【沖縄 石垣島①】先輩移住者インタビュー(移住編1/3)

[音楽] [音楽] 8前はえ兵庫県神戸市に住んでいまして モンゴルという国の音楽を演奏する仕事を していまし [音楽] たま神戸在住の時にま全国色々ねあの音楽 の講演でお伺いする機会多かったんですが まあ都会のクラシもち楽しいんですけど もうちょっとこうま地方というかあの自然 豊かなとこで環境で生活しながらそういう 活動したいって気持ちがありましたんでま 全国色々歩いて後方地探してたんですけど たまたまその石島に寄せていただく機会が あってあの1ヶ月ぐらい滞在したんです けどま自然環境も素晴らしいしねあの島の 人の人柄とかあのとても素晴らしいなと 思ってま是非ここに住みたいという気持ち であの石垣に渡ってきまし た [音楽] 2003年の6月に初めて石垣島に来たん ですねまその約1ヶ月の間でまいろんな とこに行ってあの島の人と知り合ってねま 移住者のこといろんな方と知り合ってま 自分でままネットワークというかまお友達 がね増えたんですねでこっちの方にでその 後3ヶ月後にま実際9月に移住したんです けどもその間にこう色々島の人と連絡 取り合いながらうんあのまあ行くからねま でもそん時は具体的なその仕事であるとか 住まは島に行ってからま決めようかなとか まなんとか多分なるんじゃないかなって いう風に思ってましてまとりあえず神戸の 妻を引き上げてあの引き払ってあの荷 まとめてこっちの方に持ってきたぐらい ですねあとは具体的な情報とか特に その綿密に何か調べて計画を立てたわけで もないです体1つで渡ってきた感じです ねま元々あちこちあのま日本問わず世界 いろんなとこどこどこというか旅をする ことが好きでしたんでまそのたにどことこ 行ってきたよみたいな話を知るようにして たんですけどま正直うちの両親がその 北海道の漁村と農村の出身でほぼほぼその 北海道から出たことがない人たちなので 石垣島っていう場所がねどこにあるのか なんならその沖縄っていうものに対しても 非常に漠然としたイメージしか持ってない んでああそうなの頑張ってねぐらいのこと 言われたのかなって記憶あります [音楽] ね家探しはですねできましたらその石島の の自然豊かなとこに暮らしたいなって 気持ちありましたんでまどこかねあのま

北部の方行きますといわゆるマンションと かアパートていうあの携帯の建物ってほぼ ほぼないのでまいわゆるその昔からのカネ のお家どっかすめるとかあったらいいなと 思っ て友達に聞いてみたんですねなんかある そういうとこって聞いたらうんあるよって 言われてただあの とっても古いから済むのは大変だ けど行ってみたらいいんじゃないって言っ て見た感じま確かに古いんですけどま 手直しすれば進めないこともないかな と思ってそこに決めましたはいで僕は ラッキーでしたあの同じような こと思って探しても見つけきれない人も たくさんいましたので僕はたまたま運が 良かったとか出会ったんだなという風に 思ってます家探しは僕が島に渡ってきた頃 とはその情報の量がまず違うのであのま 内日のお住まいの街からでも簡単にね パソコンやスマートフォン使ってあの物件 探すことはできますねうんまただどういう 風に住まいたいのかとか例えばその市街地 に住住みたいとかその北部の方に住みた いっていうのとまた条件が変わっきますん でまそこら辺でどういうとこに住みたい かっていうその具体的なビジョンみたいの 持っていた方がいいのかな と住まいの方はなあのまとりあえず 落ち着くとこは決まったんだけどテポが ない特に店舗の方がないんですよね住ま よりあの不動産さんのネットのあれに出る 前に大体いい物件はねあの島で情報が回る んですよ抑えられてしまってううにだから なるべくコインに そういう島の人と知り合う とあのあそういえばあいつなんか探してた なっていうこと声かけてくれるんで やっぱりそのいくらそのインターネットが これだけね流星を極めたと言ってもその島 には島のネットワークがあるんですよだ とにかくこのなんだろう自分の心を大らか に持っていろんな人と知り合って関係つげ ていけば多分お家のことも仕事のことも おのずと情報が入ってきますで自分から その例えばハロワーク行って仕事を探すと か不動産屋にあの行って物件を探す もちろんそれはもうやって欲しいことで あるんですけどもやっぱ友達作ってなんか 困った時は頼ってみるってのもありなの かなって気はします [音楽] ね当時はまだ内からカフェリがねあの走っ てた時代で大阪南光からま あのホダのスーパーカブっていうバイクを

ね一緒に乗せて大阪南港から50島まで 着くのに50時間ぐらいかかったのかな 那覇に着いて宮石焼きですねうんそんな 感じですねうんあバイクに詰めるもんその 時はね楽器とキャンプ道具ぐらいかなあと はま例えば本とかなんかそういう身の回り のものは先になんかかダンボールでまそん 時もお友達のとこにちょっとあの送って ちょっとうが決まるまでしばらく沸して くれないかということでおかしていただき まし た職種に限っては例えば保育士なんかはね あの保育士になりたい石垣市で働きたいて こととあれば確か50万円の補助がから あの支給されるってことはだったりあとは ま 戦まあ今もそうですねそういう意味でえば サービス非常にねあのいろんなサービスが あるんですけどもえ実はその今この動画の 収録してるところがそのユタガーデンさん というですねま赤川で素敵な鬼のある昔 ながらのあの沖縄のコ民家なんですけども 住者のあの希望者の方に向けてその サポートするようなあの これから例えばちょっとでも 石垣島に興味があったりまあるいは具体的 に移住してみたいなという方のね相談にも 載っ てくださる今後ねそういう機会があれば 是非寄せていただきたいと気持ちはあり [音楽] ます

特技を活かしながら、友人たちと石垣島の豊かな生活を楽しむ 守田光輝さん

モンゴル音楽の演奏家として全国を舞台に活躍していた守田光輝さんは、バイクに楽器とキャンプ道具だけを積み、船で大阪から石垣島に渡ってきました。それから20年、得意の音楽や料理も活かしながら、島の友人たちとの豊かな生活を楽しんでいます。そんな守田さんに、移住のポイントをじっくりお聞きしました。

こちらも合わせてご覧ください。
: https://youtu.be/8PeUGz-kXi8
: https://youtu.be/EAOpWO62AJc

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