憩用のベンチが 時々あるその隣にはThisisaWi LIFEareiayouare stopingHereatyour ownRKという看板が立っている野生 動物のエリアだから止まるのは自己責任だ よということだでも自転車以外で誰が こんなところで休憩するのだろうか自転車 にとっては一息つつけるベンチは ありがたいそこからまさかのパンク アフリカ2回目のパンクをこういう像 だらけのエリアでするのが僕の運の強さ だろうパンク修理している間に像がやって きたらどうにもならない タイヤのワイヤーがほれているのか尖って いるものが抜けないペンチで無理やり ねじってあは財布に入っていたキリ クライマーズの名刺をタイヤとタイヤと チューブの間に挟んで解決キリ クライマーズはもはや懐かしいキリ マンジャロ登山のツアー会社だかこもう キルマジロから3000km近く走ったの か時間とは本当に早いもの だストッピングアアyour オリク自転車の人以外で誰がこんなところ で休憩するんだろう またぞ今度は道のすぐ隣だったので横を スるするのも難しい少し待つ像は動かない 困ったおい大丈夫か俺たちと一緒に通り 過ぎれば大丈夫さ車から黒人さんが声を かけてくれ車を挟んで像の反対を通るよう にして通過みんなやはり優しいその後は もう思い切って像をスルーしていった多分 大丈夫襲ってこない知らん顔して通り すぎようたくさん出るとは言っても1時間 に12回くらいのイベントだ10分に1匹 出るわけじゃない運試しだと思って 通り抜けていくしかない通過するたびに 心臓の音が聞こえるやはり怖いあまりに 近い場合は車が来るのを待つ車が通っても 情たちは草を食べるのに夢中であまり逃げ ないなぜか自転車には反応する僕にとって 像が珍しいよに彼らにも自転車は珍しいの だろう予定では100kmほどで警察の 検問時のようなところがあるはずだが
なかなかつかないな 日没になるとまずいぞと思っているとまた パンク今度は張り紙みたいなものが まっすぐ刺さってチューブまで貫通してい た日頃の行いの悪さが 光るそれでもゴールのナビアまでは 1000kmほどなのでタイヤは大丈夫 だろう5時前に警察の検問所のような ところに到着なんとか間に合った 130kmと予定より遠かったに加えて雨 パンクと重なったハードデイだったあは 70kmほどでナトの町に着く 検問所の警察の人はフレンドリーにして くれた自転車乗りの間ではこの検問所で キャンプさせてもらうのは有名なのだと いうかここで眠る以外に選択肢がない1日 で200km走るには朝と夕方の制限時間 が厳しい当然ゾのパラダイスで眠っていれ ば像に踏みつぶされるかライオの餌になる かはたまた他にも夜行製の肉食汁はいくら でもいるのだろう検問所の人は朝出発する 時にはコーヒーまで出してくれたしばらく してキリがごと横の茂みを走った子供 らしい小さいのもいた馬のように軽やかに 走る写真キリは珍しいので嬉しかった です無事に増時刻のエリアが終わりナタの 町に入る手前でトラックに乗った白人さん に声をかけられる後ろの荷台に白い大きな 犬が乗っているよよかったらキャンプして いかないか今キャンプ場作ってるとこなん だキャンプ場を新しく作っているという ことか楽しそうだありがとうでも町に行っ て食料調達したいんだ傘から走ってきて腹 も減ってるからいいよ後でトラックで一緒 に街に連れて行ってやるよたただで止まっ て行っていいから代わりにちょっと作業 手伝ってくれないかもちろんオだよ トラックの荷台に自転車を積んで脇の細い ダート道を抜けていくと彼の城についた 川沿いの土地を木の柵と有子鉄線でぐるり と囲っている地面は砂で清潔だった昨夜の テントを貼らせてもらったところも砂だっ た 道路から見ると一見ぎっしり草がしって緑 の大地なのだがその下はす砂浜みたいに なって いる真ん中にコンテナのトレーラーハウス があり彼はそこに住んで少しずつキャンプ 場を作ってい た彼の名前はルーペトと言ったトレーラー ハウスの周りには作りかけのお客さん用の コテージその他水を引くためのポンプ貯水 用のプールなどがあった彼はたった1人で コツコツとアフリカにキャンプ場を作って いる男の夢
だそこの川にはたまにカバもいるぜ彼は 嬉しそうに言ったトレーラーハウスには コスタという白人の老人もいた60歳だ そうだコスタ老人も旅人で自転車も時々 使う今はマレーシアから船で南アフリカ まで来てそこに自転車は置いてアフリカ 南部はバスで回っている らしいコスタはどこがホームランドなの ホームランドさあねどこなんだろうね人生 を楽しんでいるだけさ旅に出てもう2年 ほどになるらしいそういえばキリマジロに 一緒に登ったイギリス人も同じくらいの 期間だったそういう生き方がある我々日本 人は長期の旅というとヒッピーのような 放浪の旅若者の冒険モラトリアムという イメージが強いコスタ老人は若くない外見 もヒッピーなんかの小なさはないもちろん 長旅なので綺麗な格好とは言えないが一見 すると普通のおじさん だどうやってここのキャンプ場知ったのま オープンしてないんでしょカウチサーフィ ンってやつだよ知ってるかいああ聞いた ことあるよ手伝する代わりに無料で泊まら せてくれるってやつでしょそう自転車向け にウォームシャワーっていうのも歩くんだ よよかったらまた今度使ってごらんそんな のあるんだなコスタ老人に限らず ヨーロッパ人は本当に色々知っている旅の バリエーションが多いその国でレンタカー を借りてキャンプして回ったり日本の バックパッカーみたいなスタイルの人も いるがあくまでそれは他にもたくさんある 旅のスタイルの中の1つだいろんな年齢の 人がいろんなスタイルで旅をするという 選択肢がある大学生の長期休みだけじゃ ないし仕事を辞めての頭飛行という感じで もないもちろんヨーロッパ人なら誰でも 自由に旅ができるわけでもないし実際には 彼らにも大変なことはあるだろう僕の拙い 英語じゃそこまでの話は聞けないが日本人 にとっての旅行や旅とはニュアンスが違う 何歳であっても人生を楽しむ上で旅すると いうことは自然で行きたいところに行き たい時にに 行くその後もう1人ローカルの使用人が来 て一緒に4人でソーラーパネルを トレーラーハウスにあげたただで泊まらせ てやる代わりに手伝って欲しいと言ってい た作業だソーラーパネルを4枚鉄のパイプ を溶接でつげて固定してあは力技で 持ち上げた確かに人数がいないとあげられ ない重さだっただけどそれで仕事は終了後 はトレーラーハウスの中でのんびりと 過ごすコスタはやたらとコーヒーを沸かし てくれた1時間置きにコーヒー飲むかいと
言ってフレンチプレスで入れて くれるコスタはコーヒーが好きなんだねと 言うといや別にそんなことはないさ僕は何 も好きじゃないし何も嫌いじゃないんだよ えでもやたらとコーヒーを入れてくれる じゃない のhabitsMakepeople sles習慣とは人を奴隷にするんだよ コーヒーを毎日飲んでいるとコーヒーじゃ ないと美味しくないと思うようになって しまうそれでコーヒーを買わないといけ ないいけなくなるだから目の前にコーヒー があればコーヒーを飲めばいいしコーヒー がなければ紅茶それもなければ水でもいい ワインだってタバコだってなんだっていい あるものを愛するんだ何もなかったら何も ない時間を楽しめばいいなんかアジアの 仏教みたいなフレーズだね日本だと全脳 精神みたいだそうかもしれないねでも 世界中のいろんな思想で同じような考え方 は出てくるよと笑っていたコスタは若い頃 から今みたいな感じだったのどうかなもう 昔のことは忘れちゃったよたくさんの経験 をしたからねそして多分その中でいろんな ことが変わったし変わってない部分もある んだろうねコスた老人は優しく 微笑むスーパーに行くのはやめて冷蔵庫の 食材を使っていいと言ってくれたので僕が 肉じゃがを作るからみんなで食べようと いうことになった無人区間を2日走ると腹 が減って いる米を払いいっぱい食べたい彼らは ボールどんぶり型の底の深いワンは使い たがらずお皿だった僕はもちろんどんぶり スタイルで米を書き込むように食べる海外 で困ることの1つがこれだ食器の違いだ 日本人はどんぶりだが外人はプレート そして皿を手に持たない汁物もスプーンで すって食べるご飯も丁寧にスプーンですっ て食べる食器を手に持ち口元まで持ってて 食べるというのがないのななのでお椀は 日本から自賛しないと米をガツガツと食べ られないボールでもいいのだが米を ガツガツ食べるならやっぱり日本のおがお 椀が口当たりもいい米を食べるにも食後に インスタント味噌汁を飲むにも木のお椀を 1つ持っていると食事は 美味しいさらに言うとアフリカ人たちは手 で食べるから暑いものはやがる食事は 冷ましてから食べる食文化というのも実に 様々だ米を茶碗1杯くらい持ってあげると そんなにたくさんたそんなにたくさん米は 食べられないよとルーペルと氏は笑ってい た彼らは肉じゃがを美味しいと言って喜ん でくれたその肉じゃがは肉じゃがと言って
もそんなに肉じゃがではない確かに肉と じゃがいも玉ねぎは入っているだが醤油が 美味しくないザンビアの大きい街の スーパーで手に入った日本で手に入る タイプの醤油じゃないアジアっぽい醤油だ それでも一応醤油の味はするがどこか醤油 ではない砂糖はそのまま砂糖である酒 みりんなどは当然ないだから味に深みが ないそれから肉が硬い日本のスーパーで手 に入るような薄切りの柔らかい肉はない味 がどこか獣っぽいアフリカの牛たちは毎日 宝木で歩き続けていて筋肉もりもりなん だろうそんなわけでその肉じゃがは日本で 食べると美味しくない味だがアフリカで 食べると貴重な日本っぽい味で米も進んで 本当に美味しい醤油さえ手に入れば旅の旧 がグっと 上がるここのキャンプサイトで日本人の 作る日本食なんてあったら人気になるな なんてルーペとは笑っていた使わせて もらった食材のお金を払おうとしたらいや お前はゲストだからいいんだよと言って くれたただで泊まらせてくれた上に本当に ありがたい明日からも像とライオには気を つつけるんだぞえ重ねからなただけじゃ ないのおお街の外ならどこでも像はいるぞ マウンより西にはあまりいないだろうから そこまでは頑張れちょっぴり心折れた像は ウキウキもするけれどやはり怖い夜には ライオがいるそして街の感覚も広いだけど 楽しい毎日僕は生きている朝ルーペト氏は 朝食まで作ってくれマウンに向かう道まで トラックで送ってくれた写真ですソーラー パネルを溶接するルーペトですね仮面が なんかかっこいいんですよねみんなで トレーラーハウスの家に持ち上げるこれで 電気が確保できますねえルーペと首コスタ 老人机の下には霊の大きい犬もい ますえ今回の話に書かなかったんですが村 のない宿でのちさせてもらった時の様子 です浮で水が増えていましたこの道路が もう唯一の道なんですけどこの3日後に 道路まで浸水してしまってしばらくナタと マウンの間の道がなんか通行不可能になっ ていたそう です画面の左の方に見えるのが有坂ですね 亀もいたり牛もいたりええこれは結構普通 の村の様子 です村の様子です結構やっぱホテルなんか はリゾートなんですけど村はやっぱりまだ アフリカですねこの看板は像じゃなくて イノシシですねイノシシは可愛いんで安全 で大丈夫 です像は出ないと油断していたら街に たどり着けないでブッシュキャンプになっ
てしまったのが1回ありましたラオに食べ られなくて本当に良かった ですうつ9やってきた無は美しい無駄だっ たかオーナーとのランニングから1ヶ月後 時間がかかっても会社には戻らないので 退職させて欲しいことをオーナーに伝えた 最新のiPhoneにMacBookに iPad契約を持ってくる自分にはいい 備品が支給されていた欲しいといえば最新 のものが支給されたお客さんから見て営業 マがいい商売道具を使っているということ は重要だからということとやはりオーナー は自分を可愛がってくれていたんだと思う それをみんな返してしまうと不便さを 感じる代わりに身軽になる感じがした給食 してから約半年ほとんど使うことはなかっ たが完全に存在がなくなると違った備品を 返すのと合わせて退職の手続きをしに半年 ぶりに会社に行ったプランの書き方は もちろん住宅のことをゼロから教えてくれ た芸大での直属の上司 は君がいなくなると仕事の上でも困るけど ご飯を食べに行って話す相手がいなくなっ て寂しいね話が会うのは君くらいだった から寂しくなるよたまにはコーヒーでも 飲みに行こうと言ってくれた打つなんて形 で急に仕事を抜けて迷惑をかけたのに本当 にありがたかったそれでもやっぱりこの 会社には戻れないと思った病気でそのまま 戻れずの退職なので引き継ぎもろにせず 同僚にはもちろん何よりお客さんにも 申し訳なかったおお元気になったか大工の 頭領が偶然事務所にいた50過ぎで派手な シルバーのネックレスをしているいつも やかに接してくれる筋トレが趣味で腕周り がかっこいいあおかげで元気にはなってき たんですけどやっぱり営業で戻るのは 難しいなと思いまして退職することにした んですこれまでお世話になりましたそうか 残念だな暇だったらうちで働くかえいいん ですか大工さんて憧れるからやってみたい ですけどはでも見習いだから給料は本当に 安いよまもし働きたくなったら連絡しよう 働かなくてもさまたクガの話しよう領は 趣味でクワガを繁殖させている息子に1匹 欲しいと言うとギラファのこぎりクワガと いう海外の大きいのをくれた冬も死なずに 1年半も生きたけれどちょうど犬がやって きた頃白いカみたいなものが生えて死んで しまったクワガの世話の仕方なんかを教え てもらうこともあって随分と仲良くして もらっていたなんとなくなんとなく大工 さんというのはかっこいいしこの頭領に 教えてもらって大工になれたらいいかも しれないと思ったとはいえ職人の見習いの
給料は安い高校を卒業した手のこの給料だ しばらくは何もできない戦力にならない上 に教える手間と時間もかかるのだから安く て当然だ35歳で子供もいる僕には現実的 にやっぱり難しいだろうなと思った そもそも社交事例だろうそれに元営業マが 下請けの大工になるなんてのもやっぱり 色々と不都合が出るだろう でも大行している自分の姿を考えると 不思議と気持ちいいような気がした いよいよ給料が元に戻ることはなくなった また一からだ積み上げてみたものは崩れて しまった住宅営業としてもそうだったし 自転車屋の店長としてもそうだったこんな に売れるようになったのにまたいからだっ たうつのピークの時よりも元気にはなった けれど外に出て少し人と話すだけで やっぱりくびれて しまう元気になってきてさあ戻ってまた バリバリ働いていい家作ってやるかと思っ ていたところで最後の段に足をかけたら はしごが崩れてしまった旅で言うなら最後 の町だと思って到着したら実は全然違う 名前の町についちゃいましたここからまた 出発してくださいなんて感じだ随分と心を くじけるそれでもなんとなくこれで良かっ たような気もする自分でも気づいてい なかった違和感が積み重なって心が壊れた カウンセラー氏や家族の協力心配してくれ た友人たち会社も商業手当てを受け入れて くれたことで収入にあまり心配なく ゆっくり過ごせた期間色々なおかげで元気 になって考え方も上向いたそれでも再び 違和感のトを踏み続けながら働き続けるの は無理があったずっと気づかなかった違和 感のトに気づけてやめて新しい人生がまた 始まる積み上げてきたものが崩れる寂しさ はあるけれどまた新しいことを始めて いける不思議としっくり来るものがあっ た建築の仕事はやめてしまったのに軽井沢 まで建築家の先生の講演を聞きに行くこと になっ た辞めるよりも少し前の頃まだ僕は会社に 戻る予定だった頃に妻がチケットを取って くれていた僕がその建築家の先生の本を何 冊も読んでいたので偶然公演を見つけて 聞きに行こうと言ってくれた給食にしても 仕事をやめるにしても妻は全面的に 受け入れてくれたしずっと元気けてくれた 妻には感謝しきれないうつになって以来 家族での外出にはおにぎりとお茶を持つ ようになった収入が減るので節約のためで もあったが息子はキャンピング息子が 北海道でのキャンピングカーでの昼ご飯を 気に入ってくれたのも大きい外食するより
も車の中だったりどこか外のベンチで家族 で食べるのは気持ち いいおかを作っていくこともあるしおかず だけ途中のスーパーで惣菜を買うことも あるもう築の仕事には戻らないのに遠く まで付き合わせて悪いねでも見たい建物 だったんでしょうん見たいレモンド夏の家 って言ったら今の建築のルーツになった ような偉い建築家の先生たちが修行した 場所だから建物自体も素晴らしいって聞く し生で見れてあの先生の講演を聞けるのは 嬉しいそれなりいいじゃない別に建築の 仕事をしなくたって好きなものが見れて 好きな話が聞けたら楽しいじゃない仕事 じゃなくなっても楽しいと思えるだから いいことじゃないそう言われるとそう だその先生の本は仕事とは別としても純粋 に読み物として面白かった給食している間 も図書館で何度も借りたもちろん仕事をし ている頃は建築の知識を高めるため仕事の ためにも読んでいたとはいえ普通の一般 住宅を建てる公務店の営業マが建築家の 先生の本を読んでもあんまり役に立つこと はない潤沢な予算で建築家の先生に依頼し て家を建てる人は少ない生きていく行くに は住宅以外にもたくさんお金はかかる経済 性を求めるとそんなに凝ったことはでき ないお金をかけなくてもいい家は作れる それでも建築家の先生のように芸術作品の ような家を作ることはないから建築家の 先生の本を読んでも仕事に直接的に役立つ ことはないそれでも直接に役に立つかどう かは別として単純に楽しい建築の仕事をし なければ細かい部分の仕事の素晴らしさに 感動することもできなかったそうやって 考えると確かに給料としては1から スタートになる新しい仕事になると前の 知識は前の仕事の知識は使わないことの方 が多いでも積み上げてきたものが全部崩れ てゼロになるわけじゃない少なくともこう して建物を見に行くことを楽しめるように なった感動できるようになった自転車屋の 店長だっていろんな人と自転車の話をして 自転車の勉強して人生の楽しみ方が増えた 旅だってそりゃお金にはならないかもしれ ないでも旅をしたことで僕の人生は楽しい と思えることが増え たレーモンドの夏の家にはいくつも 素晴らしい部分があったが独特な屋根屋根 形状による高さの空間と斜めのスロープで 2階に上がるのは肝だったそこに丸田柱に ハサミ張りという独特な構造が通る建築家 の先生の声も素晴らしかったがやはり建物 を生で体験するということは 素晴らしい普通の住宅でスロープは使わず
階段にするのはは面積の問題だ階段の方が 少ない面積で2階に行けるスロープにする のは言うならば面積の無駄なのだだけど その無駄こそが空間を豊かにしている階段 にすればその分スペースを作れるけれど スロープにして無駄にしてしまう方が空間 が豊かになるもちろんただスロープにする だけではいけない独特な屋根形状でできる 天井の広がりとスロープが絶妙だった当然 だが無駄ばかりの建物は美しくないでも 絶妙な無駄は空間を豊かにするなぜこんな 無駄なことを取り入れているのか建築家が 直感的にそうした方が美しくなると判断し たからだ建築で無駄を取り入れるのは勇気 がいる建築はコストが高いそれを依頼主に 納得してもらえるよう提案しないといけ ないかといって有名な建築家になれば住宅 な予算が出て贅沢な建物でも建てやすい からと無駄ばかりの建物も存在するそう いうのは全く美しくないと僕は 思うの人生で旅は無駄だっただろうか自転 車への店長をしたのはどうだろう住宅営業 はどうだったろうそれは美しい無駄だった だろうか公園は息子がぐずって妻は最初の 10分ほどしか聞けなかったが夏の家の 周りを散歩して楽しそうに過ごしてくれ た大工したいなと思ってんだよいや別に そこまで本気ってわけでもないんだけど 帰りの社中で妻に言ういいじゃんいや ぼんやりそう思ってるってくらいだよ実際 すごい給料悪いんだよ休みも少ないでも やってみたいと思ってんでしょ怪我さえし なかったらいいんじゃないどうなのかなで も自分で木に触れて建物が作れたらさ なんかウキウキすると思うんだよねでも やっぱり金と休みがね引っかかるんだよ 色々大変だろうし大人しく工場での仕事を 探すのがいいかなって考えたりもしてる やっぱり金と休みって欲しいからでもさお 金のことは私もこれまで通りパートすれば 貯金を積み立てるのはしばらく難しいかも しれないけど生活には困らないよそれにさ あなたあこれれ行ったって結局やりたい こと思ったことやるじゃんアフリカとか 言ってた じゃんそうだねそうだったね僕はそういう 人間だったな次の日に大工の頭領に電話し たアフリカ9アフリカの終わりとサデ NEXT タイムヒルトンホテルで佃煮の後とりお ちゃんとコーヒーを飲む今日は何します まあいつも通りだよねうどんやりますあ いいね今夜は天ぷらとうどにしようナビア の首ウント服帰りの飛行機を待つだけの 日々ヒルトンホテルのテラス席には
すっかりアフリカの雰囲気はない王ちゃん も沈没大学4年生最後の海会旅行大学の4 年間で随分とたくさんの国に行って いる卒業したら家継がなきゃなんで学生の 間に行き尽くさないといけないと思ったん ですよずっとバイトと海外でしたよ赤浅草 の創業100年以上の死せ クニア王ちゃんも飛行機の日程に合わせて 滞在しやすい街ということでウントフに 長いしていたウント服は平和だナミビアは 南アフリカほどの経済力がないがその 代わりに治安がいいスーパーの品揃は先進 国と変わらないしショッピングセンターも 日本と変わらないくらい大きい街も大き すぎない刺激的なアフリカの要素はないが 安全で快適だそれで王ちゃんと2人毎日 やることもないので日々ビールを飲んで 散歩に出かけて自炊を楽しんでいる海外の スーパーで手に入るものだけで日本の 食べ物を作るのは楽しいし美味しい昨日は お好み焼きだったヒルトンホテルの コーヒーは安くはないがそうは言っても コーヒー1杯タが知れているその金額で これまでのアフリカでは絶対なかった先進 国の綺麗なカフェの時間を過ごせるのは ありがたい自転車の日々では毎日早く アフリカなんて終わってくれもう日本に 帰りたいとあれだけ毎日考えていたのに いざアフリカの空気がなくなるとつまら ないじゃあ並ぶ砂に向かって走りに行けば いいじゃないか砂漠を走るのも1つの夢 だったじゃないか波部砂漠は絵に描いた ような美しい砂漠だ飛行機まで2週間も 早くついてしまったんだから10日も走れ ば波部砂漠も楽しいだろうでも行かない 走りに行かない理由なら何個でもある砂漠 を走るのは厳しすぎる波部砂漠は本物の 砂漠だ街は少ない野宿なんかはやりやすい だろうとはいえ水と食料をたっぷり積んで 走るのは大変だ並ぶ砂漠を走るとは言っ たってどこに向かって走ればいい観光客が 目指す波部砂漠の最新部の1つソス スプレイでも当然ながら砂漠に1番奥 なんてないボワの後半あたりから自転車が 壊れ始めたホイールのスポークが飛んだと はいえスポークの予備はあるから張りなし てあとはチェーンを買って交換すれば十分 走れるウィントフックには日本と同じよう なスポーツバイクの専門店もあるただ実際 にはウィントフックに到着した瞬間完全に 現れる先進国と変わりないような都市 そして最終目的地についた喜びこれで生き て帰れる僕の緊張の糸は切れてしまった 写真小心照明の大都市ウントフク完全に アフリカが終わったのを感じまし
た街の中も非常に綺麗なんですよね ヒルトンのコーヒー ですウイントフックに着いたら バックパッカー向けの安宿について庭 テントのスペースを取ったプールサイドに はバーカウンターがあってビールを飲む 高い日本とほとんど変わらない値段でも うまい安全だビールを飲んでいたら日本人 が話しかけてきたいきなりであれなんです けどレンタカーで砂漠行きません自転車の 人だからやっぱ自転車で行きますよねそれ がおちゃんだったいや自転車はもう疲れ ちゃったからレンタカーっていくらぐらい かかんの砂漠のツアーって結構高いん でしょツアーだと高いのとバスで時間も 決まってて面白くないからレンタカーと 運転手を雇おうかなって思ってんですよ3 人で割ったらツアーで行くより安いし自由 に日て組めるんで一緒に行ける人探してた んですよあいいよ行こう 行こうおちゃんともう1人エエミリア ちゃんの3人で行くことになったエミリア ちゃんはあだ名で日本人女性だ僕よりも 少し年上旅行が好きで旅行会社の天井員の 仕事を派遣でしながら金が溜まったら1人 旅に出る外観はすぐあ外観はごく普通の ちょっと地味な日本人女性だそんな クティブな人には見えないおちゃんと エミリアちゃんは居心地のいい人だった変 に浮ついたような感じもしない日本人に よくある集団だと気が大きくなって調子に 乗るような人も多いのだがそういうことも ない旅の武勇伝も始まらない当然 マリファナなんかもしないでも2人とも 海外旅行は超ベテラン大抵のことは知って いる街に行ってレンタカを借りられる オフィスに行きそこで運転手も頼んだ エミリアちゃんは天井員だけあって英語が 堪能だプランもあれこれ詰め込まなくて シンプルでよかったスワコプムントに行っ てソスフレイに行くだけ2泊 ビカスワコプムントで200ドルでスカイ ダイビングできるらしいですよ砂漠スパイ スカイダイビングしませんかいいねやろう やろうエミリアちゃんもそOK特に トラブルなく砂漠の旅は終わった並ぶ砂漠 は美しかったいいメンバーだっ た車で旅してみるのもいいものだと素直に 思った自転車でずっと1人きりで旅してき た日本語であれこれ話せるのが楽しかった おちゃんとだらだらビールを飲みながら街 を散歩するだけの日々も楽しかった観光地 に行くでもなく異国の見知らぬ街を目的も なくただ歩くだけというのは思いのほが 楽しい王ちゃんもそういう街の楽しみ方を
よく分かっていたでもやはり心に 引っかかるものはあった砂漠には自転車で 行くべきだったんじゃないか僕の人生で もうアフリカの砂漠を走れるチャンスは ないかもしれない目前にあったチャンスを ミスミス逃してしまったんじゃない か 写真並ぶ砂漠 です王ちゃんも出発してしまって1人きり でビールを飲んでいたある日フランクレナ ガードという自転車乗りが現れた髪の毛が 全て白くなった老人である年を聞くと52 歳見た目より若かった フランス人フランク氏は非常に素敵な人だ 海外で出会う老人サイクリスト老人という と失礼だが若くない旅人というのは素敵な 人が多いボ穴であったコスたしもボ穴では 自転車には乗っていなかったが南アフリカ においてアフリカはバスでフラフラとカチ サーフィンで回っているとのことだった南 アフリカの前には東南アジアをブラブラし ていて船でアフリカまで来たそうだ フランク氏は自転車でナブ砂漠を越えてき た 僕はレンタカーから見た景色で波部砂漠は 断念したこれは自転車で走るのはかなり ハードだと思っ たしかしフランク氏はいや並ぶ砂漠は そんなにきつくもないよ観光客向けに キャンプサイトも多いしね気温も生ぜ 40°まではならない暑いけれどなんとか なる水も農家なんかに頼めば1日に1回は 補充できるから6L積んでいればなんとか なるよ次回はぜひ行ってみたらいいよと さらりと 実際には楽なルートなわけがないフランク 氏の経験と技術精神があるからこそだろう 50も過ぎて体力的にはピークなど塔に 過ぎているのに僕よりきついところを さらりと走るフランク氏のルートは我々 日本人サイクリストでは多分走ってる人は いない南アフリックのヨハネスブルクから ナミビアボワと回り再び南アフリカに戻り 北東部を巡ってヨハネスブルグから帰国 する南アフリカ周辺を回るだけのように 見えるが距離としては5000km以上に なる5000kmとなると今回の僕の ルートと同じぐらいだアメリカのアラスカ から南米の1番南の牛でも 2万6000円kmというのはかなりの 距離 だ日本人の長期旅行は自転車に限らず とにかく世界一周になってしまうというの は昔からよく言われる3ヶ月程度の旅行に さえ人生に何回もはできないだから1回の
旅行でしたいとか横断したいとかになって しまいやすいやはり経験値の差だと思う 若い頃から何度もいろんな地域を走って いる無理にたくさんの国を回ろうとしない 自分の行きたいところに行くフランク氏は 以前にも南アフリカの別の地域を走って いる改めて南アフリカで前回行かなかった 地域とナビアボワを回るという狙った ところ本当に行きたいところだけを走る アルゼンチンで仲良くなった日本人 サイクリストSさんも10歳を超えている が中央アジアのナンタラスタン諸国も走っ ているかなり標高の高い峠は多い地域だ かなり何ルートだ彼らは決まって同じこと を言うま僕はのんびりだからね時間をかけ てゆっくり走れば大抵のところは行けるん だよ完全にさりの境地だ僕なんかは30に もならない体力はあり余っているはずだ 若い僕はどこか意識しないところで自分の 武勇伝を作って誰かに自慢したいとか そんな欲がある気がするもちろん自慢する ために旅に行くわけじゃないけれど心の底 で野みたいなのがあるのかなと時々考える 彼らにはそういう欲がないガツガツしてい ないただ自分の行きたいところに行ってる だけだもちろん実際は分からない案外心の 中では僕とあまり変わらないようなことを 考えているのかもしれないが会って話して いる限りそういうのは全く感じられない 話していて威圧的なところや上からの感じ がなくとてもニュートラルになおかつ 媚びるでもなく自然体なのだ年のこ長年 自転車の上で過ごしてきた人がまとう空気 なのだろうかその空気は一緒にいてとても 心地 いいフランク氏と街歩く買い出しなど装備 を整えるのに1日滞在するというのでつい ていった増体策にペッパースプレーって いうのがあるんだよフランク氏はこの後 ボワに行くのだペッパーって胡椒の ペッパー そうゾはペッパーが嫌いらしいえ本当に 2人で笑いながら歩きペッパースプレーと ボワなプラが監禁できるところを探す しかしダメだったナビアは土日は全く やる気のない国なのだほとんどの店が しまっている両替屋は両替屋は開いていた が隣接国のプラを取り扱っていないただ ナビアボワはアフリカランドは使える場合 が多いので急ぐことはないということだっ た目的だったペッパースプレーもプラも手 に入らなかっ た土日なのに開いているカフェが1件だけ あったので2人でコーヒーを飲むフランク 氏がご馳走してくれた海外を走る
サイクリストとの会話は楽しい彼は若い頃 から年に1度海外を走りに出かけていた そうだどこがこれまでで1番素敵だった インドが良かったよもう30年ほど前に なるけどね僕が生まれた頃だね彼は笑って いたインドでは下痢したよ僕が マラビロクの水は飲めるようになったよ やっぱり下痢するほど強くなるのどう だろうねただ若くてバカだったんだよただ 10年ほど走らなかった時期があったそう だ奥さんができてフランス国内で働いて 過ごしていたと いうどうしてまた自転車旅を再開できる ようになったの子供が大きくなったからだ と思ったら彼女は死んでしまったんだと フランクは答えた悪いことを聞いてしまっ た申し訳ないと謝ると笑って気にしないで いいんだよと言ってくれ た君は今回の旅はどこが良かったフランク が聞く マラビージャプしていると夜に漁船と星の 明りと遠くの雷が 時々遠くの雲が時々雷で光るんだこの世の ものとは思えないほどに美しいそれに マラウィの人間も良かった貧困国って 初めてだったんだけど予想していた上とか なくってなんというかみんな明るいのかな 貧乏なのにすごく明るい温かい元気が もらえるもちろんお金やいろんなことに すごく困っているんだろうなっていうのは 感じたけどマラウってなんだかすごく 良かったよなるほどね貧困国は時々走って いてすごく厄介な問題もあるけど マラビージャ でも今回の旅が終わったらそろそろ終わり かなと思うんだ30歳にもなるしぼちぼち 結婚しようかなって考えてるんだできるか わかんないけどねだからこの旅が終わ るって僕の人生での自転車旅の最後なのか もしれないと思うとさ少し微妙な気持ちも あるんだ僕もいずれインドを走ってみたい し ねそれはいいことだよ君の新しい人生の 生き方だよまたいつか自転車で旅する日が 来るかもしれないし来ないかもしれないで も君は若いからまだまだいろんなことが あるよ結婚して家族を持ってそういう生活 は本当に素晴らしいことだよだけど一旦は 最後の旅になってしまうでも僕は砂漠を 走りに行かなかっ た君はまだまだ若いからまだまだいろんな ことがあるさサムデイネストタイムだよ もちろんできるかもしれないしできないか もしれないそれはまたえんだよ砂漠並ぶ 砂漠もとっても素敵だから次回またいつか
行けたら行ってみたらいいそれだけだよ そう言われると確かにその通りなのかも しれないタンザニアでポレポレ白なマタタ のんびり行こうぜノープロブレムの精神を 学んだのを思い出す旅の間アフリカが最後 か人生これからどうするかそんなことを何 度か思い悩んだこともあった人生は永遠で はないけれど決して短くはない限りはある でもサムデイネクストタイムでいいんだ 急がないとここれができなくなるとかこれ をするにはあれを諦めないといけないとか そんな風にしてしまっているのは自分の頭 なのかもしれないぼんやりといつかやり たいなじゃたどり着けないかもしれない ぼんやりといつかアフリカに行ってみたい なという考えでは多分アフリカには来れ なかっただろうでも本当にしたいとのでも 本当にしたいことの前を急いでセカセカと 通りすぎてしまったり焦っていろんなこと を犠牲にしすぎて大事なものを大事にでき なければやはり問題だりことはやりたいで も座ひり5で言えばポレポレ白なたた焦る ことなくできることをじっくり順に大事に やっていけばいいサムデイNEXTタイム でもいいじゃないかこの旅が最後とかの 決めつけは良くないし結婚すれば何もでき ないとか旅を続けていればまとめに生きて いけないとか自分がやりたいことを胸に 置いて焦らずのんびり旅で会えた景色や 人々に感謝し て何回何を落ちただだろうこれから何回穴 に落ちるのだろうなんで僕は穴に落ちるの だろう人間は何で穴に落ちるのだろう 小さい穴から大きな穴まで深い穴に暗い穴 生きてると穴ばかり開いている誰がその穴 を掘るのだろう何のために掘るの だろうどうして穴が見えなくて何度も何度 も落ちるのだろう数えきれないほど穴に 落ちたつまり数えきれないほど穴から出て きたそれともここは穴の向こうの世界 だろう か穴に落ちるたびにアホ自転車が待って くれていたどうしてそんな自転車に乗るん だろうアホだから か世界の遠い貧しい国のアフリカ山大凶悪 都市と呼ばれる町の穴水知らずの黒人さん が見返り求めす助けてくれたこれまでも穴 に落ちるたに誰かが助けてくれていた豊か な暮らしの日本で自分の心の穴に落っこち た35歳住宅論3歳の 息子昔は穴に落ちればアホ自転車が待って くれていた家庭もあってアホ自転車には 乗れないずっとずっと深く穴はどこまでも 続いた落ちてるんだか落ちていないんだか 分からなくなるまで深く暗い穴は続いた
助けの手もなくロープが降りてくることも なく手をかけ小さな出っ張りすらなく ずっと落下は続いて いく随分深くまで掘ったものだ ね金のツルハと時間のショベルで掘りに 掘り続けましたからほら手がすっかり血目 だらけだ本当だ気づきもしなかったもう これが最後の穴なんだろうもう登ることも ないんだろうくびれたちょうどいい休み たかった穴のそこにやっと着いたと思っ たらアフリカのアホ自転車の足跡が待って くれていた自転車声で何になる異国に触れ て何になる金を稼いで何になる文を綴って 何になる生きていて何になるどうしようも ないアホだと信じていた何の役にも立た ないアホだと自転車なんか声だから俺の 人生は迷路に落っこちたとでもなぜだか 自転車漕いてるとアフリカの人たちも応援 してくれた誰かが応援してくれて穴に落ち ても手を差し出してくれたどうして自転車 で旅なんかするのか何歳になっても答え られないやっぱりアホ自転車アフリカの アホ自転車は随分先回りして何年も先の僕 の穴の底で待ってくれていた身体極まる たびにアホ自転車並ぶ砂漠を走るサムデー ははか遠いでも今日も僕は心のペダルを 踏んでいる未来の僕が未来の僕が出会う誰 かが何度穴に落ちてもどんなに深い穴に 落ちても暗くて冷たい穴だったとしても 大丈夫なように今日も世界のどこかで誰か がアホ自転車を漕いで いるアホ自転車その3アフリカと打つお しまい最後までありがとうございました OG
https://note.com/nezumi_fukuda/n/n510daec8967c
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アフリカを自転車で走っていた頃の話の小説です。
ジャンルは小説だからノンフィクションルポだか分かりませんが。笑
忙しいと長いのを読むって大変なので。オーディオブックにしました。ながら聞きでどうぞ。
朗読は素人なのでしょっちゅう噛んでますが許してください。
ちなみに、阿呆自転車シリーズ、2はアルゼンチン編で、そっちはAmazonで売ってます。
1は初めての東京への旅でしたが、推敲しないと公開できるレベルじゃないので、またいつか。
とりあえず五時間音読したら、喉が痛いです。