2024 0114 SKK合同オンライン礼拝「新しい王」出エジプト記1

皆様こんにちはこん こんにちは今から合同オンライン礼拝を 始めますでは礼拝の始めに主の祈りを声に 出して祈りましょう主の祈り天に増します 我らの父を願わくは皆を崇めさせたま国を 来らせたま見の天になるごとく地にもさせ たま我らの日曜の家を今日も与えたま 我らに罪を犯すものを我らが許すごとく我 らの罪をも許したま我らを試みに合わせず 悪より救い出した国と力と栄えとは限り なく何のものなればなり [音楽] あ続いて主への感謝の時を持ちますに北を 襲った地震の被害の大きさが少しずつ 明らかになっています被災された方々の 速やかな癒しと回復そして救援活動救援 活動のために祈りつつ私たちの暮らしが 日々守られていることについて神への感謝 のメッセージを書き表し [音楽] ましょう [音楽] あ [音楽] [音楽] [音楽] よ [音楽] よ では出席者を代表して村井たさんに感謝の 祈りを捧げていただきます他の皆さんは目 を閉じて祈りに心を合わせて ください木の皆により感謝いたしますこの 1週間我々を無事に生かしまた未央礼拝に 参加できますことを感謝いたします 日本では今年神殿早々大きな地震や大きの 事故など大きな災害が起こり多くの犠牲者 が出ましたそしてまたイスラエルでは自衛 のための戦争でしたが世界中から避難され ており気にたされています彼らが改めて イエスの異であることを証しして全ての 物事を霊的見ることができますようお願い いたしますイ提案がありますようにお願い いたしますこの祈りを主イエスキリストの 皆により感謝してお願いいたしますああ あこれから市辺第5編1節から8節を読し ますダビデは神に選ばれた人でしたが多く の敵に囲まれていましたそれでもダビデは 神を賛美すること忘れませんでした私たち もダビデと共に神を賛美いたしましょう 奇数は中村子さんに偶数説は皆さんにお 読みいただきますでは中村さんリードお 願いし ます第5編成果隊の指揮者によってに 合わせて歌わせた旅の

歌私の言葉に耳を傾け私の嘆に見を止めて ください我が王我が神よ私の叫びの声をお 聞きください私はあなたに祈ってい ます主よ朝ごにあなたは私の声を聞かれ ます私は朝ごにあなたのために生贄を備え て待ち望み ますあなたはきいことを 喜喜ではない悪人はあなたの元に身を 寄せることはでき ない高ぶるものはあなたの目の前に立つ ことはできないあなたは全て悪を行うもの を憎ま れるあなたは偽りを言うものを滅ぼされる 主は血を流すものと人を騙すものを意味 嫌わ れる しかし私はあなたの豊かな慈しみによって あなたの家に入り聖なるにっ て ます私はのにあなたの気を持って私を導き 私の前にあなたの道をまっすぐにして ください国際司法裁判所ではイスラエルを 避難する裁判が始まっていますがまだ 100人以上のイスラエル人がハマスに 誘拐されたままですイスラエルの民が守ら れ諸国民の光としての使命を果たすことが できますように出席者を代表して石井令子 さんにお祈りしていただきます祈りさせて もらいます え 中のが永遠と続きや気配はありません けれどどかしよこのような大きな犠牲また 世界自由でこの言が題にされていますから このことを通してどうかイスラエルが あなたについて正しい形であなたの歴史を 認識しも一度あなたの前に己れが無である ことを悟ることができますようよにこの 戦いをどかそういう方向に用いていただき ますようつにお願いいたします人間は神が 正しいということちで言いながら常に 正しいのは自分でありがちでありますどう かこのことの悪さに気づくならば多くの 多くの犠牲もまたあ用いられることであり ますどうか彼らがあなたのが導こうと思っ ておられる方向に従ってどうか今日今の時 も彼らが導かれ悔いやらために導かれます ようにどうかお願いいたします時主イエス キリストの皆によって願いあげますあめん あでは本日の聖書箇所出エジプト期1章8 節から10節を朗読いたします ヤコブの一家がエジプトに行き数百年の時 が流れました朗読は溝口のり子さんにお 願いいたし ます時1章8節ここにヨセフのことを知ら ない新しい王がエジプトに起こった彼は

その民に行った美をイスラエル美となる この谷は我々にとってあまりにも多くまた 強すぎさあ我々はぬかりなく彼らを 取り扱う彼らが多くなり戦いの起こる時敵 に見方して我々と高いついにこの国から 逃げ去ることもないように しようでは牧師に今日の聖書箇所の 解き明かしをしていただきますテーマは 新しいよですこれから皆さんのパソコンは こちらで操作してミュートにさせて いただきますではよろしくお願いいたし ますはいえ皆さんこんにちはえっと今日 今日はですねえこの出エジプト機の方に 入っていきたいと思いますえっと出 エジプト機というのはですねえこれはあの ヘブライ語ではあのシモトというように 言いますでシモトというのはですねあのな というあのシェムというののですねあの 複数系なんですけれどもあのまあなんて いうかあのヘブライ語はあの聖書各書に ですねあの日本語みたいに名前がついて おりませんであの1番最初に出てくる言葉 を持ってですねその書の名前というように するというまそのようなあの伝統があり ますで今あの出チプ時のですねあの1番 最初の冒頭のところ日本語で見るとあの どこに名が出てくるのかと思うんですけど もちょっとよく見ていくとですねあのえ2 行目のところにあのエジプトへ行った イスラエルのコの名は次の通りであると いうことであのヘブライ号上はですねこの ナというところがですね1番最初に来るん でだからあのま文法上ですねこのなという のがえ この聖書のですねえこの書の名前になって おりますシモトというようにいますえ ちょうどねあのなんていうかあの興味深い ことにあのえ今ねあのパラシャというのご 存知の方いらっしゃるかもしれませんが あの今ユダヤ人たちもですねこの書をま ちょうど学ぶというえそのようなサイクル にえなっておりましてですねあのまその ような中でねこれを学ぶのはなかなか 興味深いえこと一致ではないかというよう にえ思っておりますまでも私たちはねあの ユダヤ人よりももっとゆっくりやっていき たいと思うんですけどもえこの箇所って いうのはねあのなかなか え見ていくと面白いんですけど1番最初に 12部族の名前がですね出てきましてで あの5節にちょっと注目していただきたい んですがヤコブの腰から出たものは合わせ て70人とえヨセフはすでにエジプトにい たということでえこの70人えという数が 出てあのわここ出てくるんですけどねこの

70っていう数はですねあのまちょっと 考えてみるとあの一体何が基準なのか ちょっとよく分からないようなところが あってあの男の子だけ数えてるのかなと 思うとですね男性だけ数えてるわけでも なくて女性もですね一部入ってたりとかえ だからあのどこまで切るかというのがね あの非常にこうややこしいえ切り方になっ てましてあのまこの70という数ですねえ その数の方からですねあのまこの切り方を 決めたんじゃないかというように思える不 もありますえというのは70というのは皆 さん何の数かですねえご存知でしょうか あの70っていうのはねあのこれはあのま ユダヤ教のことよく知ってる人はあのあれ かということで思われるかと思うんですが あの違法人の数なんですよねあの創世紀の ところにあの民族表というのがですね出て きましてあの10長のところですけども そこを見るとですねあの70の民族の数が 出てくるんでだからあの70というのは ですね法人の民族の数であるというように 言われておりますえしかしながらあの イスラエルという民のですね数がここで また70というね数が書かれてるというの はこれはあのまイスラエルというものと 諸国民の数というものがですねなんかこう 対応していると要するに諸国民を代表する 民族として選ばれているというまそのよう なですね外因がねここに込められてると いうようにえ考えてもよろしいんじゃない かと思いますでそれであのま今回の箇所 ですね1番最初のところあのま私もここ もう1回あのえあの学んでみましてですね えちょっと気がついたのがこの死にという 言葉から始まってるんですよねでヨセフは 死に兄弟たちもその時代の人々もみんな 死んだとでま死んでねこれ400年も経っ てるわけですからねだからこの400年 たってねえわざわざ死んだという記述をね なんでここに入れなければいけないのかて いうのはねあのちょっとあの考えてみれば ちょっと奇妙なあの記述なんですけども しかしながらあの私はねこの箇所というの はですねえこの真理という言葉の後にねえ このイスラエルのコがですねとても増えた とえいうように書かれている箇所がですね まこの後にすぐ続きますえこれはあの新役 においてですねあの1粒の麦が死んだらね えそしたら多くの身を結ぶというまそれの ねなんか1つの肩ではないかなという風に 私はまこれはえ思うんですでちょっとだけ あの注意しておきますとですねこの今画面 出ておりますのあの多くのこう海ですよね それからますます増ええ花強くなって国に

満ちるようになったこれはあのえ人類に 対する祝福最初の祝福え梅を笛をちに 満ちよというねあのそことですねちゃんと 対応しておりましてとにかくここはですね あのえ数が増えていって強くなるという 言葉がもう人間と並んでるというま非常に あのなんかものすごく強くなっていったと いうねあのどんどん数増していったもちに 満ちたというなんかそういうこうすごく あの景気の良い言葉がですねあのたくさん え並んでおりますであのまこれがね結局 あの神が えこうイスラエルを通じてえ諸国民を祝福 するというそのご計画がですねこの着々と 進んでいってるというまそのような ニュアンスがですねここにはねあま書かれ てるんではないかというように私はまあの 推測いたしますえつまり1人や2人では ダメなんですよねだからイエスキリストは 確かに完全なお方でありましたし12人も 素晴らしかったんですえしかしながらあの イエスキリストと12人だけではですね あのまこれは神様のご計画というのはえ もう決しで完成しないわけでありまして ですねもう数えきれないぐらいのねえもう あの私たちもで含めてですねもう多くの 人々がそれを証しするというそういう形に ならないとま神のご計画というものはあの 常々しないわけなんですよねだから数が 増えていくということのとても重要なこと がですねここに出てるんですけれどもしか しながらですねあの数が増えていってね そして神様のご計画が常時に近づいていく とですねあ当然のことですけれども神のご 計画が成就して欲しくないというそのの ような力もですねあの世の中には働きます えですからあの早速ですねこのようにして イスラエルの民が増えるやいないやねえ この彼らに対するえ悪い計画というものが ですね持ち上がってくるとそれがですねま 今日のあの朗読箇所なわけでありますで 今日の朗読箇所はねあのまえちょっと見て みますとですね1番最初のところにま注目 したいんですけれどもヨセフのことを知ら ないえ新しい王がというこのヨセフのの ことを知らないという言葉からねあのこの 箇所が始まってますこれがですね えあの世界で最初のねユダヤ人迫害ま本格 的なユダヤ人迫害のですね記録であると いうようにま私たちは思うわけなんです けれどもこのえ世界最初のユダヤ人迫害が ねえどのようにして始まったのかというの はこれはとてもあの私たちにとって今日的 なテーマなんですよねでどのようにして あのあの反ユダヤ主義ユダヤ人に対する

迫害が始まっていくのかとえそこがですね ま今日のあの学ぶのポイントではないかと いうように思いますでこのねユダヤ人迫害 っていうのはですねもう本当にもうあの しつこいものでねもうこれでもかこれでも かとねもうあの迫害が始まりましてもう ユダヤ人をですね消し去るとする力という ものはもう聖書の中でも何とも繰り返され てるし聖書が完結してですね新薬聖書が 終わっもねもう延々とあの現代に至るまで え続いてるわけなんですでその力がですね どのようにして働くかというとですね今日 の朗読歌手の1番最初ヨセフのことを知ら ないというねえこのヨセフのことを知ら ないという言葉がねまこの1つのキー ワードではないかというように思いますで これね本当に知らなかったのかねそれとも 知っていて知らないふりをしたのかですね これはあのまどちらだと皆さん思われます でしょうかねえ400年ですよま400年 っていうのはねちょっと記憶が失われ かけるようなえ時期ではあるんですよえ しかしながらあのこのえま私が見たねえ ユダヤ教の中海所によるとですねこれはえ 明らかにですね知っていて無視したとえ いう意味ではないかというにですねえ彼ら は言うんですねで私もねこの知ってて無視 したというねこのを無視したということ ですねその事柄の意味というものはねあの 分かっていてえこさに無視してえしまうと いうまそこがですねまこの反ユダ主義と いうののねあの発端ではないかと思うん です よでねあのまあの私たちもねあの今回 ちょっと色々あのクリスチャンシオニズム というのについてですねまイスラエルの ために祈るというその運動についてねえ ちょっと色々学ぶ機会がありましてえ いろんな人にインタビューをしたんです けれどもあのそのはですねま私はちょっと チェックしただけでね自分がインタビュー したわけじゃないんですがそれを見ると ですねそうすると多くの人にねどうして皆 さんはあのイスラエルのために祈るんです かという質問をいたしますとねそうすると ね結構多くの人がねあの週末論なんですよ ねつまりあの皆さんどうですかあの週末の のてやっぱりイスラエルのために祈るのに 関係ありますよねで私たちもね説明して ましたよくねあのユダヤ人たちが えバルハバベシムアドナと首のみによって 来るものに祝福あれと言わないとねあの イエス様が来られないんですっていう話は ねこれ結構あの私たちよくするんですよね でそれからあの今ねあのこうイスラエルが

回復してるのはあの主のえ時が近いえその ような兆候であるからね祈らなければいけ ないと週末なんですよ要すに同期がえでも ねあの何人かの方が言っておられましたあ 私にとってみればイスラエルのたに祈るの は週末じゃないとえ初めがイスラエルだっ たからだって言んですよねだから週末じゃ なくて初めなんですよねだから私あの確か にねその話聞いてねあのこの始まりが イスラエルだったということはねこれ我々 決して忘れてはいけないと思うんですよだ からユダヤ民族がねなぜ存在するのかえ それはですねユダヤ民族はねこれはねえ なんていうかこうあのま野球で言えばです ねあの9回あたりにね出てくる抑え投資 じゃないんですよねそそう先発なんですよ 初めからイスラエルにがピッチャーでです ねその彼らはね交代っていうことがあった わけではなくてですね最後まで感動し なければいけないというまそのような ミッションをユダヤ人たちは与えられてる んですよねだからずっと投げてるんです けどねこれがねあの我々はですね忘れ果て てねなんでユダヤ人がいるやろうともう これねあのもうなんかね あのここのね分かっていながら無視すると いうねこの態度というものはこれ実は クリスチャンもそうなんですよねえ ユダヤ人イエスキリストが来られてね そしてパウロがあんなにはっきりですね ユダヤ人のミッションというものを新薬 聖書に書いたのにですよえエジプト人は 400年経ったら忘れたんですけど クリスチャンたちは300年で忘れ果てて ですね私たちはユダヤ人と縁を切という ことをですねえ彼らは公開議を開いて決め たわけなんですですからあのユダヤ人たち がえ実際にその目の前にいるねえなぜいる のかということをですね忘れはててでこの 人々はですね危険だというまそこからです ねま話が始まっていくというだからねあの 我々なんていうかこう あのユダヤ人っていうものがなぜそこに 存在するのかということを忘れはててです ね今いるというえとこからね始めるように 論理を持っていくところがねあのやっぱり このなんていうか反ユダ主義の1番最初の 出発点ではないかと思いますでこれはね あの非常にまあの危険でありましてでここ のところですねあのちょっと今日の箇所ね もう1回朗読してみますと分かるんです けどもえあれですねここ9節10節まあの 美をイスラエル美となるこの民は我々に とってあまりに多くまた強すぎるさあ我々 は抜かりなく彼らを取り扱おうえ彼らが

多くなり戦いの起こる時敵に見方して我々 と戦いついにこの国から逃げ去ることも ないようにしようえということでまこの ユダヤ人っていうのはねあのあちこちに あの住んでいるんでだからどうしてもね あのスパイだというように見られるんです よねだからあのまそのような避難というの はですね現代においてもあると思いますで そしてですねその次に彼らがねえどうした のかえ11節からねえこれはちょっと重要 な箇所なのでちょっと朗読してみたいと 思いますえそこでエジプト人は彼らの上に 監督を置き重い労役を持って彼らを苦しめ た彼らはパロのために倉庫の町ピトと ラムセスとを立てたえしかしえイスラエル の人々が苦しめられるに従っていよいよ 増え広がるので彼らはイスラエルの人々の 故に恐れをなし たですからあのこののえエジプトのパロは ですねこの倉庫の町の建設とかですね管理 とかをユダヤ人にやらしたんですよねで これあのなんかこのその後ですね近代に 至るまでねあのユダヤ人っていうのは皆 さんご存知のようにえこの金融関係のね 仕事をさせられてるんですよねずっとで 金融関係っていうのは財産の管理なんです よだから私はねこの時にやっぱりこう ユダヤ人がえも元々をですねこの労役を 厳しい労役を貸そうとしてえそしてですね 彼らに無理やりにえ金融業をさせたんです よねつまり土地を持つことを禁止してえ そしてあの金融の方を彼らにやらしたん ですけれどもやらすに従ってですねえ彼ら が力を持ってくるとそうするとますます 危険だということでですねあのユダヤ人 たちを迫害するようになっていきましたえ そしてですねまあの 次のところ次のステップというのがですね 今日のま非常に重要な学びではないかと 思うんですがえこのえ箇所ですね15節え のところからですねえちょっと朗読してみ たいと思いますけどもそこであまりにです ねユダヤ人たちの力が強くなりすぎるので えそこでこのエジプトの王はですねどんな ことをするかと言うとですねここで ちょっとこれは朗読いたしますとねヘブル の女のために取り上げをすする助産婦でえ 1人は名をシフラと言い他の1人は名を プアというものに悟していっ たヘブルの女のために助産をする時え海台 の上を見てもし男の子ならばそれを殺しえ 女の子ならば生かしておきなさいしかし 助産婦たちは神を恐れエジプトの王が彼ら に命じたあ彼らに命じたようにはせず 男の子を生かしておいたえですねこれあの

なんか昔風の日本語なんであの彼らという のはあの今であれば彼女たちて書くんです けどもねはいあのこんな形になっており ますけどもえしかしながらここですねあの 要するにあの男の子が生まれたらそした それは殺しなさいとま世界でね最初のね こう組織的なユダヤ人迫害絶滅作戦では ないかというように思いますえでここの ところですねま今日の学びというのはね あの彼彼女たちの行動というのをねあの まあもう一度我々は学んでみる必要がある んですがまここですねあのまキリスト教の あのえ中海所とねあのここユダヤの中海所 とね結構解釈が違うところで私はあのこれ えまどっちかって皆さん考えてみて いただきたいんですがこのえこの助産師 ですねえこれがあのえまユダヤ人だったの かですねつまヘブル人だったのか それであったのというあの問題ありまして でまこれはねあのなんかあの私が呼んだ ユダヤの中海所はねこれはねあの多分 エジプトの女性だって言うんですよねで なぜ女性エジプトなのかって言ったらあの このですねもしねあのこの助産た助産婦 たちがこれがえユダヤ人というかヘブル人 であるならばそんなね自分の民族のね 男の子を殺せとかいう命令をしてですね彼 ら彼女たちが聞くはずはないとだからねえ そうじゃなくてねきっとねあのこれはあの ヘブルの女の取り上げをするねあの エジプトの助産師だったんじゃないかと いうようにですねあの彼らは推測してるん ですよねであのま私もねそうやと思います ていうのはなんでかたらこの6のところの ヘブルの女のために助産をする時とだから ヘブルの女であるあるとするならばですよ 助産師でそしたらあのヘブルの女の助産婦 であるならば基本的にヘブルの女ばっかり ね取り上げてるわけですからだからあのえ わざわざヘブルの女のために助産をする時 っと言わなくてもいいんですよねでもね あのここでわざわざヘブルの女のためにと いうように言ってるということは多分ま あのえエジプト人じゃないかとそしてあの エジプト人がですねあのヘブルの女の 取り上げをするというのはどういうケース かというとつまりそれはですねあのヘブル 人の人々がエジプト人の中に混ざって住ん でいたという状況じゃないかというように ねその中教仲介書は書いてるんですよえだ からあのえ混ざって住んでいるというのは それは上流階級だとだからその上流階級の 人々のえ子供をですね殺せば少しだけ殺し ただけでねすごい大きいえなんていうか 効果があるというまそのようにですねま

あのユダヤの仲介所は書いてるんですけど ま私もね多分それはねあのまどう考えても やっぱりそのような感じはいたしますそれ ともう1つはねあの今日ここに出てくる 黄色い文字で出てあるんですけれどもこの 神を恐れという文字なんですよねでこの神 を恐れっていうのはねこれはあのもちろん あのヘブル人にもねあの使われますしあの ヨセフもね私は神を恐れるという言葉を 使ってるんですけどもしかしながらですね この神を恐れるというねねこの言葉を わざわざこさに使っているということです ねだってあの自分の民族のね男の子を殺せ て言われてですねでそれをねあの殺さ なかったというのはどう考えてもねもう神 を恐れるということだけじゃないですよね それはあの当然自分たちの民族のためです からねだからあの誰でもそうするんです けどもしかしあのこの人たちは神を恐れと 書いてあるということはそれはですねあの 明らかにこれは神様の民だということを ですね彼らは考えてこの行動を取ったわけ なんですでこの神を恐れるというのはね あのとても重要な原則でだからあのなんて いうか違法人であるのに神を恐れたで違法 人であるのに神を恐れてそれでですねこの 聖書にねわざわざねこのシフラとプアと いうねこの名前を記録してもらったんです よねだからあの聖書にねあの擬人として 名前が記録されるというのはこれはもう 大変な名誉でありましてですねだからあの 現代でもねあのホロコーストののえ時に ですねユダヤ人たちを助けた異邦人という のはこれは異邦人の擬人ということで現代 でもですねちゃんと名前が記録されると いうまそのような伝統はねやっぱりここ から来てるんじゃないかと思います彼女 たちはですね結局ねあのなんていうか神を 恐れるという神のご計画というものを はっきり知ってですねそしてえユダヤ人を 殺せというその命令にですね下側なかった わけなんですよねでその下側ないというね そのことに対してえ神はですねどのような 報酬を与えられたのかえそのことがですね こちらの方にえ書かれております え21節ですねで助産婦たちは神を恐れた のでえ神は彼女たちの家を栄えさせられた えこのね えっとここをですねあのまえこれは私あの いうのはアブラハムを祝福するものを神は 祝福するって書いてあるんですけどもその アブラハムを祝福した時にえアブラハムの 子孫を祝福した時にそのご褒美として与え られる祝福というのはえ必ずですね同じ質 のものであるとつまりあの子供を助けたん

ですあのこの助産師たちはそうすると子供 を助けるという行為を取ったそのことに 対して神から与えられた祝福はやっぱり 子供を増やすことなんですねでここに出て くるあの神を恐れたのでというのはですね えこの家を栄えさせられたと書いてある あの家を栄えさせるということはですね これはあのもちろんこの家という言葉には ねこの横にあるイラスみたいな家という 意味もあるんですけどもこれはですね もちろんこの家えつまり子孫が反映すると いう意味でありますえですからあの神は ですねちゃんとアブラハムの子孫を祝福し たその祝福をを彼女たちに返してるわけな んですえであのじゃああのヘブロンの女を ねあの殺そうとしたえパロの方はどうなっ たのかとま皆さん思われると思いますでも ね最後にねパロの子供が殺されてますよね 次の世代ですけどもだからあの子供を 殺そうとしたパロは自分たちの子供も殺さ れてるんですだからあの与えられた祝福と 同じ祝福与えられた呪いと同じ呪いがね あの帰ってくるというえその原理をねここ からあの私たちは読み取ることができるん ではないでしょうかえそしてですねまあの 我々ね今あのなんていうかあのこの言葉が ですねどうして今ねあのすごく私たちに とって重要なのかというとそれはですねえ 我々はねえこの え全世界でですねあの今今だかつてない ぐらいのねあのすごい反ユダ主義がですね えこの広がっいるからなんですよもうあの 今ねもうこの反ユダ主義がですねあの世界 的に広がってるのはねもう本当にねこの 恐ろしいあの勢いですでま確かにねあのま 先ほども誰かがおしゃっておられました ですけどもあのユダヤ人たちもね確かに こうやりすぎてる面もあるんですよえ確か にこうなんかねあのまちょっとあの行き 過ぎの部分もあるしえまあまり良くない こともやってますえしかしながらですね あのイスラエルの政策を避難するえこれは ね我は私たちはま別にそのしてもいいこと だと思うんですけどもしかしながら彼らの 話を聞いてるとねそれはねあの彼らが避難 してるのはイスラエルの政策じゃないん ですよねユダヤ人なんですでねユダヤ人に しようとつまりユダヤ人を絶滅させようと いうこの呼びかけというのがねもう本当に もうあちこちで起こってるんですよでね ユダヤ人のね中でねあのなんていうか戦争 に反対してる人もね結構たくさんいてるん ですよねえでもねあの今でもねイスラエル でもねやっぱりこうなんか国論が結構半分 以上分れてきててあの

もうとっても難しい状況になってるんです けどもしかしながらですねイスラエルに 反対する勢力はみんなですねDeath totheジューズとつまりユダヤ人は皆 殺せということを叫んでますであの今ね もう本当に驚くべきことにですねアメリカ の大学のをねみんな集めてねでアメリカの 国会に証人喚問をしてですねで証人喚問の 時にえ議員が聞いたんですよねえユダヤ人 の絶滅を呼びかけるのはねこれはえ たしたらですねその大学の学長がですね みんな揃ってね文脈によるって言ったん ですよねで皆さん文脈によるっていうの はねこれどういうことなんですかね本当に もユダヤ人を絶 というその呼びかけがねこれがねあの文脈 によるというねもうその答えが返ってくる というもうそれを見ただけでねもう本当に あのなんていうか反ユダヤ主義というもの のねあのもうなんていうかこうレベルと いうものがねもう私たち感じることが できるんじゃないかと思いますえつまり ですねイスラエルに反対するこれはまある 程度共用範囲でしょでもですねそこからね あのこうどんどんどんどんとエスカレート して行ってえこうなったらですねユダヤ人 を全部絶滅させるというこの呼びかけを ですねもう当然のこととしてねあの考える えそしてですねハマスがねたくさん ユダヤ人を殺したえもうユダヤ人を たくさんあれだけ殺したということを アラブ世界の人はねあのもう世論調査で 聞くともう7割8割まで9割ぐらいまでが ですねこの彼らがやったことはいいことだ とユダヤ人を無差別で殺すのはねこれは いいいいことだというねまそういう意見に なってきてるんですよでこの勢いてすごい ですよねもうあの今ねあのえあのナチスが ねたくさんユダヤ人殺しましたですけどね その時ナチスのあの 国内このねえドイツの国内ではですねあの 皆さんあれですよクリスチャンがねまとも なクリスチャンがえユダヤ人を絶命させる のはいいことだというようにですね考えて そしてですねもう大多数の人が流れていっ たんですまその中でももちろんねあの ユダヤ人作迫害えもう殺害するのはよくな いって言って抵抗した人もいるんですけど もえしかしながらですねえもうなんかこう 体勢を押し流している勢いそれはですね まさにこのここでねユダヤ人の数が増えた 時にそのユダヤ人を絶滅させようとして 働いた霊の力ですねだからこの創生え出 エジプト機の一章にねもう現れているこの ですねユダヤ人を絶滅させようというする

この力がねえこの出エジプトの時と同じ ような勢いであるいはもうその何倍にも なってですねもう今全世界で働いていると いうえこれをですね私たちはね本当にあの 注意しなければいけないと思いますそして このシフラとプアプアに従ってですねあの 私たちは神を恐れるえ本当にね神を恐れる ということをねあのしないといけないと 思います人を恐れるのではなくてねえ神を 恐れるやはりねこのねえ助産たちのとった 態度というのはね我々もまあのそれに習う べきではないかというように思うんですま あのイスラエルのためにねあのなんか祈っ ているクリスチャンっていうのはねあの今 ねえなんかこれから先ねあのどこまでね あの一般クリスチャンにねえ認めて もらえるのか共用してもらえるのかという のはねこう分からない時代になってきて ます もうあのイスラエルのために祈ってるん ですかと言われてね私たちの先輩もねあの やっぱりだいぶ人に合わされたんですよね えでもねあのこれから先ねイスラエルの ために祈ってるんですって言ったらねあの 多くのクリスチャンからねもうこう後ろ指 を刺されてねあいつらは悪い奴だという ようにえ言われるそのような時代がね今 ここまで迫ってきてるんですよねだからね 我々はねこのねえこうイスラエルを泣きに しようというこの力がねもうこの中軸時の 時に働き始めてそしてですね現代もな働い ているえそれがもう勢いを増していると このことをですねもう本当にあの注意を 持ってねえこの助産婦たちにね我々も従っ ていきたいと思いますお祈りさせて いただきますえ主え感謝いたしますえ今日 はこの世界最初のユダヤ人迫害組織的な 大人迫害ということにつきましてえ学ぶ ことができましたえ本当にもこの時の何倍 もの力で今このあなたの敵であるサタン がえこのイスラエルを泣きもにしようとし て働いておりますえでも主要えあなたは 最後にえこの出エジプトの時にと同じよう にえイスラエルを救われますえ私たちが その救いを信じてえ戦っていくことができ ますように働いていくことができますよう にこの福音の力えあなたのご計画という ものをどうぞ語っていくことができます ようにあなたが助けを与えてくださいえ どうか私たちは本当に力がないものです けれども私たちの力ではなくあなたの力を 信じてえ歩んでいくことができますように そしてえこの矢本に立っております イスラエルをどうぞあなたが帰り見て とりわけイスラエルのメシアにじたちの上

にえあなたの力が現れますように守りが ありますようにえ主イエスキリストの皆に よってえ感謝をしてお祈りいたします メンメ 今日は神のご計画を妨害する力が反ユダヤ 主義となって働くことを学びました イスラエルのために祈り働く私たちにとっ てこれは他人事ではありません私たちがす べきことそして神の助けがなことをお手元 の神やのに書きとめてみましょう言葉に することによってそれはあなたから神への メッセージとなるから [音楽] です [音楽] [音楽] [音楽] he [音楽] よ [音楽] では警戒の祈りを村岡お牧にお願いします その後照英と祝KNが続き ます はいせいただき ます今日は あ反ユダ主義というものをテーマに えメッセージがありましたけれども [音楽] うこのユダしというこの得の知れない えこの思想があキリスト教会にはえ画に わってあったというえこのことを我々は今 一度見識をしえ振り返ってえなぜそのよう なことがあり得たのか あこのことを踏まえて え考えねばなりませんどうぞこのことを 我々はあ今一 の生えイスラエルはまさに約束のたであり アブラハムのせでありますなるがに アブラハム契約という祝福の時はあこの人 から え成就をされねばえならないえこのことを アブラハムのせとして彼らは神から与え られている使命であるというえこのことに 思いをいたしえなんとしてでもイスラエル があご自身の来に えまさにキリストによってえあわれ え えまた あイスラエル のこの使命をえ成就するというこの言葉が なければキリストの祭人と御国の完成と いうこの祝福の時は成就することがあり ませんどうぞこのことを踏まえて えイスラエルがご自身の前にえ信のイエス

キリストに覚めキリストによる危なという この事実以外にはえ彼らの使命が全頭され てくるその祝福の時を上手することはでき ないのだというえこのことを踏まえて イスラエルがその事実に目覚める時を きしめてください とかつそのための祈りをなすことができき ますようにちょうど1人1人にさらなる雷 と あ力添えを増したもでえ力を与えたもので 何としでもあイスラエルがご自身の前にえ その使命に目覚めキリストによる新しい人 を帰ら自身の命の実態としてえ全頭する ことをえめてくださいあ言いことをいめて くださいあどうそのための導きと励ましと 帰りと精自ら見てのべて彼らを覆しどうぞ そのその事柄を祈りかつそのために働きを なしめて ください一郎の感謝に合せこれらの祈りと 願いと主イエスキリストの皆によって見前 にお祈り申し上げます [音楽] あめん 父に 込み たの 大神 に 時にかき岩に さえ あれ さえ あれ めはいえ祝いたしますえ青木声には主 イエスキリストの恵父なる神の愛精霊の 親し交わりが今も後も一同と共にとえに ありますようにメン [音楽] あ最後に次回の礼拝のご案内をします次回 1月21日は出エジプト機2章からモーセ の挫折を学び ます以上で本日のの礼拝を終わりますでは また来週お目にかかりましょう失礼いたし ます失礼し ます

世界最初のユダヤ人迫害について学びました。
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聖書研究会 合同オンライン礼拝プログラム
2024年1月14日(日)午後2時~  司会:石井田 雅子

・主の祈り
・主への感謝のとき
・感謝の祈り 代表祈祷 村井 健
・聖書交読 詩篇5篇 1~8節 中村 冨喜子
・イスラエル恢復の祈り 石井田 禮子
・聖書朗読 出エジプト記1章8~10節 溝口 徳子
・メッセージ 新しい王 石井田 直二
・主との交わりのとき
・閉会の祈り 村岡 丈夫 牧師
・頌栄・祝祷
・次回の案内 1月21日 モーセの挫折(出エジプト記2章)
             ズームオペレーション:林 和貞

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